トリニティ ヴァルキュリア
<プロローグ/光の消失>
世界は無から始まったとされる。
何も存在しない。生命の息吹も、世界を構成する概念すらも。世界と呼ぶには相応しくない。なぜなら、そこにあるのはただ"無"のみであるからだ。
この発見により、さらに新たな疑問が我々の中で浮上した。
それは、なぜ無界から生命が誕生したのか。そもそもなぜ世界という概念が生まれたのか、という疑問だった。その疑問を突き詰めていく内に、我々は世界創造の原点とも呼べる力を発見した。
世界が生まれるよりも先に創造された、世界創造の源泉。
三種の神器。そう名付けられた、三つの道具。
一つに、"
一つに、"
一つに、"
これら三種の神器の出現により、無界とは異なる新たな世界が構成された。
そして魂杯から生み出され、その世界の住人ともいえる存在を、我々は"神霊"と呼称する。
彼らは世界の全てを掌握していた。それが神霊と呼べる
<
*
現在から
五つの帝都から構成されるこの世界の
太陽は
厚く遮る雲により光量が減った地平の表面には、三つの人影が
影そのものだと表現したそれは、だがそれもまた異なる表現であると言わざるを得ない。本当にこの世の概念そのものなのか? そう疑問を抱かざるを得ないほど、その物体は
そして闇が狙う先に揺らぐ人影は、一つは少しばかり背の低い少年のもので、もう一つは高身長の女性のものだ。少年は澄んだ瞳を濁らせて女性の一歩後ろに下がり、臨戦態勢を取る。女性は少年を守るように一歩前に出て、黄金色の長髪が風で揺れた。誰もが見惚れる美女で、闇を睨むその姿にさえ美しさが滲み出てしまうほど。だがその美しさも、まさに戦場を駆ける
「ふ、はは。久しいな、貴様ら。俺を覚えているか?」
重々しい声を響かせて闇はその形を変形させながら、眼前の敵に一歩足を近づけた。二対一という圧倒的不利な立場の中で、余裕の気配を感じさせる闇の声。その声主は闇を纏い、そして闇を流出させる。この場全体の空気を支配するのは、間違いなくそれが持つ闇の影響だろう。闇の中に埋もれる誰かは紅い瞳を滾らせて、支配領域を徐々に拡大させていく。
「久しい? 貴方に時間の感覚があるかどうか定かではありませんね。無界で力を蓄えていたのでしょう? あそこに時間軸など存在しないはずでは」
「言葉の
「なぜ貴方に可愛げなんか見せなければ? 無意味ですよ。そんなの
「はは、は! 笑うしかねーか!」
女性と闇の対話は、恐らくこの雰囲気から的外れのものだったのだろう。少年はそんな二人を見て、困惑の表情を浮かべていた。きっとその雰囲気に違和感を覚えたこと。そして何より、その場の異常性に気づけたからだ。
無界。女性から漏れたその言葉の真意。完全にという訳ではなくても、少年は少しばかりだがその真意を汲み取った。
「その体から溢れ出てる泥が、無界を構成する闇という物質ですか。原理は分かりませんが、相当な
「ああ、前回は見せる前に逃げてしまったからな。今回は出し惜しみせずに、だ」
「そんな宣言は聞きたくありませんでしたが。貴方のその力は、悪い予感しか促しません」
だから、ここで朽ちろ。そう言わんばかりの彼女から漏れる殺気に、少年は無意識に一歩後ずさった。自分では知らないところで、彼女達には因縁があったのだろうか。少年はそう予感する。
「悪い予感? 当たってるぜ。なにせお前達はここで死ぬ。闇に喰われてな」
「闇が私達を食べる、と? なるほど。貴方の力、少しばかり見えてきました」
「へぇ、これで? いい
闇の奥から現れたのは、女性の後ろに下がった少年と同年代の容姿を持った少年だった。
そこにあった。絶えず溢れ出てくる闇は、彼を守るようにして体全体を覆っていく。
「ひとつ聞かせろ。お前、後ろの
「ええ、何か問題でも?」
「いや。問題って言うものでもない。ただそれじゃあ、俺の圧勝でつまらないと思ってな」
「自身の力を過大評価しすぎでは?
「結構ッ! 気概もよし! 後ろの子供を守るっていうなら、まず先にお前を殺してやる」
言葉に込められた極大の殺意。瞬間的に闇の出力は増し、周囲の
だが、無意味。本能が警鐘を鳴らす。立ち上がるな、対抗するな。動くことさえ許されない。本能が打ち鳴らす
「大丈夫」
女性は優しく声をかける。視線を移さずともわかる、今少年は震えている。彼女の役目は決まっている。たとえその命尽き果てようとも、少年の命を
「ふ、ふふ、ははははははは!
