ウシジマ感想、twitter:@dokubutu__

獅子谷兄弟回を喋る

獅子谷兄はシャブ中だった。

恐喝材料の駄目押しキメセク動画を撮るのに必要なだけ、切れ目で身体が重いはヤクザに儲けを寄越せとたかられない為の口実、そもそもあんないい腕をしていて、ひとりで一から縦社会を築いた器の男がシャブ中なんてご冗談!と穿りまくっていたけれど、薬炙って注射器でがっつり入れてるようだし、ひとり膝を抱えて丸くなっていた。それが事実だった。いや寂れた温泉旅館の土産物のようで可愛いらしいこと…(あのバルクアップ、というか腕、シャブの効き目に集中して鍛え上げてきたのか?)
それはいいとして、獅子谷兄弟のやりとりで明かされた家庭環境と獅子谷兄の暴力と偏執なまでの疑り深さ、薬物の常用には一過性があるように思えるし、この男を滅ぼすのはきっとクスリなんかではないのだと改めて思い知らされた回だった。
 
まず家のこと。獅子谷家は貧しい家ではない、あの地元にあっては…というよりむしろウシジマ・アウトローきっての裕福な家の出なのではないかとは前々から思っていた。ここは一般論ではなくこちらの家族観に過ぎないので真に受けなくてよいけれど、歳がいくらか離れた兄弟がいる家はバースコントロールがしっかりしているというか、それは親の暮らしに余裕がなければ為しえないことであって、引き合いに出しておきたいのが勢いのあったころから実家が裕福とはまったく言い難い鰐戸家、獅子谷兄弟は丑嶋・滑皮らへんの世代を跨いでるので四~七歳くらいの開きがありそうだけれど(→写真だと双子でも罷り通るのでは…ってほど年齢差が感じられないけど甲児の体がでかいんだと思う)あの三兄弟はそういくつも歳が離れているように見えないし、極端に言えば親が稼働してない家ほどセックスしかやることなくて二年ぐらいでぽんと次の子どもができてしまう…ということで
兄弟いわく「頭のおかしいクソ親父」は校長だし、なかなかすっきりしていて(ウシジマに描かれる貧困家庭にはとにかくごちゃごちゃと物が多いけれど獅子谷家はそうではない)立派な実家だったし、弟は高等学校に行っている?(か、どうかはわからないけれどインターハイの関東大会に出場ということは現役ということではないのかな)(シャブやって地下格闘技で大乱闘の悶主陀亞~ではなく喧嘩のできる健全な不良、といったところで一安心)それに貧困のさなかにあったら子も親の財布から金盗もう!ってならなそうだから、そこそこの環境だったと言えそう。
 
それで、その「頭のおかしいクソ親父」は息子にたいして手荒な折檻を行っていたらしいけど、ネグレクトじゃなくて教師らしく凝り固まったエリート街道志向や絶対の教育論を我が子に押し付ける毒親だったのだろうね。今でも兄弟の写真だとかが飾られているし(しんどい)口は出せなかったけど兄弟のことかわいがってた親族もいたのでは…
物語仕立てにして考えてみるけど、恐らくこの「クソ親父」は、子どもがのびのび育つことをよしとしなかった、とくに第一子、長男においては大きな期待を背負わされる。でも、そういう教師の子ほどグレやすいというのがあるのだろう、獅子谷兄は大人の顔色を窺いながらいいように振る舞える子とは程遠く、ことあるごとに親のものさしではかったに過ぎない不出来さを親のさじ加減で詰られたり、ときに躾という名目で暴力を振るわれることがあったのだろう。
 
上が駄目なら下こそは…と弟のほうにはより神経を尖らせそうなものだが、もともと甲児は体も大きく親からすれば兄に比べてできる子だったのか、兄が折檻されているのを知っていて親の目を掻い潜るのが上手かったのか、やらかしても疑われにくかったのかもしれない。父親にとって有事の際犯人がどちらかなんてどうでもよかったのかもしれないけど、執拗に疑われるのは大抵兄のほうだったようで、真実を知っていてなお兄が庇って代わりに罰を受けてくれていた。だから甲児は難を逃れたと。 
今親父が生きていたとして老いた男が格闘技(ボクシング)をやっている盛りの息子を力づくでどうにかできるものではないし、弟は表舞台で活躍しているのだから身の振り方に口を出すこともないのだろう(兄のことはとっくに諦めているでしょうね)
甲児いわくここまでやってこれたのは親父や地元の小中学校・近所のクズ、クソどもから守ってくれた兄貴のおかげということらしい。甲児、体が大きいから先輩からやたら喧嘩吹っかけられそうだな。こういうことがあって甲児のなかで最も偉いのが兄になり、逆らったら殺すぞ!ってはなしになってくるのか~
あの獅子谷道場も兄貴が稼いだ裏の金で設立したものだろうな…
 
