決意の最終楽章感想~南中カルテット~

最終楽章の出番は少しでもあれば御の字かなと思っていた南中カルテット。予想よりガッツリあって驚きました。武田先生もこの4人のこと大好きですね?

さてさて、第二楽章~ホントの話までで一番気になっていたのは優子と希美の関係性でした。優子はみぞれを大事にしているけど希美の辛さを考えてはいるのだろうか、希美と優子の間はギクシャクしたものがあったりするんだろうかという心配です。その答えをまさか最終楽章でいただけるとは。以下後者部分に対しての引用を。

「アンタら二人が仲いいのはわかったから、さっさと会場に向かおうや」
「仲良しやってさ」
希美ってばすぐ意地悪言う
(最終楽章後編p.80)

ここの会話の順序、希→夏→優ですよね*1。完全に気の置けない友人同士のやり取り。優子がちょっと拗ねてるところとか今まで全く見られなかった一面で凄く新鮮*2台詞1つで普段の優子と希美の関係を絶妙に示す、とても上手いなあと。もしも優子が希美に一方的に言うだけの間柄なら寂しいと思っていただけに、お互い突っ込みあえる関係であること、こういうやり取りが良くあることを教えてくれたのは嬉しいです。

それにしても久石奏クン*3は含蓄ある言葉を投げかけてくれます。双方向でない関係は脆いですからね。そしてぶつかるべきときにぶつかることを避けていたら問題は解決しません*4

「衝突の許されない関係はいびつですよ」
(久石奏、最終楽章後編p.199)

吉川優子

優子は希美に厳しい印象があると思います。しかし良く見ると直接的に希美に怒ったのは高2の復帰騒動のときだけ。高3の第二楽章ではみぞれのみに肩入れすることはせず、希美を責めることもありません。また、ホントの話でやや冷淡な場面があるものの、最終楽章では希美に対して当たりが強いどころか過保護とも言える行動が発現。さてさてどういうことだ。
あまり単純化しすぎるのは良くないかもしれませんが個人的感覚だと優子はかなりの任侠人間。まず入部当時、荒れ果てた吹部から守ってくれたのが中世古香織先輩。この恩義に全力で報いたい。だからこそ新入り麗奈が礼儀知らずに場を荒らすのが許せなかった。しかし最後には麗奈が香織の立場を理解し詫びを入れたことで手打ちに。こうなれば後腐れもわだかまりもなし。ギクシャク期間を乗り越えた後はむしろ頼れる妹分として受け入れます。

「…あのときは、生意気言ってすみませんでした」
 (高坂麗奈、1巻p.298)

そして次に来たのが希美復帰騒動。優子は希美とみぞれ双方の事情を知っている数少ない人間。しかし、意図しない両者の接触が起こるまで、みぞれの誤解を解き間を取り持つような積極的行動を起こしませんでした。また、胸倉をつかみ上げるくらいに希美へ厳しい目を向けています。これはみぞれへの保護意識だけでなく、部を抜けた希美よりも今の吹部に仲間意識の天秤が傾いていたことも大きかったのではないかと思います。

様々な問題、そして京都府大会金賞を経てついにまとまった北宇治吹部そこに余計な波風は立てられたくない。守ると認識した対象を全力で守るという優子の行動理念からすると、希美に対する優先順位が下がっていたのは仕方ないとも。ソロ騒動のときの守りたいものは香織先輩、復帰騒動のときはみぞれ。それを脅かすと認識した存在には真っ向から対立します。

これとは対照的に部長時代の優子は希美を一方的に責める行動をしません。守るべきみぞれが再び希美のことで困っているにもかかわらず、です。何故かと考えると、やはりこれは優子が部長だからが大きいと思います。部長となった優子は吹奏楽部全体の統率者。守るべき相手は部員全員であり、その中には必然的に希美も含まれる

ここは原作とリズで大きく異なるところで、リズでは希美にきつく当たっています。リズという独立映画においては、優子は部長の役目よりもみぞれを大切に思っている友人の側面を強調されたとも言えそうです。

うちはこの一年、ずっと部長でした。起きてから寝るまで、ずっと北宇治高校吹奏楽部の部長。もうね、切り替えのスイッチがぶっ壊れてたよ(吉川優子、短編2巻p.296)

異論があろうとも譲らず優子を部長に指名したのはあすか。優子の任侠発揮範囲が一部に限定されている場合には優子はそれを守るために他と、部長とも対立することも厭わないでしょう。しかし部長に就けて吹部全体を対象とさせてしまえば全力で部に尽くす理想的な部長となる。この優子の特性を把握した采配、流石はあすか先輩ですね。

だってさぁ、あの子は部長以外やれないでしょ
「どういう意味?」
「そのままの意味。よくも悪くもカリスマ性がありすぎんねんなぁ、あの子。トップ以外の場所に立つと、支持を集めすぎてトップが機能しいひんくなる。ひと言でまとめると、部活クラッシャーってこと。本人は無自覚やろうけど」
優子ちゃんは優しい子だと思う
(短編2巻p.98)

優しい子と書いて優子。一見直情的で攻撃的ですが全ては守りたい相手のため。他人のために真剣に怒ることができる優子はユーフォ中でも屈指の優しさを持つ人間。その美点を最大限に生かせる場所さえ与えてやれば誰にも負けない輝きを放ちます。

最終楽章で希美に対するおせっかいが発現したのは、みぞれの演奏と希美の様子から部長時代へ意識が巻き戻ったうえ、現在の優子にとって希美も全力で守りたい相手の1人だということが大きそうです。一方、ホントの話で少し冷淡だったのは受験中のみぞれを誘う無神経さと、みぞれへの保護精神から反射的に思わずなのかなと。実際にはみぞれのためにあえて誘っていたことが判明し、希美の想いを知ることに。

優子自身は無自覚かもしれませんが、部長の経験は今後の優子にとても大きな影響を与えたと思います。恐らく大学以降の優子は片方だけに肩入れしすぎたりはしない気が。言いたいことは言いつつもしっかり全体を見ることができる優れたリーダーとして成長していきそうです

「麗奈も優子先輩も変わったなって思いますよ。もちろん、いいほうに」(黄前久美子、最終楽章後編p.45)

上記が優子の変わったところだとすると、変わらないのは裏表のないところでしょうか。黒江真由には裏表をなくすことが習慣付いていると推測してみましたが、優子はそもそも裏表を作れないタイプ*5。この2人、絶妙にかみ合わなさそうなので出会ったらどうなるかを是非とも見てみたい。

あと、優子の特徴としては他人にめちゃくちゃ甘いこと。変われないことに悩んでいある相手に”無理に変わらなくてもいい”という選択肢を与えてしまう。特にみぞれ*6やコンクール前の夢へそれが出ていて、最終楽章で髪をくくるためのバレッタを希美に渡そうとしたのもこれだと思います。そのくせ自分が無理することは全く厭わない。

高音が得意なのにメンタルに問題がある夢の代わりに自分が1stへ。いくら部長でみんなを支える役目とはいえ代役ポジなんて得なことないです。結果が出なければ責められる可能性すらあるのに相手の無理を自分が背負ってしまう。はっきり言って優しすぎます。優子一人ならパンクしてしまい、それを背負わせた相手も罪悪感にさいなまれるかもしれません。また、変わらなくていいは場合によっては悪魔の囁きにも。

「善意が相手を助けるとは限らない。むしろ、追い詰めることだってある」(月永求、最終楽章後編p.258)

しかし優子は一人ではありません。キャパオーバー寸前で強引にでも止めてくれる副部長夏紀、スーパーマネージャーに転身した加部友恵。頼りになる仲間が優子の抱え込む無理を支えてくれます。特に加部ちゃん先輩の果たした役割は重要で、得てして置いてけぼりにされそうな初心者へのフォロー、部内トラブルの解消といった日常面全般を支えるだけでなく、最後の演説では全部員、特に3年生を奮わせます。

友恵は本気だった。本気で、あの日の北宇治の演奏を称賛していた。練習のあいだ、友恵は誰よりも近くで部員の演奏を聞いてきた。何度も繰り返されてきた、課題曲と自由曲。同じ音楽を延々と聞かされるのは、きっと苦痛であったに違いない。飽きたことも、うんざりしたこともあっただろう。それでも、友恵は明言した。あの演奏は、最高だったと
(第二楽章後編p.367)

私らはあの瞬間、間違いなく最高の演奏をした」というのは落ち込む部員たちへ優子が飛ばした檄。それが皆を再起させる切欠となったのは間違いありません。しかし優子と夏紀だけは部長副部長の矜持で自ら立ち上がるしかなかった。特に南中での府大会銀を引きずっていた過去を持つ優子は、この結果を受けて自分自身を奮い立たせるのにどれほどの精神力がいたことか。だからこそ混じりっけなしに最高の演奏だったという評価はなによりも欲しかった言葉であり、優子を救うものであったと思います

「なあ、結果が出えへんかったら、努力ってなかったことにされてしまうん? あのときのうちらの演奏、ほんまに他の金賞の学校より劣ってた?」(吉川優子、2巻p.215)

夢へのものも含めて加部ちゃんの演説は完全に第二楽章のクライマックスで、読む返すたびに感情が湧きたつんですよね。久美子2年編を誓いのフィナーレだけでなくTVアニメでも見たいという要望が多いのは、加部ちゃん先輩という素晴らしいキャラクターを埋没させてしまうのはあまりにも勿体ないという思いも多分にあるでしょう。

なんだか最終楽章の優子どころか加部ちゃん大好き話をしてしまいましたが北宇治3代でどの時代に所属したいかと言われると私なら間違いなく優子部長世代*7この代で全国に行けなかったのは本当に悔しい!

 

傘木希美

最終楽章は完全に久美子視点なので希美の心情については与えられていません。その久美子の感じたものもおぼろげな表現にとどまっており、読者側がどう読み取るかに任されています。もしかすると武田先生の中でも固まっていない、現在進行形で移ろいゆく瞬間をチラ見せしてくれただけなのかも。

まず高校時代と一番変わった点は容姿。ポニーテールから微かに波打つロングヘアへと、卒業式の朝に考えていたことを実行。これは変わりたいという希美の意志ですがそもそもなにから変わりたいのかについてすらはっきりと示されていない。なのでここからは徹頭徹尾憶測。

手持ちのカード

特に難しく考えなくてもステージの変化に合わせて自らも変わろうとするのはごく自然なこと。ただ、希美には変わりたいと思う気持ちが普通以上にあったのも事実だと思います。それが何故かなと考えるとやはり自由曲リズと青い鳥における醜態を晒すような自分には戻るまいという表れでしょうか*8。そして、どう変わってどうありたいかの試行錯誤の真っ只中が最終楽章の状況だと。

高校までの希美は手持ちの最強カードが音楽と認識していて、自分の価値=演奏とすら考えていたかもしれません*9。しかし希美信者のみぞれにそれを打ち砕かれる。才能の壁にぶつかるのは一握りの天才でもない限り必ず訪れる問題ですが、希美の場合は相手が相手なだけに辛いものとなりました。音楽に対する苦い感情の払拭にはしばらく時間が必要で、ホントの話、最終楽章でも完全な克服には至っていない描写が見られます。

真剣なトーンに、希美は照れ笑いを引っ込めた。組んだ脚をぎゅうと締めつけながら、希美はなんでもないふうを装い尋ねる(短編2巻p.139)

うなずく希美の唇から白い歯がちらりとのぞく。はにかむような笑みには照れと苦さがにじんでいた(最終楽章後編p.79)

その希美の変化お試し第1弾が新山聡美的ファッション。ここは裏があると取ることもできるんですけどあまり深読みしすぎなくていいのかなとも。指針なく変わるのは難しいので、一番身近にいる魅力的な大人を真似ることから始めてみただけかもしれません。また、試行錯誤の段階における模倣は決して悪いことではなく、むしろ新しいことに取り組むときには模倣から始めるのが定跡。一度疑いの目を向けているからこそ希美の新山先生への信頼はかなりのものがあると思うんですよね

この変わりたいという想い、あくまでも新しい自分になるための前向きな選択と感じます。みぞれの演奏後、昔を懐かしむ希美に優子がバレッタを渡そうとしたのは「苦しんでまで変わる必要はないんじゃない?」という優しさだと思うので*10、もしも妥協や逃げの選択であったならその誘惑には逆らえない。そして夏紀が「おせっかい」とつぶやいたのは優子の思いやりに対してだけでなく、希美が前向きに進んでいることを知っているからではないでしょうか*11

ためらいがちに伸ばされた希美の手が、バレッタに触れる直前、弾かれたように後ろに下がった。はっきりと意志を感じさせる動きで、希美は首を横に振る。
「いいよ。私はこのままで」
「本当に?」
うん、これがいまの私だしね
(最終楽章後編p.84)

これから先の希美については今後の短編集に乞うご期待。最終楽章で苦さを内包しているために心配する面もありますが、個人的には大丈夫だろうという思いが強いです。ここは希美の基準をどこに置くかで異なり、私の場合は『真昼のイルミネーション』

本編中の希美はあくまで北宇治吹部中の希美&みぞれとの問題があるときのみ久美子視点に浮上してきます。なのでどうしてもしんどい面が強調されがちですがそれは希美の一部分。一方で普段示しているはずの本来の姿、自然体を描写されているのが『真昼』。ここでの夏紀との会話から、抱えている悩みに対して既に希美自身の中に答えを持っているように見えるのです

「これやりたい!って決めて大学入る子はレアやと思うけどね。むしろ、それを探しに大学行くんとちゃう?」
「たった四年で何か見つかる?」
「見つかる人は見つかるやろうし、見つからんかった人は『見つからない』ってことが見つかる」
(短編2巻p.138-139)

「でも、なんだかんだ大丈夫だよ。もし自分の選択に後悔しても、その時は引き返してまたやり直せばいいだけだし」
(短編2巻p.145-146)

この試行錯誤において自分の手札が音楽以外にも沢山あることにいつか気付くはず*12。みぞれや夏紀から憧れられるくらいのものを元々持っているんですから。自身への評価が音楽一辺倒だったのに対し、夏紀と良い関係を築いているように他人をその物差しでは計っていない。なので自分を客観的に眺める作業をすれば自己を再認識し、やりたいなにかを見出すこともきっと出来るでしょう。例えその結果が再び音楽になったとしても、気の持ちようは全く違っていると思います

希美が希美としてはばたくための助走期間。一体どういう結論を出すのか、それを見ることは出来るのか。これはもう武田先生の筆の乗りにお任せするしかないですね。
 

希美と音楽

最終楽章における希美と音楽の関わりで一番嬉しかったのはここです。高校最初で最後のコンクール、全国への想いは誰よりも強いはずなのに全国行くぞや勝ち負けじゃなくて、最高の演奏をしようとしてるんですよ*13

去年の関西大会のことは、久美子だって鮮明に覚えている。常に理想の部長であった優子のことも、頑張ろうと笑いかけてくれた夏紀のことも、最高の演奏をしようと息巻いていたみぞれと希美のことも、何もかも(最終楽章後編p.217)

また、高2での久美子との会話からも結果がどうであれまずは自分たちが納得できるかどうかを重視していることが分かります*14。このような姿勢についても分かりやすく説明されているのが『真昼』。これを読んでから希美の言動を見直すと改めて納得することが多くて、だからこそ自分の中での希美の基準はここに置きたいなと思っています。とにもかくにも『真昼のイルミネーション』は傘木希美(および中川夏紀)好きには最高の短編なので、読んでない方は今すぐにでも手に取ってください!

刃を研いで美しい切っ先を作り上げるように、よりよいものを求めて何度も地味な改善を繰り返す。練習は退屈だし、派手さもない。でも、神様の気まぐれみたいなひととき、たった一回の本番にしびれるような快感と興奮が現れることがある。希美はその瞬間がたまらなく好きだ(短編2巻p.140)

全力こそが最高に楽しい。それを知っているだけに梨香子先生の「楽しく吹くのがいちばんよ」はあまりにも空虚で許せなかったのでしょう。希美のフルートは楽しくて美しい、澄んだ音色。みぞれのオーボエは楽しい! の感情爆発*15南中の顧問は音楽の楽しさを教えるのが得意だったのかもしれませんね*16。希美の南中時代や退部後の元南中たちの短編、是非とも読みたい。

アドリブ性が強く楽しい音を出す希美って小笠原部長とフルートとサックスで掛け合ったら案外ノリがばっちり合うんじゃないかという気がします。晴香自身は「うちが言っても聞いてくれるような子やないけどね」と言ってますが元南中が退部したのは晴香の演奏を認めてるからでもあるんですよ*17。この2人って審査対象にされる競技会より演奏会やジャズコンサートみたいな方が本領発揮するのかもしれませんね。

最後に声を大にして言いたいこと。希美の吹部生活はハードモードの連続。心を折られるような経験は何度もありました。それでもフルートを続けている。音楽を辞めるなんて選択肢は最初から持ち合わせちゃいない

希美は音楽が大好きなんです!

 

鎧塚みぞれ 

演奏会で吹くのは『ダフニスとクロエ』。この因縁曲がここで出てくるんだ! とちょっと興奮しました。そして音大でも当然のようにソロをゲット。類稀な才能が大きく花開いています。みぞれの覚醒が起こったのは自由曲リズと青い鳥の第三楽章。これは滝先生からしても想定外の事態でした。

「去年のあの鎧塚さんの演奏を聞いて以来、私もいろいろと考えることが多くて」(滝昇、最終楽章後編p.90)

この感想や当初の演奏バランスを鑑みるに、滝先生って第三楽章の掛け合いについては二人がかみ合いさえすれば十二分に全国トップクラスの演奏になると思っていて、何故かみ合わないのかを深く考えていなかったのかも。二人とも技量はあるんだから音楽的に合わせればいいだけで、根本に人間関係があるとは思いもよらなかったというか。この機微に対する未熟さについては最終楽章にてあすかが指摘しています*18

演奏後に「希美!」と叫びながら駆け寄り、褒められればまさに幸せの絶頂といった様子のみぞれ。変わらないなあと安心するべきなのか心配するべきなのか。ここでの”睫毛に縁取られた両目は、満天の星のように喜びの光に満ちている”という表現、リズのラストで希美に振り向かれたときの表情がグレードアップした感じが思い浮かんでなんだか微笑ましく感じました。

鎧塚みぞれのハッピーエンド

演奏会も大成功に終わり一見順風満帆に見えるみぞれの音大生活。このみぞれの進む先にハッピーエンドがあるのかどうか。そもそもみぞれのハッピーエンドとは一体どういうものなのでしょう? 単純に考えると①社会的には音楽家としての大成、②プライベート的には希美が傍にいること等が挙げられます。

優子や夏紀も言及しているように①に対してプロ奏者として活躍する姿を想像することは容易*19。一方で難解なのが②。一口に傍にいると言ってもその距離感、関係性は。親友? それともいわゆる添い遂げ? これにはみぞれだけでなく希美の感情も問題に。

個人的には傍にいるのは希美が罪悪感*20や負の感情に縛られてならばベストではないと考えてしまうんです*21何故ならば希美が幸せではない状態をみぞれ自身が望んでいないからみぞれはみぞれのハッピーエンドをつかみ、希美は希美のハッピーエンドをつかむ。その先で2人の道が交差することがあれば素敵だな、と思います

「私は、希美が幸せならそれでいい」
(鎧塚みぞれ、第二楽章後編p.305)

最後にこうあって欲しいという願望を1つ。やっぱり希美とみぞれの問題って希美もみぞれも言いたいことを言い合わなかったことに尽きると思うんです。遠慮しすぎにしろ尊重しすぎにしろこれはよろしくありません。がっぷり四つの真正面からぶつかりあって、お互いがお互いをもっと知ってもらいたいです。改めて久石奏の金言を。

「衝突の許されない関係はいびつですよ」
(久石奏、最終楽章後編p.199)

と、いうことで のぞみぞ喧嘩しろ!

