テーピング>バンテージ バンテージはやっぱりロマンなのよねぇ
まあ少し古い話で恐縮だが、わらじのバザーが先日終了した。
まあ結構な物量があり、イベント的なものもあったりするのでわらじ界隈はバザーの前はしばし大わらわ、各場もまあジェンガみたいな積み重なった段ボールの間で通常営業を細々とせねばならんのがこの時期の恒例でもある。
このバザーが近付くのをわらじ風物詩的に考えるとまずバザーの近づきを感じるのはポスターあたりであろうか。
しっかし自画自ー賛的であるが、結構イロイロ作っているものである。しかしてなんかこうしてみると自分のデザイン力の限界を見るようでやや見たくなかったりもするね(汗
まあその前におこなわれる物品提供のお願いビラを巷アチコチにポスティングするあたりにバザーを感じる人も多いかもしれない。ただまあこの段階はまだひと月くらいバザーまで余裕があったりするのでまだまだ序の口とも言るかな。
ちなみにバザー直前押しも押されぬ待ったなし、最後のダメ押しは「街宣テープができあがり」、わらじの各車両に「外部スピーカーと共に塔載される時」だと思っているが、それと同時くらいにおこなわれる各車両の「宣伝仕様への飾りつけ」もなかなかにバザーの近づきを感じさせるものでもある(よね?)。
というかこれ意外に他の人たちがやっているのを見たことがなく、まあわらじバザーだなあーと強く感じる一コマでもあるのです。
まあ見たことない人は言葉で言ってもわかりにくいね。
写真どぞ。
お。始まったね。
お、反対側も始まったよ。
お、気合入って来たね。
多くの先達たちの心を折って来た「園」の字に突入w
ドジャアアァァン!完成―!
なんでみんなやらないんだろ??
これね、これ。道具箱の隅で夏場とかベタベタになってたりするやつ。
上手くなってくると曲線も作れます。
これ最近は美しく貼られたラッピングで車やら電車やら包むのが流行りのようだが、まあ私たちの方が導入ははるかに早かったんだもんね。
あ。
しかしてしかしてうちらが使うのは絶縁テープというかビニールテープだから正式には「ラッピング」ではなく「テーピング」になっちゃうか。
まあしかしバタバタと地域と格闘しながらやっていくという意味ではテーピングの方が
”らしく”はある訳だねw
お、なんか格好よくまとまったぞっ!さらに言うならば
明日のためにパタパタ号にバンテージをまくということなんだな、コレは(フンス=3
ちなみに10m以上ある恒例わらじ大バザーの横断幕もこれと手法は一緒。
文字がでかいのでこっちはガムテで作りますが。
横断幕、コレ ↑ ね。
ちなみに横断幕はチョコチョコ貼り替えながら10年以上使っておりいよいよボッロボロ…そろそろ全体作り変えないとなあ…
かんじるかん -人の好みは千差万別ー
明治学院大学の授業、定番の講師「会沢完」さん、本日のzoomでのボランティア学への授業出演を終えて一息。
学生さんからの質問を振り返って一緒にどう答えたものかと考える。
授業の中で「実際に付き合う中で付き合う上での適切な距離を考えていくというマニュアルではない関係づくりの在り方」を感じたという学生から
「お互いのことをどんな風に思っていますか?」
という質問が出、こういう質問こそ完の思う言葉で語って欲しいなあと沈思黙考10数分経過して。
以下ご覧ください。
ヨシダ「完、完。学生さんが『完が俺のことどう思ってるか教えてって
いってるんだけど』」
完「おれ?」
ヨシダ「違う違う」
完「わらじ?」
ヨシダ「いやなに言ってん? 吉田弘一を会沢完はどういう人だと思いますか?」
完「・・・・・」
ヨシダ「答えて…がんばれ…」
数分経過・・・
完「・・・完は―いろんな話を聞いていました(いい訳というか何か自慢的に)」
ヨシダ「そんなことは聞いてませんっ。質問してんの!完は俺のことどう思ってるかってことだよ?」
完「・・・優しい人だと思う」
ヨシダ「!(意外!!) ほんとに!?どこがw !!??」
完「買い物一緒に行ってくれたり、昼飯作ってくれたり・・・」
ヨシダ「ふーん・・・ 他になんかない? 怖いとか?」
完「怖い」
ヨシダ「うんうん^^ どこが恐い? 」
完「『なにやってんだ完っ!』とか『いいかげんにしろっ!』とか」
ヨシダ「うんうん」
完「いやだなあと思います」
ヨシダ「なるほどなるほど…(まあ言う理由も充分あるんだけどな…)」
で、言葉がなかなか難しいので手を広げて表現してもらいました。
どのくらい優しい?
