反対クリミナル

ゆっくり小説書いていきたいなと思います~

反対クリミナル 13

翌日、朝7時30分。今まで四人だったメンバーが五人に増え、共に歩を進める。

その中で真紘は一際嬉しそうに笑っていた。

「そう言えば俺ってヤマトに加護貰えたんですよ!遂に仲間入りですよー!」

涙を流しそうになるほど嬉しそうにそう言う真紘。

「いやいや、僕達最初から仲間だよ?」

或斗は少し困惑しつつもツッコミを入れる。だが周りも珍しく笑顔を浮かべて仲間の成長を喜んだ。

「よかったよかった。遂に真紘がただの馬鹿じゃなくなったな。」

相変わらず馬鹿を強調して疾風が頷く。星那はそれに上乗せして、

「昨日の召喚獣呼び出したのは効いてるみたいだよ。真紘の二つ名が《ハンタイ世界》で出回るのもそろそろかもね。」

と、喜んだ。真紘は仲間に着いて行けたのがとてつもなく嬉しいようで笑顔を絶やさない。だが疾風はまだまだ彼に不安を与える。

「恥ずかしい二つ名が出回らないといいな。」

そう言ってニヤニヤする疾風に或斗が「こらっ、変なこと言わないの!」と真紘を庇って怒鳴った。それを真紘は笑って見る。

「いいんですよ、恥ずかしくても。それが今の俺ってことじゃないですか。」

それを他の者が言えば、嘘くさかったかもしれないが真紘が言うと本当のことのように思える。

馬鹿だけどまっすぐ前を向いて正しいと思ったことは突き通す、それが真紘。だから星那はどれだけ呆れても彼を傍に置いていた。

「そうだね。所詮は人の評価だし、気にしすぎない方がいいよ。」

と、星那がそう言う。それを聞いた真紘は嬉しそうに笑って返事をする。

少しだけにぎやかになった犯罪者達は今日も同じように登校する…。

 

 星那と分かれて、中学の校門を通って、ロッカーで靴を履き替えて、また分かれる。

疾風と或斗はいつもの通り、教室へ入って行ったのだが、

「なんだあれ?」

いつもとは少し違って一人の机の周りに大人数が集まっていた。

少し気になるもので、疾風より人付き合いの良い或斗が声を掛けてその人だかりの中へ入っていった。

「どうしたの?」

「おお或斗!俺昨日見ちゃってさあ~ほら!カッコよくね?」

携帯の持込みが禁止なので、その少年は一枚の写真を手にしていた。しかし、或斗はその写真を見て驚いた。

そこに映っていたのは間違いなく大きな狐…にしか見えなかった。

「は、疾風!」

どうしようかと焦ってしまったので、とりあえず疾風の腕を引いて人だかりに引きずり込んだ。鬱陶しそうに疾風はその写真を見たがあのクール…と言えば聞こえが良い疾風の性格でも一瞬目を見開いた。

「へえー…。すげーじゃん、何処で撮ったんだよ。」

すぐに演技で誤魔化したが、或斗は驚いたまま動けていなかった。

「あっちのさ、お店がいっぱいある方だよ!人いっぱい居たのになあ…話題になると思ったのに。」

少年がそういう顔を疾風はしっかりと観察しているようだ。或斗は下手に口出ししない方がいいと、静かに見守る。

「ほー。そりゃあすげえーや。俺真紘に言ってこよ~。」

そういうと少年の机から離れて教室の扉を通った。或斗もその背中を追いかける。

教室を出てすぐのところで走り出した。

 

「絶対やばい。召喚獣は人には見えないもんかと思ってた。」

或斗も階段を駆け上がるのを言葉をしっかり聞き取りながら着いて行った。

「僕もだよぉ…、これじゃあこっち側で召喚獣は使いにくいかも…。」

折角いい味方をつけたのに、と或斗はうなだれて見せた。しかしその或斗に疾風は振り返って言葉を掛けた。

「まあそう凹むな。さっきの奴、写真を撮ってはいたけどただ話題にしたいだけだな。悪気があるって顔はしてなかったから敵ではないぞ。」

或斗は疾風がそう言うのを聞いたが安心などできない。正直、彼が敵であるとかそういうことではなく召喚獣の存在が世界中に知れ渡る方が心配だった。

だがきっと疾風はそんなこと指摘せずとも或斗が考えていることを理解しているだろうからわざわざ口にはしない。

 

「おーい真紘。」

さっき別れたばかりなのに、と真紘が席を立ってこちらへ歩いてくる。それを確認して周りに聞こえないくらいの声で或斗が用件を話す。

「大変だよ、召喚獣の写真が撮られてる。」

真紘は声を上げて驚くのではと思っていたが案外冷静で苦笑していた。

「あー、やっぱり見えていたのですね。昨晩ヤマトと話したのですが…。」

とそれに続けて真紘は昨日のことを話し出した。

ヤマトが昨日人間の視線を大量に浴びて気分が悪かったとそういう話をしてきたらしい。そこで真紘はヤマトに大事件のとき意外は召喚獣の姿にはならないように命令したそうだ。人間の姿でも大量の妖気を漂わせてしまうヤマトだが、人間の姿で居ればこちらの世界の人間にはヤマトが召喚獣だと気付かれないはず、となんとかそれで話が落ち着いたのだ。

