植物博士の文章錬成所

小説で植物の情報を伝えていく!(それ以外の記事が立つこともあります)

44.カスミソウ


砂漠の王国ロブリーズは魔法と“商会《ユニオン》”と待合喫茶《パブ》で動いている。人々は何かあると待合喫茶へ集い、困り事を認めた“依頼《クエスト》”を掲示板へ貼り付け、ソレを見つけた“ユニオン”は待合喫茶に斡旋料を払って“依頼”を受け、成功の暁に報酬を受け取った。
「貼り付ける時に掲示代とられるけどな。」
「そりゃそうさ、コルクボードとマスキングテープも
 ウチの大事な商売道具なんだからな。」
旅の折、魔法都市ヲーキングの待合喫茶“鐘鳴亭”を尋ねた“三日月商会《ユニオン・クレッセント》”もその1つだった。
「いや武者修行だよコレ」
「ちょっと待った。これ二重取りじゃない?」
「なんだって?!“依頼”が此処まで分かり易くまとまっているのは俺が
 此処までまとめ上げたからなんだぞ!依頼主全員が依頼内容・推奨人材・
 実行期限・報酬を決めきれてる訳がないし、不適当な“依頼”だってある。
 緊急依頼なんて尚のこった。俺が真剣に不明点は質問して加筆し、
 不適当な“依頼”を断っているから《《無事に》》“依頼”は掲示板に掲載
 されているし、依頼主とユニオンがムダに揉める事も少ないんだ。」
「ソイツはありがたいね、最後の話は信じられないが。」
「出禁にすんぞコラ。」
「冗談冗談、今日もお世話になります。」
コクランはだれてきた矢筒を背負い直してから、待合喫茶“鐘鳴亭”掲示板へ向き直った。“依頼”は今宵も無数にあり、ユニオンに属する荒くれ者達を悩ませている。
「どれも報酬が微妙だな…内容と釣り合わないというか…」
「コレはどう?」
「お、いいね!報酬も高いし…ちょっと腕試ししてみたかったんだよな。」
「そうだな、私も新しい魔法を試したい。」
やがて青魔法士セインに選ばれた“依頼”は、指名手配犯の捕縛だった。彼の選んだ依頼書にコクランは賛同し、緑魔法士ホルバインは自分の魔法書を改めて開いた。
「では行こう!」
「行くぜ。」「行こう。」
ただ1人、魔法つ
「鑑定士るび!!」
であるヴィクターは不審な顔をしていたが、他3人が受領のサインを書いて提出してしまったので渋々彼等に付いていった。
(罪状からして“雇用形態”に“魔法士非推奨”とすべきだし、指名手配犯の
 顔写真がないるび。“必要経歴:下記を参照の上、よく考えること”なんて
 マスターや依頼者の信用を下げる様な事、普通書かないるび?それに…
 此処の待合喫茶、胡蝶亭なんて名前だったるび??)

本日の依頼
タイトル:お尋ね者を追え
  要項:指名手配犯「ロジオン」の捕縛
雇用形態:なし
必要経歴:下記を参照の上、よく考えること。
 情報料:300メギル
  報酬:22600メギル
 募集元:王宮ベルベット
 その他:65件受領済。強大な魔法と多くの部下を持つ。
     標的は滅びの街アーシーから動かないので審判
     《(※アービター)》の助けは期待できない。注意されたし。
(この手の依頼にありがちな顔写真はなかった。彼が特定の場所から動かない・その場所が人気のない場所だからだろうか)
  罪状:国家および魔法士の転覆、公共建築物建造予定妨害
 申込先:魔法都市ヲーキング 待合喫茶「胡蝶亭」
(パブの店主のサインは優美ながらも数式の様に、一定の幅の中に収まっていた。)(その下にセイン、コクラン、ホルバインのサインが続く)(ヴィクターは結局、署名しなかった)

