ハイスタ全曲紹介⑩ 〜 Brand New Sunset
カミングコーベという、兵庫県で続けられている地域密着型チャリティー・フェスティバルがある。
2017年5月7日、このフェスに登場予定のなかったHi-Standardが突如として現れ、全4曲を披露した。
ハイスタなう pic.twitter.com/SdK4o5HQMD
— KO_SLANG (@KO_SLANG) 2017年5月7日
幸運にもその場に居合わせた人々のTwitterレポートなどによって、なぜこのシークレットライブが実現したのかを伺い知ることができる。
まとめるとこういうことらしい。
・昨年、カミコベ主催者の松原氏が病で倒れた。
・腎臓ガン。緊急手術するがすでに転移もしており、余命2年を宣告される。
・落ち込む松原氏。しかし、突如、ハイスタが16年ぶりにCD音源をゲリラ発売する。
・大興奮し勇気づけられる松原氏。不思議と病状が快方に向かう。
・結果、カミコベは開催続行できることとなった。
・ハイスタギターの横山健氏に感謝の電話をする松原氏。
・そしてその電話でそのまま、「ハイスタにもカミコベに出て欲しい」とお願いする。
・横山氏は、松原氏の一番好きな曲を一曲やるよ、と約束する。
そして、その1番好きな曲こそが、この"Brand New Sunset"だった。
ハイスタは松原氏のリクエスト通り、ラストにこの曲を演奏して見事に約束を果たした。
(たった4曲、ではなくて、4曲もやった、だったのだ。)
発表当時、この曲は『Growing Up』収録の"In The Brightly Moonlight"の続篇曲と囁かれていた。
確かに象徴的共通項というか、両篇共に海、ビーチ、自転車といった景色やアイテムが登場するので、この説には納得がいく。
偶然にしては同じバンドの曲として世界観が似すぎているし、アルバム終盤でクロージングを予感させる機能を両曲ともに均しく担っている。
ところが、である。
どうやらこの歌詞は難波氏の作詞らしいのだが・・・
なんと、"In The Brightly Moonlight"のほうは、横山健の作詞なのである(出典の記憶が今イチ定かではないが、おそらく1997年のインディーズ・マガジンに記載があったはず)。
ひとつの時間軸と世界観を、ふたりで共有しているのはハイスタ史上前代未聞だ。このバンドでそういうケースは、おそらくこの二部作が唯一のものであろう。
一瞬アコギかと錯覚させる、歪みを抑えたクリーン・トーン気味の音色が印象的な、冒頭の美しいギター・アルペジオ。「涙は見せないよ。ぼくは強いから」と、たった2行でセンチメンタルな男の強がりを表現したリリック。雄々しく、なのに同時に、愛おしいほどに弱い。泣ける。
Boy が Man になろうとする瞬間をみずみずしく切り取って、落ちる夕日を背景に、この曲はいつまでも余韻を残す。
ハイスタ全曲紹介⑨ ~ This Is Love
この曲は不遇の曲である。色々な意味で。
言ってみれば収録されたマキシ『Love Is The Battlefield』のリード・ソングなのだが、この作品の発表直後、ハイスタは突然に活動停止する。当時ライブでもちょくちょく演奏され、いわゆる「育って」いた真っ最中の注目曲だったのに、伸びしろを唐突にぶった切られた感がある。ファンの認知度も人気も、ここでぷっつりと途絶えてしまった。
そしてあろうことか、カップリングの"My First Kiss"や"Can't Help Fall In Love"というふたつのカバー曲が、なんというか予想以上のヒットとなってしまい追い討ちをかけた。煽りを食らった形で追い出されるように認知度はますます細り、そのせいかどうか、AIR JAM 2000のセットリストにも件の二曲は入っているのにこの曲は演奏されずじまい。オリジナル曲なのにカバーに負けて押し出されてしまったような形だ。
さらにさらに、この曲はインストとカバーを除いたHi-STANDARDの正式音源中で唯一、和訳・対訳がついていないのである。
筆者はこのCDを買った当時、
「あれ? 俺、不良品に当たっちゃったのかな。いつもの訳が載った別紙がついてない」
と不安になって友人と電話で確認し合った覚えがある。
「ああ、俺だけじゃなかったんだ。今回はついてないんだ」
と確認できた時の、あのホッとしたような寂しいようなアンビバレントな気持ち。あんなフィーリングはおそらく今後もうあまり経験できないだろう。
"Lift Me Up, Bring Me Down"が先行販売気味にシングルで切られた時も似たようなことがあった(このときは英詞すらついてなかった)。
が、この曲はその後アルバムに改めてバージョン違いが収録、その時にしっかりと英詞と対訳も発表された。なので"This Is Love"も同じパターンかなと思ってのんびり待っていたが、結局その後長いお休みに入ってしまい、10数年を経た今でも読めないままである。
大胆な意訳によって表現の可能性を広げた、一種の発明品とさえいえる対訳はハイスタの大きな大きな魅力の一つなので、是非とも今後もあきらめずにこの曲の訳詞発表をリクエストしていきたい。
難波氏はこんな風にうそぶいてはいるけど。
歌詞簡単だしなんとなくだねー RT @ccd14skal: 質問です☆Love is a BattlefieldのCDだけ和訳の歌詞カードを入れなかったのは何故ですか?