疾風はそれを聞いて少し考えて或斗と目を合わせた。

「なあ、一回向こうの世界と連絡とってみないか?」

それを聞いて或斗は少し首を傾げて質問で返す。

「え?何を話すつもりなの?」

「あいつらって馬鹿そうだけど結構なんでもできるじゃん。召喚獣見えなくする道具くらい作れるんじゃないかと。」

「…そう言われるともう作ってるかもね。」

呆れるような頼りにするような、そんな会話の様子を真紘は眺めていてなんのことかと思った。そんな様子の真紘に気付いて或斗は人差し指を立てた。

「今日の放課後、また集まろう。結奈華が仲間に加わった報告と一緒にヤマトのこと話すよ。…とっても頼りになる同志達にね。」

少し楽しそうに言う或斗に真紘はただ、はい、と応えた。

反対クリミナル 12

夜の空気は冷たく変わる。弱い風に彼女の桃色の髪と、スカートがひらひら揺れていた。

「さっきは、あんなこと言ってごめんなさい…。」

照れるように、小さくそう言った。或斗はその言葉を笑って聞く。疾風は相変わらず表情一つ変えずに居たが。

「あの、仲間と群がったりするのって…したことないの。…友達とか、そういうのって、苦手だから…。」

スカートの裾を握り締めながら視線を斜め下に向けている結奈華。その言葉は間違いないようで、話すのも苦手なようだった。

「でも、仲間になりたい!《加護持ち》で差別されるのはもう嫌!」

やっと前を向いて、ハッキリと言葉を放った。

それを見て四人は次第に笑顔を浮かべる。結局自分達と同じだと。何一つ変わらないんだと。

疾風は言葉を最後まで聞いてやっと笑う。

「俺らそんなの日常茶飯事だったし、さっさと言えば仲間に入れてやったのに。」

そんなお気楽な言葉に四人は顔を合わせて笑っていた。結奈華はそれを、次第に羨ましく感じ始めていた。でもこれからはこの中に入れるのだと思うと自然に胸が躍る。

そんな彼女を見て真紘はさっそく彼女に手を伸ばして笑った。

「さあ、もう仲間なんですから!あんまり固くならないでくださいよ、結奈華さん。」

相変わらずフレンドリーな彼を見て星那も薄く笑う。召喚獣は結奈華の背を押すと同時に人間の姿へと変わった。

或斗はそれを見て目を見開く。

「ええ!人間になれるんだねー!」

未来予知ではなく、驚く意味で。疾風はそれを見て呆れるように言う。

「おいおい、俺達だってあんまり変わんないけど人間の姿があるんだぞ。召喚獣にあったって可笑しくないだろ。」

それを聞いて納得したようだがこれには結奈華も星那も少し驚いていたようだ。

こちらの話が収まった頃に召喚獣であるヤマトが口を開いた。

「はじめまして、私は《妖狐のヤマト》です。マヒロがお世話になっています。」

どちらが召喚されているのか分からないような口振りでヤマトが言うので真紘が少しだけ不機嫌そうにする。

「ヤマト!…もう…。で、でもヤマトを入れても女の子は結奈華さんだけですね、六人中一人ですけど…、結奈華さん大丈夫ですか?」

 心配するように、彼女に向き直って問う。

「…私は大丈夫。男とか女とかってあんまり関係ないと思うし。」

結奈華が気にする様子も無くそういうので真紘は納得して、そうですか、と短く返す。星那はそれを見て小さく言う。

「…真紘ってさ、性別的なこと気にするけど何で?」

主の質問となると跳ね除けることもできないため、真紘は応える。五人はさりげなく興味を示す。

「妹がそういうことはすごく気にしてたので…、女の子はみんなそういうものなのかなあって…思ってるだけですよ。」

へえ、と数人から声が上がる。この中の多くの者に兄弟がいないため、少しだけ理解に苦しむのかもしれない。だが星那が驚いたのはそこではないようだった。

「真紘って妹居たんだね、苦労させてるんでしょう。」

また馬鹿にするように言った。真紘は少し困ったような顔をした後笑った。

「へへ、そうですね。苦労、掛けてましたね。俺ってダメダメだから。」

疾風は真紘のその顔を見て、なにかを察したようだった。彼意外は何も感じることは無かったようだが。

「まあ、もう暗いし帰ろうぜ。夜遊びだーって先生に捕まるぞー。」

疾風が適当に促すと口々に「お腹すいた」だとか「宿題やってない」だとか、普通の人間のようにそれぞれの道へ帰っていく。

 

結奈華は気付けば、その夜の街に残されていた。

ようやく友達と別れるときが寂しいというクラスメイトの気持ちが分かった。

疾風はちょっと怖い気がするけど実は過保護で優しくて

或斗は完璧に生きてるようで抜けてて心配性で

星那は大人なようでちゃんと子供らしい所があって

真紘は馬鹿で何も出来ないようだけど人の為に尽くそうとしていて

全員に良い所も悪い所もある。

自分は今まで人の悪い所しか見ようとしなかった。自分を否定するのなら自分も相手を否定しようと、良い所なんて気付こうともしなかった。

 

