ejon1122's diary

つれづれなるままに、ふと思った時にふらっと書きます。

開幕超直前!(直後になっちゃった)セ・リーグ順位を今更予想&今季注目選手

こんばんわ。全国1億3千万人のプロ野球ファンの皆様、いよいよ開幕ですね^^

去年は激戦の中ソフトバンクが日本一を手にしましたが、今年はどのチームが優勝するのでしょうか。その前にまずセ・リーグの順位を予想したいと思います。

 

1位…ヤクルト

これは大方の人が予想するのが巨人だと思いますが、私はあ・え・てヤクルトと予想します。

まずヤクルトは若手とベテランのバランスがすごくとれています。特に大ベテラン宮本は2000本安打目前ということで、2012年には特別な思いもあるでしょう。

青木のメジャー行きが懸念されてましたが、ミレッジが予想以上に上手く行きそう。バレンティンの意外性、次世代のレギュラー候補上田も爆発しそうです。

一つ心配なのはケガと病気。無病息災を念じて地道に勝てば私はNo1だと思います。

 

2位…中日

中日は投手以上にバッティングに難がありました。点が取れない病を誰が解消するか。楽天からきた山崎はもちろん、私は森野と和田、統一球に苦しんだ二人が覚醒すれば、1位も夢ではないと思います。

投手はチェンが抜けたことがどうなるかがポイント、メジャー帰りの川上憲伸がどうシーズンを戦っていくかも注目ですね。

 

3位…広島

もう意外性&意外性で行こうと思います笑

私はかねてから広島は来るんじゃないかと思ってたんですが、ケガや不振もろもろで万年Bクラス・・・。

しかし今年は違うと思います。明治大のエース野村くんを始め、福井やマエケンバリントン。中継ぎには205cmのミコライオに新加入江草、そして守護神サファテが機能すれば少なくとも大炎上という試合は少なくなる気がします。

問題はバッティング。やはり新加入のニックは重要な要素。そして今回2012年最も期待しているのがサード堂林翔太

実は夏の高校野球からその存在を知っていて、とにかく打ちそうな雰囲気が大好きだったのです。広島に呼ばれて3年、ついに開幕スタメンの切符を手にしました!彼の存在が広島の命運を握っていると私は思います!というわけで期待を込めて3位予想。

 

4位…巨人

もちろん巨人は強いです。強いですが一枚岩ではないと踏んでいます。

先発ピッチャーは優秀ですが中継ぎはどうでしょうか。毎試合完投はできないのでかならず好不調がある時に中継ぎといえばこの人!!っていうのがあまり見当たらないのが不安だと思います。久保はケガでいませんし。その辺を鑑みています。

バッティングは攻撃力は強くとも、守備が怖いです。特に2塁がいまいち確定できる選手がいないのも不安。なので4位とさせていただきました。

 

 

5位…阪神

ファンのくせにこの非国民が!と思われてしまうんですが、冷静にみてこの順位になりました。

非常にあやふやな守備は私はあまり好きくありません。ブラゼルを外野に使うようなファイヤーフォーメーションが年にほとんどなければ問題ありませんが・・・。そして藤井にもある程度休息は必要です。144試合フルは厳しいのでなんとか2番手捕手の育成を早めなければいけないと思います。そのためにもまずは小宮山に頑張ってもらいたいですね。

そして何よりも奮起しなければいけないのがもちろん、同い年慶応ボーイ、伊藤隼太!!阪神の外野は自分に託されていると思って144試合出て結果を残して欲しい!今期注目選手の二人目でした。もちろん阪神5位は私はいやなのでどうかこの予想は外れて欲しいです笑

 

6位…DeNA

中畑監督は頑張っていますが、まだ戦力的には厳しい物があると思います。ただ、国吉や筒香のような若手で光る選手はいっぱいいますので、2012年は彼らを覚醒させ、次の年につなげるほうが良いと思います。もちろんダークホース的存在として横浜の動きは絶対にチェックしなければなりません。

 

さてこれを書いているうちに開幕してしまいました笑

野球の底力をもらって、元気に2012年を送っていこうと思います!!

グアムな日々(3日目と4日目)とまとめ

3日目も振り返ってみます。

3日目は元からオプションで予約していたバスで行く半日観光ツアーに向かいます。

まず向かったのは広場。そこでは椰子の実を目の前で割ってくれて、ココナッツジュースを頂きました。味としては激甘というよりはスポーツドリンクみたいな爽やかな甘さ。とっても美味しかった。

しかし、これだけでは終わらないのが現地の人の食べ方。飲み終わると殻の中にある実の部分を切り取ってくれて、しかもそれをわさび醤油で食べるんです!

