■中央道上り、年内開通は困難 下りは点検に1週間 (日本経済新聞 12/3)


http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0303W_T01C12A2MM8000/?dg=1&n_cid=DSGGL001

※リンク切れはご容赦願います



先週末の事故は衝撃的でした。



個人的に中央道は利用頻度が高く、笹子トンネルももちろん利用します。自分が良く走っている所で事故があったというのは、想像するとぞっとします。



下りはともかく、上りは年内の開通が困難という事ですが、仮に開通してもしばらくは敬遠してしまうかもしれません。



ニュースでは点検の不足が盛んに報じられていますが、そこで気になってしまったのが、そうした検査も含め、首都高速なども含めた道路の老朽化への対策コストはどのように負担されるべきだったのだろうか、ということです。



普通に考えれば、点検が不足していた理由は、怠慢というよりはコストと考えるべきでしょう。実際、高速道路のメンテナンスが追いつかなくなりつつあるという特番を見たことがあるのですが、今後は「新しく作る」よりも「維持する」方にコストがかかるようになるのは間違いありません。



受益者が負担するのが原則と考えれば、コストがよりかかるようになれば利用料金に反映されるべきものでしょう。言い換えれば、そうならない場合は、事業者の側で無理な負担をしている可能性があることになります。



現状高速道路の料金は、時間帯による割引などを含め、安くなる方向に動いています。そうした無理が表れた点検不足と事故だとしたら・・・。



事業者の怠慢を責めるのは簡単です。自分は無責任な立場でもいられます。ですが、本来受益者としてコストを負担すべきだったと考えると、そんな事は言っていられなくなります。



単に「2度と起こさないように」と叫ぶだけでなく、今後事故を防ぐための検査や改修コストを料金に上乗せしてでも「2度と起こさないように」と訴える必要が、私たち利用者にはあるような気がしてしまうのです。

■できる人の机は 書類平積み、整理より思考(日本経済新聞 11/27)


「出来事」ではないのですが、1面トップの記事の肩にあった見出しにひかれました。これってようするにできる人の机は・・・「汚い」ってこと?



実際の記事の見出しはこんな感じです。



■できる人の「机」整理術 収納ルール明確に 書類平積みOK 見る頻度で分類



仕事で成果をあげる「できる人」の机といえば、整理が行き届いている状態を思い浮かべるでしょうが、実際に取材してみると違いますよ、という趣旨の記事なのですが、ああそれは記者が上司に「机を片付けろ!」と言われて「できる人はこうなんですよ!」と反論したいがために取材したんじゃないか・・・などと勘ぐってしまいました。



もっとも、記事を読むと、整理がされていない訳ではないようです。どちらかといえば「整理のルールが独特」という捉え方をした方がよいでしょう。



例えば最初に紹介されている営業の方は「書類はすぐに捨てずに積み上げておく」のですが、週に2回仕分けを行っています。記事の締めは「書類の整理に手間をかける」と紹介されており、つまり「整理をしていない」訳ではなく、むしろ「整理している」(でも他の人からはそうは見えない)と言える状態という事でしょう。



その他にも、キャビネに書類をびっしり詰め込んでいるが、同僚から聞かれると捜しまわることなくさっと出すか、なければ「ない」と答えるという強者も紹介されています。本人に曰く「何を捨てたのかを把握しているので、無駄に書類を捜す時間は確実に削れる」でもそれは「整理術」とは違うような・・・。





そして、最後に紹介された弁護士さんのコメントに笑ってしまいました。この方は書類は手に届く範囲に積み上げ、邪魔になったら押し出し、机から落ちそうになったら捨てるという「整理術」を実行しており、必要なものは10秒捜して見つからなければあきらめるそうです。



「大抵は同僚の誰かが持っている」

「本当に重要なことは大抵、覚えているので、全ての資料がそろわなくてもいい。整理にかける時間を思考に回した方が生産的」



いやいや、だったら整理なんかせずに片っ端から捨てても同じじゃないですか!