さてやって来た滅びの街アーシーとは、人1人っ子居ない寂れた街だった。
荒れた土地には、ただ細やかな白い花が咲き乱れているだけだ。
「此処って、大昔になんか凄い実験をしたら吹っ飛んだ…
 って話だったよな?」
「ああ。おそらく歴史の教科書に載ってた“王国歴120年”ぐらいにあったヤツだと思う。えーっと…」
4人は沙漠の王国ロブリーズの西、三日月商会《ユニオン・クレッセント》の本拠地である“始まりの街ランズ”から見て南西にあり、それなりに遠い道のりを歩いてきた。セインとホルバインが魔法学校時代に花咲かせている間、コクランとヴィクターは辺りを警邏していた。
「カスミソウだ…」
「るび?」
「誰かが植えたのか?」
それは白い星や雲の欠片を飾り付けた様な、霞の様な花だった。小指の爪程の花はよく見れば薄絹物の様にふわふわと可愛らしく、茎葉はとても細い。花瓶に活ければ、きっと他の花々をよく引き立ててくれる事だろう。ただ、この不毛の大地に生えている様は――幽玄という古の時代に使われた言葉がある様に――何処か浮世離れした不気味さがあった。さてこんな、1種類の植物だけ、ポツポツと生えてくるものだろうか?
「ヴィクター?」
「やっぱりおかしいるび。」
怪しい点はそれだけではない。ヴィクターが土埃を払うと、其処には紫色に輝く魔法陣があった。円形に見えたソレは細かい数字や記号を以て曲線と成し、何事かを記している。さて、如何なる魔法を展開するためのものだろうか?
「何が?」
「あの依頼書、ざっと見ただけで初歩的なミスが3つもあったるび。
 そしてこの魔法陣。とても複雑な構造が組み立てられている事以外は
 分からないけど、それでも1つ、分かる事があるるび…」
ヴィクターは話の分かっていないコクランに、決定的な一言を放った。
「僕達、ハマッたるび。」
「なんだって。」
「わあぁ!?」
突然聞こえた悲鳴に2人は振り向いた。
見れば辺りには光る蝶々、向こう側には5人の黒い人影が居り、その内の1人がホルバインに斬りかかっていた。
「出たな犯人、」
『ぶっ殺す!!』
これにセインはサーベルを以て果敢に立ち向かい、コクランも弓を構えながら現場へ急行した。
「セイン、ありがとう。」
その間にホルバインは呼吸を整え、呪文を唱えた。
「意識に宿りし希望の凪よ、罪人《つみびと》導く神の息吹となれ。
 ブルー《Blew》!」
「みんな!!これは罠るび、引き返するび!!」
ヴィクターの声は彼等に届かなかったので、仕方なく加勢した。
「…歪みに宿りし空の電荷よ、我が意に従い異物を焦がせ。
 シューキー《Choquer》!」
ヴィクターは魔法を敵方に放った後、杖…ではなくアイテム鑑定で使う針を取り出した。詳細は長くなるので割愛するが、その性質の都合上これはアンチ魔法物品である。
(本来は魔石のレベルを測るものるび…
 でもきっと、これに魔法は効かないるび。)
ヴィクターは先程発見した魔法陣をひっかき、文字の1つに取り消し線を引いた。
「上手くいったるび~。」
「素晴らしく勘が良いな君は。」
「るびっ?!」
思惑通り魔法陣が消されると、ヴィクターは真後ろから声を掛けられた。
刺客だと思ったヴィクターは腰を抜かして後方へ倒れ込む前に後転を決めた。
(アサヒから受身を教わって良かったるび~…)
魔法陣は輝きを喪い、代わりに現れたのは見慣れない色の魔法士のローブと黒いドレスと被り物――大輪の黒い薔薇が左右に付いた、折れ曲がった筒状の被り物など見た事がない――所々に魔石が煌めく黒髪の男だった。
ちなみに、セインは青魔法士、ホルバインは緑魔法士だが、魔法士のローブの基礎デザインは皆同じだ。単に、彼の衣装がロココ的な女性物だったので派手に見えるのだ。
「だ、誰るび?黒魔法士は、今は1人も居ないって聞いたるび…」
「名も知らぬ君よ、そう見えるならば私は幸いだ。」
「おおぉ、オバケは勘弁るび~!!」
不敵に笑う魔法使いのだいぶ非現実的な…昔々の御伽噺の挿絵に描いてありそうな見た目に、ヴィクターは慌てて後ずさる。第一にヴィクターはオバケが苦手だ。その上で男――どう考えても女性の衣装なのに確かに男だと分かった――とカスミソウの組み合わせは、幽霊と鬼火の様に見えていけない。
やがてコクランの矢が飛んできたが、男はその場からフッと居なくなった。
「消えた?!」
「やっぱり撤退を考えるべきるびー!!」
やがて例の男は立ち並ぶ家屋の屋根上に姿を現し、鮮烈なセントポーリアの瞳を輝かせて言った。
「私は闇の貴公子ロジオン、その意味を教えてやろう。」