私は少しでも他人と違うなら差別されてしまうような、残酷な世界に生きている。

別の世界を支配しようとする愚かな世界に生まれ、それなりの不幸を味わって。

「…ありがとう或斗。貴方の言葉だけで、世界が違って見える。」

自分は世界の脇役なんかじゃない。主役なんだ。私はこの世界の主役になるの。

「もちろん、貴方達と一緒に。」

月に背を向けて、彼女は罪を受け入れた。

反対クリミナル 11

「ふーん…よかったじゃん、セナのやつ。」

ハヤテはマンションの屋上から様子を見ていた。

彼を止める罠は勿論あったが誰かが待ち伏せという訳ではなく、ただの落とし穴だったのだ。他者を始末することに関しては一流のハヤテを止める手段にそんなくだらないものを選んだ理由はなんとなく理解できていた。始末されると分かっている者が向かってくるはずがない。だから生物を此方に寄越さなかったというわけだ。

「全く…とんだ根性なしどもだな。負けること分かってるようなもんじゃん、面倒だし正面から来いよな。」

大の字に寝転べば、空は紫に染まり始めていた。自分の故郷の空の色によく似ている。

思えば生まれた場所だというのにあまり長く居なかった気がする。アルトに出会ってからは色んな景色を見て周っていたし、その後は世界の境界線さえ越えてしまった。

自分はあまり普通の人生を送っていない。生まれたときは地獄に居たし、やっと這い出たと思ったら自分の目に映ったのは他人の本性ばかり。悪を統べる父親と共に城に居るのも飽きてしまって、出て行けばやたらSランクの友達ばっかり出来て、アンドロイド工場で迷子になって豪い目にあって、色んな人に別れを告げて…世界を出てきた。

それを幸せだというのか散々だというのか…、それでこれからのことは大分変わってくるんだろう。

アルトやセナ、マヒロに出会って楽しいしよかったと思う。ただ全員で犯罪者やってるっていうのは少しだけいけないのかなあなんて。

当然犯罪はいけないことだ。でもその罪は世界防衛。いけないことだといわれると少し違う気はしていた。

「まああいつ等も良いって言うし…気に病む必要はないのか?うーん分からん。」

寝転ぶのを止めて胡坐を掻いて腕を組む。

あれこれ考えてキリがつかなくなったとき、携帯の着信音が鳴った。

ハッとして応答して耳に当てると鼓膜が破れんばかりの声でアルトが叫びを上げる。

「ちょっと!!どこでなにしてるの!僕たち五人全員助かって終わりじゃない!」

走りながら息を切らしてるようだった。ユナカが走り去った方向とは別方向なことが伺える。

「何が見えたんだ?焦って珍しいじゃん。」

ハヤテは人に流されない性格を貫いて、アルトの焦りにも全く釣られなかった。

「ハヤテが焦らなさすぎなの!いい?最後の目的はハヤテを殺すことみたい。さっきの落とし穴で終わったと思わせる作戦だったんだよ!」

なるほど、ハヤテは思った。

落とし穴で気を引いたのはまだこれから作戦があることを観察の能力でばれないようにする為だったのだろう。

「へえ、ただの馬鹿じゃなかったな。」

ちょっとは脳があるじゃんか。ハヤテは面白そうに笑った。その反応にアルトはまた声を荒げる。今度は泣きそうな声で。

「暢気なこと言ってないでよ!こっちはハヤテが死ぬところばっかり見せられて大変なんだからあ!!」

少しだけ携帯から顔を離しながら聞いていた。今の時間がアルトにとって苦痛でしかないのだな、と思いながら。

「はいはい、すぐその未来変えてやるから泣くなよー。とりあえずセナ達に会うとかなんとかしろ。お前はお前の身を守れ、いいな?」

そうやっていつも通り軽く言うと、電話越しにアルトの喉が音を鳴らした。

その後の言葉は聞きたくなかったから、電話は切った。泣いたな、と思いながら。

「へへっ、馬鹿かあいつは。タダじゃやられないぞ。…俺はまだアルトと生きるんだからな。」

そう言ってから、発光色のソードを慣れた様子で振るった。

だが、敵が来る気配がしなかった。いつもなら反対側にでも近づけば感じた気配がしない。

「なんだ?怖気づいたのか?それかアルトの見た未来も偽造だったのか?うん…」

顎に手を当てて、うーんと唸る。分からない。今は一人。ハヤテが負ける未来など…。

「やーめた、分からんことは考えても無駄だ。」

ソードを構えるのを止めて、ハヤテがマンションから飛び降りようとした。

ほんの、一秒。

アルトが息を切らした。

ほんの、一秒。

 

君が笑う一秒で。

 

