第五話『邪神はふたたび』(後編)

四方津神社の社務所

「あぁ…、そうじゃ、……なぁに、五百部くらいすぐにさばけるテ。……」

受話器を手に話し込む神主タウエ老人。

「……、おお、それじゃ、大急ぎで頼んだよ」

電話の相手は、町内の印刷所だ。四方津神社に伝わる古文書「前代過事本紀」は、戦後になって初めて活字化され、氏子や研究者に頒布されていたが、それをおよそ三十年ぶりに増刷しようというのだ。

その脇の事務机では、タウエ老人に呼び出されたモモタ・ヒカルが、記憶を頼りにウルトラマスカ、デビューボ、ギョヘテの三面図を描いている。

「どうだね、できたかね」

「ええ、こんな感じで、どうでしょう」

「どれどれ…、よしよし、よく描けとるじゃないか。……さっそく、造形師に送らねば」

「…それ、どうするんです」

「ナーニ、何れ君にも分け前をやろうから」

タウエ老人はしたり顔で用紙を封筒に詰める。

──………

ナガハラ・ハルカは茫漠とした湯気の中を漂っていた。

──………

頭の中枢にも湯気が漂っているような気がする。湯気の中に自分がいるのだか、自分が湯気なのだかわからなくなってくる。

──………

ふと、気付くと、床に足がついて、目の前に鏡がかかっている。全身を映すには小さい、水滴でぼやけた鏡。

──………

鏡に映った肌色の像に輪郭を見つけようと目をこらす。──どんなかたち? どんなからだがいい?

──………

ヒトの肉体は常に変化する。ハルカの体は、まだ成長の途中だ。胴は丸細いし、鎖骨も伸びきっていない。

──………

ハルカは右手を広げて胸のあたりをはたいてみた。小さいけれど、たしかに丸みのついた腫脹がある。ふいに、あの暑かった日にコバシ・ケンが下敷きを団扇にあおいでいたその胸板が思い出されてきた。

──コバシの弟になりたいなぁ………

そんな考えがわいてきた。

──………

コバシ・ケンはいかにも男性的な筋肉をまとっている。他方、男子といっても、肥満児もいれば、枯れ松みたいな者も、女の子みたいなやつだっている。

──畸形だとしても、その列の末席に受け入れてもらうことはできないのだろうか?

なぜこんな情がはらの底に渦を巻いているのだろう。──男児として生まれていればよかったのか、男性に成れればよいのだろうか。それとも、女性の枠が鬱陶しいだけなのか? それとも、希少な悩みという贅沢をしていたいだけなのか?

──………

床と、鏡が、かすんでいくように見えた。

(((──ハルカ………)))

声が聞こえる。

──誰?

(((ナガハラ・ハルカ………)))

──はっ。

目を開くと、ハルカは白い布団の上にいた。左手のうちには、勾玉…、しかし、その色はくすんで輝きがない。

「──マスカがいない…」

起き上がってみると、そこは弓ヶ丘高校の保健室だった。

「ナガハラ・ハルカさん」

「あ…、ヤマブチ先生?」

ヤマブチ・トモミ先生がそこにいた。外からはくすんだ赤い陽が射し込んでいる。

「あなたは、マスカとともにタイポンのつくりだした暗黒空間に引き込まれるところだったのよ」

「ヤマブチ先生…、どうして」

「我々の問題にこれ以上あなたを巻き込むわけにはいきません。だから…」

ヤマブチ・トモミ先生の輪郭が赤い光の中へ崩れていく。

養護教諭ヤマブチ・トモミとは地球人の目を欺く仮の姿…」

その輪郭がふたたび明瞭な形になってくる。

「あっ…」

その姿は、手足のないすらりと長い胴に、扁平な頭部、切れ長の眼と口、その後頭部には杉の木のような二本の角が生え、頸には苔が伸びたようなたてがみを持っている。

(((──私は、銀河系の情勢を報告するために宇宙大社から遣わされた伝奏官、名はヤトといいます)))

「じゃあ、マスカの仲間…」

(((そうです。──もっとも、私はおよそ千八百年前から地球にいますが)))

「……マスカは? どうなった」

(((──マスカは、今タイポンの暗黒空間の中をさまよっているはずです…。今から、私がマスカを助けて、ポイロット星人とタイポンを倒し、邪神デビューボをアンドロ比良坂に連れて帰ります。──もう地球の方に迷惑をかけることはありません。あなたは、家に帰っていてください)))

そう言い残して、保健室から出て行こうとするヤト。

「………いや、待って!」

呼び止めるハルカ。

「マスカは…、ナガハラ・ハルカが助けに行く」

(((……なぜです。──マスカを助けても、あなたには何も得るものなどないはずだ)))

「そんなことは、どうだっていいんだ」

ヤトは目を見開いてハルカを見つめる。

「一度助けを求められて、それに応じたからには、途中で見放しちゃぁ、義理が悪い、人情に差し支えるってもんだろ」

(((──……よろしい、では…)))

ヤトは窓際に立てかけてある丸い鏡を眼で指した。

(((そこにある、クマシロの鏡を、持って行きなさい──)))

モモタ・ヒカルはタウエ老人に呼び出された用事が済んで、四方津神社の社務所をあとにした。

空が奇妙に赤く、よどんでいる。

(………大気と太陽の状態によっては、こんなふうになることもあるのかなぁ………)

鳥居をくぐって、階段にさしかかる。

(………今何時くらいだろう)

時計の類は一切持ち合わせていなかった。

(………───)

四方津神社の階段は長い。

(───………、あ…)

ヒカルが階段を下りきったとき、そこへハルカが走ってきた。

「あ…、ナガハラさん」

「──モモタ?」

はたと立ち止まるハルカ。脇には、「クマシロの鏡」を入れた鞄を抱えている。

「あ…、あのー…、」

ヒカルとはギョヘテの一件以来あまり会話がない。

「……前から訊きたかったことがあるんだけど」

マスカのことだろうか。──だが今なら隠すことなどない。

「なに?」

「ナガハラさんって…、ほんとは、おとこのこなの?」

空の赤さがヒカルの顔を照らす。ハルカは精神を見通そうとする視線を感じた。

「そう、そうか」

視線を返すハルカ。

「そうだね、そうかもしれない。だけど」

今ここで、いま言えるだけのこと。

「自分の中に何があるのか、自分のまわりに何があるのか…、これからどう変わっていくのか……、まだわからないことがたくさんある。だから、まだわからないままにしておきたいんだ」

