クマコロ日記

WEBサービス関係の仕事をしてます

リストラという戦略について

 

大きくなりすぎた大企業が、赤字を出してしまって経営が傾いてしまった時、

よく、外部から敏腕経営者を読んで経営立て直しを計ったりしています。

 

この時、必ずと言っていいほど、複雑で大きくなりすぎた組織を小さくする為に、

事業縮小や、人材のリストラを行っています。

 

 

これに対し私は、仕方が無いことだけど思うのだけど、

これを決断する側というのは、相当、辛いものなんだろうな、と想ってきました。

一体、どういった心理状況で決断できるんだろう、と…。

 

また、リストラをせずとも、別の選択肢は無かったのだろうか?とか…

例えば、名経営者と言われる松下幸之助さんであれば、

社員をリストラすることはしない、という経営スタンスでした。

 

(※しかし、松下幸之助さんが現在も生きていたとしたら、

どう決断したかは、分かりませんけれど…)

 

 

で、甘い人間であれば、社員をリストラするというのは、

なかなか出来ない事なんじゃないかと…。

 

 

けれど、こう考えるならば、リストラということも、

組織には必要なんじゃないか?と思える様になってきました。

 

 

 

善と悪があるとしたら、悪を選択する、という社員は、

組織にとって、大きなマイナスの資産になると。

 

 

そうした社員は、優秀であろうと優秀で無かろうと、組織に大きな害を及ぼす。

長い目で見たら、リストラを決断する必要があるんだろうと…、思えます。

 

 

大人になってから、メンタルを改善するというのは相当難しい。

比較的、人生が上手く言ってきた人ならば、どうしようも無く我儘だったりする。

 

 

事なかれ主義、向上心が無い、挑戦しない態度、苦労はしたくない、

だけど、挑戦して結果を出した人間へ嫉妬をする、

足の引っ張り合いを行う、部下の手柄を横取りする、

威張り散らして叱責する、ヒステリー、パワハラ、意地が悪い、

派閥をつくる、気に入らない人間をいびる、等等、

 

 

言い方は悪いけど、悪を選択する社員が、腐ったミカンだとしたら、

そのミカンは取り除かないと、組織というのは死んでしまう。

 

 

しかし問題なのは、このリストラという戦略を取る際、

経営陣に善と悪を分別できる能力がないと失敗する。

 

 

腐ったミカンを選択して、腐っていないミカンを捨ててしまうと、

もう、まっさかさまに、その組織は地に落ちてしまうんだろうなと…。

 

説明責任というけれど、自分から理解しようとする態度が無かったりする、と言う点。

世の多くの人は、「もっと、こうだったらいいのに。ああだったらいいのに」と、文句は言うが、

それを実現する為に自分は動きはしない。

で、動く人が現れると、その人に、「ああしろ!こうしろ!」と、さらに外野で文句を言う。

 

と、某テレビ番組で出演していた某企業の、社長が言っていた。

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あと、他にも、私が思うことには、

 

世の多くの人は、影響力のある権威のある人が正解は”白だ!”と言ったら、

自身の考えまで、正解は”白だ!”という、考えに染まってしまう。

それ以外の方法が見えなくなってしまう。

 

 

で、”嫌、正解は黒だ!”という人が現れて、

”なぜなら、これこれ、こう言う理由で、私は黒だ、と判断する”

と言う事を述べてくれない限り、成功への道は一つしか無い。

 

 

嫌、”黒”の方法が成功するまでは、成功への道は一つしかない。

 

 

で、次は、こんな事を言いだす。

 

 

「なぜ?理由を説明してくれないの?」とか、

「考えを述べてくれない。不親切だ!」と、

「簡単にできるんでしょ?それをやらないのは、人間性に問題がある!」と言いだす。

 

後で知って、文句を言いだすのだ…。

 

 

その時に、じっくり考える、という思考の深さを持ち合わせていなかった自分、

物事を判断する、見る目のなかった、自分の責任ではない。

分かり易く説明して教えてくれなかった人の問題。

 

 

で、皆が「白」と思っていることを「黒」の方法もある、と

論理立てて説明するのは、簡単にできるもんじゃない。

 

 

文句を言う人は、この作業が、大変な作業であるということを知らない。

労力の伴うものではなく、1秒ぐらいで簡単に出来るものだと思っている。

 

 

そもそも、これは、教えてもらえる物じゃなく、

日々の努力や行いから自分で培っていくものであり、自分で知らなきゃいけない。

 

 

で、黒だと思っている人は、できるだけ、既に、「なんとなく黒なんじゃないかな?」という考えを持っている自分に近い人を探そうとする。

説明の必要のない人と、話を進める方が早い、からだ。

 

