終わらせました
ストーリー初回ノーコンティニュークリア
シレンジャーとしての腕は鈍っていないようだな!(自慢)
しかも初期状態だと合成できないのを知らなかったので大量の剣盾を持ち歩くセルフ縛りプレイしてたw
今回は敵の攻撃力を高めるかわりに回復量を上げるというバランス調整で、難易度高めかもしれない
過去作からのファンとしてはうれしい歯ごたえだと思うけどね
とりあえずストーリー進めてアイテム開放するぞ〜
終わらせました
ストーリー初回ノーコンティニュークリア
シレンジャーとしての腕は鈍っていないようだな!(自慢)
しかも初期状態だと合成できないのを知らなかったので大量の剣盾を持ち歩くセルフ縛りプレイしてたw
今回は敵の攻撃力を高めるかわりに回復量を上げるというバランス調整で、難易度高めかもしれない
過去作からのファンとしてはうれしい歯ごたえだと思うけどね
とりあえずストーリー進めてアイテム開放するぞ〜
公開翌日7/15の20時から、『君たちはどう生きるか』を観てきました。
最近人生初トトロを観たおかげで「トトロで観たやつじゃん!?」という感動を得られたので良かった……
やはりジブリは観ておかないとね……配信頼むぜ
主人公は宮崎駿本人だとかいや宮崎吾朗だとか、大叔父は高畑勲だとか、アオサギは鈴木敏夫だとしたら仮にも盟友をひどく描きすぎやろ(CV菅田将暉でも中和できてないw)とか言いたいことはありすぎるくらいある。……がそういうのは海燕さんとか渡辺由美子さんとかノラネコさんの記事を読めばええんや!
家族の死という人生における避けられないものをどうにか受け入れようとあがいたり、学校に行きたくないからわざと怪我をしたり……そんな少年がファンタジーの世界で少し成長して戻ってくるという物語は普遍的なものだし、幻想的なビジュアルも楽しめる。
万人が絶賛する傑作ではないかもしれないが、日本アニメ史に残る名作だと確信している。
宮崎駿も82歳だし、『君たちはどう生きるか』というタイトルからも宮崎駿らしい死生観をみせてくれると期待していたのだが、その点では肩透かしだった。
要するに児童文学というのは「どうにもならない、これが人間という存在だ」という、人間の存在に対する厳格で批判的な文学とはちがって、「生まれてきてよかったんだ」というものなんです。生きててよかったんだ、生きていいんだ、というふうなことを、子どもたちにエールとして送ろうというのが、児童文学が生まれた基本的なきっかけだと思います。(『本へのとびら』p163)
著書でも語っているように、宮崎駿はアニメではずっと子ども向けの物語を描いてきた人であり、未来を担う子どもたちへの希望を託すという姿勢は最後まで崩さなかった。
それは立派だと思うが「病気になったお母さんは病院で焼け死んだけど、その人生は幸福だったし、そして死んだ人も別の世界で幸福に暮らしている」というのは感動的だけど、どうしても生きている人間のエゴを感じてしまう。
お母さんは病気で苦しみ世界を恨んでいたかもしれないし、妹に手を出してる夫にブチギレてたかもしれんし、夫の子どもを妊娠している健康な妹を殺したいほど憎んでいたかもしれない。しかし死んだ人間のマイナス感情など、未来を生きる人間には邪魔なので捨象します……というのはライフハックとしては正しいと思う、めちゃくちゃ傲慢だけど
本稿はこれが言いたいがために書いたようなものなのだが、死生観の話になるとやっぱり水木しげる先生はすごい。元のリンクが消えてしまう可能性もあるので孫引きさせていただきます。
同じような話でさ、74、5年のころね。死んだ戦友が眠る場所に行って酒を注いだりしたわけ。でさ、水木さんは「戦争を体験した人が皆、よく戦場跡に行ったりするけど、なんでそこに行くのか自分はよくわからんかったですよ。でも行ってみてやっとわかりました」って言うの。
続けて「戦友が次々と死んでいったところへ来るとですなぁ」って言うから、ま、自分だけ生き延びて申し訳ながいが祖国もこれだけで立派になった、そういう気持ちで来るんだと言うと思うだろ、普通は。