結構広い…でもなんか目が泳いでいる気もする…
で、どのくらい怖い?
ふむふむ。
なあなあ、さっきの「優しい」ってホントそんなに思ってんの?も一回やって見て
完「こんな感じですか?」
・・・って言われても君の気持のことだから
俺にはたぶん永遠にわからないと思うw
また、今もう一度とお願いしたそのポーズも真実だったり
サービスだったりもするだろうと思っているよ。
ガラリと質問を変えてみた。
この3人どのくらい好き?
左、真ん中、右 とそれぞれこんな感じの好きかげんらしい
おそるおそる違う可能性を聞いてみた。
この人どう?
あんまり興味ないっぽい
で、男性の写真探している時に完が思わず
「かっこいい・・・」
とつぶやいた写真がこちら。
びっくりした。
ひょっこりはんに伝えてあげたい。
でも僕にはよくわからないけど。
でもペコロスと今の完は似てるなあと思った。
そっくり。
物は壊れる、人は去る 三つ数えて、眼をつぶれ そういう訳さ ママン(大丈夫、俺は泣かないんだぜw)
やじるしがある。
色々な生き方、色々な進み方、考え方。
色々な人生という形のやじるし。
個人であったり、家族の総意的だったり、会社の方針的なものもあるかもしれない。
広く見る。
例えば町から市のレベルへ。
市から県のレベルへ。
そうした時、もちろんやじるしの数は増す。
同じ流れのやじるしは繋がっていくかもしれない。
似たような考え方や視点、方向性を同じくしてやじるしがまとまっていくこと。
それは友達になるという事かも知れない。
それは自分に合った仕事場に巡り合うという事かも知れない。
さっきやじるしが個人や家族だけでなく会社などの集合体であるかもしれないと書いた。
例えばこうした色々な色や形のやじるしが存在する中で、社会の中にそう大きくはないけれど一つの流れがあったと考えてみる。
それが「わらじの会」、であったとして。
全てが全く同じ方向に進んでいくのではないと思う。
例えば「わらじの会」という大きなやじるしの流れと出会い、方向が一緒な時に「わらじ」と共にその個人、集団は時を重ねていくのかもしれないと考える。
だからもちろんその流れと自分他の流れのベクトルがズレれば大きなわらじの流れから抜けたり、流れの中心から外れていくようなことはあるのだと思う。
また同床異夢であってよい、と考える「わらじ」においてはかろうじてつながりつつも違う方向に流れていくやじるしなどもそのバランスの中で結構存在したりもするのだとも思う。
わらじも、共に流れていく個人や家族などの集団としてのやじるしもお互いにその中身、今現在のやじるしの中身を知ることで関係は深くなる。そうして大きな流れとしてのやじるしにギッチリ食い込んだり外れたりしながら、時を重ねていく。
また同時に、大きな流れとしての「わらじ」というやじるしの向きや方向や流れ方は小さなやじるしの集合体でできている以上方向などをを変えていくこともできるだろう。というか、小さなやじるしの群れ、スイミーのような群体でできているわらじはそうして流れや行き先を調整してきたのだろうとも思う。
前回の人口ピラミッドと絡めて考えると、総数が多ければ寄り添うやじるしも結果多かっただろう。また現代は大きなやじるしとしての「わらじ」などくらいしかなかった頃と違い、サービスの供給者などとしても入って来るやじるし(事業者などといった)はビックリするくらいに増えたとも思う。
これからの流れとしてどういうことになるのだろうとこんな矢印を前にしたりしながら、介助者募集など合わせてうんうんと考える秋深い昨今である。
あらら。まったく笑えるところがないよ。
びっくりだねww
まあたまにはこんなまじめな話。
さて。どちらへむかいましょか
マクベの壺からア・バオア・クーへ 記事はガンダムとは関係ありませんw
