たくさんのお別れ
僕が今ステイしているのはRescue Ranchと呼ばれるレスキューされた犬たちを買っている牧場のようなところなのだが、ここ二週間ほどで犬がだいぶ増えて来た。
アメリカカリフォルニアでは毎年捨てられたり保護されたりする犬の数がアメリカの中でもトップレベルに多く、たくさんの犬たちがここにくる。ほとんどの犬が5歳から10歳くらいでくる。ここで保護されている犬の半分くらいはカリフォルニア出身だろう。
アメリカ国内からもたくさんの犬がここに来るが国内だけではない。月に2回ほど台湾から毎回10匹ほど犬が送られて来る。台湾の犬たちはどのような理由で保護されて理由で保護されているのか詳しいことはあまり聞いたことがないが台湾からくる犬のほとんどが生まれてから一年も立っていない子犬ばかりだ。
アメリカの方が人口も多く引き取ってくれる家族も多いためアメリカに送られてくるのかはわからないが今ここには30匹ほどの台湾出身の子犬たちがいる。
生まれてからすぐ台湾からアメリカに移住できるなんて人間からしたら羨ましいことだが、まだ一年も立っていないような子犬たちが10時間以上の飛行機に乗せられているというのはかわいそうだ。
到着してほとんどの子犬たちは人間に対して怯えている。初めて見る場所や人間だったりで怖がってしまうのは仕方がないそこからここでの生活に慣れるまでの間が一番お世話が大変だ。
そして最近やっとみんなここでの生活に慣れてきたようで楽しそうに走り回っている。
僕の顔も次第に覚えてくれて、とても可愛い。でもちょうどなついたくらいの時期にここをさっていく子たちがほとんどだ。やはり子犬は人気らしくどんどん子犬を欲しいと言って犬を見に来る人が来る。こちら側としても子犬の時に新しい家族を見つけて引き取ってもらった方がありがたい。
ずっと引き取られずにここで成長してきてしまった子たちはなかなか新しい人に懐くのが難しく、引き取られても返されてしまうというケースが多いからだ。大人になれば犬の警戒心もまし、新しい人になつくまでどうしても時間がかかってしまうことが多い。
ありがたいことにたっくさんいた恋うぬたちも次々に新しい家族が見つかりここを去っている。皆幸せな人生を送っていくことを願っている。
新しい家族が見つかることは犬にとっても人にとってもいいことではあるがやっぱり少し寂しい気持ちもある。子犬とかは特になついてきた頃が一番可愛く癒しの存在である。最初は警戒していてさわれなかった犬たちも一度触れるようになるとどんどん距離が縮まっていき親のような気持ちで毎日世話をしている。
もうすぐでここを離れてしまうのだが、残り少ないここでの生活を残っている子犬や他の犬たちと楽しみたい。
7月4日inアメリカ
最近更新をサボり気味だが毎日変わらず楽しい毎日を送っている。
アメリカに来てから一ヶ月と少し経ち、少し慣れてきたアメリカンライフを楽しんでいる。
もう今日は7月10日だが、7月4日はアメリカの有名な祝日であった。Independence day と呼ばれるこの日はアメリカの独立記念日である。
ただの祝日だと思っていたがそんなことはないらしい。ホストに聞くと人や場所によっては大晦日とか元旦よりもどんちゃん騒ぎをしたりするとか。。。
ホストははっきりこの祝日を嫌いと言っていった。とても強く。理由を聞くとこの日はこの街では朝から夜まで花火が上がりまくるそう。昼間でも関係なしに花火をバンバンあげるらしい。こちらにきてから知ったことだが、こちらの市販の打ち上げ花火はかなり本格的である。音もクオリティもかなりレベルが高い。
その花火によってホストがかっている約50匹ほどの犬たちは一日中ガタガタ震えて過ごすことになるという。
雷などがなると震えたりする犬がいるが花火を怖がる犬たちもたくさんいるそう。
ホストから聞いた最悪のIndeoendence dayの犬の話は、ホストの友達が当日町で行われるお祭りに行ったそう。行く前に犬が家にいたので、バスルームの中に連れて行き、ゲージの中に入れ、上からタオルもかぶせ花火の音が聞こえないようにラジオを大音量で流した状態にして出かけたらしい。犬に花火の音が聞こえないようにするためだ。
そしてその飼い主が祭りから戻るとなんと犬は死んでしまっていたらしい。あれだけ花火の音が聞こえないようにしたつもりだったが、音は聞こえていたらしく、ビビりまくって犬はゲージから逃げようとして何度も何度ももゲージに突進をして血だらけになりそれでも突進を続けて死んでしまったらしい。
