マーケ担当の七転八倒

転職して広告代理店に勤める戦略マーケ担当の備忘録

『ダンスウィズミー』

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ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』で有名な矢口史靖監督の最新作。

矢口監督の作品の中では『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』が一番好き。主演の染谷将太、ヒロインの長澤まさみの魅力が一番出ているのもこの作品だと思っています。

 

公開翌週の金曜のレイトショーで観てきましたが小さめのスクリーンにお客さんは5人くらい。もうちょっと入っててもいいのになぁ、

 

ストーリーは以下のような感じ

一流商社で働く勝ち組OLで、幼いころの苦い思い出からミュージカルを毛嫌いする鈴木静香は、ある日、姪っ子と訪れた遊園地で怪しげな催眠術師のショーを見学し、そこで「曲が流れると歌って踊らずにいられない」という“ミュージカルスターの催眠術”にかかってしまう。その日から、静香は街中に流れるちょっとしたメロディや携帯の着信音など、あらゆる音楽に反応するように。術を解いてもらおうと再び催眠術師のもとを訪れた静香だったが、そこは既にもぬけの殻。困り果てた彼女は、催眠術師の助手をしていた千絵とともに、催眠術師の行方を捜すが・・・映画.comよりhttps://eiga.com/movie/89535/

 

全編通して主演の三吉彩花さんの華だけでも見る価値は十分あったし、やしろ優さんのだめだけど憎めない感じも楽しかった。オフィスで歌われる「Happy Valley」のシーンとかは画も楽しくてミュージカル映画らしい楽しさが詰まっていた。後半のロードムービーも賛否あるみたいだけど、わりと毒が強いけどゆるい矢口監督の作品らしい雰囲気含めて自分は好きでした。脇を固めるのも宝田明さん、ムロツヨシさんらベテラン勢で楽しい。

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主演の三吉彩花さん とにかく華があった

ただ、ミュージカル映画と謳われていたのでそのつもりで観に行ったけど、自分の思っていたミュージカル映画とちょっと違っていた。

 

自分はミュージカル映画は主に登場人物の心情を表現するか、ストーリーを進めるために音楽が登場するものだと思っている。ダンスウィズミーではどっちつかずな印象。

(別にそれが悪いわけではないけど)

 

ミュージカル映画の「突然、歌って踊りだす」ことに対して疑問を投げかけているけど、それに対してあまり明確な回答が本編の中で示されていないのももやもやする。

 

主人公が子供のころに歌って踊ることが好きだったけど、ある事件でその気持ちを封印していたことが判明していく。ただ、あんまり子供のころの主人公が歌とか踊りがそんなに好きそうに思えないし、そもそも「歌う・踊る」と「ミュージカル」てそのまんまイコールで結んでいいのか、とさらにもやもやした。

 

音楽が鳴り出すと主人公が強制的に反応する、という設定があるから、普段の生活でふと流れてくる音楽ということで既存の楽曲を使っているのだけど(一部歌詞を変えているものはある)使われている曲がどれもわりと昔の曲だったり、登場人物の服装とか場所が垢抜けなくて言葉は悪いけど昔の映画のように感じる。そのシーンでその楽曲を流す必然みたいなものが薄いので、画は楽しいけどあんまり感情が揺さぶられる感じがしなかったのが惜しい。

 

つらつらと文句を書いてしまったけど、決して嫌いではない映画。肩の力を抜いて週末の夜観るにはいい映画でした。

 

 矢口監督作品で一番好きな作品。何回観ただろう。

 映画公開に合わせて出版された矢口監督の仕事に迫る書籍。購入してけど未読

映画監督はサービス業です。 矢口史靖のヘンテコ映画術

映画監督はサービス業です。 矢口史靖のヘンテコ映画術

 

 

 

【読書記録】シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略

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森美術館SNSマーケティング


 

①どんな人が書いた?

洞田貫晋一朗さんという森美術館マーケティンググループに所属されている方

 

②何を書いた本なのか

タイトル通り「森美術館SNSマーケティング戦略」について、実際に運用を担当されている洞田貫さんの考え方を踏まえて解説。

森美術館は2018年美術展覧会入場者数1・2位を占めた実績を持つ。

 

③どのような内容か

2018年の「レアンドロ・エルリッヒ展」を例に挙げながらSNSが動員にどんな影響を与えるか定量・定性の両方から紐解いていくことから始まり、海外美術館の最新の取り組み、具体的なSNSの運用方法、そして美術館がSNSを運営していく上で大事にしている考え方を解説していく。

 