食べる前はうげぇ~って思ってたんですが、恐る恐る食べるとこれが意外や意外、美味しいんです。味としてはちょっと甘くなったイカとかホタテのようなものを食べている感じ。やみつきになりそうな味でした。あれはまた食べたいな。5ドルで2つもらえたのもオトク。あれはオススメですね。

 

次に行ったのは海中展望台。エメラルドグリーンな海は本当に綺麗。ただ明らかに餌を巻いてそこに魚が常駐してる感は否めませんでした。

結局グアムというのは観光らしい観光というのはないような気がしました。どちらかというとやはりショッピングとスイミング重視でいいと思います。

 

午後は再びショッピングに。そこで日用品を少し買いにスーパーマーケットに寄りました。

そしてそこで買ったのがメジャーリーグの名鑑!($10)これはかなり貴重なもんだと自負してます。いい買い物をしました。

あと文化の差を感じたのはスーパーではビニール袋をもらうという概念がないようで、結講買い物した私はむりやりリュックサックに詰めることになってしまいました。日本以上にマイバックを持つ習慣があるようです。

その後はホテルに戻ってプールでスイミング。そしてパターゴルフもやりました。

このパターゴルフが我々の日焼けに止めを刺した形になり、ホテルに戻ってきた後はもう皮膚がひりっひりになりました。

 

最後の夜のディナーはホテルで行われるポリネシアンダンス付きBBQ。

お姉ちゃん達がヒューヒュー言いながらダンスをしたり、ファイヤーダンス的なものをやってました。途中司会進行の人がちょいちょい日本語の歌を謳ったりするのは少し醒めた目で見てたけれども全体的には充実していたと思います。

そして4日目はもう帰国するだけ。この辺あやふやですいません。

 

結論として、グアムというのは本当にコンパクトな海外旅行にはぴったりだという印象を受けました。正直2泊3日でも十分だし、4日間だと贅沢のんびり、逆に5日以上ならちょっと長すぎるという感覚。買い物だけだったら1泊2日で弾丸で来る人もいるかもしれませんね。

常時30度とはいっても日本のジメジメとした灼熱地獄のような夏ではなく、半袖短パンにサンダルで動けるし、バスも多くあるので本当に手軽に海外旅行するならグアムは最高の場所でしょう。

現地の人たちは我々日本人に本当に親切で暖かった。それは観光客の8割が日本人なんで当たり前かもしれないけど、1日目のハンバーガー屋の姉ちゃん以外は、ファミレスでもフードコートでもスーパーでも、税関でも(苦笑)、みんな陽気に話してくれたことは日本にはないものを感じました。

そして、4年間毎夏と春、旅行を共にしてくれた3人に感謝。彼らがいなければ私の大学生活はもっと寂しいものになっていたでしょう。腹を割って話せる親友が3人もいて私は幸せもんです。これからは皆社会人になって、会う回数は減るかもしれないけど、不定期でもいいから旅行はやりたいです。というか、やりましょう!

ではでは、ここまで読んでくださってありがとうございました。

グアムな日々(2日目)

2日目はまず朝一番から泳ぎました。

予想以上に深いプールだったんですが、久しぶりの水泳でかなりはしゃいでしまった。もちろん入念に日焼け止めやらなんやら塗ったんですが、まったく効かず、こんがり日焼けしました。

さて、またまた聞きたいのですが、皆さんはグアムの海と聞いたら何を思い浮かべるでしょうか。

 

これはおそらく共通一致で「ナマコ!」と答えるでしょう。

グアムの海には必ずと言っていいほどナマコがいます。「グアム ナマコ」で検索してみたら画像が出てきますが、ハッキリ言ってウルトラぐろいです。しかも友人曰く触ると腸を出しながら融解し、ぐちゃぐちゃになると聞きました。おえーっ。

ちなみに日本ではナマコは高級料理の一つですが、グアムでは普通に存在し、対ナマコ用に水中靴なんかも売っています。

そんな予習を万全にして、いざプールの先にあるビーチに言ったのですが…

 

ナマコはいませんでした。

 

なんか拍子抜けしてしまったんですが、サンゴはわんさか打ち上げられていてもナマコはほんとに1匹もいませんでした。良かったと言っていいのか残念といっていいのか・・・。