「そう…、うん、突然こんなこと訊いちゃってゴメンね。……ナガハラさんの気持ち聞けてよかったよ。」

「うん」

「じゃぁ、ナガハラさん急いでるみたいだから、また、明日」

「ああ、また」

鞄を抱え直して、走り出すハルカ。──両親にも、同じように言えるのかな……、と思いながら。


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ハルカは、四方津神社の森の中、あの日マスカと出会った場所、ミシャグジ池にたどり着いた。

ハルカは、ヤトに言われたように、クマシロの鏡を高く掲げて、ミシャグジ池に向けた。クマシロの鏡は、日中の太陽のような白い光を発して、ミシャグジ池の水面を照らした。黄緑色に輝くミシャグジ池。──やがて、その水面が突き上がって、巨大な生命体が姿を現した。

「──マスカ!」

(((──ハルカ…、きみが助けてくれたのか)))

「ヤトさんのおかげだよ」

(((ヤトが──、そうか)))

「マスカ、一緒に行こう。まだ間に合う」

勾玉をかざすハルカ。

(((ハルカ……、よし、行こう──)))

マスカは幽体になってハルカの体の中へ入った。勾玉に光が戻った。ハルカは、今度は弓ヶ丘森林公園に向かって走り出した。

「ハルカさん、戻らないんですか」

ゼンジとナミコは、ハルカの行方を追って、教員住宅のドヒ・ミツキ先生を訪ねていた。

「じゃ、私、学校の方を探してみます」

「お願いします」

サンダルを突っかけて駆け出そうとするドヒ・ミツキ先生。と、そこへ。

「その必要はないわ」

ヤマブチ・トモミ先生が忽然と現れた。

「あ、ヤマブチ先生! 何か知ってるんですか」

黙って通りの方を見るように促すヤマブチ先生。…四方津神社の方角から、森林公園めがけて、走り抜けようとする一人の影。

「──ハルカ」

呼び止めつつも駈け寄るナミコ。

「どこに行くんだ」

後に続くゼンジ。

「母さん…、──父さん」

詳しく説明している暇はない。

「実は──」

ヒカル勾玉を取り出すハルカ。左手に載せてナミコとゼンジに見せるようにし、それから、ぐっと握りしめて胸の前に引き寄せた。

わけもわからずハルカを見つめるナミコとゼンジ。

──ハルカ胸の裡に、口に附かない言葉がこみ上げてくる。………いや、今はそのことではない。マスカのことを明かせばいいのだ。──深い思いを断ち切って、勾玉を頭上に掲げるハルカ。

ハルカの体の中から幽体のマスカが飛び出し、ハルカを包み込んで、実体化していき、身長数十メートルの巨人、ウルトラマスカがナミコとゼンジの眼前に立ち上がった。

「──ハ…、ハルカが………」

茫然として後ずさりするゼンジ。

「ハルカ!」

マスカは、足下の二人に何か言葉をかけるように目を巡らせると、キッと彼方へ向き直して、颯爽と飛び上がった。

「こ、こんなことが……、そ、そうか」

目の前で起こっていることが信じられないゼンジ。

「あなた」

「これは夢なんだ。そうだろう?」

「ゼンジ!」

ゼンジの頬をぴしゃりとはたくナミコ。

「戦わなきゃ現実と!」

弓ヶ丘森林公園。ポイロット星人はマスカがデビューボを封じた"ことなぐし"の酒樽に圧縮袋をかぶせ、円盤に装備された装置でこれを圧縮しようとしていた。

《《──ボス、だめデス。いくらやってもこの酒樽は圧縮できません》》

《《エーイ、なんたることだ。ポイロット製の酒樽圧縮袋が通用しないとは!》》

ポイロット星人の円盤は酒樽の上空をくるくる回る。

《《何をしているのだ。早くポイロット星に戻って、約束の報酬を受け取らせてもらおうぞ》》

下から突き上げるタイポン。

《《……仕方ない、なんとかこのまま牽引していくとするか──》》

《《牽引光線を発射します。──しかしボス、星までエネルギーが持つかどうか…》》

《《補給船を呼んで途中で落ち合うサ》》

酒樽の上に静止して、牽引光線を準備するポイロット星人の円盤。

(((──待てッ)))

《《ナニッ》》

《《アッー》》

ウルトラマスカだ!

《《マスカ! キサマはたしかに暗黒空間へ閉じ込めたはず》》

驚くタイポン。

(((デビューボをアンドロ比良坂に鎮めるまであきらめはしないぞ)))

《《タイポンめ! なんたる手抜かりだ。これでは報酬など払えん》》

《《えぇい、今度こそ息の根止めてくれようぞ!》》

さあ、決戦だ!

マスカにつかみかかるタイポン。マスカの右腕をとって、巻き投げで地面にたたきつける。タイポン、そのままマスカを押さえつけにかかる。くるりとかわすマスカ。両者立ち直ったところで、マスカは手刀、逆水平チョップで反撃! 飛び退くタイポン。

《《──暗黒物質をくらえ》》

手先から暗黒物質を噴き出すタイポン。マスカはポイロット星人の銃弾も跳ね返したリバウンド注連縄を取り出して対抗! 注連縄にはじかれ、飛散する暗黒物質

マスカはカシワデ光線の構えをタイポンに向けた。

《《バカめ、そんな攻撃は効かないことを忘れたか》》

暗黒物質を噴出し、暗黒の盾を造り出すタイポン。──だが、マスカの構えはカシワデ光線ではなかった。マスカは合掌したまま全身の神通力を左手の先に集め、弓を引くような構えに体勢を変えると、指先から高密度に収束された矢のような光線を発射した。「ハマヤ・アタック」である!

(((受けてみろ、タイポン!)))

ハマヤ・アタック光線は暗黒の盾をつらぬき、タイポンの胸に突き立った。

《《グワッ──》》

タイポンの体の中を流れる暗黒物質がハマヤ・アタックの神通力と過剰反応を起こし、タイポンの体は全体性を消失して宇宙空間へと散逸していく。──タイポンは消えた。

《《ボス! タイポンがやられた》》

空飛ぶ円盤上のポイロット星人。

《《うろたえるな! 灰色粒子砲に全エネルギーを装填しろ》》

《《ボス、ボス! 故郷に帰れなくなります》》

《《黙れ! マスカさえ倒せば、あとは迎えを待てばよいのだ》》

マスカを狙うポイロット星人の円盤。だが、マスカに油断はない。マスカは右手に神通力を集め、光の円環を出現させた。「ゼニガタ光輪」だ! 一発必中のゼニガタ光輪がポイロット星人の円盤をとらえる。