ハヤテの背後に反対から敵が現れる。その敵の嘲笑など…。

「「なめてるのか、お前。」」

振り返る紫の瞳が笑う、嗤う。怖気づくそいつが、まだ意味を理解しない。

その声が二重だったことにさえ。

ロッドから放たれる閃光に、そいつが反応することは無かった。魔女が嗤うことには気付かない。

閃光を受けた反対側の兵士は粒子となって消えた。

が、走った勢いで突っ込んだアルトは勢いを収めることも無いままハヤテにロッドで殴りかかった。

「この馬鹿!!一人でできるとか相手をなめすぎ!」

特に避けることも無いままにロッドの痛みを受け、ハヤテは少しだけ不機嫌な顔でその言葉に応えた。

「おいおい、背を向けたのはお前が来るって分かったからだぞ?いい判断だったじゃん。」

殴られた箇所を手で摩りながらやっと足を地面につけた。だがアルトはまだまだご立腹。

「よくない!間に合ったけどすっごくギリギリだったんだからね?ハヤテみたいに速くないんだから!」

腕を組んで怒りを示す姿勢。アルトの昔からの感情表現の一つ。

「はいはい、悪かった。次からは馬鹿なことしませんー。」

軽く手を振ってあしらうハヤテ。アルトは諦めてもう何も言わなかった。

そのまま歩いてセナ、マヒロの二人と合流した。二人とも機嫌がよさそうだ。

全員が揃うと人間の姿へと戻り大勢の人が居る場から離れようと歩き出したが、後ろから走ってくる音が聞こえた。

「待って!」

その少女が持つ緑の瞳は覚悟を決めていた。

反対クリミナル 10

セナは太陽を見つめながらぼんやりと、昔のことを思い出していた。

自分の左側の髪に巻きつけられた赤いリボン。元はアルトの母親であるメドゥーサに貰ったものだった。ハヤテとアルトと友達…なんて関係になって、でも太陽が苦手であまり会うことができない時、アルトがボクに言ったのだ。

『僕、メドゥーサの力を制御できるようにお母様に色んなものを作ってもらおうと思うんだけど、セナも太陽が平気になるように何か作ってもらわない?』

と。その言葉をはっきり覚えていた。素直に嬉しかったのだ。話すことが得意ではなかったアルトが、自分に提案してくれたのだから。勿論ハヤテからの後押しもあった影響だが。

父親であるドラキュラは、あまりメドゥーサのことをよく思ってはいなかったがメドゥーサは自分がドラキュラの息子であるという事実を知っても特に気にすることなく太陽の光が平気になるようにしてくれたのだ。

今思えば、あのアルトの誘いがなければ今もずっと完璧な夜行性でこういう戦いにも貢献できなかったんだろうと思う。勿論多少はまだ太陽の光を浴びることに抵抗がある。人よりはダウンするのが早かったりもするし、一日中浴び続けると危険なところもある。基本的に屋内でないと落ち着かない。マヒロが日傘を常備しているし今は特に問題ないが。

そのマヒロが、今は居ないけど。

(ハヤテがあんなこと言わなかったら、マヒロなんて無理矢理にでも連れてくるつもりだったのに!)

ハヤテは人を操る力があるし、気付けば自分も動かされている。今だってそうだ。

もうすぐ、事故が起こるはずの大通り。何が起こるかわからない。集中しなきゃいけない、でもマヒロのことが気になる。ハヤテに言われたことにも苛立ちを感じる。それに答えられなかった自分にも怒りが…。

自分がこんなにも影響されやすかったなんて。周りに他人が居なければ全然ダメだったなんて…。

(…ボクにできるのか?一人で…あんな大人数の引き起こす事故を…。)

周りをよく見ろ、それから考えろ。仲間が居ない今は、それしかない。

(ボクの反対側に敵は約30…、操れる人数は弱くて30、強くて100を超えるか…。でもそしたら一気に事故を起こす為にどこかに人が集まってるはず…。)

『把握』しろ。この町の、配置を。イベントが行われている場所には大人数が集まり、ショッピングモールにだって勿論多くの人が居る。

(ああ、分からない…人が多い…。反対側でしか人間が操れないわけじゃないし、この距離だったら誰だって操れてしまう…。)

いつだって一人じゃ何もできなかった。でも誰かに頼りたくなんてなかった。そんなのは嫌いだった。一人でなんだってできる自分でありたかった。

 

どこで何が起こるの?

一歩進んで。

誰がどこで何をしてるの?

またもう一歩。

ボクは今、何をすべきなの?

ゆっくり一歩。

それから…

 

「わっ…!」

その瞬間に、何が起きたかわからなかった。

 体が動かなくて、急いで後ろを振り返れば、黒い服を着た男が居た。

その右手に光るナイフ。

(ボクが人質…?)

多分、そういうことなんだと思う。正直驚きはしなかった。ナイフに関しては自分も扱っているものだし、人質になるのも慣れっこだったし。

(でもなんでだ…?人間を殺すならボクにこんなことをしても意味は無いはず…。)

相手だって、自分が『黒翼のセナ』だということくらい理解しているはずだ。人間に化けた姿でもない。可能性があるとするなら…

「まさか…お前っ!」

奴は笑う。馬鹿にするように、嘲笑うように。

おそらく目的はセナを捕らえること。未来予知のできるアルトを別方向に向かわせ、予測を不可能にする。そしてハヤテ、セナ、マヒロの中で唯一敵の情報を読む能力があるセナを目的地へ誘導し、動きを封じる。ハヤテやマヒロだけにすれば敵には有利になる完璧な状況が出来上がるというわけだ。

ハヤテの強さを知っていれば、この後にハヤテを誘導する作戦も出来上がっているだろう。マヒロのことなど考えてもいないはず。

(マヒロが動かなきゃダメだ…。でもマヒロへの対策もあったら…?)

