日記

にっき

現状の考えの書き出し

・独立したいとは言ったが知識もなく、準備もしていない、蓄えもまだ足りない。数年は会社員として耐え、当面の生活費と副業を膨らませる

 

・なので正社員として給料のぶんは働いてやり、なるべく自分の時間を増やせる方法を模索。その上で副業を始める

 

・実際副業の形態は転売、システム開発、ネットビジネス、コンサルタントあたりっぽい。他にも探すが現状ゴロゴロしたいことを踏まえるとネットに関係してパソコン上で完結できるのがいいかも

独立する場合発信や営業のスキルがいるらしいがこのグダグダなブログで分かるようにそんな力はない

 

・生活スタイルとしては実家に住み着くか都内のやや郊外で一人暮らしかシェアハウスか。好きなように読書、音楽、映画、インターネット、銭湯あたりを楽しめれば満足かも。目標は「一生遊んでゴロゴロする」

 

・たまに旅行行きたい、国内外問わず。数人くらいで年に2~4くらいの頻度

 

・ガンガン稼ぐってよりは週休を増やしていく生き方がしたい。週5で働かされて2日しか休みがないなんて許せない

 

・やたらフリーランスが喧伝されるのは何か裏がある気もするから探り続けたほうが吉

 

・自動的に収益が得られるような仕組みを作ったうえで時代に合わせて色々取り入れて恒久的にだらだらしたい。投資も視野に入れるべきか

 

・キーワード「セミリタイア」「金に稼がせる」「一生ゴロゴロ」「収益の自動化」「手に職をつける」

 

・ぶっちゃけ社会人マジで向いてない。年上に気遣いしたり媚売ったりができない。

 

・何かいい考えを授かれる人脈はほしい。ただこっちから提供できる何かしらの価値が必要。

 

・前回も書いたけど今の会社は信用ならぬ。3年くらいで他の会社移って独立をまた目指すテもある。ただスキルが得られ為そうなので独学で英語、会計、プログラミングあたりを得ないと無理かも

 

 

すぐに始められそうなこと→まず会社以外で1円でもいいから稼ぐ経験を作る。アフィのセルフバックでもいい。

 

 

 

工場に囚われて考えたこと

就職してから4か月が経とうとしている。

 

4月、労働と会社に絶望する

研修で工場に入れられすぐに思った。働きたくない。だるい。

 

会社が嫌だとか条件がどうだよりも、今後生きていくうえであらゆる自分の時間がこの田舎の三流企業のために体系化され、費やされて死んでいくことに果てない恐怖と絶望に包まれた。

 

生きるために働くのではなく、働くために生かされているような感覚に陥った。特に養う家族もなく、性格上結婚や家庭も持つ可能性は薄く、会社でやる事業内容には一切興味がわかない。

それでいて一日に8から10時間を労働、それ以外の時間は労働のための準備に費やされる。

 

なんだこの末路は。改めて自分の就職活動は完全に失敗したことを認識した。

 

 

5月、転職を考える

 

5月に入り大学やゼミ、サークルの同期たちと顔を合わせる機会が何度かあった。

 

その中には僕のように劣悪な工場に放り込まれたド三流企業勤めなどおらず、

 

・まともに研修を受け社会人の素養を養う者

・地方公務員としてほどほどの労働、ほどほどの稼ぎ、20日フルの有給休暇を得る者

・まだ学生を続ける者

 

など、少なくとも僕よりは心身に余裕のある人生を歩みだす者が大半だった。

 

ここで安直に僕は思った。「もうちょいマシなメーカーか公務員に転職すればいいんじゃね?」

 

このあたりから転職サイトや公務員受験サイトをチラチラと見始める。

 

 

6月 組織に絶望する 一生遊んでゴロゴロしたい。

 

工場でせっせと働きながら現場の人々や休憩所の人々との交流で、勤め先を

 

「アホな無能しかいない、時代遅れのやり方の、いてもスキルは身に着かない、競合には完全にシェアを奪われ、市場も縮小する業界にいて、新技術への対応も怪しく、今年に入ってからV〇kersの投稿が急に増え、残業も予想より多い終わっていく組織

 

ではないかと疑い始めた。

 

 

7月、激怒。

会社への絶望感を強める事件が二つほどあった。書くとたぶん身バレするから避ける。

 

 

そこから三か月くらい少しずつ考えたこと

 

完全に勤め先に失望し、社会を論じた本、サイトを2か月ほど読みこみ、出した結論は

 

