トトヤンの家庭菜園

小旅行、読書、TV番組感想、政治への関心、家庭菜園のブログです。(和歌山県)

(怒り)寝言はいいから・・・・。

静岡・川勝知事が退任会見 「仙人になる」「小鳥とお話しして過ごす」本当に2度と出てきて欲しくないし、マスコミも面白がってコメンテーターなどに使わないで欲しい。地元民とそれ以外の地域の人たちとの間にある求める幸福の形と方向性の違い。
今でもそのまま仙人で通ると思います。かなり浮世離れしておられますからね。15年間も知事を務めたと言うことは、地元地域に対してそれなりに利益があったからと言うことなんでしょうがリニアを阻止しただけではないですか。それから、静岡県が認可された学校法人で、新設の和歌山の紀南で運営されていた高校、職員の給与不払いの件で和歌山の学校関係も迷惑をうけていました。幾度か静岡県のほうへ管理監督の行政査察依頼もしてたんじゃないの、些末なことかもしれませんが、リニアのほうだって、そもそも事業計画の大幅な変更に伴って、結局、公金という税金を使わなければならなくなるんじゃないのかな。まあ、15年にわたって、それでも選ばれても来た知事ですから、外野から、どうこう言うことでもないでしょうけど。「仙人のまね」なんて、

文在寅前大統領が引退の際、同じようなことを言っていたのを思い出します。
文在寅も人々から忘れられたい、政界とは関わり合いたくないと言って大統領職から退いていった。いまは表向きは野菜などを作って暮らしているらしいですが、実際は、自分の誇らしい業績を映画化したり自伝を書いているそうだ。しかし、自分の業績を消すことはできない。人々の記憶から消すことはできても、記録には残り続け、問題があった際はことあるごとに引き出され、比較され、人々の知るところとなるでしょう。それだけ政治とは責任が伴うものです。
自分のしてきた政治が正しければ、後の人々の評価は良いものとなり称えられ続けられ、そうでなければ、悪政を敷いた者として後世まで記録に刻まれ、人々の反感を買うこととなるでしょう。
それに、なんでいちいち会見すんの?知事を辞めれば私人だからどこに住もうが関係ないが、高額な退職金を貰って長野に住むなんて、この人は静岡を愛していなかったの。川勝さん!。静岡県民が望んでいたわけだから、否定のしようがないですが。最後まで不快感しかなかった。自分が預かる県内の事ですら揶揄するような発言をする知事。首相の教養云々などのコメントが思い出されます。真に教養のある方はこのような発言はしないと感じていました。そして失言、もう最後にしてほしかった。「小鳥とお話しして過ごす」。。。小鳥にだって話相手を選ぶ権利はある。寝言はいいから退職金の辞退でも表明したらどうでしょう。この方基準で静岡県が判断されているかと思うと、恥ずかしいを通り越して余りにも情け無い…いう声もあります。余計な事、言わなけりやいいのに。細川ガラシャの句まで引用して、最後までさらに周囲をイラっとさせて、反感を買ってしまっていたのに。それで、おわりにしときゃいいものを。またですか。

 

時は戻せない

最新の世論調査でも支持率自民の約1/5。何で伸びないのか考えましょう。と言っていたら。アレアレ、補選の結果が最高で、何か勘違いしてしまったようです。枝野氏の発言は、こう。衆院過半数擁立を 「立民単独でも政権奪取!」まさか、サル発言の小西でさえ、立憲に政権を取ろうと考えている議員はいないと言っていたのに。立憲は勘違いしてるのかな。長崎3区、東京15区に自民党は候補を擁立してなかったからであって。相手のオウンゴールを、さも自分の実力であるかのように。夢想家の枝野さん、野党ボケ、板についてますね。自民がコケても立民に政権?まさか。ふふふふふ。調子づかせたからまた政権交代とか言ってるよ。可笑しいゼ。自民党のスキャンダルでしか勝てないのに、それないでしょう。直ぐに天狗になるところが立憲らしい。自分は圏外有権者であって投票、見ているだけなんだけれど、応援するような党もなくなんとなく遊説内容と経歴みて心情的に、女性候補を、たまたま、立憲候補。まぁ、しやーないわ。それに島根は、どうしたんだ。まぁ、これも、保守分裂引きずっている。自民の先約優先って、それって、そうなったら他党からでも、立つしかないか。亀井女史頑張りました。それから長崎は、しゃーないわな、そら、厚かましくて、そら、自民、候補立てられんわな。もし、アレで厚かましくも、候補立てていたら、有権者から、頭悪いねー、って、辞職のキッカケになった失言ブーメランような非難ごうごうだったでしょうね。先々の国政選挙はどうなんだろう。和歌山の場合は、二階、次回選挙立たない発言。保守陣営の岩盤支持層と有権者との温度差。静岡の革新知事の川勝辞任発言。コレはコレで、逆の意味でも賑わしてくれている。何でも反自民的な知事の対応、飽きられてしまって、それらの、リニア計画の頓挫と例の問題失言が、合わさっての幕切れでしたね。