こんなことで追い詰められるとは…、悔しい。

強い自分でありたい。仲間を守りきれるくらいに。

マヒロに助けを求めることなんてきっと今くらいだ。頼ってあげるよ。少しだけ。

(この汚らわしい男から早くボクを引き離して!)

実力の面では別としてまだまだセナは幼子だ。自力で抜け出すことができなかった。

それにここでこの人間を殺してしまえば只者ではないと有名になってしまう。それは困るのだ。

周りには警察を呼ぶ声、逃げ惑う姿。未来予知さえあれば未然に防げた事態。アルトの能力には不完全な部分もあるが。

拳を固く握り締めて悔しさを押さえ込む。

少し動けば首の皮膚が切れる感覚があった。だが自分の血に興味は無い。

(ああ…また大事故で人が死ぬのか、今日は一体何人が犠牲になるんだろう。)

もう諦めるしかなく、そんなことを考えていた。ハヤテはここに来るまでに何らかの罠に苦戦しているのかななんて。

考えてた時だった。

「世界を飲み込む強大な妖気、今こそ禁忌の扉を開けよ!」

聞き覚えのある声に、目が動いてしまう。

「出でよ、【禁断の召喚獣】!」

物凄い妖気がセナにも伝わる。

「…マヒロが、召喚…獣…?」

夕日の逆光でよく見えないが、長い髪を一つに束ねたシルエットは見えた。

そして、それを覆いかぶすように現れる大きな影。

「『妖狐のヤマト』!」

聞き慣れた声が発する言葉は、禁忌であり伝説である獣の名。

セナは驚いて言葉が出ず、人間を操っていた敵軍も恐れたのかその人間から邪気が抜けた。召喚獣に恐れたその人間は逃げ、セナは解放される。

が、その瞬間足に力が入らずその場座り込んだ。

それを見て慌てたマヒロがヤマトと共に走ってくる。

「セナ様!ご無事ですか…?」

心配そうに歪んだマヒロの顔を見て少しだけ涙腺が緩んで、下を向いた。だけど、

「…約束、守れたみたいだね。」

涙が零れるよりも先に、笑いが込み上げる。

「ですけど、これはヤマトの力で…。」

マヒロは俯いて申し訳なさそうな顔をしていた。その言葉にやっと立ち上がって背の高いマヒロの顔を見上げた。

「馬鹿。君自身の実力で契約して、君の力で呼び出して助けたんでしょう。スゴイよマヒロ!」

嬉しくなってしまって。自分に仕えていて、馬鹿でドジで未熟だった彼が強くなってしまって。

笑顔が、止まらない。

気付いたらセナはマヒロの手を握り締めて、今までにないような笑顔を見せていた。マヒロは驚いて言葉が出なかったがその内に嬉しくも照れくさそうな笑みを見せた。

「勿体なきお言葉、ずっとセナ様に着いて行きますから…これからもどうぞその笑顔を俺に守らせてください!」

禁断とされた召喚獣は静かに笑みを浮かべた。

反対クリミナル 9

疾風と星那は何をするわけでもなく、変わらず客間でくつろいでいた。

「ねえ疾風、ちょっと嫌な予感がする。」

星那は何を見るわけでもなくまっすぐ前を向いてそう言った。それに疾風は閉じていた目を片方だけ開いて「なにが?」と、話を続けるよう促す。

「…嫌な配置だね。反対側で何かしようとしてるみたい、大規模なこと。」

それが分かるのは星那だけだった。彼が持つ『把握』の能力。或斗の未来予知、疾風の観察に並ぶものだった。反対側とこちら側に存在するものを千里先まで把握すると言われた能力。

疾風は星那の言葉にやっと足を組むのを止めた。

「タイミングが悪いな、或斗が居ないとなると何が起こるか推測しにくい。」

未来予知で大まかなことが分かれば今から作戦を立てても十分間に合う。だが今は或斗は結奈華と共に行動しているだろうし、真紘も動けそうにない。

「でも、或斗もいずれ未来を見るでしょう?そしたらボクらと合流しに来るはずだよ。」

確かに、それは星那の言うとおりだ。間違いない。だが大きな事故が起こると考えた時に少人数だと辛いものがある。最悪の場合、疾風と星那の二人で戦わなければならない。

その状況の中で、疾風は笑って星那に視線を送る。

「おい星那、お前今真紘のことどう思ってる?」

いきなりの疾風の言葉に星那は能力を使うことも止めて疾風の方を見た。

「どうって…」

言葉に詰まった。

(真紘は馬鹿でドジで未熟で、側近のクセに全然守られてる気がしない。…たださっきの態度が突っかかってるだけで。心配なんかしていない、全然…。)

