四月の最後の日曜日

6時50分に起床。晴。

 

何人かの方に、サイトの引っ越しをメールにて通知。

 

午前中、「一葦」の出版記念会への欠席葉書を投函し、コーナンで買い物をし、 Boulangerie Yui でパンを買って帰宅。

 

さて、著作権問題なのですが、俳句の世界では些か野放し状態なのが実情でしょう。かつて、大岡信の『折々のうた』が、朝日新聞掲載の状態では著作権に抵触すると指摘されたことがありました。但し、岩波新書版の『折々のうた』に関しては、これに当たらないことも併記されていました。断片では抵触するものが、その集合体においては抵触しない、という事実、このニュアンスの解釈なのです。今回の「徒爾綴」においても、ある程度の記事の蓄積を経るまでは、やはり充分に注意を払う必要があるだろうと思っています。引用部(引用俳句作品)が“従”と解される状態となるまでは、と言うことなのです。面倒臭い、ことなのですが、初心に返って俳句を読むのには、これは良い機会なのかも知れません。

 

Firefox での表示が適切に行われないトラブルがありました。残念ながら、直すことは出来ませんでした。SleipnirChromeInternet Explorer では問題が発生しませんでしたから、大きな問題ではない、ということにします。かなり古いホームページ・ビルダーで作ったものに、自己流の修正を重ねてきていますから、もしかすると不適切なHTMLの記述が混入している可能性もあります。もう一度、その辺からチェックすべきなのかも知れません。

 

今日、今年初めて、燕を見ました。

4月26日 土曜日

6時05分起床。晴。

左手の擦過傷の救急絆は取れましたが、右腕の方はもう少し。鼻の頭は、押さえない限り痛くはありません。

 

いろいろと考えての末、思い切って新しい場所に移動することにしました。ネットで場所探しをし、「さくらインターネット」に場所をお借りし、更にブログをお借りし、簡単な設定をしました。中は、まだ何も在りません。

遣りたいことは、勿論、俳句に関わることなのですが、最初の難関は著作権問題を処理することです。引用部と記述部の明確な線引きと同時に、記述部が主でなければならないという問題、これは私にとってかなりの難問です。ま、急がずに考えてみたいと思います。

 

午前中、杢保さんで薬を貰い、父に会い(今日の父は、笑顔でしたが、私が誰かを理解しませんでした)、コーナンで買い物をして帰宅。午後、クリエイトで買い物。

サイトに「徒爾綴」と「ご案内」をアップ。これが新たな『 masume 』の第一日目です。この後は、シャワーを浴び、『平行植物』の続きを読むつもりです。

4月23日 水曜日

5時50分起床。雨上がりの薄曇り。

昨夜来、http://d.hatena.ne.jp/baikindo/ の方も使い始めました。自分のサイトを休んで hatena ばかりを使うのも、なのですが、サイトの方は自縄自縛なのか、気乗りがしないのです。困ったものです。

4月21日 月曜日

5時45分起床。閑かな雨。しかし、濡れたら風邪を引きます、とラジオの天気予報。

 

昨日、ジュンク堂で『平行植物』と一緒に中沢新一の『ミクロコスモスⅡ』(中公文庫)を買いました。『ミクロコスモス』の2冊、すでに倉庫に眠っている筈なのですが、立ち読みをしていて、そのままに買ってしまいました。昨夜、その3分の一ほどを読んだのですが、買って損はしなかったみたいです。

4月20日 日曜日

6時50分に起床。曇。夜、雨が降ったらしく、路面が濡れています。

 

璞の会の発足は古く、銀化創刊以前にまで遡ります。会の名前も、銀化誌第2巻第2号から連載されている「璞玉を拾う」からの中原先生の命名、先生の許可を得てのものでした。つまり、当初は歴とした銀化の句会でした(少なくとも、私たちはそう認識していました)。後発の船橋参句会が第一日曜日から璞の会の第三土曜日に移動した理由は知りませんが、それなりの訳のあってのことでしょう。あちらの第三土曜日も定着して久しいことですし、先生の句会の在る日に別の場所で別の句会を開き続けるのも何ですし、昨日の璞の会に於いて、来年度より第三土曜日からの変更が検討され、了承されました。詰まらない話かも知れません。しかし、先生に雑音をお聞かせしないことも、大事と言えば大事なことなのではないでしょうか。そう言えば、白扇句会(現在の市川流の会)が第一日曜日に移動したのも、確か同じ理由からであったと記憶しています。こちらもまた、随分と古い話ですけれど。

