第4話 haha

嫌いな所かつ反面教師なところ

・料理

・理不尽

 

Hahaの料理は本当に嫌だった

 

日本にはお弁当という制度がある

 

日本人の母はよくもまぁあんなにお弁当をオシャレに作れるものだ

 

私の母はよくもまぁあんなに汚く作れるものだ(味は普通、常に味薄め)

 

当時はなぜかそこに弁当劣等感を感じていたため、友達に見られないように食べていた

なんなら友達の弁当がうまそうに見えるものだから食わしてもらっていた

 

元を辿ればtitiが料理上手いからだという結論に行き着いた

 

例えるなら項羽と劉邦

項羽は超人ゆえに、部下は平凡

劉邦は平凡ゆえに、部下は優秀

 

Titiが料理できるがゆえにhahaは出来ない

完璧である必要はないことを学んだ

関係ないが、スペック高いのに結婚出来ない人の多くは...まぁやめよう

 

そして、理不尽

Titiとの家内戦争は、論理vs直感

EQvsIQ、他人思いvs自己中

Titiは基本左サイドで、EQもI Qも高い

いつも鎮まるのは、titiが譲るか一人っ子政策の弊害によって産まれたショウ皇帝のワシがhahaを怒鳴りつけるか

基本的にtitiが模範なものでhahaのような思考フローは嫌いだった

特にI.Qを駆使した自己中というのは非常に厄介

 

幸運にも息子愛強いため、ショウ皇帝のいうことは聞く

 

Titiをhahaが抑え、hahaをショウ皇帝が抑え、ショウ皇帝をtitiが抑える

ショウ家の三権分立である

 

直感に話を移したい

Hahaの直感はtitiの論理を超えることがあった

直感が優れているかどうかを測る指標はおそらく結果だけだと考えている

直感とは論理の反対だととらわれがちだが、皇帝は正確な説明でないと考えている

直感とは、感覚によって結論を導く手法である

論理は、物事の繋がり、道筋を意識して結論を導く手法である

 

感覚によって結論を導くというのはほぼ経験によって結論を導くと言っていいだろう

なぜなら感覚とはその人のそれまで体験したものに依存しているからだ

ここで、経験とは具体的なもので、エビデンスなのだ

直感的意思決定は、具体的な経験から抽象的なモデルを推論し、そのモデルに現状を組み入れることで意思決定を行なっているのである

これって、論理の世界でも用いられている帰納法に近い

ゆえに、直感と論理は反対という関係ではなく、むしろ包括関係に近いのだ

 

若い頃直感で決定する人が失敗を繰り返すのは経験不足だからというロジックはこれでより詳細に説明できるはずだ

失敗の定義は難しいがそこは見逃してくれ

 

直感と論理で喧嘩する本質は、直感側が論理の過程を言語化して説明できず、論理側が納得いかないからだろう

特に大きな意思決定ほどこれは顕著化する

 

大きな意思決定でhahaの直感が外れたことはない。少なくとも私が産まれてからはないとおもう

 

株とかうまくいってるみたいだし

 

Hahaから学んだことといえば直感だろう

あとは反面教師

Titiの器の広さがなけりゃ結婚相手いないだろう

 

P.S.

日系企業の特に上下関係がはっきりしている会社

上が絶対という会社

それはある意味、経験が絶対と同義である

それはある意味創造性から離れていく

上が絶対では成長は出来ても脱皮を遂げにくいのだ

 

第4話 終

第3話 titi 続

 前回のお話は以下である。

basketman0511.hatenablog.com

 ペリーからの要望もあり、以下の掘り下げを行ってみる。

・なぜ、ドラゴンボール孫悟空を見てビビーってきたのか。

 

彼は地球育ちのサイヤ人

私は日本育ちの中国人。

 

日中の歴史について語ることになるが、この時点で不快に思う方はこの時点で去ったほうが良いだろう。

 

まず、"歴史"とは何か。

歴史とは客観的に記載された過去の事実であるべきである。

では、客観的であると誰が証明できるのか?

