二枚貝は黒タイツの夢を見るか

オタクの思考の垂れ流し。

「リズと青い鳥」に見るヒトの歪み

観てきました、リズと青い鳥

本編とはかなり雰囲気の異なる作品でしたが、響け!ユーフォニアムというシリーズがキャラクターの心情を本当に丁寧に扱っているということを改めて感じました。
そのまま消費するのにはあまりにも勿体無い作品なので、何とか僕の今の脳内を言語化しようと思い、この記事を書いています。

この作品は鎧塚みぞれの視点が中心ではありますが、真の主役は彼女ではありません。また、一見すると「自立していくみぞれと、みぞれの変化に葛藤する希美」がメインテーマのようにも見えますが、それも異なります。
何故なら、みぞれは作中を通して何も変わってはいないからです。

もちろん、自分を慕う後輩に心を開くようになった、力強いオーボエの音色を響かせることが出来るようになった、といった行動の変化は見過せないポイントになります。が、彼女の行動原理や考え方に関しては一切の変化がなく、前述の行動の変化は彼女自身の成長に由来しません。(これは後述します。)

この記事では、作品全体を”傘木希美の物語”だと考え、彼女の心情について見ていきたいと思います。

【希美の歪み】

物語の中盤まで一貫して描かれるのは、みぞれに対する希美の優位性です。そして、みぞれはこの事実を当たり前のものだと認識し、希美もこれを「みぞれにとっては自分が唯一の友達である」という優越感に変換します。

しかし、彼女はそんな優越感を持ちながらも、同時にみぞれの音楽の才能に対する劣等感や平凡な自分への自信の無さといった不安感も抱えていました。

彼女の不安感は作中で幾度に渡って表出していますが、特に読み取れるのはあのシーンでしょう。
あがた祭にみぞれを誘い、「ほかに誘いたい人、いる?」という答えのわかりきった質問を投げかけた彼女。彼女は自分の質問に対して首を横に振ったみぞれを見るや、「そっか」と言いつつ満足そうな表情を浮かべます。確認したかったのです。不安だったから。

中途半端な自信の先にある真の弱さは歪みを生み出します。インターネットには不安感を承認欲求で埋めようとして苦しむ人々が多く存在しますが、傘木希美の場合はその不安感をみぞれに対する優越感で埋めようとしている、と言えるでしょう。

自らを青い鳥だと認識し、あまつさえみぞれに対して「(リズと青い鳥は)私たちみたいだね」という残酷な言葉を平気で投げかける傲慢さ。これらの行動は彼女の消しきれない歪みから現れたものです。

そして問題は、こんな希美の歪みを、みぞれが当然のものとして受け入れてしまっていることです。この二人の関係においてのみ、希美の歪みは歪みではなくなります。換言すれば、みぞれが希美の歪みを正当化してしまっていたということです。

(ここで一応触れておきますが、希美の持つ感情は独占欲とは異なります。独占欲の先にあるのは共依存への欲求であり、そもそも希美は青い鳥を自称できるような女の子ですから、共依存を求めているわけではありません。また、独占欲に堕ちればお互いを想う感情の強さは同程度のものとなってしまうため、希美の優位性が失われ、希美にとっては望ましくない状態になるとも言えます。)

【リズの目覚め】

不安を強い優越感で支えていた彼女だからこそ、みぞれからプールに誘いたい人がいると言われた時の衝撃は想像を絶するものでした。みぞれに対して感じていた優越感に揺らぎが生まれたのです。
加えて、新山先生がみぞれだけに音大の誘いを掛けたという事実も希美の劣等感を強めます。

一連の出来事は彼女の心の均衡を崩すのに十分過ぎるものでした。ところが、何も知らないみぞれは均衡を失った希美に対して廊下で純粋なハグを送ろうとします。

無論、そんな状態の彼女には混じり気のないみぞれからの想いを受け止める余裕など残っていません。
皮肉にも彼女が拒絶してしまったのは、今まで自分の歪みを正当化してくれた存在でした。結果として、拠り所を失った彼女は自分の歪みに向き合わざるを得なくなります。

聡明な彼女のことですから、心の奥底ではずっと前から気づいていたのでしょう。自分が青い鳥ではなく、リズだということに。それでもなお自分を保つためには「私が青い鳥なんだ」と信じるしかなかった。
ですから、その歪みが彼女を目覚めさせるのに時間はかかりません。青い鳥が羽ばたく前に、リズは自らの力で目を覚まします。

【青い鳥の飛び立ち】

みぞれは先生との対話を通じて『リズと青い鳥』の物語を独自に理解します。
リズは別れの痛みを堪えながらも青い鳥の可能性を信じて飛び立たせた。そして、青い鳥はそんなリズの想いを受け止め、リズの元から飛び立った。

青い鳥の選択は彼女にとっては至極当たり前のものであり、容易に自分と重ねることが出来ました。何故なら「希美の決めたことは、私の決めたこと」だからです。
こうして、みぞれは希美を理想のリズだと錯覚するようになります。

「憧れは理解から最も遠い感情である」という有名なフレーズがありますが、みぞれはこの作品においても希美のことを全くと言っていいほど理解できていません。
しかし、それは青い鳥にとっては良い方向に働きます。彼女に葛藤はありません。理想のリズの選択を信じ、それに応えるべく理想の青い鳥を演じます。迷いが一切ないからこそ、オーボエの音色にあれほどの強い想いを込めることが出来たのです。