アホらしやのカネがなる

週刊誌の記者を『代理人』にしたような、匿名の手口でグチグチ言っている人の言い分をただ垂れ流しているマスコミの一部、ジャーナリズムのあり方としてはどうなんだろう。片方の意見を贔屓にし過ぎないか。どうしても、マスコミに対するそれまで抱いていた偏見の故なのだろうか。どこまで正確に流しているかどうかもわからないような報道ぶり。いかにも、コレが正義みたいな。疑念をばかり煽り立てるから、マスコミ不信の自分なんかは、いずれにしても報道する側の取材姿勢について勘繰らざるを得ない。いまだ信頼をおいていない。

 

人のもめ事、スキャンダルのほうを好む、取材者側の、卑しい構え方に見えてしまって仕方ない。
あわせて、視聴率とかのバラエティ番組、週刊誌の購買行動にも左右されていると同様の変わることのない内容、情報の送り手もそうだけれど受け手の現状も、また同じく似たような不可解な和解したことよりかバッシング等を好む。平和の有り難さも、喉元過ぎればなんとやらで、似たような、コロナ回復後の大衆心理の紆余曲折。過去を振り返り想い起こすことも多し。

 

バッシングのネタは、コロナ禍でとくに炙り出されていく。自粛警察といった、ねじ曲げられた正義。歪んだ正義感。

潔癖が、癖なのか、それまでも色々と散見される出来事も。

最初に視られたのが、医療従事者の家族、子どもの通園、通学拒否。極端な不安感情が、不毛な差別感情を引き起こしていくまでをこの世に見てしまった。

ねじ曲げられた民主主義というのもある。

何優先してんだといった、自分本位の、信じ込んだ定規で、見てしまう抗議の数々。

都会からの帰省を、公的規制よりもいち早く、求めての、とんだステッカー、謎の張り紙騒ぎ。謎の密告、タレコミ。

風評被害に至っては、それで、被害は行きつくところは閉店、廃業までに。


その営業の苦衷に一軒
一軒と、訪ねて
解決策の営業持続していってもらうためにと、立ち上げたコロナ給付金の数々。個別には困窮度に応じての持続化給付金。

休業し続ける期間の雇用継続を守ってもらうための施策、雇用調整助成金等々。またはオンライン導入補助金等々。

学業中断、奨学金等々への返済猶予策。

定額給付金10万給付に、連なる、申請に基づく大学生への貸付じゃない給付。

感染の波の終息期には、悼んだ経済の回復策としての景気浮揚策。

これは、感染の増減との見合いによる按配。Gotoキャンペーンと称する一連の、旅館、旅行業界の救済策として。もちろん、関連する飲食の業界にも波及の及ぶところ。

もちろん飲食においてはイギリス同様のGotoイートといった個別の施策も。各都道府県で。

しかしながら、そういった、恩恵もあったはずなのに、

昨今は、聞えの悪い、あんまり、札びらに物をいわすような、嫌らしい政策よね
なんて、バラまき批判の片棒を担ぐ側にまわられてしまっている景色まで見てしまった。

驚きもしないといった人もなかにはいたが、自分の場合は半ばあきれてもいた。

 

あの時と、比較しての、違いは、批判の標的は、ターゲットの単語が変わっただけで、政府の、政策を揶揄することにかけては、共通していることに変わりがない。

いわく、物価高騰対策。物価上昇を上回る賃金上昇。政府主導の給与所得、賃金交渉、賃上げと定額減税策。子育て支援策の数々。助かることは助かるがと、そこのことは、脇に置いておかれてしまって

 

メディアに言わせれば、増税目眩しのアメ、ニンジンの如くに一刀両断してくれている。

軍拡増税

それが、あたかも、真実であるあるかのように、また、口々に吹聴されてしまうのもどうかなと。まことに、由々しき風潮ではあるなぁと。