歴史書を書いた人間が客観的に事実を記載してる保証はどこにもない。

歴史の勝者が好きなように書き換えていないなんてどう証明できるのか。

私は歴史を疑っている。

 

領土問題についての意見を求められることは多かった。

日本側も中国側も「”歴史”上これは私の領土である。」と主張すると"報道されている"。(私はマスコミも嫌いである。)

自分の国の都合のために、それっぽく作り上げた屁理屈というのが私の認識であった。

 

歴史を疑っている姿勢であるが、私が学んだ"歴史"を引き合いに掘り下げを行う必要がある。

 

ドラゴンボール

①地球はサイヤ人に侵略された。

②悟空はサイヤ人から地球を守った。

サイヤ人のプライドはフリーザに踏みにじられた。悟空は怒った。

 

①中国は日本人に侵略された。

①'今後中国は日本人に侵略される

②'俺は日本人から中国を守るために日本人を倒す?→できない。

③'日本人がディスられたら、俺は怒る?→yes

 

日本と中国を入れ替えても良い。答えは同じである。

ドラゴンボールの②のサイヤ人は極悪人という設定である。

日本人と中国人は極悪人ですか?

(とか言っている時点でおそらく私は戦場で殺されるのを待つタイプだろう。)

 

前提は違えど、悟空は両方の魂を引き継いでいると言える。

仮に、侵略する側が完全に悪であれば、侵略される方を守ると思う。

というか守りたい。

 

悟空の行動に共感したから、これだって思ったのだろう。

 

しかし、仮定は仮定。

実際に戦争が起きたら、私はアメリカに行って、両国の行く末を見守るだろう。

オリンピック競技で日本vs中国の試合をテレビの前で両国を応援するように。

第3話 titi

父については話が多過ぎるので、一部だけ

 

私のアイデンティティは、父に起因するところが大きいだろう。

 

私は何者か。そう考えるときは多々あった。

0〜3歳中国、3〜6歳日本、6〜9歳中国、しょうさんから日本

に住んだ。

日本にいる間、家の外では日本の教育、家の中では中国の教育を受けていたといっても差し支えない

 

そこに苦しんだこともある

日本にいると、これだから中国人はと言われ、中国にいると見た目が日本人のようだと言われる

 

前者は明らかに中国人を見下していたし、後者は歴史背景からいい意味で捉え難かった

 

中国を馬鹿にされるときも、日本をディスられるときもキレていた思春期があった

 

ちなみに、父の私に対するしつけはなにかと儒教を引き合いに出してくる

私は意外と優しい心の持ち主だから仁、義を語られることはすくなかったが、嘘つくと本質を見抜く父に見破られて、信とは何かと毎回説教されていた

あと、過保護な母のことが嫌いだったこともあり、礼もうるさく言われた

 

そして、なぜか三国志のストーリーも混ぜてくる。劉備曹操がなんたらと。

 

そんな父は、私の思春期で繰り返し言ってきたのは、お前は中国人なのだと

いくら日本で教育を受けようが、流れているのは先祖代々から中国人の血であり、国を思う人たちの血が流れているのだと

 

余談だが、私の苗字は姜

この苗字は、周の時代の有名な軍師姜子牙と同じであり、三国志にも姜維という有名な将軍とも同じである

もっとちなむと、国が起こる前の中国で、神農炎帝と呼ばれる神様の苗字も姜らしい

 

私が彼らの子孫であるかどうか証明できないが、ポジティブなので私は自分のことを神の子孫と考えるようにしている

 

話を戻すと、アイデンティティ

中国人であることは私も受け入れたが、なんともピンとこないものがあった

 

出会いは突然なのである

そう、それは

ドラゴンボール孫悟空

彼はサイヤ人であり地球で育った

おれは地球育ちのサイヤ人だ!というシーンがあるが、私の心に実に深く刺さった

 

日本育ちの中国人

気づけばどうってことないのに、気づくのに20年はかかった

このアイデンティティで実は充分であった

 

これを受け入れてから多くを割り切れるようになった

むしろ価値のあるものだと思えるようになった

 

さて、今の自分のアイデンティティは把握した

しかし、なりたい自分は話が変わる

 

マズロー自己実現の欲求とはこのことだろう

 

とりあえずさ

銀座の寿司うますぎる🍣🍣🍣

 

