急がば回れ

停車中の鈍行列車内で私は違和感を覚えた。

扉がいつものタイミングで閉まらなかったからだ。

当然、視線は本から離れる。

視線の先にいたのは3人の老爺老婆。

相当に足腰が弱っているらしい。

車内に乗り込むのにも駅員の補助が必要である。

私の視線は再び本へと向かった。

 

舌打ちが聞こえるまでの一瞬。

 

優先座席に腰掛ける中年男性だ。

停車中スマホを触りながらしきりに老爺老婆を睨みつけては舌を打った。

 

自分の歩み以外に余裕がない老爺老婆が気付くはずもない。

4席ある優先座席に座っていた3人の若い男女が席を譲ったところで電車は再び動き出した。

 

老爺老婆の行き先は終点〇〇山、約1時間強の旅である。

この列車内の光景に妙に気を引かれたのは私だけだったはずだ。

 

中年男性には「回るなら急ぐな」、老爺老婆には「回らば急げ」と言ってやりたい。

 

そんなことを考えていると数学の逆裏対偶に似た発想が浮かんでくる。

 

故人はことわざの逆、裏、対偶を検討して推敲したのかなどと考えながらバイトに遅れそうになる私にも言ってやりたい。

「急がなくとも回るな」、裏である。