 

中川夏紀

希美やみぞれは既に色々書いてきて、本稿では優子についても考えてみました。でも中川夏紀。私この人についてはなにも書けません。これは多分ユーフォで最初にはまったキャラであるということと、「なんなんですかあの人!」と叫ぶしかないくらいどの角度から切ってもイケメンな性格なのが作中から溢れまくっているからだと思います。ですのでここでは夏紀というよりもなかよし川爆発しろについて少しだけ。

ホントの話で語っていた通り大学ではバンドを始めた夏紀。優子がギターボーカルなのはその映える容姿とフロントマン向きな性格を見込んで、そして夏紀がリードギターじゃなくてベースなのはもちろんイケメンだからでしょう。 私の中ではベーシストはイケメンだと決定されております。

基本的なボーカルは優子として、ロック調の曲のときは夏紀が歌うのもありですよね。パワフルな英語で歌い上げられた日にゃ観客のハートわしづかみ間違いなし*22そしてね、絶対にあるんですよ、ツインボーカル曲が! はい勝利。なかよし川大勝利。けいおん! river 』はじまります!!

夏紀に対してはなんだこれはな感想ですけどこれみんな思うことですよね? 南中カルテットの扇の要とも言える夏紀。夏紀さえ大丈夫ならカルテットも大丈夫だという絶対的な安心感。人の幸せを手助けするだけではなく、自分の幸せも忘れずに追い求めて欲しいですね

 

まとめ

難しい、難しいよ武田先生! 考えをまとめるため無理やり言語化しましたがみぞれ演奏会の正しい解釈なんてぶっちゃけ何ひとつ分かりません。それでも色々考えることは面白いです。明日になればここに書いたものと全く違う結論に至ってるかもしれないですけれどもそのときはそのとき。思考実験は楽しいものです。

南中カルテットはそのバランス、関係性も含めてずっと眺めていたいあまりにも魅力的なキャラクターばかり。過去、現在、未来どこでもいいので短編集での出番、活躍を期待します。夏紀と希美、夏紀とみぞれのファーストコンタクトについても是非見たい

最後に、この武田先生のtweetがめっちゃ怖いので心を磨り潰されないように気を強く持ちながらどんとこいと構えて待ちます!

 

2020.12.04追記

上記のtweetは別の作品のようでしたが本日とんでもない爆弾が投下されました。

「中川夏紀視点の南中カルテット”長編小説”」

こいつはとんでもねえぜ・・・。

 

 

*1:希→優→夏もありえますがp.42の差し入れ会話を踏まえればこの順序が自然

*2:実は第二楽章後編p.126にも少し似た場面はあります

*3:楽しく拝見しております

*4:その最たるものがリズと青い鳥かもしれません

*5:「誰が好き好んで嫌いなやつと一緒に行動すると思っとんねん。うちがそんな器用なことできるわけはずないやろ」(2巻p.262)

*6:リズではより強調されている傾向

*7:というかそれ以外を挙げる人の方が珍しそう

*8:例え周りがそれに気付かなかったとしても希美は当時の自分が醜いと思っているので(第二楽章後編p.248)

*9:対みぞれの面では特にその傾向が顕著

*10:さらに言えば希美は過去の自分を醜いと自己嫌悪していますが、他者からはそう醜くは見えていないという面もあるんじゃないかと。みぞれの演奏にぶちのめされてもしっかり立ち上がって完璧に支えた姿が映っているので

*11:夏紀は相手のためになるかどうかで甘さをかけるべきか判断できます。もし希美が後ろ向きであれば希美への視線は違うものになっていたはずなので。私は中川夏紀というキャラに全幅の信頼を置いています

*12:大学の推薦もあっさり取り付けてるし性格不器用なくせに行動器用すぎか!

*13:コンクールに来ている以上結果を求めるのは当然で、希美も府大会では「絶対今年は全国でええ結果出したろな」と元南中の後輩からの激励に答えています。その上で、結果だけに凝り固まらず音楽への姿勢が見えるのが嬉しいです

*14:「やる気のある子だけ集めて大会に挑んでたら、それで結果が銀でも銅でも納得できたはずや」(2巻p.147)

*15:定演での曲目も観客の楽しさ重視

*16:それだけに幕切れが悲しい。南中顧問にも救いを!

*17:「香織先輩とか小笠原さんとかさ、真面目にコツコツ練習してた二年生がBやってんな。それに納得いかんくて三年に文句言ったら、逆に言い返されてしもうた」(2巻p.150)

*18:「だからその分、うちが欠けてた分を補完してた」(最終楽章後編p.307)との弁ですけど個人的には”あすか自らの望む方へ誘導・管理していた”の方がしっくりきます

*19:逆にこれ以外でみぞれの社会的成功がなかなか思いつかない

*20:音大行くと言い出したのは自分ということに結構な罪悪感持っていますが、個人的にはこれに罪の意識持つ必要はない気がします

*21:もちろんそれはそれで物語としての1つの形であり素晴らしいSSも沢山あります。あくまでマルチエンディングの中で私が選ぶなら、というだけの話です

*22:ジャクソン5を歌いだす夏紀、いいですよね(第二楽章前編p.159)

決意の最終楽章感想~久美子と真由、そして奏~

響け!ユーフォニアム本編完結おめでとうございます!!

大好きなタイトルの結末を見届けられるのは幸せなことです。武田綾乃先生、本当にありがとうございます。ということで最終楽章前編後編まとめての感想を。似たような感想は既に一杯あると思います。それでも1つでも多く作者へ感謝の意を示したいので。

さて、最終楽章を読み終わった人は皆がみんな黒江真由、久石奏に関して一家言持っていて、色々な人の感想とそれを突き合わせたい感情が湧いていると思います。当然ながら私もそうなので特にその2人を中心に。

 

 

全日本吹奏楽コンクール

全国金おめでとーーー!

ド直球で来てくれてホッとしました。北宇治高校吹奏楽部に関わる人間全てが報われる結果。全国金が獲れなかったら凄くモヤモヤが残る結末になったのではないかと思います。努力は望む形で報われるとは限らないといえどもとにかくこれは最終巻。やっぱり物語はハッピーエンドがいいよ

とはいえこれかなりの紙一重ですよね。特に誓いのフィナーレの奏を見た後だと「結果が良かったからですよ」の台詞(要約)がチラつきます。もし全国ソロで真由が選ばれていたら? 金じゃなかったら? 久美子や吹部の面々は本当に納得できたのだろうか。しかしそれについては劇中にひとつの答えがあります。

いくつもの「もしかして」を抱えながら、一年間を過ごしてきた。でも、きっとそんな仮定は初めから意味ないのだ。久美子は吹奏楽部に入り、部長となり、そして北宇治は全国大会出場を決めた。最善の未来をつかむための選択を、自分たちは重ねてきたはずだ(最終楽章後編p.325)

久美子の視点としては努力して、全力を出して、いい結果が出た。もはや〇〇だったらの仮定は不要。このハッピーエンドは結果論かもしれないけれど、そもそも結果論じゃないハッピーエンドなんて存在しないのでは? とも思います*1

久美子視点と読者視点での違いと頭で理解できてもなんだかんだ残るものがある結末かもしれません。それだけに他キャラの視点からの北宇治吹部はどうだったのかを見てみたい。短編集で出ないでしょうか。ボタンでキャラクター変更してこのキャラからはこう見えてたんだ! みたいなの欲しいです。

 

黄前久美子

当事者と傍観者

来ましたねー、久美子自身が当事者となっての問題発生。少年漫画で良くあるのが、これまでの経験が糧となってクライマックスで主人公を後押しをしてくれるというもの*2。それに対して最終楽章で久美子に訪れたのは、これまで当事者の隣にいて関わってきた問題が束となって久美子自身に降り注ぐこと

この問題は既に経験している、だから乗り越えられる。ではなく、いざ当事者となると横から口出ししていたことが全くできずに動けない。最終楽章の久美子はソロ騒動における香織であり、第二楽章における希美であり、自らの気持ちを押し込めていた奏やあすかです。

  • 聞いたらあかんの?(加藤葉月
  • 逆に、久美子ちゃんの本音はどうなの?(黒江真由)
  • 自分の気持ちにもう少し素直になってもいいと思うな(川島緑輝
  • 私はむしろ、久美子先輩がどうしたいのかを聞きたいです(久石奏)
  • 結局さぁ、久美子ちゃんはどうしたいの?(田中あすか

並べてみると本音をしゃべれ久美子! と怒涛のラッシュ。武田先生はキャラクターの立ち位置による見え方の違い、立場の変化に伴う気持ちの変化を描くのが凄く上手いなと思っていて*3、当事者になった久美子が本音を出せずにがんじがらめになるところが前編から丁寧に積み上げられています。これまで久美子から突っ込まれてた当事者たちも大変だったんですよ、ほんと。

それにしても久美子個人の評価、めっちゃ高かったですね! 真由派と久美子派で分かれてると言いながら下級生はほとんど久美子派じゃないかって勢いで。特に1年生の義井沙里とは完全に退部を引き止めた香織と引き止められた優子の関係。最終楽章はさながらサスペンス、ミステリーのような組立ではらはらしました。この引用部分だけでも情報量が多い!

私、何があっても久美子先輩を応援しますから
大げさな、と茶化すには沙里の態度は真剣すぎた。意図的に口角を上げ、久美子は微笑を作る。余裕のある先輩に見えるように。
「ありがとう。嬉しいよ」(最終楽章後編p.22)

 

久美子の進路

麗奈や梓から音大勧められまくったわりに久美子にその気が全然ないのにはちょっと笑いました。新山先生もみぞれに言われたからパンフレット渡しただけでそれ以上でも以下でもないんかいと*4。とはいえ前年の希美とみぞれを見ていればそうなるのも当たり前なのかもしれません。高三の夏になるともはや夢見る少女じゃいられない*5この引用部分、少し希美が重なります

もっと正確に言うならば、選べない、だ。久美子には音大に行くだけの覚悟も、経済力も、それらすべてを上回る飛び抜けた才能もないユーフォニアムは好きだ。みんなと演奏する時間も、もちろん楽しい。だが、それを職業にして生きていくほどの気概はない(最終楽章前編p.296)

前編プロローグで明らかにされたド本命の吹部(副)顧問路線。滝先生の影響で顧問・教師になりたいという路線はぼんやりと分かっていても、「私は、先生みたいな人になりたいです」と本人に告げるまでになるとは思っていませんでした。最終楽章の滝先生はとにかく疑われまくりです。美玲や奏から、秀一から、そして久美子自身から。しかしこれも滝先生が絶対的な神域ではなく、彼もまた迷いながら進む人であると理解できたからこそ目指すべき姿へと認識が深化したのでしょう。

最終楽章で完全に盲点だったのがこの滝先生への不信。私も美玲の台詞があるまでアンタッチャブルな存在と勝手に分類していて、これまでの実績、結果を出したということからの信頼感は人を盲目にさせるとハッとさせられた気分です。改めて1巻を読み直すとあまりの粘着イケメン悪魔っぷりに苦笑い。滝先生は滝先生で1人の人間として生きてるんですよねえ。

そして久美子が北宇治の副顧問になったということは他の高校とコンクールで競うということで。そこに希美の率いる高校があったらどうかというお話を目にしてその展開とてもいいなあと。希美の南中から久美子の北宇治へバトンを繋ぐってパターンも好きです。響け!第二幕は考えるだけで楽しい

 

黒江真由

わっかんねー! わかるけどわっかんねー!! はい、この人は分かりません。分かる部分は分かるけどそれで完全に理解できたかというとそうじゃない。まさしく”つかみどころがない”人物。ただなんでしょう、寂しげな人だなという感じがします。

真由は自分が入ることで相手の楽しいが崩れないかをめちゃくちゃ気にしてますよね。オーディションでも、写真撮影でも、自分が加わることが相手にとって良いことなのかをまず確認しようとしています。一方で自分の楽しいの範囲をキチンと把握していて、楽しくないことに対しては結構辛口。以下の引用も一見矛盾しているようで筋は通っていて、相手が怒ろうとも自分の意見を強烈に示します。

合奏するなら上手な方が楽しいでしょう? いくら自分が参加してるって言っても、合奏時間に下手な演奏をずっと聞かされるのって嫌だなぁって思っちゃう(最終楽章前編p.100)

私にとって部活って、いまみたいに友達と一緒にいて、楽しい時間を過ごすためのものなの。 ~中略~
私にとってコンクールは、吹奏楽部で過ごす時間についてくるおまけみたいなものなの。こんなこと言うとみんな怒るんだけど、本当にこだわりがないんだよ(最終楽章後編p.275)

あすかと久美子の会話では”能力があるのに他人へ委ねたがるタイプ”という分類でみぞれと希美の関係を思い起こさせます。しかし読み返しているうちに、真由は委ねているのではなく条件提示に対しての回答を求めているだけで、実は単なる超シンプル論理的思考なのでは? という気がしてきました。

自分の手札を晒して「私の楽しいはこれだ、あなたの楽しいを教えてくれ。Win-Winとなる妥協点を探ろうじゃないか」と言っているだけ。自分の楽しいの邪魔はされたくない。そして相手の楽しいの邪魔もしたくない。これが全てなんじゃないかと。

北宇治のルールだから、公平じゃないから、間違ってるから。なるほど一般論や部長としての役割は分かった凄いと思う。でも久美子個人の楽しいはなに? をずっと聞きたかったし聞いていた。だから最後の演説は真由に届いたと思います*6。悔しいも自分のものだそれを邪魔するなと自らの領域を示したわけですから。

部活のためを思ってとか、誰かのためを思ってとか、そんなのは知らない。私は、いま、百パーセントの力を出し切りたい。メンバーになれなかった、ソロを吹けなかった。そうやって、悔しい思いをする子が出てくるかもしれない。でも、その悔しさはその子のもので、誰かにそれを奪う権利なんてない(最終楽章後編p.326)

人間だれしも裏表があり、久美子はその裏の部分を突くことに長けていました。裏の部分、本音を引きずり出しそれと対話することで信頼を得てきたのが久美子です。ところが真由はその裏表が極端に小さい。真由の裏を読もうとすると自分の考えが反射してきて自らの裏に縛られる。本音を出せないのが久美子となる自縄自縛。つばめが真由と仲が良いのは、言動の裏を考えないタイプだからかもしれません*7

真由が裏表なく直球勝負を仕掛けるのは、非効率的なことが嫌いだからではないかと思います。個人的感覚だとこういう人間は結構な面倒くさがり屋。そんなことを考えながら前編を読み直しているとこんなやりとりを再発見して思わずあるじゃん! と叫んでしまいました。ズボラは極まると超効率的人間になります*8

「練習着は自由なんだから、ジャージとTシャツでもいいのに」
「今日は体育があったし、荷物が増えるのが嫌だから」
意外と合理的だよね真由ちゃんって
そうかな。どっちかっていうとズボラなの
(最終楽章前編p.139)

もし真由のことを気に入らないと対立してくる相手がいても真由は反撃することなくただ黙って去りそう。分かろうとする気のない相手と喧嘩することほど無駄な時間はないので。裏表なく条件提示して領域を確認する、無駄なことには立ち入らない。良くも悪くも深入りをしない人間に見えます。これは転校が多かったことで身についた所作なのかもしれません。

今作のテーマは居場所と拠り所。自分の思いをぶつけた久美子、握手を交わすまでになった奏、写真で全員を結んだ佳穂。卒業するときには北宇治ユーフォパートは1つの大きな居場所だったなと思うまでになっていてくれれば嬉しいです。

最後にめちゃくちゃどうでもいい話をすると、効率厨である真由はMMORPGに向いていますね。にっこり微笑みながら「動き理解した?」とかチャット打ちやがりますよこの人。あと、言葉の裏でのユーモアを楽しむ文化の京都を舞台にした物語で裏表のない真由をラスボスとしてぶつけてきたのは面白いなと思いました*9。といっても純粋に裏表がないわけではなく、裏表をなくすことが習慣づいているタイプ*10。今のところこれが私の中の黒江真由像です。


好き勝手に想像してみましたけど最初に述べた通りつかみどころがなくてこの真由像はかすっているのか大外れなのかさっぱり分かりません。真由については短編集で補ってくれると勝手に信じています。
武田先生、清良時代の真由を書いてくれますよね!? 