 

だけど、見つからない場合は、あきらめて、説明方法を編み出さないといけないのだけど…。

 

で、なぜ、「黒である」ということを、説明することが、苦労する作業なのか?と言うと、まず、「黒だ!」と判断するのは、長い時間の末に蓄えた、

経験と知識の中から直観で感じるものだからだ。

 

これを、誰にでも分かり易いように、簡潔に言葉に纏めるのは難しい。

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WEBだと、さんざん、

 

シリコンバレーの方法は、日本では通用しない。

アメリカのモノマネのやり方だけでも道が見えない。

 

と、言われていて、

 

日本は日本のやり方で道を切り開き模索しないといけない、と、誰もが薄々、

分かっているんじゃないの?

 

それを、取り組まないといけないと、考えているんじゃないの?

 

よそのやり方は参考として知るのはいいけど、よそのやり方と一緒じゃないから、

ダメだとか・・・・。理由にならないし、バカげている。

 

今の現状の自分を見て、一つ一つ鍵を探していく方法でないと意味が無い。

 

他の人の歩んだ道を同じ様には歩めない場合、

自分の中からくみ上げる、その都度、その都度の智慧で、道を開いて行くしか方法はない。

 

世の中の人が表現したことのない言葉を使って、表現するのは難しい。

じゃあ、世の中の人が表現した言葉の中で、コミュニケーションすれば、いいじゃんと、想うかもしれないけど・・・・。

 

感じ方や、考え方、概念というものは、常に新しく生まれて行くので、過去にある表現だけで、表現し続けることなんてできない。

 

世の中にある、誰かが言った言葉、誰かが産み出した言葉を使ってコミュニケーションするのは、言葉がスラスラ出て簡単だけど、

 

誰も、世の中の人が表現したことのない言葉を使って、表現したり、

自分の心の中にある表現の仕様の無い、感情や、感覚を掴んで言葉にする、というのは相当難しい。

 

自分の言葉を使って話すというのは、そういうことなんだろうなと…。

言葉を作る、新しい認識の仕方を作ると言うのは、無から有を産み出す行為と同じなんだなと。言葉における、無から有の創造。

 

 

 なんだけど、スラスラと言葉が出てこないと聞きたくない、

練習してスラスラしゃべれる様になったらそれを言って、と言う人は、

創造段階じゃなく完成品だけを出来たら渡して!って言う事なのだから、

常に、創造の現場からは蚊帳の外だと思う。で、完成品は、届くかどうかも分からないし…。

 

時間が十分にあるのなら、1分や、2分、待てばいいだけなのにね。

スラスラしたしゃべりではないけど、少しだけ忍耐して聞けば良いだけなのに、それが、出来ないんだよね…。 

 

 そうすると、他者から学べる気付き発見というものが、どんどん、無くなって行く。

 

 

日々、多くの気付き発見をする人と、日々、何も発見せず、気付きもしないで時間を送る人とでは、長期の時間が経過した時、大きな違いができていく。

 

それこそ、時間が経過してみると、小さな丘と、エベレスト山ぐらいに違いが出来てしまう。

 

だけど、それすらも人間が結論を出して判断できるものではないのだけど…。何に価値観を置くかで、何を積み上げているかは人によって違う。ある一方では、小さな丘かもしれないけど、ある一方から見ると、エベレスト程の積み上げをしているかもしれないのだけど…。

 

 

 

 

 

 

 

他者の成功ルールが、全く当てにならない理由

戦略というのは、毎度、現状の条件を見極めて、その条件の中から

最適なものを組み立て、選択していかないといけない。

 

 

 

そのパターンは、無限にある場合だってある。自分の今の現状を知らないで、

他人がやっている成功条件の手法をそのままやった処で上手く行くわけがない。

 

 

 

だけど、ヘタなアドバイザーは、現状や、状況、戦局を全く見ずに、

いきなり、教科書の成功パターンを持ってきて当てはめようとする。

 

 

 

相手を知らないで、行き成り、アドバイスをしようとするのだけど、

これはこれで、聞いている側としては、参考になるので

聞いているだけ、で済んでいる間はいいのだけど、

「それをやれ!」と言って、と押しつけられると、「それはできません!」と言うしかない。

 

 

これ、すごくいい迷惑だったりする。断らないといけないし、

アドバイスして、それを実行してほしいなら、せめて、状況と戦局を知ってからにしてほしい。

 

 

で、「判断の基になる情報を渡しますが、最終判断を下すのはあなたです。」

というぐらいになぜ?アドバイスを留めておく事ができないのだろう?かと…。

私はいつも、このスタンスなんだけど。

 

 