④所感

twitterでのシャープ株式会社からはじまり、世の多くの企業がSNSに取り組み始めて試行錯誤中。美術館もその例に漏れずその波に乗ろうとしている。その中でも森美術館は先進的だけど安心感がある。本書を読むとそれも納得の思想に基づいて運用されている様子が垣間見える。

twitter.com

 

具体的なSNS運用ノウハウなんかは時間とともに新しい正解が次々にでてくる世界なので、新しい情報を常に仕入れる必要がある。その部分はよりも本書で参考にすべきはSNS運用に関する考え方のほうだと思う。

 

企画の芯の部分においては、「インスタ映え」のようなマーケティング的要素は盛り込まれていないということです。これは一般企業、特にメーカーをはじめとした商品開発などどは異なり、クリエイティブとマーケティングが分断されている状況とも言えます。しかし美術館においては、むしろこの分断されているスキームが正しいと思っています。

 

という言葉の通り、あくまでも「企画されたものをどうやって届けるべき人に届けるか」の部分に対してマーケティング的な発想が使われているけど、企画そのものにはマーケティングが入り込んでいないとのこと。

 

そして、後半に行くと「文化や芸術は経済の上にあるべきもの」という言葉が頻出する。

 

マーケティングは重要だけれど、それは作品作りにまで入っていくべきではないという自分の意見とも重なる部分が多くて頷きながら読んだ。特に共感したのは下記の部分。

 

美術館を含め、あらゆる企業の活動は、たくさん売ること、たくさんお客さんを集めること、たくさん利益を出すことが前提になります。それをおろそかにしてはいけない。しかし、自分たちの商品でお客さんにどうなって欲しいのか、自分たちのサービスで社会をどう変えたいのか、そうしたビジネスを超越した志、理念で動いていった方が、結果的により高いところへ行ける気がします。 

自分がプランナーとしてSNS運用に関して企業に伝えるときも、小手先のテクニックより会社として・人としてどんなことを伝えたいかを一番大切にしてほしいと言っている。SNS運用はあくまでも伝えるツール。それを使って何を伝えたいか、それが一番初めに来ないとおかしなことになる。

 

オウンドメディアブームでいろんな企業のアカウントが誕生したけれど結構な割合で活用できていなかったり、そもそも更新が止まったり。

 

「みんなやっているから、うちもやらなきゃ」では絶対に無駄になる。

森美術館の取り組みはそんなことを思い出させてくれました。

 

⑤まとめ

SNS運用に関しての本だけれど、SNSだけにとどまらずマーケティングはツールであることを思い出させてくれる、マーケターにとって大切なことが詰まっている本。

感想をtwitterで呟いたらさっそく森美術館と本の版元である翔泳社のアカウントから、いいね!してもらいました。ちゃんとしてるなぁ。

 

シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略

シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略

 

【舞台】語る言葉をまだ持てない 劇団態変『ニライカナイ -命の分水嶺』@座・高円寺1

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先週の日曜日に劇団態変の『ニライカナイ -命の分水嶺』を観てきた。

 

劇団態変とは:主宰・金滿里により1983年に大阪を拠点に創設され、身体障害者にしか演じられない身体表現を追究するパフォーマンスグループ

劇団態変プロフィール 

 

 台詞のない、ダンスとも違う身体表現で90分を演じ切る。

 

観てから考え続けても自分が観たものを表現する言葉が見つからない。

自分が持っている枠組みみたいなものを大きく超えたところにある作品だった。

 

自分がもっている枠(考え方の癖だったり、思考の幅だったり)みたいなものを広げてくれる作品と出会うために劇場に通ったり、たまに自分で作ったりしている。

そういう作品に出会えた時はとにかく嬉しいし、2度3度と通うこともある。

 

ただ、今回の『ニライカナイ -命の分水嶺』はその枠ごと失くしてしまうような強さを持った作品だった。

日本の田舎の閉鎖された人間関係で生きていたところに急にニカラグアの陽気なおじさんが来た、みたいな。モノクロ映画に急に真っ赤なドレス来た人が乱入してきた!みたいな。。。。

 

表現が微妙すぎるけれど、「え、そっちにも道があったんだ」的な、作品を認識する構造そのものを変えられるような作品だった。

 

いままでモノクロの世界しか知らなかった人が白黒以外の色を表現する言葉を持たないみたいに、今の自分にはあの作品を表現する言葉を持ち合わせていない。

 

この先、あの作品に追いつける言葉を獲得できるように精進します。

 

とりあえず、来年2月に主催の金滿里さんのソロ公演が下北沢であるので必ず行こうと思います。

 