 

久石奏

久石奏はかわいい。そして賢くて強い。とても強い。夏紀や久美子への態度でちょろかわいいとも言われる奏。奏が可愛いことに異論は全くないどころか全力肯定ですが個人的に好きなのは理性とその強さ。

意識と感情のズレが大きい箇所って基本的にその人の弱部で、そこをこれでもかと突かれていたのが1年での奏。必然的に弱く見えます。逆に意識と感情が一致してる人間はとても強くて、知力・能力で上回る相手を時には容易になぎ倒します*11ジコ坊の言う「馬鹿には勝てん」ってやつです。

そして誓いのフィナーレ公開前日の武田先生のtweetは奏の感情にさらに深みを与えてくれます。全くとんでもないものをサラッと投下してくれたもんだ。

 
自分を救ってくれた北宇治吹部と先輩たち。2年の奏は意識と感情を分離させる必要がなくなったためその賢さがフルで発揮されています。北宇治のルールから逸脱している、久美子先輩の居場所を乗っ取りかねない、自分の大好きを脅かす真由には警戒心を抱かざるを得ない。一方で北宇治の象徴である滝先生に迷いが見える、肝心の久美子先輩が煮え切らない。聡いがゆえすべて見えてしまっている。最終楽章の状況を最ももどかしく感じ、久美子が久美子のために行った演説を一番聞きたかったのは奏だったのではないでしょうか

久美子先輩は、部長になってから嘘が上手になられましたね
「嘘じゃないよ」
「そうですか。では、そういうことにしておいてあげます」
(最終楽章後編p.227)

前編読了直後は久美子好きが暴走して部をかき乱す存在にならないか危惧しましたが完全に杞憂でした。久石奏は私が思っているよりもずっと賢くて強かったです。自負しているように冷静に判断できる性格、梨々花とともに次代の北宇治吹部を素敵に率いてくれるのは間違いありません。

そしてその梨々花も1年でみぞれとはコンクールに出ることが叶わなかった過去があります。問題解決は本人に任せるほかないにしろ、横にいて励ますこと、それすら出来ない立場である自分がどれほど悔しかったことか。同じ経験を持つもの同士だからこそ通じるものもあったでしょうし、奏にとって梨々花がいたことはかなり救いになったんじゃないかなあと思います

梨々花と奏って本当にいいコンビで2人とも言葉の表も裏も楽しんでいます。京都人らしいユーモア持ちと言えるかもしれません。その意味でも裏を作ろうとしない真由と奏はまさに水と油。でも奏と真由ってベクトルは逆ながらとても似ている部分もあってそれが面白いところ。特に”可愛さを具現化したような容貌をしている真由”*12という表現、武田先生のtweetを見ていると大変興味深い。オーディション辞退も可愛いも別のアプローチを経て同じところに辿り着く、そりゃあ奏からするとぞわぞわしますよ。

で、改めて見直すと可愛さの凝縮と具現化が並んでいるのが前編の表紙。この久石奏最高にかわいい。アサダニッキ先生の描く可愛いキャラの中でもNo.1じゃないかと思うくらいです。これは本文中から着想を得たものだと思いますが奏の心情をとてもよく表していて、特徴を把握したうえでイラストに落とし込んでくれるのって1読者、ファンとしてめちゃくちゃ嬉しいこれなんかもう最強

一瞬、奏のスニーカーがザッと地面にこすれる音がした。久美子の体躯に身を隠し、奏は上半身だけを真由へとのぞかせる(最終楽章前編p.143)

イラストが素敵すぎて話が逸れました。北宇治の百パーセントを出すために真由が全力を尽くし、久美子先輩に念願の全国金賞を贈ることが出来た。この時点で奏の真由に対する思いは感謝の方が強くなったのではないかという気がします。奏が久美子のために久美子の隣でやりたかったこと、それを誰よりも上手にやってくれたのが真由だからこその無言の握手。真由のことを一番認めているのは奏なのかもしれません

『隣に私がいなくて大丈夫です?』(最終楽章後編p.355)


■次代の旗手として

関西代表は全国金の常連。北宇治も今回の結果で押しも押されもせぬ強豪校の仲間入り。とはいえまだまだ新興勢力で立華のような一本芯の通った気風や伝統はありません。晴香-優子-久美子時代でもそれぞれ部の雰囲気は異なり大きく揺れ動いています。頂に辿り着いた北宇治、がむしゃらに登るだけの時代は終わりました。強豪校として迎えるこれからの北宇治は奏たちにかかっています*13

ここ3年間はなんだかんだ高坂麗奈という主張の大きいスーパーエースが引っ張ってきた面がかなりあります。その麗奈がいなくなりいよいよ個人から集団へ、エースが引っ張らずとも自然と全体が向く方向性。北宇治高校吹奏楽部とはに答える共通認識。この土台造りには梨々花、奏ともに”Bを経験したことがある”というのが大きな強みになると思います。 

だけど、きっとそれでいいんだよね。みんなが違うことを考えてても、同じ方向を向いていれば(最終楽章後編p.315)

後編プロローグの北宇治スローガンは「音を楽しめ!」でした。そこへとたどり着く紆余曲折の第一歩が始まるのでしょう。と、いうことで最終楽章も踏まえての私のおすすめ次世代人事を。

  • 部長 :剣崎梨々花
  • 副部長:久石奏
  • DM :小日向夢
  • 会計 :山根つみき*14

はい、以前挙げたものと全く同じです。やはりこの部長副部長は鉄板。逆パターンもありですが、奏が2年でBだったのと奏自身参謀タイプかなと。そしてDMには美玲がピッタリと私も思っていますがあえて夢に。美玲ってホント優秀で理知的かつ周りが良く見えていて、さらに本来の意味でのDMをやるときはそのビジュアルが映えまくること間違いなし。ただ、周りに目が届き過ぎてDMにしても役割以上の仕事をしようとするんじゃないかなあと。役職に就けずフリーな1プレイヤーにしておいた方が本領を発揮できるのではと思いました*15

あえて夢を推す理由はもちろん麗奈の期待に応えて*16その系譜を受け継いでほしいからというのと、どこまで伸びる素材なのかが楽しみだから。最終楽章ではあまり出番がなくても、出てくると随所に成長を感じさせています。元々なかなかに図太い面も見せていた夢、加部ちゃん先輩の想いものせて大きく羽ばたいてほしい。


奏に話を戻してまとめます。久石奏はかわいい! 以上!!

 

短編集への期待

既に制作が発表されている短編集。北宇治吹奏楽部の〇〇〇の話に今回当てはまるのは何でしょうか。ナイショの話だとヒミツと被るしイツモ、コンゴインパクトが薄い。それなりにしっくりくるのは「ミライの話」だけどちょっと壮大すぎる? 短編集で武田先生が一番悩むのは実はタイトルかも。この短編集、気になることがあまりにも多すぎるので何冊でも続けていただきたいところですが、その中でも特に読みたい題材をピックアップしてみます。

北宇治カルテット卒業式
これはもう100%ですね。卒業式をやらずにユーフォを終わらせられるわけがない。ペットからユーフォへの手紙が再び発生することはもはや確定情報のように取りざたされています。1年をともにした黒江真由との関係は、久美子先輩卒業に当たっての久石奏の感情は、そして秀一は。本編の対となるもう一つの正式なエンディング、楽しみで仕方ない。

■黒江真由清良編
上でも書いたように黒江真由を理解するために絶対必要でしょう? 立華とはまた違う文化を持つであろう強豪校といった意味でも読みたい。なにかとんでもないものが飛び出てきそうでもあり怖いもの見たさなところも。どんな話になるのかこれに関しては全く想像がつかないのでむしろ一番気になるものかもしれません。

■次世代北宇治吹奏楽
これまた奏のところで書きましたがやっぱり見たい次世代の活躍。最高学年となり新入生から憧れの先輩として認識される立場となった梨々花世代。たかが2歳差なれど高校の1年と3年ってなんかもう全然違うんですよね。立華の瀬崎未来先輩のようにカッコよく輝く梨々花や奏をお願いします!

川島緑輝と月永求
最終楽章は完全に久美子視点だったこともあり、全てが語られないままの物語も結構あります。そのうちの1つがこの師弟関係。ていうか緑輝ちゃん、求から来られたらかなり脈ありなんじゃないですか!? 吹奏楽マニアの緑輝なら確実に来年のコンクールの応援に来るはず。そこには成長期で一気に背が伸びて他校の生徒にキャーキャー言われている求がいるかもしれません。それでも相変わらず求は緑輝一筋でしょう。自分にはもったいないとかごちゃごちゃ悩んでないでGoだGo。

■あすか先輩のユーフォニアム
3巻のエンディングからひたすら気になっているあすか先輩が奏者を続けているのかどうか問題。田中あすかと銀のユーフォの組み合わせってこのシリーズの読者にとっては象徴的なものの1つだと思うんです。いつかまたあすか先輩がユーフォを吹く話、何気ないものでもいいから読みたいなと。
あと、北宇治ユーフォパートのテーマ曲となった「響け!ユーフォニアム」。あすか先輩は直接出てこなくともこれが連綿と引き継がれていく話も欲しいです。まずは久美子、真由、奏、佳穂の4人で吹いている描写をなにとぞ。

■麗奈が久美子に電話してるだけ
最後はかなり適当ですがなんかありそうだなーみたいなシチュエーションを。アメリカに進学した麗奈がただ単に久美子に電話してるだけ。お互いの近況を報告して笑い合うだけのたわいない日常。短編集らしい平和で少し気の抜けたようなお話。距離が離れれば付き合いも薄くなっていくものですが麗奈と久美子ならどちらからともなく連絡し、話し出せばすっと高校時代に戻る関係を続けてくれる安心感があります。

 

おまけ

麗奈は今回損な役回りだったなー、でも久美子に甘えまくりだなーとか、求の「僕は北宇治の人間です」はシビれた! とか感想は他にも書ききれないほど色々ありますがなんと言っても南中カルテット。すみません、こんなに出番あるとは全く予想していませんでした。情報過多です。しかもあくまで久美子視点なので心情については完全に読者に委ねられた状態。くはー。

この描写はこういうことか? この台詞はこういうことか? 考えはぐるぐる巡りますが全く答えは与えられていない。この部分に関する感想は書き始めるとひたすら長くなりそうな上、とにかく固まらないので改めて別稿で。久美子へのものだけど希美へ言っても当てはまるんじゃないかなあというものを参考に引用しておきます。

やりたいことなんて見つからんくてもさ、何かを続けてたら意外とそれがやりたいことに変わっていくこともあるかもよ(佐々木梓、最終楽章前編p.270) 

人生なんてものは、設計図通りにはいかないものだ(松本美知恵、最終楽章前編p.341)

 

kasakin.hatenablog.com

 

*1:失敗は成功のもとの言葉も成功という結果が出てこそですよね。さらに秀大のあかりちゃんの場合だと1年では自分のミスで関西敗退、2年でリベンジ全国進出、しかし3年では再び関西ダメ金。どの時点までとするかでもハッピーエンドと言えるかは変わります

*2:主人公の背後に現れる人々描写みたいなあれです

*3:君と漕ぐ2でも恐らくこの変化関係がどっぷりと書かれるの間違いないのでめちゃくちゃ楽しみにしてます

*4:相談したら親身に相談に乗るという受け身姿勢が基本で、その新山先生が能動的に動きたくなるくらいみぞれの才能が異常だったんでしょうね

*5:はい、言ってみたかっただけです。むしろ夢を探している感じですね久美子

*6:刺した、ではなく

*7:一方で緑輝は真由に裏がないことをしっかり把握したうえで仲良くなってる感じ

*8:もしかして私服が残念な真由概念もありえる?とヒントを得るためにプール回読み直しましたがなんと真由の水着に対する久美子の観察描写が淡泊! わからん、これじゃなにも分からん!!

*9:宇治は洛中じゃないですって? しらーん!!

*10:そして合理的・論理的人間、現国と数学が得意なタイプかもです

*11:なんせあすかを倒したんだもんね(中世古香織、最終楽章後編p.309)

*12:最終楽章後編p.283

*13:前年度は金、今年も全国進出した龍聖学園の結果がどうだったのかも気になります

*14:原作未登場、完全にリズの影響からの希望です。短編集での逆輸入をぜひともお願いしたい!

*15:狙った通りの質問をしてくれて、それに対して奏が答えるといった感じになりそうなのも全体をまとめるのにやりやすそうです

*16:今年決めたことが来年、再来年まで影響するとしっかり先を考えていた麗奈はやっぱり賢いな、そして本気で滝先生LOVEだなと思います(最終楽章前編p.87)

剣崎梨々花のりりりんポイント

リズと青い鳥、早くも1周年経過ですね~。初見を傘木希美視点で見たことからドハマりしたわけですが、この映画でやられた!と思ったキャラクターは剣崎梨々花。最終楽章前編時点までの描写に基づいて一押ししたいという記事です。

晴香あすか世代および南中カルテット世代が去って始まる久美子3年生編。特に南中カルテットのキャラが濃かっただけに、いなくなった後どうなるんだろうと不安もありました。でも大丈夫。誓いのフィナーレで準主役とも言える活躍を見せた奏を含め、W鈴木に月永求と梨々花世代にも魅力的なキャラクターが勢揃いしてます。

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剣崎梨々花とは

まずは宝島社公式のプロフィールを。嫌いなもの「ないしょ」で早くも強キャラ感があふれ出ています。リズにおける梨々花の第一印象は大きい!でした。「まるでダブル ルー・リードだよー*1」の台詞で歩いてくる場面、兜谷・籠手山ペアとの身長差はかなりのインパクト。

そう、梨々花の身長は163cmと久美子162cmより既に高い。あすか香織晴香の165オーバー組が卒業し、小ぶりな南中カルテットが最上級生となった中ではかなりのサイズ感。可愛らしいふわふわな外見、喋り方と身長のギャップは梨々花の魅力

大きいけど可愛い、大きいけどふわふわ、まるで大型犬のような安心感サファイア川島による動物判定を是非とも聞いてみたいところ*2

 

剣崎梨々花の演奏力

残念ながら1年ではAから落ちてしまったとはいえ、鎧塚みぞれをもってしてなかなかに優秀と認められています(第二楽章前編p.385)。最終楽章前編では1年奏者に対する梨々花評を久美子が信頼している描写があります(p.137)。これも梨々花自身の演奏に対する評価があってこそでしょう*3

1年ではBだった梨々花が2年でダブルリードのパートリーダーに選ばれたというのも確かな演奏技術があることの裏付けと思われます。なにせファゴットの2人*4は1年からA入りしているんですから。アンコンでの編成一番乗りも周りに認められているからこそ出来たことですよね*5

1年で梨々花がAに入れなかったのはもう1人のオーボエがみぞれだったことも大きいかもしれません。みぞれ1人でも必要なオーボエの音は確保できるから他のパートの厚みを増したい、みぞれが飛び抜けすぎていて2人だと違和感が出る等々。

 

剣崎梨々花の向上心

ここから本題です。剣崎梨々花推しポイントの1つはその向上心。プロフィールの趣味にも「興味があるものは片っ端からやる」とあるように行動力抜群。先に述べたとおりアンコン編では一番乗りで木管五重奏を編成しています*6

一例が鎧塚先輩と仲良くなりたい、ならばどうすればいいかからの行動。行動し、実行するために必要なのはなによりもまずは自分の気持ち。こうなりたいと思うことに対する瞬発力。リズでのみぞれと仲良くなる過程はまさに梨々花の心の強さの表れかなと。

また、ホントの話「上質な休日の過ごし方」で示される梨々花のポジティブマインド。自分で自分の気分を盛り上げる方法も知っています。やるからには楽しく、そして楽しくやるからこそ継続する。向上心と自尊心を意識的かつ健全にリンクさせていることにも、こやつ…出来る!感を与えられます。

久石奏をして梨々花と遊ぶときは普段よりお洒落に気を遣うというのは、梨々花が常に上を目指していることと無関係ではないでしょう。美玲の久美子への警戒心も、梨々花が久美子に感謝していたという言葉で氷解します(第二楽章前編p.192-193)。あの時期の美玲にそれほど認められていたというのは本当に凄いこと。

どうせ作るなら、自分のテンションが上がるようのものがいいやん。呼び方ひとつで幸せになれるなら、おしゃれな呼び方にしたほうが人生お得でしょ?(短編2巻p.73-74)

あと、梨々花は大切なことを簡単に言葉にできるんですよね*7。普段から奏と冗談ともつかない歯の浮くようなやりとりをしているのが実は役に立っているのかもしれません。最終楽章前編のこの台詞見たらもう全力応援しかないでしょう?

「アンコンといえば梨々花ちゃん、パートリーダーとして頑張ってましたよ。アンコンのチーム申請だって、一番乗りだったし」
「……ならよかった」みぞれの口元がそっと綻ぶ(短編2巻p.189)

「みぞれ先輩に託されましたからねー。頑張らないとって思ってるんです」(最終楽章前編p.218) 

 

剣崎梨々花の判断力

剣崎梨々花の最推しポイント。梨々花は状況、場面に応じた行動をキチンと選択できます。自分を出していい場面と引くべき場面をしっかりと把握しています。奏のツンデレeyeを通すとこんな表現に。

彼女は自分が魅力のある人間だと自覚しているし、どうすれば上手く相手の懐に潜り込めるかを冷静に計算している。一見無茶苦茶な、しかしその実したたかな行動は、あふれんばかりの愛嬌でコーティングされているため無邪気さゆえのものだと思われがちだ(短編2巻p.72)

純粋、正直である、無邪気であることは確かに1つの長所です。しかし、実生活でそれを前面に押し出すことが美徳となるかは別の話。むしろ相手のことを考えていない欠点ともなり得ます*8。梨々花はそれを理解したうえで、無邪気さを前に出していい場面では徹底的に全力。

「こっちは真剣なんですよー。めちゃくちゃに深刻な問題なんです。私らにとって、鎧塚先輩は唯一の先輩なんです。オーボエ上手い! 練習熱心! 欠点は何ひとつないんですよ。でも、私らに優しくしてくれなーい!」(第二楽章前編p.148)

「みぞ先輩、きれいですね! これ! 白いやつしか売ってなくないですか? いーなーっ」「へぇー。やっぱ仲良しですねぇー。いーなぁー」
「オーディション落ちちゃいました。先輩と一緒にコンクール出たかったですー !」(リズと青い鳥

梨々花の発揮する無邪気さは相手を傷つけるものではなく、人の心を温かくする。だからこそ懐へ入り込むことが出来るんだと思います。そしてこの計算は脳内でロジックを積み上げたものではなく、本能的に分かっている”んじゃないかなと*9。「計画通り!」と暗黒の笑みを浮かべる梨々花も面白いけど、やっぱりそれは違う気もしますので。

この愛嬌マシーンの一方で、久美子にもらったアドバイスに対して謝意を述べる場面ではすっと真剣な面持ちに切り替わります(第二楽章前編p.299-302)。真面目にすべき場面ではしっかりと真面目になれる。特に感謝を伝えるとき、どれだけ本気で言えるかは物凄く重要。人間として信用できます。

さらには返す刀で黄前相談所に取り次いでもらったお礼とばかりに奏と夏紀を取り持つための探りを。これは奏がまだ受け入れられる状態ではなく失敗に終わるものの、本当によく人を見ています。また、感触的に時期じゃないとみるや深入りせずに撤退。拗らせて逆効果となる手前で踏みとどまります。なんでも真正面からぶつければいいわけでないと知っており、引きどころも心得ているのは今後の北宇治にとって心強い

正論でぐいぐいは決して間違いではないけれども、正解でもない。こういう人間の機微を最終楽章の麗奈で表現したのは面白いなと思いました。

高坂先輩って怒るとき怖いじゃないですか。私、自分が叱られるのは全然平気なんですけど、人が叱られてるのを見るのが苦手で。特に、佳穂が怒られてると、なんか息が苦しくなるんですーーーあの人は、正しさの塊みたい(最終楽章前編p.212)

この機微を考えた計算、あすかはその超高性能コンピュータで瞬時に、部長の久美子は考えた上で*10導き出しています。

集団をまとめるうえでの必須能力。梨々花を1年生指導係に任命した久美子たちは良く見ているなと思いつつ、必然であるとも思います

キングダム*11風に言うと知略型の頂点があすかなら、その対極の本能型が梨々花なんじゃないかなと。久美子は元々は本能型だったのが今は知略よりにシフトしてきている感じ。色々考えすぎている久美子が最終楽章後編でどう吹っ切れるか。ここ凄い楽しみにしています

知能本能がおおざっぱすぎるとすると、あすかは頭で組み立てて身体で演じられるタイプ*12。脳の回転が超速なので思考タイムラグがほぼない。奏も頭で組み立てるけれども身体がついてきていないタイプ*13。梨々花は身体で反応して理由を言語化できるタイプ*14。かなり独断と偏見混じりですがこんな感じでしょうか。

 

可愛い梨々花は爪を隠す

はっきり言って梨々花は目立ちます。スクールカースト上位の学年中心存在で先輩からの覚えも良い。このようなキャラクターは憧れられると同時に、僻みの対象にもなりかねない存在です。しかし梨々花の場合はまさに奏の言の通り”あふれんばかりの愛嬌”でコーティングしているため、悪意を向けられにくいんじゃないかなと思います。

特に奏とのやり取りが象徴的で、梨々花は大抵の場面で奏に大げさなちょっかいを出してあしらわれる側。愛嬌のあるピエロはどうしても憎めません。実力制で格段に厳しくなった北宇治吹部において一番扱いが難しい初心者1年を”可愛いは正義”で虜にした*15のは、可愛さ+親しみやすさ=愛嬌の方程式を成立させているからでしょう。改めてプロフィールを振り返ると特技は「友達作り」、完全に納得です

で、このピエロ的ともいえる敵を作らない愛嬌が意図的な計算か?と言われるとそうではなく、単に好きでやっているだけのような気が。ここらも本能タイプのなせるわざかもしれません。

 

リリカチャンステキスギ!

