自動車は移動費を間接的にする

自分がする東京*1での娯楽はほとんど外食で、もちろん東京の外食事情は地方都市や田舎と比べて圧倒的に恵まれているものの、私は徒歩や自転車で行くことが多いので1 km圏内が多い。1 km圏内で様々な食事を楽しめるのはそれはそれで東京を活かしているのだが、それより遠い店は何年も行きたいと思っていてもなかなか行けていない。

徒歩や自転車を選ぶ理由のひとつは、電車での移動には直接お金がかかるから。地下鉄は往復で350円はかかり、約1000円の食事に追加で払うには高く感じる。私は支出が直接快楽や幸福につながって欲しいと思ってしまうので、単なる移動よりは食事にお金を使いたいと思い、近くで350円分高いものを食べてしまう。

 

自動車に乗っていると行動範囲が広がる。行ったことがなければ20 km先のロードサイドのチェーン店にも行ける。数百円で行ける明治神宮に行こうとは思わないのに、自動車に乗っていると50 km先の明治神宮と比べたら規模が百分の一くらいの神社仏閣にも行った。

もちろん自動車の移動にはガソリンは使われるし、カーシェアなら自動車自体のレンタル代もかかる。所有していたってタイヤなどの色んな部品は摩耗する。

 

自動車は移動費を間接的にする。20 km先のロードサイドのチェーン店に行ったとき、その20 km分のガソリン代をそのときに払うわけではない。摩耗した部品を20 km分交換するわけでもない*2。短絡的には移動にお金がかからないように見える。

もちろん実際にはお金がかかる。タイムズカーなら1 kmあたり20円の距離料金がかかるので往復で800円。自家用車でも最近のガソリンは175円/L程度なので、20 km/Lの燃費で20 kmの往復だと燃料代だけでちょうど350円。

それでも、その支払いが後回しであり、直接結びついていないように見えるだけで移動の心理的障壁は下がる。逆に言えば、支払いが即時的で直接結びついているように見えれば、移動の心理的障壁が上がる。

 

"合理的"に生きるなら、自動車での移動も支出を結びつけて考えるべきだと思う。タクシーのように距離や時間で料金メーターを動かすと気が散ってしまいそうだから、目的地を入れた段階でカーナビが推定燃料費を表示するシステムがいいかもしれない。高速道路の料金は出してくれるのだから、精度はともかくシステム的には容易なはず。

ただ直接結びつけて見えるようにすることで移動(費)を制限・抑制したいのではなく、他の出費の比較を容易にしたい。私は社会に対して出費して経済を回すことを求めているから、地下鉄の料金がもっと間接的になるほうがいいかもしれない*3

 

 

東京(都心)にいると家賃が高い。家賃の高さの一部は、周辺の娯楽施設の豊富さによるものだと思う。でも自分は普段周辺の娯楽施設をあまり使っていない。美術館や博物館や映画は1年に1回も行かないし、繁華街やショッピングモールにも行かない。ライブにも行かないし、そういうイベントは混雑を理由に避けるまである。

どうせ高い家賃を払っているのだから…と言うとサンクコスト効果のようだけど、永久に東京に住んでいるとも限らないし、飲食事情や物価も変わる。地下鉄で行くのが私にとって合理的かは分からないが、もう少し家から離れた飲食店や娯楽施設にも積極的に行くべきかなと思った。

 

花粉症が治まったら。

*1:自宅内を除いた都心

*2:更に言えば私が使うカーシェアは日単位での従量課金が多いので1時間追加で借りても料金は変わらない

*3:といいつつ、多くの社会人は割と地下鉄の料金は割と気軽に出している気がする。

道路交通法第二十七条の「他の車両に追いつかれた車両の義務」は、たとえ速度超過の車両に追いつかれても生じるか?

記事の要約

道路交通法第二十七条第2項の2文目「(車両は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、)最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合において、その追いついた車両の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとするときも、同様とする(できる限り道路の左側端に寄つてこれに進路を譲らなければならない)。」の義務が、速度超過の車両に追いつかれても生じるかを調べてみました。

道路交通法第二十七条第2項の2文目に対し、速度超過の車両に追いつかれた場合には義務なしとする説が有力であり、義務ありとする文献は改正前の道路交通法の解説であった*1

横井大三ら義務あり…ただし改正前の道路交通法に対する解説

宮崎清文義務なしただし改正前の道路交通法に対する解説

道路交通執務研究会改正前の道路交通法に対する横井大三らを引用

浅野信二郎・一次的には義務なし

橋本裕藏義務なし

警察庁(運転免許技能試験)Webページ義務なし))

弁護士ドットコムWebページ義務なし

ロードバイクが欲しい!初心者向けナビWebページ義務なし

happeebrthdaeWebページ速度による

乗りものニュースWebページ義務なし)2023年7月に追記

ベストカーWebページ義務あり)2023年7月に追記

主観の要約

義務なしと捉える方が有力だと感じました。とはいえ「有力」や「典型的な例では義務はないだろう」であり、正解を決めるには、判例を待つべきだと思いました。

 

背景or前提(車両通行帯が設けられている場合)

要約:車両通行帯が設けられている場合、進路を譲る義務はない。

 

高速道路での追い越し車線の話であっても他の車両に追いつかれた車両の義務を持ち出す人がいます。「車線」は道路交通法の「車両通行帯」と必ずしも一致しませんが、追い越し車線がある道路のほとんどは「車両通行帯の設けられた道路」でしょう。

道路交通法第二十七条第2項は下記です*2

第二十七条 
 車両は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、最高速度が高い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合においては、できる限り道路の左側端に寄つてこれに進路を譲らなければならない。最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合において、その追いついた車両の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとするときも、同様とする。

https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=335AC0000000105

特に第2項は複数の文から構成されており、文の構造からして、下記の太字部分が同じになるよう補完するのが自然でしょう。

  • 車両は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、最高速度が高い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合においては、できる限り道路の左側端に寄つてこれに進路を譲らなければならない。
  • 車両は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合において、その追いついた車両の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとするときも、同様とする。

進路を譲る義務は車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除きと書かれています*3

 

例えば下記の@UMR_PhDのツイートは間違っています。

RTといっているのは直前にリツイートしている、下記の@Harus_Nicusのツイートでしょう*4

これに関しては、@UMR_PhDも下記のように「なるほど……確かにそっちは単純な話でしたね(後で追い越し車線の法的な位置付けを調べなくては)」と、納得したようです。

以上により、車両通行帯が設けられている場合については義務なしと解釈が一致している*5ので、ここからは車両通行帯が設けられていない場合だと仮定します。

速度超過している車両に追いつかれた車両の義務

要約:道路交通法第二十七条には書かれていないが、多くの資料で義務はないとされている。

道路交通法第二十七条第2項付近の解説を引用しつつ、懸念点などを書きます。

1961年 『註釈道路交通法』(有斐閣)横井大三ら
「双方の車両の現実の速度の如何を問わず、後順位の車両は、進路を譲らなければならないことになる。」

第二十七条の改正前の文献であり、現行の条文と照らし合わせる解釈には注意が必要。

1961年 『条解道路交通法』(立花書房)宮崎清文
「前車は、その追いついた車両の現実の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとする場合においてはじめて、進路を譲る義務が生ずることになるわけである。」

引き続き進行しない場合には義務が生じないが、引き続き進行した場合に義務が生じるかは怪しい書き方*6。第二十七条の改正前の文献。

(1964年 ジュネーブ条約加入関連で道路交通法改正。)

1966年 『注解道路交通法』(立花書房)宮崎清文
「追いついた車両が法定の最高速度をこえる速度で違法に走行していたとしてもなお追いつかれた車両に加速してはならない義務が生ずるかどうかという点については、若干の疑問はあるが、法の趣旨からみて消極に解すべきであろう。」