劇団態変・公演案内

第29回下北沢演劇祭参加

金滿里ソロ公演

ウリ・オモニ

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【舞台】物語を語るうえで適切な表現方法について考えた『オシャレ紳士のエポック・メイキング・ストーリー』@座・高円寺2

(この記事はわりと厳しめのことが書いてあるので読む方はその点ご注意ください)
 

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画像は公式サイトより

 
平日18時の公演@高円寺というかなり会社勤めにはきつい時間でしたが無理やり行ってきました。
 
「おしゃれ紳士」は 2002年に日本大学芸術学部演劇学科の同期男性メンバーで結成されたカンパニー。活動休止期間を経て08年に再始動し今に至る、という活動歴のかなり長い団体。
 
今回の公演は10周年記念の第二弾公演という位置づけ。
名前は聞いたことがあったけれど実際に観るのは初めて。
 

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黒のパンツに上半身は裸にネクタイという男たちがダンスでストーリーを進めていく
 
座・高円寺2という客席数300近いかなり大きめな劇場。さすがに平日18時という時間帯が厳しいのか空席もちらほら。
 
ダンスで物語を進めていく代表としては「梅棒」という最強のエンタメ集団がいるのでどうしてもそこと比較しながら観てしまった。
 
 
結論としては、かなりあらが目立つ公演だった。
 
 
誰もが聞き覚えのある楽曲を爆音で流しながらダンスで物語を紡いでいく、という手法なのだけれど先に挙げた「梅棒」は特別な場合を除いて演者が台詞を喋ることはない。
それはダンスで物語を語るという意志と圧倒的な技術がそれを可能にしている。
 
ただ、今回の『オシャレ紳士のエポック・メイキング・ストーリー』ではかなり中途半端な手法がとられていた。
 
普通に演者が喋る。
 
それも結構大きめのBGMの中だから相当聞こえづらい。
 
割と激しいダンスの間に話すので、演者も息が上がっている状態でそれが一層聞こえづらくしている。
 
喋る→ダンス→喋る→ダンス→喋る→ダンス
 
上記のように交互に表現手法が変わるのだけれどダンスシーンと喋るお話のパートの関係が特に前半はさっぱりわからなくて、なんのためにダンスシーンがあるのか理解できなかった。(自分の理解度が低いのが原因だとは思うけれど)
 
ダンスシーンは集団で踊る楽しさみたいなものが散りばめられていて悪くはないんだけれど、必然性が良くわからない中で何曲も連続で踊られてもストレスを感じる。
 
激しくて曲調の似ている曲も連続するのでイマイチ全体の中で今どこにいて、作り手はお客さんにこの場面でどんなテンションになってほしいのか考え込んでしまった。
 
今年の前半に観た梅棒の『Shuttered Guy』は2時間の中で使う楽曲の構成が上手くて物語の起伏がきれいで物凄く観やすかった。そのうえ、良くも悪くもストーリーも登場人物もシンプルでそこにダンスが絡むことで強度のある物語になっていた。
 
『エポック・メイキング・ストーリー』は漫画家志望の主人公がヒーローを生み出せる不思議なペンを手に入れて、そこに漫画の師匠の死があり、自分の劣等感とかと向き合って・・・・とそれなりに複雑。
そのわりに台詞で物語が進む時間が少ない上にダンスで情報を与えることもほとんどしていないので、お話を追えないし登場人物もよくわからない。
 
結果、最後のほうで台詞でたっぷり数分間くらい心情を吐露するのだけれど、ダンスを最大の表現手段としている(様に見える)カンパニーが台詞であれこれ語るのっていいのだろうか。
 
他の作品を観ていないからこのカンパニーについては言えないけれど、少なくともこの物語を語るうえでダンスは適切な表現方法ではなかったのでは。
 
色々書きましたが単純に踊れる人はそれだけで憧れるし、ダンスひとつひとつは工夫が散りばめられていて楽しいので次回公演も観に行きます。
 
 
最強のエンタメ集団「梅棒」の映像。べたべたなストーリーだけどダンスの力と相まって凄いことになっている
 

【舞台】ひとごと。vol.2『そこに立つ』@スタジオ空洞

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スタッフとして参加している知り合いから勧められ観劇。
池袋駅から徒歩10分ちょっとのスタジオ空洞で上演時間は60分ほど。自分が見た回には作・演の山下恵実さんとダンサーの榊愛音さんのアフタートークが10分ほど。
 