個人の凄さを可愛さ、愛嬌で覆い隠している存在として真っ先に挙げられるのは川島緑輝梨々花にもこの系譜に連なる強キャラの匂いが大いに漂います。小さい緑輝と大きな梨々花。可愛いが大好きな2人の可愛い談義をぜひ眺めてみたいもの。この2人、絶対に話が合いますよね。また、緑輝が可愛いと言ってやまない葉月は同じ1年指導係ですし、3人行動もありえそうです*16

ということで剣崎梨々花について推したいと思うりりりんポイントを挙げてみました。ふわふわな雰囲気を持ちながら大きい。ぽやっとしているように見えて意外と聡明*17。そして要所ではしっかりと真剣になれる。梨々花の魅力と言えばやはりそのギャップ

自他ともに認める*18次代を担う実力者。残るは後編のみとなった本編でも更なる活躍を期待します。

ちなみにこの小見出しはホントの話「上質な休日の過ごし方」における奏との掛け合いからの一節(短編2巻p.74)。なんとなく端的に梨々花の愛嬌を表しているんじゃないかなと。肩ひじ張らない強さ、周囲を明るくする幸福感があります。

リリカチャンステキスギ!

 

おまけ 

誓いのフィナーレと最終楽章前編の感想を少しだけ。特に最終楽章へ向けて思うことは前の記事に書いたので本当にさっとです。

 

久石奏

不器用なキャラクターは大好物です。誓いのフィナーレ、奏が動いてましたよ! それだけで大満足ですね。久美子と奏の物語としての側面が大きくなり、なつかな要素が減ってしまったのがやや残念ではありますが奏の魅力は十二分に伝わったかと。

そして最終楽章前編。君さー、久美子先輩のこと好きすぎちゃう? ほんとこれどうなるんでしょう。第二楽章から久石奏というキャラクターを綿密に積み上げてきたんだなという感じが凄いです。

かつての自分のトラウマと行動、そして今は大好きな久美子先輩。武田先生も奏を動かすことをとても楽しんでいるんじゃないでしょうか。あすか先輩ノート(および響け!ユーフォニアム)が久美子から引き継がれるのかも含めて目が離せません。

 

鈴木美玲

誓いのフィナーレで一番ぐっときたところは、みっちゃんの「来年は、一緒に吹きましょう!」でした。あれはずるいよ、絶対泣くやつやん・・・。各所で挟んだ葉月の練習カットを見せた上でのこの演出。チューバトリオがますます好きになりました。

葛藤から解放されている最終楽章ではその優秀さが前面に押し出されています。そしてさり気にさつきの演奏を認めているところ、仲良しさんですねー。壁を取り払えて本当に良かった。

さつきがAから落ちたときの行動はかつての自分の反省*19もこめてか冷静。滝先生の方針に公然と疑問を呈することは部のあり方を覆しなにより当人たちの迷惑になるという判断から、久美子にだけ質問を投げかけます。こういう冷静さや指導面の的確さからDMに就任するとピッタリかもしれません*20

 

鈴木さつき

さっちゃんについては最終楽章前編の感想を。子供っぽさを感じさせてきた今までの描写から一転して、中学からの経験者らしいところや強さが描かれています。特にオーディション結果の場面、本来なら大ショックですよ。中学から4年以上やっている経験者が開始数か月の初心者に落とされる。しかも技術は自分の方が上なのに*21

落ち込んでいい場面なのに落ち込まず、頑張ると前向きなのは少し怖さすら感じます。オーディションを大会ごとにやることになって影響があるのは恐らくこのさつきすずめ争いとユーフォソロ。さつきにはまだ3年が残っているとはいえ、誓いのフィナーレを見るとやっぱり葉月とW鈴木が全国で吹けるといいなと思ってしまいます

自分より優れた相手に対して嫉妬心を抱かない性格は、彼女の長所だろうか、それとも短所だろうか(短編2巻p.194)

 

黒江真由

前編を読んだ100人中100人が黒江真由、一体何者なんだと悶々としていることでしょう。当然ながら私もそのうちの1人です。素直に見ればただの音楽好き*22で優しい人間。久美子が思いつめているのは自縄自縛の考えすぎ。トランペットとのソリも含めてこの関係がどう動くのか。これはもう座して待つしかない。

あなたは黒真由ですか? それとも白真由ですか? 

 

 

 

*1:ルー・リードさんに詳しくないため未だに意味はよく理解できていない・・・

*2:なお、奏は梨々花をキツネみたいに思っているかも? 短編2巻p.71

*3:そしてその梨々花評を聞いた義井沙里が喜んでいるのも梨々花を認めているからこそ

*4:原作では1人

*5:こういうのって上手い人から取られていく恐ろしさがあります

*6:声をかけた1年フルートが誰なのかかなり気になります。つみきだったら嬉しい

*7:後述の判断力でのところの引用もこれに当たります

*8:思ったことをなんでも言う、自分のやりたいことだけをやるなど

*9:脳内計算にしては瞬発力がありすぎるという気もするので、身体で分かってるというか

*10:かけるべき言葉、取るべき態度。それを考えたとき、手本として脳裏をよぎるのはやはりあすかの振る舞いだった(最終楽章前編p.218

*11:映画評判いいみたいですね! 特にヒョウ公将軍と壁が好きです

*12:行動は自らの意識下にあるため非情にも悪人になることも拒否反応が出ない

*13:行動を意識で完全に制御できていないため久美子に甘いと言われるし、悪人になりきれない

*14:行動自体が反射的でも何故その行動を起こしたのかは頭で理解できている

*15:最終楽章前編p.308

*16:3人でお出かけすれば葉月が着せ替え人形にされそう

*17:なんたって数学も学年1位(短編2巻p.30)

*18:「久美子先輩って才能がある子が好きですもんね」(最終楽章前編p.218)という言葉を、目をかけられている自らが言うのは強い

*19:サンフェス練習(誓いでは本番前)からの離脱「集団の輪を乱す人間はダメだって、よくわかってたはずなんですけど」(第二楽章前編p.196)

*20:個人的にはDMは夢メンタルが急成長して麗奈のあとを継いでほしかったりもします

*21:そしてその初心者はやったでーと元気に姉へ突撃

*22:むしろ音楽狂気味?

決意の最終楽章~事前予想アーカイブ~

3月ですよ!来月は誓いのフィナーレに決意の最終楽章前編が公開ですよ!!

「チューニングOK、センパイ?」

いえ全く。心の準備が全然できていなくてあわあわしています。ついにユーフォ本編が完結に向かう。向かってしまう。新たな物語を目にするのが楽しみでもあり怖くもある。最後まで見届けられるのが嬉しくもあり寂しくもある*1

しかし冷静に考えてみればあと1か月あるとも。まだ慌てるような時間じゃない。ということで、現実を受け入れて心を落ち着かせるための整理を。

響け!ユーフォニアム」のサブタイトルは「北宇治高校吹奏楽部〇〇〇〇」といったように、その巻の内容が端的に表されています。本編だと”ようこそ”→”いちばん熱い夏”→”最大の危機”→”波乱の第二楽章*2”。そして今回が「決意の最終楽章」。

すなわちテーマは”決意”と”最終”。まず決意はなににかかっているのか。そもそも誰の決意なのか、対象はなんなのか。卒業を迎える3年シーズン。主人公の久美子や麗奈は当然として秀一たちを含む全員が、例え劇中で描かれなかったとしてもそれぞれの決意を抱くでしょう。久美子に絞っても全国金への意気込み、麗奈や秀一との関係、自身の進路、後輩へのバトンタッチ等々多数。こう考えると決意がサブタイトルに入るのはとても自然だと感じます。

そして”最終”。ユーフォ本編の完結、高校生活の終わりだけではなく様々な事柄に対する終焉を表しているとすれば少し恐ろしいですね。

 

 

事前予想アーカイブ

新作が発刊されると読む前に何を考えていたかを全て忘れてしまうポンコツ脳。さらに武田先生の刊行ペースが物凄いこともあってインプットの処理が追い付かないという嬉しすぎる事態。

それでもポンコツポンコツなりに考えていたりするので、どういう伏線が張られていたか、展開があると思っていたのかを記録しようと備忘録を。ぶっちゃけ大外れでいいんです。思考回路を振り返れるようにしておくことが重要なんだ精神です。なお、例によってWebで見かけた展開予想とかも参考にさせていただいております。

と、のんびりしていたらあらすじが公開されました。そう来たか!という展開でワクワクが止まりません。そしてやはり予想がスコーンと外れていたりします。それでもせっかく書いたんだから、あらすじを読む前に考えていたものを載せておきます。

 

全日本吹奏楽コンクール

ユーフォシリーズ当初から目標として掲げられた話の幹となる部分。もちろん最大の焦点は全国金なるか否か

全国金。それは部員全員の悲願のみならず、久美子が部長としての役目を完遂する瞬間であり、麗奈が特別になるために必要なことであり、滝先生が亡き妻へ贈る愛の形でもあります*3まさに物語の結末に相応しいハッピーエンド。こんなにも約束された状態で金獲れないことある? ないですね! 確定の赤ランプです。はい次!!

というのはともかくとして、大団円に終わるとしてもそこへたどり着く道のりは一筋縄とはいかないでしょう。かつての南中の場合だと関西金で意図しない緩みがあり(2巻p.12)、関西銀に終わって絞り出した本気が府大会銀という絶望を味わったわけです。そして全国進出→関西ダメ金の北宇治は当時の南中と何気に状況が似ています*4

すなわち、努力したから願った通りのものが得られるといった単純なものではない。これは武田先生も前々から言っていることなのでどのような結末に終わるとしても見届ける覚悟だけは持っておきます。

 

部長としての久美子

原作1巻やTV版1期の初期ではガチとエンジョイに分かれていたものの滝先生が上手いこと空気を作り、その後は希美みぞれ・あすか・W鈴木・夏紀奏・夢ちゃんといったように、個人間もしくは個人の問題に焦点が当たっていました。そしてそこに久美子が介在しているという状態です。

しかし久美子は今や部長です。個人やパート内のミクロな問題は各パートリーダーや奏たちに任せ、全体の方向性やパート間の問題といったもっとマクロなものに対応する立場です*5。ではその部長が対応すべきマクロな問題とはなにか。パッと思いつくものは以下などが挙げられます。

  • 部の運営方針・方向性の対立
  • 役職としての対立(部長・副部長・DM)
  • 各パート間の対立(木管vs金管等)

滝先生が来て変わった北宇治吹奏楽部。久美子はそれを引き継いでまともな部活運営を行っているでしょう。この吹部の方向性と対立するには確たる理由と大きな発言力が必要となります。黄前相談室で2年最大勢力の梨々花・奏を手懐けていること、その下の新1年が奏たちを差し置いて久美子と対立するのは明らかに役者不足なことから、マクロな問題で相対するのは力のある同級生であると思われます*6

ここで気になるのは低音パートや麗奈以外の”同級生から見た久美子の評価”。演奏、人格ともにそれなりに認められているのは間違いない。ただ、それが揺るぎないものなのか。あすかや麗奈といった特別な者の隣ではなく、久美子単体としての存在が問われるのではないかと。この年代にとってユーフォと言えばあすか先輩、その絶対的強者と否応なく比較されてしまう。偉大な先輩たちの幻影との戦いになるかもしれません。

 

久美子と秀一

部の一体感として部長と副部長の連携はとても重要。前年のなかよし川体制はまさに絶妙な噛み合わせで運営されていました。そして秀一。秀一は何気に常識人で周りが見えてる上にめっちゃいい奴。もし部長と方針が異なっても単純に対立とはならず、上手に手綱を引いたりキッチリ話し合って落としどころを見つけてしまいそうです。

原作の描写でも高校男子的なお馬鹿なところを持っていながらものの見方は非常に冷静。希美とみぞれの問題に対して進路は一人ひとり別物で個人の自由と言ったり(第二楽章後編p.94)、アンコンの投票システムでも説明の上でなら部員は納得するはずだしそういう経験は大事と本質を見ています(短編2巻p.187)。すなわち、部員たちを大人として扱い、信頼しています。周りに流されやすく、悪意をぶつけられることにトラウマのある久美子をしっかりと支えてくれるのではないでしょうか。そして久美子は引退時にいかに助けられていたかを認識するがよいのです

問題が発生するとしたら秀一が優しすぎることに対して久美子が爆発することくらいかなあと。やはり久美子と秀一は部活引退後の再告白に向けた関係性の構築がメインになる気がします。次は久美子から思いを告げてもいいんですよ!?

そして2人がハッピーエンドを迎えるとしてもその進路が気になりますね。そもそも秀一はなぜ北中出身者の少ない北宇治に来たのでしょうか。「お前、北宇治やってんな」(1巻p.26)とか誤魔化してるけど久美子が北宇治行くの絶対知ってたでしょ、キミ。

とはいえ恋人関係になっていれば大学以降は別々の道を選んでも問題なさそうです。久美子と麗奈の仲を尊重しているように拘束するタイプではないこと、前述のような冷静さや大人の視野を持っていること、目的のために恋人を解消しても怒らず待つ忍耐力を備えていることから、超遠距離でもなければ大丈夫という安心感があります。

余談ですがホントの話の梨子が東京へ旅立つ後藤を見送る短編。どの角度から見てもこの恋は永遠なのについているタイトルが「木綿のハンカチ」。やっぱりあの名曲木綿のハンカチーフを意識してますよね。でもこの歌だと恋人は待っているだけなのに対して梨子は「待てなくなったら会いに行く」と言っているので違う結末になることを示唆しているのでしょうか。そうであって欲しいです。

 

久美子と麗奈

もう1人の主人公であり久美子に次ぐ最重要人物の麗奈。クライマックスの定番としては最強の仲間が最大の敵となるなので久美子・麗奈間に対立が生じる可能性が大いにあり得ます。でもじゃあそれがなにかと言われるとさっぱり分からない。私が思い付けるものは結果主義派と結果だけが全てじゃない派の対立くらいです。この分類なら麗奈は結果主義側になるのでしょうが、その先鋭度合いは前年の関西ダメ金がどの程度影響を与えているのかによるでしょう。

1年のころの麗奈は他人の置かれた環境や全体を見る視野が狭く「出来るまでやればいい、努力が足りないのが悪い」という立場でした*7。一方、2年では実力順で夢をファーストにしても崩壊することや全体を考えての1st,2nd,3rdの役割に言及するような、より高位の視点を身に着けています*8

わかってるんです、それは。実力順で無理やり小日向さんをファーストにつけたって、きっと上手くいかない。組織のトップとして、優子先輩は正しい判断を下してる。でも、それでもアタシは歯がゆく感じてしまって…。(第二楽章後編p.179)

しかし全体を考えたバランス調整はいつしか妥協となり油断を生んだというのが前部長優子の総括であり、麗奈がもどかしく感じていたことでもあります。すなわち3年で幹部職を背負う麗奈は、前年の反省・反動からまさに鬼のDMとなる可能性が高いです。

ただ、これが久美子との対立要因たりえるかというと疑問符が。全国金への想いを共有する部長と敵対するまでになるなら、ある意味かなりの暴走モード。広い視野を得ている、優子部長に対する敬意もある状態でそこまで先鋭化するのだろうかと。むしろ鬼のDMとそれをフォローする部長副部長といった役割分担、協力体制の方が自然かもしれません。妥協のない演奏、本気のぶつかり合いもテーマの1つであることは間違いないので、どのように描かれるかを楽しみにしたいです。

麗奈に関して少し振り返ってみると、麗奈は神の視点から見れば常に”正しい側”にいます。麗奈の発した言葉は実際に本質をついているといった感じです。

  • ソロ騒動:上手いからソロなんですよ
  • 第二楽章:みぞれがブレーキをかけている、希美の嫉妬
  • サード夢:今の北宇治は妥協の積み重なり

より正しいもの強いもの、もしくは逆に理不尽なものにやりこめられるといった描写はなく、だからこそ特別な存在を維持し続けています。あすか先輩のように特別でありながら特別でないところが明らかになっていくのか、一直線に特別の高みを目指す姿が描かれるのか。高坂麗奈というキャラクターをどこに置くかで全てが変わるのでどの路線で行くかは大変興味深いところ。

そしてその進路。滝先生の出身音大に行くのか海外留学するのか。麗奈の進路は間違いなく久美子の進む道の決断に関わってきます。そもそもLikeではなくLoveな滝先生との関係は最終的にどうなるのか。麗奈は想いを告げるのか、自分の中で区切りをつけて諦めるのか。

麗奈関係だけでも結末までにめちゃくちゃ頁数必要そうですがこれ本当に前後編だけでおさまるんですか?3編に分けてくれてもいいんですよ……

 