獅子谷兄はインターハイの関東大会に出場できるのはお前の努力の成果だ、とはっきり言う。男兄弟だし、ましてや親の興味が下の子に目移りするのを嫌がって幼いころは張り合いがありそうなものだけれど、あの親の下にあっては弟の誕生はむしろもう一人ではないと思える心強いでき事だっただろうし、親が厳しく取り締まるほど兄弟の結束も強まる。唯一無二の弟かわいさで支えてきたというのは勿論あるはず。けれどそれだけではないんだろうな。というのは、「お前ならオリンピックに行ける!」と兄が言っていてはっとしたことだけれど、格闘技を極めて表舞台に立つことそれじたいが獅子谷兄が叶えることができなかった夢であるんじゃないか、ということ。鯖野にアッパー食らわせてたし兄も少し齧ってるよね。獅子谷道場もだけど、最たるものとしてシシックの売上発表をおこなった地下格闘技場、あそこから兄の夢の名残を感じる。あのマイクパフォーマンスじみた口上、本人ああいうことがしたかったんじゃないかなと。あるいは野心の強い男なので、弟に望みをかなえてもらうことが親へのささやかに復讐にもなるくらいの考えもあったかもしれない。甲児が表舞台で活躍しているのを聞くと嫌な記憶が吹っ飛ぶのはそういうことひっくるめてなんだろうな。そうなると、強制はしていないけれど格闘技に興味をもたせるほうにもっていくぐらいの刷り込みはしていたかもしれない。ただそれを自認してしまうと、教育の押し付けをしてくる父親とおなじことを弟にしているようで嫌だろうし、これは甲児が格闘技をやるのはあくまで本人の意志だ、というおのれへの言い聞かせの「お前の努力だよ」でもあるのかもしれない。甲児はそんな兄の闇まで知るよしもなかったとはいえ「嬉しいよ、ありがとう兄貴」と兄の生そのもの肯定したし、十年たっても兄を生かし続けるけどね
そうなると獅子谷兄弟ってふたり揃ってたときから一心同体にちかいものがあったのでは…甲児にとっての兄、兄にとっての甲児どちらも心のささえになっていたのでは…?でもこの電話が、獅子谷兄弟の最期の会話なんだろうけれど…
 