— 難波 章浩 (@AKIHIRONAMBA) 2010年9月16日
Can I say this is love
Why don't we just get lost in the wind
There's no end, forever together
This is love
ハイスタ全曲紹介⑧ ~ Nothing To Lose
この曲の聴きどころはふたつ。
ひとつはサビの二行目、歌詞で言えば"You are the star in your life"の部分。
突然、全楽器のリズムが一斉にユニゾり、メロディーは曲中で一番高いAの音まで一瞬届く。すぐに一音低いGの音に戻って落ち着く。
ここがいい。ここがグッとくる。明らかに狙っている。その狙い通り、まんまとガシッと心を掴まれる。
もうひとつは久々に、横山氏のルーツ直系、ハード・メタリック系の全開ギターソロが聴けることだ。
プレイ時間は短いが、その短い時間で遠慮なくギターが悲鳴をあげている。ハイ・フレットの深いポジションまで、指板を縦横無尽に駆け回る横山健の指遣いが見えるようだ。
このマキシ・シングル収録曲中、2曲は作詞者が判明している。ここのインタビューで明言されている。
横山 今回は僕と難ちゃんで2曲ずつ歌詞を書いたんですけど、たぶん考えてることは近かったので、意外と何の相談もしてなくて。
この"Nothing To Lose"に関しては言及がないが、おそらく横山氏の作詞だろう。
「ああ 自分が自分の世界の主人公になりたかった」と歌う、ハイロウズ"不死身のエレキマン"と同じテーマを扱っているように思われる。
Why did you give up your right?
Your are the star in your life
なんで自分の権利を諦めるんだ
君は自分の人生のスター(主役)なのに
ハイスタ全曲紹介⑦ ~ Turning Back
ズバリ言い切ってしまおう。
この曲のモチーフはずばり、RAMONESの"Durango '95"だ。
ラモーンズは70年代の初期パンク、ニューヨーク・パンクバンドの元祖にして頂点といえる伝説の存在だ。ボロボロのジーンズに革ジャンを羽織って、シンプルな3コードの短い曲を矢継ぎ早に演奏した。実に20年以上も「偉大なるワンパターン」と、ファンはもちろん同業ミュージシャンたちにも慕われ続け、その後のシーンに多大な影響を与えた偉大なバンドである。
現在は(というかとっくの昔に)解散、そして残念だが主要メンバーもほとんどが亡くなってしまっているので、再結成の見込みはない。だが曲は永遠に生き続ける。この"Durango"を知らなくても、"電撃バップ(Blitzkrieg Bop)"という曲には聞き覚えのある人は多いだろう。甲本ヒロト曰く、「千人ロックンロールが好きな人がいたら必ず千人とも知っている」という、あの曲である。
ラモーンズの晩年のライブはSEでメンバーが登場した直後、"Durango '95"でド頭一発目を飾ることが多かった。
各ライブのセットリストにご注目。ラストライブまでほとんどこんな感じ。これぞ偉大なるマンネリズム!