久美子以上の新入生

麗奈との関係も含めて結構な勢いで伏線が張られた自分より上手い後輩の出現(短編2巻p.228)。経験者というステータスから一般より上手いレベルに属している自尊心と*9、1番でなければ麗奈に選ばれないかもしれないという恐怖*10。この不穏な描写の連続も鑑みれば、久美子に立ちはだかる壁として不足なしです。

しかし、そんな1年が登場してしまったら2巻をかけて積み上げてきた久石奏という存在があまりにもピエロになる*11。私が奏ならはっきり言ってそんな状況耐えられません、プライドが崩壊して完全に死にます。なのでこの可能性は流石にないでしょう。というかやめてくださいお願いします

奏も大好きなキャラなのでこの展開はあまり考えたくありません。なので少し別のことを。久美子は美玲の中に自分を見たように、経歴によるアドバンテージが崩れることを恐れています。姉のトロンボーンに憧れて楽器を始め、北宇治入学時にもトロンボーンが好きという思いをもっていたにもかかわらず、積極的に動くことをしませんでした(1巻p.44)*12

ギクリと心臓が跳ねたのは、自分のなかに思い当たる節があったからだ。経験者としてのステータス。それを、これまで久美子は一度だって手放したことがない。(第二楽章前編p.195)

かたや中学ではホルンだった秀一。ホルンはホルンで好きと言いつつも、北宇治では元々やりたかったトロンボーンへ躊躇せず変更します(1巻p.72)。憧れていた楽器に本気で取り組み、それゆえに当初の練習せず口ばかりだった3年生に対して腹を立て、最終的にはA入りを決める。

超カッコよくないですか!?こんな優良物件早々転がってないですよ久美子さん。

 

久美子の進路

最大の焦点は音大を目指すのかどうか。特別な麗奈の隣に事もなげに梓が並ぶのを見て、自分も特別を目指す権利がある、対等になる願望を持っていいんだと気付いた久美子吹奏楽部日誌p.147,168)。この意識変化により演奏技術の向上速度は一層上がったと思われます。麗奈とソロを吹きたい、麗奈に選ばれる自分でありたい。新山先生*13から音大パンフを受け取ったのも確実に音大への意識が芽生えているからと思われます。

別稿で書いたように、音大は麗奈により初期から示され、立華編、第二楽章でも示されたゴールです。しかし、音大はあくまで1つのゴールであって音大=正解ではありません。音大か一般大学かは人生で結構大きめの岐路となります。突き抜けた才能でもない限り、”音大に行ってなにがしたいのか”がなければ軽々に志望するものではないでしょう。すなわち、音大を目指すなら麗奈の隣にいたいの他にもう1つ確固とした理由が出てくる気がします。

世間で噂されている久美子のエンディング。北宇治吹奏楽部の顧問として戻ってくるというのがあります。ここで得たモノを次の世代へ還元したい、とても素敵ですよね。滝先生の背中を見てきているわけですし有力候補じゃないか?と私も思います。

 

金管vs木管

言われてみるとそうだなと思ったのが、幹部職が金管だらけということ。ここ3年にわたって晴香部長のサックス以外は金管の独占状態です。

  • 晴香部長(サックス)、あすか副部長(ユーフォ)
  • 優子部長(ペット)、夏紀副部長(ユーフォ)
  • 久美子部長(ユーフォ)、秀一副部長(ボーン)、麗奈DM(ペット)

部長としてマクロな問題を裁く立場とすれば金管木管の対立がテーマとなるのは大いにあり得そう。ソースは忘れてしまいましたが武田先生のインタビューで、金管中心だったから次は木管ののぞみぞをメインにしたと答えていた記憶があります。ならば最後は全部載せだ!金管木管バトルだ!と考えるのは少し単純すぎるでしょうか?

 

クラリネット、パーカッションの躍進

ホントの話「アンサンブルコンサート」で一気に存在感を増したのが木管クラリネット部隊。あすかやみぞれが卒業した現北宇治吹奏楽部。ソロでは麗奈が揺るぎない頂点なのは間違いない。しかし1人が突き抜けることとパートとしての総合力はまた別の話です。今まで表に出てこなかった実力派集団。アンコンでは校内オーディション、府大会を勝ち抜いて関西大会へ駒を進めています。

実力性の北宇治において演奏技術=発言力(第二楽章前編p.252)。部員投票で幹部連合を下し最多票を得たクラパートの発言力が強くなるのは間違いありません*14滝先生の選曲次第では部内に嵐が吹き荒れることでしょう。未だにベールに包まれた彼女らのキャラクター、誓いのフィナーレ注目ポイントの1つです*15

そしてTV版では田邊名来(ナックル先輩)、大野美代子といった魅力的な先輩方がいたパーカッション。久美子世代にはシンバルちゃんこと井上順菜が在籍しています。原作でパーカスに焦点が当たったのもアンコン編でした。

さて、金管木管が対立するのであればパーカスは? はい、仲裁役です。金管vs木管を打楽器が止めるという分かりやすい構図が期待できます。さらに、パーカッションには正真正銘のプロ奏者がいることも気になるポイント。木管リズと青い鳥で新山先生の指導を見せたということは次ははしもっちゃんの出番。橋本先生はコンクール至上主義ではなく、プロらしい感覚の持ち主。

コンクールの評価の仕方って、やっぱり演奏会とは違うやん?きちっと評価ポイントを押さえていくのはもちろん大事なことやし、滝クンはちゃんと細かいところまで気にしてくれる。でもボクはね、そんな結果とか評価ばっかりにこだわってほしくない。結果がどうなろうと、自分たちがやりたいって音楽を貫いてほしい。

ステージに上がった君たちは、もう立派な演奏者であり表現者。まずは自分が音楽を楽しんで、それからお客さんにも楽しんでもらう。そのことを、肝に銘じておいて(第二楽章後編p.256)

その薫陶を一番に受けている順菜たちがどう動くか。金管vs木管ではなかった場合だと、前年の反動から結果主義に走りがちな吹部を引き止める役割を担うことも考えられます

 

月永求と源ちゃん先生

月永求と月永源一郎。奇跡を起こした北宇治と、それを上回るミラクルを起こした龍聖。求が龍聖に行かず北宇治に入学したのは明らかに祖父*16を避けてのこと。これだけ思わせぶりな”振り”を描写しているので、求の葛藤が明らかにされることは確定です。

その鍵となるのが求の姉でしょう。緑輝を異常なまでに崇拝する求、その理由の1つに緑輝と姉が似ていることがあるのは間違いありません(第二楽章前編p.266)。入部直後の求は「コントラバスなんて誰が弾いても同じ」という無気力さでした。しかしこれは「(姉以外の)コントラバスなんて誰が弾いても同じ」だったとも推測できます。

この説を採用した場合、今の姉は奏者を引退していてその原因が源一郎にある(と求が考えている)ことが有力に。そして源ちゃん先生はモーレツ型かつ生徒を優先するあまり家庭を顧みない、先生としては素晴らしいが身内としては誉められたものではない人物となります。それゆえに様々な誤解やすれ違いが生じてしまった。

こうなるとキーマンとして一躍候補に躍り出るのが滝先生。滝透という熱血顧問を父親に持った昇少年。学生時代は構ってくれない父に反抗するあまり、「吹奏楽部になんて絶対に入るもんか」とわざわざ学外の楽団に所属しています(3巻p.194-195)。そんな滝先生でも、時間が経過すれば「当時は子供だった、一緒に演奏すればよかった」「父と同じ高校に配属されてうれしい」と感じるまでに変わっています(短編1巻p.236-237、1巻p.274)。この経験が求のわだかまりを解く突破口になるかもしれません。

外れるときは全くかすりもせず豪快に外れそうな予想をしてみました。他には、駅ビルコンサートで龍聖と対バンを張ったりするんじゃないかとか考えたりしています。源ちゃん先生が求や滝先生のためのキャラなのか、久美子の進路に影響を与えるために出てきたキャラなのか*17、興味は尽きません。

 

緑輝と葉月

あまりにも可愛らしい容姿と性格で覆い隠されて本編中ではあまり触れられませんが、緑輝のスペックはとんでもないですよね。コンバスに関しては高校全一宣言してるも同然なくらいに絶対的な自信を持っています。さらに人間関係の機微にも長けており、知識も豊富。見方によっては麗奈よりも”特別”を体現している存在です。

要は、ほかの学校より自分たちが上手ければいいんですよね! 緑、自分の演奏がほかの学校のコントラバスに負けたって思ったこと一度もないです。少なくとも、北宇治はコントラバスの演奏で負けることはないです。安心してください!(2巻p.30)

この演奏技術を引っ提げて中学時代は3年連続全国金。麗奈ですら持っていない、北宇治の部員が心から欲している栄光を既に手にしているのが緑輝。それでいて(それゆえに)実力主義に凝り固まっていないという、もっとも無敵なキャラクターと言っても過言ではありません

しかしあまりにも大駒すぎて物語の核心に絡ませるのがとても難しい。凶悪すぎるスタンドで荒木先生の手にも余ったと言われているJOJOフーゴのように。また、巨大な設定持ちである緑輝を本格参戦させると前後編でおさまる気がしない。残念だけど主題から一筋逸れたポジションを崩すことはないんじゃないかなあと思います。

そんな緑輝の対となるキャラクターが初心者の葉月*18実力制の北宇治において初心者というのは大きなディスアドバンテージ。劇中でも不遇要素が目立ちます*19。それでも生来の明るさで前向きに取り組み、ついに美玲や麗奈に認められる瞬間が(短編2巻p.265,283)。

なんだかんだ葉月は北宇治カルテットの一員。全国金メンバーとなることを考えれば最終的に大勝利が約束されているとはいえ、実際に報われる場面を見ると胸が熱くなりました。そんな葉月がA入りを果たすオーディション結果発表*20本人以上に周りが喜んでいる場面を早く見たくて仕方がありません

 

田中あすかと魔法のチケット

田中あすかというのはとても難解な人物です。ここで考えても答えは出ないのでそれよりも第二楽章終盤で久美子に渡した魔法のチケットについて。要はこれあれですよね、お宅訪問ってことですよね? お宅訪問ってことはあの人が部屋から出てくるってことですよね? 久美子は生きて帰れるんですか!?

冗談はともかくとして、あすか先輩で一番気になるのは演奏を続けているのかということ。続けてきたことが報われ、ユーフォニアムが好きという思いを再認識した一方で、奏者からは引退しそうな描写があります。

ユーフォ、やめちゃうんですか。浮かんできた言葉を、久美子は無理やり呑み込む。もし仮にそれが彼女の決断だったとしても、久美子に止める資格はないからだ(3巻p.378-379)

チケットが活用されるのは久美子がどうしようもなく追い込まれたとき。立ち上がる切欠があすか先輩のユーフォニアムとなるならば…

響け! ユーフォニアム!!

あすか先輩と久美子が2人並んで演奏する姿をまた見れるといいなあ*21

 

南中カルテットの出番

第二楽章だとあすか先輩の出番ですらほぼなかったので多くを望むのは期待薄。あるとしたら大会直前に激励に訪れるくらいでしょうか。もしくは全国大会後のお祝いの場かもしれません。

でもこれ皆さんも言っているように、出番があるということはその関係性も明らかにされるということ。晴香と葵のように、葵ちゃんは大丈夫だとホッとさせるだけなら良いのですが、あすかと香織のように超弩級の爆弾を投下していく可能性もあります*22

卒業後の南中カルテット、どんな関係になっているのでしょう。願わくば一生仲良くわちゃわちゃしていてください

 

新1年生の活躍

現3年生は酸いも甘いも経験しているツワモノで今更新入生に振り回されるほど柔じゃない。梨々花や奏といった頼もしい2年生もいる。この中で新1年が物語をかき回すのはかなり難易度が高そうです。つまり今回の新キャラは物語にがっつり絡んでくるというよりも、一風変わった性格で低音パートを盛り上げる役目で。

完全妄想で低音に入ってくる新入生とAに選ばれるメンバーを考えるとこんな感じではないかと思っています。

ユーフォニアム
飛び抜けて上手いわけでも下手でもない、レギュラークラスの1年男子が入ってきそうです。奏と丁々発止のやりとりが出来る愉快な奴だと低音パートの賑やかしとして資格十分。引き続きAは3人体制で。
A編成:久美子、奏、新入生

■チューバ
恐らくチューバに配属される新1年は初心者。過去の自分を思い出しながら指導する葉月、先輩としての役割を喜ぶさっちゃんと、憧れの対象美玲でバランスが良さそう。
A編成:葉月、美玲

コントラバス
求がメインストーリーに絡みそうな上、緑輝と求の間に入りこむ余地がなさそう。とにかく現メンバーが強力すぎます。今年の新1年の配属はなしで。
A編成:緑輝、求

 

その他

個人的願望を垂れ流すと、リズでキャラ付けされたフルートパートの活躍が見たい! フルートとオーボエの面々が、希美とみぞれの演奏を思い出す描写とかあるとめちゃくちゃ嬉しいです。

そして2年生にしてパートリーダーを務める梨々花。どうも奏より1枚上手に見えるんですよね。演奏面で突き抜けているわけではないにしても*23梨々花もかなりの無敵キャラじゃないかという気が

ということで久美子が引き継ぐ部長、梨々花は結構ありでは? そろそろ木管が天下取ってもおかしくないですしね。↓が私の一押し体制です。夢ちゃんとつみきには是非とも尊敬する先輩の系譜を継いでほしい。

  • 部長 :剣崎梨々花
  • 副部長:久石奏
  • DM :小日向夢
  • 会計 :山根つみき

 

あらすじ読後

あらすじ読んだとき絶対全員思いましたよね、「ヤバい新キャラ来た!」って。いやーまさか転入生がくるとは。完全に思考の外からの襲来にやられました。しかし改めて考えると、このキャラが登場することでパズルが綺麗にはまるように感じます

黒江真由は全国に名を轟かす清良女子から転入してきたユーフォニアム奏者。腕前は相当なものでしょう。すなわち久美子を脅かすライバルの出現。新キャラ=新入生なので奏を殺してまで出すはずがないと思い込んでいた伏線が完全に消化されます。また、マクロな対立。結果主義の暴走や金管vs木管を考えたりもしてみましたが、全国金を目指す方向で一致している部活が対立にまで至る主因が分かりませんでした。

でも全国金を目指す同士だからこそ生まれる軋轢なら? と考えると強豪校のノウハウを持つこのキャラがぴったり当てはまる。なにせ相手には実際に全国金を獲った実績がある。清良はこうしているという説得力がある。先輩たちから引き継いだ”北宇治のやり方”と”清良のやり方”のぶつかり合い。どちらも恐らく正しい。正しいからこそ対立が生まれる

この場合、”麗奈がどちらにつくか”ということがかなりの注目ポイントに。そして、麗奈にもない全国金の経験がある緑輝。扱うことが難しそうだったその設定が燦然と輝きだします。黒江真由という黒船襲来により倒れるドミノが本当に多い。凄いキャラ登場させるなあと読む前から感動です。

久美子の唇は凍りついたみたいに動かなかった。私たちは、そういうふうに線を引かれたくないんだよ。ああいう強豪校と、同じように比べられたい。同じ舞台に立ちたいの。むくむくと喉まで湧き上がってきた言葉たちは、しかし結局声にはならなかった(2巻p.133)

かつて久美子は清良女子を別格と呼ぶ母親に対してこんな思いを抱いていました。いつも問題の渦中にはいるけれど、当事者ではなかった久美子。そして満を持して投入される”主人公 黄前久美子の物語”。その成長と、胸を張って堂々と競いあう姿が見られることでしょう。

 

と、黒江真由が一家言を持った凄い奴前提で書きましたがそんなキャラじゃない可能性も当然あります。例えば虎の威を借る狐のように。実力がないのに清良はこうだったと掻き回すだけの存在であれば、麗奈がサクッと見抜ぬいてワンパンKOしそうです。この場合はあくまで序盤の賑やかしを担うだけで、主題は別の方向から出てきそうです。

逆に、実力はめちゃくちゃ高いのに本人は全然主張をしない人物である可能性もあります。こちらの場合は真由自身がなにをするわけでもなく、勝手に振り回されている側の内面があからさまに浮かび上がってくるのでとても怖い展開です。

それにしても高3になっての転校は理由も気になるところ。もしも滝先生に関係があるなら麗奈のメンタルが心配にポンコツ麗奈再びも見てみたいけど、流石に尺の余裕がないかなー。

最後に物凄くどうでもいいことを。北宇治カルテットメンバーである高坂、川島、加藤に続いて登場する名字は黒江。久美子はイニシャルKを集めるサイドエフェクトの持ち主ですね*24。最終楽章が終わるとき、カルテットがクインテットになるまで仲が深まっているのか、競い合うライバルであり続けるのか。黒江真由というキャラクター、要チェックです。

 

まとめ

上記に挙げたような展開が来ようと全く思いもしなかった展開が来ようと、今現在でも自信を持って言える確かなこと。予想を軽く上回る面白さでぶん殴られる、これだけは間違いない

決意の最終楽章でいったん本編の幕は下りることとなりますが、ユーフォの世界が終わるわけではありません。武田先生もアイデアがあふれてると言っているように短編集はまだまだ出ると思われます。誓いのフィナーレに続く映像化も期待大です。

なんにせよ前編すら出ていない状態で考えるのはちょっと気が早すぎますね。まずは久美子たちの物語を楽しみに待ちましょう。向かう先はどこなのか、一体どこへたどり着くのか。〆はやはりこの言葉で。

そして、次の曲が始まるのです!

 

 

*1:ヒストリエ読者としては「完結に立ち会える事実、なんとすばらしい!」とも感じています。井上雄彦先生のバガボンドはどうなったんでしょう・・・

*2:第二は2年生、再びの先輩後輩騒動、のぞみぞのセカンドバトル的意味などがありそう

*3:新山先生の千尋先輩への思いも

*4:2年目の緩みについては第二楽章後編p.342-343参照

*5:シリーズ6冊目なので別の展開をやるはずといったメタ視点でも

*6:パートリーダー達だけでなく、副部長である秀一やDMの麗奈も含まれます

*7:ペットソロ・希美復帰騒動時の言動もそれに基づいていますが、短編1巻「お父さんとお兄さん」では他人の環境について深く考えることなく切り捨てられてしまった描写があります(短編1巻p.232,238)

*8:第二楽章後編p.25-26,178-179

*9:吹奏楽部日誌p.123、第二楽章前編p.195

*10:上記と同じく短編2巻p.228

*11:存在自体が罪だと言っていた”下手な先輩”に自分自身が陥るという地獄(第二楽章前編p.366)

*12:高3の今では吹部生活を通してユーフォ大好きと確信を持てていると思います

*13:リズでは希美にパンフを渡さなかったことで線引きの厳しい先生のように見られていますが、原作では相談すれば親身に応えてくれる先生と希美も判断しています(第二楽章後編p.248)。そして原作での希美は新山先生に相談しておらず、新山先生は希美の音大志望を知りません。

*14:そして部員投票だと奏が幹部連合より上の2位なのを見ても、久石奏というキャラを絶望に追い込むとは思えません

*15:キャラクター紹介を見てちかお!?となった人間多数

*16:最初父と勘違いしてました。ご指摘を受けて修正

*17:こちらも結構ありそうなんです。特に久美子が吹部顧問を目指すのであれば

*18:武田先生は対照的なキャラクターをペアにして動かすことを意識しているそうです。吹奏楽部日誌p.191-192

*19:秀一に振られ、あすかに見放され、美玲にもイラつかれ・・・。頑張れ葉月!