その話を聞いたのが7月3日だったのだが、次の日が怖くなった。なぜならここには50匹近い犬がいるからである。
みんなが花火の音に怖がり狂ってしまったら数が数のため止めることは難しい。
幸いにもここの家は街から少し離れていて周りにもあまり家がないため先ほどの死んでしまった犬のようにはならないとは思うが油断は禁物だ。
そして当日犬たちがいる小屋の窓を全て閉め、ステレオで音楽を爆音で流し出かけた。小屋の中に30分ほど滞在し、外で花火が鳴ってもこの中には聞こえてこないというのを確認してから出かけたため安心だ。
街に着くと一体どこからきたのかと聞きたくなるくらいのたくさんの人たちが街に溢れていた。もはや街の中に車で突入することは不可能だった。
で店のようなお店がたくさんありみんな国旗を持ったり国旗が乗っている服を着たりして全力で楽しんでいる様子だった。
パレードもやっていていろんな人たちが行進していた。みんな笑顔で幸せそうだった。
夜には花火がたくさんあがり綺麗だった。家に戻ると全ての犬が無事だったので一安心した。これをホストは毎年しているのかと考えるといい意味でも悪い意味でも一大行事である。
初めてでかい国の行事に参加したがみんなアメリカ国民であることをすごい誇りに思っているんだなというのがとても伝わって来た。
日本でも国に関する祝日はいくつかあるが国民みんなで日本国民万歳的なことをする機会はないのでなんかとても新鮮に感じた。
残りのアメリカ生活も惜しみなく楽しみたい。
人生の定規
昨日の夜は熱い夜であった。
日曜日ということでホストも仕事が休みだったためゆっくりすることができた。
お昼にスーパーに買い物に行き、お菓子などを買ってお昼過ぎからお酒を飲んだ。
こういうことをするのは日本に住んでいた時の春に友達とお花見に行ったとき以来なんじゃないかというくらい久しぶりである。
お酒は好きだけれどお昼から飲むということは気づけばほとんどしてこなかった。
そんな感じで久しぶりにお昼からお酒を飲む優雅な休日をゲットしたわけだが、ひたすらホストと話していた。人生について。
たまに僕から見ると大人だなあと思うくらいの歳の人と人生について語ることがあるのだがそれは僕にとっていつも良い経験というか心に残る。
ホストはお酒は好きだがそこまで強くはないタイプでありすぐに顔が赤くなりベラベラと話し出した。
僕に話してくれたのは人がそれぞれ持つ定規について。
定規と言っても長さを測る本物の定規ではない。人生を定規にたとえているということだ。
僕も経験があるのだが、世の中には本当にたくさんの人がいてそれぞれがそれぞれの考えを持っている。そしてたまに自分の意見をものすごく押し付けてくるタイプの人間がいる。例えば僕は将来こんなことをしたいとか夢について話すとそれはやめたほうがいいとかもっと違うことをしたほうがいいとかあからさまに否定をしてくる人たちだ。
若者はこうでなければいけないとか僕らが君らくらいの時は〜、とか言ってくるような人たちだ。
そして今日ホストが話していたのが自分より年上の人たちや自分より成功している人たちが言ってくるそのようなことは本当に気にしなくていいということ。
人間は皆一度しか人生を歩めないし、その人によって人生は様々だ。いろんな体験をしたり経験をしたり人によってみんな違う。だからそのそれぞれの経験などでできた定規で人を測ることはできないのだ。
もし仮に夢があってそれを他の人に行ってそんなのうまくいかないよと言われたとする。でもそれを言った本人の人生の定規のメモリにその夢の経験はない。もちろん同じような夢を持っていて実際に自分がやろうとしていることをすでにやっているような人に聞いてアドバイスをもらうというのは実際にその人も同じようなことをしているため参考にはなるがそうではない人にそれは無理だとかいうことはできない。
確かに自分よりも長く生きている人とかにそんなに厳しくないと思うよとかその人の人生経験を踏まえた上で言われることに関してはそれも参考になる。
結局何が言いたいのかというと自分の人生なんだし自分と同じように生きてきたり、生きていく人は誰もいないしやってみなきゃわかんないことだらけだということだ。あくまでも参考にはなるというだけで確信なんてどこにもないということだ。
