草食系の闇
言葉にまつわる有名な話がある。
英語圏の方が「boil」で片付ける言葉は、日本語によって「茹でる、煮る、炊く」と実に多様に表現される。
一方、僕らが「焼く」と言って片づける現象を、彼らは「bake,roast,grill」と並々ならぬこだわりをもって表現する。
文化の多様性が言語化の細かさによって理解できるという面白い例だが、
同時に、言語化によって消される個性の存在も際立たせている。
言葉は魔法だ。
言葉は僕らに表現の自由を与えると同時に、僕らの思考をきつく縛りつけてしまう。
しかし不幸にも僕たちは、より豊かな表現の力を獲たいと望み、毎日のように新しい言葉を発見し続けているのだ。
* * *
草食系男子。
今やもうすっかり市民権を得た言葉だ。
草食系男子と聞いたときあなたはどんなイメージを抱くだろうか。
いくつかのwebサイトを覗いてみたところ、草食系男子とはおおむねこんな定義付けがなされているようだ。
①恋愛に消極的であること
②万人に優しく平和主義者であること
なるほど、「いつも図書館で一人で本読んでるシャイなメガネのあの娘」の亜種ともいえるだろう。
言葉は独立した存在ではない。
誰かの何らかの意図のもとに選択的に使われる。
ゆえに、主体と客体の関係で捉えなおすと表面には現れない期待や前提が重要な要素として浮かびあがってくることがある。
さて、このケースで客体を「図書館のあの娘」とするなら、主体は誰になるだろう。
先生、生徒、友人、両親など様々なプレイヤーが考えられるが 、
多くの場合、Jockの対極に位置する「モテない僕ら」という文脈で語られる概念ではなかろうか。
つまり、モテない僕らによって観測されることで図書館のあの娘は顕在化しうる存在だと言える。
穿った見方をすれば、
③非モテでオタク気質な「僕たち」と同種であること
これこそが隠された最重要ファクターなのだ。
これはスクールカーストの最下層同士が形づくる、一種の運命共同体としても理解できる。
いわば青春のイニシエーションとして体験する括弧つきの「恋愛」だ。
閑話休題。
ここで草食系男子という概念を単一の存在ではなく、彼らをとりまく二者の関係性で考えてみたい。
「草食系」という言葉が示すとおり、彼らは捕食される運命にあることが示唆されている。
つまり、捕食されるに値する存在として、身も蓋もない言い方をすれば、イケメンとして規定されているのだ。
もうお分かりだろう。
草食系男子の最も根源的なファクターは、
③イケメンの無償の愛
僕にっとは実に酷な話だ。
今更、顔の造形を悔やむからではない。
草食系という文脈で僕という存在を再構築するとき、僕はあらゆる多面的な可能性から切り離され、「イケメンじゃない草食系男子」として無残にも打ち捨てられるからだ。
ただの非モテの青年としてひっそりと暮らすことができたあの日々はきっともう戻らないのだろう。
世の肉食系女子にとって草食系男子という言葉は捕食対象のカテゴライズの一つにすぎないのかもしれない。
しかし、僕ら非モテにとってこの言葉は「僕ら」と「僕ら以外」を分断し、「僕ら」を消し去る呪いに他ならない。
言葉は、魔法なのだ。
* * *
「つまり、内面の僕をもっと見てほしいって話さ」
「話かけてもいない娘に?」
「そりゃそうさ、自分から話しかける度胸なんてないからね」
「言いづらいけどね、あなた恋愛に向いていないわよ」
「ただしイケメンに限るってやつか、やってられないね全く」
「あなたの、そういうところよ」
草食系の闇は深い。
◼今日の光:光合成でいこう。
男子便所の闇
きたないものよりはきれいなものが好きだ。
基本きたないものだって、多少はきれいな方がいい。