■脱原発票 無駄にするな 3・11後の混沌 民意受信する回路を(東京新聞 11/19)


衆議院が解散し、来月には衆院選という事で、政治の世界が慌ただしくなってきています。今日22日のニュースでは、自民党政権公約を発表していますが、さて、私たちはどのような政治家を選ぶのでしょうか。



新聞も様々な選挙に絡む記事を掲載していますが、そんな中で東京新聞が1面トップに掲載した記事の内容が気になりました。



気になるのは「民意受信」という言葉です。



脱原発云々とは関係なく、いわゆる政治が「民意を反映していない」という批判に対して、個人的にはその「民意」って何?と突っ込みたくなる気持ちがあります。



何が「皆の意思=民意」であるかを判断するのは、非常に難しい事です。

今の政治が「自分の意思」を反映していないことは、私自身もそう感じていたりしますが、その自分の意思が皆の意思であるかはまた別の話。



議員というのは代議士、つまり自分の代弁者です。選んだ責任は自分自身にあり、意思を伝える責任も自分たちにあります。



民意を受信する機能が低下している・・・というのが、先のキーワードの主旨でしたが、それはすなわち「自分たちの考えを政治家は汲み取って政治を行うべき」という発想につながります。

そうではなく本来問題にする必要があるのは「市民はもっと政治家に考えを伝えるべき」すなわち、市民の発信能力ではないかという気がするのです。

(その目に見える証が、低い投票率でしょう。)



とはいえ、記事そのものは「民意を吸い上げるべき」というまとめ方ではなく、「自分達の主張を束ねれば政治に反映させられる」という結論になっています。



そうした「政治活動」がきちんと行われるようになり、その妥協点にある結果が「民意」と考えれば、「民意を反映していない」というのは、「自分の意見が通らなかった」事への悔し紛れにしかならないよね・・・そんな風に思うのです。



さて、次の「民意」を作るのは、どういった意思なのでしょうか。

■子育て社員甘やかさず 「働く覚悟はできていますか」(日本経済新聞夕刊 11/14)


タイトルだけ見るとなんだかなぁ・・・という感じですが、子育て社員への企業の風向きが変わりつつあるという記事です。紹介されている三井住友銀行の社内研修用の映像プログラムには、「育児休業中などに残った人員で業務分担を迫られる職場の苦境を上司がもらす」といった内容も含まれているそうです。



それはさすがにすり替えだよなぁ・・・と思うのは、業務分担を迫ったのは「会社」であって「育休中の社員」ではないと思うからですが、担当者は「制度を使う以上、見返りとして仕事での貢献が求められる。働く基本を改めて訴えたかった」と話しています。



退社ではなく、育児休業と職場復帰をする人が増えているというデータも紹介されていますが、問題は増えた事ではなく、それに伴って働き方が変わっていない事でしょう。特にその働き方をデザインするトップや上司の意識は大きな要素を持っています。



そんな訳でとても気になってしまったのは最後に紹介されていた三井住友銀行頭取の言葉。



「結婚退社が当たり前だった時代と違い、女性も長期的な戦力になってもらわないと困る。子育て支援策を整え、男性上司の意識改革など組織風土の変革も進めている。両立は大変だと思うが、甘えを払拭し、プロ意識を持って働き続けてほしい



・・・両立するのは女性だけですか。そうですか。

■バイオマス発電促す 政府 設備導入に補助(日本経済新聞夕刊 11/9)


バイオマス発電というのは、生ごみ間伐材、家畜の排せつ物など、主として生物に由来した物質を燃料とした発電のこと。記事では、政府が来年度から導入を補助する制度を創設し、規制も緩和。さらに全国20カ所をモデル地域として募り、エネルギーの「地産地消」も進めると紹介されています。



バイオマス発電は再生可能エネルギーの一つですが、資源を燃料として用いて発電を行うことから、太陽光や風力に比べて安定しているというメリットがあります。

一方で、燃料となる廃棄物の収集や処理など、コストは高め。地産地消のモデル地域では、そうした廃棄物の収集から発電、供給までを地域内で完結する事をめざすそうですが、そうした循環サイクルを回していくには、やはりそれなりのコストがかかってしまいます。



とはいえ、バイオマス発電の燃料となる食品廃棄物や間伐材は、ゴミとして処理をすると考えればやはりコストがかかるものなので、考えようによっては一石二鳥とも言えるでしょう。

政府の試算では、大半が埋め立て処分される年間2,000万トンの食品廃棄物、

放置されたままの800万トンの間伐材を有効活用すれば、280万世帯(全世帯の5%)分の電力をまかなえると試算しているようです。



それでも5%ですか・・・というのはさておき、実は読んでいてちょっと気になってしまったのが、モデル地域の候補地の考え方。



「家畜のふん尿などバイオマス発電の燃料が豊富な農村地区を中心に候補地を選ぶ方針だ。」



???



