軍事計画法LPM2024-2030についての雑語り

 フランス政府は先月行われた閣議で2024年から2030年の国防計画法案を承認した。これは軍事計画法(LPM: la Loi de programmation militaire)と呼ばれるもので、兵器の設計開発や装備計画、資金調達などを新大統領の任期はじめに法典化したものである。LPM2024-2030の予算額は4130億ユーロ(約60兆円)であり、25年までの計画(LPM2019-2025)に比べて4割の増額となった。私は(他の時代に詳しいわけでもないが)現代の軍事戦略や兵器に疎いので、LPM2024-2030の報道について「フランスも軍拡するんだねえ」ぐらいの感想しか当初はもっていなかったのだが、暇つぶしに翻訳機能を使って読んでいると少し思うところがあったので、備忘録がてら雑語りをしてみたいと思う。

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共和国の海軍─ジューヌ・エコールとはなんだったのか─ (1)

・はじめに

 ジューヌ・エコール(Jeune ecole)、いわゆる「新学派」(「青年学派」とされることも多いが、本ブログではこの訳を用いる)は海軍や軍艦に興味のある人なら一度は目にしたことがある単語だろう。新学派とは、19世紀末のフランス海軍内に生まれた派閥で、圧倒的に優勢なイギリス海軍に対して同等の数の戦艦を整備するのは無駄であり、新兵器の機雷や水雷艇による沿岸防衛、そして巡洋艦による通商破壊を実施して同海軍に対抗しようという戦略を提唱したことで有名である。しかし、アメリカのアルフレッド・マハン提督の「海上権力史論」に影響を受け、艦隊決戦のための戦艦建造に注力したイギリス、ドイツ、アメリカ、日本に対し、フランスが弩級戦艦超弩級戦艦の建造で遅れを取る原因になったとして批判されることも多い。また、ある一国の海軍が、沿岸防衛にリソースを多く割いているという意味で「新学派」の言葉を使う人も散見される。

 「新学派」という言葉の概要だけなら上記の説明でもおそらく十分ではある。しかし、これはあくまでも軍事的な視点に拠ったものだ。軍事独裁政権でもないフランス共和国(第三共和制)の中にあるフランス海軍の戦略を、単に艦艇の性能や隻数、そして艦艇整備の傾向だけで評価するのは果たして適切であろうか。当然だが海軍というものは、主権国家が持つ正当な内外への暴力手段である軍事力の一部を担う組織として、政府の下に置かれている。政府は各省庁の要望をまとめた(もちろん艦艇を建造するための予算も含まれている)予算案を議会に提出し、議会はそれを審議にかけて採択の可否を下す。そうした手続きがある以上、独仏戦争終結から第一次世界大戦までに成立した各内閣の内政・外交や、議会における予算審議の方法についても触れなければならないだろう。また、議会で審議を行う予算の源である税金、歴史的に貧弱なフランス経済、そして「経済的利益を目的」として実行された(とされる)植民地事業についても目を向けなければならないと私は考える。ある人物が何か行動を起こそうとしたときに、その動機は必ずしも一つではない。それと同様に、「フランス海軍内で『新学派』という派閥が誕生し、彼らの主張に沿った艦艇がただひたすらに建造されてしまうという非合理的な行為のために、フランス海軍は第一次世界大戦勃発時に目も当てられない惨状となっていた」という説明だけでは、その事実を真に理解するにはおそらく不十分なのだ。

 私は過去に「フランス海軍通史」という記事を12回に渡って投稿したが、この通史という体系は、言ってみれば大空を飛ぶ鳥から大地を眺め、どこに山や川、道があるのかを大まかに把握しただけに過ぎない。俯瞰では、山々にどのような木々が生え、川がどれぐらい深く、どのような魚が住んでいるのか、その水は透き通っているのか、道は綺麗に舗装されたものなのか泥濘に覆われたものかが分からない。何の障害物もない空を飛びながらフランス海軍という大地を観察するのも気持ちの良いものではあるが、時には地上を歩き回る人間の立場になって、自分の体力が続く限りその細部を観察するのも趣味者にとってまた一興である。

 長々と話してしまったが、今回の記事は上述した「新学派」の誕生から衰退までの経緯を、第三共和制という枠組みとその外部に位置する海外植民地、そして本土と海外植民地を防衛する役割を担うフランス海軍、そして彼らと敵対する関係であったイギリス海軍といった幾つかの視点から、私なりに分析しようという試みである。このような探検は不慣れで稚拙な語りとなってしまうが、最後までお付き合いして頂ければ幸いである。

 

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フランス海軍通史 リンク置き場

2020年8月から2022年1月にかけて投稿したフランス海軍通史の各回リンク置き場です。

 

第一回:フランスの海洋進出と海軍の創設

第二回:王立海軍の発展

第三回:太陽王の戦争とフランス海軍

第四回:王立海軍の危機

第五回:アメリカ独立戦争とフランス革命

第六回:揺れ動くフランス

第七回:第三共和制─共和国的な海軍─

第八回:第三共和制─夢幻の安全保障─

第九回:冷戦とフランス海軍─第四共和制と植民地帝国の崩壊─

第十回:冷戦とフランス海軍─第五共和制の成立と冷戦─

第十一回:フランスの核

第十二回:現代のフランス海軍

参考資料一覧

 

 

フランス海軍通史 第十回:冷戦とフランス海軍―第五共和制の成立と冷戦―

前回(第九回:冷戦とフランス海軍―第四共和制と植民地帝国の終焉―)の続きです。

 

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