二十七条第1項の解説である*7

1966年 『体系新交通読本』(警察時報社)
「高速の車両が低速の車両のためその進路をふさがれることにより交通の円滑を阻害される結果となることを防止するため設けられた規定である」

速度超過は明示せず、ただ交通の円滑を強調*8

1967年 『註釈道路交通法 再訂版』(有斐閣)横井大三ら
「双方の車両の現実の速度の如何を問わず、後順位の車両は、進路を譲らなければならないことになる。」

道路交通法改正前の1961年と一字一句同じ。

1972年 『道路交通法とその運用』(技術書院)浅野信二郎
「同一方向に進行する車両の間に速度差があるときは、追越しまたは追抜きが行なわれる。この場合、危険を生じさせないようにする義務が一次的*9に追越しまたは追抜きをする車両の側にあることはいうまでもないが」続いて「追越しまたは追抜きをされる側についても、これらの行為が安全に行われるようにするための義務を課すことが交通の安全と円滑を図るため必要である」

速度超過の場合には一次的に後方車両(追いついた側)に義務が発生しそう*10な書き方。

2008年 『道路交通法の解説 十二訂版』(一橋出版)橋本裕藏(初版は1989年)
「本条は、連続して進行する車両のうち後続車両が制限速度以内で進行していて、先行車両に接近した場合の先行車両の義務を規定しています。」と速度超過について明確な記述がある*11

2014年 別冊判例タイムズ38(判例タイムズ社)東京地裁民事交通訴訟研究会
「適法な追越しを前提とする法27条の被追越車の避譲義務」二重追越しについての解説であるが、第二十七条全体を指している。追いつかれた車両の話は「追越し」ではないが、同様に適法な後方車両を前提としそうである。

2022年 18-2訂版 執務資料 道路交通法解説(東京法令出版)道路交通執務研究会

「進路を譲る義務は双方の車両の現実の速度の如何を問わず、後順位の車両は、進路を譲らなければならないことになる。したがって、同順位又は後順位の車両に追いつかれた場合は、その追いついた車両の速度をこえる速度で進行すれば、後車に進路を譲る義務は生じない。後車の現実の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとする場合に、初めて進路を譲る義務が生ずる」

第2項1文目の解説。また、出典は1961年(またはその再訂版)の文章であり、現行の条文と照らし合わせる解釈には注意が必要。

また、二十七条の解説として、「追いついた車両が法定の最高速度を超える速度で違法に走行していたとしても、なお追いつかれた車両に加速してはならない義務が生ずるかどうかという点については、若干の疑問はあるが、法の趣旨から見て消極に解すべきであろう。」ともある。こちらの出典は改正後である1966年の文章。

 

(2023年5月アクセス) Webページ

上記の法学者や警視監*12の書いた文献に比べると信頼度は落ちるかも知れませんが、速度超過について記述するページがいくつかありました。

なお、「27条1項については警察の執務資料で、疑問はあるとしつつ、追いついた車両が制限速度に違反している場合には適用されないとしています。
そこから考えて、27条2項について指定最高速度を上回っているときは含まれないと考えます。」

www.bengo4.com

第二十七条だけではなく、広く「優先規定」に対し、速度超過に対しては義務がないと明記。

大原則として、優先規定は適法に通行する場合を対象にするため、速度超過している車両に譲らなければならない義務はないです。

roadbike-navi.xyz

 

前車が制限速度又は法定速度で走行していれば
後車が違反してまで追越してくる事を想定しなくても良いです。
違反車両には法律は適用しないのか!?
と思考停止的に考える人がいますがそういう事ではありません。
 
(中略)

信号無視して突っ込んでくる事を想定して青信号で一時停止しますか?
この信頼の原則を27条だけ無視する事は不条理です。

(2023年7月アクセス) Webページ

逆に言えば、最高速度で普通自動車を走らせていて、後ろから同じ法定速度のクルマに追い付かれた場合、「後ろの相手と同速度か、より速く走る」ことは違法なのでできません。つまり、法定速度を超えたクルマに追い付かれても譲る義務は無いのです。

trafficnews.jp

 

たとえ後続車が法定速度以上のスピードで追いついてきたとしても道を譲る義務は生じるのだ。

bestcarweb.jp

ちなみに、「27条については某県警本部交通課と議論して、自分が制限速度の上限又は速度超過の状態だったら譲る必要は無い。との見解でした」「規制速度、法定速度を越えた車に追いつかれた場合」には発生しません」などの批判コメントはついています。

 

明記されていない解説書もその他に数冊ありました。

註釈道路交通法の「現実の速度の如何」の意図は?

要約:当時の道路交通法では優先順位が最高速度ではなかったため「速度超過の車両に追いつかれても」を意図していないだろう。当時の十八条の優先順位は現実の速度より優先されることを意図しているだろう。

 

「専門家の解説でも矛盾しており諸説あるが義務はないとする説が有力である」とするのは簡単ですが、食い違う理由は気になります。註釈道路交通法やそれを引用している執務資料にある「現実の速度の如何を問わず」を引用し、これを「速度超過の車両に追いつかれても」と解釈する人を見かけます(後述する人を含む)。

 

他の文献や文脈を無視し、この文だけを読めばそのような解釈もあり得るでしょう。しかし理由が見つかれば嬉しいですし、私は納得する理由を見つけました*13。ちなみにこれは、第二十七条第2項の解説ではありますが、1文目の「最高速度が速い車両に追いつかれた場合」の解説です*14

 

まず注意すべきは横井註釈、つまり『註釈道路交通法』が書かれた時期が1961年である点です*15。1961年の道路交通法第二十七条は現在と異なります。

第二十七条(進路を譲る義務)

車両は、車両通行区分隊の設けられた道路を通行する場合を除き、第十八条に規定する通行の優先順位が先である車両においつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合においては、道路の左側の寄つてこれに進路を譲らなければならない。優先順位が同じであるかまたは後である車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合において、その追いついた車両が車両の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとするときも、同様とする。

『註釈道路交通法』に載っている、当時の道路交通法第二十七条

また、第十八条に規定する通行の優先順位は下記となっていました。

一 自動車及びトロリーバス

二 自動二輪車及び軽自動車

三 原動機付自転車

四 軽車両

つまり、現行のような最高速度の比較ではなく、第十八条に規定する通行の優先順位で比較していた時代です。その条文に「現実の速度の如何を問わず」と解説しています。そのため『註釈道路交通法』が書かれた時代には、速度超過を意識して「後車が速度超過していても、追いつかれたら」を意図して書いたのではなく、優先順位を意識して「後車がおそい速度で進行していても、優先順位が先ならば」を意図して書いた文でしょう*16

ということで、「現実の速度の如何を問わず」は古い条文に対して書かれた解説で、当時あった「優先順位」が高い車両には、「現実の速度の如何を問わず」譲る義務があるという解説だと思います。

 

これによれば、例えば下記の@UMR_PhDのツイートは間違っています。

 

また、私の読んだ『18-2訂版 執務資料 道路交通法解説』(下記)とは少し違っており、太字部分を抜かすミスもしてそうです*17

「進路を譲る義務は双方の車両の現実の速度の如何を問わず、後順位の車両は、進路を譲らなければならないことになる。したがって、同順位又は後順位の車両に追いつかれた場合は、その追いついた車両の速度をこえる速度で進行すれば、後車に進路を譲る義務は生じない。後車の現実の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとする場合に、初めて進路を譲る義務が生ずる(横井註釈)」

18-2訂版 執務資料 道路交通法解説

まとめ

解説は下記のように見つかった。(図は2023年8月時点の図です。)