《《ウワッ──》》

《《アッ──》》

吹き飛ぶポイロット星人の円盤。──マスカの勝利だ。

──弓ヶ丘の空に暗闇が戻った。いつもの夜空──、いつもの星。それに、明日からは、いつもの毎日が戻ってくるのだ。

マスカは邪神デビューボを封印した樽を持って、宇宙大社へと帰って行った。ほどなく以前のようにデビューボはアンドロ比良坂の窟に鎮座し、その岩戸には注連縄が張られ、祭祀が行われるようになるのだろう。

いま、ハルカの掌の上には、マスカが残していった勾玉がある。ここにはもうマスカはいない。だけど、勾玉の中には、マスカが注入した神通力が輝きを放っている。マスカはたしかにここにいたのだ。

ヤトが言ったように、ハルカがマスカから得た具体的なものはこの勾玉たった一つだけだ。でも、この経験から得たもっと大事なものは、目には見えないけれど、これからの人生の中できっと自分を支えてくれると、ハルカは思うのだった。

──今日はもう寝よう。明日のために。

……

………そう──

それから──

最初にデビューボの祟りを受けた三人の石像は、その後、石神の御神跡として四方津神社に奉納され、多くの参詣人を集めることとなった。拝殿の前に投じられる賽銭も増え、前代過事本紀や、ヒカルの図面をもとにつくられた「石神フィギュアシリーズ」もよく売れ、タウエ老人は百二十歳を越えるまでツヤツヤピンピンしていたという。

………

おーい おれたちは どーなるの よーい………

よーい………

ょーぃ………

ーぃ………

………………

…ウルトラマスカ 完

骨までフライド日記

『バックラッシュ!』プレゼント企画でいただいた『チマ・チョゴリ制服の民族誌』が先日届いたのと、あっぷあっぷさんの豆本最終回(これはすごい!)もいただいたので、記念写真を上げておきます。

ところであっぷあっぷさんからいただくメールは、なぜかいつも、エロいメールをスパムとして学習させてる inter7 の優秀なスパムフィルタに引っかかるんだけど、これもやはり邪神デビューボ様の祟り?!

第五話『邪神はふたたび』(前編)

謎の巨人、火を噴く怪獣、灰色の不審者、石像と入れ替わりに跡を絶った三人の学者、火災現場から失踪した二人の警察官…。

このところ弓ヶ丘とその周辺で起きている事件が、マスコミの興味を引きはじめた。

週刊誌には『古蒼な神社の町に「宇宙人と怪獣」神主は「石神」の正体は』などと見出しが躍り、この小さい地方都市には珍しいテレビ局の中継車が道を走り抜ければ、プラズマ管にはタウエ老人が登場する。

──この石神様の霊験あらたかな四方津神社の周囲にあっては、これらの事件は不思議なことじゃありません。

「あー…、アキのひいおじいさんだ…」

ナガハラ家の朝である。

テレビには続けて、何かの専門家──たしかコメントの専門家ではないと思われるが──が登場してコメントをつける。

──火災現場の怪獣だというものは、おそらく集団パニックによる幻覚でしょう。

「そうだよ──、そうだろう」

父ナガハラ・ゼンジ。

「火事の恐怖に、火焔土器の印象が結びついたんだ。あれは、印象的だから」

ナガハラ・ハルカは不満だ。

「…何も見てないくせに…」

「怪獣だの、巨人だのって…、そんなのいるわけない」

「だって、見たモン」

「ハルカまでそんなことを言うのかい」

「はいはい…、世の中にはまだわからないことがいっぱいあるからね」

母ナガハラ・ナミコ。

「そんなことより…、ねぇ」

「ふむ」

「なに?」

「おじいちゃんなんだけど…」

ナミコが言ったのは、ナミコの父親、ハルカから見て母方の祖父のことだ。彼は脳梗塞で入院していた。

「もうね、だめかもわからないのね」

「え…、そうなの」

「それでね…、ねぇ」

「うん、ひいおばあちゃんの時は、ハルカもまだ小さかったから、黒っぽい服なら何でもよかったんだが」

「は?」

「礼服をね、まぁ、何れ必要になるだろうし」

「え?」

「今日の放課後、いいかな? おとうさんも今日は早いから、できるだけ早く帰ってきてね」

「礼服って…」

──礼服って!

弓ヶ丘高校、二年B組。

「あのさ、ヤマブチ・トモミ先生って」

コバシ・ケン。

「すらりとしてて、美人だと思うんだ」

「エェー、そうかなあ」

タウエ・アキ。

「そんなに美人ってふうじゃないと思うけどー」

むしろ美人じゃないと思っているアキ。

「いや、おれもやけどをして保健室に行くまで気付かなかったんだ。でも、おれの手に包帯を巻くところを見ると、指なんかとても信じられないようにすらりとしているし、顔だって…」

すらりにこだわるコバシ・ケン。

「ははー、これは治療を受ける者の心理ですね!」

そんな話をハルカは呆然と聞いていた。

──悩むところの階層が違うんだなぁ…。

と、ハルカは思う。

「あれー、ハルちゃん、なんか元気ないぉ?」

「いや…、別に」

モモタ・ヒカルもなんとなく今日はこの輪に入れず、一人で外を眺めている。

「あ! どうしよう。おれ、何かが変だ」

「コバシく〜ん。週刊誌がその辺で聞いてるかもよ」

ハルカは自分のまわりで人間関係が少しずつ変わっていくのを感じるのだった。

大伽牟津見神社の後背の森の中に、太平洋戦争時代の防空壕がある。天然の洞窟を利用したもので、今は入り口は塞がれている。

《《──ボス、デビューボはこの奥に違いありません。アンテナが反応しています》》

地球人並の大きさに身長を縮めた、三人のポイロット星人。

《《ヨーシ、ではこの入り口の遮蔽物をどけろ》》

上役のポイロット星人が、部下の二人に命じる。

《《待て、オレガヤル》》

それをさえぎって後ろから出てきたのは、ポイロット星人に雇われた用心棒・宇宙武人タイポンだ。

《《センセイ、お願いします》》

《《よしッ…、デワッ!》》

気合いとともにタイポンが右の平手を振り下ろすと、その手の先からものすごい衝撃波が発生し、固く閉ざされた防空壕の扉を打ち砕いた。

その防空壕は、高さ170センチ程度の狭い穴で、入り口から数メートルは、かつて整備されて人工の壁や床が付いているが、奥はもとの洞窟のままで、さらに進むと、がらりとした広い室のようになっている所に出る。

