dr100の一の宮・百寺巡礼・続百名城旅日記

百名城、百名橋、百名建築、百名公園、桜の名所百選、東京23区内一丁目一番地などを訪問しました。一の宮、百寺巡礼、続百名城も完訪。発祥の地、見学施設(博物館、記念館など)、寺社仏閣の御朱印もやっています。皆様のコメントが励みになりますので、よろしくお願いいたします。

神社-198-亀戸水神宮 2021/1/2

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由緒:創建は不詳だが、周辺が新田開墾された戦国時代の享禄年間(1528~1532年)頃、当社も成立したとみられる。大和国吉野の丹生川上神社を勧請し、水害除けのために堤防を築いた際、その上に鎮斎したと伝えられている。新編武蔵風土記稿には「寶蓮寺持」と記され、別当寺が東林山華蔵院寶蓮寺(現・亀戸4-35-12)であったことがわかる。
当社の鎮座地域は下ノ圖子と呼ばれていたが、1900(明治33)年に亀戸町が成立すると下の組と改称、志茂陸会を結成して維持に当たった。明治末期までは巨木が鬱蒼と繁る森に囲まれ「水神森」と呼ばれていたが、付近に民家や工場が激増したため次第に樹木が枯死し、往時の面影は失われている。1945(昭和20)年3月10日の大空襲により大きく被災し荒廃するが、前年に結成された亀戸水神宮再建奉賛会の尽力により1960(昭和35)年6月に再建された。現在は亀戸香取神社兼務社となっており、亀戸水神奉賛会により護持され毎年6月第一日曜日に例祭が斎行されている。(「神社と御朱印」より引用)

住所:東京都江東区亀戸4-11-19

御朱印拝受時間:10:43(亀戸香取神社にて)

初穂料:500円(書置)

神社-197-小村井香取神社 2021/1/2

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 由緒:平安時代末期、千葉県香取郡から六軒の人々が移住し、香取神宮の御分霊を氏神として祀ったことにはじまる。当地は「小村江(入り江に面した小村の意)」と呼ばれており、鎌倉時代伊勢神宮の荘園「葛西御厨」の一部とされ、1165(永萬元)年の葛西御厨文書や1398(応永5)年の葛西御厨注文等にその村名が見られる。江戸時代には真言宗智山派の寺院、東林山華蔵院寶蓮寺(現・江東区亀戸4-35-12)が別当寺を務めた。また、境内隣地には名主・小山孫左衛門が三千坪超の広大な梅園を有しており、毎年将軍の御成があるなど、江戸近郊における観梅の名所だったが、1910(明治43)年に起きた大水害によって廃園となる。戦後は1948(昭和23)年9月に仮殿を再建した後、1954(昭和29)年に総檜銅板葺の現社殿を造営した。(「神社と御朱印」より引用)

住所:東京都墨田区文花2-5-8

御朱印拝受時間:11:04

初穂料:300円(書置)

神社-196-亀戸香取神社 2021/1/2

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由緒:亀戸は元々亀の形に似た島であり亀島あるいは亀津島と称されていたという。
665(天智天皇4)年、藤原鎌足が東国下向の際、この亀島に船を寄せ、旅の安全を祈願し香取大神を勧請、太刀一振を奉納したのが創建とされる。その後、平将門の乱が起きた際には、俵藤太秀郷が当社に参籠して戦勝祈願を行い、平定後弓矢を奉納、勝矢と命名したとされる。(「神社と御朱印」より引用)

住所:東京都江東区亀戸3-57-22

御朱印拝受時間:10:43

初穂料:500円(書置)

神社-195-江東天祖神社 2021/1/2

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 由緒:この地域は、埋め立てが進められる以前、湾の奥にあたり小島が点在する様な所でした。近所の地名に大島・京島・向島などの島の付く地名が多いのはこのせいで、そのひとつが柳島、その島の総鎮守が当社である。そんな訳で、往年度重なる大洪水大震災、先の大戦等で、文献等流失・焼失し現在の記録、古老の言い伝えの社伝に寄れば、創建は推古天皇御代(約千四百年前)、厩戸皇子聖徳太子)作のご神像を御神体として祀る。永享年間に社殿崩壊し、戦乱の世にて修復進まず、大永年間、下総に住む沙門良博が主人である新田義興に相談し天文十年再建が叶う。その後も安政・大正の大震災に遭い社殿が崩壊すと記録されている。現社殿は昭和二年九月に反対意見の根強いなか造営会が組織され、翌三年六月起工、四年十二月七日竣工、日本で初めての鉄骨筋コンクリートの社殿として神社史に名を刻むことになる。(「御朱印神社メモ」より引用)

住所:東京都江東区亀戸3-38-35

御朱印拝受時間:10:19

初穂料:300円

神社-194-飛木稲荷神社 2021/1/2

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 由緒:創建の詳細は、再三の水害・火災などにより古書などが失われており不明。
幕府の寺社奉行書や明治時代の神社明細帳によれば、創建時期は1468(応仁2)年とされている。古老の口伝によると、大昔ある暴風雨の折、イチョウの枝が飛来し当地に刺さったものが、いつの間にか亭々とそびえるようになり、これは異状のことだとして、稲荷神社を奉斎したのが創祀と伝えられている。社号の「飛木」の名もこれを起源としているという。(「神社と御朱印」より引用)

住所:東京都墨田区押上2-39-6

御朱印拝受時間:9:19

初穂料:300円(書置)

 

神社-193-高木神社 2021/1/2

 

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 由緒:応仁2年(1468年)、室町時代の創祀と伝えられており、旧寺島新田の鎮守として尊崇され、古くは「第六天社(だいろくてんしゃ)」と呼ばれていました。明治時代初期の「神仏分離の制度」で『高木神社』と改めました。その社名は、御祭神である高皇産靈神(タカミムスビノカミ)の別名が「高木の神」であるからといわれています。かつては、境内に大きな臥龍の松(がりゅうのまつ)があり、曳舟川を上下する舟をはじめ、地域の人々の往来の目印となっていました。昭和42年1月、鉄筋コンクリート造りの社殿改築が成り、昭和43年11月、鎮座五百年の式年大祭が行われました。(高木神社HPより引用)

住所:東京都墨田区押上2丁目37-9

御朱印拝受時間:9:03

初穂料:300円(書置)

神社-192-秋葉神社 2021/1/2

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由緒:秋葉神社は、墨田区向島にある神社です。秋葉神社は、当地周辺を五百崎の千代世の森と呼び習わしていたころ千代世稲荷大明神と称して正応2年(1289)頃に創建したと伝えられます。元禄15年(1702)に千葉葉栄が修験道千葉山満願寺を創建し当社の別当寺となり、秋葉千代世稲荷合社として社殿を造営、明治元年秋葉神社と改称しました。(「猫の足あと」より引用)

住所:東京都墨田区向島4-9-13

御朱印拝受時間:8:41

初穂料:300円