「闇の貴公子?」
セインは魔法とサーベルを繰る合間に聞こえてきた、その如何にもな2つ名に腹を抱えて笑った。
「悪い悪い、
 帝国民の言う“クッソワロたwww”とはこの事だと思ったもので。」
「ふざけてる場合か?!
 我々はどんな相手だろうと負けられない…勝負だ、ロジオン!」
笑いこけるセインと俄然やる気を出したホルバインの横で、ヴィクターは青ざめる。
「人の話は最後まで聞くものだろう?やれやれ…」
ロジオンは差し出した手にプリズムに煌めく蝶を招聘し、ふわりと放した。
蝶はヴィクターの帽子に留まろうとしたが、ヴィクターは危機感を覚えて避けた。
そうしてセインとホルバインとロジオンの魔法合戦が始まった。
「意識に宿りし希望の藤よ、罪人宥める枷となれ。グルー《Grew》!」
「賢しらにさざめく衝動よ、集いて宙《そら》の狼煙と成せ。ヒートアップ《Heat-up》。」
「模るは円球、記すは雨。降《くだ》る調べを手繰り寄せ、いざ放たむ…ウォーターボール《Water Ball》!」
色とりどりの属性の光がぶつかり、建物やカスミソウを破壊しながら散っていく。コクランは降り散らかる瓦礫共を避けながら戦況を伺った。
(居ない。)
一方で、彼の魔法に巻き込まれるからだろうか。先程まで相対していた5人の敵が居ない事に気付いたコクランは、目の前で蝶が消えて呆然と立ち尽くすヴィクターに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「大丈夫るび…でも、はまった事実には変わり無いるび…」
「アイツ、一体何をしたんだ?」
「さっきセインが爆笑している間に言ってたるび…
 私の専門は虚数と闇の探求だが、複素平面《アルガン》図に実軸と虚軸が
 ある様に、どちらも一般世界とは隔絶されているものだから中々見る事も
 ないだろう。折角だから愉しんでいきなさいって、どういう意味るび?」
「えっと…数学用語、か?」
ヴィクターは青ざめた顔で、コクランに伝えた。
男は幻に煌めく蝶を放ち、ヴィクターはこれを避けた。蝶が消えた時、ヴィクターは確かに、遠目ながら男が微笑むのを見た。訳が分からない!ヴィクターは正直にそう思った。
「ヒート《《アップ》》?聞いた事ないな。」
「今、アイツの裾が光った。補助魔法の仕込みかも。」
「ふむ、不正解じゃないかね。」
セインの帽子に何処からともなく飛んできた煌めく蝶が止まった瞬間、ロジオンは1枚の紙と翅ペンを取り出し、その鋭利な先端で紙面上をすっと引いた。
「いったあ?!」
「セイン!?」
途端にセインは胸を押さえて転がった。
出血を含む外傷はなさそうだが、セインは起き上がれず蹲っている。
「な、何処からだ?!」
「君は魔法の基礎も知らんのかね《《ホルバイン》》君。」
「?!」
「君達はあの手配書を見て来たのだろう?
 このディラックの海の様な、何もない所にまで。」
ロジオンは手にした紙をセイン達の方へ向けた。
ホルバインとセインは絶句した。それは今朝方見て、自ら署名した依頼書だった。それが今、敵の魔法使いの手元にあるという事が何を意味するのか…魔法士の2人は明確に察した。
これは、呪術だ。
「依頼とは雇用主と労働者との契約、契約とは双方が記す約束にして楔。
 これは我が“ラスターボックス《Lustre Box》”への入口なのだよ。
 さあ愉しみたまえ。現世に帰る、その日まで。」
ロジオンがガラスペンを持った右手を挙げると、何処に隠れて居たのだろうか、黒ずくめの5人組が再び襲いかかってきた。