眼から赤外線を照射しながら暗い洞穴を行くポイロット星人たち。進むほどに天井も高くなり、からんからんと足音がよく響く。

と、洞穴の奥隅で、暗闇の中にゆらゆらと浮く二つの光球が見える。…邪神デビューボだ。

《《オー、デビューボよ。どうか我々の願いをお聞きください》》

掌をあわせて、うやうやしくデビューボを拝む。

《《デビューボよ、我々の星に立派な神社をご用意致します。どうか我々の星にお越しください》》

{{{──ワシハ、タイグウノヨイホウヘユクゾ}}}

《《恭敬のしるしに、御神酒をもって参りました──、オイ、圧縮袋を出せ》》

《《ハイ、ボス。こちらです》》

上役のポイロット星人は部下のポイロット星人からレトルト食品のパックのような小さい袋を受け取った。「酒樽圧縮袋」である。上役のポイロット星人は、酒樽圧縮袋の封を開けた。すると、袋の口から光が漏れたかと思う間に、そこに大きな酒樽が出現した。

《《オオ、神よ! どうか我々の礼をお受けください。最高級のポイロットビールです》》

{{{ヨーシ──、デハ、ヒトツノンデミヨウカノ}}}

酒樽の蓋を割って、茶色い液体を口に含むデビューボ

{{{──ブーッ! ナンジャコリャ!}}}

しかし、一口でポイロットビールを吹き出した。

《《デビューボよ! いかがなさいました》》

{{{オロカモノメ! ムギチャニ ジュウソウト ゴウセイアルコールヲ マゼオッタナ!}}}

ポイロット星ではそれが最高級なのだ。

《《エ──、何をおっしゃいます》》

文化の違いにとまどうポイロット星人。

{{{タタルゾ、ヴォケー! ワシノチカラヲミセテクレルワ}}}

と言うが早いか、酒樽をひっくり返し、雲に化けて、洞窟の外へとデビューボは向かった。

《《追え──、逃がすな》》

三人のポイロット星人と宇宙武人タイポンも、デビューボの後を追って外へ出る。


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郊外の大型ショッピングセンター。

うぐぅ…、興味がわかないんだもん…」

黒い服が林立している売り場の前。

「今日は見るだけでいいから…」

ナガハラ一家である。

「コラ、甘やかすんじゃない」

そんなやりとりの末、結局食料品だけを買い込んで出口に向かう三人。

「やれやれ…、早く帰ってこいといったのに、油を売ってくるから…」

外はもう暗くなりかけた頃だろうか。

「あれ、思ったより長くいなかったみたい」

空はまだ赤かった。

ナガハラ一家は自動車に乗り込み、帰路につく。運転席に父ゼンジ、助手席に母ナミコ、後ろに荷物とハルカだ。

「変だな?」

ゼンジが言った。

「何かスピードが出ないみたいだ…、渋滞してるわけでもないのに…」

「そう?」

「もううちに着いてもいい時間なんだが…、メーターは上がってるのに…」

空は奇妙に赤い。雲がよどんでいる。

「どこかおかしいのかな」

ゼンジは車を路肩に止めた。

「変だな、時計はもう7時を過ぎてる…」

時計だけがいつものように時間を刻んでいる。

夕焼けに赤く染まる雲の中を、一塊の黒雲が漂っている。

「あ…、行かなきゃ」

ハルカにはマスカの声が聞こえた。

「なんだって」

ハルカは扉を押し開けて外へ飛び出た。

「どこに行くんだ」

「先に帰ってて!」

ハルカは走った、黒雲を追って!

弓ヶ丘森林公園の上空に、黒雲は流れてきた。それを追ってきたハルカ。ハルカは勾玉を取り出した。勾玉の中心から、光が迸る。

マスカは地球上では長時間活動できないため、普段は肉体は「幽体」という状態に変化してハルカの体の中に隠れ、意識は勾玉の中に籠もっている。そして、必要なときには、実体化して、また隠れるときのためにハルカを自らの肉体の中に保護するのだ。

…光とともにウルトラマスカがその巨体を現した。赤い空に浮かぶ黒雲を見上げるマスカ。

(((──邪神デビューボよ)))

黒雲はごろごろと空気を響かせる。

マスカは空を見通し、アンドロメダ星雲の宇宙大社へと念波を送った。そして返信の念波とともに、巨大な物体が空間を裂いて転送されてきた。それは宇宙大社特製の神酒を湛えた酒樽だ。

(((──この神酒は、私の神酒ではありません。神酒の司、宇宙大社にいます、セグリンの、かむほぎにほぎくるおし、とよほぎにほぎもとおし、献り上げます神酒、銘酒"ことなぐし"です。──どうぞお召し上がりください。ささ)))

酒樽の蓋を取るマスカ。

黒雲は渦を巻き、もとの姿に戻った。邪神デビューボだ。

{{{──オオ、アヤシイカオリジャ}}}

酒樽に首をつっこみ、"ことなぐし"に口を付けるデビューボ。息もつかず、ごくごくと飲み続ける。──するとどうだろう。デビューボが神酒を呑むごとに、かえってデビューボの体は縮んでいき、ついには酒樽の中へどぼんと落ちてしまった。すかさず蓋を閉じ、封をするマスカ。

(((──よし…、これでもう安心だ)))

マスカがほっと一息つきかけた、そのとき!

《《ファッファッファッ、マスカよ! その酒樽をこっちに渡してもらおうか…》》

飛んで来たのは、ポイロット星人の円盤だ。

(((なんだと)))

《《センセイ! お願いします!》》

不意に、マスカの背を強烈な衝撃が襲った。

(((ウワッ)))

林の中へ突っ伏すマスカ。

《《ハ、ハ、ハ、油断大敵だな!》》

宇宙武人タイポンだ。

(((──クッ)))

マスカには時間がない。地球の酸素濃度はマスカの肌に合わず、マスカの体表を徐々に侵してゆく。立ち上がりざま、反撃のカシワデ光線を放つマスカ。

《《ハ、ハ、ハ》》

タイポンの体の中には暗黒物質が流れている。タイポンは指先から暗黒物質を噴出し、暗黒の幕を張った。この暗黒物質には、割とあらゆる光を吸収する力があるのだ。カシワデ光線も、暗黒の幕の中へ消えてしまう。

《《こっちの番だ!》》

タイポンは暗黒物質をマスカに向けて噴き出した。

(((──アッ…)))

暗黒物質はマスカの全身にまとわりつき、やがて暗黒の球体を形成してその中にマスカを閉じ込めようとする。

(((──………)))

その様子を見ていた人物がいる。

「いけない!」

ヤマブチ・トモミ先生だ。なぜここに?