道路交通法第二十七条第2項の各々の解釈

横井大三ら「最高速度が高い車両に追いつかれ」た場合、「進路を譲らなければならない」義務は「双方の車両の現実の速度の如何を問わず、後順位の車両は、進路を譲らなければならない」(義務あり・改正前の道路交通法に対する解説)

宮崎清文最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ」た場合、「加速してはならない」義務は「法の趣旨からみて消極に解すべきであろう。」(義務なし

道路交通執務研究会「最高速度が高い車両に追いつかれ」た場合、「進路を譲らなければならない」義務は「双方の車両の現実の速度の如何を問わず、後順位の車両は、進路を譲らなければならない」(・改正前の道路交通法に対する横井大三らの解説を引用

浅野信二郎「最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ」た場合、「進路を譲らなければならない」義務は、「危険を生じさせないようにする義務が一次的*18に追越しまたは追抜きをする車両の側にあることはいうまでもない」(・一次的には義務なし

橋本裕藏「最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ」た場合?、「加速してはならない」義務?は、「連続して進行する車両のうち後続車両が制限速度以内で進行していて、先行車両に接近した場合の先行車両の義務」(*19義務なし

警察庁(運転免許技能試験)「追いついた車両が明らかにその道路の最高速度より速い速度の場合には適用しない。」(Webページ義務なし))

弁護士ドットコム(おそらく「最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ」た場合も「最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ」も、)「進路を譲らなければならない」義務は、「指定最高速度を上回っているときは含まれない」(Webページ義務なし

ロードバイクが欲しい!初心者向けナビとても広く述べているが、「最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ」た場合、「進路を譲らなければならない」義務は、「優先規定は適法に通行する場合を対象にするため、速度超過している車両に譲らなければならない義務はない」(Webページ義務なし

happeebrthdae「制限速度未満又は法定速度未満をキープするなら(中略)義務あり」「法定速度まで速度をあげた時は(中略)義務は発生しません」(Webページ速度による

主観のまとめ

様々な記述があり、全く同じ場所を指していないとはいえ、義務なしと捉える方が有力だと感じました*20。義務ありとする横井大三の解説は、当時の法律の「優先順位」に対して書いた文であり、速度超過を意識したものではないと思ったのも要因です。

ただ、私の結論はあくまで「決められない*21」「判例を待つべきだろう」*22ですし、これは私の主観です。正解だと言っているわけではありません。

法曹三者などを気にする人がいたため、法曹三者ではない私は一応弁護士の方から3人、警察の方から2人、道路交通法に詳しいと思う友人から1人を呼び、どちらの立場の文献も見せたところ、断言しないまでもおそらく義務はないとするだろうという見解が多かったです*23

本屋や図書館を7件巡り、Webページもできるだけ中立な検索を心がけましたが、手に入った本や閲覧したWebページが偏った可能性はあります。どちらの立場でも、不足の文献があれば教えてくれると嬉しいです。値段や入手性などの問題があるので買うとは限りませんが……

誤情報(もしくは偽情報)を流すのも、他人を罵倒するのも、危険な運転もやめましょう!

 

付録

ベリーベスト法律事務所の言及している範囲

で引用している 追いつかれた車両の義務違反とは? 反則金や罰金についても解説 には、最高速度が高い車両に追いつかれた場合の解説段階として*24、「最高速度とは、法定の最高速度であり、現実に先行車と後続車の速度がどのくらいであったかという点は関係ありません。」と書かれています。また「追いつかれた車両の義務違反を犯さないためには、制限速度を守り、前方を注視しているだけでは足りません。」と書いてあるため、追いつかれた車両の義務違反は制限速度を守ることを前提としているとも読めますし、前後の文脈からそんなことはないと思いますが、あえて文字上だけで言えば制限速度を守っているだけでは足りないから時には速度超過をした方がいいとも読めます*25

道路交通法第二十七条第2項が2文に分かれている理由

@hiroshima_potは「法律では制限速度内で走ってるのが前提だから、(中略)制限速度が違う車の場合とか、制限速度を下回る速度で走る場合について譲る義務があると書いてあるわけで。」と書いていました。しかしおそらく法律は条文を追加して対応したため2文になっただけの可能性もあります。

最高速度(制限速度)の差によって文が分かれているのは確かに不自然だと感じました。現行の道路交通法第二十七条の第2項は下記のように書かれています。(空白は比較を容易にするために挿入しました。)

  • 車両は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、最高速度が高い車両に追いつかれ、        かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合においては、できる限り道路の左側端に寄つてこれに進路を譲らなければならない。
  •                             最高速度が同じであるか又は低い車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合において、その追いついた車両の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとするときも、同様とする。

「最高速度が高い車両に追いつかれ」た場合には、その追いついた車両の速度よりもはやい速度で進行しようとしても義務が生じる文である。そのため、1文にまとめると意味が変わってしまうが、たとえ最高速度が高い車に追いつかれてもその車両よりはやい速度で進行するなら譲らなくていいとすれば*26、下記のように書けます。

車両は、車両通行帯の設けられた道路を通行する場合を除き、車両に追いつかれ、かつ、道路の中央との間にその追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合において、その追いついた車両の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとするとき、できる限り道路の左側端に寄つてこれに進路を譲らなければならない。

しかしそうは書かれていないため、何らかの理由、例えば先ほどの「たとえ最高速度が高い車に追いつかれてもその車両よりはやい速度で進行するなら譲らなくていい」は間違いであるなどの理由があるとする@hiroshima_potの説だと思います。

これは私の推測ですが、その何らかの理由に、

仮の理由A「最高速度が速い車両に追いつかれた場合、追いつかれた車両が最高速度(制限速度ギリギリ)で進行してもなお追いついた車両はそれよりはやい速度で進行しようとし、それを妨害することになるから。」も考えられる。その場合、追いつかれた車両はその最高速度で走っても妨害しうるから1文目には追いつかれた車両の速度(最高速度の範囲内)にかかわらず義務が発生する。一方で2文目にはその追いついた車両の速度よりもおそい速度で引き続き進行しようとするときと追加されているように、その追いついた車両と最高速度が同じなのだから最高速度(制限速度ギリギリ)で進行すれば追いついた車両がそれよりはやい速度で進行しようとし、それを妨害することになる場合、追いついた車両の速度超過なのだからそれは考えなくて良い。

という理由があると推論してみました。現行の道路交通法だけを見れば仮の理由Aが正しいとは決められないがおかしくもないと感じます。ただこれに関しては、今は廃止されて道路交通法に代わった道路交通取締法施行令の第二十四条で

前車が後車よりも法*27第十六条第一項及び第二項の規定による順位が後順位でのものであるときは、前車は後車に進路を譲るために道路の左側によらなければならず、その他の時は、追越を妨げるだけの目的をもつて後車の進路を妨げる行為をしてはならない

道路交通取締法施行令 第二十四条

と書かれ、道路交通取締法第十六条では

車馬及び軌道車相互の間の通行についての順位は、左の各号の順序とする

一 緊急自動車

二 緊急自動車以外の自動車及び軌道車

三 自動車以外の車馬

  車馬又は軌道車は、前項に定める先順位の自動車又は軌道車に進路を譲らなければならない。

道路交通取締法 第十六条

と書かれていた法律を元として1960年に道路交通法を施行した際、追記したために別で書かれたと私は推測しています*28

道路交通法第一条や第七十条

要約:めたまる(@UMR_PhD)は道交法の第一条から譲る義務があると主張するが、道交法の目的は運転者の義務ではないし、「交通の安全」などから「譲るべき/譲らないべき」まで論理を飛躍させている。第七十条の安全運転の義務についても、「譲るべき/譲らないべき」まで論理を飛躍させている。第一条も第七十条も、二十七条の解釈の明確な根拠にはなっていない。

 