俺の名は『
そうして、
これぞ、始まりの号令だ。今こそ我が願いを成就させよう。
闇は限界を知らず、世界の汚染を
「必ず、守ってみせます。この命に懸けても!」
彼女の願いは
誰かを守りたい。自分より大切な誰かのために。その想いの強さは、無皇の心に秘めた暗闇に勝るとも劣らない。誰かを殺すための戦いと、誰かを守るための戦い。逆ベクトルの意志を掲げた両者は、互いにその属性を高め、
そして―――。
「は、あっ!」
勝負の火蓋は突如として、光の突進と共に切って落とされた。
光の粒子の輝きは、女性の右手を包み込むようにその形を
「はッ!」
一閃。光の
余裕を持った回避行動のまま、無皇は数歩後ろに後ずさる。
「その短剣。無から有を創り出した、か」
「無から有を創り出す? そんなもの、
だからこそ、無皇は眉を潜めた。自身の目の前で、その不可能な事象が引き起こされているから。
「その光は、ふむ、なるほど。理解した」
だが無皇はその真意を即座に理解。一気に攻撃へと転じる。全身から溢れる闇を操り、光の元へ射出する。闇を斬撃の形へと変え、狙うは光の
「光の粒子は"過去"を繋ぎ、その記憶を呼び覚ます。無から有ではなく、過去存在したはずの有を投影しているが正しいか。噂は耳にしているよ、記憶を司る
「光栄だと思いたいところですが。貴方にそう言われても、単なる
「確か
「個人の自由です」
対話の終了と共に、神霊は片方の手に別の武器を
それは短剣ではなく、極東の国に存在した
「なら」
だが、それでも突破口は必ず存在する。
「そこに、突破口はある!」
そう。操作に意志が必要になるということ。そこに致命的な隙が存在する。
「なっ!?」
刹那、神霊の姿は消え失せる。
光の残像は彼女の姿を曖昧にして、
「その闇は攻撃を遮る。ならば、その隙間を狙えばいい。簡単なことです。それほどの速度があれば」
「なるほど。
「あら? 貴方は勝負に誇りを持つ
うっすらと笑う。不気味なほどに。
たった二、三度の攻防に少年は息を呑む。創世記に記された通り、目の前の美しき女性は神の如き力を持つ
「闇に
「受けてたちます」
再び、相対する光と闇が激突する。
蘇る記憶の残滓は闇と激突しては朽ち果てる。闇の侵攻を光の軌跡がその
何もないはずのこの平地が、紛争地域の
「ぐ、ぅ」
「ふ、はは!」
女性はその速度をさらに跳ね上げて、闇の防御網の隙を突く。最初は攻撃を与えることに成功していたものの、徐々に慣れてきたのか、攻撃を捌く頻度が増してきた。刹那に繰り広げられるのは数度の攻防で、そして僅か数秒で無皇はその速度に合わせられるまで慣れを引き伸ばす。跳ね上がりを見せる光の速度に、しかし無皇はそれを完璧なまでに対処する。女性に浮かぶのは苦難の表情。予想を遥かに超える無皇の戦闘経験が、彼女の算段を悉く凌駕する。
神速とも思えるその戦闘、そして鑑みるべき戦況変化。
少年は直感する。この戦闘の決着はすぐにつく、と。
「つ、あァッ!!」
「さあ、もっとだァ!」
そして目の前に広がる戦闘を見る限り、その決着の行く末など簡単に予想がついてしまう。考えるべきではない、それほど彼は心底そう思うのだ。こちら側の勝利を願っているから。
だが現実はそう甘くはない。それを象徴するように、闇の侵攻は止まることを知らず。闇は光を塗りつぶし、圧倒的不利な状況へと押し込んだ。
蘇らせた記憶の残滓は、無残にその光を失う。圧倒的な力を見せつけられてなお、果敢に立ち向かう光の姿。少年は力の込められない身体を心底呪った。拳を握り、歯を食いしばる。
戦闘はいずれ終結に向かう。永遠に続く戦闘などありはしない。しかし少年はその永遠を願ってしまう。負けて欲しくない。だがその願いは裏を返せば、勝利を諦め放棄していると捉えられる。そう思わざるを得ない自分の情けなさを、彼は心の底で笑った。
「どうした。神霊ともあろう者が、裏切り者に負けていいのかよ!」
「黙りなさい!」
「事実だ! 戦況など、たった一押しで覆る。
「慢心、だと。何を根拠に」