*20:確定事項と言っていい、間違いない

*21:それがあの水道橋ならたまらない

*22:これはけこれで最高

*23:とはいえなかなかに高い技術を持っているようです(第二楽章前編p.385)

*24:ワールドトリガー再開嬉しすぎる

『鎧塚みぞれ』に至る過程

複雑な希美と分かりやすいみぞれ。この対比が一般的ではないでしょうか。そして何故みぞれが分かりやすいかというと行動基準が明確だから。すなわち、みぞれの全ての基準は希美でありそこを押さえればOKということからだと思います。
しかし本格的に鎧塚みぞれという人物を考えると、なんとなく分かることは分かるものの理解するには難しい壁があるように感じています。みぞれは容姿、能力、環境、全てに恵まれているキャラで、足りないのは自身の魅力への肯定だけ。普通ならこの『鎧塚みぞれ』には成長しない、よっぽどなレアルートを通ってこそ成り立つのかなと。

これについて考えを整理するための個人的メモ帳に近いまとめです。

 

難題ポイント

難しいと思うのは主に以下の2点。どのような前提もしくは過程でそうなったのか、これがスッと落ちてこなくてグルグル思考が回るのみ、なかなか結論が出てきません*1。なのでどのような経緯から高1時点の鎧塚みぞれが出来上がったのかについて色々な説を拝見しつつ脳内整理を。

  • 「希美が私の全部」となる極端さ
  • 希美以外&希美の内面への無関心

この過程については原作でも描写されていない前段階となるので、こんな感じならあり得るかも、もしくはこっちかもと正解のない妄想を楽しんでみます。

 

広がらない世界

みぞれが希美を特別に思う理由は特にリズにおいて印象的に描かれています。1人ぼっちだった、何もなかったみぞれを連れ出してくれたのが希美。まさに白馬の王子様的存在、みぞれにとってのヒーローです。
普通ならこれで世界が広がり、新たな体験や成長がおこります。例えばヤマノススメのひなたとあおいの関係のように。しかしみぞれの場合は自分の部屋に希美が入ってきてくれただけで、世界が広がったとは言えないように見えます。
吹部勧誘で希美が特別になったのは当然としても、なぜ希美以外に興味を持たない(持てない)のか、ここが理解する上での壁と感じているポイントです。


希美への傾倒

希美が私の全部」に至るまでにはいくつかの過程があると思います。①傘木希美という存在を認識し一挙手一投足に注目するに連れその人柄・動きに惹かれていった、②希美からの何気ない行動がみぞれの中に宝物として積もっていった、③そもそも一目惚れであり最初から希美は崇拝対象である。

この分かりやすく考えられる3つの要因の他に何かあったのか、そのうちどれが一番大きな割合を占めるのか、作中では明らかにされていないだけに大いに想像の余地があるところ。希美への関心が深まっていくことはプラス(蓄積)の方向性なので心情的にも理解・共感が比較的容易です。

「私、希美がいなかったら、きっと楽器を吹いてなかった。なんにもなかった。だから、ありがとう。全部、希美のおかげ」

「最初に会ったとき、優しくしてくれてうれしかった。私みたいなやつに声をかけてくれて、友達になってくれて。みんなを引っ張っていくところ、すごいなって思ってた」(第二楽章後編p.306)

誘われて初めて一緒に吹奏楽部に行ったとき、徐々に仲良くなる時間、中心にいる希美を憧れの目で見るみぞれ。どのようなエピソードが積み重なっていったのかは各自想像してくださいと投げかけられているに違いありません。

めっちゃ余談ですが傘木希美イメージが「閃光少女」で、みぞれから見た希美イメージが「スーパースター」みたいだなと(閃光少女は麗奈イメージとのお話もいただき、こちらもピッタリで素敵*2)。今に全力かつ「切り取ってよ、一瞬の光を」がホントの話にある希美の吹奏楽への思いと一致*3していて、写真が趣味の希美だからこそ「写真機は要らないわ」も面白いなと。PVもダンスしてたりしますし。

でも、神さまの気まぐれみたいなひととき、たった一回の本番に、しびれるような快感と興奮が現れることがある。希美はその瞬間がたまらなく好きだ(短編2巻p.140)

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一方のスーパースターについては、みぞれは自分以外の人間と希美のやりとりをまさに「テレビのなかのあなた」のように見ていたのではないかと。希美と他者の交流は自分が関われるものではないと考えている節があったように思います。後述する自己評価の低さの影響でしょうか?とにかくこの曲はメロディと歌声の切ない感じが希美を見るみぞれの心情を表しているようでたまりません。

なんだかんだ理由つけてますが好きな曲を語りたかっただけです。スーパースターの公式PVがないのが残念。

 

他者との関わり

みぞれはコミュニケーションが得意ではありません。しかしいわゆるコミュ症とも異なるように見えます。例えば希美の復帰の際には不安をあすかに吐露していたり*4、リズのときにも新山先生へ相談に出向いています。

希美復帰後なので状況は異なりますが、吹奏楽部日誌で描写された一幕では定期演奏会係としてテキパキと役割をこなし、久美子に対してしっかりと自身の意見を述べています。特に、ミラーボール導入やカメ役主張は人前お構いなしにできています。ここはいわゆるオタク属性に近いですね。

元々能力は高いんです、”やるべきこと” と認識できればキッチリこなせる。コミュニケーションが苦手というのは自身の魅力に対する評価の低さから自己否定を起こし、自らの動きを縛っている部分が大きいのではないかと。

一方で他者が関わらない場合には「意外と自信家」です(第二楽章後編p.176、短編2巻p.189)。個人で完結することに対しては、その能力の高さを無意識ながらも認識しています。

 

希美以外からの勧誘

みぞれは作中で綺麗とはっきり表現されているくらいに容姿が良く(2巻p.53)、進学コースに属しているように勉強もできます。そして何より庇護欲を誘うキャラです。

「一人で大丈夫かって心配しちゃうけど、みぞれのことやから世話焼いてくれる友達がいつの間にかできてそうやな」

なんか、助けたらなって気にさせんのよ、みぞれは。そういうとこある」(吉川優子、短編2巻p.291)

このことを考えると、希美以外にもみぞれに声をかけた人物がいた可能性が大いにあり得ます。しかし結果的にみぞれが反応したのは希美だけでした。何故なのかについていくつかの推測を。

 

■小学生時代
小学生って運動神経が良くて明るくて声の大きいキャラがクラスの中心にいて、容姿はそこまで重要視されないイメージがあります。それゆえ北宇治美女*5に挙げられるであろうみぞれも目立たない存在として過ごしていたのかなと。
小学生の無邪気な残酷さで、みぞれの独特な感性が否定されたことすらあったかもしれません。そして自身の持つ魅力に気が付けずに自己評価が低い中学入学時点のみぞれが出来上がったという説が考えられます。
他には、秀一くんのような照れ隠し暴言*6を育ちが良い故に真に受けてしまった*7パターンもありえます。

 

■中学入学~希美による勧誘まで
次に中学時代はどうだったのかを。吹部勧誘以後は希美に傾倒していったとすると、それ以前、希美以外からの誘いの可能性について。

①誰にも誘われずいたみぞれに最初に声をかけたのが希美
これは何の捻りもなく直球パターン。中学に上がっても同小からのグループは残っているので、既存のグループからは外れていて新規のグループにも属せずにいたみぞれに最初に声をかけたのが希美だったというもの。
TV版では希美が先生のような人物からみぞれを誘ってやってと頼まれるような描写があるのではないかという推測もなされています。

②声をかけたくてもかけられなかった
中学になると小学生から意識の段階が1つ上がります。その中で儚げな美少女は目立つはず。しかしその容姿に尻込みして誘いたくても誘えない、誰か声かけてみろの水面下の争いが生じていたとか。そういうものに頓着のない希美が「フリーの美少女発見!」で周りの二の足に全く気付かず気軽に声をかけたというイケムーブの可能性。

③声をかけたが性格が合わなかった
少なくとも席の近い者同士の声掛け自体はあったように思います。話しかけてはみたものの独自のペースを刻むみぞれを理解できず、他の面白い人、面白いことに気をとられて疎遠になり、結果としてまた孤立してしまったパターンです。入学直後の多感な時期、目移りするものは無限にあります
その上で希美がみぞれのマイペースとも付き合える人間だった*8というのであれば、みぞれが懐くのも納得です。

3つほどパターンを考えてみました。①+③もしくは②+③の混成が有力でしょうか?先の優子の言を参考にすると②を採用するのは結構面白いかもしれません。

 

自己評価の低さ

みぞれのキャラ紹介で意外に感じるのが「心理戦のゲームに強い」だと思います。希美以外からのアプローチに反応が薄く、肝心の希美の内面もちゃんと見てるとは全く言えないみぞれが心理戦とは?と。

しかしこれはむしろ心理戦に強いことが裏目に出た、魅力のない自分に対する相手の思いはこうだろうと最悪のケースを想定してしまう”ネガティブ思考の先回り”によるものと考えます。リズではダブルリードの会に誘われたときの「私が行っても楽しくないから」にその一端が見えますが、完全ダイレクトに出ているのが優子に対する発言です。

「優子は、私がかわいそうだから、優しくしてくれただけでしょう?希美がいなくなって、一人になった私がかわいそうだから。同情、してるだけ。違う?」(2巻p.262)

一方で態度から心理を読み取っている例として、ペットソロ騒動直後の優子がくみれいとギクシャクしていることを一目見ただけでズバッと指摘している場面が挙げられます*9自分(+希美)が関わらなければ冷静に判断できることが見え隠れします。ただ、興味がないのでそれに関与はしません。

希美の内面を全く見ていないのは上記のネガティブ思考に加えて希美がみぞれにとってのスーパーヒーローであることにも関連しており、崇拝対象の心情を自分ごときが推し量るなんておこがましいという心理が働いていたのではないでしょうか。これが退部騒動時の無行動へと繋がるのだと思います。

 

希美以外への無関心

これはもう単純にみぞれの心が全て希美で埋まったからということなんでしょうね。では何故そう極端に全てが希美で埋められてしまったのか。前段の「希美への傾倒」で触れたように希美に惹かれてゆき、受容キャパシティの小さいみぞれ*10にとって希美が全てとなり、結果として他がはじき出されたのではないかと。これは高3のみぞれを考察した心の容量に繋がる部分もあるように感じます。

そして気が付けば心の全てが希美で埋まっていたのは、希美こそがみぞれの理想の人間であり、自分自身がそうありたかった存在だったからなのではないでしょうか。多くの友達に囲まれている姿、仲間を引っ張っていく姿勢、そしてなにより”快活なオーラ”。自分にないもの、欲しかったものを全て持っている存在に過剰に惹かれてしまうのは中学生という時期を考えるとある意味仕方のないことかもしれません。

希美と他者との関わりに介入しないのも、推しが活躍しているのを見ているだけで満足といった画面越しの世界を眺めている感覚で、希美を通して存在するものは実感が非常に薄いものだったのかなと。そして自分が手を出していい範囲でもないし、出すべきでもないと考えていたように見えます。

おまけで、希美の持つ美の性質はみぞれとは真逆と説明されていて(第二楽章後編p.300-301)、のぞみぞはまさに対の存在であるかのようです。あと、方々で指摘されていますが久美子の希美に対する目線表現は完全におっさんですねw

 

埼玉の従姉妹

鎧塚みぞれというキャラの成り立ちでとても気になるのが”埼玉の従姉妹”の存在です。ユーフォ原作においてみぞれは数少ない非関西弁キャラで、その理由がこの従姉妹と話しているうちに標準語が伝染したからというもの。

「従姉妹が埼玉にいる。たぶん、そのせい」

「あぁ、伝染っちゃったんですか。確かに、ずっと話してると標準語って伝染っちゃいますよね」

「うん」(2巻p.125)

従姉妹からというからには両親は周りのように関西弁。想像の方向性によっては悲しい家庭内事情が発生しますがこれは断固拒否します*11。おそらく、多くの会話を必要とせずとも言いたいことを理解してくれる、意思疎通ができる家庭だったのではないでしょうか。例えばサンデーで連載してる古見さんの周りのキャラのように*12。もしくは愛情は物凄い注いでいるけど海外が多く普段はなかなか会えないとかかも。

従姉妹に戻ると、みぞれとずっと会話を続けることの出来る人間というのは何者?と誰もがなります。そこでみぞれの”ツボにはまると行動的になる”という吹奏楽部日誌での特性を鑑みれば、みぞれと同じ独特な感性(ある意味オタク属性的な)を持っていた人物ではないかと推測されます。しかしこれで分からなくなるのが希美と会うまで「なんにもなかった」という発言です。趣味の合う人間いるじゃん、と。

 

家の中と家の外

なんとなく思ったのは、みぞれが欲しかったのは家族以外からの評価なのかな、と*13家族が自分を構ってくれるのは家族なので当たり前。一方で家族以外はそんな自分を誰も構ってくれない、自分から踏み出す勇気もない、だから閉じこもっていた。

そんなときに希美が現れて光を当ててくれた、関心を持ってくれた。”広がらない世界”で希美がみぞれを連れ出したと書きましたが、みぞれからすると希美はみぞれを連れ出したのではなく「みぞれの家に入ってきてくれたというのが正解なのかもしれません。だからこそみぞれの世界は広がらなかったのではないかと。

コミュニティの中心にいる希美の姿を窓枠から誇らしげに眺め、そのヒーローが気まぐれにドアを開けて遊びに来てくれるだけで十分に満たされていたのでしょう。希美と他者との関わりに干渉しない、もっと自分だけに構って欲しいといった願望を持たないのも、現状に満足していたことが大きな理由の1つだったと思います。

家の外に踏み出すことなく終わった中学時代、それ故に希美との関係が深まらなかったとも考えられます。

 

従姉妹の年齢

従姉妹の年齢設定、私は上記の会話を見てみぞれと同年代だと勝手に思い込んでたんですよね。でも、年上の従姉妹が小さいみぞれに喋ってという話を読み、これはありかもと目から鱗な気分でした。 

小さいみぞれと一緒に遊んでくれて「おねーちゃんに電話するー」とかでみぞれも大いに懐いていたりするならば、その従姉妹が結婚等で気軽に連絡ができなくなったときの孤独感。従姉妹がいれば小学校周りで友達がいなくても気にならなかったのが、孤立する恐怖を認識し、”なにもない”と自虐する性格が形成された線も考えられそうです。

ここの年齢設定、どうするかは非常に面白そうですね!

 

とにかく鎧塚家周りは典型的な幸福感あふれる上流階級であってほしいなという思いが強くあります。友達ができたと報告したとき、吹奏楽部に入ると告げたとき、ご両親の喜びはいかほどかを見たいだけとも。

なお、鎧塚という姓が一番多いのは富山県で、日本では約100万人に2.8人が鎧塚姓だそうです(一方の傘木姓は長野県が最多)。

 

退部騒動時の行動

南中退部騒動、夏紀は蚊帳の外で行動出来なかったことを悔やみ、優子は香織先輩により繋ぎとめられ、みぞれは誘われなかった事実にトラウマを抱えます。ここでのみぞれに対する最大の疑問は、なぜ希美が苦しんでいる姿を見て何もしなかったのか?ということに尽きるでしょう。

色々考えてみたんですが、結局はみぞれにとって希美があまりにも大きな存在でありすぎたからなんだろうな、と思います。みぞれの中の希美はスーパーヒーロー、中3での挫折からもすぐ立ち直ってみんなを導いた。今回も自分ごときが気にかけるような問題じゃない。希美ならいつものように乗り越える、と。

希美は自分の問題を自分だけで処理しようとし、みぞれは自己評価の低さから自分が手出しすることではないと拙速に決めてしまう。希美もみぞれも自己完結型で相手に求めることが出来なかったが故のすれ違い。そしてネガティブ感情の先回りからみぞれは動けなくなります。

「私、希美に会うのが怖い。希美はたぶん、なんとも思ってない。あの子はべつに何も悪いことしてないから。勝手に辞めて悪いとか、そんなこと思うはずない。でも、その現実と向き合うのが怖い。あの子にとって私は大した存在じゃないって、それを突き付けられるのが怖いの」(2巻p.258-259)

突然訪れた充足した日々の終焉。ここでショックだったのは、希美がいなくなったことだけではなく、無意識に希美からの見返りを求めていたと気付いたことかもしれません。希美と他者の関わりに干渉しないのも、より仲の深まる行動を起こさないのも、現状の関係に満足していたから。それなのに希美がいなくなった途端、自分→希美と希美→自分の矢印の不均衡に恐怖する。完全な自己嫌悪に陥ります。

「気持ち悪い、こんなふうに友達に執着するなんて。」

「私は気持ち悪いと思う。自分自身が、気持ち悪い」

(2巻p.256,259)

現実にはこういう矢印の不均衡は人間関係全てにおいて存在しており、みんなそうなんだと認識し、それぞれが心の中で消化していくものです。経験の浅いこの年代、その中でも傘木希美と鎧塚みぞれという存在だからこそ生じた物語なのでしょう。

 

核心に触れない先送りとみぞれの純粋さ

高2での希美復帰によりこの問題は一時的に先送りされ、高3時に別の形で再び噴出することになります。ここで考えさせられるのはやはり「立華ならどうしたか?」というもの。めでたく増刷され、手に取りやすくなった名作。このあまりにもイケメンな先輩方だったらどう処理したかは永遠のテーマ。瀬崎未来先輩のカッコよさにしびれます

そして、書くところがないのでここに強引にもう1つねじ込みます。原作における大好きのハグ前シーン、みぞれから希美へ以下の台詞があります。

「二人で関西大会に出るの、中学ぶり*14

「二人ではな。みぞれは去年、全国まで行ったやん」

「でも、私はずっと、希美と頑張りたかった。全国出ようって、約束したから」(第二楽章後編p.300-301)