速度超過の車両に追いつかれた場合の義務について、@UMR_PhDは道路交通法の第一条を持ち出し、「道交法は危険防止と安全と円滑を目的としているので,違反した後続車を留めるのがそれに沿うものかということも考えると……」とツイートします。

それに対し、新たに登場した@sui__ginがリプライで「考えるとどうなるんでしょう?」と問いかけます*29

それに対し、@UMR_PhDがリプライで「第二十二条最高速度と第二十二条の二最高速度違反行為に係る車両の使用者に対する指示は知っていますが,違反車両が存在している場合でも危険を防止して交通の安全と円滑を図るということにはかわりは無いのではないですか?(違反車両が暴走している可能性があればそれを回避する責任があると思うので)」と返しています*30

それに対し、@sui__ginがリプライで「危険を防止して交通の安全と円滑を図る第一条は「法律の」目的です。これは目的既定であり、制定目的を述べる物です。運転者がそれを満たすようにする義務とは関係ないと思います。」と返しました。

そしてそれに対し、@UMR_PhDがリプライで「第七十条安全運転の義務に「道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。」とあるのでそこは関係あると思いますが」と返しています。

それに対し、@sui__ginがリプライで「もしそれを使うなら第一条を持ち出すのは不適切だし、今回の制限ギリギリで走っていて速度超過の車に追い付かれた場合は、自分が譲るためには速度超過をすることになると思いますが、それが他人に危害を及ぼさないような速度と方法なのでしょうか?」と問いかけます。

2023年5月13日の段階で、このツイートに@UMR_PhDからのリプライはありません。そのため@UMR_PhDが納得したのか、あきれたのか、はたまた見逃したのかなどは不明です。

@sui__ginの「第一条を持ち出すのは不適切」という指摘には私は同意しています。

元々の話が「自分も超過せざるをえない(2023年4月27日)」なためか、@sui__ginは速度超過の車両に追いつかれた場合に義務が発生しないように速度を出す話をしています。他の車両に追いつかれた車両の義務の中でも1つの選択肢に限ってしまっているような気がしますが、第七十条の「他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転」が「速度超過の車両に対しても進路を譲る義務」や「速度超過してまで義務を回避する義務」に直接つながるかは私にも疑問です*31

条文に書いてないならその条件はないか?それとも常識だから書いてないだけか?

要約:どちらとも言えない。今回は書いてないが条件はあるとするのが有力。

めたまる(@UMR_PhD)は書いてないから生じるという説を提示。広島鍋(@hiroshima_pot)はわざわざ速度超過している車両には義務が生じるなんて書かないという説を提示。(ネタバレすると義務は生じないとする解釈が有力であるが、条文には書いてない。)

 

というツイートがありました。このツイートはWebサイト「速度超過の車に追いつかれた場合「追い付かれた車両の義務」はない」を出典とし、さらにそのWebサイトは下記を根拠としています。

追いつかれ義務違反
2 車両通行帯が設けられていない道路の中央(一方通行となっているときは道路の右側端)との間に追いついた車両が通行するのに十分な余地がない場合に、できるだけ道路の左側端に寄ってこれに進路を譲らないとき。ただし、追いついた車両が明らかにその道路の最高速度より速い速度の場合には適用しない。

出典:運転免許技能試験に係る採点基準の運用の標準【 減点適用基準】 警察庁

これは道路交通法ではなく、運転免許技能試験での判断ですが、警察庁*32の見解*33の1つです*34

また、それに対し@UMR_PhDは下記のように「広島鍋って法律の文章をちゃんと読まずに,法律家ではない人間が適当に解釈した文章を元に他人を罵倒する滑稽な人間のオブジェですね(道交法には後続車の速度違反に関しては一切書いていない)https://t.co/8Sgps7zjHM https://t.co/0yF8cVi51f」と返します*35

なお、書いてない理由に関して、@hiroshima_potは「わざわざ書いてないだけ」という説で返します。

道路交通法の解説 by @hiroshima_pot

要約:広島鍋 (@hiroshima_pot)は『道路交通法の解説』から、制限速度以内での義務を規定と書いてある部分を引用した。めたまる(@UMR_PhD)と議論は平行線になった。

 

知恵袋経由ですが、@hiroshima_potは『道路交通法の解説』を引用します*36

「連続して進行する車両のうち後続車両が制限速度以内で進行していて、先行車両に接近した場合の先行車両の義務を規定しています」

道路交通法の解説

道路交通法の解説』が手に入らなかったので記述の正確さや記述の正確な位置はまだわかりませんが、両車両が制限速度以内での義務だと書かれています*37

注解道路交通法 by @Fyioon1

要約:Fyioon (@Fyioon1)は速度超過している車両に追いつかれた場合、譲る義務は「法の趣旨から見て消極に解すべき」と引用。ただし「現実の速度」についての発言は少々意味不明であり、Twitterではあるが弁護士と思われる人にも否定されている。

 

さらに新しく@Fyioon1が登場します。全てのツイートに対して言及するのは困難なので少し飛ばしていますが、@UMR_PhDが@Fyioon1に法曹三職(法曹三者の間違い?)かどうかを聞いたところです。おそらくどちらも法律の専門家ではありません*38

これも第27条第1項の解説ですが、明示的に速度超過の場合が書かれており、「若干の疑問はあるが、(中略)消極に解すべき」、つまり義務なしとすべきだろうと述べています*39。第27条第1項ではあるものの、先に@UMR_PhDが述べた第一条のような法の趣旨から見る解釈を考えるならば、第2項の最高速度が同じ車両でも、速度超過の車両に対して義務が生ずるかという点については「若干の疑問はあるが、(中略)消極に解すべき」つまり義務なしとすべきだろうとされています。

「現実の速度」の、@Fyioon1の解釈(筆者は意図がうまく読めませんでしたが読者は読めるかも知れないので載せます)

@Fyioon1は「現実の速度」と別に「法定の最高速度を超える速度」が書いてあり、「現実の速度」は法定内での速度を意味していると読むのが自然」と述べています。

現役の弁護士*40によればこの読み方は違うとのこと。

@Fyioon1は前後の文脈を強調していた一方で、@shibekemokemoの返信が3分後なので@UMR_PhDの引用のみから判断しているように思います*41が、「現実の速度」は法定内での速度を意味していると読むのが自然」ではないとのことです*42

『注解道路交通法』を読んでみたところ、「現実の速度」は「最高速度」と引き合いに出されている単語であり、「たとえ制限速度を超えようとも」より「最高速度に達していない場合でも」を意図した可能性が高いと感じました。ただ、@Fyioon1は『注解道路交通法』を引用しましたが、『18-2訂版 執務資料 道路交通法解説』が引用しているのは『註釈道路交通法』です。こちらは「現実の速度」は「最高速度」と比較的離れていて対比とまでは言えないと思いました*43

主観では、「現実の速度」が意味するところは法定速度内に限られないとは思いますが、著者が法定速度内のみを想定して「現実の速度」を使った可能性はある*44と思っています。

*1:多少の対象のズレはあるが、

*2:長いので括弧書きなどは省略しています。

*3:厳密には、車両通行帯が設けられていない道路での義務があることについて述べているだけであり、車両通行帯が設けられた道路を通行する場合に義務がないと書いてあるわけではありませんが、少なくとも道路交通法第二十七条第2項を持ち出して「義務がある」と述べるのは間違っています。

*4:

直前にリツイートしたツイート以外を「RTの人」と指すにはあまりにも時刻が離れているのでこれを指していると思いますが、もしかしたら削除されたツイートを指していたかも知れません。RTの人が誰であれ車両通行帯についての理解が間違っており、「RTの人」やそのツイートは主題ではないので深く追いません。