「それから魔石で大砲造られて“ドーン!”で全部終わったるび。」
「なにそれ新手のチートかな?」
以上の“依頼業務《クエスト》失敗話”を、療養期間が終わったヴィクターは先ずリノクのアサヒに聞かせた。
アサヒは驚いた。主に話の最後に出てきた大砲と、ヴィクターの隈の黒さに。
「て言うか“魔石で作る大砲”ってなに?!スパロボの必殺技かな!?」
「そのまんまるび。大砲を全部魔石で作った様な…
 って、大事なのはそこじゃないるび!」
ヴィクターはぷりぷり怒りながらアサヒに言って聴かせた。
「僕達コテンパンだったるび!!とっても悔しがってたから、
 セインとホルバインはきっとリベンジに行くるび!」
「えー、態々また墓穴掘りに行くのかあの《《トリオ》》…」
「遺憾ながらその予想には賛成るび…このままではまーたやらかするび。
 だからアサヒ、一生のお願いるび。
 またあの依頼を見つけたら、付いてきてほしいるび!」
「分かった。でも、出来れば用事の無い日にしてね?」
「ソレは…お祈りするるび。」
その後、三日月商会に荷物が届いた。
「まぁ綺麗!」
郵便屋から受け取ったカロリーヌが無邪気に喜ぶ横で、例の4人組はゾッとした。
その細やかな白い花はあの滅びの街で見かけた花だったし、花束を包む紙の色は黒と紫で、何故だろう、とっても見覚えのある組み合わせだったのだ。
「あら?お手紙が付いているわ。」
カロリーヌはカスミソウの花束の中に差し込まれた封筒に気付き、開けて読んだ。
「“これを手にする者達に清き心のあらん事を。”」
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カスミソウは冷涼な気候が好きだとか。今年は妙に暑さ寒さが尖っていますので、日本で育てるには工夫が必要かもしれませんね。
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参考ホームページ
https://greensnap.co.jp/columns/gypsophila_language
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CAST
・セイン=プリムローズ
・コクラン=デュラム
・ホルバイン=メイズ
・ヴィクター=グレースダン
・ロジオン=マグワート
・リノクのアサヒ

43.ミツバ


■特別管理プロトコル
対象はサーモグラフィーやレーダーで探知可能。“防衛線”は対象の現在地を24時間追跡する。対象との接触は自由だが、トラブルに発展した時に備えSNSまたは帝国謹製ホットラインでの報告を推奨する(政府関係者は下記の説明を熟知し、対応をスムーズに行える様にする)。対象の報道への映り込みを禁ずる(確認した場合、該当メディアおよび帝国政府通信部情報課に消去させる)。

