宇宙を作った存在を作れるのか?問題

↓これの話。

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「宇宙ができる前は何もない」っていうけど、「何もない」ってどういうこと?|読むらじる。|NHKラジオ らじる★らじる

よく神が時間も空間も超越した存在みたいに表現されるけど、宇宙を作った存在として神がいるなら、当然時間や空間の外側にいる存在なので論理的にも合ってる。かつ神を「作れる」存在は時間軸が無いので存在不能

2021/08/15 11:56

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この手の話のツッコミとして「宇宙を作ったのが神なら、神を作ったのは何?」とか出てくるのだけど、空間も物質も時間もない世界では、何かが何かを作れるという時間軸も空間も物質も存在できないから、そもそもこの質問自体が成り立たない(成り立つための必須前提が存在していない)ってのがあったりする。

 

アインシュタイン一般相対性理論において時間と空間と物質は相対的に存在すると語ったように、時間と空間と物質は共に存在することで成り立つ存在であり、どれかが欠けるとこれらが成り立たないことになる。

 

またスティーヴン・ホーキングが語ったように、時間そのものが宇宙の始まりと共に始まっているというのは、現代科学の常識的な扱いになっている。(異論ある科学者もいるだろうけど)

 

科学は仮説とそれを証明する観察で成り立つ。ニュートンはリンゴが落下するのを観察することで万有引力の法則に辿り着いたとする逸話があるが、リンゴという「物質」が「空間」を重力に引かれて「時間」をかけて落ちることを観察することで科学が出来るわけだ。

コペルニクスの地動説も「空間」と「物質」で構成されている天体の動きを「時間」をかけて観察することで発見できたわけだし、ビッグバン理論も宇宙空間の膨張を「時間」「空間」「物質」を通じて観察出来たからこそ、宇宙には膨張元があり、そこから全てが始まったと科学できるわけである。

 

そして宇宙の始まりと共に「時間」「空間」「物質」が誕生したのであれば、宇宙開始前(ビッグバン以前)には「時間」「空間」「物質」が存在しないので、この宇宙空間内に存在する我々の能力では、その存在が観察が出来ないことになる。宇宙開始前に「時間」「空間」「物質」が存在しないなんて誰が決めた?みたいなツッコミはアインシュタインスティーヴン・ホーキングを初めとする科学者に言って欲しいし、科学がそう言っているのであって、これを書いている私ではないのだな。

 

で、宇宙を作ったのが神なら、神を作ったのは何?という質問だが「時間」「空間」「物質」が存在しない世界において何かが何かを作れるはずはないのである。そして「時間」「空間」「物質」が存在しないので、そこは始まりも終わりもない「永遠」なのである。「永遠」は作られないし終わらないから永遠なのであって、永遠を作ったのは何?と聞くのはおかしな質問となる。始まりがあったら永遠じゃねーだろ、と。

 

でも実際に宇宙は誕生し「時間」「空間」「物質」ができたじゃないかというツッコミも当然出て来るのだが、論理的には「時間」「空間」「物質」を超越した存在があれば良いだけであって、それを神とか超自然とか我々の観察の及ばない範囲を超えた存在として扱える論理性が我々に残されているだけである。逆に宇宙は無から作られたと言う方がちょっと非科学的とも言える。「無」から何かが生まれることは論理破綻している。「時間」「空間」「物質」を超越した何かが宇宙を生み出したと考える方がより自然な説明である。(現在それを説明する手段を持っていないだけで)

 

というわけで、神を作ったのは何?という質問は論理的にも(観察も不能なので)科学的にも成り立たないことになる。

 

余談となるが、実はこの辺の話は古代ギリシャ哲学の方が案外分かっていた節がある。古代ギリシャでは全てあらゆる運動は誰かが力を加えたことで発生していることに気づいていた。当然、全ての運動は、その運動を引き起こした存在に遡れるし、さらにその存在を引き起こした存在にと辿っていける。ただし、どこまでも辿れるわけではなく、全ての運動の根源となった「不動の動者」の存在無しには、全ての運動は開始出来なかったこともまた自明と哲学的に結論付けている。

 

宇宙の始まりという「不動の動者」が全ての物事の始まりとするのは大昔から人間に明らかだった存在とも言える。

 

また神の概念も「全能者」「永遠」「創造主」「全ての場所にいる」「始まりであり終わり」と「時間」「空間」「物質」を超えた概念として説明がされていて、案外昔の人の方が限られた観察から真実に達していたような雰囲気が伺える。

 

「時間」「空間」「物質」がない状態で存在できる宇宙を作れるような存在はあるのか?問題というのがあるかもしれないが、この辺も大昔にナザレのイエスっておっさんが「神は霊である」という説明をしてくれたので、結構しっくりくる話になっている。「時間」「空間」「物質」を超える霊という存在の概念を大昔の人から我々は与えられているのである。霊的存在が「光あれ」と命じただけで、全てが始まったのは、現代の我々の感覚からするとコンピュータ内に作られたシミュレーション感があるが、それはさておき。

