darupen_darupenがただ好きなモノを語るだけのブログ(darupen_darupenがただコレクションを羅列するだけのブログ、改題)

当方が愛するこもごもをランダム且つ気まぐれに電脳の海の片隅でひっそりご紹介。のはずが何か違う。

俳優久保和彦氏。第四十四部(出演作追加)

北畠公の御加護か、またも新情報が電脳の海に出現した。しかも立て続け2件も。(※1)

・TBS聖子は鳥になった1986.6.4/セールスマン(※2)

テレビ朝日大都会25時1987.4-9/記者(※3)

テレビドラマの出演情報は文学座史からは得られないため、此れはかなりの僥倖と見るべき案件である。

この頻度だと、舞台を踏んでない時はほぼエキストラで引っ張り出されていたのでは、と思われる。その場で台本渡されてすぐ本番、は現実的ではないのだから、多分ご本人的には出ずっぱり。思った以上に重宝されていた、なら嬉しい。(※4)

さて、今回の作品、TBSの方は然もあらん、として。

テレ朝に帰還を果たしていたとは、もう朗報以外の何物でもない。しかも刑事物。これで、時代劇以外コンプリート。

実はこの大都会25時、結構いろいろな顔ぶれが楽しめるのだが、特筆すべきはポー様がゲストの回があること。(※5)

そっちか、そっちから来た話か、とひとり盛り上がったのは秘密である。

ただ、我が最推しのゲスト回が現時点で不明なので、もう少し探って見るとしよう。

 

※1/一願一遂がモットーの神様である。

※2/ヤフオクの画像から判明したと言う、ものっそい棚ぼた案件。

※3/此方は、ある日突然Wikiに記載が出現。

※4/現場的には最高難易度の東映特撮レギュラーと言うのは、それほどに特訓の場、なのである。カメラ位置が照明がカット割りが天気待ちが、分かると分からないでは使う側としては天地の差なのだ。芝居は問題ない上にその辺も飲み込んでいるとなると、使わない選択肢はない。

※5/大都会25時 第6話「女ライダーを狙う変装警官! 人妻不倫殺人事件」(1987年、ANB)

 

 

俳優久保和彦氏。第四十三部(深夜にようこそ第4話その2)

 

さて。シナリオと逐一つきあわせてみた。

シャイダーの時は全く一言一句違わず再現していた科白回しであったが、今回はかなり様子が違う。

細かいやり取りが削られ、結果として話運びのテンポが上がっている。本人の演技プラン云々と言うよりは、演出上の変更と見るべきか。

それに付帯して、台詞に乗せる感情にかなりの変更が加えられている。

シナリオでは一貫して、少し斜に構えた、何処か小馬鹿にしたような、理屈っぽい落ち着いた物言いをする青年Cは、久保氏により、日々のやりきれなさを何とか自分の中で誤魔化しながらやり過ごす、ずいぶんと大人な男ではあるけれど、ごくごく普通な若者として描写されたのだ。「大したことじゃないじゃない、そう思うなあ」の一言に、俺たちだってそんなこたわかってんだよだけどどうしようもないんだよそんぐらい分かれよこんちくしょう、の焦燥感、諦め、苛立ちを乗せてきたのである。

これにより、サニー千葉の落ち着いた、しかし有無を言わせぬ説得力のある科白回しがより際立つ構図となった。シナリオのイメージそのままやると、落ち着いた同士の言い合いになって、メリハリに欠けるのだ。

此の撮影に、どれだけの時間を割けたのか分からない。が、サニー千葉のスケジュール自体、そんなに余裕はない筈なのだ。とするなら、かなり圧している時間の中で、それだけの演技プランを瞬時に組み立て、演出の意図に沿うと言うのは。

新劇界の東大、其処に所属するだけの事はある、見事な芝居だと、感嘆するのみである。

なお、此のシーンの最後、サニー千葉との対峙が、時の氏神たるトボけた客の来訪のおかげで強制終了する。その緊張からの解放を、久保氏は小さな肩の上下で表現しており、あんな一瞬の演技、録画でもしてない限り誰が見るねんレベルの繊細なもの。