あと、「やれ!」とまでは押し付けないけど、根拠もないのに、

「それをしないと失敗するぞ!」という脅しも似たようなもんだったりする。

根拠が有って「失敗するぞ!」というのは良いんだけどね。

 

 

 

で、責任を取るのは、アドバイザーじゃなくて

実行者だ。アドバイザーが責任を取ってくれるのなら、その行動に従うけどさ。

 

 

 

「相手を知って、自分を知る」と言うことなんだけど、これ、出来ていない人がものすごく多い気がする。

別に、何か、事を成し遂げたいのでは無ければ、相手を知る必要なんてないんだけど、

相手をコントロールしようとするなら、せめて、それを、心がける必要があるんじゃないの?と思う。

相手を知らないで、相手をコントロールしようとしても無駄だ。

 

 

多くの人は、人をキチンと知ろうとしないで、人をコントロールしようとする。

で、知れないなら、知れないなりの行動をするべきなのに、そうしない。

 

 

例えば、私は、サッカーを知らないのだけど、

 

 

ドリブルばっかり1年間練習していた選手に、

試合の時に、「成功する為には、ゴールキーパーへ行け!」

という様なもの。こういう事する人、アホほど多い。10人いたら、9人は、こういうことする。

 

 

 

私の人生って、こんな人ばっかりに出会ってきた気がする。

嫌、今の日本に住んでいる人は、多くの人が、こんな人ばっかりに出会っているだろう。

 

 

私に合わないものばかり押し付けてきて、

伸ばすどころか、欠点を見つけて修正しよう!修正しよう!とする

 

 

あれだけ、良い点を伸ばせ!とテレビや本で散々いっているのに、

現実は、そのアドバイスを出来る人は、10万人に一人、いるかいないか?

なんじゃないか?と思う。

 

 

 

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経営で言うなら、

 

 

 

大企業の戦略と、中小企業、零細、の戦略は、それぞれ違うし、

 

 

 

人材と、金と、ネットワークがある大企業と、

人材と、金と、ネットワークが無い零細だと、取る戦略というのも変わってくる。

 

 

 

条件が違いすぎるのに、なぜ?同じ方法を当てはめようとするのだろう?

 

 

 

で、ゼネラリスト(企画者)と、スペシャリスト(技術者)の戦略も同じじゃない。

 

 

技術者の中では通用していたルールがゼネラリストでは通用しない。

 

 

で、ゼネラリストも、(優秀な人の場合であれば)元々は、技術を極めて次にゼネラリストに

転向した経緯を持っていたりするわけだから、技術者の戦略は良く分かるものだったりする。

だけど、技術者からゼネラリストの戦略は、なかなか、分からないのが実情なんじゃないだろうか?

 

 

現状の条件を分析し、最善の成功パターンを導きだすのが、

良い助言なんだけど、そうじゃないなら、

その助言は聞き入れられなくても仕方がないと、想うべきだ。

 

 

「それは失敗する!」という人に対して、私は逆に「そっちの方が失敗するでしょ!」と度々思えてしまう。

だけど、私は今まで、思っている事を上手く言えずに、「そうだよね~、失敗するよね~。ホント、気おつけるよ。」と、曖昧に言ってきた現実がある。

 

で、実際には、口で言うのとは裏腹に、全く、気をつけていなかったりする。それは、納得していないからだ。

 

私は、自分の人生を振り返ってきて、

 

「それでは失敗するぞ!それは間違っている!」と世間からNOを言われ続ける現実だった。だから、長い間、理解の無い現実の中で、一人戦い続けてきた道を歩んできた。

 

 

だけど、時間が立って、蓋を開けてみると、私に、「それでは失敗するぞ!こっちのやり方をやれ!」と言っていた人の、そのやり方が、ことごとく失敗している。

 

 

なので、私は、次からは、「そのやり方は失敗するぞ!」と言ってくる人に、こう言い返さないといけないのかもしれない。その人の為にも…。

 

 

「私はそうは思わない。失敗するということが納得できないので、

失敗する理由をもっと論理的に説明して欲しい。それが分かれば、納得できる。

 

論理的に説明して欲しいというのは、例えば、こういうことでも構わない。

 

自分が経験して失敗したから、というもの。これなら説得力がある。

 

で、そう言ってくれるのなら、じゃあ、その時、なぜ、その方法が失敗したのか?より詳しく分析することができる。失敗した原因はもっと他にあるのじゃないの?とかね・・・。失敗の理由を切り込んで行く事が出来る。

 

また、経験上、それは難しい、というのであればそれは説得力がある。経験者が難しいと言っているのだから、難しいのだなと、疑い様もなく事実だろう、と思う。だけど、その経験者は、十分な積み重ねを積んだ上でのチャレンジだったのか?とか、想う所は色々あるけど。