「地球人を巻き込んでは…」

ヤマブチ・トモミ先生は、持っていた鞄から丸い鏡を取り出して、頭の上へ高く掲げた。鏡が光を放つ。

《《ハ、ハ、ハ、マスカの最後だ》》

暗黒の球体が、マスカを呑み込んでしまった。タイポンが暗黒の球体を両手で挟み、力を加えると、それはタイポンの掌に乗る大きさになった。

《《マスカは暗黒物質の中で生も死もなく永遠に苦しみ続けるのだ》》

マスカは、そしてハルカはどうなってしまうのか!

後編へつづく!

第四話『大火災五秒前』

大伽牟津見神社の近傍で、縄文時代中期の遺跡が発見され、日々発掘作業が行われている。主な遺物は、火焔型土器である。

火焔型土器は、深鉢型土器の一種で、その形状、模様が、火焔を思わせる、縄文式土器の中でも独特な様式を持つ。1936年に新潟県の馬高遺跡で出土して以来、信濃川流域で多く発見されている。

一説によれば、この時期、気候が変動し、気温が下降したことから、暖気を求める心情が、このような芸術をもたらしたとも云う。そういわれてみれば、

──もっと炎を!

という声が聞こえてきそうでもある。もっとも、それは現代人からの一方的な解釈で、実はそういうものでもないのかもしれない。

遺跡では、日中、発掘作業が行われたあと、その成果はひとまず公民館に運び出された。煌々と輝く月が、明日の発掘を待つ遺跡を照らしている。──いや、それは月ではない。光は遺跡の上空をくるくる回りながら下降し、やがてピタッと止まって、その中から三人の人影を吐き出した。──ポイロット星人だ! 三人のポイロット星人が遺跡に降り立った。

《《──この地面の下には、何かが眠っているようダ》》

《《──この星の古い時代の人間の情念が、土と混じり合って埋もれているようデス。》》

ひとりのポイロット星人が、地面に向かって眼光を照射すると、土の中から何かもやのようなものが立ち昇った。

《《ファッファッファッ…、では、この情念に新しい形を与えてヤロウ………》》

その日は朝から暑かった。

ここは弓ヶ丘霊園前交番である。

「フン! フン!」

交番横の草地では、今日もアキヤマ巡査長が、ダンベル体操ならぬ鉄アレイ体操で、筋肉の鍛錬に余念がない。浅黒い肌に太陽を受けて汗が輝く。

「…せんぱーい」

そこへ樽のような体を揺らして上り坂を駆けてきたのは、イズミダ巡査だ。

「おう、イズミダ。どうだった」

「はい。今日も、行方不明の三人の足取りは、まったくつかめませんでした」

「そうか。イズミダ」

「はい」

一歩離れてイズミダ巡査の頭から爪先までを眺めるアキヤマ巡査長。

「おまえ、以前より体が締まってきたんじゃないか」

「はい! せんぱいの指示で、移動に乗り物を使わず、連絡にもできるだけ無線を使わないで、足を使っているおかげです」

「そうかそうか、よーし、それじゃぁ、休憩がてら、一緒に鉄アレイ体操でもするか!」

内心ちょっと辟易するイズミダ巡査。

「は、はい! ありがとうございます」

と、そこへ。

「コラー! 貴様ら、なにをアソンドルんだ」

「げっ、部長!」

二人の上司、ミサワ巡査部長だ。

「い、いつの間にいらしたんですか」

「そんなことをしとる暇があったら、ワシのために、かき氷の一つも買ってこんかい!」

まだまだ平和な弓ヶ丘である。

昼下がりの弓ヶ丘高校。

「あー…、暑いあつい。」

Tシャツの裾をばたつかせて涼をとるハルカ。

「ハルちゃ〜ん、お行儀わるいっす…」

アキはこの暑いのに強力な熱源体のノート PC に貼り付いて、だらだら汗を垂らしている。

「ん〜…?」

珍しいことがあった。雨の日でも昼休みの教室に居たことがないコバシ・ケンが今日はそこに居る。コバシ・ケンは弓高レスリング部始まって以来最強の呼び声高い筋肉男だ。

──あー、いいな…。

と、ハルカは思った。

「いやあ、暑いっていいよな」

なんてことを言いながら、コバシ・ケンは上半身の衣服を完全に身からはがして、下敷きでばたばたやっている。その胸板には、過日隣町の高校の柔道部に所属するササキ某と一発やらかしてつけたという噂のアザが浮かんでいる。

珍しいのはコバシ・ケンが教室に居ることだけではない。いつもは一人でノートに何か書いていることが多いモモタ・ヒカルの机の横に、コバシ・ケンが立っている。

「モモタ〜…、なにやってんの」

「モモタが見たっていうものを、描いてもらってるんだ」

答えたのはコバシ・ケンだ。

「ナガハラさんも実際に見たんでしょう」

「エ、なにを」

「昨夜掲示板に画像がアップされてて、話題になってるんだが」

「ハルちゃん、これだ」

アキがノートの画面を指し示した。Web ブラウザに「弓ヶ丘 BBS」が表示されている。そしてそこには「伊賦谷ライブカメラ」で撮影されたという画像が貼り付けられていた。画質は粗いが、遠景に巨大な人に見える影が写っている。

「よく細かいところまで覚えているなあ。一体、なんなのだろう。ウルトラマンのような宇宙人か、それとも、民話に出てくるダイダラボッチみたいなものかな」

というコバシ・ケンの声につられて、ハルカもモモタ・ヒカルの大学ノートをのぞいてみた。

「あ…、マスカ」

「描いてる途中であんまりのぞかないでよう…」

「あれ、ナガハラさん、今なんて言った。こいつの名前かい」

「え」

この場で言っていいのかどうかわからない。

「んん、なにか?」

アキと目を見合わせるハルカ。

「えと…、ほら、小さい頃にアキのひいおじいさんに聞かせてもらった」

「んー…」

四方津神社に伝わる古文書に載ってる話に、こんな感じのが出てこなかったけ」

「え?」

「ゼンダイカジホンギとかいうヤツ。ほら、アマノマスカノミコトとかいって…」

ほんとはそんな神名は出てこなかったけど、調子を合わせてくれよと視線を送るハルカ。

「ゼンマイ? なに? そんなのあったけ」

「マスカか。いいね。それジャァ、"ウルトラマスカ"と呼ぶことにしよう」

とりあえずコバシ・ケンは「ウルトラマスカ」が気に入ったようだ。ハルカはなんとかこの場をやり過ごせてほっとするのと同時に、ゼンダイカジホンギの奇妙な神秘的な説話を聞いたことは、アキとの強い共通体験だと思っていたのに、アキの方ではそうは思っていなかったことを知って、心の距離が一歩離れたような気がするのだった。