【希美の勘違い】

みぞれは、彼女自身の作り出した理想のリズに飛び立つことを促されたから飛び立ったに過ぎません。ところが、希美はみぞれが変化したのだと勘違いします。
自分の歪みを自覚した希美にとって、あの力強いオーボエの音は「私は飛び立つ決意をした。あなたは?」というみぞれからの問いかけに聞こえたのです。

再三に渡って言っていますが、みぞれ自身は何も変わっていません。希美を理想のリズだと思い込み、その理想のリズに応えるために理想の青い鳥を演じた、というだけです。
つまり、みぞれにとっては希美こそが理想のリズであり、理想のリズが希美なわけではなかった。しかし、希美はそこを勘違いします。不完全であることを責められ、完全なリズを演じることを求められたと思ったわけです。

ですから、理科室でみぞれにハグされ、たくさんの想いを伝えられた時に、彼女は一つだけ言葉をかけます。本当はみぞれに対する気持ちは他にもたくさんあった。でもここでそれを言ってしまうことは鳥籠の鍵を閉めることになる。ですから、無理をしてでも完全なリズを演じようとした。青い鳥の飛び立ちを促そうとした。

そんな彼女なりの答えが「みぞれのオーボエが好き」なのです。自分の全てを肯定してくれたみぞれに対して「(自分は)むしろ軽蔑されるべきだ」と伝える希美の言葉には、純粋なみぞれに対しての謝罪の念が込められています。

【不完全なリズの決意】

しかし、それでも止まらないみぞれからの混じり気のない想いを受けて、希美はやっと気づくのです。みぞれが自分に求めているのは完全なリズではなく、自分自身そのものであると。
その瞬間、希美は考えすぎていた自分がバカバカしくなって、思わず笑い出します。屈託のない笑いは、みぞれを理解できたという自信を初めて心から持つことのできたという嬉しさも含まれていることでしょう。

そして不完全なリズは思うのです。可能性に満ちた美しい青い鳥の飛び立ちを応援するために、自らを尽くして完全なリズになろう、と。
希美の歪みとの闘いは、全てを理解した彼女自身の決意によって終わりを迎えます。

リズと青い鳥

希美は言っていました。『リズと青い鳥』はもっとハッピーエンドがいいよ、と。
自分を青い鳥だと思っていた頃の希美は、寂しい別れをするのではなく、飛び立った青い鳥がたまにリズの元へ帰って来ればいいと考えていました。

彼女の描いていたハッピーエンドには、リズを独りぼっちにさせて青い鳥に優位性を持たせたい、という願望が如実に表れています。また一方で、青い鳥はリズと完全に別れることが出来ない、そんな彼女の不安感も同時に読み取れます。つまり、彼女の抱える二面性が的確に表れていたのです。

さて、リズの自覚を持った希美は青い鳥を飛び立たせるために努力することを決意しました。それはつまり優位性を放棄することであり、劣等感を乗り越えることであり、自分自身を確立することでもあります。
傘木希美が『リズと青い鳥』を受け入れたこと。これこそが彼女の成長の証左であり、彼女の物語であるこの作品が「リズと青い鳥」という題を冠している所以なのではないでしょうか。

【おわりに】

僕はこの作品を「響け!ユーフォニアム」シリーズの一つとして捉えています。何故なら、この作品をシリーズと切り離し、登場する彼女たちを全く新しい存在として受け入れたとき、彼女たちは解釈次第では都合の良い他の何者かになってしまう可能性があるからです。
例を挙げるなら、x²-4=0の解は二つ存在します。しかし、x²+x-2=0という方程式も同時に成立していたとすると、解はx=2の一つしか存在しない。
もしかすると製作者はx=-2の可能性を敢えて排除していないのかもしれません。ただ、僕にとってはそれが彼女たちへの冒涜のように感じてしまう。考察に関してはこの部分を大事にしているということだけ、ここで述べておきます。

正直なところ、くみれい尊い...なかよしかわ最高かよ...剣崎ちゃん可愛い...みじょれ...みたいな話を永遠にしても良かったんですが、せっかくなので主役(強調)の心情にフォーカスしました。

宇宙よりも遠い場所」に、依存されていると思ったら実は自分が依存していた、という似たようなテーマの回があります。どんどん自立していく主人公を見た主人公の親友が、自分自身の弱さに気付き、自分も自立しようとする、そんなお話です。
キマリと違っていつまで経っても成長しないみぞれが相手だった希美は、ともすればめぐっちゃんよりもハードモードだったと言えるかもしれません。

この作品には様々な技巧が仕組まれており、各キャラクターの特徴的な仕草や細かい視線の変化、赤と青の斑点などの象徴的な描写、「ハッピーアイスクリーム」「(dis)joint」等、他にも掘り下げようと思えばいくらでも掘り下げられるポイントが存在します。この記事では触れませんでしたが、それらについての考察をした方は是非聞かせてください。

響け!ユーフォニアムは僕の人生において最も影響を与えた作品だと言っても過言ではありません。それだけ思い入れも強いシリーズなので、この作品に対する期待値もかなり高かったのですが、僕の期待をあっさりと超えてくれました。ありがとう京アニ

さて、どうやら2019年の春に新作劇場版が公開されるようです。成長した久美子の姿をこの目で見る日まで、なんとか生き延びるとしましょう。

それでは。