言えなかった。なにも。何か言ってしまえば、それが本当になってしまう気がした。

馬鹿といえば、真紘は馬鹿だし。心配といえば、真紘が心配だし…。

「…そんなこと聞かないでよ、全部見えてるクセに。」

疾風に観察されると、それを拒否したくなる。自分を見せたくはない。

だが疾風はそれでも笑う。それがどうにも気分が悪い。

「よく分かってんじゃん。」

そう短く言うと立ち上がって「反対」と小さく呟く。その姿は『神速のハヤテ』の姿に変わっていた。

「星那は先に敵が見えた場所に行け。俺もすぐ行くからさ。」

ハヤテがそう言うのに、星那は不機嫌な顔を見せる。

「どうしてボク一人なの?大規模だって言ってるでしょう、ボク一人で片付けられるはず…」

その言葉の途中、ハヤテがまた笑った。

「お前を信じてるから、先に行かせるんだ。ちゃんとすぐ追いつくって言ってるだろ。俺は『神速のハヤテ』、お前が思うほど遅くないぞ。」

また何か企んでる、星那はそう感じて少しだけ身構えた。「反対」と口にして、その頭と背には黒翼が揺れる。

「…ハヤテ、ボクは君を信じることができないね。その目でボクを見ないでくれる?分かりきったように、モノを言わないで。」

セナは窓からその翼で飛んでいく。元々太陽が苦手だったセナが、日が暮れ始めている空へ。

「うーん、どうするか…。別に俺も見たくて見てるわけじゃないしな…。」

少しだけ気に留めた様子でそう呟くハヤテ。だがすぐに頭の後ろで手を組んで、真紘が走っていった方向へ歩き出す。

真紘は分かりやすいし、今頃どうしようどうしようと一人で頭を抱えているだろう。周りに着いていくべき者がいなければ自分のすべきことが分からないらしい。

少し前、真紘は一人で生きていくことが苦手だと言った。あいつには妹が居たが、真紘とは逆に頭がよく優秀で、立派なアサシンとして村を出て行ったという。それからというもの幾度となく暗殺に失敗した真紘は遂にセナに捕らえられ、半ば無理矢理側近として働くことになった。