「終身雇用など、会社が個人を守り、それに社員が応える形は経済が成長し続ける前提のものだった。だが経済は停滞しそのモデルは崩壊の一途、企業に人を育て、守る力がない今、個人で戦うスキルが重要になる」

 

「公務員は安定が何よりのメリットであったが、人口減少で自治体そのものが弱っていく可能性、そしてAIなどの発達で置き換えられる可能性がある職種」

 

 

がだった。

 

つまり、

 

 

 

民間企業に転職しようが公務員に転職しようが安泰の未来はもうどこにもない。

いま経営が盤石な企業でも数十年後、また定年まである保障はもうない。そのへんは検索をかければいくらでも事例はある。山一証券鈴木商店なんかも。

 

この状況の中であることを考えた。

もうこんなクソな資本主義に蝕まれた社会にいたくねえ、はたらきたくねえ、ゴロゴロしてえ、働いたら負け、雇われてる奴は全員負け。

 

 

これだ。もう会社や自治体が庇護してくれる前提が怪しい今、雇われから抜けて個人で生きていくしかない。そっちのほうがゴロゴロできて可処分時間も増えそうだし。

 

 

結論

独立したい

 

ここ3か月の概要 花粉に目と鼻が侵される

3月に入り諸々が多少落ち着いたので記録することにした。

 

って思ったら手帳がどっか行ったので覚えてる限りで簡略化する

 

記憶の限りいった銭湯

 

湯屋敷孝楽(温泉ないけど設備がととのってて安い、暗室の風呂すき)

spa herbs(大宮・宮原らへん、休憩所が超強い)

さいたま清河寺温泉西大宮雅楽の湯系列、ぬるめの源泉つよい)

よろづ湯(吉祥寺、熱くてボロイ)

光明泉(中目黒、内装超きれい、運がいいと露天いける)

1月

昨年末から暇さえあればバーチャルユーチューバーばかり見ており、卒論そっちのけでひたすら布団でyoutubeばかりみる生活が続いていた。

 

髪が伸びており卒論やCLに備えて高校生以来のかなり短い髪型にした。

ちなみにそのせいで2月の中ごろから左の側頭部がハネまくっており数々の写真が酷いことになった。

 

1月の末は卒論に追われたわけだが大学生活で昼夜逆転を起こしたくせに大学図書館は昼間でなければ開いていないという困った事態に突入した。

 

そこで強制的に朝からの活動を自らに施し、朝の7時や8時には大学やその近辺の喫茶店で文献をあさりPCを叩いた。これは正直体に悪く、昼以降には完全に活動できなくなったりゼミと卒論以外の科目から完全撤退する羽目となった。

 

卒論は目安の字数には3000字ほど足りなかったが面倒になり切り上げた

2月

 

2月の頭に卒論発表があり、そこでなぜか教授から褒められた。2年間のゼミ生活でほぼ初体験であった。陰謀論的な西欧批判が先生のツボだったのかもしれない。

 

それから前述の強制朝活のダメージでしばらく寝込んだ。おかげで書類を出し忘れお電話が来るなどした。

 

それからは通勤車を探しつつライブの準備をすることとなった。

 

ライブの準備中は拘束時間の長さと会場のアクセスの悪さで充分な睡眠がとれず、日に日に自分も周囲も消耗し、本番前日や直前にはわけもわからず落涙する者が続出するほどのカルトっぷりだった。嗚呼恐ろしや。

かくいう自分は隙を観ては一人でソファで寝まくり遅刻や下痢を繰り返すなどした。

 

期間中に2軒のラーメン屋を開拓したが味噌ラーメンの方は春には閉店するらしい。無念。

 

本来2月の末にはゼミの旅行にいくはずであったが出席を出し忘れたこと、体力的な余裕が見込めなかったことで断念した。追いコンで耳にした話だと苛烈な飲み会が敢行されたらしく行かなくて正解だったかもしれない。

 

3月

大学の卒業が確定した。浪人も留年もしなかったのは我ながら驚いた。

 

新人の全国大会をみて考え込み頭が疲れるなどした。アカペラってむずかしい。

本格的に運転の練習を始めたが中旬の今になっても駐車ができない。本格的にまずい。

 

サークルは卒業した。実感が出てくるのは来月あたりだろう。4年間をここに費やしたのは正解か否か。

 

その後同期男で台湾へ旅行へ行った。12月にゼミ同期で行った際とは異なり台北九份など日本人らしい観光であった。夜市やマッサージ、台湾料理とビールを楽しみ、コンバースを買ったりなんかもした。火鍋とアルコールで途中胃腸が地獄をみたこと以外はよい旅だった。