人口ピラミッドを見ていた。
ほら、ピラミッドと言えば聞こえはいいけど国や時期によって色んな形になってて「何歳の人がこのくらいいるよー」って奴ですね。
まあなんちゅうか実生活において使わないことこの上ないけど知っているソレ。ですなw
で。
つらつら眺めておりまして手がとまったのは1990年。
まあここの所介助者、特に男では不足しております故、そんなこんなで「わら細工」が始まった頃、「オエヴィス」が始まった頃の人口構成はどうなっていたのかしらん。と思ったのが手がとまったきっかけではありましたが。
片側だけ見るとくちばしの付いた人みたいな形のこれ。
1990年のピラミッドでございます。
ふむふむ。
「オエヴィス」「わら細工」がはじまった当時、オエヴィスの大家さんでもあったさっこさんこと新坂幸子さんの泊りはいつもカツカツ。
毎日のように泣いては学生や近所の主婦に電話をかけていましたっけ。
ちょうど先日、その頃から現場たる「オエヴィス」に介助者を紹介してくれていた福祉系の大学のF先生が、まあ今は転任して北千住の福祉系の学校におり、そのつながりでひらちゅう、野島さん以下、組長に藤崎会長まで、ズラリ介助者も獲得できればとひらちゅうが旧卒業生代表的に講義を受けおったついでにお邪魔したのですが、そのあたりも思い出すきっかけではあったのですね。たぶん。
さて話を戻します。
もう一回出しましょか、図。
はい、ドン。
人口に2つのピークあり。一つはAの20歳前後をボリュームゾーンとし100万人くらいの年齢層ですね。※A
もう一つはその上、やはり100万人をはるかに超え、120万人に届きそうなボリュームゾーンを持つ40チョイあたりをピークにする層。※B
なんかね、思い出すと・・・。
子どもがいるから泊りは難しいけど、と食事介助や風呂介助に入る主婦層。また、それでも泣き泣き電話してくる幸子さんにほだされて泊ってくれたり、子供を連れたりも含めて泊りの介助に入ってくれる主婦の人たち。
また多かったのは先に話したF先生の所から紹介されてやって来る女子学生たちは泊りにおいての主力部隊であったように覚えています。
そう考えるとあの人口ピラミッドのボリュームゾーンのAとBがどんぴしゃり。
つまりはあの頃の介助を支えていた一つの背景として、年齢層の厚さからくる人の多さはあったのだと考える訳です。
"障害者の地域生活を支えよう"。まあもっとわらじ的というか柔らかい言葉にすれば"互いに寄り添って生きていこうよ"という人は、1990年というバブルの残り香がプンプンする中で、主流派ではないながらもその年代層の厚さから総数としては結構な数になった。のではないかと思ったりもするのです。
ちなみに1990年は反バブル的マンガで密かにファンを増やしていた「迷走王ボーダー」が終わった翌年であり、やはり未だ反骨の漫画家最右翼、新井英樹の「宮本から君へ」が連載開始された年でもありましたっけ。まあ超余談ではありますが…w
また関わろうとする人たちへの情報もそれまで以上にメディアなども含めて開示されており、ボランティア・福祉といったものが浸透してきた時期、またそれを支える介助などの学校も増えてきた時期だと言えるかも知れません。
ちなみにF先生がいた福祉過程を持つ春日部の短期大学は1984年の開校でした。
まだ行きます。
で、こちらが2020年、まあ現在のピラミッド。
2020年は宇宙要塞「ア・バオア・クー」みたいな形ですね。対して1990年版は形から言って「マクベの壺」という事でどうでしょうか。
見事に2つのボリュームゾーンは30年分上へ移動している訳です。
あ、年食ってるという事ですね。
月日は白代の過客にして~っちゅうやつですわ。
ちょっとわかりやすいように1990年ピラミッドと重ねてみましょう。
やあっ!