 

ここで我々は宗教を超越した現代科学の信者なので、、、と、それ以外の説明を生み出しても良いのだけど(シミュレーション仮説)、それ以前に誰かが先にわかりやすい言葉や説明を出してくれてたりすると、それを採用するのが手っ取り早いってのがありますよね。

 

ちなみにアインシュタインは宇宙には始まりも終わりもないとする定常宇宙論の信者だったため、初期の相対性理論ではそれを壊さないために無理矢理宇宙項を導入するという計算ミスを犯しており、後に激しく後悔している。ところで、アインシュタインのように宇宙は始まりも終わりもなく永遠って説明をされて、その宇宙を作ったのは何だって聞く?聞かないよね?アインシュタインでも盲信するレベルですよ?でもそれが神になるとそれ聞いちゃう理由って何?とか気になる問題よね。

 

nazology.net

→過去が無限に存在するってのも言い換えると「永遠」だわな。

そして宇宙は熱エネルギー第二の法則的に最後には全て崩壊して消える運命なので、全て消えて宇宙以前の「永遠」の世界に閉じ込められる。そういえば、地獄も天の国も永遠ではなかったかな?と昔の人の感覚に驚きと感動を覚えるのです。

キリスト教ってやつ

キリスト教について

西暦30年頃に数年間イスラエルを賑わした「ナザレのイエス」というおっさんが凄かったので、その人に従いますっていう考えを持った人々の集まり。

何がすごいの?

ある時このおっさんは、イスラエルを周り「現在の境遇がどんなに不幸だと思っている人にも救いが来るよ」と説いて回った。それだけなら(頑張れば)誰にでも出来るが、病気を治したり、生まれつき目の見えない人や耳の聞こえない人も治した。人間は罪の影響により病気や死が起こるのだが、病気や死を一瞬で消し去ることで、その罪を取り除ける存在であることを証明している。

皮膚病の人や生理が止まらない人も治した。当時皮膚病や生理の人は穢れているため神殿や礼拝所に近づけず、神から隔離された存在だったが、それらの人々をも治した事実はデカい。穢れて神に近づけないのに、神の方から近づいて来て治すのだから、衝撃半端ねーというわけである。ちなみに遠くにいる人の病気も治せた。今をときめくテレワーク第一人者である。

また、人が心で思っていることを読み取る能力があるので、口喧嘩では敵無しである。仮に言い逃れしようと思っていても、心が丸見えなら言い逃れという手段は残されてはいない。

大勢の人々が集まった時には「腹減って困ってんだろ?」と人々に寄せ集めの食料を分け与え始めたが、何故か食べ終わる頃には最初に寄せ集めた量よりも遥かに多い食べ残しが発生した。今の時代なら食材廃棄問題でツッコミに合いそうだが、食べる前より食べた後の方が多くの廃棄物が生まれるのは何故なんだぜ?

死んだ人(12歳の少女やラザロ)を復活させ、激しい嵐を叱りつけるだけで消し去り、悪霊に取り憑かれた人も元通りにする。鬼滅の刃に登場していたら、戦わずして全ての鬼を人間に戻すレベル。お前らに必要なのは炭治郎じゃなく、このおっさんである。(炭治郎が相手だと殺されてしまう。)

 こうして、これでもかと人じゃない感を見せつけた後に「私のことを何だと思う?」と判断を目撃者に委ねる。単なる妄想の激しいおっさんとして片付けるには、結果が出過ぎていて当時の人々困る。というか、当時から現在に至るまで多くの人々も困る。このおっさんが神なら全ての辻褄が合うが、違うと否定するなら、その証明の方が難しい。

正論を叩き切る論破王

当時律法を司っていた祭司の中でも、特に厳格とされたファリサイ派というグループがいたが、この人々があれこれと罪について他人を断罪しているところに「お前らの正論は正しいが、それ言ったところで人間を救っていないならダメじゃね?」とツッコミを入れる様が実に見事で素晴らしく、民衆から熱い支持を得る。このおっさんの凄いところは、宗教の戒律やしきたりを守ることに一生懸命になって、その結果、自由とか喜びが得られていないなら、それは手段と目的が違うよね?バカなの?アホなの?死ぬの?と当時の宗教をぶった斬っているのである。

 

今でこそキリスト教は宗教扱いだが、ナザレのおっさんは当時の宗教カルトをぶち壊す第一人者である。宗教なんて人間の心を縛るクソだとおっしゃるあなた。そんなあなたこそ見事なクリスチャンである。

 

当然ファリサイ派の人々も今まで見たこともないおっさんが偉そうな口を聞くので「それはあなたの感想ですよね?根拠でもあるんですか?」と言い返すが、病人を癒やし、大勢を満腹にし、死者を復活させ、嵐も鎮められますけど何か?と圧倒的存在感が論破を加速。

 

言い負かされた方は顔真っ赤で相手をぶっ殺す方法をあれこれと考え始める。これが後の十字架殺害事件へと繋がる。

 

つ づ く