文庫と、ケータイ小説

岩波書店の「デミアン」で、驚いた!

時代で、文字サイズが違うよ。
1995年の¥310 辞書なみに、小さい。
最近の¥693 フツーの小説より、大きい。

そりゃ、大きいのがいい。
ケータイ小説みたく、
すらすら読みたい。

そしたら、kindle版あるらしい。
「デーミアン」とか、タイトル変えたし。
新翻訳だから、
いろいろあるみたい。


読んだり、話してくれたり、だと
カンタンなのにね。

例え、と、ことば

ブログのコメントを書いて、
本や映画に例えてるのに気づく。

それは、漢字のように、
「知ってればピンとくる」もの。

だから、見た人に伝わるか、
相手まかせ。

でも、
感覚だけは、見ないといけない気がする。
興味もたれたら、
そのタイミングでも、いいし。


素直なことばに触れると、
なんだか、そんなことを想った。


映画「スワロウテイル」と、
チャラの主題歌「スワロウテイル・バタフライ~愛のうた」
を、ささげる。

異なるデミアン

あのブログを見る前に、
気持ちを整理しに行った。


そこは、大型書店。

デミアン」には、何種類かの翻訳がある。
原典はドイツ語。
新潮社版と岩波書店版が、並んでた。


昔、
読んだのは前者。
薄い気がしたが、240Pはある。

後者は、やや分厚い。
表紙も、イラストなし。
でも、読みやすい。

明治みたいな、まわりくどい文でなく、
マンガのセリフみたく読める。

発見だった。


視点と、土台は決まった。

さあ、行こうか!

世界を知る、キッカケに。(「デミアン」を片手に)

キッカケは、ツィッターだった。

「このネタ、何だろう?」
軽い気持ちで、クリック。

あるブログに着いたけど、予想外の世界が広がっていた。

「低所得の世界」?
デジタル・デバイド?
教育崩壊?

常識が、崩れそうだ。

不良とは違う、未知の世界が、
そこにはあった。


日本の現実なのか?
ケータイ小説なのか?

リテラシー(分別)を脇にやり、
まず踏み込んでみよう。

混沌の先に、何があるのか?

生の感情?

まだ、戸惑いの中に、僕はいる。