■説明(カテゴリクラス;アモルファス
NIiM-21とは、生物(推測)である。NIiM-21の外観は人型と蛇型の2種類に固定される。人型の場合は現帝国南西部で発掘された王国歴200年頃の男性の姿(錣《しころ》のある黒い角隠し。黒の五つ紋付き羽織袴(家紋はクワモス区立図書館の禁書「家紋・魔法陣・宗教紋一覧」に不掲載)。夜行性の蛇と同じ瞳孔を持つ黄色い瞳。)、蛇型の場合はエラブウミヘビ(一般的な成体と違い、幼体の様に体色のコントラストがハッキリしているか真っ黒である)に近似の姿で現れる。人語を話し、“気難しい方々”の中では人間に好意的な方で、特に“孫”と呼ぶ人物を大切にしている。しかし①歯に触れるとヘビ毒で混乱~欠損~死亡②魔氣による魔石アレルギーおよびアナフィラキシーショック③雨の操作による事故④NIiM-21自身が魔氣暴走を起こし人類に敵対するおそれがある。彼が棲まうとされるヒルテュラ湖は、帝国民の水死先ワースト1位を記録する原因不明の危険地帯である。帝国政府は彼がヒルテュラ湖における事故増加の一因であると仮定し調査を続けている。
「なんだこの前置きは・・・」
「最近、面白い報告書を見まして。」
「よその世界の情報か消してこいブレインシェーカーにかけるぞ」
「7つのヴェールを超えた話は止めろマジでヤバいから!!」
この様に、極寒たる帝国メガロポリスとは神を奉るどころか信じる者さえ少ない国であったが、怪異は科学の端または夏の風物詩としてなんとなく受け容れられていた。メディアミックスの中だけで済んで欲しい物事が起きても薬とAEMを手に立ち向かい、あるいは意思疎通を図る者さえ居た。
「ナーッシュ・インペリア・メガロポリース!!」
『ナーッシュ・インペリア・メガロポリース!!』
「ナーッシュ・インペリア・メガロポリース!!」
『ナーッシュ・インペリア・メガロポリース!!』
問題は――これでも人外魔境暫定一位の人格者なので誠に憚られるが業務の邪魔になるという意味で――この“クソ蛇”は帝国首都サクリーナ城含めた各地にも一時的に出現するという事だ。
「ナーッシュ・インペリアっ・メガロポリっひでぶー?!」
『?!』
今回は帝国参謀ソリトン=フローレンが行う帝国政府一般部の朝礼にて、彼の頭上に出現した。サクリーナ城南の庭で行う軍事演習前の挨拶で、帝国参謀は頭上衝突された衝撃で尻餅を突いた挙句すっかり絡まってしまったし、一般部一~二軍は正体不明の落下物に対し一斉に武器を構えた。
「コラァ!!イケメンの触手プレイなんて誰が喜ぶんだ!?オレ様にそんな趣味は」
「やかましい。」
「いてっ!!」
黒蛇は鉄扇を振り回す帝国参謀をその尾でピシャリとしばき、大人しくなったその羽織の隙間からするすると抜けてその前にとぐろを巻いた。
「相済まぬ。これでよいか?」
「…話には聞いてたけどな…こ、こんなイケボな蛇があってたまるかー!!」
彼は帝国参謀に向けてぴょこりと首を傾げているが、こんな蛇はまず居ない。若者には今のところ敵意の無い魔物《ヘンナノー》と言った方が理解されるかもしれない存在だ。帝国参謀は扱いに困る侵入者をビシッと指差し、容赦なく尋ねた。
「当方は帝国政府一般部最高責任者、帝国参謀ソリトン=フローレンである!
名前を言って、それから御同行願いたい。
貴君には、戦略的重要施設への不法侵入の容疑がかかっている。」
帝国政府(略)の手本の様な名乗りと連行宣言に、黒蛇はふあぁと欠伸でもするかの様に伸びて、口を開けた。その中にある真っ黒い舌は、当然の様に二股で黒い。
「長いのう。」
「長い言うな!!」
「まぁよい、孫を知らぬか?孫が居れば早急に去ぬる故。」
「まご?」
「おおよそ城内に居る、黒髪の細い男の子よ。双方示し合わせた上で訪ねるが、今日に限って居らぬ。何ぞ急用があって不在にしておると思うが、吾は存ぜぬ…しかし暑いのう。」
黒蛇は何処からともなく赤い番傘を出し、勝手にその影で涼み始めた。
本日は極寒たる帝国メガロポリスにおいて大変貴重な真夏で、雲1つない青空だった。確かに変温動物にはキツイかもしれない。だが帝国参謀の機嫌は容赦なく下がった。
「“窓際”絡みかよ【罵詈雑言につき編集済】」
「これ、孫の悪口はそこまでにせよ。」
「やかましい!!これから全体演習すっから、待ちぼうけは端っこでやれ!」
「あい分かった。」
以上の出来事により帝国参謀はカンカンであったが、黒蛇は番傘ごと中庭の端へのんびり移動し、傘と城の織り成す影で涼んでいた。
ちなみに、その演習は滝の様な大雨の中で敢行されたという。

