ネズミは光より音に敏感?な話

聖なる夜をいかがお過ごしでしょうか。私は暇だったので、今年読んだ好きな論文2017に応募する為の記事を書きました。12月7日分として投稿してます。

 

早速本題ですが、次の論文を紹介したいと思います。

http://www.cell.com/neuron/fulltext/S0896-6273(17)30007-7

タイトルは「A neural circuit for auditory dominancce over visual perception」です。直訳すると「視覚に対する聴覚優位性の神経回路」って感じでしょうか。ヒトは目が発達しているので視覚優位だとよく言われますが、ネズミは夜行性で目もあまりよくないため、聴覚優位だと言われています。

この論文では、ネズミの聴覚優位性を形成している神経回路が大脳皮質のPTLpという領域に存在することを、電気生理光遺伝学などを駆使して証明しています。

オーサーはKAIST(韓国科学技術院)の博士課程の学生達です。ラストオーサーのLeeはUC BerkereyのYang Danラボ出身で、独立して4年目の新進気鋭なPIのようです。

イントロダクション(神経科学初心者向け)

 動物には主に5つの感覚があり、それぞれ別々の感覚器を通じて入力され、視床にある別々の神経核(神経細胞の集まり)を経由して大脳皮質へと入力されます。大脳皮質は脳の一番表面にあるヒトだとしわしわの部分です(ネズミには大脳皮質にしわはなくツルツルです)。大きく前頭葉頭頂葉・側頭葉・後頭葉に分けられ、それぞれ大体の構造(神経細胞の種類が異なる層構造など)は同じですが、機能の違いから複数の領域が定義されています(脳機能局在論)。ここでいう機能とは、その領域にある神経細胞がどのような情報(例えば光や音、運動など)に応答しているかということで、この違いは神経細胞がどの領域から情報を受け取っているかによって異なります。

 感覚情報を一番最初に受け取る領域は、初期感覚野と呼ばれます。視覚であれば初期視覚野(V1, この論文ではVisual cortex; VC)、聴覚であれば初期聴覚野(A1, この論文ではAuditory cortex; AC)と呼ばれます。感覚情報は次に高次感覚野に運ばれてより精密な処理が行われ、最後に連合野へと運ばれて他の感覚情報と統合されます。例えば視覚情報の場合、初期視覚野には物体の輪郭の一部分に応答する細胞が多く、高次視覚野では特定の図形や色、動きの方向など細かい情報に応答する細胞が多くなっていきます。連合野では細分化された情報を基に外界の状況判断が行われ、次の行動の選択が行われると考えられています。この論文では、連合野の中でも最も視覚野と聴覚野に近い後頭頂連合野(Posterier parietal cortex; PTLp)に注目しています。

 この論文で論じていることは、複数の感覚情報が統合される際に、もしそれぞれの持つ情報が食い違っていたらどの情報が優先されるのか、ということです。矛盾した感覚統合によって引き起こされる現象としてマガーク効果があります。これは、「が」と言っている人の映像を見ながら「ば」という音声が出ると、「だ」と聞こえるという視覚が聴覚に影響する錯覚です。日常的にはこのような矛盾した感覚情報が入ってくることはあまりありませんが、もしそういった場面に遭遇した際にどの感覚情報を優先するかを予め決めておけば迷い無く行動することができるでしょう。

 感覚情報の優位性は感覚統合の際に生じる効果の一種と言えます。感覚統合による効果を検討する際には、それぞれの感覚刺激の強さが動物にとって同じになっていることが重要です。いくら視覚優位でも大きな音が聞こえたらそちらに注目してしまいますよね。それぞれの感覚刺激の強度を揃えた上で実験すると、感覚統合による効果、特に視聴覚刺激による効果には次の様な法則が成り立つことが知られています。(Stein and Stanford, 2008)

① 光源と音源の位置が近い程効果が強くなる (Spatial Coincidence)

② 光と音の発生するタイミングが近い程効果が強くなる (Temporal Coincidence)

③ 光と音の強度が弱い程効果が強くなる (Inverse effectiveness)

この論文でも上記の効果を確認し、光源と音源の位置やタイミングを揃えた上で実験をしています。

まずは行動実験で聴覚優位性を確かめよう

 システム神経科学では、動物が行動課題を遂行している際の神経活動を計測し、課題に伴う刺激や動きと神経活動の変化の相関を取ることで、個々のニューロンがコードしている情報を解析していきます。行動実験では、選択肢を用意したり途中で刺激のパターンを変えたりした時の動物の行動の変化を解析することで、「こういう行動をするってことは、動物はこの時こういう風に考えているはず」という仮説を立てていきます。