そう、男子便所の話だ。
非常に潔癖な知り合いがいて、彼は小でさえ自宅以外の便所で用を足したくないのだと言う。
とはいえ生理現象には抗えない、そんなとき彼はどうするか。
答えはシンプルだ。
個室洋式の便座にトイレットペーパーを敷いて、出来る限りの空気椅子で対応する。
しかし、始業前のゴールデンタイム(暗喩)。
常に彼に個室を提供するほど我々は慈悲深く無い。
男子便所はいつだって戦場なのだ。
そこで、ひとつの平和的解決を考えたい。
比較的きれいな、つまり、あまり使われない小便器を特定する試みだ。
* * *
(出入口)ABCDE(壁)
標準的な5連小便器構成を想定しよう。
日本人は端を好む傾向が強い。誰にも邪魔されないAとEが有力候補だが、なかでも出入口に近いAが本命だ。
三番目はC。BCDが空いている中、あえてBDを攻める必然性は無い。
残るはBとDだがどうだろうか。出入口に近いBに行くと考えたキミは落第だ 。おまるから出直せと言わざるを得ない。
AとE、ついでCを狙うのが定石だと理解すれば、4人目の戦略も自然と見えてくる。
AECの撤退待ち、ハイエナ戦法だ。
ACの隙を狙いつつEを目掛けて徐行する。
失敗のリスクはもちろんある。Dまで来てもEが空かなければ、大国に囲まれたDで惨めにその生涯を
閉じることになる。
いよいよ残りはBのみ、ついに陥落の時か。否。
この頃にはもうAが空いていると考えられるためBは生き残る公算が極めて高い。
6人目。ようやくBが埋まりそうだ。
だが待ってほしい。
この頃にはCEが空白地になっている可能性すら出てくるのだ。
一旦、状況を整理しよう。
(出入口)×BC×E(壁)
一見どこも大差なそうなこの場面でも、実はBがチョイスされることだけは無いのだ。
Bを選ぶ際の価値はAが空き、ACのいない開放状態が維持される、その一点のみだ。
しかし、ここまでのロジックを考えればAが空きつづける可能性は限りなく低いことは明白だろう。
両空きはまず望めない。
ここで、すくなくとも一方は空き続ける見込みが高く両空きも射程内のCか、D空き一転突破狙いの理想的E獲りに絞られた。
CかEか。決め手はDの行動予測だ。
五感を研ぎ澄ませてDの離脱時期を読みきることが肝要だ。
Dが早めに離脱すると読めばEを、長引くと読めばCが埋まるだろう。
※Eが人気なのはあくまでDがいない前提、Dと壁に挟撃されてはせっかくの端も魅力は半減だ。
もうここまで来ればご理解頂けただろう。
Bこそがユートピア、男子便所最後の聖域なのだ。
きれい好きの男子諸君におかれては、節度をもって充実した男子便所Bライフを堪能して欲しい。
* * *
「と、こういうわけなんです。どう思いますか?」
「どうって言われても、ねえ」
「汚れですよ、汚れ。僕の理論ではこの便器はほとんど使われていないはずなんです!」
「どこも汚いわよ。あたりまえじゃない」
男子便所の闇は深い。
▪今日の光:小便器Bを自分色に染めよう(直喩)。
野球ゲームの闇
野球ゲームと言っても野球盤ではない。
コンピューターゲームの方だ。
僕と野球ゲームの出会いは、友人に借りた「実況パワフルプロ野球97」だった。
"パワプロ"は当時サッカー少年だった僕をすっかり野球ゲームの虜にした。
休み時間の大半をオールスターチーム談義に費やした僕たちは、
30を目前にした今でも野球ゲームを楽しんでいる。
「キミ、野球が好きらしいね?」
「ええ、そりゃもう。三度の飯より野球ですね」
「それは頼もしい!来月の社内草野球大会、期待しているよキミィ!」
「あ、野球はできないんで」
「えっ」
「えっ」
野球ゲームの闇は深い。
▪今日の光:三国志好きには群雄割拠経験を問いただそう。