 

ただ、漠然と、失敗しそう!というのでは、説得力が無い。また、成功者が言っているから、というのも論理的じゃない。股聞きだし、伝言ゲームで、間違った解釈をしている可能性が高い。人間は、自分に都合のいい様に解釈する。

 

成功者自身が、失敗する理由を、論理的に説明できるのなら、

それは論理的で説得力が有るといえる。」

 

 

なぜ、論理的でも無いし、経験もないのに、「そのやり方は間違っている!」と言えるのだろうか…?(世間の常識と違うから?で、その常識が誰が作ったの?と言えば、声が大きいだけの非経験差の肩書だけ在る人なんだよね…?)

 

世の中の風潮に流されているだけの、論理的でない意見に流されてしまうと、大失敗してしまう。これは、肝に銘じておかないといけない。

 

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ちなみに、「そうだよね~、失敗するよね~。ホント、気おつけるよ。」と、曖昧に言ってきた、というのは、生い立ちが、自分の意見を言えない環境だったからだ…。

 

 

こんな性格だから、

 

 

たまに相手が「理解した?」

「じゃあ、何を理解したのか?言ってみてよ!」と切れてくる人もいる。

 

 

そう言う人は、他人が想う様に成らずに、イラつくのだろうけど、

自分に説得力が無いという事実を理解して、受け止めたらいいのに。

 

 

口では理解している様な素ぶりを見せても、理解してくれていないと分かるのなら、

理解してもらえるように、務めらいいのに。

 

 

世の中には、反発して率直に反論出来る人もいれば、上手く反論出来ない人だっている。それは人によって違う。口答えを絶対させない様な人の場所で育ってきた人は、

ついつい癖で意見が言えない。それって人生で積み重ねてきた習性になっている。

 

それにイラついて自分に合わせて欲しいとダダをこねるんじゃなくて、説得できる様な、意見を言うべきだと思う。ただ、曖昧にしているのも、このままでは余り良いとは言えないけど・・・。

 

 論理的に説明できない人間が、怒りでもって人をコントロールしようとするけど、

それは、表面的にその場だけでコントロール出来ただけだ。

 

営業力に付いて

5の価値を100の価値に見せようとする営業というのは、一見営業スキルが有る様に見えるけど、私からすると、全く営業力が無いと感じる。

 

 

5の価値は5

100の価値は100

 

 

として、正確に、ありのままの価値を伝えるのが一番、必要な事なんじゃないの?と思う。口達者で在れば、いくらでも、5の価値を100に見せかける事はできる。だけど、これって、信用は溜まって行かない。1回目なら有りだけど、2回目は無い。

なので、マイナスな営業力と言える。

 

又、より細かく言うのなら、

50の価値を52の価値として言うのと、

50の価値を48の価値として言うのなら、どちらが良いかというと、

 

 

私は、50の価値を48の価値として言う方が、良いのではないか?とすら思える。

この方法は、初めは中々購入してくれないし、一見損している様に思いがちになるのだけど、お客さんが購入してみて予想以上に良いものだったと感じたならば、相当な信用力が溜まると思う。

 

 

私の経験上、思い返してみても、

期待していないで購入した商品が、実は、凄く良いものであった時、予想どうりの効果だった商品よりも、数倍、信頼感が高まった経験があるからだ。

 

また、実際の価値より、ほんの少しだけ低く宣伝している場合、サービスが広まる速度が遅いので、早くにその価値を知った人は、「この商品の良さを分かっているのは、未だ自分だけ」という特別感を味わうこともできる。なので、プラスで顧客に満足感を与えることができる。

 

 

で、話を戻すと、

飾ることなく、ありのままに営業をするとなると、商品開発部は必死で商品の価値を作るしかない。これは開発部隊の責任。

 

すると、営業人というのは、何が仕事なのかと言うと、私は、相手の軸で、物事が考えられる事なのだと思う。相手が欲しいと思っていることを与えられる人である必要がある、と思う。相手の身になって、その人が今、どんな状態なのか?を理解し、そこから何ができるか?とか、聞く、洞察する、という姿勢が徹底して必要だと思う。口達者なスキルより、カウンセリングの能力だとか、そういうスキルの方が、私は重要だと思っている。そして、十分に聞いたうえでの、提案。

 

お客さんが、話たくないのなら、無理に聞き出さない。だけど、推測して、こちらができることの情報をさりげなく渡す。そういうことの方が大切にしたいと思う。

で、そのことに集中することが何よりも重要、と思う。

 

で、そういう営業マンが訪問してくれるのなら、その会社の名前を聞いた時に、喜んで迎え入れたくなる。