 この論文では、頭部を固定したマウスに光刺激(ディスプレイが10Hzで5回明滅)や音刺激(5kHzの純音または1~20kHzのホワイトノイズが10Hzで5回鳴る)をランダムに与え、刺激に応答して鼻先にあるポートをなめるか(Go)なめないか(Nogo)を選択させます(Fig1A)。Goが正解の場合にはなめた0.5秒後に報酬(水)が与えられ、Nogoが正解の場合にはなめてしまうと0.5秒後に罰として顔に風(エアパフ)が吹き付けられます(Fig1B)。尚、光と音の強度はそれぞれの刺激に対する応答の正解率が等しくなるような強度に揃えてあります(Fig1C)。[光+Go, 音+Nogo](Fig1D上)と[光+Nogo, 音+Go](Fig1D下)のどちらの組合せを学習させるかは個体によって変えています。両方の組合せを用いているのは、聴覚優位性が特定の運動に特化したものではないことを示す為だと考えられます。この課題を学習したマウスに光と音の同時提示を行い、GoとNogoのどちらを行うかによって同時提示の際にどちらの刺激に応答していたかを調べることで、視覚と聴覚のどちらが優位かを判定しています(Fig1E)。この結果を見ると、光+音刺激の場合には音刺激の場合と同じ行動を取っているため、音刺激に対する応答性が光刺激に対してよりも強いことが分かります。

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Fig1. 行動課題で聴覚優位性を証明

 なじみが無い方には分かりにくいと思うので、[光+Go, 音+Nogo]の場合の一例を示します(論文にはマウスが実際に行動している動画が付属しています)。マウスがじっと待っていると、あるとき目の前のディスプレイが明滅して光刺激が与えられます。刺激後、2秒以内に鼻先のポートをなめると0.5秒後にポートから水が与えられ、なめなかった場合には何も与えられません。その後、待っていると今度は目の前のスピーカーから音刺激が与えられます。今度はポートをなめてしまうと0.5秒後に顔に風を吹き付けられ、なめずにいると何も起こりません。その後、また待っていると今度は光刺激と音刺激が同時に与えられます。この時はポートをなめてもなめなくても何も起こりません(光+音刺激に対する学習を防ぐため)。それぞれの刺激が提示される確率は、光だけ・音だけがそれぞれ37.5%、光+音刺激が25%で同じ刺激が連続することは2回までとなっています。 

感覚野を直接刺激してもやはり聴覚優位だった

 行動成績だけで動物にとっての刺激強度が同じって言うのは 強引なんじゃないの?っていう方の為に、今度は光・音刺激の代わりにVC・ACを直接刺激してみます。興奮性ニューロンにチャネルロドプシン(ChR2, 青色光を当てると神経細胞が興奮する)を発現させた遺伝子組換えマウス(CaMKⅡ::ChR2)を使って、実際の刺激の代わりに脳を直接刺激しました。VC・ACを刺激する際の青色光の強度を等しくすると、刺激した際のそれぞれの領域の神経活動の大きさ(MUA, 付近のニューロン集団の発火頻度)も等しくなりました(Fig2A)。そして、実際の光・音刺激の代わりにVC・AC刺激を使っても、同じように課題を学習することができました(Fig2B)。一方、抑制性ニューロンにチャネルロドプシンを発現させて同じことをしても、学習できませんでした。VC・AC刺激で課題を学習したマウスにVC+AC刺激を行うと、やはりAC刺激の時と同じ行動を取りました(Fig2C)。

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Fig2. 感覚野を直接刺激してもやはり聴覚優位 (論文のFig2,3から抜粋)

 このように感覚野を直接刺激することで実際に光・音刺激を与えた場合を再現する実験はVirtual Perceptionと呼ばれています。この論文では、光・音刺激で学習させた動物にいきなりVC・AC刺激を与えたり、逆にVC・AC刺激で学習させた動物にいきなり光・音刺激を与えたりした場合でも問題なく課題をこなせたと報告しています。感覚器から大脳皮質に至るまでの経路では、単に情報を中継しているだけで情報処理などは行っていないのでしょうか。それとも今回は単純な刺激だったのでうまくいったのでしょうか。興味深い点ではありますが、今回はそこには触れられていません。

聴覚野を抑制したら聴覚優位じゃなくなった

 聴覚優位を引き起こしているのはVCかACかのいずれかなのでしょうか。脳には様々な経路があるため、もしかしたら大脳皮質以外の領域で生じている現象かもしれません。例えば視覚情報では、視神経から上丘に送られる経路もあります。上丘は眼球運動などを司っており、聴覚情報も送られてきていることが分かっています。VC・ACが聴覚優位性に必要であることを示す為に、ムシモール(興奮性ニューロンの活動を抑制する薬剤)をVCまたはACに注入し、課題成績の変化を見てみます(Fig3A, B)。VCを抑制すると光刺激には応答できなくなって聴覚優位のままとなり(赤線)、ACを抑制すると音刺激には応答できなくなって、光+音刺激時には光刺激時と同じ行動をとる視覚優位になっていることが分かります(青線)。このことから、聴覚優位性にはACの活動が必要であることが示されました。

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Fig3. 聴覚野を抑制すると聴覚優位性は生じない(論文のFig3より抜粋)

連合野を抑制したら視覚優位に逆転した!?