*5:少なくとも@D_Pliusと@UMR_PhDの間では認識が一致したはず

*6:生じそうですが。

*7:当該文献の下線部8に対応

*8:速度超過に譲れとも、譲る義務なしとも書いてない。

*9:一時的ではない

*10:速度超過していないときに、追いつかれた側に二次的に発生しそう

*11:また、「車両は最高速度が政令で定められていますから、時速六十キロメートル走行車が時速五十キロメートル走行車に追いつく場合が考えられ、また、通常、高速自動車国道以外では最低速度規制はありませんから、最高速度が時速四十キロメートルに規制された道路を時速三十キロメートルで走行することができるので、「追いつき」ということが起きます。(改段落)したがって、本条の「追いつかれた」とは、後続車両が、二十六条が規定する必要な車間距離よりも短い距離で先行車両に接近する場合を意味します。」と、追いつきの条件についてより詳細な記述もある。(2023年5月16日追記 https://twitter.com/hiroshima_pot/status/1658405691990888449

*12:浅野信二郎の経歴と思われる

*13:だからブログを書きました。

*14:2文目には「同様とする」とあるものの、あくまでこの「同様とする」は「できる限り道路の左側端に寄つてこれに進路を譲らなければならない。」であり、解説文に対して書かれている言葉ではない。

*15:再訂版が出ていますが一字一句同じです。

*16:一字一句同じなのは、現行の法律でも一字一句同じ解説が成り立つからという可能性もありますが

*17:版の差などの可能性もありますが

*18:一時的ではない

*19:閲覧したのはWebページだが、本の記載

*20:少なくとも制限速度ギリギリまで出している場合には

*21:単に情報不足などでわからないから決められないというより、専門家の中でも少なくとも文字上は意見が分かれているため決められない

*22:判例後に解釈があっていたと判明しても、罵倒は侮辱罪

*23:後述するように解釈の不一致を理由に罵倒する人がいるため匿名での紹介とします

*24:書かれている場所に注目。また、この解説は「先行車が時速40キロメートルの自動車であり、後続車が時速60キロメートルの自動車といった場面では」のように、両車両が制限速度を守った状態での解説に留まっています。

*25:誤解されたくないので二度書きますが、前後の文脈からそんなことはないと思います。あえて文字上だけで言えばの話です。

*26:これは架空の話です。

*27:道路交通取締法

*28:あくまで過去の条文からの推測であり、正しい保証はない

*29:追い越し車線の話が出て、車両通行帯が設けられている場合に話が戻りかけてしまっていますが

*30:個人的には「違反車両が存在している場合でも危険を防止して交通の安全と円滑を図るということにはかわりは無い」から「後ろの車が速度超過をしていても、回避する義務が生じる」まで論理の飛躍を感じました。

*31:ちなみに下記の@sui__ginのツイートにあるとおり「権利」ならありうると、私も思いました。

*32:道路交通法の所管

*33:警察の見解が道路交通法の正解とは限りませんが、一般人の見解よりは有用だろう。

*34:リンクが切れており出典を確かめられないのが残念です

*35:このあたりはどちらも冷静に議論できてなさそうです。先手が悪いとかじゃなくどちらも悪いと思います。

*36:@hiroshima_potが2023年5月11日に買ったようなので、数日以内に確認できるかも知れません。

*37:正確な位置がわからないので、とりあえず今までのと同様に第二十七条第1項や第二十七条第2項の1文目の解説程度として捉えています。

*38:めたまる(ごちたま).tex on Twitter: "@sui__gin 法律家ではないので法律の条文に直接あたっています(追いつかれた車両の義務違反と追い越し車線の組み合わせは正しくないので訂正します)" / Twitter

*39:私が見た『注解道路交通法』には下記のような記述もあります。

ただ、最高速度が高い車両に追いつかれた車両がそれ自身も最高速度で走行している場合には、公安委員会が法定の最高速度をこえる最高速度を定めている道路の区間を通行する場合を除き、その車両が加速することは、本稿の規定に違反するだけではなく、同時に第六十八条に規定する最高速度の遵守義務にも違反することとなろう

注解道路交通法

この記述は第二十七条第2項の今回の解釈とは外れますが、速度超過について他の本より意識している可能性があると思って取り上げました

*40:正確には弁護士かを確認できていませんが https://twitter.com/UMR_PhD/status/1651577597506236416

*41:@shibekemokemoの手元に大量の文献がある可能性もあります

*42:役職などからその発言の信頼性を決めるのは嫌いですが、本の著者 > 現役の弁護士 > 道路交通法に詳しい一般人、の順で信頼できそう程度に読みました。

*43:これは一般人的な主観です。

*44:文のみから判断できない。ただ、可能性は低そう

100匹の十分に論理的なドラゴンの問題で、ドラゴンはそれまで無事に過ごせるか?

ドラゴンの問題とは?

Can You Solve 'The Hardest Logic Puzzle In The World'?などにある、ドラゴンの目のパズルがある。

要約すると以下のような問題文である。

ある島には、目が緑色の100匹のドラゴンがいました。彼らは何世紀もの間人間を見たことがなかったため、訪れたあなたはとても歓迎されています。(ドラゴンは会話できます)

この島には不思議なルールがあります。ドラゴンは、自分の目が緑色だと知ったら、その日の夜中に雀に変身しなければいけないのです。

でもこの島には鏡がなく、目の色について話すこともないため、ドラゴンたちは自分の目の色を知らず、ずっと平和に暮らしてました。

あなたが島を去るとき、ドラゴンは全員見送りのために集まってくれました。あなたはそこで、少なくとも1匹の目が緑色だと告げます。ドラゴンたちが十分論理的だと仮定すると、何が起こるでしょうか?

これの答えは、「100回目の夜中に、100匹のドラゴン全員が雀に変身する」という物です。が、私はこれに対して疑問を持ちました。

とりあえず問題の補足として、

  • ドラゴンは毎昼に、同じ場所に集まり、互いに顔を合わせ、目の色を互いに知る
  • ドラゴンは互いに全てのドラゴンが十分論理的だと知っている

という前提も付け加えておきます。

この問題には、変身でなく島を去るパターン、ドラゴン以外の生物のパターン(夫婦の不倫など)などがあります。

 

よくある解説

さて、よくある解説では、ドラゴンが少ない状態から考えています。

答えに納得している人は、ステップ4まで読み飛ばして大丈夫です。

ステップ1:ドラゴンが1匹の場合。

ドラゴン1の知識

  • 少なくとも1匹の目は緑色
  • (この島にドラゴンは1匹)

ドラゴン1の論理的考察(1日目)

少なくとも1匹の目は緑色なので、ドラゴン1は自分の目が緑色だと知る。

結果

1回目の夜中に全てのドラゴンが雀に変身する。

 

ステップ2:ドラゴンが2匹の場合。

ドラゴン1の知識

  • ドラゴン2の目は緑色
  • 少なくとも1匹の目は緑色
  • ドラゴン2は「少なくとも1匹の目は緑色」を知っている
  • ドラゴン2はドラゴン1(自分)の目の色を知っている
  • (この島にドラゴンは2匹)

ドラゴン2も、立場は違えど同じような知識を得ます。

ドラゴン1の論理的考察(1日目)

ドラゴン1は、「少なくとも1匹の目は緑色」「ドラゴン2の目は緑色」だけでは自分の目の色は分かりません。だから、夜中に雀に変身しません。

 

それだけでなく、十分論理的なドラゴン1は、ドラゴン2の立場で考えます。

もしもドラゴン1(自分)の目の色が緑ではなかった場合、ドラゴン2は「少なくとも1匹の目は緑色」「しかしドラゴン1の目は緑ではない」という2つの知識から、論理的に「自分の目は緑色」を導き、翌昼までには雀の姿になっているはずだと考えます。

ドラゴン2も、立場は違えど同じように考えます。

1回目の夜には何も起きません。

ドラゴン1の論理的考察(2日目)

