Changeling

3:北へ

 「ところで、どうして北へ?」

 「雪…見たいから…」


 コルグの街は温暖な気候で、雪はめったに降らない。最後に降ったのは10年以上も昔のことだ。北の方には、ずっと雪が降り続ける街があるらしい。

 「雪ってどんなのだろう」

 「覚えてないだけ…アーシルが孤児院に来た日は雪が積もるほど降ってたよ…」


 セアはその光景を思い出しながら、うっとりとした顔をしている。アーシルは、セアから何度もその話を聞かされている。

 「セアがそこまで言うなら、よっぽどすごいんだろうね」

 「うん…きれいだった」


 セアにとっては、雪はアーシルを運んできた特別なものだった。それだけに、アーシルが覚えていないのが悔しくもあった。


 「アーシルも雪を見ればきっと思いだすよ…」


 セアはアーシルににっこりと笑いかけると、とことこと歩き出した。アーシルもセアに続いた。



 孤児院で、アーシルとセアは兄妹あるいは姉弟のように過ごしてきた。

 アーシルにとって、セアは命の恩人らしかった。雪の降る夜、孤児院の前に捨てられているのを見つけてくれたそうだ。

 セアにとって、アーシルは孤児院でできた最初の友達だった。引っ込み思案であまり他の子と話せなかったセアだったが、雪の中助けた少年を成り行きで世話をしているうちに自然と仲良くなったのだ。

  それ以来、いつも一緒に行動してきた。あまりにも一緒に行動していたので、孤児院は、同じ日に旅立てるよう、二人が同時に15歳を迎えたことにしてくれたようだ。二人の正確な年齢は、本人達でもわかっていない。

 

 

 また、孤児院は、二人がコンビを組まなければならないとも考えていた。

 

 

 アーシルがまだ幼い頃の話になる。

 硬すぎるあまり、大の男がハンマーを全力で叩きつけないと割れない、竜神クルミという木の実がある。ある日、孤児院のシスターは、アーシルがこの竜神クルミを、卵の皮でも割るかのように手で剥いて、その実をセアに手渡して食べさせていたのを目撃した。アーシルには、生まれついて異常なまでの馬鹿力が備わっていたのだった。

 また、別の日のことである。シスターが目を離した隙に、アーシルが5メートル以上はあったであろう木のてっぺんに登ってしまったことがある。鳥の巣の中にいた雛を見ていたのだが、運悪くそこに親鳥が帰ってきた。親鳥の怒りを受けたアーシルは、バランスを崩し、頭から落下したのだ。この瞬間を目撃したシスターとセアは、アーシルが死んでしまったと思い、悲鳴を上げながら駆け寄った。しかし、アーシルはたんこぶ一つ作らずにケロッとしていた。

 

 アーシルの通常では考えられない程の力と頑丈さに、孤児院は色めき立った。アーシルは、コルグの街に名を残す最強の傭兵となるのではないかと。

 

 しかし、孤児院の期待はすぐに打ち砕かれた。

 

 アーシルは魔法が使えなかったのだ。

 傭兵としては、いくら身体能力が優れていても致命的な欠点だ。

 

 魔力がないわけではない。魔力を込めて、魔法を形成する過程でどうしても拡散してしまうのだ。魔法に通じた者を何人も呼び、様々な方法を試したが、結局最後まで魔法が使えることはなかった。

 

 孤児院の者達は、口にこそ出さなかったものの、期待がはずれたという雰囲気になった。

 

 

 ここで、セアが奮い立った。

 

 アーシルに勝手に期待して、勝手に失望するのは許せないと。アーシルの身体能力はもちろんすごいし、魔法だって今は少し苦手なだけだ。魔力がないなら使えないのかもしれないが、形成の直前まではできるのだ。コツさえ掴めばできないはずはないんだと。

 シスターは、コルグで一番魔法が得意な先生でもアーシルに魔法を使わせることはできなかったのだからやっぱり難しいと思うとセアに伝えたのだが、これがさらにセアをたきつける結果になった。

 それじゃあ、セアが誰よりも魔法を得意になって、いつかアーシルに教えてあげる。それでみんなに、アーシルが本当にすごいってことをわからせてあげるんだからと。

 

 そこからのセアの努力は目を見張るものであった。

 魔法の本を片時も離さず読み漁り、そして実践につぐ実践を繰り返した。

 孤児院で、セアに魔法の実力で並ぶ者がいなくなった頃には、コルグで一番魔法が得意だという先生をつけてくれるまで離さないとシスターに昼夜を問わずしつこく付きまとった。1週間ほど連続でシスターの枕元に立ったころには、ついにシスターも根負けして、セアには専属の魔法教師がつくことになった。

 

 この魔法教師がセアのあまりのストイックさに音を上げて逃げ出したころには、セアの実力は熟練の魔法使いと遜色ないほどになっていた。ただ、魔法に傾倒しすぎたため、武器を使った近接戦の成績はパッとしないものとなってしまった。

 

 

 アーシルの方はというと、普段人見知りがちで大人しいセアが自分のためにそこまで努力してくれていることに感謝した。

 セアの期待に応えようと、毎日毎日魔法のトレーニングを欠かさなかった。また、加えて自分の長所を伸ばすことも忘れなかった。セアが自分のために魔法の訓練に明け暮れ、近接戦がおろそかになるのであれば、自分はセアの剣や盾にならなければならないと思ったからだ。

 

 こうして、二人は互いの欠点を補い合いつつ、自らを高め続けた。

 二人が15歳になる頃には、魔法が使えないことや近接戦が苦手なことで、劣っていると思うものは誰もいなくなっていた。

 孤児院の誰もが二人の実力を認めることになったのだ。そして、二人が一緒にいることで、さらに強くなっていくであろうことも理解した。

 

 

 「アーシル…15歳には間に合わなかったけど…きっとあなたが魔法を使えるようになる方法をみつけるからね」

 

 セアはぽそりと小声でつぶやいた。