一馬力工廠

プラモデル製作と考証・キット雑感

1/35 三式砲戦車 ホニ III リンクス Type 3 SPG Ho-Ni 3

特に狙って手に入れた訳ではない

リンクスと言う聞いた事のないメーカーの三式砲戦車

砲塔のみのレジンキットでマイナーミリタリーモデリングのシリーズと

書いてあるだけあって多分販売当時の三式砲戦車はこれが唯一だっただろう

 

シリーズなので他にも色々あるみたいだけどまず手に入らない

時代も下って普通にキットが販売されているので

血眼になって探す苦労はあんまり報われそうにない

取っ手は一切付属しない

それは別にいいんだけど、接続部分のボルトが車体側にも必要なので自作

取っ手は1か所だけステンレス

曲げるのが面倒になって残りはストックパーツ

 

キット自体の作りはシャープで大工事が必要な部分は全くない

むしろそれ以外の追加工作が面倒

タミヤの一式砲戦車の車体を利用したものの

左側を面一にする作業が死ぬほど面倒くさい

製作の最大の山場はそこ

トラベリングクランプは勿論セットされていないので自作する必要がある

だが、断る!

 

アンテナ基部を必要なので、それも自作する必要がある

だが、断る!

 

三式砲戦車を作った事がないので気軽に済ませるつもりが

全くサクサク作れなかったけど完成したからヨシ!

1/35 超重戦車 E-100 ドラゴン Super Heavy Tank E-100 Dragon

多孔式マズルブレーキが存在感を放っているもののキット最大の鬼門

エッチングパーツを円形に張り付けて、パテで隙間を埋めて

穴は自分で開けるという修行

最前列の穴は干渉するので注意して開ける必要あり

上半分しか多孔になってないのでマズルブレーキの形状が来れて正しいかは

全くの不明。資料も持ってないし画像も確信がもてるような鮮明なものがない

でもまぁよし

 

E-100と言えば未完成とはいえEシリーズで最も計画が前進していた車両

ってのはご存知の通り

 

問題は砲塔でマウスと共用で主砲が15cm kwk 44に換装されていた

という説は近頃そうじゃなかったらしい説が出て

E-100専用砲塔が他社からしっかりでています

 

でも一馬力中年が少年の頃に知ったE-100はこの砲塔に15cmを積んでたので

このE-100が好きです。三つ子の魂中年まで

エンジンパネル周辺

700馬力じゃ絶対にアンダーパワーだろうけど仕方あるまい

 

ヤフオク!にて出品中なので興味のある方はぜひ

1/35 1号戦車A型 ブレダ マスターボックス  スペイン内戦  Panzerkampfwagen I Ausf A Breda

マスターボックス社の1号戦車A型 ブレダは2004年?くらいに発売され

多分当時ではブレダ装備A型はこれが唯一のキットだっただろう

 

ほぼ20年前に1号戦車A型 ブレダが販売されているなんて

想像もしていなかったので気付いた頃にはどこも売切れ

ヤフオクで見つけた時は嬉しかったなぁ~

今はAMMOから出てるのでなんてことないけども

 

このキットの最大の特徴(?)はなぜか右にオフセットされたブレダ機関砲

MB社でどんな企画会議があったのか

20年前に手に入った資料は多くないにしても不思議な解釈

 

修正するのも面倒だし何よりもう売ってないキットの

最大の特徴って事でそのまま組立

排気管カバーとエンジングリルはエッチングパーツがセットされていて

MB社のささやかな心遣いが光る

もっと別のトコに気を使って欲しい気もするけどグリル系エッチング

とても良き

左がキットの履帯 右がモデルカステン

 

履帯はモデルカステンを利用

作りの違いは一目瞭然

機関砲はそのままだったのに履帯はキットを生かさない矛盾(笑)

 

 

車体にも砲塔にも溶接跡は全くモールドがないのでプラ板を細切りにして

セメントで溶かしつつデザインナイフでそれっぽく仕上げるという

面倒な作業を乗り越えて共和政府のソ連兵器に鉄槌を下す!には

やや頼りない1号戦車A型ブレダが完成

 

たった4輌しか作られていないのになぜここまで有名なのか?

当然活躍譚も全く伝わってこない

コンドル軍団戦車部隊指揮官のトーマ中佐は毛の生えた1号A型を

見てどう思っただろう?