黒い線が1990年のピラミッドです。
当時の若者世代は働き盛りになり、※Aのあたりにきています。コレ働き盛りの世代であり、なかなかに厳しい情勢、バブルも過ぎて世知辛い今は介助などには入れる余裕も少なくなっているのかもしれません。また当時泊りの主力だった20歳前後を見て見るとこちらはこちらで大変。当時ピークは100万人に届きそうだった厚い若者層は現在なんとも半分ほどに減ってしまっています。
そりゃ若者が少ない、大学が振るわないなんて言うことになるよなあとしみじみ見ちゃったりしますね。
こりゃ昔のパターン時とは全然背景が違っちゃってるよ…
随分と時代的背景、社会的なバックボーンが変化している。
つまりは介助者集めを根本から考え直す必要が出てきているのではなかろうか。と思う次第でございまして、珍しく首尾一貫まじめな記事の今回、なんとも次回に続くのでございました。
ふう。
疲れちったw
息抜きに壺を貼って見ましょ。
これもいいものだよ
Tシャツ帰り道に秋の虫。
さてカメラなんていうものがケータイに内蔵されるようになり、いつでも誰でもが携帯している時代である。いろんな事件やその時々起きる事柄、ニュースなんかでも居合わせた素人からの投稿映像が使われることも多い時代です。なんかすごいね。てな訳で周りにカメラは溢れ、写真にも満ちてはいる。
でもまあなんというかtiktokとかインスタとか撮った写真を見せるための流行りのコンテンツはあるけれど、意外と撮られた写真は「撮られる」分量に比べて「見せる」分量が少ないように感じる。
まあ前置きが長くなったけどそんな訳でここの所撮られた写真のお蔵出し。
余り構えずダラリと貼るのでご容赦。
パタパタでの仕事の一番の稼ぎ頭は「ぶあく」の店番。次いでよくあるのがこのポスティングとなっており。現在、埼玉県会議員にして元・わら細工職員の辻さんに、現在ちょうど市長選の真っただ中、春日部市議の古沢さんなど月例の議会便りの戸別ポスティングを頼んでくれる両議院さんはうちのポスティングのお得意様でもあります。
団地を根城にもちろん他の企業のポスティングなども混ぜ込みながら定番の仕事となっております。
このお二人は先輩後輩、本日はセットでの仕事のご様子で。
さて先回も書いていますが注射も医者も大っっっっっ嫌いな由佳嬢。これまでは歯医者だとか行く時には全身麻酔で治療していた剛の者。しかして先日ぐいっと激ヤセしていたりして糖尿っ気を疑われたりしており採血の必要があり、なんとかせにゃと一念発起。腕を消毒してスースーさせたり、腕まくってそれとない雰囲気作ったりと練習に練習を重ねてまいりました。
今回、このコロナワクチン接種の話が母から出、いよいよ期せずして超本番的なお注射となった訳です。以下、外からの撮影なので見にくいですが動画でどうぞ。
まあ及第点、終わった後に確かめるように一泣きしましたが、無事終了。
ワクチンの是非はありはしますが、医療行為がちょっとやりやすくなったというあたり、まわりも結構一安心です。
リンクの動画は由佳嬢ワクチン接種の動画。
ちょいと外からなので見づらいけど見たい方はどーぞ―♬
https://kagashiza.tumblr.com/post/665437867413225472
9月は誕生日の人が多いよ。
コロナ対応だから吹き消すんじゃなくてウチワであおいでろうそくをオフ。
現代的でいいかなあとも思ったがいわゆるギリシャでの話に「プシュケー」なんて出てまいりますが、コレ「息」の意味から転じて「命、魂」なんて意味もあるそうですから、落語の死神よろしくも命にもなぞらえるろうそくの火を息で消すのはまあ理にかなってはいるのだとも思ったりして。そういえば「息を引き取る」なんて言い方もありますね。
そう考えるとなんでも清潔だけがいい訳ではないようでもあります。(いやまあ清潔とオカルトどっちとるんだよ!?なんて意見もありはしましょうが)
いやより道が長くなりました。
そんな訳で上はケーキの儀の図。
下は関係ないけどケーキ繋がりでなぜか外でバームクーヘンを食べる人たちの図。
所変わって大袋。
新聞からふと顔を上げ父、