原作での希美は北宇治が弱小と知っていたため、高校入学時の目標は府大会金賞を目指そうと非常に現実的な設定をしています。また、TV版独自の南中バスでのみぞれとの約束も「金獲ろう」であって高校で全国という無茶は言っていません。となるとこの約束はどこか、南中2年時、希美が新部長に就任するときの意気込みです。

「来年はわたしら中学で最後のコンクールやし、マジで全国行こうな」

(傘木希美、2巻p.12)

”希美と”頑張りたいという意思を伝えられるようになった成長の一方で、3年以上前の約束を果たそうとする健気さ。なんですかね、「This is 鎧塚みぞれ」感があふれていてとても印象に残る場面です。

 

南中カルテット結成前夜

南中時代だとみぞれと優子は疎遠で、夏紀に至っては3人とは直接の面識すらない状態、まさに南中カルテット結成前夜の物語Twitterから拝借のこの表現、ワクワクもんです。いわゆるエピソード0DQの「ドラクエIII」、FFVIIの「CC FFVII」、Xenoblade2の「黄金の国イーラ」に当たるところ。

こういう前段の話、心惹かれますよね。長編漫画が過去編に突入して解き明かされる謎、繋がる点と点。うしおととら最高すぎます。

とにもかくにも、南中時代の4人がどのようにして過ごしていたのかは原作にもほぼありません。現時点では誰も知り得ないことです。だからこそ想像する余地があり、正解のない宝探しに旅立てます

『鎧塚みぞれ』に至る前哨戦、リズBDが発売される今こそ改めて楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

高3のみぞれについてはこちらで。

kasakin.hatenablog.com

*1:人によってはどこが難しいのと思われるポイントかも

*2:個人的には希美と麗奈は結構共通部分があると感じています

*3:ところでこの本番、いつの時代のものでしょう?本筋と離れますが気になりますね

*4:切欠としてはあすか側がみぞれの異変を感じて問いかけた説もあり

*5:作中に美女説明がはっきりとある他の人物はあすか、香織、麗奈、そして優子も

*6:「しゃべってくんじゃねーよブス」、中3にもなってこれは・・・。久美子に頭が上がりませんね秀一くん(1巻p.28)

*7:家にグランドピアノが平然と置いてあり、音大へ行くための個人レッスン支出も問題がないような親の経済環境

*8:みぞれを理解しているかどうかは関係なく

*9:みぞれはソロ問題に全く関心を持っていなかったにも関わらず、2巻p.84-85

*10:ずっと一人でいたため心の成長速度がゆっくりだったと推測されます

*11:金持ちゆえの物だけ与えているネグレクトのような

*12:尾根峰さん一押しです

*13:みぞれ的に血縁の従姉妹も家族の範疇

*14:これで少なくとも中2では両者ともAメンバーに入っていたと確定

傘木希美考察~希美の性格~

傘木希美という人間、勝ち気でイケメンすぎる顔立ちキャラ紹介ページ必見です)も相まって、周りを一顧だにしないゴーイングマイウェイな人物と思われることがあります。久美子も途中までそのような印象を持っていました。希美考察で最初に紹介した久美子の抱いた感想、以下のように続きます。

たくましい二本の足が、自分の最善と信じる道を切り開く。傘木希美とは、初めからそういう人間だった。その道を築くために踏みつけた存在を、彼女は意識すらしていないのだ(第二楽章後編p.207)

この後半部分は意図的なミスリードであり、第二楽章の後半(リズ)においては相手を踏みつけて平気どころか自分で自分を罰しようとしていることが明らかにされます。むしろ各場面を追っていくと、誰かを切り捨てるくらいなら自分が切り捨てられるのを選択する人間にすら見えます。

器用な顔して超不器用、一本気がゆえに複雑。もしかして傘木希美、あまりにも優しすぎるのでは?と感じたので考えてみようと思います。

※南中カルテット以降はリズ後の描写も含みます

 

vs北宇治3年

希美の勝ち気なイメージは、1年でありながら3年生と部の方針で対立しバチバチにやりあったということが大きな割合を占めていると思います。しかし詳細を見ていくと、練習しましょうとお願いする、公平な判断基準でAメンバーを選ぶことを意見する等、あくまで1年の意向を理解してもらうための嘆願レベルに留まっています

そしてこの答えとなる3年の態度は、「うざい1年は無視」かつ「部活だが練習はしない」でした。客観的にはいじめに近いものだったようです(1巻p.243-244)。それでもひたすら交渉を続け、それがどうしようもなく叶わないことが判明し、大量退部事件へと繋がります。相手から踏みつけられても、3年への”攻撃”でやり返すことは最後までしていません

何が何でも我を通して部活を実力制へと切り替えるのであれば、戦略的交渉相手は3年ではありません。1・2年の中でちゃんと練習している人達と、決定権のある顧問らです。真面目な部員と独自に編成を組み、圧倒的実力差を見せつけて我々こそがまともな部活だと顧問や他の先生らと交渉すること*1そっちが無視するならこっちも気にせず勝手にやるよというカウンターです。

退部時の考察でも述べたように、南中部長だった希美は元南中のとりまとめ的立場です。部を割ってでも自分たちの方針を押し通す、その選択肢を取ることが可能な立場にいながら選びません。2年や他の1年を自分たちのグループに誘い入れることも先生陣への働き掛けもせず、部の方針を変えるにはとにかく3年の説得を貫いています。ひたすら不器用です。

実のところ仲間に引き込むということは3年の標的にされることでもある*2ので、意思を示さない(示せない)部員とは故意に一線を引いていた可能性もあります。結局南中グループは、3年の意思が変わらないことおよび3年の意見に反論する部員がいないことを確認した後、理解はできなくとも”北宇治はそういう部活”というのを認識し、自分たちが諦める=退部することで問題に決着をつけました。相手を叩きのめしたり、第三者を巻き込んででも主張を押し通すタイプではないことが分かります。

また、他の南中1年が軽音に移ろうとしたとき、吹奏楽がやりたいので皆で社会人楽団に行こうと誘い返すことも出来たはずです。それをしなかったのもやはり相手の意思決定を尊重しているからだと思います。これはざっくり言うと甘えるのが下手くそ、我儘を言うのが苦手、といった性格分析になるかもしれません。

 

余談1:練習しない3年生

本気でコンクールに向けて取り組む、和気藹々と部活を楽しむ。実際どちらかが正しいというものではないと思います。ただ、南中大量退部事件で個人的に全く理解ができないのは、練習もしない3年がなぜA編成としてコンクールに出場したがるのかです。

確かに晴れ舞台ではあります。しかしコンクールには当然ガチな高校も出場しているわけで、練習しない自分たちがそこに立つというのはそういう学校と比較される、公開処刑されに行くようなものです。私なら怖くて少なくとも自分で納得できる程度には練習するか、本気でやっている連中に任せます。

まあ3年はやたら人数が多かったとのことなので、全員が同じ部門で出るためという単純な理由が一番有力です。ただ、「練習するほうが変」という態度で勝負の場に立つのは失礼な話だなと考えざるを得ません。

南中退部騒動は大きなターニングポイントであるだけに、どうしてもモヤモヤしてしまう問題です。

 

余談2:元南中の先輩

これまで希美グループを元南中でひとくくりにしてきましたけど、実は元南中って2年にも3年にもいるはずなんですよね。劇中の描写からすると東中出身が最大勢力としても希美世代の南中出身は結構な割合で存在していた*3ことから、上級生にも南中出身がそれなりにいたはずです。

そしてその中でも吹部だった先輩たちは中学だと真面目に練習して関西大会で金を獲っているんです。高校の3年間で豹変し、中学時代の後輩に嫌がらせをしだすとも考えにくいので、以下のような状況だったのでしょうか。

■元南中3年(中学関西大会金)
人数だけ無駄に多かったというこの世代、相対的に吹部出身の元南中は少数勢力となります。関西大会で金を獲ったこの先輩たちは、部活の空気に嫌気がさして早いうちに退部してしまったとしか考えられません。

■元南中2年(中学関西大会銀、あすかと同世代)
あすか1年の時点で吹部に失望して辞めた部員も大勢いることが描写されている*4ため、概ね退部済と思われます。香織が言うように退部すら許されず(上級生に逆らえず)残留した部員の中に元南中がいる場合、凄く苦しんで悩んだんじゃないかと思います。もしいるなら誰になるのかは興味深いところです。

高校選択前に南中先輩に北宇治吹部の実態を聞いていればそんな状態の高校に行かなくて済んだのにという話もありそうですけど、まさかここまで酷い有様だとは通常思わないでしょうから詳しく調べない方が普通かなと思います。

そしてこの退部した上級生たちが軽音に移っていたとかだとすると、希美世代の元南中が退部時に軽音に行くと言い出したのもすんなりと繋がります。

 

余談3:高坂麗奈なら?

久美子が抱いた希美の印象、実は初期の麗奈がふさわしいのではないかと感じます*5。だからこそ迷いなくプロを目指せるし、プロ向きの性格ではないかと。そして麗奈なら、本人も述べるように実力で相手を打ち負かしにいく手段を選択したでしょう(2巻p.117)。ソロパートを実力で勝ち取る成功体験を得た直後なので、このような語り口になるのも当然と言えます(退部は逃げだ等、結構過激です)。

しかし以前の北宇治は演奏技術を全く評価の対象としておらず、単に麗奈個人で実力を見せつけても何も響かず終了です。最終的に上手くいくかどうかは顧問をいかに説得するかであり、そのためには仲間を増やす必要があるので、孤高を貫いている入学直後の麗奈にはハードルが高い気もします。逆に実力制での経験しかないため、それが通じないことにカルチャーショックを受けるかもしれません。

そもそも麗奈は滝先生のいない北宇治に来るはずがないし、実力主義が通じない場に出てくる必要もないので、考えても仕方ないことです。ただ、色々経験した2年の麗奈なら退部問題にどう言っただろうかというのは少し気になります。とはいえ高坂麗奈高坂麗奈として、いつまでも無敵感を纏ったまま突き進んでいって欲しいですね。鬼のDM、楽しみです。

 

vs田中あすか

復帰時のあすかとの交渉はとにかく不器用で一本気です。今の実力制が敷かれている北宇治は希美たちの主張を受け入れた部へ切り替わったも同然です。そして部が変わったのは滝先生襲来という外的要因が非常に大きいため、嫌味キャラなら「私たちが正しかったじゃん」と毒を吐いて戻ってくるところです。少なくとも復帰に後ろめたさを感じる必要はありません(だからこそ久美子も能動的に手伝おうとしています)。

しかし希美は生真面目に退部時のあすかとの会話を優先し、売り言葉に買い言葉の約束を守りぬきます。さらに、相談相手は低音窓口としての夏紀だけに絞り、自分の要求に他者を巻き込むことをしません*6

また、交渉に行くのは部活が終わった後、大会本番が近づくと影響がないようにその頻度を減らしています(2巻p.88,245)。”今の自分は部員ではない”という、立場をわきまえた行動を取れる人間だからこそ中学時代にも部長を任されていたのでしょう。復帰を叶えるには紙切れ一枚出せばいいだけという近道があってもあすかが認めないのは自分が部にとって何かマイナスになることがあるはずだと、自分個人の願いよりも全体のことを考えて動いています(2巻p.158)。

社交的で世渡り上手な外見とは裏腹に、非常に義理堅く真正面からの正攻法しか選べない不器用さが浮かび上がります。復帰問題の考察で部外ののぞみぞ接触可能性に考えが至らないのはあすか先輩らしくないと書きましたが、希美の性格を知っているからこそ復帰を認めなければ希美は他の部員との交渉・接触をむしろ避けるだろうとまで考えていたかもしれません(その意味では希美が単純な善意を発揮してしまうみぞれ不調が伝えられたのは結構な誤算かも?)。

 

vs南中カルテット

鎧塚みぞれ

希美の他者を巻き込まない性格を考えるとA編成に選ばれ黙々と練習しているみぞれに声をかけなかったのは当然かもしれません。退部に関する声かけシミュレーションをやると分かりますが、退部側からでは当てつけや嫌がらせになりかねないんです。
※実際声をかけるとみぞれは喜んでついてきたでしょうが、それはみぞれの思いを知っている神の視点で言えるものです。みぞれが部に対してどう思っているかを知らない立場として考える必要があります。

■一緒に退部しようと誘う
これはせっかく選ばれたコンクールに出るのをやめろと強制するも同然です。もしみぞれが出たいと思っている場合は完全に嫌がらせです。この声かけパターンはNGです。

■私たちは退部するからと告げる
退部を告げるからには理由を説明することになります。しかし、ここにいても意味がないから辞めるという理由を言ってしまえば、部に所属する人間に対しては当てつけをしているようなものです。やはりこのパターンも厳しいです。

■そもそものみぞれの意思を確認する
希美たちは公に今の部を変えたいという意思を露わにしています。そのような立場からあなたはどう思っているのかと問うのは同調圧力にもなり得ます。相手の意思を尊重する性格であればあるほど不平不満を表していない人間にこの問いは出来ないでしょう。あすか先輩のように自分が楽器を吹ければ満足だという立場もあるわけですし。

と、考えていくとやっぱり退部側からは難しい。”A編成に選ばれている強い立場”のみぞれ側から意思を示されない限り、優子を通じて伝わる形をとるのが自然に思います。


第二楽章周りに関しては改めて書き出すとひたすら長くなりそうなので結論だけ。多くの考察にあるようにリズの大好きのハグ前は完全に自ら切られに行っています希美はみぞれが音楽に打ち込む姿を知っており、音楽が大好きだからこそみぞれの努力を誰よりも分かっています。その努力に唾を吐くような行為は出来ません。

そして大好きのハグによりみぞれから想いを伝えられた後の話では、キチンとそれを踏まえた行動をします。すなわち、みぞれが断ることを分かっていながら校内アンコンのメンバーに誘うことです。これに出ると音大勉強の邪魔になる可能性があるため、遠慮して誘わないのが一般的です(この考えで優子も誘わない派でした、短編2巻p.233)。しかしこのときは以下の過程を踏んだ後の話です。

「希美は、いつも勝手」
「一昨年だって、勝手に辞めた。私に黙って、勝手に」
(鎧塚みぞれ、第二楽章後編p.302)

一見攻撃的なこの台詞は、みぞれのコミュ能力の低さ(言語選択の不得手)や自らの立ち位置への無関心*7から来るものですが、話して欲しかったということは伝わっています。それをしっかりと受け止めて、迷惑になるかも知れなくても話すことがみぞれにとって重要と判断します。伝えてさえいればそれを考慮した対応をとれる性格の表れと言えるでしょう。

結局のところのぞみぞについてはコミュニケーションが足りていなかったに尽きます。中学のときの大好きのハグ、みぞれが見ているだけでなく想いを伝えていれば一体どのような関係になっていたのでしょう。より近づいていたのか、若すぎるがゆえ受け止めきれず逆に離れたのか、ここも1つの面白いIFだと思います。

 

吉川優子

優子との絡みは大抵優子が希美に怒っているイメージが強いのではないでしょうかw 優子はとても正直な人間で裏表がありません。思ったことをストレートに言葉にします*8。そして怒るのは悪意があるからではなく純粋に守りたい相手を思ってです。希美もその性格を知っているので怒りに怒りで返すことをしないのでしょう。

上記のアンコンでみぞれを誘うことに優子が反対したとき、その声色は久美子が剣呑な気配を感じるくらいに冷ややかなものでした。それに対し最初はぶつかりあいを回避して明るく返し、さらに優子が踏み込んで来るとみぞれの成長を見てやるべきと冷静に諭します(短編2巻p.233-234)。まずは場の雰囲気を壊さないようにしながら結論を示し、相手が納得しないならしっかりと説明しに行く対応です。

場面を遡ってスケジュールを詰めこみすぎた優子部長と夏紀が揉めて*9久美子が不安を覚えたときも、まずは安心させるように状況の説明を、そして麗奈が早とちりして述べた不満にも、笑って謝りながら更なる分析を加えて説明の深化と場の雰囲気を保つことを行っています。この分析はかなり的確で、その後実際に北宇治の組織は変わります

あの二人、大丈夫なのだろうか。不安な感情が顔に出ていたのか、希美が安心させるように久美子の肩を軽く叩いた。 ~中略~

「いや、悪口とかじゃないねんけどさ。有能な人を基準に組織作りしてると、その有能な人間がおらんくなった途端にいろいろとしんどくなるなって話」

「優子先輩は有能やと思いますけど」

無表情のまま、麗奈が不満そうな声をあげる。希美は一瞬目を丸くし、それからへらりと破顔した。「ゴメン、ゴメン」と彼女は両手をこすり合わせる*10

「優子がどうとかじゃなくて、単純にあすか先輩って優秀すぎたからさ。優子がそれを追っかけようとする気持ちもわかるねんな。…ま、夏紀って前から過保護*11なところあるし説教ばっかりになるのも理解できるけど」(第二楽章前編p.282-283)

当事者に聞こえるよう周囲に状況を説明したうえで双方に共感を表し、かつ責め側の夏紀をいじって突っ込ませることで両者を落ち着かせて論争終息に成功。意識的に組み立てたわけではないでしょうが、正確な分析力も含めて調停能力の高さが伺えます

後輩の不安を和らげる気遣い、場の雰囲気を保つ動き、人をしっかりと見た的確な評価。希美が後輩に慕われている、周りに人が集まるというのはこういった性格が寄与していると思われます(”快活なオーラ”の表現もこれからくるものかと)。

久美子に希美と優子2人の組み合わせは珍しいと言われるくらいで、特に優子側が希美のことをどう思っているのかは気になるところです。なんだかんだ信頼しているからこそ気軽に怒れるとかだったら良いですね。

 

中川夏紀

ホントの話の「真昼のイルミネーション」を読んでください、以上。でいいのではないかと思うくらいに夏紀と希美の関係はこの短編に詰まっています。わざわざ2人の関係について語ると蛇足になりそうなので夏紀を通じて見られる希美の性格を結論だけ。めっちゃ前向きで友達思いです!

あと全く関係ないですけどこの話の中のこの一文、ニヤニヤしてしまいます。個人的にはTV1期、1巻の時点では完全に夏紀先輩派だったこともあり誓いのフィナーレも楽しみでたまりません。ゆうなつ、なつかな、なつのぞ、全部最高ですね。

「お、奏が前に言っとったカフェあるやん。ここにしよ」

(短編2巻p.136)

 

希美の性格

まずは強みの面では以下のようになると思います。基本的には明るくて優しい先輩そのものです。久美子にいきなり抱き着く、夏紀の肩に肘を置いて話すなどの距離感の近さもあいまって人気が高いのでしょう(3巻p.105、短編2巻p.243他)。

  • 前向きでポジティブ
  • 友達・後輩思いで自然とフォローを行う
  • 場の雰囲気を明るく保つ”快活なオーラ”を持つ
  • キチンと人を見ていて的確に人となりを評価できる
  • 自分の要求に他者を巻き込まず、相手の意思を尊重する

一方の弱点だとこんな感じでしょうか。強みの裏返しでもあるのですが、他人を巻き込まず自分で処理しようとする、また、甘えるのが下手で周りに強い人間と思われすぎているあまり、袋小路に陥っている場面もあります。希美がもっと我儘を発せる人間だったら生きるのは楽だったんじゃないかなと。

  • とにかく生真面目で不器用、甘えるのが下手
  • 他人を踏みつけてでも自分の意思を押し通すことはできない
  • 負の感情の処理が下手?

