緒乃文子の
其れはやはりライチだと
よっつ、なのね、と
畳と接しない貴方の脚の指
御口に頬張 る
ちょーーだい?
ひそやかにひそやかに貴方を潰しては
(貴方がそう為てゐたやうに)
違う名前を誂えて よぶ
蹴り飛ばして揺らす
あーほら
なんじかんも為て、ライチ落ちた ら
啜ったりせずまた潰すのよ
なんにもみてないもの
ね
白雅
契約を結びませう
あのひと、
なんに
も
みて
ない
も
の
へいき
よ
気管支が火照る
天井を見やる
うそつき
へいき
御水
ちょーーだい?
白雅
契約を、結びませう?
至福の背徳
だ
と
して
も
、
飴玉満月
そばだてる耳を無視しても出来上がるのは鉱石の、
緩やかな答えを導き出しては結局これはあるべき段階だったと
赦す過程になってやっと、出来上がる飴玉色の想い出は
赦されるはずもなく一生象って形跡もなくお前以外のあの子と共有しながら生きていくのだこのさきずっと
――――海が嫌い
夏はもっと嫌いなんだと思い知りながら恋をさがしているの飴色の恋を
■
夕方の空に茜と闇の合間に緑を見極めようと眼をこらしていたあの頃
橙が紫色を彷彿させるようにバイオレットが赤を彷彿させるように
五感に忠実に忠実にそれはもう犬のように
■
しんなりするのはやがてのことで
もしどうしようもなくなれば
どうしようもないという言葉を忘れさえすればいいと知っているよ女子高生だったとしても
かつてそうであったように憎悪をくれと懇願してもすっかり幸せに慣らされて
かつてそうであったように随分の生暖かい赤黒い愛情をくれと懇願しても
すっかり幸せに慣らされていて
ルワリ、くゆる、果てのない感覚を逃がさないよう逃がさないよう抱きかかえている
いっそ薔薇なら良かったのにってだけ思うのは、愛しい愛しいというのと変わらない
もちろん己のことだ。
君ではない
君ではない
−−−−−−−−−−−−−
切り裂いたサテンの音を耳の奥で大事にしている
――――青いはずだ
―――紺色かも知れない
!何せ明かりがない!
もしかするとサテンではなかったかも知れないが
それぐらいでいいしそれについては実にどうでもいい
想像を
薄汚れた銀の錆びついた古いもう鳴らないオルゴールを抱える運命のあの宝石箱を
ガラスだけ繋いだ棘ついたブレスレットや
熱を孕んだ光るすべすべの石や
薔薇の花を象ったルビーや
ラブ/クローン
少しばかりの室温の上昇をも、ユリは嫌うのだった。だから僕らはいつだって冷静でいることを強いられるのだった。激怒も昂揚も昂奮も。室温を上昇させるとしてユリはそれを嫌うのだった。ここは恋愛病サナトリウムとは違うのだよ、ユリ。いつだったかそう言って聞かせたことがあったが、ユリは澄ました顔を横に振るばかりだった。
窓の、外に、橙が、溶ける。
*
彼はいつしか物書きだった。あたしの帰宅する時間がだんだんに遅くなるのに気付かぬほどに物書きだった。ああ、もっとずっと昔にあたしが彼の病気に気付いてさえいれば!後悔したってあとの祭り。彼は否が応にも物書きだった。生計なんか立てられやしない。彼の書いた文章は、息も絶え絶え、本質よりもそちらばかりが気になるためにあたしなんかは読み終わるまでに恐らく人の十倍もの時間を要するのだった。過呼吸気味にしゃっくりをしながら(そうはいってもなきじゃっくり)、読むのをやめることが出来ないのだった。彼が紙面で笑い飛ばせば飛ばすほど、あたしの方は呼吸が苦しくなっていくのだった。
*
朝からユリは浮き足立って、鏡に躰を映しては上機嫌でくるりとその場で回ったりしていた。やがて昼過ぎに退屈そうに僕の足に絡まり、ベルトに手をかけたりペニスを口に含んだりしていたが、それにも飽きて一等お気に入りのワンピースを身につけたままどこかへふらりと出かけてしまった。朝のうちに一度だけ、その上気した頬を皮肉まじりに咎めてみたが、ふくれ面をこちらへ向けることもなく若干の温度の上昇を僕に詫びるだけなのだった。だからユリ、僕は別に室温の上昇を本気で咎めたりはしないのだよ。君の訪問が遅くなるのを、頭から追いやることで精一杯なのに。思ったが口には出さなかった。何だかどうでもいいことのように思われたからだ。
*
その後のこと?お話は終わったの!