そんな感じ話をホストは僕にしてくれた。世の中にはすごい短い定規しか持っていないのに人に意見してくるような人たちもいっぱいいるけれどそういう人たちは気にせずに頑張ればいいのよと笑顔で言っていた。
僕もその通りだと思った。いろんな人からいろんな情報だったりアドバイスをもらいながら自分オリジナルの定規を作っていくことが人生だなあと思った。
こうしてホストが僕に話してくれている間にも僕の定規は少し大きくなったであろう。
明日からも頑張っていきたい。
人生の定規
昨日の夜は熱い夜であった。
日曜日ということでホストも仕事が休みだったためゆっくりすることができた。
お昼にスーパーに買い物に行き、お菓子などを買ってお昼過ぎからお酒を飲んだ。
こういうことをするのは日本に住んでいた時の春に友達とお花見に行ったとき以来なんじゃないかというくらい久しぶりである。
お酒は好きだけれどお昼から飲むということは気づけばほとんどしてこなかった。
そんな感じで久しぶりにお昼からお酒を飲む優雅な休日をゲットしたわけだが、ひたすらホストと話していた。人生について。
たまに僕から見ると大人だなあと思うくらいの歳の人と人生について語ることがあるのだがそれは僕にとっていつも良い経験というか心に残る。
ホストはお酒は好きだがそこまで強くはないタイプでありすぐに顔が赤くなりベラベラと話し出した。
僕に話してくれたのは人がそれぞれ持つ定規について。
定規と言っても長さを測る本物の定規ではない。人生を定規にたとえているということだ。
僕も経験があるのだが、世の中には本当にたくさんの人がいてそれぞれがそれぞれの考えを持っている。そしてたまに自分の意見をものすごく押し付けてくるタイプの人間がいる。例えば僕は将来こんなことをしたいとか夢について話すとそれはやめたほうがいいとかもっと違うことをしたほうがいいとかあからさまに否定をしてくる人たちだ。
若者はこうでなければいけないとか僕らが君らくらいの時は〜、とか言ってくるような人たちだ。
そして今日ホストが話していたのが自分より年上の人たちや自分より成功している人たちが言ってくるそのようなことは本当に気にしなくていいということ。
人間は皆一度しか人生を歩めないし、その人によって人生は様々だ。いろんな体験をしたり経験をしたり人によってみんな違う。だからそのそれぞれの経験などでできた定規で人を測ることはできないのだ。
もし仮に夢があってそれを他の人に行ってそんなのうまくいかないよと言われたとする。でもそれを言った本人の人生の定規のメモリにその夢の経験はない。もちろん同じような夢を持っていて実際に自分がやろうとしていることをすでにやっているような人に聞いてアドバイスをもらうというのは実際にその人も同じようなことをしているため参考にはなるがそうではない人にそれは無理だとかいうことはできない。
確かに自分よりも長く生きている人とかにそんなに厳しくないと思うよとかその人の人生経験を踏まえた上で言われることに関してはそれも参考になる。
結局何が言いたいのかというと自分の人生なんだし自分と同じように生きてきたり、生きていく人は誰もいないしやってみなきゃわかんないことだらけだということだ。あくまでも参考にはなるというだけで確信なんてどこにもないということだ。
そんな感じ話をホストは僕にしてくれた。世の中にはすごい短い定規しか持っていないのに人に意見してくるような人たちもいっぱいいるけれどそういう人たちは気にせずに頑張ればいいのよと笑顔で言っていた。
僕もその通りだと思った。いろんな人からいろんな情報だったりアドバイスをもらいながら自分オリジナルの定規を作っていくことが人生だなあと思った。
こうしてホストが僕に話してくれている間にも僕の定規は少し大きくなったであろう。
明日からも頑張っていきたい。
身近にある銃
この数日間で僕の中で衝撃的なことが起きた。
銃に関することでる。アメリカといえば銃の国としても有名でありたくさんの銃が生産され販売されている。
アメリカにいなかった時から銃国家であることは知っていたがそれ以上は特にあんまり知らなかったし知る機会もあまりなかった。
今のホストがアメリカで生まれカナダで育ち今はまたアメリカで生活しているためその二つの国を比べた会話をよくするのだが銃は結構話題になる。