だが真紘はそれが幸せだと笑ったのだ。自分のような未熟者を傍に措いてくれるセナが好きだと。

セナは上手く心を開けないし、上手く笑えないし、上手く感謝の気持ちを伝えられない。だからこそ、ハヤテとしては真紘にセナの傍に居てやってほしいのだ。

いつでも、セナが何か言いたくなった時に、それを聞いてもらえるように。

「…真紘。」

扉の向こうのことは、観察できない。見えない。今は言葉に篭る心情を読み取る。

「…はい。」

 短い返事が聞こえる。

「どうする?セナはもう、敵の襲撃を止めに行ったぞ。お前は?」

少しの間、流れる静寂。音だけではハヤテには何も分からないため、嘘もつける。

だがその必要はない。

「この『命射のマヒロ』、使命はセナ様をお守りすることにございます。ですが、自分の使命の為と言って、仲間を傷つけたくはないのです。」

それこそマヒロだった。馬鹿でドジで未熟、それは彼自身知っている。だが、人を思う気持ちは誰よりも上だった。彼は静かに強く言葉を続ける。

「ハヤテ様、どうぞお入りください。俺が持つ力、お見せします。」

 扉に手をかける。何が待っていようとマヒロを認めようじゃないか。彼がセナを守れると、そう思った力を。

扉を開ければ、強い妖気の宿った風を感じた。

 その足で立つマヒロは、青く長い髪を風に揺らし、同じく青く澄んだ瞳でまっすぐにハヤテを見ていた。それにハヤテは笑う。

「…驚いた、上等じゃん。」

歯を見せて楽しそうにハヤテが笑うと、マヒロは優しさと強さの宿る瞳をその後ろに存在するモノに見せる。

「…ずっと隠していました。ですが、もう隠す必要はありませんよね。」

「俺は十万に一人と言われる程の召喚術師の素質があったそうで…。ただ、それを知らなくて…。」

彼は失敗したときに見せる恥ずかしそうな顔で頭を掻いてそう言った。だがすぐに真剣な眼差しを取り戻して、ハヤテに向き直る。

「俺に、こいつと行かせてください、ハヤテ様。必ずセナ様のお役に立ちます。」

その後ろに居る召喚獣にハヤテは目を合わせて笑う。

「…いいよ。マヒロをよろしく。立派な立派なSSランク様。」

照れくさそうにマヒロは、大丈夫です!と声を荒げる。召喚獣は笑っているように見えて、ハヤテは声を漏らして笑った。

「では行って参ります!」

元気に胸を張ってその召喚獣を一度召喚解除して揺れるカーテンの隙間から出て行った。

ハヤテはそれを見送って、玄関のほうに向かいながら呟く。

「ホント、馬鹿は立ち直りが早くて助かるな。」

と、やはり全ての仲間を見守るように、電光石火など言われそうにない速度でゆっくり仲間を追うように外へ歩いていった。

反対クリミナル 8

「反対!」

或斗がその言葉を叫ぶとその姿は髪の長い、《魔眼のアルト》へと変わる。その右手には彼の武器であるロッドが握られている。

「あと2分…、敵はどこ?」

真っ赤な瞳で、周りを見渡す。

見えたのは誰かが結奈華を刺す未来。きっとこの辺りの誰かが操られる。反対側の敵に。

 結奈華の姿は見えている、少し先に。誰かに襲われてもすぐに助けられる。彼女が狙われてることに気付いているかどうかは知らないが。

「あ…。」

見える、見える。刺される未来。ナイフが突き刺さって彼女は血を流すだろう。

「そこにいるんだね、敵が。」

大きく見開いた赤い目に映る、少し先の未来と共に、後に現れる《ハンタイ世界》の住民の姿も見える。

「お前か!」

指差した先に居る存在、操られる人間。

普通の黒のジャケット、茶色の帽子。今から犯罪する予定なんて微塵も無かったそいつが、指をさされたことに焦り、予定より約30秒早く、結奈華の背中を狙う。

「結奈華!!」

彼女が驚いて振り返る。ああ、彼女は知らない。敵に気付けるような能力は無いようだ。

「敵…!」

身を守るより先に、彼女は咄嗟に後ろに下がる。焦りのあまり、尻餅をつく。

「遅い!」

目を見開いたままの或斗が、踏み込んだ足でナイフを持つ人物を結奈華とは別方向に押し倒す。

 

その後、間も無く訪れる静寂。或斗はその目を閉じて一息ついてもう一度開いた。

結奈華は普通の人間の少女と同じように動けないで居た。

「…大丈夫?君、そんなに有能じゃないんだね。」

疾風が言うほど戦力になりそうに無いと、或斗は思った。この少女が仲間になって、どうこうなるというわけではないだろうと。

「…ごめんなさい。」

目の前で邪気が抜けた男が走り去っていく中で、彼女は小さくその声を絞り出した。

「何に対して謝ってる?」

見下ろす形になってしまうのが申し訳なかった。が、道にしゃがみ込むのもなんだか嫌で結局立ったまま彼女の言葉を待った。

「私別に、疾風を突き放したいわけじゃなかった。でもいつも言えないの。仲間に入れて、なんて。でもあなたに守ってもらって、また言いに行きたくなった。でもそんなこと言えない。でも一人で戦う力も、私は持ってない。」

桃色の髪を横に振りながら、立ち上がる。その足は弱弱しいながらも肩幅に開いて立っていた。

「でも私は戦いたい!私を差別した《ハンタイ世界》の全てが許せないの!!」

緑の瞳は怒りと悲しみに染まって、震える声で或斗にそう訴えた。或斗には差別される辛さがわかる。閉ざされた時間の苦痛は全て、身に染みて残っている。

だから、結奈華の持つ感情がどういうものか手に取るように分かった。

「…差別って、どんな?」

きっと、彼女のこの感情が疾風には見えていたんだろう。今、少しだけ疾風が感じる相手の心というものが或斗には分かった気がした。

「…私は《加護持ち》、【巨人の魂】を持ってる。妖精のクセに怪力で斧を振り回してずっとずっと差別されてきた。それを止めることは許されなかったの。妖精の国は王子様とお姫様がいつだって主役。それを引き立てるために汚れなきゃいけない!」

 《加護持ち》とは、何か偉大な者に認められ、加護を得た者のこと。大抵はSSランク以上の存在が与えられることのできるものだ。或斗も【メドゥーサの祈り】を持つし、疾風は【魔神の紋章】、星那は【ドラキュラの翼】を持つ。真紘はSSランク以上の親を持っていないために加護を受けることは難しい。それを結奈華が持っている…彼女はSSランクに認められるほどの実力があると言うことなのに。それを差別する輩など所詮は身の程知らずということだ。

「君ってなにランク?」

Sランクならば加護を持っていてもおかしくない。親から受ける者はたいへん多い。

「Aよ。加護は身内に受けたわけじゃない。妖精の森の奥に住む巨人、陰ながら守護神とも言われてるようなね。…私を認めてくれたのに、周りの人はそれを差別した。」

ああ、そういうことか。或斗は理解する。

彼女は自分よりも巨人が貶されるのが許されないんじゃないか。メドゥーサであってもどの世界でも敵扱いでそれが辛くなった頃もあった。勿論自分が差別されるのだって悲しく怒りが湧くものだが。それと同じか。

「ふーん…、僕も差別されたよ。魔女の息子なだけで暗闇の中に独りぼっち。誰とも目を合わせちゃいけない。それがお母様との約束だったし、仕方なく。」

「でもね、疾風は僕と目を合わせても平気でいた。太陽の下に僕を連れ出して、『俺と一緒に世界を見に行こう』って、僕に笑った。」

いつも俯いて道を歩いて、人気の無いところでやっとまっすぐ前を向いて見る景色が大好きで。その時、疾風とずっと一緒に旅をしたいと思えた。

だから、そんな『差別される』なんて常識変えてしまえばいいだけ。

「差別なんて、その王子様とかお姫様とか、偉そうにしてる奴の上に立てば終わりだよ。」

そう、すぐに終わる。全世界指名手配犯になってしまえば、恐れと憎しみの対象になると共に、人間の救世主になれる。結奈華は遮るように言葉を発する。

「そんな簡単に…!」

そう、難しいこと。そんなに簡単にヒトの常識は変えられない。だけど疾風と共になら出来たことだ。

 「いいや、本当に嫌なら難しいことだってやり遂げなかったら死んでも死にきれなくなるはずだよ。」

今は魔眼なんてモノ使わなくても、彼女の心を動かせる気がする。

 