そんな演技が出来る役者に、手ぬるい征伐有るのみ!みたいな脳筋演技を△は要求したのであり、そしてまた、それに見事に久保氏は応えたのである。なるほど、此方の演技が本来のものだとすれば、そりゃあの一年はオーバーアクトでなければ乗りきれない。(※)

 

※/そして、そりゃ黒歴史認定も宜なる、かな。あんまりにも得意とする演技と温度差がありすぎる。

俳優久保和彦氏。第四十二部(深夜にようこそ第4話)

 

とうとう、ヘスラー指揮官どのではない彼を見る機会が、到来した。(※1)

以前書いた読みがビンゴであった模様。ボイサーとまさひこに喧嘩を売るチーム新人営業マンの一員。(※2)

これで、シナリオ精査が可能になった。じっくりと対比作業をさせて頂くとしよう。(※3)

 

※1/所謂「非日常ではない」演技。しかし此の貫禄、新人営業マンのそれではないな。百戦錬磨のそれだろ。

※2/ボイサーの近くに居るもんだからカメラに収まりまくっている。+台詞もそこそこある。おかげで、目線やら口許やら、細かい演技が見放題。

※3/多分これもまた、一言一句違わず発していらっしゃる、はず。

初春夜更けの独り言。

悪い人ではない、のは分かる。

芝居から身を引いて尚、40年以上も劇団関係者や作品関係者と繋がりを保っているのだから。(※1)

ただ、彼にとっては、ファンという存在は重要性が低いというか、要らないのだ。(※2)

演劇に社会的な役割を求めた彼には、観客を喜ばせる芝居、ファンを獲得、名を売る等と言う概念はさぞかし陳腐なものに映っていただろうことは想像に難くない。実にリアルシング(1986)の辺りまで、演劇の娯楽性に目を向けていなかった節があるのだ。(※3)

テレビドラマにもかなり出演していた師匠江守徹氏だ、彼のその一途な危うさには気づいてらした、だろう。だからこそ自分の手元でとにかく挑戦をさせたのだ。そう考えるとミュージカル抜擢もしっくり来る。(※4)

彼が「徹」と親しく呼んだ俳優とは、売れたい、稼ぎたいと言う欲求も含めて、抱いていたものが全く異質であるのは此の生真面目さ、ゆえなのだろうなあ。(※5)

 

※1/チームフーマとの繋がりは言うに及ばず、文学座の先輩同期後輩が泊まりに来る環境。文学座退座が88年12月なので、其処を起点にしても36年仲が良い。研究所所属から数えるなら実に44年。

※2/咄嗟の場面で他人の振りをするのは無論のこと、その後國米氏との会話で当方のことを「マニア」と呼称したのがいよいよその推測を強固にする。自分のことが好きで声を掛けてくるファンがいる、という思考が端から欠落しているのである。つまり彼的には、当方は特撮マニアだから演者たる己に声を掛けた、と言う認識でしかない。

※3/その娯楽性故に演劇は社会的な役割を果たすツールとなり得る、のだが、どうも、彼にはその側面は取るに足らぬものだったらしい。

※4/下手をすると、本人が一番黒歴史と認識している唯一のレギュラー配役も、師匠の肝いり、なのやも知れん。殺陣は素人な彼があの役についたのは、勿論演技力の高さもあるのだろうが、劇団側のプッシュがあったとすれば、それもまた、辻褄は合うのである。

※5/同期にして七曲署に勤務し、舞台マリウスで主役を張って、話術も司会術もナレーション術も磨き、彼より7歳も若い歳で彼岸を渡った国民的俳優を、彼は今尚、何の気負いもなく、徹、と呼ぶ。

切り替えよう。

あたしが生きている間に。

手を伸ばせば触れるほどの距離に。

お顔を目視し、お言葉を直接賜った。

例えそれが全否定のそれであろうとも、あたしはそれを糧に残りの人生を歩む。

願わくばあなた様の預かり知らぬところで、あたしが好きでいることだけ、お許し頂きたく。