カナダでは日本と同じように普通の人は銃を持てず、猟銃などなら持つことができるがそれにもライセンスなどが必要らしい。
ところがお隣のここアメリカでは大人なら誰でも銃を買うことができる。
ホストから銃に関するあるエピソードを聞いた。結構有名な話らしい。
ある13歳の男の子がアメリカにあるコンビニに行きタバコを買おうとしたらしい。もちろん店員から身分証明書を見せろと言われたらしく見せたところ13歳であったためもちろん買えなかった。そしてそのあとその子供は酒屋のようなところに行きお酒を買おうとしたらしい。そこでもコンビニ同様、年齢確認をされ結局買えなかったらしい。そして最後にその子は銃のお店に入った。そして年齢確認をされ身分証明書を提示し、なんとそこで銃を買ったらしい。アメリカはそういう国よと最後にふふふとホストは笑いながら言っていたが僕は笑うことができなかった。
13歳から買えるのかどうかは確実ではないが少年でも合法に銃を買えるのがアメリカである。ホストが言うには誕生日プレゼントで護身用なのかわからないが銃を買ってもらう家庭もあるそう。恐ろしいことである。
そしてこの前ホストと車でスーパーに向かっていたところ住宅街でおっちゃんとおばさんが話をしていた。ふとそのおっちゃんを見ると右手にはショットガンのような大きめの銃を持っているではないか。一般人が銃を街中で持っているのを初めて見たためあの時の衝撃は忘れることが未だにできない。
そして偶然にもホストと銃をの話をした日から銃に関する出来事がちょくちょく起こっている。そのおっちゃんを見たのもホストに話を聞いた後であったが昨日、僕の好きなアメリカ人のラッパーが二人が銃によって殺されたというニュースを見た。
一人はフロリダで買い物をして車に戻ったところ二人の強盗に襲われ何発か銃弾を食らって死亡したそうだ。もう一人のラッパーは路地裏であった銃撃戦の流れ弾が当たってしまい死亡したらしい。
この度重なる銃関連の出来事が一度に僕の中に入ってきたため頭が少し混乱してしまった。
アメリカが銃がオッケーな理由はなんなのか。なんのために銃の所持を許可しているのか。銃を持つことにメリットがあるとは思えない。
その二人のラッパーが死んでしまったというのを聞いた時もとてもショックで信じられなかった。昨日まで普通に生きていた人たちが銃によって一瞬で命を奪われてしまったのだ。
銃をダメにしたところで他のナイフなどを使って殺人とかするからあんまり変わらないのかなとも思ったが、銃とそれらの他の凶器には根本的な違いがある。銃以外の事件などに使われているナイフなどの凶器とは違い、銃というものは完全に人や動物などを殺すという目的のもとで作られているものであり殺すという目的でしか使わないものであるというのがとても大きな違いであると思う。
アメリカが銃の所持を許可しているのには僕が知らないような理由であったり考えがあるのかもしれないが正しいことをしているとはとても思えない。
今までテレビで見たり聞いたりしかしてこなかったような銃に関することがいきなり身近になった気がしてあまりいい気持ちにはならない。
特に銃とはかけ離れた国から来た人たちはそれを感じるのかもしれない。
今になり銃とはほぼ無縁の国日本の平和さがわかる。
これから銃に関する事件や事故が少しでもなくなることを祈っている。
犬と人間の心理戦
相変わらず犬中心の生活を送っている。
まさかこんなに犬に関わる一年になるとは去年の今頃は思っていなかった。
カナダ、アメリカに来てからというもの確実に500匹以上の犬たちに関わってきた。将来ペットショップでもやるのかな僕は。
ここに住んでいる犬たちもだいぶ僕に慣れてきてくれているようでほとんどの犬は触ったり一緒に遊んだりすることができるようになってきた。ここにいる犬たちは何らかの理由があってきている子達が多いためいろいろな過去を持っており、普通の犬よりも人間に怯えている犬が多いというか仲良くなるまで時間がかかる。未だに15匹くらいの犬達は触ることができない。
普段はとてつもなく大きい倉庫のような建物の中にそれぞれゲージがありそこの中で生活しているのだが、朝と夜ご飯をあげるタイミングでその子達を一度外の庭に出し、ゲージの中をモップで掃除し飲み水も変えているという作業を毎日しているわけだが、未だに触れない犬達も掃除の前には外に連れて行かなければいけない。