「僕たちと世界の主役になろうよ。そうすれば誰にも馬鹿にされないよ。」

 

僕がそう確信できたこと。4人一緒だったらできないことなんて無いと思えた。それと同じように。

驚くその彼女の顔が少しだけ、希望を見出している気がした。

反対クリミナル 7

「ええー!?呼んじゃったんですか!女の子!!」

「何でボクの家なの。」

日が沈んで、物好きは部活を行う時間。今日も朝と同様、4人で星那の家に集まっていた。

集まって駄弁るためだけの客間に今日は本当に客が来るのだから少しだけ違和感を持った。焦るのは真紘だけだが。

「全然女子っぽくないから安心しろよ、妖精で今まで差別されてきたとかどうとか…、まあ二つ名はあるし真紘よりは実力もあるだろうな。」

また後ろで腕を組んで椅子に腰掛ける疾風は今日聞いてきたことをそのまま話した。

ショックを受ける真紘に或斗が苦笑いして、やっぱり星那はそれに反応を見せない。

「ふーん。で、性格は?」

その星那の質問に疾風はやっぱりな、とそう思う。出会う前に探ろうとする、彼と結奈華は似ていると思った。

「見て確かめればいいんじゃないの?無愛想でロボットみたいに笑わない奴だって。」

疾風がそう言うとベルが鳴る。彼女が来たと、そう知らせる鐘が。

「ああーっ、今お茶を…」

廊下へ駆け出そうとする真紘に星那はやっと一声掛ける。

「お茶はいいから此処へ連れて来てよ馬鹿。」

呆れたように赤い目で訴える。その目を見てまたやってしまったとでも言うように礼をする。

「申し訳ございません!今お連れしますーっ!」

バタバタと言う足音と共に走り去る真紘。

「騒がしい奴だな、あいつは。」

疾風は一連のやり取りを眺めたあとにそう言う。或斗も苦笑と共に頷いた。

 

その後間もなく、彼女が3人の中へやってくる。

「人を呼び出してなに?何の用だったの?」

結奈華はその雰囲気に遠慮するわけでもなく真紘より先に部屋に入り疾風にそう訪ねた。

「別に。お前の方が俺達に用あるだろ、言いたいこととか。そういう顔してたぞ。」

その疾風の言葉にただでさえ優しさのない顔を硬くする。

「失礼ね、人を顔で判断しないで。そっちから用が無いなら私帰るわよ。」

星那も或斗も真紘も、二人のやり取りを見ていた。相性が悪そうだなあと。

3人は知っていた。疾風は基本的に誰かと合うことが無いと。顔を見られるだけでほとんどの情報が知られてしまう上に疾風が自分の感情を顔に出すことなどよっぽどのことで、それが気に食わないと思ってしまう者は数え切れないほど居た。本能的に不快だ、と。

恐らく彼女もその一人。

「勝手にしろよ。それはお前が困るだけだって、俺は知ってるしな。」

図星。彼女の顔が少しだけ歪む。けれど彼女は後ろを向いて、すぐに部屋を出て行こうとした。

「いいわよ、別に。まだ一人でやれる範囲だもの…。」

結奈華は真紘の横を通って扉の外へ出て行く。

「気が向いたらまた来るわ。…一人が辛くなったらね。」

一人が辛くなったら。疾風はその言葉さえ観察する。その鋭い紫の瞳で。

少しの間を置いて、玄関を開ける音がする。

 

そのすぐ後。

「あっ…、待って!結奈華!!」

声を荒げたのは或斗で。言葉を言い終わる前には立ち上がって彼も玄関を出て行った。疾風も星那もなんとなくは、その意味を理解していた。

「行かなくて良いの?疾風。」

星那がそう尋ねる。その場の空気に戸惑うばかりの真紘を他所に。

「…或斗一人だって大丈夫だろ。もしかしたら、結奈華だって捕まえてくるかもだぞ。期待できるな。」

 へへ、と声を出して笑うと星那も真紘も気が抜けた。やっぱり疾風の考えることはよく分からない。

「ですけど、或斗様は未来予知で何かお見えになったと言うことですよね?うーん…強敵じゃないといいですね。」

玄関のほうをぼんやり見つめながら真紘は曖昧にそう言う。疾風は朝の話を気にしながら真紘を観察する。馬鹿は見えやすいのだ。

「真紘も行ってきたらいいじゃん。或斗が心配なら。」

疾風が意地悪そうに、真紘にそう言う。彼は案の定、背筋をピンと伸ばして手を振る。

「俺なんかが行ったところで…邪魔になるだけです。…ちょっと失礼します!!」

耐え切れなくなった、という様子で一礼して走り去っていった。玄関とは逆の方向だ。星那はよく分からないといった様子で彼を見送る。

「…なに?あの馬鹿…」

不満そうに星那は足を組む。それにやっぱり疾風は笑って、

「馬鹿なりに色々悩んでんだろ。見守ってやれよ、ご主人様。」

と、何もかも分かったように言う。星那はそれでも珍しく心配そうに眉を顰める。

「…あんなの真紘らしくない。」

俯き加減で、小さくその言葉を漏らした。