翌昼、ドラゴン1とドラゴン2は顔を合わせます。どちらも雀に変身していないと気がつきます。

ドラゴン1は、ドラゴン2が雀になっていないことから、ドラゴン1(自分)の目が緑色であることを論理的に導きます(背理法)。ドラゴン2も、立場は違えど同じように考えます。

結果

2回目の夜、ドラゴン1とドラゴン2が(=全てのドラゴンが)雀に変身します。

このようにドラゴンの情報は対称的なのでドラゴンの動きは全く同じになるはずです。

そして、緑色の目をしていないドラゴンはいてもいなくても他のドラゴンが雀に変身するタイミングとは関係ないことが分かります。そのドラゴンは雀に変身しないし、目の話をしないからです。例えばドラゴン1の目が緑色以外であった場合、1日目にドラゴン2が雀に変身しますが、これはステップ1の「ドラゴンが1匹の場合(ドラゴン2視点)」と同じです。

 

ステップ3:ドラゴンが3匹の場合。

ドラゴン1の知識

  • ドラゴン2とドラゴン3の目は緑色
  • 少なくとも1匹の目は緑色
  • ドラゴン2もドラゴン3も「少なくとも1匹の目は緑色」を知っている
  • ドラゴン2もドラゴン3もドラゴン1(自分)の目の色を知っている
  • ドラゴン2はドラゴン3の目が緑だと、ドラゴン3はドラゴン2の目が緑だと知っている
  • (この島にドラゴンは3匹)

を知っています。更に言えば、

  • ドラゴン2もドラゴン3も、同様に私と同じようなことを知っている
    • 例えば、ドラゴン2は「ドラゴン3がドラゴン1の目が緑だと知っている」を知っている

を知っているわけです。ドンドンややこしくなってきました。

ドラゴン1の論理的考察(1日目)

ドラゴン1は、「少なくとも1匹の目は緑色」「ドラゴン2の目は緑色」だけでは自分の目の色は分かりません。だから、夜中に雀に変身しません。

それだけでなく、十分論理的なドラゴン1は、ドラゴン2の立場で考えます。

もしもドラゴン1(自分)の目が緑ではなかった場合、「自分抜きでの問題と同じである。つまり、2匹の緑目のドラゴンがいた場合の「2日後に全てのドラゴンが雀になる」になるはずだ。」と考えます。

ドラゴン1の論理的考察(2日目)

ドラゴン2もドラゴン3も雀に変身していない。でも自分の目の色はまだ分からない。

なぜなら、ドラゴン2が雀に変身していないのはドラゴン3の目が緑だと知っているからだけで十分だからである。

もしも自分の目が緑ではなかったら、ドラゴン2は「ドラゴン1の目は緑じゃないのにドラゴン3が雀ではないということはドラゴン2の目は緑色だと気がついて、翌昼には雀になっているんだろうなあ」と考える。

ドラゴン1の論理的考察(3日目)

ああ、ドラゴン2はドラゴンの姿のままやってきた。つまり…自分の目は緑色である。

結果

3回目の夜、全てのドラゴンが雀に変身します。

 

さあ、ここまでは私も納得しています。

ステップ4:ドラゴンが4匹の場合。

ドラゴン1の知識

  • ドラゴン2とドラゴン3とドラゴン4の目は緑色
  • 少なくとも1匹の目は緑色
  • ドラゴン2〜4も「少なくとも1匹の目は緑色」を知っている
  • ドラゴン2〜4もドラゴン1(自分)の目の色を知っている
  • ドラゴン2はドラゴン3やドラゴン4の目が緑だと、ドラゴン3はドラゴン2やドラゴン4の目が緑だと、ドラゴン4はドラゴン2やドラゴン3の目が緑だと知っている
  • (この島にドラゴンは4匹)

を知っています。

これまでの議論をパターン化し、4回目の夜に全てのドラゴンが雀に変身すると結論づけます。

そして、100匹の場合は100回目の夜に全てのドラゴンが雀に変身すると結論づけ、それを解答とします。

 

筆者の疑問

ところで、

  • 全てのドラゴンが、「少なくとも1匹の目は緑色」を知っている

という知識は、旅人から聞かなければ分からないのでしょうか?

筆者の考え

ドラゴンが4匹の場合を考えてみましょう。

ドラゴン1は、ドラゴン2がドラゴン3とドラゴン4の目を見ていることを知っています。

ドラゴン2は、ドラゴン1の目の色・ドラゴン2の目の色に関わらず、ドラゴン3はドラゴン4の目が緑色だと知っていることを知っています。

ドラゴン1は、上記の「ドラゴン2は、ドラゴン1の目の色・ドラゴン2の目の色に関わらず、ドラゴン3はドラゴン4の目を見ていることを知っています。」を知っています。

同様に、

ドラゴン1は、上記の「ドラゴン2は、ドラゴン1の目の色・ドラゴン2の目の色に関わらず、ドラゴン4はドラゴン3の目を見ていることを知っています。」を知っています。

 

つまり、

ドラゴン1は、「ドラゴン2が、「ドラゴン3が少なくとも1匹の目は緑色であると知っている」を知っている」を知っています。

同様に、

ドラゴン1は、「ドラゴン2が、「ドラゴン4が少なくとも1匹の目は緑色であると知っている」を知っている」も知っています。

更に同様に、

 

ドラゴン1は、「ドラゴン3が、「ドラゴン2が少なくとも1匹の目は緑色であると知っている」を知っている」も知っています。

ドラゴン1は、「ドラゴン3が、「ドラゴン4が少なくとも1匹の目は緑色であると知っている」を知っている」も知っています。

ドラゴン1は、「ドラゴン4が、「ドラゴン2が少なくとも1匹の目は緑色であると知っている」を知っている」も知っています。

ドラゴン1は、「ドラゴン4が、「ドラゴン3が少なくとも1匹の目は緑色であると知っている」を知っている」も知っています。

 

ということは、

ドラゴン1は、「この島の全てのドラゴンが、「この島の全てのドラゴンが、少なくとも1匹の目は緑色であると知っている」を知っている」を知れます。

そして、ドラゴン2〜4も「この島の全てのドラゴンが、「この島の全てのドラゴンが、少なくとも1匹の目は緑色であると知っている」を知っている」を知れます。

ドラゴンが十分に論理的であれば、旅人が「少なくとも1匹は緑色の目をしている」といわなくても、ドラゴンが4匹なら全てのドラゴンが「少なくとも1匹は緑色の目をしている」という知識を共有できている事を知っているはずです。

 

ならば、旅人の発言を待たずして雀に変身するのではないか?

100匹のドラゴンがいた場合、毎日昼に各ドラゴンは、「この島の全てのドラゴンが、「この島の全てのドラゴンが、少なくとも97匹の目は緑色であると知っている」を知っている」を知れます。そしてやはり4回目の夜に、全ドラゴンが雀に変身するのではないか..?

 

と一瞬思いましたが、論理の足りなさに気がつきました。

 

2匹のドラゴンが雀に変わるためには「ドラゴン1が、「ドラゴン2が、「1匹の目は緑色である」と知っている」と知っている」を条件としています。

同様に

3匹のドラゴンが雀に変わるためには「ドラゴン1が、「ドラゴン2が、「ドラゴン3が、「1匹の目は緑色である」と知っている」と知っている」と知っている」を条件としています。

4匹のドラゴンが雀に変わるためには「ドラゴン1が、「ドラゴン2が、「ドラゴン3が、「ドラゴン4が、「1匹の目は緑色である」と知っている」と知っている」と知っている」と知っている」を条件としています。

一方で旅人の発言前には「ドラゴン1が、「ドラゴン2が、「ドラゴン3が、「1匹の目は緑色である」と知っている」と知っている」と知っている」までは論理的に到達できても、「ドラゴン1が、「ドラゴン2が、「ドラゴン3が、「ドラゴン4が「1匹の目は緑色である」と知っている」と知っている」と知っている」と知っている」かは分かりません。

なぜなら、ドラゴン1は自分の目が緑色ではないかも知れないと思いながら推論で始め、ドラゴン2もドラゴン3も自分の目が緑色ではないかも知れないと思いながら推論するからです。

他の記事・解説動画での解答の扱い

この問題を扱っている記事を探してみました。google検索で10件ほど開いただけなので同じような記事ばかりでした。同じ発想をした人がいるのだろうか。

記事1: 論理クイズ「幼女とドラゴンの島」で未来を予知できるか - 明日は未来だ!

