ネットの海に小石を投げて
きゃっきゃとはしゃいでるのが今の私です。
ああ、楽しい、好きなことを好きなように書いて良いという場所があることはやはり嬉しいものですね。
あ、文体は時によりけりで変えますので、もしかしたらつなげて読むと気に差し障りがあることもあるかもしれませんが、内容は基本的に一番最初の記事にあるようににちゃにちゃの一人遊びに過ぎませんので。そこさえ違えなければ、私はこの日記には意味があると思っております。
そう、この日記の意味。
ただのにちゃにちゃをぺたぺたと貼っていったらどうなるかという実験場。
投げられた小石は果たしてその波紋をどこまで広げるのか。
ささやかなそれは波に取られて消えてしまうのか。
はたまた、バタフライ効果よろしくどこまでも波及していくことがあるのか。
まあ、自惚れがすぎる己の願いを素直に口にするならもちろん希望は後者です。
そう、愚かしいと最初の記事で自分自身に言い放ったのに、結局人の根底などそう簡単に変わるものではないのでして。
でも、そういう所を、せめて素直に書いていけたらいいと思います。
日記が必要だと思った
元来、ぐねぐねとした思考をにちゃにちゃと脳内でかき混ぜる一人遊びが好きな方ではあったのだが。
いつ頃だっただろうか、24、25歳ぐらいのころかと思う。
私はWeb日記をつけており、わずかながら読者も居た。
友人知人もそれを見て感想をくれるようになり、承認欲求が満たされた私が次に思ったことは 「もっと注目をあびるために過激なことを書こう!」 という、なんとも幼く愚かで救いようのないものだった。
それでも今のようにSNSが発達しきる前のことであったので、炎上というほどのことはなかった。
なかったが、私はそれでいくつかの信頼を失い、自業自得であるにも関わらずいっぱしに傷ついて、やがて日記をつけることをやめてしまった。
それなのになぜ今、また日記を始めることにしたのか。
答えは前述であげたとおり、私にはぐねぐねしたものをにちゃにちゃぐちゃぐちゃと脳内で咀嚼し、時に反芻もし、もう本来の姿をすっかり失いわけのわからないものになってしまっても、それでもいじりまわしてしまう悪癖があるためである。
そう、実際の所大して悪いなどとは思っていないがあえて悪癖と呼ぶ。
まあ、流石に今回は他人に迷惑をかけない範囲でと思ってはいるが、いるが、確約はできない。何せ、あれから経験を経て、迷惑をかけそうな範囲のことはわかったつもりで居るが、そういうときが一番危ないとも思うし、と言うのはまあ建前。
あの時のことは自分が間違えた、悪かった、してはいけないことをした、そう理解ってはいるものの、「あの時の私に何度やり直させてもああにしかなりませんよ」と開き直るクズな性根は変わっていないことを自分が一番知っているので。
話が逸れてしまいましたが、そういうクズが、にちゃにちゃしたあげく噛み古したガムのようになった思考を貼り付けていったら一体何になるのかな、というのを自分で観察したいがために綴っていく日記が欲しかったので、今日からブログ始めます。