でも水木さんは違うんだよ。「戦友が死んだところに自分一人元気で来るとですなあ、愉快になるんですよ」っていう(大爆笑)もう全然ちがう!「戦友は苦しんで死んでいったのに、自分は元気で楽しく生きている、こんなに愉快なことはない。それを確認しに皆行くんだろう」ってさ、全然違うこというんだよね。
私はこの話が好きすぎるのだ……戦争や震災で生き残った人たちが「私は運命に生かされた、亡くなった人たちの分も生きなければ」と思うのは自然だし感動的だが、水木しげる先生の言葉には「人間の生き死になんて偶然の産物であり、人生に価値などない」というニヒリズムの極致がある。
宮崎駿からも「ヘタクソなアニメーター、芸術の価値がわからないカス、環境を破壊し続ける愚かな人類、全員滅べ!!!」みたいなパンツを脱いだ(by庵野秀明)本音を最後に聞きたかったな〜というのが正直心残りです。
(邪推です。宮崎監督はそんな人間ではないと思います……多分ね)
米津玄師と鈴木敏夫の対談と写真集読みたさのために初回版買ってしまうかもしれん
今日4/28の9時から、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を観てきました。
以降はネタバレなので……と思ったら、天下の朝日新聞がタイトルでめちゃくちゃ明示してるんだよなあ
冒頭、脱サラ?して配管工の個人事業を現実世界っぽいニューヨークのブルックリンで立ち上げたマリオ&ルイージ兄弟、清水の舞台から飛び降りる覚悟で作成したテレビCMを前の会社の上司であるブラッキーにバカにされるが、早速洗面台の修理依頼が。
しかし修理はうまくいかず、自信を失うマリオ……
母親は優しいが、父親からは無謀な独立に弟を巻き込んだことを責められ……
という困惑も束の間、ブルックリンの地下にある土管からキノコ王国に異世界転生するマリオ!そんなバックストーリーがあったの初耳なんですけど!といちおうファミコンからマリオを知ってる中年でも引き込まれる冒頭から、あとはノンストップで「楽しい」映像体験のつるべ撃ち!めちゃくちゃ興奮して映画を見終わりました。さあ!劇場に行こう!あとは余談です
(とりあえずミヤホンさんインタビューを読もう)
クッパに奪われるヒロインがピーチ姫ではなくルイージという部分以外は我々が想定するマリオのストーリーそのまんまです!
(あんまりピーチ姫がかわいくないな……でもヒロインはルイージだからしょうがないよね、となる)
・マリオがキノコ苦手だという必要性がよくわからない設定
・キノコを食べて巨大化するマリオ、実際気持ち悪い
・修行シーン、我々がマリオでやってたのは現代でいうパルクールだったのだ!という衝撃
・異世界転生の先輩だったピーチ姫 まじか
・ピーチ姫単身でジャングル王国に向かわせるキノコ族、役立たずすぎでは?
・脳筋と思わせてジャングル王国の科学力が高度すぎる
・レインボーロード走りながらマリオカートでマッドマックスやるの、しょうもないけど最高w
・ピアノ弾き語りするロマンチストクッパ、そしてカメックと連弾w 芸達者すぎるし、あれを想起させるからダメ
・クッパのタキシードおしゃれ〜
・不穏なことばかり言うアイツ、何者?
・ヨッシーは続編で出すのでマントも続編でフィーチャーしたいんだと思うが、そのせいで飛行能力とアクションがタヌキスーツメインになってるのがシュール
・異世界転生土管が暴走して現実世界とキノコ王国がつながってしまった!
・文字通り兄の盾となるルイージ!ベタだが熱い!
・ここでスターを兄弟で!俺たち兄弟は最強なんだ
・しっぽを掴んでジャイアントスイング!64でやったやつ!
・最後は踏みつけ……ではなくダブルライダーキックだ!!
ILLUMINATION、こっそり庵野秀明オマージュしようとしてないか?
・マリオとルイージの活躍を見た髭の父親との和解……やっぱり庵野秀明オマージュなのでは?
・そしてマリオ&ルイージ兄弟はキツい現実からは距離を置いてキノコ王国で暮らしましたとさ……そこさらっとやっていいの?
・ラスト、ブルックリンの地下に残されたタマゴ……つまり……続編はこういうこと?