弓ヶ丘霊園前交番、かき氷をかきこみながらなんとなく会議する三人。

「と、いうわけで、今朝から伊賦谷の方でぼやが四件もあった。放火の疑いもあるので、こちらでも警戒するように」

「おす」

「はーい。…あれ、せんぱい、なにか焦げ臭くないですか」

「なんだと、噂をすればなんとかか」

「アキヤマ、外からだ! 来い! イズミダは残れ」

「はい!」

「いってらっしゃい」

外に出たミサワ巡査部長とアキヤマ巡査長。眼前には墓地。臭いはどこから流れてくるのだろうか。なにかが焼けるような臭いを追う二人。

「部長、墓地の中からですよ」

「盛大な焼香じゃないだろうな」

臭いはいよいよ強くなる。弓ヶ丘霊園の中からは、煙が上がっている。

「アキヤマ! お前見てこい。ワシはここで見張っているからな」

「エェー」

ぶつくさ言いながら墓地に踏み込むアキヤマ巡査長。

「アッ」

そのとき! 硬い土だと思った地面に足がめり込んだ。粘土だ。しかもそれは熱を持っている。周囲の墓石もがたがたと崩れ出す。湯気か、煙か、辺り一面をもやが覆う。そして、地響きがしたかと思うと、目の前の地面を吹き飛ばして、地中から巨大な生物が姿を現した。

それは、全体は昔の図鑑の中に棲息していた二足歩行の恐竜のようである。そうでありながら、泥で塗り固めたような体表、火焔土器のような胴、手の先には指が無く、筒になっていて、頭頂には人面瘡のような凹凸があるという奇っ怪な姿だ。

「かっ、怪獣だ──」

遠くからその様子を監視するのは、ポイロット星人だ。

《《ファッファッファッ、行け、ギョヘテよ、マスカを倒すのだ》》

──ウァーーーーッ!

怪獣ギョヘテは咆吼一番、両手の先から炎の塊を噴射した! 火の玉はアキヤマ巡査長の頭を越えていく。

「あっ、イズミダ! 逃げるんだ──」

炎に包まれる交番。ギョヘテは踵を返して、マスカを探し始めた。


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一方そのころ、弓ヶ丘高校でもぼや騒ぎが起きていた。家庭科の授業中に突然ガスコンロの火が大きく燃え上がり、コバシ・ケンは軽い火傷を負った。ここは保健室である。

「はっはっはっ、レスラーはこのくらい平気だ!」

さっきまで動転していたが、気を取り直して焼けた手を自慢するように振り上げるコバシ。

「やけど、やけど、やけど…にモロナインは効くかしら…」

養護教諭のヤマブチ・トモミ先生だ。

「あー…、じゃ、先に教室に戻ってるから…」

付き添いできたハルカ。

「ああ。心配してくれてありがとう。この礼はきっとするからな!」

保健室を出るハルカ。廊下を歩いていると、サイレンの音が耳に入った。

「ん、なんだろ」

窓から外を見ると、東の方に、煙が上っている。消防車、救急車のサイレンが鳴っている。

──ファッファッファッファッ………

どこからともなく漂ってくる笑い声。

ハルカは靴箱へ走った。運動靴に履き替えて、外へ走った。

《《ファッファッファッ…》》

声は校舎の屋上からだ。

「ポイロット星人!」

屋上に一人のポイロット星人。

《《マスカよ、今日が貴様の命日ダ》》

──ウァー───ッ

校舎の向こうから、怪獣ギョヘテがその不気味な首をもたげた。

ハルカはポケットから勾玉を取り出した。輝く勾玉。今まさにハルカの体の中に幽体になって隠れていたマスカが、実体化しようとする。

「───ナガハラさん」

はっとするハルカ。

「モモタ?」

──いつからそこに?

「離れてろ!」

光を放ちながら、ハルカを包み込んで実体化するマスカ。ギョヘテと対峙する。

ギョヘテに破壊された弓ヶ丘霊園前交番では…。

「せんぱーいい……、部長…、どこですか…、たすけてくださ〜い」

イズミダ巡査はギョヘテの火球が着弾した衝撃で崩れ落ちた交番の構造物に足を挟まれ、身動きがとれない。

「……ジュンジ……ジュンジ!」

イズミダ巡査の名前を呼ぶアキヤマ巡査長の声。

「せんぱーい……、部長ー…、……せんぱい!」

もうもうと立ち上る煙を裂いて、アキヤマ巡査長が現れた。

「ジュンジ! …部長は一人でさっさと逃げちまったよ」

「せんぱい!」

「だが俺は違うぜ!」

気合い一番、イズミダ巡査の足に被さった建材を持ち上げるアキヤマ巡査長。イズミダ巡査は足を引きずって這い出す。

「せんぱい!」

「ジュンジ! 大丈夫か」

アキヤマ巡査長はイズミダ巡査に肩を貸す。仕事をさぼって鍛えた厚い筋肉がイズミダ巡査の体を支える。

「さぁ、火の手が及ばないところまで逃げよう」

(((───テヤッ)))

ギョヘテの腕を絞り上げるマスカ。

{{───ウァーッ}}

苦しみ紛れに両手から火球を乱射するギョヘテ。

(((─いけない)))

校舎に火が燃え移る。

(((タァッ)))

マスカは跳んだ! ──マスカは弓ヶ丘を流れる鳥上川のほとりに着地した。鳥上川の水を手ですくって、口に含むマスカ。水はマスカの口の中で神通力を帯びる。

(((タッ──)))

マスカは校舎の近くに舞い戻ると、口に含んだ水を噴射した。「ミソギ水流」である。ミソギ水流には、どんな火災でも割と速やかに鎮火する力があるのだ。

マスカはさらに、ミソギ水流をギョヘテにも浴びせかける。

{{ウァーッ}}

ミソギ水流を浴びて、ギョヘテの手が、足が、胴が、頭が、どろどろと崩れ出す。もがくギョヘテ。そこへ、トドメのカシワデ光線が襲う。

{{──ウァー──ッ………}}

蒸発していくギョヘテ。

…戦いは終わった。

《《ファファファファ………、ギョヘテはやられたか…、だがこれで終わりではないぞ…》》

飛び去るポイロット星人。そこに、ほかの二人のポイロット星人が合流する。

《《──ボス、デビューボの居場所のアタリがつきました》》

《《ヨーシ、デビューボの機嫌さえとれば我らの勝利だ。では、行くぞ!》》


次回、邪神デビューボを巡ってウルトラマスカとポイロット星人が最後の決戦!? ウルトラマスカ第五話『邪神はふたたび(仮)』邪神デビューボ再登場(予定)・宇宙武人タイポン登場(予定)。乞うご期待!