■捕捉1【各部司令官以上クラスのみアクセス可】
インシデントNIiM-21 帝国暦150年■月■日
(中略)
「さっきまで晴れてたのに。」
「こんのクソジジイ・・・」
「ふん。確かに我は道を外れた存在《もの》だが、神に対する態度が
ソレでは行かぬであろう。詫びと孫の話ならば受ける。」
帝国参謀に詰られた黒蛇は、地面に直立させた番傘の下でソッポを向いた。
だが帝国参謀には全く謝る気がなかったので、彼の“孫”について思い当たることを話した。
「情報課のブリーフィングルームとかでねぇの?今朝、管制官と喋ってたけどな。」
「なかったのう。」
「マジか…」
その時、風がふーっと吹いた。
物が飛ぶ程でもない、ただのそよ風だった。
「は?」
その中に青い蝙蝠傘がふわふわと、囁き声を零しながら飛んでいなければ。
「その“おじいさま”の好物が、ミツバのお吸い物なのですよ。」
「ミツバ…うちでは困るぐらいに生えるが、其方ではどうだろうか。」
「それが、今年の冬将軍に駆逐されまして。」
「ミツバが、枯れる?」
「ええ、此方にも生えてて良かったですよ…」
いや、たとえ風が強くて飛ばされたとしてもその飛び方はないわ…とは帝国参謀の弁であるが、やがて蝙蝠傘は2m程の高さで留まり、その下から男性2人が姿を現した。赤と銀の魔法使いと傘の下で仲睦まじく話すファッショナブル・エージェントに、いよいよ帝国参謀はキレた。
「おい“窓際”!!客来てんぞナントカしろ仕事サボってんじゃねーぞこのヤロー!!」
「サボっては居ませんよ?今対応します。」
「おや、邪魔したかな?」
「…お主ら相変わらず仲いいのう。」
「おじいさま、ミツバ採ってきましたよ!」

■捕捉2【各部司令官以上クラスのみアクセス可】
NIiM-21は水属性の守護者(王国風に言うと神)と目されているが、王国聖書にはミーティア以外にそれらしい記述はなかった。今後“孫”にインタビューさせ、詳しい素性等を記録する予定である。
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ミツバは貴重な、日本原産の植物です(ポケモンならぬ日本原産の植物いえるかな?を並べてみたくなります)。生で菜飯にしてもよし、お吸い物にしてもよし、更には湿気のある日陰めいた場所で育つので我が家では重宝しております。
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参考ホームページ
・SCP財団
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CAST
・帝国政府一般部参謀ソリトン=フローレン
・帝国政府通信部シダー長官
・帝国政府通信部スツェルニーのクライン
・アナスタシアのマナ
・嵐と濁流の神■■■■■
・夜空の■■■■■■