しかし甲児が格闘技で名を上げても、獅子谷兄そのものの孤独は深まるばかりだったように思う。
シシックにおける暴力支配の起源は「家」にある。あの異常に疑り深い性格も、執拗に繰り返される拷問も、シャブの作用は助長に過ぎない。
金融屋の客は金主というはなしではお前は俺のために必死でやれと言っていた。丑嶋の勧誘はできないではなくやれ、入社試験は俺の命令を聞くか聞かないかの二択だった。聞く耳を持たない耳は引きちぎる、言い訳ばかりの舌は引っこ抜く。(=言い訳は許さない)そして刃向う者、要領が悪い者、聞き分けの悪い者は徹底的に躾けるものとする獅子谷兄の従業員教育は、かつて父親から受けた教育がほぼそのまま形を変えず根を張って象られたものである可能性が高い。子にとっての親というのは、原初の指導者だから。弟のジャブ避けた丑嶋馨に感心感心、って言ってたけれど、これら確かに教師っぽい言いぐさだし。床に正座させられたりしてたんだろうな…本人は皮膚だけならず肉が焼けて骨まで痛めつけられたりしたわけだからそりゃ耳BBQ食レポとか思いつきもする。
いきのよい暴力を湛えた連中を手中に収め、組織を着実に成長させ、より高水準の暮らしを追及するあの向上心の強さも、あの野心の根深さも(本人はそう言われるの嫌だろうけれど)家での体験から反動的に身に付いたものか、これまた自分を呪縛する親への復讐であるように思えてくる。
躾による被虐の果ての高すぎる攻撃性、受け継いだ絶望的なまでの疑り深さと執拗さ、絶対の権威主義…これらすべてが「家」の呪縛によって生み出された人格であるように思う。とんでもないアダルトチルドレンができあがってしまった!!
誰に知られることもなくクスリをつかって丸くなる獅子谷兄の暗澹は「酒!飲まずにはいられないッ!あのクズのような父親と同じことをしている自分に荒れているッ!クソッ!」現象なんじゃないか。あるいは真偽は不明だし兄の疑り深い性格が生んだ仮想敵の可能性大だけど内偵が入って一斉摘発の噂もあるようだし、金をどれだけ稼いで手元に収めても疲弊してきていることに間違いはなさそうだ
ここまできてようやく獅子谷兄のヤクザ嫌いの訳を紐解く一解釈を生み出すことができた。これは丑嶋馨にも言えることだけれど、獅子谷兄がヤクザを嫌うのは親子そのものへの忌避があるからではないか。ある意味機能不全と言えなくもない家庭で育った彼にとって擬制の親子の情なんて片腹痛いものでしかないだろう。だがそういった唾棄すべき親子構造をもっているからこそヤクザを食らうことは獅子谷兄の「過去殺し(あるいは親殺し)」になりうるとも言える。ヤクザが嫌いというよりおのれと闘っているのだな兄は…きっと
例外的に飯匙倩にたいしてはスジモノ嫌いと端から断言していたしうやうやしい態度をとっていた。薬の取引先だからってだけかもしれないが、飯匙倩もまた自己の体験に拠って生きる、ヤクザにかぶれていないその筋の男(抜群)である。飯匙倩のなにを知らずとも獅子谷兄の考えるヤクザ像とは違うものを感じ取っていたのかもしれないという妄想劇。しかし飯匙倩さん(敬称略耐えられねえよ)は柴拳殺しを一存でやり遂げたから自分のことには強烈に肯定的だし破滅に向かっててもバリバリ生命力を感じてマジ正しくて大好きなんだけれど、獅子谷兄はどれだけ恐怖による支配を強めて勢いを拡げていっても、父親というモデルが生に暗い影を落として摩耗していくし、生きているかぎりあるいはどうにかして親殺しに準ずる行為を全うしないかぎりその呪縛から解放されることはないのだろう
 
まぁそういうわけで425話~437話まで追ってきて、獅子谷兄は誰よりもいびつに完結した世界に生きている男であることがよくわかった。
恐ろしく見事なエゴであり、もうどうしようもなく兄のことが、兄の内包する世界が愛しくてしょうがないのだけれど、良くも悪くもこの男の世界には伸びしろなどなく、破滅するしかないなと思ったわけ
本部から連絡があった兄、効き目なのもあってか?かつてない鬼の形相だけれど、こうやって語られたということは生い先長くないってことなんだろうな、ヤクザくん29話を憶えているか?
 
海老名の計画通りに事が運んで丑嶋が犯人ってことになるのも変なはなしだし、獅子谷にとっての丑嶋は不倶戴天の敵みたいに書かれてきてはいるけれど、でも仇討ちする気があるのなら猪背組が丑嶋を攫うとか言い出す前に動いてるから丑嶋馨が兄にたいして何かやらかしたということではないんだと思う。
ここから兄の喪失を経験し、甲児が表舞台で輝く道は頓挫に終るようだけれど、十年後には兄貴と同じ格好をして、兄貴と同じタトゥーを入れて、兄貴の形見を身に付けて、あるときは兄貴の拷問方法を駆使して「東京で一番凶暴な男」として台頭してくる。(マジで現在の獅子谷弟はシャブやってるかもしれないね)
親というモデルを殺せずに大人になれないでいる兄、その本質を知らず兄を生かし続けるものの兄の望みであったか表舞台の活躍は挫折に終わり、果てには「ヤクザの傘下」に不服にもおさまってしまう弟…あまりに見事でえげつない
ただ甲児の組織の束ね方はシシックでおこなわれていたようなのものではない。兄貴の失敗であるし。表社会(地下格闘技団体の設立とセキュリティ会社の社長としての顔)と裏社会(薬局を仕切りタタキを主導する顔)の盤上で名をあげて「兄貴が生きている」のを証明したのが現在の獅子谷甲児なのであると。
 
以上、獅子谷兄弟が好きすぎて死にたい人より