7.92mmより遥かにマシになった20mmへの期待であろうか車長らしき彼の表情は明るい

1/35 アラン 2号戦車J型 1943 クルスク Alan Panzerkampfwagen II Ausf J 1943 kursk

2号戦車J型

ヤフオク!にて販売中
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/f1074489453

 

何故か最近新品の販売をチラホラ見かけたアランの2号戦車J型

発売は2003年なのでアラン社が生産再開したのかな?

 

このキットを手に入れるまで1号戦車F型と2号戦車J型は同じ車体だと

思い込んでました。

サスペンション以外の足回りは一緒だしね!

 

当然足回りは1号戦車F型と同じパーツが入っています

年数が新しい分だけ2号戦車J型のパーツはよりシャープに出来ているので

そんなに不便はしないと思います

車載装備品は例によってストックパーツに変更したり、しなかったり

MG34は1号戦車F型と同じパーツがセットされているので使える代物じゃないので

これまたストックパーツ

20mm砲はJ型に装備されているタイプのマズルブレーキの物が見つけられず

開口してスリットを入れて何とか雰囲気だけでも近づけてます

 

実車写真を見ると車載装備品の位置が微妙に違うのですが

これが時期によるのか部隊によるのかは不明。

ちびタイガーの趣をみせる軽戦車

ハッチは全て一応内側も再現されているのでフィギュアを乗せて

賑やかにするのもいいかもしれません

写真を撮るのは忘れたけど...

左側面の「Margret」は戦車の愛称か乗員の恋人か奥さんの名前だろうか?

調べようもありませんが、なんとなく気に入っている部分

 

塗装とマーキングは1943年クルスクにおける第12装甲師団

このJ型といい1号戦車F型といい第12装甲師団は変わり種が2種類も

やって来るなんて試験運用が好きだったのか(笑)

そんでもってこの2車種がもたらした貴重な戦訓と言えばこの時期に

機関銃程度の戦車開発は全くの無意味である事を改めて

思い知らしめただけで特段好評は伝わってきません

開発途中でも十分わかりそうなもんですが・・・

戦車本体より喜びが勝りそうなオマケ

そしてこのキットのもう一つの魅力であるコレ!

ゼンマイ蓄音機!

なんでこれ?って気がしないでもないですが、なかなかどうして魅力的

レコードの溝もモールドされた上にデカールまで付属する妙に気合いの入ったオマケ

蓋の留め金を作ってほんのりディテールアップ

 

 

後期ドイツ戦車らしい武骨なスタイルとドイツ流人的・物的資源の無駄遣いを

まじまじと眺めて楽しむには持って来いのキットでした

なによりもメーカーのささやかな気遣いが後味スッキリな製品でした!

1/35 アラン I号戦車F型 Alan Panzerkampfwagen I Ausf F

I号戦車F型 左前方

ヤフオク!で販売中

ヤフオク! - 1/35 I号戦車 F型 (yahoo.co.jp)

 

アランの1号戦車F型は1997年発売で四半世紀も経過する衝撃の古参キット

25年も前だと考えると驚くほどよくまとまって思いのほかシャープな感じ

パーツ点数が少なく箱を開けてやる気が削がれる事も無い。

発売年相応に驚くほどモールドが甘い所もあるものの

1号戦車F型やアランに手を出すような人であれば対応できる範囲

砲塔アップ

戦車の顔でもある主兵装の機関銃のモールドは全く許容できない作りなので
ストックパーツのMG34に取り換え、消火器もドラゴンの余り物

6か所もあるペリスコープはキットには一切付属しないので

これもまたストックパーツ取っ手だし

仕方ないとは言えペリスコープ一気に6個は痛いなぁ

砲塔ハッチ

砲塔ハッチ内側はささやかなモールドが施してあるのでフィギュアを乗せれば

丁度いいはず...作ってませんが

そして結構目立つのが機銃カバーの放熱スリット

これは自分で開口する必要があるので実車写真や図面で位置決めして

ピンバイスで頑張りましょう

0.6~0.8程度で十分だと思います

左後方

一番悩んだのは塗装とマーキング

I号F型は第1と第12装甲師団、第66特別用途戦車中隊、第2・3警察戦車中隊

第9増強警察戦車中隊、警察予備戦車大隊によって使用された(らしく)