ドラゴンが2匹までの場合を具体的に述べた後、特に説明も無くn匹に一般化している。一般化の論理が雑。

記事2: 論理クイズ 100匹のドラゴン | Handyman志木店

ドラゴンが3匹の場合までのことを述べている。「自分の目の色が緑でなければn-1日目に変身する」という数学的帰納法を使っている。ただし厳密には、少なくともn-1日目までに変身するという論理でしかない気がする。それより早く気がつけない証明がない。

記事3: 緑色の目をしたドラゴンの問題について考察 - Qiita

記事2とほぼ同様。上記ドラゴンが4匹の場合までのことを述べている。「自分の目の色が緑でなければn-1日目に変身する」という数学的帰納法を使っている。ただし厳密には、少なくともn-1日目までに変身するという論理でしかない気がする。それより早く気がつけない証明がない。

また、「もし何かがドラゴン達に起こったとすれば、あなたがドラゴン達に与えた情報の本質は一体何だったのでしょうか?」という問いに対し、「少なくとも99匹のドラゴンが緑の目をしていることを、99日後に彼らの共有知識にした。」と述べている。

記事4: 理科とか苦手で 「緑色の目をしたドラゴン」 を解説してみた (中編)

記事2とほぼ同様。ただし後編の記事で、「いずれにしろ、ドラゴンBは少なくとも98頭のドラゴンが緑の目をしていることを知っている。ここまでは、ドラゴンAは確証が持てるのです。」と書かれています。

記事5: ドラゴンの目の論理パズルを知ったのだけど納得できない(納得できた)

既存の解説が理解できていない人が理解していく様子。ドラゴンが5匹の場合までのことをとても具体的に述べている。それ以前に気がつけるかどうかには言及無し

記事6以降: 

緑色の目をしたドラゴン | ふと目にして気になったこと

答えが分かれば超簡単!ハーバード大学の出す「世界で最も難しい論理パズル」皆さん解けますか? : ユルクヤル、外国人から見た世界

難問の論理・数理パズルに挑戦しよう【赤目の村】 | 興味の窓

 

 

「もし何かがドラゴン達に起こったとすれば、あなたがドラゴン達に与えた情報の本質は一体何だったのでしょうか?」という問いに対し、「少なくとも99匹のドラゴンが緑の目をしていることを、99日後に彼らの共有知識にした。」と述べている。

緑色の目をしたドラゴンの問題について考察 - Qiita

結果としてはそうだけど「情報」の本質は違うと思っています。

私の思う答えは、「ドラゴン1が、「ドラゴン2が...「ドラゴン100が、「1匹の目は緑色である」と知っている」...と知っている」と知っている」という情報、だと思います。

与えた情報としては「と知っている」100回分の繰り返しだけでなく無限回の繰り返しを可能とするような情報ですが、少なくとも100回分の"メタ"知識を与えれば雀に変身するので。

なぜカトラリーは最初から並んでいるのか

この記事は、「なぜカトラリーは最初から並んでいるのか」の正解を示す物では無く、単に予想をした物です。

 

マナーについての考え

マナーとは、人や物を尊重するために形成された行動だと考えている。尊重する対象は場面によって違い、食事中でも主賓・店・料理・料理人・食器など様々な物が対象になり得ると思っている。また、「他人を尊重しない理由に、自分の手間の削減を選んではいけない」メタルールを感じている。

 

例えば、主賓がナプキンを手に取ってから他の参加者がナプキンを手に取るのは、早く食べたいという意思表示になり主賓をせかしかねない。これは主賓を尊重する思想と反するので「主賓がナプキンを手に取るまで、他の参加者はナプキンを手に取らない」というマナーが生まれたと解釈している。

 

同様に、自前のハンカチでは無く店のナプキンで手や口元を拭くのは「店が用意したナプキンは十分綺麗だと信頼している」という店の尊重であり、盛り付けを崩さないように食べるのは料理や料理人の尊重、固いアクセサリーを外すのは食器や机を傷つけないように尊重する形の表れだと解釈している。客だけが他を尊重するのではなく、店が主賓を尊重するマナーや、主賓が他の客を尊重するマナーもある。

 

多くのマナーはこの考えで説明できると思っている。手はテーブルの上に置くことというマナーは武器を隠しているかも知れないと思われないための(=相手に安心感を与える)マナーのように、相手に不安を与えかねない行為を防ぐのも同様の尊重だと思う。

 

そもそもナイフやフォークが複数用意されているのは、「それぞれの料理を最も使いやすくおいしく使って食べられるように」という店→客の尊重であり、それぞれを店の意図通りに使うのは「それぞれの料理を最もおいしく食べられるように」という客→店(料理)の尊重だと考えている。

 

本題

さて、このようなマナーを気にするような店では、最初から多くのカトラリーが並んでいることが多いと思う。これは、マナー(尊重)を基準に考えるとそうあるべきなのかだろうか?

 

「最初から多くのカトラリーが並んでいることによって、客に『外側から使うべき』という知識を強制(期待)し、また外側から使うという手間、内側のカトラリーを避けて手に取らなければいけない」など軽微な理由を含め客を尊重していない行為に感じた。「外側から使う」マナーはテーブルマナーの中でもよく覚えづらいと聞くし、まだ使わない食器がテーブルにあるのは邪魔でもある。料理にあったカトラリーをその都度持ってくる方が客を尊重していると思った*1

 

ということで、なぜカトラリーが最初から並んでいる状態が客を尊重しているとされたのかを考えてみた。再度言うが、あくまで客を尊重した結果だというメタルールがあるので、「カトラリーを何度も並べるのが手間だから」は選んではいけない。「それによって客の金銭的負担が増えるから」は、「おいしいものを食べる・いい雰囲気で食べるなど、いい体験にお金を払う」ような階級の話なので選ばない*2。ただ、カトラリーを並べる作業が著しく手間な場合や不可能な場合は別である*3

 

客の周りでナイフを扱わないべき説

客は、凶器を持った人がウロウロして欲しくないとする説。運ぶときには後ろを通るかも知れず、特にテーブルに並べるときは顔の近くを通るかも知れない。そのような不安や危険を減らすため、カトラリーは最初から並んでいる*4。「武器を持ってないことを示すためにテーブルの上に手を置く」などと近い思想なので納得度1位。なお、フルーツナイフやアイスクリームスプーンは他に比べあまり武器感がないから後から並べられるのかも知れない。

 

ナイフを持って無くても客の周りに店員はいないべき説

客は店員と話したいのでは無く、他の客と話したいとする説。そのようなときに店員が来る回数はできるだけ少なく、いる時間もできるだけ短くした方が嬉しい。店員が客の周りにいる時間を減らすため、カトラリーは最初から並んでいる。「遠くの店員を呼ぶ」行為は客の手間であり、店員が歩いてくる時間は客にとって無駄であるのに、店員が客の近くにいないのは店員と距離を取りたいからでもあると考えるので納得度2位。

 