 
明確に物語の筋があるわけではなく、ダンスとも違うジャンルで自分は普段あまり接することのない毛色の作品だった。
 
5人の俳優が電車・駅での人間を再現する60分。
 

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当日パンフレットに書かれている演出ノートにもある通り「暴力性」についての作品。
特に混雑している電車の中では無自覚な身体的接触に宿る暴力。
 
確かに、自分のことを思い返しても満員電車の中では身体の感覚みたいなもののスイッチを切っている自覚がある。
自分の周囲に密度高く大勢の目的の違う人間が存在しているって本当は凄くストレスなはずだけれどそれに感覚のスイッチを切って無理やり自分を適合させている。
 
感覚のスイッチの切れた人間を舞台の上に載せるという試みで、とても怖かった。
 
人と人が接触する(ぶつかる)ことを客観的に観ること、目的のない会話を聴くこと、普段何気なく自分も行っているであろう行為の持つ不気味さが舞台に載せられることでより明確になっていた。
 
特に、無意識になった身体の不気味さ(稽古でそう見えるように訓練されているのだけれど)は圧倒的。
 
この無意識はストレスがかかっているからこその無意識なので、リラックスされている状態とは違い、世界のどこにもつながっていない。
ただ、そこにスイッチを切った人間の身体があるだけの怖さをひしひしと感じる。
 
リアルなマイムを行うわけではなく、そこにある身体の状態を想起させ、場が持つ姿を暴き出す稀有な作品でした。
次の公演も追いかけていきたい。
 
団体情報(note)
演出の山下さんのメモも面白い

【映画】『若おかみは小学生!』泣き死にかけた恐ろしい作品

 

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周りの人から物凄い熱量で勧められたものの、ポスターや予告編の絵柄が個人的に苦手な分野なのでなんとなく敬遠していた。
仕事で銀座に行ったあと調べたらすぐに行ける時間に上映があったのでそのまま鑑賞。
 
子供向けアニメだけれど夜9時過ぎての上映&日比谷という立地だったため場内はほぼ仕事帰りのサラリーマンで埋め尽くされていた。
 
 

泣き死ぬかと思うくらいやられました。

 
 
タイトルから「小学生が経営難の旅館の若女将になって奇跡の手腕で再生」的なストーリーを勝手に思い浮かべていたけど全然違っていました(不要な文章)。
 
小学6年生の女の子おっこは交通事故で両親を亡くし、祖母の経営する旅館「春の屋」に引き取られる。旅館に古くから住み着いているユーレイ少年のウリ坊や、転校先の同級生でライバル旅館の跡取り娘・真月らと知り合ったおっこは、ひょんなことから春の屋の若おかみの修行を始めることに。失敗の連続に落ち込むおっこだったが、不思議な仲間たちに支えられながら、次々とやって来る個性的なお客様をもてなそうと奮闘するうちに、少しずつ成長していく。(映画comより)
 
 
序盤の故郷のお祭りから帰る車内での家族の明るい会話シーンに漂う不穏さ。なんとなくこのあと起きることは想像できたけど、自分だけが助かり、両親がともに事故で死亡という、かわいい絵柄に似つかわしくないハードな展開。
 
すこし湿っぽくなるのかなと思ったらそんなことはなく、割とあっさりした展開で主人公のおっこも淡々としているのに拍子抜け。
 
初見ではわからなかったけど、この時点では両親の死を完全には受け入れていないが故の振る舞い。
 
祖母の旅館で働いていくことを通じて、自分と他者と向き合い成長することで居場所を見つけるというこれ以上ないというくらい真っ当な成長物語。
 

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ひょんなことから旅館の若おかみとなる主人公おっこ
 
これだけ真っ当なのに説教臭くなっていなくて新鮮さすら感じた。
 
アニメとして動いているだけでこんなに楽しくなるのはパンフレットにも書いてある通り作画のクオリティがとんでもなく高いから。
登場人物の自体はデフォルメされた絵なのだけれど彼ら・彼女らを囲む世界に素人の自分にもわかるくらい画面上のあらゆるところに作りこみがある。
 
幽霊や妖怪(?)といった非日常的な登場人物がでてくるのに世界に奥行きと質感を感じる。
 
世界にどっぷりつかった後に訪れる、ウルトラハードな展開でおっこが抱えていた・隠していた想いがあふれ出るあたりから涙腺崩壊。
他者を助ける・他者に助けられることを知ることで自分の居場所を見つけ、人が自分の意志で歩き始める瞬間を目撃できた。
 