今回のマリオ映画、公開前から色々と議論を巻き起こしていたが、実際観たことでなんとなくその理由がわかった気がする。
こういうとき、我々大衆は「テーマやポリコレばかり気にして作品自体を楽しめない批評家」というイメージで語りがちで、正直私もそうなのかな?と思っていたが、実際に観てみるともうちょい深い話だろうとなった。
恐らく、完全にエンタメに振り切っていればむしろ批評家も普通にエンタメ映画として高評価したはずで、逆に「批評家ポイント」「ポリコレポイント」をとりあえず入れておこう!という浅はかさが感じられたことが低評価の理由な気がする。
冒頭でネタにしたが、「貧困の中で身を寄せ合って暮らすイタリア系アメリカ人たち」「父親との確執」みたいなストーリーの縦軸を匂わせておいて、結局特に関係がないし、その割にラストで都合よく回収するところとか、やる気がなければはじめからやらなければいいのでは?というツッコミは入れざるを得ないだろう。
批評家ウケのために安易な手を使ったの?映画をナメてるの?みたいな反感を買ったのかもしれないなあ……と思うわけでした。
完成まで6年かかってるということで、冒頭はどのようにでも展開できるようにしておいたが、つくっていく中でやはりアクション重視となったんだろうなあと思う……日本とアメリカでやり取りしながらつくっている以上、こうなるのもしょうがない気はするが……
(実際の制作はパリだそう。3拠点のリモートだから余計大変だわな:5/1追記)
(楽しかったな、また観たいなと思いつつも、このコメントを想起せざるを得ない)
昨日3/18の土曜7時から、IMAXで『シン・仮面ライダー』を観てきました。早起きはツラいが、キッズが寝てるうちに観に行くことで気持ちはラクなのでこれからデフォルトになる予感がする
■総評:みんな同じことを言ってる気がするが、「私は」好きな映画だよ!
1960年生まれで62歳の庵野秀明監督が、幼少期にリアルタイムで観ていたであろう仮面ライダー、そのときの感動をそのまま伝えたいという思い……庵野秀明作品直撃世代であるけして若くはない世代の私のようなオタクには、今ひとつピンとこないというのが正直なところではないか。
オタクとして庵野秀明監督が真に偏愛しているのはウルトラマンらしいという知識があるため、仮面ライダーについては一歩引いて作ってくれるのではないか、庵野秀明らしい傑作が拝めるのではないかという淡い期待をしていたが、見事裏切られた感がある。
「庵野秀明、仮面ライダーもめちゃくちゃ好きだな!全然客観的になれてねぇな!!」
■ストーリーについては特に言うことがないんや……
マジで「いつもの庵野秀明」なんですよね
悪い意味ではなく、本当に庵野秀明はこういうのが好きなんやな、三つ子の魂百までとなるやつ
個人的には物足りないが、様式美として割り切って語りたい人に任せたいと思います。
この作品の本領は庵野秀明レイアウトと初代仮面ライダーを踏まえたディテールだと思うので、そちらを楽しみたいと思います。以下は小ネタとツッコミ
■ナンバープレートに向ける異様なこだわり
初代仮面ライダー。怪人が乗ってくる車にナンバープレート付いてるの毎回笑うわ
— ジャック・オ・蘭たん (@puchohenzaa) 2011年7月10日
冒頭から違和感のあるレベルで敵のトラックとサイクロン号のナンバープレートを強調したカットが入り、その後もちょくちょく不自然にナンバープレートを入れたカットが挟まれていく。
私は初代仮面ライダーを観たことはないのだが、おそらく当時の庵野秀明少年はテレビを観ながら(ショッカーは悪の組織なのになぜナンバープレートをつけているのか?仮面ライダーも身元がわかるようなものをなんで?みんな車検受けてるのか?)とツッコんでいたんだろうね………知らんがな!!
(私も多摩ナンバーの悪の組織っておもしろいよな、となってはいたけど)
■いちばん笑ったポイント
双眼鏡を持つ人工知能ケイ、きみはズーム機能ないんか?
■三度現れる竹野内豊
庵野秀明は自分をイケメンにしたら竹野内豊になると思っていて、擬似的なカメオ出演なのかもしれない
■実質ニンジャスレイヤー
ニンジャスレイヤーの元ネタのひとつが仮面ライダーなんだろうが、ミームは上書きされるもので、(これで爆発四散したら完全にニンジャスレイヤーだな……)と思っていたら終盤の量産型ライダーが爆発四散しだして完全にニンジャスレイヤーになった
実際そっくりだと思う
■ろくでもない幹部しか出てこないので死後に上昇するクモオーグさんの株
クモオーグさん、殺人嗜好のサイコパスキャラだったのに、続々登場する幹部が全員社会性皆無なので、実は組織人として有能だったんだろうな、カマキリカメレオンくんも他にまともにコミニュケーションとれる先輩がいなかったんだろうな……となった
取ってつけた感のあるラスボスだが、森山未來の所作の美しさでなんとか乗り切った感がある
合気道と舞踊を組み合わせたような格闘シーンは覚悟のススメの散さまを想起させてカッコ良かった
が、最終的には取っ組み合いになるバトル、レッドマンみたいだったな……庵野秀明的にはカッコいい殺陣だけではなくカッコ悪いところも含めて特撮の素晴らしさだと考えていて、それを我々にも理解してほしいんだろうな……知らんがな!令和だぞ!良いところだけでいいだろ!