カトラリーを並べている姿は美しくない説

客は店員がカトラリーを並べている様子を見たくないとする説。カトラリーを並べている様子を見たくない考えは個人の好みなので受け入れる。しかしカトラリーを並べている姿が美しくないならば、フルーツナイフなども全て並べられているべきだと思う。しかしフルーツナイフだけは後から並べられることもあり、反例に感じられる。デザートのみが選択可能でそれにあったカトラリーのみが出てくるのはいいのだろうか? 選んだメニューによっては一部のカトラリーが回収されるのも見たことがある気がするが、それは美しいのか? など疑問が残っている。

 

カトラリーが最初から並んでいるのが美しい(全容が把握できて嬉しい)説

カトラリーが並んでいることで豪華な食事を思わせたり、「用意されている感」が生まれたりする説。また、どんな構成なのか・今どの段階なのかが把握しやすいような配慮の可能性もある。料理も最初から並んでいると把握できるが、料理は冷めると体験が悪くなるのでそうならないカトラリーだけが並んでいると考えられる。納得度3位。

 

カトラリーを並べるのは"異常に"手間説

カトラリーを並べるのは難しく、客がいるとほぼ不可能であったり、律速になるほど遅くなってしまう説。私はカトラリーを他人のために店員として並べたことがないが、経験者からは私の想像以上に難しいような体験談が届いたため、カトラリーを毎回並べるのが非現実的なのかもしれない。並べるのは難しいと分かるけれど、マナーを必要とするような店ではそのくらいすぐにできそうだと勝手に思っていた。

 

 

この記事は正解を知りたいより思考実験をした物なのですが、正解があれば教えて欲しいです*5

*1:もしかすると、そんな持ってきかたをするなんてマナーを知らない客だと侮辱しているのか?と思われるかも知れないが、そもそも外から使うべきというマナーが成立した頃のことを考えているので違う話

*2:フードコートでも適用される法律の話ではなく、あくまで客を喜ばせようとしているのであり、そしてまたおそらく金持ちが自分の家の使用人に対しても、最初からカトラリーを並べさせていると感じるからである。

*3:そうでなければ、客が来るときは晴れにすべきなどというマナーまで生まれうるが非現実的

*4:ナイフとフォークはセットなので、ナイフだけを並べておくのは美しくないと考えている。

*5:こんなこと書かずに堂々と間違ったことを言う方がインターネットウキウキ指摘パーソンによって指摘されるのがインターネットかも知れない

百人一首のモーラ数の分布

百人一首は短歌を集めたものであり、字余りを許して五七五七七になっているはずです。どんな字余りが多いのか気になったので計測してみました。

 

五七五七七:67件

五七五七八:  9件

五七五八七:  2件

五七五八八:  1件

(いまこむと    いひしばかりに    ながつきの    ありあけのつきを    まちいでつるかな)

五七六七七:  6件

五八五七七:  7件

六七五七七:  7件

六八五七七:  1件

(たごのうらに    うちいでてみれば    しろたへの    ふじのたかねに    ゆきはふりつつ)

 

それぞれが字余りになる可能性は

8% 8% 6% 3% 10%

ですね*1

また、字余りが2箇所あるのが太字にした2件のみで、例えば五七五八八は独立した字余りだとしたら3%*10%=0.3%や8%*8%=0.64%なので「共起した」ようにも見えます*2

*1:件数は%と一致しているので百人一首ないでの割合は計算しやすい!

*2:もちろん共起しているかどうかは、データの数が少ないので簡単には言えませんが、この記事は思いつき記事なので

路面電車関連の一時停止・徐行・通行

路面電車の停留所の近くでの自動車の規則は覚えにくい。この記事を読んでも多分簡単な覚え方はないので、単に苦悩のメモである。

 

制約が強い順に並べると、例えば

路面電車が停留所で止まり、安全地帯はなく、道を挟んだ先に人がいる場合、一時停止

路面電車が停留所で止まり、安全地帯はなく、道を挟んだ先に人が明らかにいない場合、路面電車から1.5メートル以上開けてない場合、一時停止

路面電車が停留所で止まっていて、安全地帯はなく、道を挟んだ先に人が明らかにいない場合、路面電車から1.5メートル開けている場合、徐行

路面電車が停留所で止まっていて、安全地帯がある場合、徐行

路面電車が停留所で止まっておらず、安全地帯があり、そこに人がいる場合、徐行 

路面電車が停留所で止まっておらず、安全地帯があり、そこに人がいない場合、通行 

となる。

道路交通法 第三十一条 車両は、乗客の乗降のため停車中の路面電車に追いついたときは、当該路面電車の乗客が乗降を終わり、又は当該路面電車から降りた者で当該車両の前方において当該路面電車の左側を横断し、若しくは横断しようとしているものがいなくなるまで、当該路面電車の後方で停止しなければならない。(規則Aと呼ぶ)

ただし、路面電車に乗降する者の安全を図るため設けられた安全地帯があるとき(条件Bと呼ぶ)、又は当該路面電車に乗降する者がいない場合において当該路面電車の左側に当該路面電車から一・五メートル以上の間隔を保つことができるとき(条件Cと呼ぶ)は、徐行して当該路面電車の左側を通過することができる。

 

(括弧書きは筆者追記)

 

路面電車が停留所にいるか」「安全地帯がないか」「人がいるか」「距離が1.5メートル以内か」の判断にそれぞれポイントを与えその総和で一時停止/徐行/通行を決められれば楽そうである。*1

 

網羅すると以下の表のようになる。

停留所に路面電車はいるか? 安全地帯がないか? 人がいるか?*2 距離は1.5メートル以内か?*3 どうしたらいい?
はい はい はい はい 一時停止
はい はい はい いいえ 一時停止
はい はい いいえ はい 一時停止
はい はい いいえ いいえ 徐行
はい いいえ はい はい 徐行
はい いいえ はい いいえ 徐行
はい いいえ いいえ はい 徐行
はい いいえ いいえ いいえ 徐行
いいえ はい はい はい 通行
いいえ はい はい いいえ 通行
いいえ はい いいえ はい 通行
いいえ はい いいえ いいえ 通行
いいえ いいえ はい はい 徐行
いいえ いいえ はい いいえ 徐行
いいえ いいえ いいえ はい 通行
いいえ いいえ いいえ いいえ 通行

人がいる場所をまとめたせいでうまく分離できなくなってしまった。変数*4を減らそうとしたが、安全地帯に人がいる場合と、別に路面電車がいないのに歩道に人がいる場合とでは大きく意味が違う。*5

 

カルノー図的に書いてみるとこうなる。1.5メートル離れていても停車している路面電車がいれば歩行者がいなくても一時停止したいくらいだ。また、記号ABCDは上記道路交通法で追記した規則や条件であり、X,Yのはどちらか制約が強い方。A→Bは原則Aだが注釈でBへと上書きされた物*6と解釈して下さい。

  停車危険 停車安全 無車安全 無車危険
有人近接 一時停止A,D 徐行A→B,D 徐行D 通行
有人遠隔 一時停止A,D 徐行A→B,D 徐行D 通行
無人遠隔 徐行A→C 徐行A→B,A→C 通行 通行
無人近接 一時停止A 徐行A→B 通行 通行

 

安全地帯に人がいた場合、路面電車とは関係なく徐行*7なんだから別で覚えても良い気がしてくる。

停留所に電車が止まっていたら少なくとも徐行。if(人 or 電車近接)*8一時停止

*1:ちなみに上記の判断は、「はい」の場合に危険である。

*2:路面電車内または安全地帯または道を挟んだ先に

*3:安全地帯や路面電車から

*4:判断

*5:そもそも判断は安全地帯と歩道で別で行うのだが

*6:,より解釈の優先順位は高い

*7:道路交通法71条

*8:各1ポイントで1以上と解釈しても良い