デュランゴはいわゆるパワー・コードのみの、完全インスト曲。単純といえば単純、しかも一瞬で終わる。しかしそれだけにスピード感と高揚感に溢れ、初っ端の景気付けにはうってつけ、ついでにサウンド・チェックと客の反応の確認も兼ねることができる。ハイスタがこの構成にヒントを得たであろうことは想像に難くない。
というわけで"Turning Back"と名付けられたデュランゴによく似たこの曲は、ハイスタのライブでも当然のように冒頭でカマされることが多かった。そのままアルバムでの構成通りに"Standing Still"に流れ込むのが王道パターンだったが、意外性を狙ったのだろうか、時にはまったく真逆にオーラス(一番最後)に回されることもあった。
「今日はアンコールはありません!」との宣言の直後叩きつけられるように演奏された新宿ロフトのライブ、あるいはこれを演奏した直後にメンバーがモッシュ・ピットに飛び込み客にもみくちゃにされたフジロック・フェスティバルでのパフォーマンスなど、要所要所で印象に残る重要な曲で、その意味で決して捨て曲ではない。
音源が正式発表される前からライブではちょくちょく演奏されていた。
わずか33秒の曲。今の何だ? と思った頃には、とっくに次の曲に突入していた、という微かな思い出が残っている。
ハイスタ全曲紹介⑥ ~ My Sweet Dog
難波章浩氏は犬好きで、ミニチュア(カニンヘン?)・ダックスフントを飼っていた。名前は「ラルフ」。DVD『ATACK FROM THE FAR EAST』に一瞬映っている犬がそうではないかと思われる。時を経て惜しくもラルフは死去、現在は別の犬を飼っている(らしい)。クレジットに"RALPH (R.I.P)"の碑名が刻まれたこともあった。
ラルフの存在は、コアなハイスタファン(いわゆるハイスタ・アーミー達)には有名な事実だったので、アルバム『ANGRY FIST』が出た時には「ああ、この"My Sweet Dog"っていうのはラルフのことだな」とアーミー達はニヤリとしたに違いない。
だから、この曲のアイディアは、難波氏の主導で出したということになりそうだ。コード進行だけ見ると延々と最後まで循環し続けるだけなのだが、ベースを際立たせるキメのアレンジなどの工夫や、同じコードでもパートごとに転回形を使い分けるなどして、なかなか飽きさせない。
さて、この曲はどういうわけか海外、それもアメリカでやたら人気がある。
ハイスタは何度も海外ツアーを敢行しているが、ダントツで客ウケがいいNo.1はカバーの"California Dreamin'"。これはもともと向こうの曲なのでわかる。しかし、それに次いでこの"My Sweet Dog"が盛り上がるのだそうだ。
色々とオチの効いた歌詞がアメリカ人の琴線にどハマリした結果だろうか?
このいくつかのオチが実話かどうか定かではない。そうではないことを祈るのみである(笑)。
YOU TUBEでも、この曲は突出して英語圏からのコメントだらけ。
Well, what is this noise?
What are you crunching?
Oh God! It's a Hi-standard CD!
あれ この音は何なのよ?
お前 何嚙み砕いてんだよ
ちょっと待てよ
それHi-STANDARDのCDじゃねーか!!
ハイスタ全曲紹介⑤ ~ Green Acres
よくいえば常識にとらわれない、悪くいえば節操ないカバー曲の選択で、たびたび我々を驚かせるハイ・スタンダード。
本曲は60年代から70年代にかけてのアメリカで放送されていた、ホーム・ドラマの主題歌である。なぜこれをカバーしようと思ったのかとても不思議だ。メンバーがどこかで知ったこのドラマを好きだったりしたのだろうか? だとしたら現在こんな風に一大ブームになる前から海外ドラマに目をつけていたことになるわけで、先見の明がありすぎる。
ま、冗談はさておき、ちょっと原曲を聴いてみよう。
歌詞が「日本(東京)バージョン」になってちょこちょこいじられていたり、もちろんサウンドがバンド調に置き換えられていたりはするものの、割と面影は残したまま。
原曲のイメージを大切にしたカバーといえよう。そして男女のツイン・ボーカルという点まで同じである。
では、ハイスタバージョンで難波氏とのかけ合いを唄っている、この女の子は一体誰なのだろうか?
ベース/ボーカルの難波氏は二度結婚しており、90年代に結婚した最初の奥さんとはほどなく離婚している。この曲が収録されたアルバム『MAKING THE ROAD』レコーディング当時は、最初の奥さんと結婚していた頃だった。
じゃあ、その人なの?
いや、これがなぜか、その方のご友人の女性に白羽が立ち、どういうわけか歌うことになったらしいのである。
難波氏の(当時の)奥さんのお友達。つまり、おそらくは素人さん(!)、ということになるようだ。これは作品の発表直後、難波氏当人のインタビューで読んだ証言なので、間違いない情報だと思う。
筆者はてっきり、シーン界隈のの女子ヴォーカリスト……たとえばCIGARETTEMANのCHIKAKO氏やWATER CLOSETのASKA氏などが変名でゲスト・レコーディングしたのかと予想していたので、そのインタビューを読んでずいぶん面食らった覚えがある。
だって、素人さんにしては、ずいぶんサマになりすぎているではないか!