警察所属の装甲車両はポリツァイグリュンだったものの通達により43年4月には

陸軍に準じたドゥンケルゲルプへ変更されるもF型が塗替えられた時期は不明。

第66特別用途戦車中隊は戦歴もよく分からないので当然塗装は不明。

第1と第12装甲師団所属車両は東部戦線に展開し3色迷彩だった(らしい)。

 

どれを選ぶにも曖昧で決定打に欠けるので、少しだけ具体的なロマン漂う

クルスクで戦ったであろう第12装甲師団をモチーフに3色迷彩に塗装

 

第12装甲師団固有のマーキングや砲塔番号も多分施されていただろうけど

デカールがないのでバルケンクロイツのみを貼りました

 

小学生の時にネットで初めて見て以来ずっと作ってみたかった戦車を

やっと作る事ができたので満足感は上々

ササッとI号F型を作りたい方は特価で購入できるならオススメですが

プレミア価格がついているならホビーボスのキットを買った方がいいでしょう

SS第503重戦車大隊 314号車

314号車とされる写真。戦闘後もしくは終戦後すぐか?

路面が片付けられているので戦後時間を経ているか。装備品は持ち去られたと見えて小綺麗になっており、先の写真にはない転輪中心部から油漏れも確認できる。

2枚目の別角度から

SS第503重戦車大隊 314号車は3枚も写真が残っています。

このおかげで当時の状況が色々と判明します。

まず戦闘後(戦争後?)の早い時期に撮影されたと思われる1枚目が最も現況に近い

はずで、防盾と車体に被弾している以外は状態は良さそう。

 

重戦車大隊記録集2によればSS503大隊が最後にティーガーIIを受領したのが1月25日で

314号車がそれ以前からの車両なのかは判然としないものの敗戦直前まで戦闘状態を

維持し続けていたという事は生産ラインの品質もこれらの車輌までは十分な高さだった

と推察できます。

そして記録集では錆止め塗料を利用した3色迷彩に斑点の「光と影」迷彩だったと記述

していますが、1枚目を見る限り斑点が確認できません。

写真の品質なのか、反射して見えないのか、「ただの」3色迷彩だったのか考えたとき

私は斑点なしだと判断しました。

 

砲塔番号は書かれていたようですが、伍長の証言によれば塗りつぶしたそうです。

受領時に工場で消したか前線で消したか?前線に塗料があったのかな?

被弾痕

外側転輪は明らかに明るい色で塗られているので、ダークイエローだとしても

内側の転輪は影か錆止め色か不明。たぶん塗ってないだろう(笑)

左側面

左側面は全く確認できないので被弾と切れたワイヤーでそれらしく

燃料吸気パイプを自作

タミヤのキンタは今もって十分な品質だと思います。

多少手を加えればそれらしく見えるし

○○の形状が~

とか

△△社ではここが~

なんて批判する人もいるけど、組み立てればどっからどうみてもキングタイガーだし

そんな目くじら立てなくても組みやすさと砲塔・ハッチ内部の一部再現を考えれば

この価格かつ入手困難にならない事を考えると優秀キットだと思いますね

 

塗装について個人的に思うのは戦車は意外と錆びなくね?と思ってます。

(排気管だとか常に熱に晒される部位は別として)

戦車って基本的に新車で戦争後期の新型車両であれば尚更新車です。

戦闘平均寿命を考えれば2年生きればご長寿の部類だろうし。

塗装は剝げるけど炎上したり放置されて雨ざらしでもないと

錆びた車両を見た事ないですし

 

訓練車輌やお下がりの中古戦車ならまだしもって感じですが

その車輌でさえ「絶対に」保守・整備を受けているはずです。

44年のノルマンディーに居た4号戦車C型なんて、ややくたびれてるとはいえ

パリっとしてるじゃない。ノルマンディーにいるのに!

パリッとした4号C型 ノルマンディーにて

「あれは戦闘してない車輌だ!」

 

と反論されそうですが、戦闘してない車両が錆びてないのなら

戦闘してる戦車なんて錆びる前に撃破されてますよ。

戦車が呼ばれるような場所は激戦区以外の何物でもありませんから。

 

パッと見リアリティに溢れているように見えるんですが追求しすぎて

現実離れするっていうなんだか策士策に溺れる的な事になっているような

いないような感じがする今日この頃

SS第503重戦車大隊 キンタの大冒険

帝国議事堂周辺概略図



キングタイガーを作るにあたって、どの車輌を作ろうか考えた時

積年の思いが詰まったベルリンの王虎にしようと考え

その足跡を辿ってみた。

 

ベルリン防衛戦のキングタイガーを知ったのは中学生のころだったけか?