結果的にはプールで過ごすことが多かったです。椰子の木と青い空、白い雲、燦々とした太陽にたまに通りすぎていく戦闘機(B-52まで通り過ぎてます!)を見ながら日焼けするのは本当に気持ちが良かったです。地上の楽園とはまさにあの事ですね。

 

そして昼過ぎからは大きなショッピングモールへ。

これがまた広い!所詮日本のジャ◯コのモール程度だと思ってたんですが互角どころかそれを上回っていたかもしれません。

そこでは円高を利用してオークリーの替えレンズを購入。日本で買うよりも3000円くらい得しました。

ちなみにショップの中でもほとんど日本語が使えます。もちろんフードコート内では英語でのやりとりになるので、高校生同士の旅行でもグアムは十分いけると思います。

 

あとショッピングモールに行く前にタクシーの運ちゃんに連れられ実弾を撃ちにもいきました。ミリタリー好きの私としてはコルトパイソンにリボルバー、M1ライフルにコルトガバメントが撃てたことは一生の思い出です。

ただ、銃のことををまったく知らないで釣られて入ってしまった人は注意したほうがいいと思います。基本的にはぼってます。

 

夜は日本人経営の居酒屋に。忠実に日本の居酒屋を再現していたのか、ご飯から何まで完璧に居酒屋でした。私はカレーを頼んだのですがかなり美味しかったですね。

 

こんな感じでしょうか。記憶が飛んでしまう前に3日目も書ければ書きたいと思います。ここまで読んでくださってありがとうございました。

 

 

 

グアムな日々。(1日目)

早くも2回目の更新となりましたはてなブログ

さて、3月12日から15日までの4日間、親しい友人3人とグアム旅行へと行って参りました。写真とかが全く整理できてないので今回は文字情報だけでお送りします。

 

突然ですが、「グアム」と聞かれたらみなさんは何を思い浮かべるでしょうか。常夏?椰子の木?ショッピング?

 

私の場合は即答で「税関」と答えます。

グアムの税関が何なんだというと、実は私の大好きな中川家中川礼二のモノマネの中に「グアムの税関」があって、それが強烈な印象と爆笑だったんです。

すんごい顔して「シェルトン…3デイズ…サイトシーイング…ユビ~!!ヒトサシユビ!」

って言うやつなんですけど詳しくは動画サイトで調べてもらいたいです。

 

で、まずその税関でどんなこと聞かれるのかを楽しみにしてました。結果としてはマッチョで温厚そうなモヒカン男(たぶん元兵士?)にあたって、

「お前はお酒飲むのか?」

「え?」

「どんな酒を飲むんだ」

「(酒を持ってるのかと聞かれたと思って)いいえ、持ってません」

「じゃあコーラか?ペプシか?」

「そ、そうです(ちなみに私はビール以外の炭酸がニガテです)」

「グアムでなにやるんだ?泳ぐのか?」

「(なんかよくわからなかったんで)観光です。」

「よし。」

 

という謎の会話を繰り広げてしまいました。その後は指紋を取られて終わり。他の友人達は日本語だったらしくなぜか私の担当だったモヒカン兵士だけが英語で語って来ました。

英語で話すと、その時はシッチャカメッチャカになりながら必死に答えるけど、後になって冷静になるともーれつに反省したくなりますよね・・・。

 

グアムの時差は日本時間+1時間。税関も終わってホテルに着いた時は昼過ぎて夕方にさしかかるかくらいだったのでまずは散歩がてら夕食を食べに。

 

ハードロックカフェという日本にもある有名なアメリカンレストランでとびきり美味しいハンバーガーを食べました。

ですがここでまず文化の違いに遭遇。

入ってそうそう友人が写真をぶら下げてたんで「写真とってあげるわ!」とウェイトレスの姉ちゃんがやってくれたんですが、なぜか終わった後妙に不機嫌な顔をされて去って行きました。

その後我々は「これはたぶんチップを渡さなかったせいだ」と思い、食べ終わった後、ちょっと多めに出してあげたら満面の笑みでおkと言われました。

本来レストランの会計でサービス税が入っている場合はチップを出さなくても良いとは聞いていたのですが、実際どうなんでしょうか。

いずれにせよツンデレ姉ちゃんに翻弄されながら1日目は終了。

 