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様々な問題を抱えた宿泊客がやってくる
 
ここまでに辿る道筋が違っていれば、この展開にも納得できなかったかもしれない。
おっこという登場人物の周りに奥行きのある登場人物を完璧なタイミングで配置し、歩むべき道を歩ませている脚本の上手さに脱帽。
 

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周囲を助け、周囲に助けられ成長していく
 
ちょっとエピソードを詰め込みすぎだったり、色々と的確過ぎて作り手の思惑が見えてしまったり気になるところはあるけれど、「絵が苦手」なんて理由で観るのを戸惑っている人がいれば自分の持つすべての能力を使って劇場に引っ張っていきたいくらいに大満足の一本でした。
 
 
余談になるけれど、下記の記事がマーケティング観点で面白かった。
 
 
若おかみは小学生!』は最初は家族向けに宣伝したけどオープニング成績が芳しくなく、メインの劇場で打ち切られたりしたけれど、SNSでの評判・口コミをもとに大人向けへの宣伝に切り替えたとのこと。
 
どんなにいい作品をつくっても誰に向けて宣伝をするのか誤ると誰にも届かない。
今回は幸運にもSNSを起点とした口コミが作品を救ってくれたけど、そういう挽回が起こらずに誰にも発見されずに埋もれてしまった作品がきっとあるのだろう。
 
マーケティングで作品を作る」ことには反対だけれど「作った作品を適切なマーケティングで届ける」ことには賛成。
 
埋もれてしまう作品を少しでも減らせるよう世のクリエイターのマーケティングスキルが上がればいいなぁと思う今日この頃でした。
 
公式サイト

【読書】圧倒的文才で見たくないところまでくっきり描かれる『静かに、ねぇ、静かに』本谷有希子

愛聴しているラジオ番組アトロクに本谷有希子さんが出演されているのを聴き、話があまりにも面白かったので購入。

 

www.tbsradio.jp


本谷有希子さんは「劇団、本谷有希子」を主催する劇作家・演出家でもあると同時に小説家でもあり芥川賞をはじめ三島由紀夫賞など様々な受賞歴のあるウルトラ才人。


話し方はとてもやわらかいのに作り出す舞台、小説はとにかく人の、というか自分の嫌なところをこれでもかと見せつけてくるエグいものが多い。


今回の『静かに、ねぇ、静かに』は3編の中編からなる作品。
帯には「本谷有希子が描くSNS狂騒曲」と銘打たれているけど、この本はSNSというよりも自分以外の社会との折り合いがつかない人たちの話ではないかと感じた。


1本めの「本当の旅」は3人の自意識をこじらせた40代男女のマレーシア旅行記
常にオンラインに自分たちを映すことで現実を綺麗に加工して実況中継しないと生きていけない人たちの物語。じわじわと不穏な現実が迫ってきているのに目を背けて、オンラインで現実にポジティブな加工を繰り返すけどやがてそれが追いつかなくなり現実に追い越されてしまうという話。


劇中の人物たちはポエムチックなステキな台詞を吐き続けて、3人の中だけで承認し合う。


「これでなんか言った気になってるの?」と登場人物たちの台詞にイライラすると同時に、自分にもこういうとこあるよなぁ、とブーメランで自尊心がボロボロになっていって痛い。

 


2本目「奥さん、犬は大丈夫だよね?」はレンタルキャンピングカーで旅行に行くことになった2組の夫婦の話。ネットショッピング依存症になっている奥さんの目線で語られる。


奥さんは夫に対して何も期待していないし、そもそも夫を必要としているかもわからない。
ネットショッピングを通じてしか、なにかを必要であるということを実感できない。


夫が遭遇してしまう悲劇さえ実感できず、悲劇を通じて生じる「必要なものができる」ということに冷たい期待をしてしまう。


3本目の「でぶのハッピーバースデー」も夫婦の話。「でぶ」という名で呼ばれる奥さんの目線で語られる。
40代ほどと思われる夫婦は勤め先が倒産したことにより、夫婦同時に失業する。
 


この物語は希望とか絶望すらも諦めてしまった人たちの話。1・2本目の主人公たちがやがて辿り着いてしまうであろう場所を語っているよう。


静かな話だった。


静かで、恐かった。  


なにもかもを諦めた先にある風景を見てしまったような感覚に襲われた。

 


この本のどの作品も徹底的に、加工されていない恐ろしいまでに鮮明な人生を突きつけてくる。

見たくないものがくっきりと描かれているので読んでいる途中は陰鬱になるけれど、3編全て読むとなぜか心地よかった。体力に余裕があるときに読むのがおススメです。

 

 

 

静かに、ねぇ、静かに

静かに、ねぇ、静かに