第三話『謎の探偵事務所』

「いいじゃないか。なぜいつもそうしないんだ」

と言ったのは、ハルカの父のナガハラ・ゼンジである。それに対してハルカは、むっとして黙っているだけだ。

──これでも似合わないつもりなんだ。

とは、なかなか言えない。そこから先のやりとりを想像すると、暗澹とした気分になってしまう。

「フレンチトースト焼けたよ〜」

母ナガハラ・ナミコは、父と違ってハルカに月並みな期待をかけない。母が間に入ってくれるのがハルカにとって救いになっている。

朝日はいつものように弓ヶ丘の住宅街を包んでいるけれど、ハルカだけはいつもと違うセーラー服で、学校へ向かう。

「…と、いうわけで、十九世紀に石造りの立派なアーチ橋がいくつも作られたのは、藤原林七が国禁を犯してもオランダ人と接触して手に入れた円周率があったからなのです。みなさんも、円周率を3.14159265…くらいまでは、暗記はしないまでも手帳にでもつけていつでも参照できるようにしておけばいいと先生は思います…」

タニガワ校長が視察に訪れた四時間目は、ドヒ・ミツキ先生の数学史の授業だった。タニガワ校長は、教室の後ろのすみで静かに授業風景を眺めていただけで、特に何か言うこともなかった。居たのかどうかもわからなかったくらいである。というのは、校長が教室に居ることよりも、ハルカが制服を着ていることの方が、生徒たちの意識を引いたからかもしれない。

「レアものだぁ〜。写真に撮っておこう」

タウエ・アキは、日本では電話として使えないのに個人輸入してなぜか肌身離さず持ち歩いている Treo 700p の内蔵カメラで、いつもと違うハルカを撮影しようとした。

「撮るなよ…」

悪気がないのはわかっているので、ことさらに怒ったりはしないが、いやなので仕返しはする。ハルカは鼻の脂を人差し指につけて、Treo に目つぶしを喰らわせた。

「ぬうぁああぁ、レンズに指紋がぁ!」

その場にしゃがみ込んで、スカートの裾でレンズを拭くタウエ・アキ。

「とれお〜、しっかりするんだ…」

ちょっとレンズを汚しただけで大げさな…と思いつつハルカはその場をあとにした。

ハルカは下校を待たず昼休みにはいつものジャージに着替えてしまうことにした。場所は、ドヒ・ミツキ先生が顧問をしている放送部の部室の奥の物置部屋を借りる。すっかりいつもの格好に戻って、部室を出ると、ドヒ・ミツキ先生が待っていた。

「お疲れさんです〜。今日はありがとう」

「別に…礼を言われるようなことしてないし」

「無理言ってゴメンな。こんど、先生の部屋に遊びに来たら、チャーハン作るよ!」

「…先生は、もう少し威厳を持ってくださいよ」

「はっはっはっ…、じゃ、またあとで」

「あれぇ、…もう着替えちゃったの」

廊下で出くわして、こう言ったのはモモタ・ヒカルだ。

「なんだよー」

「いや…、えぇと、せっかくセーラー服が着られるのにもったいないと思って…」

「むー…、じゃあ、モモタはセーラー服を選ぶ権利があったら着るのかよ」

「………」

「………な、なんで黙るんだよー。もういいや、そろそろ教室に戻らなきゃ…」

そして、その日、あとから振り返ってみてタニガワ校長の存在感をさらに薄めたのは、ホームルームの時間にドヒ・ミツキ先生から話のあった「不審者情報」の印象が強かったからだ。

「えぇ、最近、弓ヶ丘近辺で不審者を目撃したという情報があります。不審者は、灰色のスーツを着た、小太りの中年らしいです」

ただの不審者情報なら、今どき珍しい感じはしない。しかし、この話はひと味違った。

「灰色のシャツに、灰色のスーツを着て、顔も灰色の不審者が、拳銃のようなものを持って何かを探していたという目撃談もあるようです」

ときたから、血気盛んな学生連中が黙って聞いているわけがない。騒然とする教室。

「……はい、静かに!」

反応が一巡するのを待って場を収めるミツキ先生。

「と、いうわけで〜、みんなあやしい人を見かけたら、危ないので絶対に自分で追いかけたり、捕まえようとしないで、必ず警察に届けてねー」

今日も今日とて帰宅部の三人である。

…ハルカたちが住むこの町は、大まかには、丘陵の弓ヶ丘地区と、谷地の伊賦谷地区に分れている。一般に、日本では伝統的に谷に人口が集まり、丘には人が少なかった。丘には、幕末以後、外国人の邸宅が建てられたり、新興住宅地として開発されたりしたため、丘の上は新しくて、きれいで、いいところという印象ができた。ハルカが住む弓ヶ丘地区も、そうした割と新しい住宅街であり、もとは四方津神社の神域の森の縁辺の里山であり、人里である伊賦谷地区との間にあって、神と人との不意の接触を断つ緩衝地帯だった。

そんな弓ヶ丘の住宅街も開発が始まってからすでに数十年の時が経っている。その中をなんとなく一緒になって、まっすぐ帰宅するような、しないような三人。

「でー、ハルちゃんはどう思う?」

右手に Treo 700p、左手に WX310K を持ってなにやら操作しながら、アキが訊く。

「ん…、なにが?」

「灰色の怪人のことでぃすよ」

「別に、なにも考えてないけど」

「学術調査隊の失踪事件と何か関係があるのかなぁ…」

ヒカルも会話に加わる。

「ソレダ!!」

とアキ。

「どれなんだよ」

「つまり、伊賦谷駅前にある、古い探偵事務所が、あやしいと思うんだよねー」

「あそこって営業してる様子がないじゃん…」

ハルカのつっこみも気にとめず、道をおれて坂を下っていくアキ。その先に伊賦谷駅がある。


デビューボより祟るのはデビューボだけ!