詞の内容も、舞台を日本に移し替えただけで、ほぼ原曲通り。
結婚して田舎に移住することになった嫁の悲鳴と、それを叱咤する旦那とのコミカルな喧嘩そして仲直りまでを描いた微笑ましいやり取り。
結婚を機にこの頃地元・新潟に最初の移転をした難波氏の姿と重なる。
これは完全に余談となるが、筆者は難波さんの現在の奥方とはまったく面識がないのに、最初の奥さんにはお会いしたことがある(ライブ会場で難波氏と一緒にぶらついていた)。可愛い系の美人で、とても優しい素敵な方だった。
現在難波氏はお子さんにも恵まれ、幸せな結婚生活を育まれているようで、なによりである。氏のInstagramでたまに成長の様子を見ると、自分のことにようにどこかほっとする。
それでもやはり、あの人と離婚したという話を聞いた当初は、「ああ、そっか。やさしくていい人だったのにな。残念」と、どこか寂しい気持ちになったものだ。
この曲を聴くたびに思い出す、ちょっとした個人的な余話である。
ハイスタ全曲紹介④ ~ New Life
ハイスタのブレイク前夜……といっていいと思うが、90年代の半ば、ラジオ番組『99(ナインティナイン)のオールナイトニッポン』でこの曲のベース・フレーズが多用されていた。
ナインティナインのオールナイトニッポン - Wikipedia
ゲスト出演時のCM明けには、Hi-STANDARDの『NEW LIFE』のイントロにのせて、ゲストが何らかのコメントとタイトルコールをしているジングルが事前に作られ使用されている。
おかげでこの中毒性のあるリフは一気にライトユーザーにも拡散され、音楽シーンに興味はなくとも「あれっ? これは聴いたことあるぞ」という層をかなり押し広げることとなった。
ハイスタはその後大ブレイクしてからも、一切大手メディアには出演しなかったので、ここだけ切り取られ拡散されたのはとても奇妙で不思議な感覚であった。ハイスタの名前を知らない人たちでも、このベースラインだけはなぜか知っていたのである。
この有名なイントロには実は元ネタがある。
現RANCIDの前身バンド、OPERATION IVYの"Big City"がそれだ。
ギターをベースに移し替えて弾くと、うーん、確かに似ている。その後の展開やコード進行も、NEW LIFEのほうが後発なのでさすがに手を加え凝ってはいるが、印象としてはそっくりである。パクリは言い過ぎにしても、原曲だとは言えるだろう。
というか実際のところ、この事実は難波氏の公認でもある。
自身のTwitterで証言が取れているので(「言わないで」と言ってはいるがダチョウ倶楽部の法則を適用して)それもここで引用してしまおう。
ちなみにGREEN DAYは今でも大好きね☆ やっぱ音がハンパねー!全てが。ギター生で聞いた時ぶっ飛んだ所じゃなかったもん。彼らNEW LIFEでキチャったみたい。でもあれは、RANCID の前身 OPERATION IVYの「BIg CITY」ね!w 誰にも言わないでw☠
— 難波 章浩 (@AKIHIRONAMBA) 2010年6月13日
ところで"New Life"にはプロモーション・ビデオ(今ではミュージック・ビデオといううのだろうか?)が存在する。
アメリカン・ホーム・コメディ風のこのPV、MVに登場している男の子は、盟友バンドHusking bee のオリジナル・メンバー、平本レオナ氏の実弟である。
横山健氏はハスキンのアルバムプロデュースもしてるし、レオナ氏とは飲み友達でもあったというから(打ち上げではここがコンビ化することが多かったらしい)、その縁で出演が決まったのであろう。
横山氏はここではピザ配達員に扮しているが、氏は実際にピザ屋でアルバイトをしており、それがPIZZA OF DEATHの名付けネタになったというのは今ではファンには有名な事実。
なので、ここで土木作業員を演じている難波氏は、ツルハシを持ってその手のバイトをしていたのではないか、という憶測がファンの間で飛び交っていた。
よく考えてみればバンドマンのバイト先まで予想するなんて、余計なお世話を通り越してそもそもいったい何が楽しいんだという話だが、このPVの収録VHSが出た96年頃といえばインターネットも一般にろくにない時代。
そしてメディアにまるで登場しないバンドに対して、ファンの想像力は手持ちの材料を極限まで駆使することで、どんどん掻き立てられていったのである。
後年、難波氏からこんな写真が発表された。少なくとも警備員のバイトはしていたようだ。同じガテン系バイトとはいえ非なる職ではあるし、結局ツルハシまで持っていたかどうかはわからないが、当たらずとも遠からず、というところか。
歌詞の内容は、憧れの都会で一発当ててやろうという野心を隠しもせず、青春真っ盛りを謳歌する若者のリアルな心情。
前述のベースの件にしても、詞の内容からしても、これはメンバー中唯一の地方出身者である難波氏の作った曲ということでほぼ間違いない。氏もファンだという長渕剛氏の、ハイスタ版"とんぼ"という解釈は、さすがに言い過ぎだろうか。
My youth comes only once in life
My life is my own choices
一生のうちで青春なんて一度しかないんだから
オレの人生は誰でもない
オレ自身が決めるんだ