 

台湾の歴史への理解が浅いことを実感した。なんかいい本ねえかな

 

 

この日は北部まで運転した。工場とスーパーとコンビニ以外虚無である。

からのゼミ追いコンである。酒がうまかったが二次会でつぶれたきがする

 

そしてこの追いコン中に突如誘われる。

 

 

なんやかんやで翌日三崎と横浜を観光することになった。二日酔いでバスや長時間の電車はキツかったが飯はうまかった。三崎や三浦のあたりは完全に京急が牛耳っていることがよくわかった。

この日あたりから花粉がかなり強くなり、未だに家から出るのが怖い。

 

このように3月頭は珍しいことにスケジュールがたてこみ、昨日から静養期間としている。下旬はどうしようか。

 

 

 

 

 

 

江戸川橋周遊録

ついに年が明けてしまう。

 

このまま順調ならばあと三か月足らずで大学を卒業することになる。早いものだ。

 

今回は所用の打ち合わせで江戸川橋へ赴いた。なんでも学生会館が閉まっていたためらしい。なんともアホくさいが独りでぼやいても覆るまい。

 

あと5分起きるのが遅かったら寝坊するところで目が醒める。

年末に買ったユニクロのシームレスダウンとポーターのバナナショルダーを引っ掛け走る。

 

池袋で有楽町線に乗り換えた際、売店で「日比谷線」と勇ましく書かれたシャツが売られていた。メトロ共通か。

 

程なくして会場に着き、もろもろの打ち合わせを行う。メンバーの思い入れが強すぎて理解が追い付かぬ。あと寝癖がひどくてニット帽が外せぬ。

 

(後の私のために補足しておくが組んでいる一部のメンバーが特定のアーティストへの思い入れが強く、それに迎合しないことで私は日々糾弾されている。まあ私が決まったことにいつまでも従わぬ阿呆という捉え方が最も的確、客観的だが気が乗らぬもんだから難しい。)

 

今一度話への興味も理解も枯渇しているので打ち合わせの最中は帰路をどうするかに思いを馳せていた。

 

話し合いが終わるといの一番に部屋を出た。

 

メトロで定期が利く区間まで歩く方策だ。このあたりは駅も多いので苦労もなかろう。

 

途中で神楽坂近辺を通った際に「龍朋」なる中華屋の存在を思い出す。ゼミ同期やサークルのOBが足しげく通う都内でも指折りの名店らしい。なんでも炒飯が素晴らしいとのこと。江戸川橋近辺の大手チェーンには目もくれずズカズカと歩く。ダウンとスニーカーと小さなショルダーという装いが功を奏した。

 

店には明かりの一片も灯っていなかった。まだ年始早々であるし妥当か。

以前神楽坂へ来た際も寄ったのだが気乗りせず店頭から去ってしまったことを猛省する。

 

 

こうなれば大学目指して歩き、近場の学生狙いの店を狙うか。

歩く、歩く、少しすると講堂と大学らしき影が見える。想像以上に近い。

 

途中で「マクナカ」や「吉田チキン」「GOSSOU」の存在を思い出すも全て暗かった。無念。

 

途中で方向転換し都電方面に切り替えてみる。ガンテツは妖しげな暗さだったので避ける。

 

ついに安寧の地、アブラ学会にたどり着いた。煌々とライトが輝くので間違いなく営業している。いつ休んでいるのだろうか。

 

気が付いたらW盛800円の食券を手にしていた。いいかげん会員証を作るべきではなかろうか。

 

うーん、この確実に蝕まれる感触がたまらん。

 

ふらふらいつもの道を帰った。電車でよく眠れたが寝過ごさずに済んだ。

 

帰ってから夕飯をしっかり頂いてしまい体重が70キロ近くになっていた。ろくに運動らしい運動を4年はしていないのにこれである。随分と肥えた。

 

この駄文を連ねていて自分の語彙の薄さが身に染みた。読む行為を怠った結果か。

 

 

 

 

 

マゾ脳   なぜかさっきからビートルズ聴き始めました

 基本的に交友関係が健全な人間に比べると狭いので予定というものがほぼない。

 

なのだが学祭の準備であったり旅行の計画が立ち上がり、キャパシティが危ういことになっている。

 

ここで気付いたのだが脳や体にはある程度の負荷がかかるように生活していないと一気に人間は衰えるのだ。鍛えなければ頭も体も強くはならぬ。

 

そこで考えた。ある程度負荷のあう生活は如何様にて実現できるか。

 