 ここまでの結果から、ACが活動することによって聴覚優位性が引き起こされることが分かってきました。ということは、ACがVCを抑制する回路があるのでしょうか。VC・ACの神経活動を記録してみると、どうやらそうではないことが分かります。VCに電極を挿して神経活動を記録している最中にVC+AC刺激をしてもVCの活動は特に変化していません(Fig4)。(実はACがVCを抑制する経路を示した先行研究もあります。) Fig4Aはラスタープロットと呼ばれるニューロンのスパイク活動を示す図です。グラフ内の各行は1試行分を示し、各点は1つのスパイクを表しています。普通は1つのニューロンのスパイクを示しますが、ここでは1つの電極で記録された複数のニューロンのスパイクの合計を示しています。

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Fig4. 視覚野の神経活動(論文のFig4から抜粋)

 次に候補に挙がるのは、VC・ACの両方から入力を受ける後頭頂連合野PTLpです。PTLpにムシモールを注入すると、光・音刺激には正常に応答できるのに光+音刺激時には光刺激時と同じ行動、即ち視覚優位に変化しました(Fig5)。このことから、PTLpが聴覚優位性を引き起こしている責任領域であることが分かります。

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Fig5. 後頭頂連合野の抑制で視覚優位に転じる(論文のFig5から抜粋)

どうやら連合野の抑制性細胞が聴覚優位を生み出しているらしい

 大脳皮質の領域間の情報通信は、基本的に興奮性ニューロンによって行われており、抑制性ニューロンは領域内の局所回路において働いていることが知られています。抑制性ニューロンには様々な種類があり、大ざっぱには発現している遺伝子の種類によって、PVニューロンSSTニューロン・VIPニューロンに分けられます。PTLp内の回路によって聴覚優位性が生じているならば、いずれかの抑制性ニューロンが視覚情報を抑制していることが考えられます。そこで、まずは逆行性ウイルストレーサーをそれぞれの抑制性ニューロンに感染させ、VCやACから入力を受けているかどうかを調べます。今回は、 PV・SST・VIP・CaMKⅡa(興奮性)ニューロンのいずれか1種類のみにCreが発現している遺伝子組換えマウスを用い、Creを発現している細胞にのみGタンパク質を発現させるアデノ随伴ウイルス(AAV)とGタンパク質を欠損した狂犬病ウイルス(RV)をPTLpのニューロンに感染させます(Fig6A)。狂犬病ウイルスはGタンパク質を持つと、感染している細胞に入力している別の細胞にシナプスを遡って感染します。狂犬病ウイルスに感染された細胞はtdTomatoを発現して赤い蛍光を発します。Fig6Bを見ると、PTLpの興奮性細胞(CaMKⅡa)にはVCとACの両方が入力しており、PTLpのPVニューロンにはACからのみ入力があることが分かります。この結果を定量化したのがFig6Cです。

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Fig6. 聴覚野から後頭頂連合野のPVニューロンへ入力がある(論文のFig6から抜粋)

 最後に、PTLpのPVニューロンにアーキロドプシン(ArchT, 緑色光をあてると神経細胞が抑制される)を発現させ、行動課題中にPVニューロンを抑制すると成績がどうなるかを見ています(Fig7A)。すると、PVニューロンを抑制した時にだけ、視覚優位に逆転していることがわかります(Fig7B)。

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Fig7. 後頭頂連合野のPVニューロンを抑制すると優位性が逆転する(論文のFig6から抜粋)

まとめ

 以上の結果から、げっ歯類の聴覚優位性は後頭頂連合野PTLpにおいて聴覚野から入力を受けたPVニューロンが視覚情報を持つ興奮性ニューロンを抑制することによって生じていることが示されました。Fig7Bのデータをよく見ると、PVニューロンを抑制した際には確かに聴覚優位では無くなっていますが、Fig5Bと比較すると視覚優位とも言い辛いのでもしかすると更なる別のメカニズム存在する可能性も考えられます。

 私は、感覚の優位性というのは生後の環境に依存して決まるものだと考えていたため、この論文を初めて読んだ際には衝撃を受けました。生得的に聴覚優位となるような神経回路を持っているということは、積極的に夜行性を選択している可能性も考えられます。豊富なマウスとウイルスのリソースをふんだんに使って徹底的に論理を固めており、批判の隙がありません。後に紹介記事まで書かれて絶賛されています。

 しかし、まだ全ての謎が解けたわけではなく、この神経回路がげっ歯類特異的なのか、あるいは環境依存的に学習によって形成されたものなのか、分からないことはまだまだあります。今後の展開から目が離せません。