 

昨日の町田行の車中、久し振りに中尾壽美子を読みました。『老虎灘』、句集そのままでは重たいので、携行に愛用しているFさんからの戴き物のポケット・ノート版(Fさんの筆写本)です。好きな句を幾つか記せば、

   羽抜鶏卵の殻を見てゐたり

   葱青しだまつて列に加はりぬ

   とある日を虫に食はれし霞かな

   棍棒もうどん粉病を患ふや

   茶の花が沢山さきて慌てけり

これ以外にも、解らないけれど好きな

   地球この半分は春かすていら

などという句も。読めば読むほど、なのですが、嵌まると自分が壊れてしまいますから、程々、と思っています。

 

午後、藤沢のジュンク堂に行きました。で、レオ・レオーニの『平行植物』を買いました。以前、ここにハラルト・シュテュンプケの『鼻行類』についてのメモ書きをしましたが、その時に『鼻行類』より面白いかも知れないと思っていたのがこの『平行植物』です。『鼻行類』が動物学的な虚構であるなら、『平行植物』は植物学的な幻想です。それにしても、この本、ジュンク堂の「植物学」の棚に在りました。これは、ある意味では正しく、別の意味では間違っています。なにせ、レオ・レオーニは彫刻家にして童話作家なのですから。

4月19日 土曜日

6時30分起床。雨は上がりましたが、まだ曇。寒さを感じます。

このところ、鼻水止めの飲み薬を常用。本来は痒み止めの薬なのですが、鼻水が出始めてしまう前に飲んでおけば、夕方まではほぼ抑えてくれます。花粉症なのか生来のものなのかは不明ですが、鼻水との付き合いは高校生の頃から。鼻粘膜が刺激に弱いのと、脳が何らかのプレッシャーを感じると即鼻水的体質の所為、と考えた方が妥当のように今は思っています。そんな訳で、これで抑えられることを知った時の有り難さは大変なものでした。それでも、相変わらずのティッシュペーパーの使用量。専用のティッシュのお陰で、鼻が真っ赤になることは無くなりましたけれど。

さて、本日は町田の璞の会。当然に鼻水の出る筈の日。朝食後に薬、飲みました。

4月18日 金曜日

5時40分起床。曇。朝のこの時間は生暖かい感じ。でも、これから雨になり、肌寒い感じになるとのこと。

昨日の退勤時、久し振りに勤務地から藤沢駅まで歩きました。歩き方にもよりますが、大凡30分前後というところ。定時に退勤すれば、藤沢駅南口6時40分発のバスに間に合います。昨日も間に合いました。

4月16日 水曜日

5時50分起床。うっすらと曇。小綬鶏が随分と鳴いています。

昨日の帰宅の折のことです。バスを降りると、東の空に満月がありました。バス停からは東に位置する自宅へと向かって歩くと、満月は山の上から山の端へ、山の端から山の裏へと移ってしまい、数十メートルにも満たない距離の移動なのですが、家の前に立った時には満月は完全に山に隠れてしまいました。これを「月が沈んだ」と表現するのは不自然です。では何と表現したら良いのか、昨夜はそんなことを考えていたのですが、結論は出ませんでした。

4月15日 火曜日

5時50分起床。晴。

夢の話です。その谷には真っ赤な牡丹が咲き、花水木が咲き、足下には著莪が咲き、桜は散り尽くしていましたがその蕊がまだ零れ、黄色の菖蒲や真っ白のカラーも咲いていました。小さな花壇にはチューリップや名も知らぬ花が咲いていて、小さな公園では老人がブランコを漕いでいたりして。で、トイレに行きたくなってトイレを探すと、無いのです。慌てて、出口への長い階段を息を切らして上ると、そこに在った筈のトイレも無いのです。そこで目を覚まし、深夜のトイレに行ったのですが、これはたぶん、夢は過去形でしか語れないという大森荘蔵の所為です。

 

昨日、「絵空」vol.7 が届きました。

 