まず自己研鑽に活用できる時間を捻出するところからだろう。

無駄に携帯(どうもスマホという言い回しがしっくりこない)をポチポチする時間が長すぎる。

内容もしょうもないウェブサイトやどうでもいいコメントやレス、動画の視聴に費やしてしまっている。情報収集の質がきわめて低い。

 

これらをニュース閲覧や読書に充てていくだけで知識や読解スピードは飛躍的に向上するだろう。入学してからほとんどやってないし。

 

時間の管理、を他でも考えてみると生活リズムが不規則になっている点もある。

夜眠り、朝起きる。就寝前と起床後に手帳で予定を確認するだけでもだいぶ違うであろう。

 

とにかく無意味な消費をやめ、まず自分に必要なことを考える時間を作る。そして実行に移す。

 

 

 

9/23

7限が五人だけだったのだがまあひどかった

トップの音域測定は謎、アレンジも疑問点が残る。リアレンジをすると買って出たが案は浮かばない。楽典の知識もなく打開策がない。あと俺がめちゃくちゃ音感悪い。

 

和音がならない。声自体は悪くないが厚みにかけ、魅力がない。発声、アレンジ、表現、どこをどう切り取ってもまずいのだが解決できない。コーラスワークに関してはとことん弱い。上に学びに行こうとしなかったヨワサがここに出ている。

 

自分に足りないと感じた点はすぐにでも教えを乞うべきだった。マジで一つ上は仲が悪いまま修復できなかったことが心残りであった。

書き忘れた日記もろもろ 治りかけの風邪は咳が出る

9/14 記憶がない。youtube相席スタートの漫才を見ていたらしい

 

9/15 昼から上福岡の図書館に行くも全然エアコンが効いておらずキレそうになる。大学生活を通じて活字が読めなくなっていたことに気付く。途中で飽きてヨーカドーんpフードコートでポテトを食べて帰った。バイトした。

 

9/16 全体会がかなり好みのガムシャラバタフライだったのに行き損ねて無念。練習して焼肉食べて帰った。ちょっとおごってもらったありがとうございます。

 

9/17 ブックオフの通販で注文した楽譜や漫画が届いた。楽譜をスキャンしようとしたが家のは性能が悪く、台風でコンビニにも行けず断念した。

寝る前に焼き鳥を食べつつウイスキを合わせることとした。なぜかウイスキにキリンレモンを混ぜてかなり甘くなる。そのままリビングで寝込んだことが悲劇を呼ぶ。

 

9/18 寝起きから口の中がめちゃめちゃ苦く、そして喉が痛い。食事の約束があったため向かう。食事をし、店を見て回り別れ、一人でシチズンの1000円ほどの安い時計を買う。大宮によって服を見るも秋服の正解が分からず何も買わず帰る。

 

明日が朝から練習なので泊まらせてもらう。のどがめちゃめちゃ痛くいろいろやったがよくならない。 上裸で寝てた。

 

9/19 起床。寒さのあまり布団にくるまり寝ていた。しかし上裸。なぜ脱いだ。

午前中は提出用の動画を撮るがほぼ声が出ない。

 

午後は中野でボルダリングに興じた。同行した二人に比べ圧倒的に筋力と機転で劣る姿を存分に見せつけた。

帰り際に指が動かなくなった。

わざわざ飲みを断りバイトに向かうも電車内でガンガンに発熱し寝込んだ。しばらく寝た。親に茶漬けとスポーツドリンクを運び込んでもらいスルスルと飲み込んだ。鼻水が止まらない。

 

9/20 熱は下がったが今日も録画である。しんどいなあ。

熱は下がり喉の痛みもある程度引いたが思うように声が出ない。鼻水も出るし。

録画はなんとかできたが出来はひどい。再挑戦しよう。

 

ボルダリングの筋肉痛でスナップが打てなかった。

 

9/21 男声カルテットの練習であった。体調悪いのにどんだけ練習しとるねん俺

俺が一番ピッチが悪いでござった。難しいがなかなか楽しい

CL出してみたかったがキャパがやばいらしい。企画でいっか。

 

ボルダリングの筋肉痛が肩にきた。日に日にひどくなる。

 

9/22 ひるまでねてた 筋肉痛がましになった。

喉の痛みはかなり引いた。声は出ない。鼻水は出る。痰の絡んだ咳がたまに出る。

 

ワックスを切らしていたのでドンキまでチャリでいこうとしたら雨が降った

ので近所で済まそうとした。高いので断念した。