「またヴィンセントは襲われる」
2024年5月12日(日)シネマ・ロサにて。14時35分より鑑賞(シネマ・ロサ1/D-6)
~ゾンビ映画のような不条理スリラーの背景にある社会の現状
池袋で最も古い映画館(たぶん)シネマ・ロサ。ここも長年続けていた劇場窓口のみでの鑑賞券の販売をやめ、ネットでの予約が可能になった。とはいえ、この日は事前に予約する時間がなく直接窓口へ。渡されたのはQRコード付きのレシートのような鑑賞券。味気ないが、これも時代の流れだろう。
というわけで、鑑賞したのは「またヴィンセントは襲われる」という変わったタイトルのフランス映画。
主人公はデザイナーのヴィンセント(カリム・ルクルー)。ある日、職場の実習生に突然パソコンで殴られてしまう。続いて今度は同僚からペンで手をめった刺しにされる。いずれも何の理由もなく襲ってきたのだ。しかも、相手は襲撃時の記憶をなくしている。それ以来、ヴィンセントは見ず知らずの他人からも襲撃されるようになる……。
突然凶暴化した相手に襲われるという不条理スリラー。そこからヴィンセントが逃げ出すさまは、ゾンビ映画そのものだ。
ユニークなのは、ヴィンセントを襲撃するきっかけが視線だということ。つまり、目が合っただけで相手がヴィンセントに殺意を抱き、狂暴化して襲ってくるのだ。いうまでもなく、これは理不尽な暴力が横行する現在の社会を反映したものだろう。
隣人同士のトラブルから、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルによるパレスチナ侵攻(もはや虐殺といってもいいだろう)まで、現在の社会に理不尽な暴力の種は尽きない。本作の設定は、明らかにそれを意識している。劇中でヴィンセントがインターネット検索した、怒りによる暴力の現場がそれを象徴している。
そういう意味では社会派スリラーと呼んでもいい映画だが、けっしてそれを前面に出しているわけではない。あくまでもエンタメ性と折り合いをつけて描いている。それが独特のタッチを生み出している。
最初のうち、ヴィンセントは自分が何で襲われているのかわからない。周囲は職場の事情が関係しているのではないかと考えて、彼に在宅勤務を促す。
だが、会社の外でも彼は襲われる。同じアパートに住む子供に襲われたり、たまたま目が合ったドライバーにひき殺されそうになったり。ここに至って、ヴィンセントはどうやら自分と目が合った相手がおかしくなるらしいと悟る。
仕方なく彼は父の住む実家に行くが、父は女性と同棲中で、ヴィンセントの突然の来訪を迷惑に思っているようだ。
何だか脱力するようなエピソードで笑ってしまうが、こうしたユーモアもそこかしこに仕込まれている映画なのだ。おまけに、この父親が終盤で効果的に再登場する仕掛けも用意されている。
その後、ヴィンセントは危険を逃れるために田舎の一軒家に避難する。だが、それでも誰とも目を合わせないわけにはいかず、ついつい視線を合わせた相手から次々に襲われる。
そうするうちに、彼は同じような目にあっている人が他にもいることを知る。その人物は仲間たちが専用サイトで連絡しあっていることを告げ、彼に護身用に犬を飼うことをアドバイスする。
いつ襲われるかわからない恐怖感を抱え、ヴィンセントは最新型のティーザー銃を手に入れたり、護身術を身に着けたり(といってもテレビで学ぶだけだが)、自分の身を守ることに躍起になる。もちろん犬も飼い始める。
こうしてスリリングな中にも、脱力系のユーモアを織り交ぜてドラマは進行していく。さらに、中盤以降は愛のドラマも織り込む。ヴィンセントは立ち寄ったレストランのウェイトレスと恋仲になるのだ。
しかし、これも単純な恋愛とはいかない。なにせヴィンセントと視線を合わせた相手は危険なのだ。「こいつ大丈夫なのか?」「いや、やっぱりヤバイだろう」「しかし……」というので、逡巡しつつ彼女と愛し合うようになるヴィンセント。その過程では、やっぱり襲われて、それからはいつ襲われてもいいように相手に手錠をかけて愛し合うという笑っちゃうようなシチュエーションもある。何のプレイだよ(笑)。
そんな中、暴力事件は各地に波及して大問題になる。ヴィンセントが大量の人々に追われる姿は、完全にゾンビ映画の様相。もはや笑ってしまうしかない。
混乱に混乱を重ねた果てのラストシーンは、愛の逃避行とも呼べるものだが、逃げる相手が暴力だからね。いつ終わるとも知れない絶望的な出帆なので、なんとも苦い思いが残る。地球は暴力だらけなんだぜ。まったく。
ヴィンセントを演じたカリム・ルクルーは、その無骨な雰囲気が恐怖に支配されて一変するところが何ともいい味になっていた。彼が飼う犬も凶暴さと愛くるしさが同居した名演。
よく考えたら、ヴィンセントがサングラスか何かで目を隠せば、それで済む話じゃないのか、という疑問もありますが、それはまあ置いといて、一歩間違えばB級映画になりそうな不条理スリラーを、社会派の要素を取り入れて巧みに仕上げた見応えある作品だった。
◆「またヴィンセントは襲われる」(VINCENT DOIT MOURIR)
(2023年 フランス)(上映時間1時間55分)
監督:ステファン・カスタン
出演:カリム・ルクルー、ヴィマーラ・ポンス、フランソワ・シャト、ジャン=レミ・シェーズ、ユリス・ジュヌヴレ
*新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ http://vincent-movie.jp/
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