外の大きなゲージにそれぞれの犬達を入れていくのだがどうしてもリッシュを繋いで犬を連れて行かないとどこかに逃げ出してしまう。
家の敷地が広いため敷地の外まで行ってしまう危険はないが全ての犬が仲良いわけではなくほとんどの犬は他の犬との接触を極力避けるようにしているため散歩用の紐をつながないと走り出して他の犬を襲ってしまったりする危険がある。
そんな理由で未だにろくに触れないような犬たちにもリッシュをつけようと試みるのだがとても嫌がる。撫でることもできないのに首をにリッシュを繋がなければいけないというのは結構難しい。ほとんどの犬が逃げ回ったり吠えて威嚇してきたりしてしまう。
そこで仕方なく僕がしているのは犬を信用してリッシュなしで庭のゲージに連れて行こうと試みるということだ。目的地のにはのゲージの入り口とかにクッキーを置いたりしてどうにか触れなくてもにはのゲージに入れようと試みている。
ちゃんと犬にゲージの位置を見せてあそこに行くんだぞと念を押しクッキーも置いたよというのも犬にわかるようにして犬のかをを見ると落ち着いていて笑顔で目的地の庭のゲージを見つめている。よしこの子はちゃんとゲージに入ってくれるだろうと思い、ドアを開けるのだが数匹の犬はここぞとばかりに走り出し目的地のゲージを通過し敷地内を駆け巡る。
彼らも馬鹿じゃない。僕にはうんうん、あそこのゲージに行きますよという顔やそぶりを見せておきながらドアが開いた瞬間にざまーみろばーかと言わんばかりに逃げ回る。そのたびに僕はまた彼rのキュートな顔に騙されたとなる。
彼らには可愛さという最強の武器があるためそれに毎日のようにやられている。
最近では僕も学んできたので居屋力リッシュをつけるようにしているがリッシュをつけると犬たちの顔はチッ、こいついつも二体にダマされろよと言わんばかりの顔をしている。
とりあえずここにいる間は犬との心理戦が続きそうだ。
父の日
今日は父の日。久しぶりにお父さんにラインをした。そもそもお父さんがラインをしているということが今考えると時代も進化したなあと思ってしまう。高校の時にお父さんにラインについて説明したことがありその時お父さんはへえそんなのがあるなんて便利な世の中になったねえと言っていた。それが今ではそのお父さんもラインを使いこなしているという時の流れの早さに驚いている。
85歳のおじいちゃんですらラインを僕より使いこなしているのにはさらに驚きである。
お父さんとはこれまでたくさんの思い出を共に作ってきた。超絶アウトドアなお父さんは僕が小さい時からいろんなところに連れて行ってくれた。山や海、旅行など今思うと素晴らしいお父さんである。
小学生のとき夏に海に行ったのだが、沖の方の僕が足の届かないようなところまで僕を連れて行き、よしここからは泳いで戻って来いと笑いながら僕を置いて砂浜の方へ戻ってしまったことある。ろくに泳げなかった僕はこんなことをする意味がわからなすぎるとお父さんを恨んだが結局冗談だよと言って戻ってきた。そんなたまにぶっ飛んだこともするのが僕のお父さんである。
一緒に住んでいた頃はとくにお父さんについて思うことはあまりなかったが今親元を離れて見て彼へのありがたみが溢れている。
自分もいつか父親になったらああなりたいなあと思えている。
お父さんが優しすぎたのか僕には反抗期という反抗期がなかった。反抗期といえば親とぶつかり合って喧嘩してしまったり親とあまり口をきかなくなったりすることを言うのだと思うが僕はそんなことがなかった。別にうざいとかも思ったこともなかったし暴言を吐いたこともなかった。なんせ彼は自由気質な人で僕にガミガミと怒ったこともほぼない。
悪いことをしてしまった時も怒りはせず自分の頭で考えたらやっていいことと悪いことくらいわかるでしょうといつもさやしく言う感じだった。
そのため父へ対する不満もなくそれが反抗期がなかった理由の一つなのかもしれない。
僕は彼に性格が似ているため僕のこの自分の人生なんだから自分のやりたいことするし行きたいように生きるっしょというこの感じもお父さんととても似ている。
カナダに行くと決めた時もいーじゃんいーじゃん楽しんでこいよと笑いながら軽い感じで言っていた。
そんな彼から学んだことはとても多いしこれから学ぶこともたくさんあると思う。
彼への尊敬と感謝の気持ちを忘れずいつか子供の頃の思い出話でもしながらお酒を飲める日を楽しみに頑張るとしよう。