負の感情については処理が下手というかそれをあまりにも真面目に直視しすぎる。これは鎧塚みぞれという傘木希美崇拝者の存在が、良くも悪くも希美に普通の人間でいることを許さなかった影響も大きいと思います。通常なら復帰問題は久美子の、進学問題は秀一の言葉で終わりです。

Aとしてコンクールに出してくれと言っているならどうかと思うが、彼女はきちんとその辺りをわきまえている。辞めた部員が戻ってくるなんてことは、高校の部活動ではとくに珍しいことでもないだろう(黄前久美子、2巻p.77)

「志望校変えたんちゃう?よくあることやろ」

「進路なんて一人ひとり別もんやねんから、そりゃ変えるのだって個人の自由やろ」(塚本秀一、第二楽章後編p.94)

希美の”個人の自由”は結構制限されています。弱い存在と認識されるみぞれを優先した行動をすべきという周囲の期待、良き人間でありたいという自身の期待、がんじがらめです。あすかのように、自分の利益のために自身を慕う存在でも切り捨てる悪者を演じられるほど強くもない。そして出てきた結論がこれです。

他人の悪口を言うほうが、自分自身と向き合うよりもずっと楽だ。苦しいことと向き合うには未来はあまりに長いから、理不尽さを誰かにぶつけて解決したと思い込みたくなる。でも、自分がそんな人間になるのは嫌だ。希美は、自分のなかにある醜い部分から目を逸らさない人でありたい。(短編2巻p.136)

いやー高校生ですよ。悟りでも開くつもりでしょうか? 負の感情のない人間なんて存在しないわけで、劇中他キャラもそれを吐き出したり切り捨てながら生きているわけです*12普通に生きるうえでは目を逸らしていいし、そうしている人間が大半ですよ。むしろその方が外面的には良い人間に見える可能性も大きいです。

あまりにも生真面目に直視するという選択肢を選ぶ。このどうしようもなく不器用な性格だからこそ、大勢の方が傘木希美というキャラに心惹かれるのかもしれません

 

職業考察

ここからは妄想全開で。退部時の動きや優子たちとの関係からも、三国志的に言うと希美は乱世の奸雄ではなく治世の能臣であり、変革者ではなく調停者です。本人も言っているように、自分1人のためによりも周りと一緒に頑張る行為のほうが向いた性格だと思います(第二楽章後編p.134)。

みぞれのような楽器しかないという偏執性。麗奈のような周りを吹っ飛ばしてでもの攻撃性。そういった類の”狂気”を持ち合わせていないことからも、プロよりも他に向く性格であるという意見に賛成です。

ということで似合いそうな職業をいくつか。一定のルールが既に定まっている中で、他者との関わりの中に最も力を発揮するタイプと睨んでいます。

 

■音楽教師など
各方面で確立された趣もある傘木先生概念、私も大好きです。希美の長所部分がとても発揮されそうでかなりのハマり職業ではないでしょうか。コンクールも当然結果を目指して一丸全力ですが、結果が望むものでなくてもあんまりそれ自体は引きずってないんですよね*13

「やる気のある子だけ集めて大会に挑んでたら、それで結果が銀でも銅でも納得できたはずや」(北宇治1年時の問題に対して)

「南中最後の年、コンクールの結果が銀でさ。最初はめっちゃ落ち込んでたけど、高校に入るころには結構立ち直っててんな。同じ中学の子らと一緒に、高校でも、全国は無理でも府大会で金賞くらいは目指そうって決めてさ。まあ、北宇治って弱小やけど『うちらが部活を変えてやる!』ってぐらいの意気込みだったわけよ」(2巻p.147-148)

結果至上主義者というよりもどちらかというと橋本先生の考えに近いのかもしれません。そういう意味でも指導者として安心できる気がします。また、目標設定も夢見る少女ではなくかなり現実的です。問題はただの弱小ではなかったことですが・・・。
音楽知識の高さからも音楽教師が一番向いているとは思いますが、この概念の可能性は無限大ですね。様々な創作を楽しみたいものです。

■教会のシスター
完全に悟りでも開くつもりかからの連想です。ちょっと明るすぎるシスターになるのでそんなのいるか?みたいに思いましたがありました、「1ポンドの福音」。結構な高橋留美子好きじゃないと知らなさそうなこの作品、連載が1987-2007年で4巻しか出ていないというのは凄いですねw
実際ここに収まることはなさそうにしても、なんか毎日懺悔に通う音楽プロとかが発生しそうなので少し面白そうだなと。

■警察官
熱血ちゃん的正義感の高さや、人当たりの良さ、調停力を考えるとこれも結構ありなのではないかと思っています。イメージとしては古くは「逮捕しちゃうぞ」、最近だと「ハコヅメ」みたいなところですね。
バイク乗り概念というのもあったように”カッコいい傘木希美”というのが見れそうなので、逮捕的交通課はかなり推しです。

■その他
本当はここの職業妄想を書きたかっただけのはずが無計画に前段を長くしすぎて力尽きました。場をうまく回す司会業(MC、キャスター)、これまでの考察とは全く関係なく趣味を生かした写真家等、妄想は様々に浮かびます。
ここの考察は完全に1つの個人的視点であり、いろいろな解釈や傘木希美像が生み出されていること、そしてそれを読むことをとても楽しんでいます。少しでもいいので再び傘木希美分が得られることを期待しながら誓いのフィナーレを待ちたいと思います。

 

 

 

 

*1:例えば、梨香子先生の方針と対立している松本先生を味方につけるなど

*2:希美たちのグループではなかった夏紀が希美の味方をする暴言を吐いたとき、3年の低音への報復は温厚な後藤がブチ切れるくらいに凄まじかった(2巻p.232)

*3:原作だと退部10人のほとんどが南中+優子夏紀みぞれ=13/27人

*4:低音だけでも3人退部、短編2巻p.42

*5:短編集1巻ヒミツの話「お兄さんとお父さん」の印象が強いからかも?

*6:久美子は自ら申し出たのと、カメラがいないと描写自体見れないので

*7:退部騒動時はAメンバー、リズ時は新山先生から才能の保証を得た立場と、実際に強い立場にいるのは常にみぞれ側です。ただ、みぞれの評価基準は希美なので本人には認識できません

*8:これが一種のカリスマ性を生んでいるのではないかと思います

*9:「うちがあすか先輩に劣ってるって?」「少なくとも脳味噌の容量は半分以下でしょ。冷静に自分のキャパ考えてみ?」、うーんなかよし川

*10:純粋に優子をかばおうとしての不満であるため、謝ることで麗奈を立ててから次のステップに入ります

*11:この過保護については、後に優子自身が夏紀をそう評しています(第二楽章後編p.213)

*12:そういう意味でも久美子は負の感情との付き合い方がとても上手いなと思います、短編2巻p.228-229など

*13:退部・復帰問題とそれ以上に大変なことがあって引きずる暇がなかったかも?南中銀はどちらかというと優子やみぞれの方が引きずっている感もあります(2巻p.213,310等)

リズを彩るキャラ他

傘木希美を考察することは、鎧塚みぞれを考察することでもあるのだ。ということで希美考察に追加していこうと思いましたが、かなり個人的嗜好が入るので別にしました。

 

リズを彩るキャラ

鎧塚みぞれ

リズと青い鳥はみぞれの成長物語であるとも言われています。ひな鳥がはばたき飛び立つ、まさに主人公です。個人的には報われる主人公よりもその脇にいるキャラに入れ込んでしまう性質ですが、ユーフォの場合みぞれはみぞれで内面ぐちゃぐちゃなんですよね。それでも最後にみぞれの出した結論がとても素敵だと思ったので、その感想ついでの考察です。

 

矛盾する感情

まずリズの入りからして、2年での「たったいま、好きになった(満面の笑顔)」が、3年で「本番なんて、一生来なくていい」へ180度転換してる時点で何があった状態です。さらに原作にはパンフレット事件の際、いわゆるみぞれの心情を表すモノローグとして読者を混乱へと突き落とす一文があります。読んだ人全員が、武田先生これは一体どういうこと?って思わず突っ込んだんじゃないかと。

軽やかな足音。太陽のような明るい笑顔。こちらに手を振っている少女の名は、傘木希美。みぞれの唯一の友達だ。(第二楽章前編p.385)

実際には優子(+リズ梨々花)の努力のかいもあり、みぞれは少しずつ変わり始めます。優子が喜んでくれることが嬉しい。梨々花が慕ってくれることが嬉しい。希美以外に興味を持つという、以前までのみぞれとは全く違った姿を見せています。2年での関西大会金賞&全国進出という奇跡のような偉業を、仲間との共同作業で勝ち取ったという成功体験も大きな役割を果たしたのではないかなと個人的には思います。

それでいて希美に関わる場面では、先の一文と同様に成長が消え失せて元に戻ったかのような描写が端々に見られます。希美だけが唯一の友達、希美が言ったから後輩を大切にする、希美が言ったから他の子も誘う、希美との別れが近づく本番なんて一生来なくていい。この心理状態、非常に危ういです。

リズでも原作でもみぞれの思考はなかなか描かれないので完全に独断と偏見混じりでいくと、みぞれの成長と相反する極端な希美崇拝言動は次のような理由と考えています。

 

心の容量

言うまでもなくみぞれは希美が大好きです。一方で、みぞれの成長によりみぞれの心を希美以外の存在が侵食し始めています(第二楽章後編p.176)。これは久美子の表現ですけど、みぞれ自身も無意識ながらまさに侵食と感じていたのかもしれません。

好きという箱には容量があり、他の好きを入れるとそれまで満たされていた好きがこぼれてしまう。でも希美への想いで満たされていない自分を希美が大切に思ってくれるわけがない。いついなくなるか分からない希美、見放されないためには自分の心を希美で満たしておく必要がある希美が決めたことが、私の決めたこと

別の存在の流入と希美で再び一杯にするための反動が無自覚な矛盾を生み、意識と行動が連動しない状態に陥ったとのではないかと推測します。 

 

音楽が好き

この矛盾が顕著に見られるのが音楽に対してです。みぞれは自分の口では音楽が好きと言いません。2年次には音楽だけが希美と自分を繋ぐものであり、下手になる=見放されるなので練習していると説明しています。それどころか希美がいなくなった理由も吹奏楽であるため、音楽に対する憎悪すら吐き捨てています。自分から希美を奪った音楽、その音楽の流入で自分の心から希美がこぼれ落ちる、認められないし許せません

「馬鹿みたい。こんなものにみんな夢中になるなんて。いくらやったって、楽しいことなんてひとつもないのに。何も残らないのに。苦しい気持ち、ばっかりなのに」(2巻p.259)

一方で直後の優子のカチコミでは、府大会金賞が実はうれしかったことも告白しています。そもそもあの練習量、本当に音楽が好きじゃない人間が出来ることなのか?ということも考えると、無意識下に押し込めているだけで心の奥底では音楽が好きという感情が灯っていると思われます(特に2年でのコンクール以後は)。

希美が自分の全てという意識”と”音楽が好きという無意識”、対立が表面化したのが原作における進路選択です。自縄自縛に陥った希美は直接伝えることはできないものの、一般大学のオープンキャンパスに参加、予備校に通うなどを隠しもせず、”音大以外の進路へ進むこと”をほのめかします。しかし、みぞれは音大以外の志望校には見向きもしません。まさに矛盾です。そして久美子がその矛盾について考えましょうと諭します。

「音楽が好き。だから、目をそらしていたかった」が希美の複雑な想いであるならば、みぞれは「音楽が好き。だけど、目をそらしていたかった」になるのかもしれません。

 

特別な人がくれた特別なもの

新山先生から与えられた新たな視点、相手の立場になって考えるということ。この視点によりみぞれは音楽面だけでなく人間的にも殻を破ります。青い鳥の気持ちを考えることは、愛の形はひとつではないこと、傍にいることだけが愛じゃない*1という気付きでもあります。

希美考察でも触れたようにリズと原作では大好きのハグ周辺の展開が異なりますが、最後の希美からの言葉は「みぞれのオーボエが好き」ということです。これは奇しくも2年での和解の際にかけた言葉と同じです。しかし、同じ言葉でも希美の込めた想いが異なるように、みぞれの受け取り方も全く異なっていたのではないでしょうか。

そして大会後に、みぞれは自分の出した結論を久美子に伝えます。このみぞれの出した結論、最高だと思ってます*2

「私、頑張ろうと思う」

「音大受験をですか?」

「それだけじゃなくて、音楽を。希美がいなくても、私、オーボエを続ける。音楽は、希美が私にくれたものだから」(第二楽章後編p.361)

意識と無意識、希美と音楽の対立関係。視野が広がったみぞれには、2つの好きを対立させることなく両方ともを受け入れることが出来るようになります。それだけではなく、音楽が好きは希美が好きに包含される特別な人がくれた特別なもの、音楽もみぞれの宝物のひとつに昇華されたのではないかと思います=音楽とのjoint

ただでさえ息をするように練習していたみぞれ、この認識を得てどうなってしまうのか想像もつきません。マリオ的に言えば、もはや演奏面では永久スター状態になるんじゃないかとすら感じます。この先どこまでもはばたいていけることでしょう。

 

ちょっと能天気な考察かも知れないですが、それはそれでいいんじゃないかと思っています。だって、物語はハッピーエンドがいいよ!って希美も言ってますしね。その後のみぞれについてはホントの話のところで少し述べます。

 

新山聡美

リズのキーパーソン。みぞれにのみ音大パンフを渡す、希美の相談はそっけないという、悪魔的所業で心を破壊しに来る新山先生は希美好きからすると超危険人物です。また、リズでは木管担当なのにみぞれを指導している場面しかでてきません。ただ、これは新山先生の対応を通して天才とそうでない人間の対比を強調したかった映画的描写であり、ある意味損な役回りを与えられたと言えます(実際は場面外で希美達にもしっかり指導していると思われます)。

それにしてもこの新山先生、冷静に指導面を見ると物凄い敏腕ですよね。みぞれの相談に対し、①同調から入り警戒を解く、②実感しないと感情をこめて吹けないタイプと的確に分析、③実感できる視点への変更を提案、④結論を与えるのではなく教え子が結論を出すまで待つ。この優秀さ、滝先生が呼んでくるわけですよ

才能の発掘、進路紹介、新たな視点の付与。みぞれにとって特別な人は永遠に希美であることは変わらないとしても、人生の師と言えるのは新山先生になるんじゃないでしょうか(新山先生がみぞれに共通する部分を持っていたことも含めて)。

余談ですが、Twitterとかの新山先生考察を見ていて物凄い面白いなと思ったのは”千尋先輩オーボエ”です*3。いやこれ考え出すとやばいですね、そりゃ仕方ないね新山先生となるしかない。最初に言い出した人天才です*4。原作で明らかにされることがあるのかないのか、気長に待ちたいところです。

 

 

北宇治高校吹奏楽部のホントの話

短編集2巻として出版されたこの巻、素晴らしい話ばっかりです。特に希美が好きな人間にはたまりません。具体的描写はなしでリズ、大会後としての感想を少しだけ。

 

傘木希美

希美の今後を語る上で外せない「真昼のイルミネーション」。希美の高潔さ、前向きな姿勢、友人思いなところ、余すところなく詰め込まれています。この話を読めば、希美の未来に不安を抱えていた人も希美はこれからも大丈夫だと安心できると思います。

そして「アンサンブルコンサート」。流石は部長経験者だなという気配りや本当に音楽が好きなんだなという気持ちが伝わってきます。リズでの挫折を経ようが(むしろ経たからこそ?)揺るがない音楽が好きだという姿勢、読んでいて嬉しくなりました。

これまでハードモードな部分が描かれることの多かった希美。それにもめげずむしろ糧にしてしっかりと前へ進んでいきます。その先には間違いなく希美のハッピーエンドがあるでしょう。

ピークはこれから更新されるから大丈夫

(傘木希美、短編2巻p.141)

 

鎧塚みぞれ

みぞれが出てくるのは卒業式の朝、登校場面の「飛び立つ君の背を見上げる」の他には「アンサンブルコンサート」のほんの一部だけです。それでもその少しの描写だけで成長がありありと感じられます。自分の道を自分の意志で選択できること、希美に対して行動を起こせること、希美以外の存在を受け入れ感謝を示せること。みぞれはとっくにひな鳥ではありません、しっかりと飛び立てる鳥です。

希美に対しても変に自分を卑下することなく、横に並んで歩めるようになっています。会話が途切れ沈黙が訪れたときに不安や不快がない関係、お互い本音を言い合い対等な立場になったからこそだと思います。”添い遂げる”という表現に当たるかどうかはともかくとして、こういう関係はとても貴重であり少なくとも”一生モノ”となるのでは、と感じます。今後ののぞみぞ関係って結構カッコいい感じになるんじゃないかとか勝手に考えていたりします。

 

音大というゴール

ユーフォ中で麗奈により最初から示されている高校生活の1つのゴール、それが音大に行くことです。立華編、第二楽章、リズでも進路選択のゴールとして音大というものが与えられました。音楽をテーマとしている物語では必然とも言えます。

一方で、”音大だけがゴールではない”ということも徐々に示されています。特に希美は一度社会人楽団に所属し外の世界を見ているため、希美を通して音大以外の選択肢というものが読者に、そして久美子に投げかけられています。

高校生活の締めくくりとして逃れられない進路選択問題。果たして久美子は音大を目指すのか。どの進路を選ぶにせよどういう意思でそれを選択するのか。コンクールとともに久美子3年編で大きな柱となりそうなこの問題、麗奈との関係も含めどのような着地点となるのかとても楽しみです。

 

 

*1:たまゆら~卒業写真~の主題歌から表現を拝借

*2:リズではここから「私も、オーボエ続ける」が採用され、この会話周りで様々な解釈を生まれているので読んでいて楽しいです(支えるのはソロだけか否か、続けるに対する回答が「うん」だからこれからも支えるってこと?等々)

*3:千尋先輩については短編2巻ホントの話を参照

*4:私が知ったのは怜-Toki-のめきめき先生のTwitterでの考察でした(私は咲-saki-では末原先輩派です)