中国にどんな貢献ができるのか

父のあとを追いたいし、超えたい

背中がとおいよよよよよよよよよよよよのよよ

 

 

第2話 恩師

親について書くのはやはり抵抗がある。親に感謝するのは当たり前という側面もあるが、なにより恥ずかしい。


先延ばしにして、恩師について書きたいと思った。


ておもったが、親と彼女以外に恩を感じた相手と定義づけても、恩師と呼べる人が多すぎる。

なので、非常に抽象的に

バスケットボール

としたい。

なぜなら、私が恩を感じた相手は9割がたバスケットボールつながりだからだ。


まずは、中高時代からいきたい。

中高一貫の私は中高ともにバスケ部である。スラムダンクの影響だ。

しかし、スラムダンクの様な展開などない、いわゆる弱小校である。

全国大会に行きたいという目標があったが、同期でそれを口にしたのは現実を受け入れたくない私だけであった。

みんな、頭いいから現実的でないことを理解していた。


目標を達成できなかったが、間違いなくいまの自分に影響を与えた人が二人いる。

高校の顧問、k沼先生とi藤先生だ。

同期にも大いに感謝してるが、それはまた今度にする。


K沼先生は私含めみんなに言った。

「人を熱くしたいなら、まずは自分が一番熱くなれ

当時の自分のことしか考えられないEQ低めの私には意味がわからなかった。

これを理解していたらもっと強いチームになってたのでは、って今でも思う。

でも、いまなら理解しているし、これが大事なシチュエーションでも実践できる。自称だが。

父にも言われたが、他人をコントロールしたがる人は大抵自分をコントロールできない。

そういう人に、人はついていかないのだ。そういう経験もしてきた。

よほどのサバイバルな状況でない限り、おれに従え系リーダーはかすである。


もう一人の顧問i藤。

彼の名言は

「花より花を咲かす土となれ」

ちなみに、ゴーマイウェイの私には人に合わせるような黒子の役はいまでも苦手だ。その代わり、自分が支えられていることに気づけ、周りに感謝できるようになった。


黒子役。

黒子役と言えば、大学時代のバスケサークルで出会ったshige。

私が入ったサークルは当時鬼強かった。なぜかよくわからんが、私が2年次の頃には四人の国体選手、5人のジュニアオールスターがいた。

部活行けやっておもうほんと。

そこに、東京の強豪校出身だが、全国では全く無名のシゲがスタメンだった。彼は三年生のときにこのサークルに入って、すぐスタメン。


彼から二つのことを学んだ。

黒子、そして、人望


まずは黒子。

彼はスター性を秘めていた。その気になれば、チームの得点王になれるのに、パスを捌ける柔軟性を持ち合わせていた。

一緒に試合出ると、自分の得点ばかり考えるなとよく怒られていたのが懐かしい。

でもその指摘のおかげで、私もアシストできるようになった。

私が黒子役できるシチュエーションがあるとしたら、バスケだけだろう。


人望

彼がスター性を秘めていたのは、バスケスキルだけに起因したものではない。コミュニケーション能力の高さもだろう。誰に対しても元気よく挨拶し、人をいじるときのも上手い。いじり相手との心理的距離感を適切に把握し、相手を不快にしたり場の空気を壊さないで笑いをとるのが本当にうまかった。

そんな彼は皆に慕われていた。

彼とは毎晩お泊まりしていた仲だが、私は彼とはだいぶ違う生き物だった。

基本的に大学生の悪ノリが嫌いだったこともあり、あまり周りといい関係をきずけなかった。

なぜ、しげと私が仲良いのか、影で首をかしげるレベルだったらしい。


彼とは喧嘩したこともある。

人の感情無視する合理性vs人の感情重視する非合理性

初めはなぜこんなバカをみんな慕うのか全く理解できなかった。

彼の学歴が高くないことがまた、自分の正しさを疑わなかった原因だった。


時間がたって、やっと理解できた。

私は自分が都合良くなるように合理的に考えていた。

彼はチームに都合良くなるように自分を犠牲にしていた。


TeamにIという文字はないのである。

By あひるの空


しげとの具体的な時間の共有は、顧問二人の抽象的な言葉の理解を助けてくれた。


人には感情があるのだ。

人をまとめるリーダーの立場として、目指すべき合理性または最適化の対象は自分のタスクではない。非常にチャレンジであるが、自分のタスクに加え、人望も変数に入れなくてはならないと私は考える。


