自分の手書きの文字を見ることが嫌になった(最近)

なので、最近日記をPCで打つことにした。

小学生の頃も同じ感覚になった気がする。通学路でいつも犬を触らせてくれる人たちに友だちと手紙を書こうってなって、みんなで描いたんだけど、自分の字を見て他の友だちの時と比べた時、なんかうまくて、綺麗で、嫌な気持ちになった。

 

これって今なら表現できる、「小癪」て感じたんだな。幼い小学生として、無邪気なこどもとして手紙を書いている設定なのに(てか今考えたらこうやって俯瞰して見てる嫌なこどもだな、、、)なんか違う字を見て、なんか自分きもいなってなったのを昨日の事のように思い出せる。小3くらいだったと思う。小6の時アメーバピグっていうのが流行って、付随してアメーバブログとかHPとか作ったりしたけど、自分の綺麗な線の感覚をフォントが定められたインターネットでは感じなくてよかったから、相性が良かった。

 

昔から綺麗な線の感覚を掴むことが上手だったと思う。綺麗な字を書く自信がある。幼いながら、それはつまらないな。と感じてた。

字の感覚と絵の感覚は同じ線上にあると思う。木嶋佳苗が字を書き分けることを、マツコが不思議そうなニュアンスを持って賞賛してたが、それってみんなそうなのだとその日まで思っていた。

 

自分は綺麗な字を書けることを都合よく享受してます。ほんと思う。最近真面目なズームとかの場で自分の顔見るのがすごく嫌って思う時がある。これって同じ原因を持ってるんだな。可愛くなるためにいろんなことをして、都合よい場面では可愛い自分でいようとするんだけど、ある場面ではその振る舞いがものすごく嫌になる。自分の綺麗に書けてしまう字が、画面に可愛く写る自分が本当に嫌だ、、、って思う。パーカーとジーンズを着て何万歩も散歩したい自分と、綺麗とされない線を書きたい自分がいてくれて、救われてる。