文系学部生から見たポスドク問題

修士・博士課程修了者に対する労働市場の需給のミスマッチを是正せずに、いたずらに修士・博士課程進学者を増やそうとするは如何なものかと思ったので、少し自分の考えをまとめてみます。

 

 

1.日本と欧米の労働市場の差

日本でも、インハウスの研究員・専門特化型の雇用・転職(雇用の流動性)が増えてきている印象ですが、ここでは主に終身雇用の所謂「総合職」について考えます。

 

①民間企業の視点(労働需要)

日本:終身雇用・専門特化度低い

  • 自社内教育の負担<より若くからの雇用(より長期間の雇用)の利益
  • 専門知識よりも、所謂ゼネラリストや「現場力」の重視

→ポテンシャルがあれば未完成でいいので、早い段階から人材を雇っておきたい。(※大卒はポテンシャルのスクリーニングとして用いられている)

 

欧米:流動的雇用(人材流出の懸念が高いし、逆に言えば中途人材も雇いやすい)・専門特化度高い

  • 自社内教育の損失>より若くからの雇用の利益 
  • 所謂スペシャリストや専門知識の重視

→既に専門性を高めた新卒人材・既に完成された中途人材に対して、その年齢を問わずニーズがある。

 

この差が、日本では学士課程卒業の新卒、欧米では修士・博士課程修了の新卒・中途といったような労働需要の差をもたらしているのではないでしょうか。

 

②学生の視点(労働供給)

日本:学士課程卒業での就職が一般的、管理職の最終学歴に占める修士・博士課程修了の割合がさほど高くない

  • 学士課程卒業で就職する際の利益>修士・博士課程に進んだ際の利益

 

欧米:修士・博士課程修了での就職も多い、管理職の最終学歴に占める修士・博士課程修了の割合が高い

  • 学士課程卒業で就職する利益<修士・博士課程に進んだ際の利益

欧米では、「修士・博士課程修了」が人的資本の蓄積を意味するのみならず、就職後の昇進機会が高くなるというシグナリングとしても働いている可能性。

シグナリングについて、https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2015/04/pdf/004-005.pdf

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この差が、日本では学士課程卒業後就職、欧米では修士・博士課程修了後就職といった労働供給の差をもたらしているのではないでしょうか。

 

 

2.日本と欧米の「大学」の差(主に理系分野について)

日本は、基礎研究の国という話を大学講義内でも耳にする機会が幾度かあったが、これについて軽く見てみます。

 

①研究開発費の性格

以下の図に示した通り、大学は基礎研究の傾向が強く、企業・公的機関は開発の傾向が強いという差は明確ですが、これは日本に限った話ではない。寧ろ、日本の大学の研究開発費に占める基礎研究費の割合は、フランスやアメリカよりも小さい。

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https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2019/RM283_16.html

 

②研究内容の性格

日本の研究は長期継続型かつ利益目標不明確、欧米の研究は短期機動型かつ利益目標明確という傾向から、欧米の大学研究の方が企業の研究開発ニーズと結び付きやすい可能性がある。つまり、同じ「基礎研究」でも、欧米のそれは応用研究的性格を有している可能性があり、大学での研究→就職後の研究のキャリアパスに一貫性が生じるのではないかと考えた。

なお、経済学部に属する身としても、日本は古典的な理論科目の地位は高い一方で、労働経済学などの比較的新しい科目の地位は低いように感じる。アメリカでは相当地位を上げているのに。

http://www.21ppi.org/pdf/thesis/011212_13.pdf

 

(補論③研究風土の性格)

日本においては、実用性重視の潮流と学会での基礎研究の地位とが相まって、基礎研究・応用研究の評価軸が混乱している可能性がある。

http://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/11/80-09-01.pdf

 

自分は文系の学部の身で理系研究についての理解が不足しているので、ここら辺に詳しい方や理系所属で何か参考意見のある方は、コメントなどで教えて下さい。

 

 

3.ポスドク問題

これは、労働需給のミスマッチ他ならないと思います。

まず、博士課程修了後の主なキャリアとして、

①民間企業に就職する

②大学に残り研究者を目指す

があると思います。

 

①民間企業に就職する場合

これについては、上記の第1・2項で説明したように、現状日本では厳しい状況です。

繰り返しになりますが、日本の所謂「総合職」は専門特化度が低いため、各分野のスペシャリストを揃える必要はありません。このように、「広く浅く」が求められる日本では、例えば哲学科の博士課程修了者よりも、ちょっとITの知識があるナンチャッテ学部生の方がウケが良いなんてことが起こってしまいかねません。(哲学科の皆さんすみません。これは私の偏見です)

一方で、欧米は専門特化度が高いため、各分野でスペシャリストを揃える必要があります。それに伴い、文系から理系まで幅広い分野の修士・博士課程修了者に対してニーズが生じます。

 

※ただし、組織論的に日本型企業の優位性も指摘されているため、「欧米のように専門特化型の雇用を進めろ!」とは言えません。

 

②大学に残り研究者を目指す場合

これについては、研究機関の予算とそれに基づく雇用枠に拠ります。

 

予算減少

→常勤教員ではなく非常勤教員として博士課程修了者を雇用&研究室の数を増やす訳にもいかない

→大学に残り研究者を目指す博士課程修了者が詰まる

ポスドク増加

 

素人目には、以上の流れのように映ります。

 

 

4.まとめ

「民間企業の日本型雇用形態を壊せ!」というのは無理がある(副作用も大きい)ので、

①博士課程修了後に民間企業に就職(総合職としてでもインハウスの研究者としてでも)しやすいように、カリキュラムをアレンジする。

②研究者の雇用枠が増えるように予算を増やす(&その予算が特定の研究室に集中しないようにする)。

こういったことをせずに、「修士・博士課程への進学者を増やそう!」とか銘打って出るのは、如何なものでしょうか?労働市場の需給の歪みをこれ以上大きくしてどうするのでしょうか?

 

 

5.参考資料

ネット記事ばかりですみません。最終閲覧日はいずれも2021年1月8日です。

http://staff.gku.ac.jp/~soumu/data/1.toushin/H25_0528teigenNo.3-2.pdf

https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2015/04/pdf/004-005.pdf

https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2019/RM283_16.html

http://www.21ppi.org/pdf/thesis/011212_13.pdf

http://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/11/80-09-01.pdf