続きを書くかは気分次第で。ここまで読んでくださってありがとうございました。

”あの日”から“あの日”までを振り返る。

はてなブログ第1回の記事になりますね。

今日は3月11日なので、去年の手帳を引っ張り出して、記録と記憶のため、あの日を振り返ってみようと思います。

ちょうどあの日は就活がお休みで、自分の部屋にいました。

2時46分。経験したことのない揺れ。さすがに驚いて机の下に隠れます。

揺れが収まった後部屋で何か物が落ちてないかチェックして、とりあえず家の窓を空けて待機。そのすぐ後にははてなハイクをやっていたと思います。家族や友人に電話やメールを入れても繋がらず、しばらくしてやっと繋がった時は本当にほっとしました。

そして、テレビをつけると、そこには想像もできなかった、現実であって現実でない映像が延々と流れていました。

数多の車が川と一緒に流れ、家も人も飲み込んでいく。

その後起こった福島県第一原子力発電所の映像。

そして不定期かつ断続的に届く緊急地震速報の音やメール。

あの映像を見た時自然に涙が流れました。なぜ涙が流れたのは今でもはっきりとはわかりません。ただ、悲しいだけでなく、日常が壊れる瞬間を目撃したことが虚しくてしょうがなかったのかもしれないです。

その後自分は帰宅難民になってる友人にインターネットで最も信ぴょう性の高いと思われる情報(休める所や泊まれる所)をmixiのつぶやき機能を使って提供しました。(後にものすごく感謝されたのは嬉しかったです。)

震災から少し経つと、まるで本当の地震のように東北から離れた埼玉にいる自分の身にも影響が起こりました。

まずは計画停電。光がない部屋で2~3時間ほどラジオだけつけて寝るふりをしていたことを覚えています。ネットでは“ヤシマ作戦”と銘打ってましたね。

東北地域以外の謎の物資不足。スーパーに行くとトイレットペーパーやカップ麺やら乾電池やらパンやらありとあらゆるものが無かった。今思えば鼻で笑ってしまいますが、あの頃はそういう冷静な感覚すら麻痺させる何かがあったんでしょう。

似たような出来事ではガソリン不足もありました。自分は塾まで車で通ってたのでしばらくは電車通いが続きました。

野球も見られなくなりました。毎年オープン戦を楽しみにしていて、3月16日にロッテファンの友人と千葉マリンスタジアムで試合を見る約束をしていたのですが、それも無くなりました。予定の中止といえば自衛隊の基地見学も予定していたのですが無論中止になりました。

そして一番大変だったのは就活への影響。予約していた説明会もほぼすべてストップして、ただ漠然と1日、1週間、1ヶ月が過ぎてしまった時期もありました。その時のモチベーションは最悪で、もう就活なんて止めて引きこもっていたほうがいいんじゃないかと思った時期もありました。

他にも政権が交代した与党があまりにも対応が酷くバカにされたり、CMはしばらくACだらけになったり、全体的な自粛ムードがあったり、東日本大震災は確実に我々に影響を及ぼして、日常に、日本に、自分に、大きく変化が起こりました。

 

あれから1年。

 

日本は本当に少しずつですがあの日の前からあった日常に戻るべく動いています。昨年11月に行った時はまだ瓦礫をどかしただけだった宮城県石巻市の沿岸付近もおそらく復興に向けて進んでいると思います。

プロ野球も予定より遅れて開幕するもなんとかシーズンを終えました。2011年は今まで以上に野球を見に行く回数が多くて、そのたびに希望とまでは言わなくても熱く胸にこみ上げるものがありました。

自分はあの日から大きく動きました。7月には内定を頂くことができて塾の授業の方に集中することができ、一昨日、受験していた中学3年生全員を無事高校に上げることができました。自分も4月にはいよいよ社会人になります。

大学生活4年間の集大成として卒論も書き上げ、3月22日には無事卒業式を迎えることができそうです。

2011年は自分の中でも日本の中でも間違いなく“あの日”から類を見ないほど激動の年だったと思います。悩んで苦しんで考えぬいて、悔しくて、模索して、喜んで、笑って…そしてまた今日、3月11日を迎えました。

 

これから自分はさらに前に進まなければなりません。日本も進まなければなりません。そのためには敢えて過去を振り返ることが大切だと思います。過去を知ることで今を知ることができ、未来を見ることもできます。なのでこの記事を書かせていただきました。

今回は自分の気持ちを整理するために書いたので稚拙な文章で申し訳ありません。最後まで見てくださってありがとうございました。