42.コモンマロウ

!Alert! LGBTQで性別の垣根が曖昧になっていくのなら、そのうち友達と恋人の垣根も曖昧になるだろう。

砂漠の王国には、数多の星々が埋もれている。一等星の如き煌めきを放つ物から、ブラックホールの如き暗黒まで。四百年よりも前から存在する叡智は、何処から覗いても奥深い…これから寄る所も、その一つにあたるだろうか。
王国の首都“王宮ベルベット”のいくつかある館の一つに、ネモフィラの咲き乱れるだけの一画がある。
其処に入って直ぐの所に十字架の立つ墓石があるのだが、墓石にはこう書かれている。
“こんばんは 今宵はどちらへ?”
だから、訪問者は答えなければならない。
「新しい魔法が出来たと伺いました。オストラヴァは御在宅でしょうか?」
「居るわよ。」
すると、なんでも無い夕暮れの帳から、古びた館が姿を現すのだ。
「ようこそ、悪魔の棲まう迎賓館へ。」
「こんにちは、カリーナ。」
その大きな扉から、金髪の美女が顔を覗かせた。
「早速案内してあげたいけど…」
女性は訪問者を歓迎したが、其処にはとまどいもある様だった。
「ねぇクライン、帝国では悪い風邪が流行っていると聞いたわ。体は大丈夫かしら?」
「あぁアレは…広報に言わせたほど大した事は無いので、問題ありませんよ。」
「そう。急にごめんなさいね。別に、貴方が病気を持ってきたとか、そう
思っている訳ではないのよ。夫は張り切っていたわ。やっと完成した新しい魔法
体系、何よりも先に貴方に見せたいって…なのに今日…そう、よりによって今日…
喉がやられちゃったのよー!!」
「ああ…」
そこでクラインはやっと察した。
黒いローブの女性は、肝心な時に体調管理にしくじった不甲斐ない夫と、遠く隣国からやって来た友人を思って項垂れた。
彼の棲まう帝国メガロポリスはただいま極寒期、何かと風邪を警戒する様になる時期だった。そういう事もあって、罹患(疑惑含む)者に会った事で帰国やその後が大変になるかもしれないと、彼女は心配したのだ。
「だから、夫は万全の状態では無いし、
肝心の魔法も見せてあげられないかもしれない。それでもよくて?」
「ええ、構いませんよ。」
「分かったわ。それじゃあ、案内するわね。」
カリーナは了承を得て、クラインを屋敷の中へ誘った。
鈍い青紫を基調とした豪奢な屋敷の中は暗く、静かで、人気がしない。
ただ、シルクハットと燕尾服を身につけた骸骨が、これまた紳士的に御辞儀しているだけだ。
別に置物ではない、ただの(ここ限定の)日常である。
「チェザーレ。我が夫、オストラントの悪魔よ…あら、もう出てきているわ。」
「お世話になります。」
クラインは骸骨紳士に帽子とコートを差し出し、蝋燭を手にしたカリーナの後を付いていった。
屋敷の奥の、そのまた奥へ。
オストラヴァ、貴方のクラインが来たわよ。」
「こ、こんばんは…」
さて肝心の友人は、布団の住人になっていた。
レースの天幕が降りたままの布団の中から筋肉質な腕がぬっと上がり、数回手を振って直ぐ落ちた。
何やらか細い声も聞こえた様な気もしたが、それだけだ。
「やだ、朝よりも悪くなってない?」
カリーナはベッドに駆け寄り、夫の様子を伺った。
「清らかなる光よ、喪われし恵みとなれ…」
カリーナの唱えた声の波動はやがて細やかな光となり、癖の強い長髪の男に吸い込まれ…るかと思えば、そのまま虚空へと散らかっていってしまった。
「風邪ですか。」
「そうみたい…どうしよう、帰る?」
「御迷惑でなければ、そのまま置いといてください。」
「分かったわ。そうと決まれば…
チェザーレ、彼《か》の友人にマロウティを用意して差し上げて。」
カリーナは様々な用意をする為に部屋を出て行った。