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伊賦谷駅前商店街の一角に、かすれた文字で窓に「探偵事務所」と印字された古びた建物がある。もう、だいぶ前から、使われている様子がないが、それほど朽ちているわけでもなく、また、空いているからといって新しい入居者を募集する張り紙もないのは、怪しいといわれれば怪しい感じもする。そして、閉ざされた入り口の前には、いったいなぜだろうか、黄色いアイリスを挿した空き缶が一つ、ぽつんと置かれている。

「…ここではってれば灰色の怪人が…」

電柱の影で謎の探偵事務所を見張るアキ。果たして、灰色の怪人は現れるのだろうか。

一方そのころ、アキにつきあいきれないハルカも、別の用事のために伊賦谷地区にきていた。

「…別に付いてこなくてもいいよ」

「うん、あのー…」

なんとなくついてきたヒカル。

「…さっきは、ごめん」

「んー? 何かあったっけ」

とぼけ半分、それにすぎたことは根に持たないのもハルカの正直な性格だ。

「えぇと…、じゃあ、また明日」

「おう、また明日」

ヒカルと別れたハルカは、伊賦谷の市街地を抜けた。この町には、弓ヶ丘と伊賦谷の街区を挟んで四方津神社の反対側に、もう一つの神社、大伽牟津見神社がある。そのあたりに邪神デビューボが逃げ込んだかもしれないと、マスカの示唆である。

ハルカは、大伽牟津見神社の鳥居をくぐって、拝殿の前に進んだ。境内は、ひっそりと静まりかえって、人の気配もない。周囲は、林に囲まれている。

「………」

辺りを見回すハルカ。そこへ、右の狛犬の陰から、突如として躍り出た者がある。

「ファッファッファッ…、待っていたぞ。ナガハラ・ハルカ、いや、マスカよ」

その姿は、灰色の装束に身を包んだ怪人…、しかし、その着衣は見たこともない素材である。その顔は、丸い電灯を埋め込んだような眼、高質化した口髭と一体化したような鼻、異質な皮膚。そして、その両手には、拳銃のようなもの、いや、それは拳銃を持っているのではなく、拳銃のような形状に伸びた親指だ。

「誰だ」

《《私は、ポイロット星人だ》》

「だから誰だ」

《《私はポイロット帝国の一兵士…、名乗る名はない》》

「人に対して失礼だろ…、まあいいや、用があるなら聞こう」

《《まず言っておくが、邪神デビューボをアンドロ比良坂から出したのは我々だ》》

「なんのために」

《《…我がポイロット星は、強大な勢力を持つシーラメ星に隣接し、常にその悪辣な圧力を受けているのだ》》

遠い目で故郷に思いをはせるポイロット星人。

《《そこで、国力を振興し、シーラメ星の干渉を斥けるために、デビューボ神社を誘致したいということになり、アンドロ比良坂に出向いて岩戸に張られた注連縄を切った。そしてデビューボをポイロット星に呼び寄せる途中で、この地球に降りてしまったというわけだ》》

「それで?」

《《それで、我々のデビューボ招致をこのまま黙って見逃してもらいたいのだがネ》》

ハルカは例の勾玉を取り出す。勾玉はマスカの意識の仮の姿だ。勾玉が光を発する。

(((──ポイロット星人よ、デビューボを甘く見てはいけない…。デビューボは祭祀の方法を誤ると大変な祟りを起こします)))

《《我々は立派な神社を建てて手厚く祭祀するつもりだ》》

(((よく聞きなさい──、神の祟りには差別も際限もないのです。…神の怒りにふれたものだけが、罰として祟りを受けるのならばよいが、そうではなく、神はただ祟りを起こすものなのです。往々にして、祟りを引き起こしたものは無事で、弱いものが犠牲になります…。──だから、祭祀には大変な責任があるということを、わかっているのですか)))

ポイロット星人は、マスカの話を聞くようなふりをしていたが、もう待ちきれないという様子で、こう言い放った。

《《えぇい、もう話にならん、あくまで我々の行く手をさえぎるというなら、この場で死んでもらうまでだ!》》

ポイロット星人は、突然巨大化した! いや、いままでの格好が仮の姿で、これが本来の身長なのだ。

《《さぁ、マスカよ、姿を現せ、勝負をつけよう》》

マスカは、地球上では長時間活動できないため、幽体という状態に変化して、ハルカの体の中に隠れている。そして、必要になれば、逆にハルカを自らの肉体の中に保護し、その数十メートルの身の丈を現すのだ。

大伽牟津見神社を挟んで対峙する、二人の巨人。

《《くらえこの!》》

肥大化した両手の親指の先から、弾丸を発射するポイロット星人。危ない! だがマスカはひらりと攻撃をかわすと、敵が次の弾丸を装填する隙に、うなじに手を回して頭髪を二本引き抜いた。それから、両手でその髪の毛をつまんで、よりあわせながら左右に引っ張ると、それはたちまち注連縄に変化した。「リバウンド注連縄」である。

《《こんどこそくらえ》》

再び発射される、ポイロット星人の凶弾! しかし、マスカがリバウンド注連縄を掲げると、弾丸は見えない壁に跳ね返され、マスカに届くことはない。

うろたえるポイロット星人。マスカはその隙を見逃さず、すかさずカシワデ光線を浴びせかける。カシワデ光線はポイロット星人の心臓がありそうなあたりに命中した。

《《アッー》》

ポイロット星人は膝から崩れ落ちる。

《《くぅ…、なかなかやるな、だが、ポイロット帝国の力はこんなものではないぞ…。…私が斃れたと知れば、さらなる刺客が、送り込まれるだろう………》》

ポイロット星人は消え去った。マスカもハルカの中へと戻る。

「…おーい」

そこへやってきたのは、モモタ・ヒカルだ。

「あれっ、帰ったんじゃ」

「きのうの巨人が居るように見えたから…。この辺に居たでしょう?」

「う、うん、そうだね…、街から見えた?」

「見えたよ、あんなに大きいのに、どこに消えたんだろう」

「さ、さぁ…」

別に隠さなければならないと言われたわけではないが、なんとなく言い出せないハルカである。日は西の山に沈もうとしていた。

一方、タウエ・アキは、暗くなるまで謎の探偵事務所を見張っていた。

「………誰も来ない………」

黄色いアイリスも心なしかしおれたようだ。謎の探偵事務所は、いつまでも謎のままであった。


ポイロット星人の、さらなる刺客とは? 次回、ウルトラマスカ第四話『大火災五秒前(仮)』火焔土獣ギョヘテ登場(予定)。乞うご期待!

執筆遅延中〜…

「ウルトラマスカ」前回の更新から一週間が過ぎましたが、第三話「謎の探偵事務所(仮)」頭脳宇宙人ポイロット星人登場(予定)は、まだできておりません。もう少しお待ちください。
その代わりではないですが、今日は『バックラッシュ!』がようやく届いたので、あっぷあっぷさんの豆本第三弾と並べて記念写真を撮ってみました。
前から。

後ろから。

後ろから見るとうっかりえろまんがと間違えそうにも見えますが、なかみは文字がびっしりです。