アトリエでの仕事を終えてパリ行きのメトロに乗りこんだある夜、こういう子どもが7人くらいどかどかと転がり込んできた。はじめのうちは仲間内でキャアキャアはしゃいでいたが、途中から小声で「Pas de Chinois!(中国人イナイ!)」と言ってはくすくす笑う遊びを始めた。がらがらの車内にはぼくともうひとりアジア人のおじさんが座っており、どちらかが怒り出すスリルを楽しんでいるふうだった。おじさんはいかにも「くそがきめ」といった様子で、無視を決め込んで新聞を読んでいたが、ぼくは彼らのことをもう少し知りたい気持ちになった。 「それもしかして、ぼくのことを言ってるの?」と声をかけると、半分くらいがばつの悪そうな顔をし、もう半分が含み笑いをした。「違うよ、何も言ってないよ!」ぼくは彼らを逃がすまいと思って、スケッチブックを取り出してある提案をした。「座りなよ、誰かひとり似顔絵を描いてあげる」
C'est à cause de moqueries comme ça que ma fille rentre en larmes de l'école parce que d'autres enfants lui ont dit “sale ching chong”, “mangeuse de chiens”. Vous normalisez des comportements abjects qui valent pour toutes les formes de discriminations. 「あなたがしたような嘲りのせいで、私の娘は泣きながら学校から帰ってくるんです。『汚いチン・チョン』とか『犬食い女』とか、他の子どもに言われるからです。あなたはどんな差別にもあてはまるような卑劣な行為を日常化させているんですよ。」
「悪口と差別とを混同したら、他人への冗談や皮肉や批判までもが違法な差別行為と見做されうるようになり、自由にものが言えない社会になってしまう」ひろゆきさんのこういう意見はとくに目新しいものではなく、人種やジェンダーなどに関して言葉の配慮が論じられるたびに必ず誰かが口にするものだ。フランスにはこれを端的に言い表すための''On peut plus rien dire!(オンププリュリヤンディール!)'' 「もう何も言えないじゃん!」というフレーズがある。
一例として、フランス最多の発行部数を誇る日刊紙「ル・フィガロ」の7月4日付の記事を翻訳してみよう。『グリーズマンとデンベレ アジア人差別で横滑り SNSが炎上』というタイトルで、小見出しの中にはすでにはっきりと「人種差別的発言のある動画(on entend des propos racistes)」と記されている。
www.lefigaro.frProblème ? Les deux internationaux tricolores se prêtent à des plaisanteries de mauvais goût, se moquant ouvertement de l'origine des employés en question, à grand renfort de zooms peu avantageux et de rires gras. (ビデオの)何が問題か? サッカー仏代表の二名が悪趣味な冗談に加担して、不必要なズームと含み笑いを繰り返しながら、ホテルの従業員たちの出自を公然と嘲笑しているのだ。 «Oh putain, la langue…», sourit d'abord Dembélé, évoquant les échanges entre les techniciens. Et d'ajouter, tout sourire : «Toutes ces sales gueules… Pour jouer à PES mon frère…». S'il ne dit rien d'audible au cours de la séquence concernée, disons que «Grizou» est (très) bon public… Et il s'amuse des propos plus que «borderline» de son coéquipier en club et en sélection. 「ああチクショウ、この言葉…」スタッフ間で交わされているやりとりを指してデンベレは笑い、こう続ける――「このひどい顔した奴ら、みんな…(俺たちが)ウイイレをやるためにいるんだぞ。恥ずかしくないのか、兄弟!」グリーズマンは動画のなかで聴きとれることは何も言わないが、一方でとてもよい聴き役だ。チームメイトの『ボーダーライン』を越えた発言の数々を愉快そうに聞いている。 «Vous êtes en avance ou vous n'êtes pas en avance dans votre pays ?», ajoute encore Ousmane Dembélé, n'ayant pas peur des clichés sur les Asiatiques. Dans une autre vidéo, Griezmann semble enfin se livrer à une caricature grossière en imitant le parler asiatique. 「デンベレはさらに、アジア人に対するステレオタイプを臆面もなく口にする――『技術が進んでいるのかいないのか、どっちなんだ? お前たちの国は』。またこれとは別の動画では、グリーズマンもようやく自らを解放し、アジア人の話し方を無作法なやり方で口真似している。
パリ市民の蜂起によって生まれた世界で初めての労働者政権で、政教分離、教育の無償化、女性の政治参加など現代的な政策を掲げ、徹底的に平等な社会の実現を目指した。しかしほどなく政府軍の反撃を受け、墓地での戦いを最後に鎮圧され、解体。わずか72日間の儚い夢だった。 コミューンの一員でもあった銅工職人が書いた『Le temps des cerises(さくらんぼの実るころ)』という歌が、この一時代のシンボルとして人々の記憶に留められている。
『Le temps des cerises』という、歌のタイトルそのままのレストランがパリの南の端にある。パリ・コミューンの精神を受け継ぎ、上下関係のない協同組合の形で経営されている。ざっくばらんな雰囲気で、壁には左派の政治ポスターがびっしり。連れて行ってくれたのは年の離れたモロッコ人の医者の友人だった。パリで医学生をやっていた70年代、仲間とさかんにここに通っては政治談議を重ねたという。当時は近くに印刷工場があって、仕事上がりの職人たちともしばしばテーブルを囲んだ。
不覚にも彼はのちの人生で大きく成功してしまい、こういう赤一色のお店がすっかり似合わなくなった。ぼくをこの店に連れてきたのはそのためだろうとぼくは思っている。10平米の屋根裏部屋に住まう貧乏絵描きであるぼく、いつまでも途上にあるぼくを、思い出のなかのle temps des cerisesとの橋渡し役に立てたのだ。