拝啓 一人ぼっちのきみへ

ベッドに横たわり、目を瞑ると決まって一人ぼっちになれる。1日の終わりは必ず一人が良かった。

 

どんなに好きでも、誰かと寄り添って眠ることが苦手。

 

かわいくないな、全然。

 

いつからだっけ、こんなになったのは。

 

 

 

 

小さい頃から、手のひらとか足の踵なんかの皮膚の角質が硬くて、ずっと嫌いだった。

 

小学生で習い始めた剣道のせいで、足の小指の爪と踵はボロボロ。

 

歯並びだって、噛み合わせが悪いのを隠すようになって、知らず知らずに形を作った今の口元も心の底から大嫌い。

 

天然パーマの髪の毛はセットしないと見られない程だし、寝顔もかわいくなくて絶対に見せられない。

 

 

 

気付いたら、身体のあちこちにある欠陥をそんな風に気にするようになった。

 

 

 

 

思春期を迎え、男の人を好きになって、身体を重ねる機会もあった。

 

何度身体を重ねても、何度愛し合っても、自身が常にベストな状態でいないと簡単に嫌われてしまうような気持ちでいっぱいになった。

 

心のどこかでずっとそう思って生きてきた。

 

 

 

 

誰が悪いわけでもなくて、自分自身を責めるつもりもないけど、

 

 

時々、本当に時々、誰かに駄目なところも弱いところも知って欲しいと、気付いて欲しいと愚かにも願ってしまう。

 

 

1日が終わるベッドの上で、大切な人の眼差しと大好きの一言で、魔法が溶けたみたいに毒で蝕まれた身体が軽くなる。

 

 

 

そんな夢をずっと見続けている。

 

 

 

 

 

 

 

もう夜が深い。

 

弱い自分を守るようにタオルケットに包まり、一人ベッドに横たわる。

 

今日も1日が終わっていく。

 

 

今日も明日も、この先もずっと月が沈み、太陽が昇って、暗い闇に光が差す。

 

 

 

眩しいと目を開けば、また醒めない夢が始まる。

あの日の記憶が消えない理由を今もずっと探している。

8月の終わり。

会社を出ると、東京の夜風は少しひんやりと気持ち良くて、乗るはずのバスを見送り歩き出す。

あの日の歌を聞きながら歩みを続けると、涼しいとはいえまだ夏。少し汗ばんだ肌を感じながら、自転車と彼、緊張の中ただ前を見つめながら歩いたあの暑い夏の夜に、また立ち止まる。






夏は確かに過ぎていくのに、今もまたあの夏の日を何度も繰り返して思い出す。





あの夜、ぼくの宿泊先のホテルの前で待ち合わせをした。木の下に用意されたベンチにすらっと背の高い彼の姿を確認する。「初めまして」と挨拶を交わしてすぐに、彼の横にある自転車を止める為の駐輪場を探して歩いた。

近くの駐車場はスタンドがないという理由で断られて、また少し先の駐車場へ歩き出す。とりとめもない会話を続けながら、自転車を止め、ホテルに戻った。



彼がコンビニのお弁当で食事を済ませている間に、ぼくはシャワーを浴びて、さっきまでの緊張と汗を洗い落とした。入れ違いで彼がお風呂場へ向かい、石鹸の匂いに包まれた二人がベッドに潜り込む。

眠れない間も沈黙と出会う前の時間を埋めるように、途切れることなく話を続けた。



好きな食べ物はカレーライスで、苦手な食べ物はシュウマイ、餃子、春巻き。自転車で走るのが好きで旅に出ること。元彼との苦い思い出話、大好きなおばあさんにご不幸があったこと。一人で暮らす広島の地が大好きで、宮島の厳島神社、悲しみと希望に満ちた平和記念公園、あげもみじにあなごめし。

彼の好きなもの、苦手なもの。悲しいこと、嬉しいこと。


自然と耳に残っていく。


会話もひと段落すると、今度は彼の提案で眠りにつくまでしりとりをする。

笑いながら、お互い何度も単語を送り合ううちに、少し間をおいてキスをした。


今までにないような優しいキス。


その後は、少しずつ確かめるように身体を重ねる。心地良い時間を堪能し、気がつくと窓の外は少し明るい。

その後、数時間の眠りにつき、彼は仕事に向かう為、眠い目をこすり支度を始める。


片方の靴下を手に取り、ぼくが潜るシーツの隣に座って足を通すと立ち上がり、もう片方の靴下を手に再びぼくの脇に腰を掛けるそのソワソワと落ち着かない様子が愛おしくて、苦しくなる。

「眠ってていいからね」と彼の大きな手が優しく頭を撫でる。



お別れのとき、苦しくなるくらいにぎゅっと彼を抱き締め、小さなホテルの一室にある小さなドアから出て行く彼の後ろ姿を無言のまま見送った。



二度と会えないかもしれないという不安な気持ちと心に残った彼を愛おしく思う気持ちが重く苦しい。


目を滲ませて、彼のいない小さな部屋のベッドに横たわり、ぼくはまた眠りについた。







あの日から41日が過ぎ、数え切れない数の言葉を交換した。




千葉県と広島県
今日もまた、会えない時間と不安な気持ちが平行して大きくなる。


答え合わせのできない二人の未来を何度も繰り返し探してしまう。



そんなことを思いながら、ベッドの上で揺れる携帯電話の液晶を眺めて彼からのメールを確認する。



不安な気持ちと毎晩届く小さな喜びに思いを馳せて、少し涼しい夏の終わりに、目を閉じて深い眠りにつく。





ぼくはきっと、あの日の記憶が消えない理由を今もずっと探している。

愛を語るには幼すぎたと幸せから目を背けたのは、自分の弱さと向きうことを恐れたからだ。



春は出逢いと別れの季節とはよく言ったもので、今年も大好きな職場の先輩を見送った。幾度となく経験しても別れは切なくもどかしい。



遠い昔、大学四年生の頃かな、ぼくは恋をした。初めての出逢いは素敵なものとは言えなかったけど、彼と過ごす何気ない時間に当時のぼくは安心を覚えた。

生まれて初めて手料理をご馳走して貰い、お礼にぼくも慣れない料理を振る舞った。振る舞ったといえる内容の食事ではなかったけど、喜んで欲しくて一生懸命作った料理を美味しいと言った彼の優しい笑顔を今もふと思い出す。

少ないお休みの中でも時間を作ってはぼくを膝の上に乗せて、パソコンに向かう彼の匂いが大好きだった。

彼の仕事を見ながら寝てしまうのが癖になっていたぼくはいつものように日が暮れるまで寝てしまったあの日。目を覚ますと彼がぼくの頭に手を乗せて「君と側にいるだけで幸せだよ」と言ってくれた彼の優しさに、いつの日からか甘えてしまっていたのだろうか。



学生と社会人。思いやりも持てずに恋を振り回したあの頃のぼくに、愛を手にする資格はなかったのかもしれない。

入社してすぐに、彼から「もう疲れたよ。終わりにしよう」と連絡を受けた。仕事の手を止め、中庭に咲く桜の木の下で静かに泣いたあの日のことを桜が咲くたびに思い出す。



社会人も6年目になり、今年も真新しいスーツを着た青年たちと通勤電車に揺られる。窓から心地よい光を浴びて、彼の声や匂いを思い出す。

ふと、瞳をとじて柔らかい春の光を受け止める。

懐かしいその景色が浮かび、慌ただしく過ぎていくその瞬間を特別なものに変えていくのだ。



愛を語るには幼すぎたと幸せから目を背けたのは、自分の弱さと向きうことを恐れたからだ。