そのためにもセルフコントロール



以上

第一話 A

大いに迷いましたが、やはり今の彼女Aでしょう。(親と迷ったよね)

 

浅い人生経験ですが、

"男を本質的に変えられるのが女性"

というのが自論。

 

本質的に変えるとは何かというと、ここでは性格を変えることですかね。

どう変えたか。簡単です。自信を与えてくれただけです。

 

大学時代までの私

・「だって、でも」が口癖

・「どうせ」が口癖=>努力したくない

・理責めで感情無視

・自分の考えが正

・常に60%の力で最低限の努力をし、必須事項だけ満たすタイプ

などなど

いますよね?周りに

全然授業出ないのにちゃっかり単位をとる大学生。

要領がいいとはいうが、学生の最重要項目である勉強で本気を出せないのだから

かっこ悪いと今なら思う。

研究室でも努力せずに美味しいとこだけとっていって、反感を買ったりする。

他人からすると努力もしないでポイントを稼ぐのはやはり嫉妬を生む。

これって本当に良いのだろうか。

 

そんな大学院生1年目の10月、今のAと再会した。

再会というのは、実は小学校の同級生だからである。

 

再会10日目で交際をスタートしてみた。

 

交際している間、不思議とエネルギーがみなぎる。

この子のためなら自分磨きをしたいと思えるようになった。

 

気づかされました。

大学時代までの自分は努力して100%の力でチャレンジして辛い思いするより、中途半端な努力でいいとこ取りして、失敗した時に言い訳をしたかっただけである。

 

でも、Aといると、失敗しても立ち直らせてくれる。

かけてくれるポジティブな言葉は私にチャレンジする気を起こさせる。

 

筋トレは辛いと思ったら逃げていたのに、最後までやり切る意思を持てるようになった。

だるいと思ってた研究に対しても真摯に向き合えるようになった。

それまで11時からダラダラと実験して夜遅くまで残ってチームメンバーに迷惑をかけていたが、夜Aとの時間を確保するために朝6時から実験を開始していた。

 

自分は理系の院卒だから、国内メーカーいって適当にリーマンやろうという魂胆だった。

でも、Aの一言で外資に目を向けるようになった。

そしてコンサルという自分の一番やってて楽しい職業を見つけることができた。

(当時の私は何かと他人の相談に乗ることが多かった)

 

苦手だった活字を読んでみようと思い、新聞を読み始めるようになった。

人工知能ブームによって、それに興味を持つようになり、今の会社に入社できた。

 

意思決定が早くなった。自分の決定に自信がなくてもAが理由を付け加えてくれるからだ。

 

私は多分人生の伴侶を得たのだと思った。

この女性と交際して悟った。

いい女とは、いい男と付き合っている女性のことではないと。

いい女とは、いい男に育て上げる女性のことだと。

 

私に夢ができた。

チャレンジしてみたい夢が。

 

いつか、日本、中国、アメリカ...

世界に貢献できることがしたい。

それは平等かもしれない。

貧困かもしれない。

 

切り口はまだはっきりしていないが、

Aといると答えが見つかる気がする。

 

 

第一話 終

プロローグ

祝、初ブログ。

やたらと周りがブログブームで、流れに乗ってみた

というのが開設理由の1つ。

 

でも、目的もなく始めるのは時間の無駄だし、やはり意義を見出したい。

 

そこでこう思った。

5年後までのビジョンはあるが、その先のビジョンがまだ具体化できていない現状に対して、このブログが何か解決のきっかけになってくれればと考えた。

真面目か!

 

将来を考えるにあたって、これまでの人生を振り返ろうと思う。

なぜ、今の自分があるのか。なぜ今の考え方を持っているのか。

そこから自分の将来について何か答えを出せたらと思う。

 

まずは、自分の人生に大きな影響を与えた人物たちを紹介しつつ、彼らとの思い出を振り返り、なぜ自分をかえ、自分がどのように変わったのかを書いていきたい。