自分のことしか愛せないからつくったはずのクローンだというのに、外界に別個として存在していると言うだけで―つまり目に見えるというだけで他者であるように錯覚してしまうのだった。他者であると錯覚した結果として失望と嫉妬に負けてしまうのだった。今では違う物を食べている。ああ、だって、愛しているのに室温の上昇を許せないだなんて嘘じゃない!泣き喚いたところで、外的要因によりあたし達は他者なのであった。実験は失敗なのだった。傷を舐め合えばやがて癒えると知りながら、唾液さえ失望。
*
ただ一つ、最後に残った能力は、他者の求めるものを瞬時に察知出来るこの力。
そうだったらどんなに良かったか。
20世紀末で足踏み
崩れる音に耳を立てるなんて前時代的でなんて素敵!
あたしは「せめて!」と思い立ち、ショートケーキを八つ裂きにした。
これ!この空気感☆ この実態しかない空洞こそが、千九百九十年代の最期の象徴であった。集大成なんかじゃない。「結果」という概念すら吹き飛ばす強大な空洞。ちがう。あれは、「無」であった。無力で無秩序で、無限。そういった時期だったのだ。
それは思春期をこじらせるのにはあまりにもうってつけだった。付け焼き刃こそが武器になる、その時代にハイティーンだったのだもの。借り物の世紀末。無意識のダダイズム。眩暈こそすれ。
一九九九年、古い外国人の詩に翻弄された世界はその恐怖をきっかけに自らの手で破滅することすら出来ず、緊張はとぎれて、残念ながら退屈してしまった。賞味期限がきれた牛乳が突然発酵しないのと同じ理由で、ゆるやかに世界中が退屈にならされていった。そうとも知らないぐらいゆるやかに。手始めに人々は、精神分裂病をないがしろにしながら気分障害の「鬱」の部分にだけスポットライトをあてて、「鬱は心の風邪ですよ、誰にでもあることです恐れることはありません。いいですか?誰にでもおこりえる状態なのですよ。ですが、風邪だって侮ってはイケマセン。万病の元です。心当たりのある人は一人で悩まず受診しましょう。精神科に抵抗がありますか?内科なら平気ですか?いいんですいいんです。内面を診療する、内科! 上等じゃないですか。周りの人も気付いたら病院へ引っ張ってくるように!」などと、ささやき声で浸透させていった。ストレスの多い現代社会、傷ついて当たり前!そんなのちっとも怖くない!傷ついたならみんなで保護してあげましょう、と、一から十までの万人が納得するようなやり口で。だから抜け駆けなんて許さない、そんなの逃げだよ、弱虫…という言葉を含有しながら。反吐を出すべきだったのに。あの偽善。そのポーズのおかげで癒しの裏の痛みが 制 限 付 き で 許された。許されていたでしょ?あのころ。
ところで先ほど八つ裂きにしたショートケーキは廃人によって舐め尽くされた。廃人を愛しい。廃人は黙って座ったその目でくうを見つめ口の端だけで笑うと彼の場所―部屋の中央、ベッドの脇―で再び膝を抱え泣き出した。あたしは彼の髪の毛をひっつかみ無理に顔を上げさせ目の前で目の玉をくりぬいて見せた。自分でも信じられない声をあげながら。
「癒し系」という言葉が流行ったのはつまりは癒されたいからではない。当時から総理大臣すら「痛みを伴う構造改革」なんて言うほど、「痛み」に対して実感があった。卑屈な逃げ道としてちゃんと用意されていて、「痛み」を逃げ道にすることを、他者から否定されるのではないか、と牽制し合って井川遥に逃げたのだ。「痛み、ヤデスヨネ?こんなストレス信じられませんよね。死ンジャイタイデスヨネ?そう、ですよね?」そこで、唇が厚く、涙目で、オッパイの大きい井川遥。最大公約数の象徴。美しい張りぼて。めでたい。
痛みの甘さを覚えた日本人。日本人はオイシイ話には裏があると考えているモノだから、オイシイ思いをしている奴らを叩くと同時に、「痛み」という卑屈の逃げ道にすら卑屈にならざるを得ない。日本人は「精神的に」「弱い」って言われるのがだーいっきらいっ☆ ね? 従順で勤勉な彼らは他人が皮膚の下の肉をむきだしにしているのをみてそこに唾を吐きかけるようになる。サァ、皆サン、足並ミ揃エテ平凡第一!てな具合でさぁ。
だけど手遅れ。あたしは一九九九年に一六歳で、何にも知らないのに見せつけられた。あの甘い毒を教え込まれた。椎名林檎に大塚英志に堤幸彦に蜷川実花に。あのヴィヴィッドな空洞を知って、退屈になれていく世界に立ちつくして平気な顔なんかしていられると? ねぇっ! 聞いてる?
そういって再び髪をひっつかみ、廃人の涎を掬い取ると彼の頬は殺人鬼みたいに赤黒く染まった。
力なく笑って。それでも愛してるっていって。あなたがここにいるのはあたしがいなきゃ死んじゃうからね? 死ぬよりあたしを選んでくれたのね? あなたの救いよりもあたしを選ぶ衝動が早かったのね? 死なんて救いじゃないのに、それを救いと信じている空洞のお前は、あたしの眼窩を見つめては、外陰部を充血させる。