「第503大隊の最後の2輌がベルリン陥落後に軍民の先頭に立って突破を図った」

というおぼろげな情報しかなく、一馬力少年にはネットで調べるにも限界があり

当時読みふけっていた「ドイツ装甲師団全史」にもミュンヒェベルクの虎1の

悲壮な防衛戦を戦う絵と簡単な説明があるだけでキンタの情報は

載ってませんでした。

しかも虎1の説明の最期には「ただ一枚の写真が今に伝えている」と

書いてる割に写真が載ってない(笑)

 

時は流れネットにも多数の有志が集まり、外国語が出来なくても電子計算機が

翻訳してくれるようになるに至って、成長した一馬力中年はベルリンの王虎

顛末にやっと辿り着けました。

 

1945年4月末頃にSS第503重戦車大隊の最後の2輌は

オルグ・ディールズ(ディアス?)伍長が指揮する314号車が帝国議事堂周辺に

カール-ハインツ・トゥルク曹長が指揮する100or101号車がポツダム広場に展開し

トゥルク曹長のキングタイガーは4月30日早朝にソ連軍の攻撃によりドライブスプロケットと最終減速機が損傷し動けなくなるも、なお奮戦し砲弾が無くなるまで戦闘を

継続して翌5月1日夕方に放棄されました。

 

一方のディールズ伍長のキングタイガーは4月30日、翌日のメーデー前に

帝国議事堂制圧を目指す30輌ほどの戦車をすべて撃破し王虎の威容を遺憾なく発揮し

議事堂が制圧された後は正面のクロールオペラをノルトラント師団と共に一時的ながら

奪回するという虎ながら獅子奮迅の活躍をみせ、議事堂を含む周囲が戦車に

取り囲まれてなお牙を剥き続けます。

 

夕方頃になってヒトラー自殺の後、総統地下壕から脱出の意思がある軍民の脱出が

決定し残っている戦車とハーフトラックが集合し21時にクルッケンベルクSS少将

指揮のもとヴァイデンダム橋を通ってシュパンダウへの突破が試みられました。

 

しかしヴァイデンダム橋を通過するとソ連軍の猛攻に会い一方的な虐殺に近い

戦いとなりました。5km移動するのに7時間もかかり、ルートは不明ながら

何とかシェーンハウザー・アレー通りの地下鉄駅を過ぎますが地雷を踏み

右履帯を切断して遂に力尽き擱座します。

すぐさま修理に取り掛かりましたがベーレンフェンガー陸軍少将に

「戦車は諦めて、君達は家へ帰るんだ」

と命令を受け戦車を爆破。

激戦に次ぐ激戦をくぐり抜けてきたキングタイガーの物語はここに閉じたのです。

 

伍長は戦争を生き抜いて回想録を執筆しています。

 

キングタイガーの顛末が徐々に見えてくるにつれて色々と疑問や新たな謎も

出てきました。

 

ベルリンでは短い戦いとは言えゼーロウから撤退して来ているので

燃料・弾薬・修理部品はどれほど備蓄があった、もしくは調達したのか?

整備中隊が定数や装備を保っているはずがないので補給・支援部隊がどれほど

いたのか・いなかったのかも気になる所

 

様々な記述ではそれらしく勇壮に書かれているんですけど

彼らの超人的な努力もありますが、僅かな歩兵と戦車だけでどうやってソ連軍と

対峙していたのかも気になりました。

 

ティーガルテンの動物園高射砲塔は帝国議事堂から11km程の距離なので

もしかしたら彼らの支援砲撃を受けていたからこそ戦い続ける事ができたのか?

とも思ったり。

高射砲塔との連絡手段があればの話になりますが・・・

 

そして最後にディールズ伍長のキングタイガーのほかに2輌のキングタイガーが

突破に参加したという戦記もあるのですが、この2輌については

1輌が捕獲された88mm砲で撃破されたという事以外全くの不明・・・

だれかご存知の方いらしたら名乗り出てください!

 

314号車の車輌に関する考証は後ほどに