キミの夢を見ていた

可笑しいくらい君が好き

一目惚れしたアイドルに10年一途だった中学生が、今更掛け持ちになった話①

 

たまたま付いていたテレビに映った彼を見た。

 

 

それが全ての始まりだった。

 

 

私、5歳。9年前の話だ。

 

 

出会いは4歳の時。

友達と一緒に入った新体操クラブの先生が嵐ファンだった。

初めての発表会で踊る曲は、Happiness

「走り出せ〜走り出せ〜明日をむか〜えに行こお〜」

ってやつです。

(サビの振り付けで、走るように腕を振るところがある。これが父のツボにはまり、今でもHappinessのイントロが鳴り出すと踊り始める)

この時は、嵐の存在を知らなかった。いい曲だと思っただけで。

 

1年後、習い事が終わり家に帰ってきた時、妹がテレビを見ていた。

歌番組だった。

私はそれを横目で見た。

きっとテレビを二度見したのは、あれが初めてだっただろう。

なんて綺麗な顔をしているんだろう。私は一瞬で虜になった。

 

彼の名前を母に聞いた。

名前は、二宮和也

そう、あの国民的アイドルグループ嵐のメンバー、ニノだった。

(当時2008年。国民的と呼ばれはじめたかはじめてないかギリギリのライン)

 

母が嵐のアルバムを借りてくれた。狂ったように聞きまくった。

家族で車に乗れば、「嵐がいい!!」と叫び、カーナビからは毎日のように嵐の曲が流れていた。

おかげで、父も母も妹も、みんな嵐の曲が歌えるようになった。

そのアルバムの中には、思い出の曲、Happinessも入っていて、そのイントロが流れると、4人で、

「走り出せ〜!走り出せ〜!

と歌ったものだった。

 

それから9年。私はまだ、二宮和也が好きだ。

部屋に大量に溢れかえるグッズ、雑誌、CD・DVD、ポスターや写真。

そのどれもが、私にとっては宝物だし、それはこれからも変わらないだろう。

 

これからも、二宮和也のことだけを好きで生きていくと、思っていた。

 

2018年、5月22日までは。

 

2018年5月23日。

今読んでくれているあなたがジャニヲタであれば、これがどんな日か確実に知っているだろう。

そう、King&Princeのデビュー日。

この日、私の運命は確実に変わった。

 

 

これから、自担愛重めの嵐ファンが、掛け持ちジャニヲタになる経緯を書こうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

初めてはてなブログを書きました。拙い文章でごめんなさい。

ど田舎中学生の夏休みの思い出日記くらいの感覚で読んでください。

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。パート②も読んでいただけたら嬉しいです。