プロローグ

インターネットが急速に進化し、たくさんの娯楽が増えた。

世界が広がり、新たな価値観やできることも増えた。

私はインターネット社会で間違いなく革命時代に生まれてきたのだろう。

さいころに、ガラケーに触れ、ゲームはファミコンもDSもパソコン、プレステもやりそして青春時代では、スマホと過ごした。

当たり前にあるようになり、そしてスマホ誕生時に道徳の授業では先生が口癖のようにインターネットの普及はあまりにも早すぎて人間の脳が追い付けられず、より一層困難な社会が訪れるだろうと。日本の貧困社会化が進み、精神も安定せずスラム街になるかもしれません。

女子供は確実に狙われ、男でも安易に拉致され奴隷社会もあり得るだろう。

インターネットによって心が支配され、そこからの次世代は愛に飢え、孤独に生きるだろう。知恵は自分らでつくらなければならない。より力のあるものが力を支配し、だれも信頼できなくなる。脳が追いつけなくなり、心だけで動き快楽を求めて生活すればそれは大麻などの薬物と同じだ。

私の周りにも結構いたが生きるための食事と運動を疎かにし、そして大人になるにつれ体力がなくなり男女も似た体形、頼りになどできはしない。

確実に自分の未来、自分の一生は自分しか守れない。

果たして今生きていたいと強く願う子たちはどれだけいるのだろうか。

 

さて、ここで私の昔話に付き合ってもらいたい。

私は物心ついた時から道徳というものに異常なほど関心があり、小学生になれば道徳の教科書を穴が開くくらい読んだものだ。それだけでは足りず、学校の図書館を全て読み切り学校にある分だけの道徳の教科書を許可をいただき読み続けた。

しかし、いくら読んでも、私が求める答えのヒントにはなりやしなかった。

そこで戦争に目を付けた。戦争の前後について書いてあるもの、写真や漫画について読んでいったし、戦争を体験または終戦後の話を様々な人を通しお願いして直接聞きに行ったこともあった。

 

ただきいて私が欲しい答えがなかなか得られないのは、生に関係しているのだと

死が間近にあるという実態・実感がない。常にとまでは正直嫌だが、確実に今生きているという感覚がまるでない。ただ生きている私はそこにいるだけなのだと思った。

好きなものを食べ、ゲームをし様々なことに触れ寝るこのような行動は意思があるようで実は意思はないのではないか。オウム真理教がよく放送され興味もあったためか、幼いころながらこの考えに至るとき恐怖で震えたった。

そして何度か自分が求めたいありたい姿を追求することから逃げていく。

 

そんなある日、私の恩人である三つ上の先輩が自決した。

自決と書くのは自殺は自分を殺すこと、しかし彼は望んで自分を殺したのではない。

自分を活かし生きることに臨みながら他人に殺されていったのだ。

そして、「他人に殺され続けるくらいならば」と心に決めたのだ。

もし、同じ学校でいられたならっと後悔し、そして彼の苦しみから窮地から手を差し伸べれなかったことを後悔する。しかし、また彼自身がこれ以上憎しみ悲しみを持たず、彼が少しでも自分のありたい姿で入れるならばと彼の提案に背中を押したのも私だ。

 

私と彼はいつも逢魔が時に公園に行き夜遅くまでふたりぼっちでいた。正直なぜ話すようになったのか覚えていない。ただ、いつも独りぼっちでいた私を照らしてくれたのはそばにいてくれたのは独りぼっちの彼だった。

私は小学5年生から少しずつ中学校の勉強を姉の教科書を勝手に使って夜更けまで勉強していたし既に進路も固めてた。

高校はどこどこに行って県立の大学で○○教授のもとで学びそこから紹介でどこどこにいかせてもらえないか、教授がテレビに出てるっと知ったときは必ずといっていいほどチェックをした。そして、目上の方に粗相がないように望む道になるべく遠回りをしないように心理学に手をつけ、小学校にくるカウンセリングの方や保健室は精神になんらかの支障が生じ、クラスになじめず行き場のない子達のたまり場になっていたのでその子たちと学び絶えず実行してきた矢先だった。