相方が駝鳥の卵の形をした(と言っても、私は駝鳥の卵を見たことなど無いのですけれど)チョコレートを買ってきてくれました。卵の殻は真二つに割れていて、中に小さなチョコレートが四つ。まったく冗談みたいなチョコレートです。殻は、板チョコほどの厚みがありますから、先ずはこれを割って食べています。食べではありますが、如何にチョコレート好きでも、何とも言い難いものがあります。なんとなくの記憶なのですが、むかし、小豚の貯金箱の形をしたチョコレートを食べたことがあったような、なかったような。堅実にして建設的な私としては(?)、同じ金額でただの板チョコを何枚か買って戴いた方が、って、感謝の気持ちが足りないですね。

4月13日 日曜日

6時15分起床。すっきりとではないのですが、晴。

 

昨日の大井町への往復の際、山下一海の『芭蕉百名言』の拾い読みをしました。この本、購入してより常に座右なのですが、芭蕉の言葉は当然として、山下のそれに対する読みに共感すること多々なのです。それに、考えさせてくれることも多く、むしろこちらこそが座右の理由なのですが。

さて、フリッツ・マウトナーの

「文法の誤りなどというものは、文法が発明される以前にはまったくなかった」

なのですが、この言葉の一つの読みようとして、私自身は他者の句に対して「文法を語らず俳句を語れ」と肝に銘じているのですが、これとても、「知らず」と「破る」との違いを一句に読み取れるかどうか、という私の技量の問題がついて回ります。時に、文語文法無知の身の失礼を顧みず、“舌頭千転” の後であるならば、“平成の文語” で充分、などとも思ってしまいます。

ところで、芭蕉の「俳諧は気に乗せてすべし」に対する山下の「気は作者の側にあるだけでなく、対象の側にもある」は、もしかして、大森荘蔵の「天地有情」に通じてしまうのかも知れません。そのことを考えていたら、あっという間に大船に帰り着いてしまいました。

 

郁良編集長に6月号に掲載される筈の10句稿をメールにて送信。タイトルは「午後からの雨」、昨日の句会で道夫先生に揶揄された「雨は午後から降り出す」なのです。それ故、今後の私は、二度と午後から雨を降り出させてはいけない、なのです。とは言っても、朝から雨を降らすのも難儀、如何ともし難き事態と相成り申し候の故、雨男、返上しちゃいましょうか・・・。

 

午前中、ケーブルテレビの方がインターネットの接続状況を調べに。モデムその他、まったく問題ありません、とのこと。その青年、自身は“7”を使っているのだそうな。業務の必要上、時に“8”も使うのだそうで、馴染めないのだそうな。“XP”の終了、やはり一つの時代の終わりなのかも知れません。老人が苦戦するのは当然のこと、なのです。

 

午後、勤務先に休日出勤。帰路、ジュンク堂にて文庫本を一冊。藤沢からは久し振りに江ノ電で腰越まで、そしてバス停三つ分を歩いて帰宅。曇り空の東の山の端に、満月まであと一歩の月が、雲の裏から雲をぼんやりと明るくしていました。

4月12日 土曜日

5時35分起床。兎に角も、晴。

ゆっくりと寝ていても構わないのに早く起きてしまうのは、貧乏性の所為でしょうか。それとも、今日、久し振りに先生の句会に出ることにした所為でしょうか。今日は9時から床屋、午後は銀化の東京句会(大井町)に行く予定です。

 

朝、YouTube に Kenny Barron と Brad Mehldau のピアノ・デュオだけを集めてあるのを見つけ(全7曲)、それを流しっ放しに。パソコンを通してジャズを聞くようになってから、聴く、を忘れてしまった気がします。流しっ放し、は畢竟 background music 、BGMですし。LPの時代とは、やっぱり違うなあ、と。

 

床屋へ行き、父に会い、句会に行きました。夜、シューと次男が来、次男に教わりながらシューとカードゲームをしました。

4月11日 金曜日

5時40分起床。曇。

昨日、インストールした NReader2 ですが、SkyDrive に書庫を作り、何処でも読めるようにする、が基本的な考え方のようです。携帯端末を持つことが条件とも言える訳ですから、これからの時代、携帯端末を持つか持たぬかは、大袈裟に言えば、生き方に係わる問題なのか知れません。

 

昨日は、鷹夫先生の忌日でした。なのに、俳句は上の空、困ったものです。