「俺に勝てる。そうして立ち向かってきた。それ自体がすでに慢心なんだよ。一個人が、王たる俺に勝てる道理は存在しない」
「例えそうだとしても!」
神霊は今この状況を辛くも真摯に受け止める。
彼女の目的は勝利ではない、守りきることだから。
「私は、負けられない」
そうだ、だからこそ。
己の命を燃やし尽くそう、守るべきものの為。
己を対価にし、命の灯火を輝かせるのだ。
過去を司るからこそ、彼女は知っている。過去の尊さを、そして過去を未来へ繋げる大切さを。自分の命を懸けてでも、守りたい過去があるのなら。
「こんな、もの!」
全身を駆ける光の粒子。その奔流はさらに輝きを増す。これ以上ないほどに、彼女は己を対価とし自身の力を昇華させる。
その天上知らずの輝きを前に、無皇は
「いい、いいぜ。もっと輝けよ!」
金色を彩る光の躍動さえも、この闇はいとも容易く飲み込んだ。
紅に輝く瞳は、血に塗られた宿命。全てを殺すと誓ったその瞳に、迷いなど一切存在しない。
拒絶する、漆黒の闇。飲み込まれたモノは忽ち無に還る。その特性である防御不可能の一閃は、彼女の心臓をしっかりと射止める。
「やめろ、やめろォォォ!!!」
突如として、響いてきたのは少年の激昂。
射出される寸前だった闇を押し止め、無皇は少年のほうに視線を移す。
「どうした、少年。何かあるか?」
「いけ、ません……」
ゆっくりと、その照準を横にずらす。
もちろんその先には少年がいる。そして女性もまた、その直線上へと移動する。
「殺るなら、俺を殺れよ。クソ野郎」
身体の震えは止まらない。思考は俺を押し止めようと警鐘を鳴らす。だが、止まらないのだ。
彼女が少年を守ってくれるように、少年も彼女を守りたい。その断固たる願いが、少年の一歩を後押しする。例えその先に絶望が待っていようとも、少年は怖気付かずにその願いを口にする。
「あァ……」
そして、
「面白いな、てめぇ」
無皇は少年を笑い、
「だが、どれほど強い意志を抱こうとも、定まった運命は覆せない。それを心に留めて、死ね」
少年は自身の終わりを悟る。
無慈悲な言葉に、終極へと導く闇の一閃。少年の心臓を穿たん、と数メートルの距離を一気に縮める。
「く、そ」
少年は悔やむことしか出来なかった。
それしか出来ないこの状況を呪った。
呪って呪って、少年は自身の運命の末路を辿る。
辺境の地で引き起こされる新たな運命。狂い始めた運命の歯車は、世界の旋律すらも歪ませて。その音色を徐々に徐々に、不旋律へと変えていく。
光は闇に葬り去る。微かに残る光の残滓を、少年はただただ追い求め続ける。どんな闇であろうとも、照らし続ける暖かな光を。
初めましての君たちへ。
初めまして。
このブログを開設して初めての記事となりました。
キーボードと対峙して文字を頭で考えながら、今この記事を書いています。
自己紹介欄にて紹介文は書いていますが、ここで詳しく(?)やらせていただきます。
名前は、街角カーテンです。意味はございません。
ただパソコンの目の前ではいつもカーテンがヒラヒラしていた。そして頭に浮かんでしまった『街角』という言葉。それが組み合わされて作られました。意味などございません。意味など、全くございません!
いつも日常を過ごしながら、頭の中ではいつもファンタジーなことを考えています。昔からそうだったからか、最近文字書きに魅せられてしまい、それに没頭しています。特に美少女ゲーム。そのせいか、シナリオライターに目指しているとか。目標は正田崇さん。
基本的に投稿する記事の内容は、小説と日頃の鬱憤です。コメントなどをくれると、異常に喜びます。
趣味は、正田作品や型月などなどのwikiをただひたすら眺めること。これが結構面白いのです。参考になりますし。
作風は自分では表現できません。少しだけ異世界転生嫌いがァ……。だからこそ、今の異世界転生ブームを払拭したい。
(自分で考えた)自己紹介内容はこれくらいです。聞きたいことがあれば、ご自由にどうぞ。文章を書くのにも一苦労な感じです。
こ、細かいことは気にせず、楽しんでいってください!