元の発表がそうなのか、記事のまとめ方に失敗したのか、食品廃棄物の多くは農村部よりもむしろ都市部で発生しているはずです。間伐材は山野部ですが、農村からはやはり離れている印象があります。



結局のところ、これは何を解決する事につながるのでしょう。

まさか「農村票」ではないですよね・・・。



燃料となる物質がどこで発生し、それをどこに運んで発電し、どこに供給するか・・・震災瓦礫の広域処理でも問題になっているように、何かを運ぶというのはそれだけで一定のコストになります。さらに地産地消を考えるのであれば、(燃料)需要と供給のバランスが取れるかという問題もあります。



あるいはそうしたちぐはぐさが、バイオマス発電の問題点なのかもしれません。

■奈良線 六地蔵駅の営業開始が遅延した事象について(西日本旅客鉄道株式会社 10/29)


http://www.westjr.co.jp/press/article/2012/10/page_2761.html

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JR西日本のプレスリリースなのですが、ようは駅員が二度寝をしたために営業開始が遅れてしまいましたという内容のお詫びです。何というか、二度寝という表現が微笑ましく、申し訳ないのですがちょっと笑ってしまいました。



もちろん実際にこのトラブルに遭遇した人は笑ってはいられないでしょう。怒って良いトラブルにですし、この説明に対する不服を申し立てても良いはずです。当事者にはそうした権利があります。



ですが、自分のような第三者にはこの説明をとやかく批判する権利はないような気がします。

最悪なのは「リリースでこんな話を目にしたがけしからん」とか直接クレームをいれたりする行為でしょうか。そんな事が起こるようなら、次からリリースはやめておこうとなってしまうのは目に見えています。



起こした問題に対する批判はもちろん大切です。ですが、それは基本的に実際にトラブルにあった人に任せるべき。その情報を知っただけの第三者は、少なくとも黙って見守るか、むしろ開示された事を積極的に評価するぐらいの姿勢でいた方が良い気がします。



直接関係ない第三者からの批判ほど、情報開示の意欲を萎えさせるものはないのです。

■維新参加、選挙目当ての変節?離党議員に批判も(YOMIURI ONLINE 9/12)


http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120912-OYT1T00221.htm

※リンク切れはご容赦願います。



私個人としては、維新の会の主張には必ずしも納得していないので、擁護するのも変なのですが・・・。



「選挙目当てだ」という主張をする人は、自分がそう考えている(そうしたいけれども「我慢している」)ことを投影して発現しているだけなのではないか・・・そんな事を感じなくもありません。



政治家は、自らが主張する政治信念を実現してなんぼです。政党に所属するのも本来はそのためであって、考えの違いがあれば乗り換えるのは、それほどおかしい事ではないでしょう。



「党のバックアップを受けて当選したんじゃないか」



確かにその通り。でも「党のバックアップ」が当選における最大要因であるのであれば、政治家個人に投票する小選挙区制など必要ありません。小選挙区制度の理念は、独立した個人としての政治家を「考えが同じ」政党が取り込む構図が前提で、政党が推薦する政治家を当選させる前提であれば、個人に投票する制度など不要で、最初から政党に投票すれば良いのです。



・・・とまぁ小難しい理屈はさておき、選挙目当てかどうかは、本来「その政治家の日頃の主張と矛盾しているかどうか」で決まってきます。いつも言っている事と違うのであれば、それは確かに選挙目当てと言われても仕方ありません。ですから、本来そのように主張すれば良いのです。



もっとも、そうした「主張」に踏み込んで批判しようとすると、実は「前の選挙の時の方が選挙目当てだった」なんて、逆の構図になってしまうなんて事もあるかもしれません。



そうした場合は、そんな政治家を推薦した政党も「議席目当て」だったという事になるので、そのあたりには触れないのが「大人の事情」なのかもしれませんね。