10/28

歳を重ねるということは大切な存在の死を経験して行くということなのかもしれないと漠然と思った。

 

実家で飼っていた犬が死んだと10月28日の夜に母から連絡があった時、いつか近いうちにその日がくると頭では分かっていたものの、やはりすごく驚いて、次に悲しみがやってきて、明日すぐ帰らねばと思いつつ「犬には会いたいけど実家の家族に会うのは嫌だな」と思うぐらい、私はまだ幼かった。

翌朝になって〆切が近い絵をほんの少しだけ進めて、夕方頃ある男性と2人きりで会った。

その男性にも愛犬が死んでしまったことと、このあと実家に帰ることと、帰るけど帰りたくないということを話した。

親のことについては少し呆れたように「いつも言ってるね」と言われた。

大切な存在が亡くなっても私は男に会いに行って暗くて寒い部屋で抱き合った。

そういう型にハマったアンニュイさを自演するぐらい、逆に言えばまだ正常だった。

 

夜中に実家に着いた。

いつも犬が寝ていた和室の戸をあけて、キャンプ用のワゴン(老衰して歩けなくなった犬にたまに外の景色を見せる為に母が買ったもの。犬をワゴンの中に入れて庭に出したりしていたもの)に入れられて毛布や花で囲まれているのを見て、棺桶みたいだ、と思った。

顔を覗くと穏やかな顔をして寝ているようだった。日々老衰して体のあちこちが痛んで夜泣きしていた彼の落ち窪んで歪んだ顔じゃなくて、ほんの数年前のまだ元気があった頃の顔に近かった。

彼はもともと口角が上がり気味で笑い顔だったから、力が抜けて、そうなったんだと思う。よかった。今はきっと楽なんだと安心した。死んでいるけど。

寝ている頬を撫でてやると表情とは裏腹に硬い!

毛皮越しにでも分かる冷たさだった。そのとき勝手に涙が溢れてきた。

首や胴を撫でながら何度も「寝てるみたいだ」「可愛いね」と唱えて、

他になにか言いたかったけど言葉が出てこなかった。

可愛いなんて言葉が出て人間の業だ。

 

泣いて悲しんでてもお腹が減ったので家族が買ってきてたピザとケンタッキーを食べた。

こんな日にお祝いみたいなメニュー買ってくる親についてちょっと思うところはあったけど、

我々はいつもこんな感じです。

 

犬が寝ている部屋は普段母が一緒に寝てた部屋なのでいつも通りそこで私も一緒になって横になる。

いつもは犬特有の獣くささと、オムツ越しに盛れちゃった糞尿の匂いが立ち込めていて、かなりキツイ匂いのする部屋だったけど、そういえばそんな匂いが全て消え去って、代わりに何か違う変な匂いがしていた。多分生き物が朽ちていくときの匂いだと思った。

 

翌朝起きてみると昨夜と変わらないポーズのままの犬がいて、やっぱり死んでいるんだなと思った。今日は火葬をしにいく日。

 

身支度を整えて、母と私で毛布の上に乗せた犬を2人で持ち上げて車の荷台に乗せるのに、想像以上に重たくて少し笑ってしまった。

お前重たいなって。

生前からご飯が大好きでよく食べる子だった。

飛び上がって立つと私の顎下ぐらいの身長だったから、そりゃ老いて痩せ細ったとしても、こんなに重いのか。

命の重さがする。

 

火葬場についてまた、焼却炉の方まで犬を車から移動させるとき、今度は犬の頭側の毛布の左端と右端とを母と私でそれぞれ持って、犬の足側の毛布の両端を姉が持って3人体制で運んでいると、姉側にどこからともなく飛んできた蜂が寄ってきた。

虫が大の苦手な姉が騒ぐ、毛布が揺れる、落ち着かせる為に私がちょっと待ってと声をかける。

なかなかどっかに行かない蜂、余計に騒ぐ姉、揺れる犬。

ダメだこれと思って姉が持っている毛布側も私が手を伸ばして交代してあげようとしたその矢先、蜂が姉本体に向かってビュンと飛び上がり、キャア!!という悲鳴と共に姉が毛布から手を離して犬が思いっきり地面に落ちた。

ゴン!!!!!っていうすんごい硬そうな音を立ててケツから落ちてしまったのだ。

 

お前はほんま!!!!と姉にキレる母

テンパって泣きそうになってる姉

こんなときでも鈍臭いんだなとはっきりと冷ややかな気持ちが湧いたのをグッッと飲み込もうと思ったが我慢できずもうこっちでやるから、と姉を跳ね除けちゃった私

全部に引いてる火葬場の人達

 

気を取り直して犬を火葬用の段ボール箱に入れて、お焼香をあげて、焼却炉の窯が開く。

5年前に母方の祖母が亡くなった時もこの瞬間が1番もうこの世からいなくなるんだと思って、

やっぱりまた涙が溢れてきた。

もうあんまり直視できなくてその光景のことは覚えていない。

 

手を合わせて火葬場の事務所に移動して、

姉が泣きながら支払いや書類などを書いている間、さっきの姉が犬をケツから落とした光景が蘇ってちょっと笑いそうになってた時に、母が横から「すげー音したな」って言ってきて吹き出してしまった。

あんな大理石が落ちたときの音みたいなのが鳴るぐらい頑丈に生きてくれてたってことだ。

姉が蜂を言い訳にしながら自責の念に駆られてる間もまあもう死んでるし大丈夫だよとか励ましながら事務所を出た。

 

ふと焼却炉の方を見ると、長い煙突からもくもくとたっぷりの煙が真っ直ぐ晴天に延びている。

その光景を見て息を呑んだ。なんて美しいんだと。

後ろで母も姉も泣いている。

こんなあったかい日にのびのびと、本当に良かった。多分あっちに行っても大丈夫だなと思った。

彼はこんなふうに逞しくて、元気いっぱいで、可愛い子だったから。

 

もし明日からケツが痛くなることがあったなら

天国で謝って彼のお尻をまたいっぱい撫でてあげたいと思った。