何が言いたいかというと慢心時に、恩人の手を握ってやれなかったことから私の自信は悪であり、大切な人の手を握れなかったのに私はこれから何をしてもダメではないかと思った。皮肉な話、彼が自決したその日、私は悪夢で目が覚め朝日が昇ると同時に家もわからないのに自転車で駆けた。その時には、近隣住民や警察が集まっていて家に帰宅後、学校に行って彼だと知った。夜中でも追いかけてやればよかったと後悔する。

こんなに長い文を読んでいる方はいないだろうが、これはこれからの日記では私が今生きる上でもっとも大切なことであるので書いているのであって同情されたいために書いてるのではない。

そして物心つく頃からいじめやからかわれ続けいじられキャラという嫌な言葉が私にまとわりついてたが私はそこから馬鹿キャラと一緒にまとうことになる。

似た世代に生まれてきた方はお分かりだろうが、お馬鹿キャラの芸能人が活躍してた時代でもあってすぐに馴染んだ。

 

中学から6年間、私はお馬鹿になりいじられキャラからいじられ役に定着。いじめにあう。 何度も自死を試したが、二十歳まではせめて生きようと心に決めていた。生きるために何でもした。なるべく自分が死を選ばないために空想・妄想の中で生きた。私は、一時はスマホ中毒にもなっていたが妄想・空想がないと生きられず、かといってそこに浸れば、宇宙人扱いやまともに手が付けなかったしどんどん人の話がきけなくなった。

高校卒業後も癖が残り、2年間棒に増やした。

二十歳になり死ぬと思ってたが死ななかった。ただ本を読んで二十歳になって成人式を迎えた。いじめた人なんぞ今更どうでも良かったがやはり楽しそうな顔を見ると恨みたくもなる。なぜ私だったのか変に目立つつもりもなかったのに私だったのか。

少し心理をききたかったが、肩の荷が下りた感覚に陥ったため、過去にこだわるのをやめた。実際簡単に恨むのをやめ、前を向くことなんて難しい。

成人式が来るまで根に持ってたのは事実だ。そう考えると何度も誘ってくれた唯一無二の友人に感謝をしなくては。そしてしばらく宗教にはまるつもりも寄りかかるつもりもないが様々な宗教本を読んだ。今出ているエッセン本や哲学書がどうも合わず、もったいないがイラ立ちのあまり本を燃やしたり破ったりしてしまったからだ。どうやら私は昔の人が残してくれたメッセージのほうが合うらしい。そして言葉にできないが何かが今つかめた気がする。

これから私たちの戦闘が確実なものに変わる。

 

人生はゲームやスマホ、インターネットに音楽と比べれば日常は非常につまらないもの。なんなら一歩先のSNSでは豪華な暮らしや嫉妬するほどの美形な人、お金も名誉も顔もスタイルも頭もいいと諦めたくなる。追い打ちをかけるように、音楽のMVはどんどん華やかになっていく。流行りのk-popは中毒性あって抜け出しにくい。

仕事してご飯食べて寝ての繰り返しも気が狂いそうになる。発狂してしまいそうだ。

 

このままでいいのか?と心の声が聞こえるのに対し、一人じゃ何も。

仲間がいれば、革命を起こし引っ張ってくれるリーダーがいれば。

 

コロナが流行り自宅生活、病院生活でさらに薬物のようにスマホを触ってさらに落ちるのもごめんだ。このままでは私はただのお飾りになるし今のままでは奴隷ではなくても意思もなく、これから声も上げずこのまま時を過ごし声が届かず仕方なく歩むより今、この瞬間がチャンスであり動くべきだと思う。

少しずつ気まぐれのように書いていく日記は、プロローグのような意気込みにふさわしくもなくなんの特別でもない日常だが確実に戦争を望むわけではないが、戦闘するための準備であり戦闘日記である。