彼女の去り際の召喚に応じ、骸骨紳士はその影から出てきて部屋の壁に隠された戸棚を開け、壁付きの折り畳み式テーブルとティーセットを用意し始めた。
ティーポットの中で乾いた薄紫色の花が散り、次第に水を青く染めていく。
マロウティは確か、レモンを入れると色が変わるというお茶でしたよね?」
骸骨紳士はカップに角砂糖を1つ入れてから頷き、ティを注いだ。
緩やかに湯気の立つカップは、程よく冷めているだろう。
「ありがとうございます。」
クラインがソレを受け取ると、骸骨は紳士的に御辞儀して、またティーセットの所へ戻っていった。
空色のティは特に変わった味も無く、だが炎症に効くという。詠唱のしすぎ(?)で壊した喉には効くだろう。最後の1口だけ残したマロウティをサイドテーブルに置いてから、クラインは友人に声を掛けた。
オストラヴァ
そうして友人の名を口にした途端、病人とは思えない勢いで引っ張られ引きずり込まれた。
細い彼をすっかり腕の中に収めてしまったその体には極薄い布団が一枚、ふんどし一枚がまとわりつくだけである。これにはクラインも驚いた。
「思ったよりも元気でしたね。」
「…ただの風邪に此処まで大げさにしなくとも…」
オストラヴァは実に話しにくそうな、掠れた声でクラインに話しかけた。
「…本当に喉だけなんだ…」
「熱もあるでしょう?ちなみに我が国では平均平熱37.5度を基準とし、
+1度で休止要請、+2度で隔離養生です。それに、風邪を拗らせると肺炎になり
ますけど、我が国で死因5位を記録しております。」
「…だが、発熱すると寒いというだろう。今の私は、暑くて敵わん…」
冷えて気持ちいいのだろう、オストラヴァはクラインを抱きしめた。
クラインも彼を抱きしめ返した。
自分よりも上背も体格もある友人は、体の良い抱き枕ならぬ抱きゆたんぽだったのだ。
「チェザーレがマロウティを淹れてくれました、飲みます?」
「…君の飲みさしがいい…」
「はいはい、起きられますか?」
「当然だとも…」
2人はベッドから起き上がり、クラインはサイドテーブルに置いた自分のティーカップを差し出した。
オストラヴァカップを受け取り、遠慮無く中身を飲み干した。
「とにかく水が足りないんだ。君の魂《たま》から滴る清らかな燃える水、この身に猛る焔の恋河…」
「おや、口説き文句はすんなり話せましたね。」
口説き?文句だと?!…事実だ…」
友人の指摘にオストラヴァは咳き込み、だがカップを差し出しておかわりを要求した。
クラインはベッドから抜け出し、遠くのティーポットを持って来て、オストラヴァの持つカップへ注いだ。
「…飲むかい?」
「ええ。」
チェザーレは魔法使いの忠実な僕だった、この場にティーカップは1つしかない。
だから、先程オストラヴァがした様に、クラインも彼の飲みさしを頂いた。
昔の人が杯を酌み交して親交を表した様に、彼等もまたそういう仲であったからだ…たぶん。
「君の中でたゆたう清水は、我が内に灯る暗黒の焔と相性が良い。
これからも、宜しく頼む。」
「はい。」
「しかし君は相変わらず細いな…本当に3食きっちり食べているのか?」
「ええ」
「あのプロテインサプリメントとか言う携帯食料だけじゃないだろうな。」
「それは、周りに止められました。おじいさまに至っては薬だと思われて、
一汁一菜フルコースと布団を召喚されました。」
「ああ、やはり…」
--------
最近はバタフライピーが現れましたので、サプライズティはコモンマロウの専売特許ではなくなってしまいました。植物自体は、アオイ科マメ科)・高く直立して伸びる(つる性)なので、花壇の中では差別化できます。
--------
CAST
・スツェルニーのクライン
・カリーナ=ウェポニア=ネモフィラ
・チェザーレ=ルシエル=ネモフィラ
・オストラント=ルシエル=ネモフィラ