父「そういえば最近あんまり行ってないようだが大学の方はどうなんだ?」
娘「なんか最近―大学かったるくて―。。。。。バイトばっかしてんだぁー」
父「高い金払って遊びに出してる訳じゃないんだぞっ!?」
娘「うるさいなー、あたしの人生なんだから好きにしますー」
と、ゴロリと横になる娘。
という訳ではなく緊急事態宣言中にお邪魔した巽家にて。郁ちゃん自分家みてえw
あとなんか別れ話が出た翌日が如き「もんてん」の朝食風景。
なんか顔むくんでるし何があったんだろう…
ホンジツノオシゴト 10月某日、なんとはない一日の記録として。
例えば「かがし座」界隈、本日の仕事。
日常的な風景をお送りしよう。
・埼葛地区で持ち回りで開催されている「人権の集い」は今年は春日部での開催。
去年は中止だったが今年はやるというのをすっかり忘れていたが、何とか昨日までに
屋台間に合わせて出動。
・由佳嬢、これまでしばらく続けてきた注射練習の本番としての本日ワクチン注射。
今までは歯医者やら注射やらは笑気ガスなどでの全身麻酔の上でやっていたという
のだからすごい進歩である。
・スポーツ店さんへバザー品物受け取りに。
・「ぶあく」は変わらず本日も営業中。ハギーが店番。
・「わら細工」は月初お決まりの計算業務。数字を送らないと大変なので
パタパタと稼働中。
・こんなのがヤフオクで売れたり売れなかったり。
おしゃれなネクタイ(シルク)、カフス、タイピン、チーフ
の4点セット ¥980からスタート ➡ 売れない
おしゃれな美顔器、スマホアプリで連動させてモードチェンジさせる
定価10万円くらいするスーパーな奴を¥3200からのスタート ➡ 売れない
ドイツ生まれ韓国育ちのメーカーMCMのカフス・タイピンセット
インダストリアル? 70-80年代アメリカ的? デザイン?
¥680 スタート ➡ ¥1100 で落札
うーむ。売れる売れないは水ものなんだろうけど…
商売はむずかしのお。
あ、あと「わらじの会第44回大バザー」の
ポスターできたので載せたりしたりして。
11/7はせんげん台第4公園でっお会いしましょーっ!
サーロインナイト
サンバディーズナーイト♪スゥィートレディ 毒薬(ポワゾン)の―
香りだけ手がかりの女さー♬
エーちゃんである。
エーちゃんである。イエイ。
いきなりの出だしだが「サーロインナイト」「サーロインナイト」とつぶやいていたらなんだかこの歌に聞こえてきたのであるよ。サーロインナイッ!
ここオエヴィスは朝は"昨日の朝"に作ってもらったやつをチンして食べ、
夕飯にも朝作ってもらった冷え冷えの奴をチンして食べるという、
食事チン(珍)文化の島であるからして出来立てを食べることがほぼないという
悲しき島である。押忍。
てな訳でたまに泊り介助に入る時くらい出来たての飯。
ちっとは豪華な奴を食っていただきたいと思いまして、
本日はなんとサーロインナイトである。
250gのサーロインをミディアムで大量のもやしとさらにまるっと
焼いた玉ねぎステーキと共にビールで流し込むという、まあ地下の
カイジも涙しそうな夜である。
以下写真でお楽しみください。
肉切る?って問いに答えずにずーっとテレビ見てた輝氏、結果自分で切る羽目に。
結果うまく切れず数分に渡りただ肉を突き刺し続けるという猟奇殺人犯的テーブルマナーに到達。次いでかぶりつくという原人的マナーに進化しましたが、大変そうなので、結果はさみで切ってあげました。押忍。
やっぱ介助必要なんだと思うよ。
ただ食べて寝て起きる。
暮らしってそんなもんだろって一方では思う。
でも自分がそれでは飽き足らずに酒を飲み、買い物し、遊ぶ。
ならばやっぱりいろいろやったうえで今の暮らしをみんなが選んで暮らすのでなきゃズルいと思っちゃうよねえ。
俺だってそんなにないよ、サーロインナイト。
だからこれは俺の生活向上も含んだサーロインナイト。
障害のある人もない人も地域で共に―。
どこまで「共に」すりゃいいのよ?とも思うが、その線引きを後ろめたく、なんだかスルリと自分だけが引くのは気分が悪いんだよね。
そんなサーロインナイッ!!