■まとめ リメイク作品の限界について
『シン・ウルトラマン』『シン・仮面ライダー』への個人的な今ひとつ感も、庵野秀明自身が明確に理由を言語化しており、パンフレットから引用したい。
自分にできる恩返しは、ATAC等で過去作の資料保存と啓蒙活動に加えて、「新作」を作ることでオリジナル作品を自作で越えるのではなくオリジナルの魅力を社会に広げ、オリジナルの面白さを世間に再認識して貰う事でした。(P29)
オリジナルが至高であり、リメイクはそれを超えるために作っているわけではないとはっきり言われると……その作品単体では物足りなくなるのは当然だろう。オリジナルに思い入れのあるファンからは理想的な姿勢に感じられるかもしれないが、そうではない消費者には知ったことではないというのが正直なところだろう。
ただ、『シン・ウルトラマン』で不満だったレイアウトのつまらなさは払拭されており、庵野秀明監督の絵作りだけでも十分に楽しめるのは確かで……線路での本郷とルリ子の対峙や風車の回る海岸での会話、干潟に反射する朝日の中で立ち尽くす一文字、ラストの橋を走り去るサイクロン号といったシーンはそれだけでも再見したくなる出来なんだよなあ
つまらない締めになるが、庵野秀明監督の新作に期待、としか言いようがないね……
コートをたなびかせる仮面ライダーのビジュアルは本当に良かったので、フィギュアほしくなるのはしょうがない
昨日11/13の日曜日に、IMAXで『すずめの戸締まり』を観てきました。育児でなかなか映画に行けない中で、公開直後に行かせてくれた家族に感謝……!
せっかくなので感想をメモしておきたいと思います。
■総評:いい映画でした
『すずめの戸締まり』というタイトル、一見すると後ろ向き、ネガティブなイメージになりえるものを、外=未来に向かっていくために必要な行為としてポジティブなイメージへとひっくり返すラストシーン、その演出とアニメーションが本当に素晴らしかったです!作品の構造的な美しさとぴったりとハマっていて、非常に良かった。あのシーンを観るためにもう一度劇場に行きたいですわ!
一晩経って感想を読んだり考えたりして気になる点も出ているので書いておきますが、その前にネタ的なメモも書いておきます。
■諸星大二郎原作という捏造された記憶
前作『天気の子』ではPCエロゲー原作ネタがありましたが、私は『すずめの戸締まり』を観ながら、(令和に諸星大二郎先生の原作がこんなに美麗にアニメ化されるなんて、うれしいなあ……)という存在しない記憶が出てきて、後半ずっとニヤニヤしていました。
(髪型が違うけど名字が同じ)
本作の批判ポイント、いくつかあると思いますが、11/14時点で大きなものは下記かなと思っています。
個人的にはどれもそこまで引っかかりは無かったです。
1はフィクションあるあるだしな……となるし、2は確かにダイジンたちがかわいそうだろ!となるけど、自己犠牲をどうやって乗り越えるかは創作全般の課題で、新海監督作品に強く求めるのは酷だよなという気持ち、3は確かにその通りだと思うけど、北海道沖縄のことを浅く扱うほうが問題あると理解できるので……
(それ以外にも、すずめの無鉄砲さ交通安全意識の低さとかあまりにも他人の親切に乗っかってるご都合主義とか、いろいろあるとは思います)
自分としては、次の部分が最も気になる点でした。
id:p_shirokuma先生の感想記事に、こんなブコメをしました
生きるって本当はこういうことだ──『すずめの戸締り』雑感 - シロクマの屑籠多少星もいただいていますが、同時に名指しではないですが批判もされています。私も昨日観てきて、同じ感想を抱くと同時に、「つらい記憶を忘れて楽しく生きていく」ことを肯定するの、現状肯定でしかなくて俗情との結託だよなと。悪いわけではなく、これが国民的作家に求められていることかもな
2022/11/14 08:15
生きるって本当はこういうことだ──『すずめの戸締り』雑感 - シロクマの屑籠つらい記憶を忘れて楽しくってのようわからんが(話の流れは忘れていたつらい記憶と向き合い楽しく生きていくって話だったので)、災害にあってもポジティブに生きていけると言う話だと思う。
2022/11/14 08:33
生きるって本当はこういうことだ──『すずめの戸締り』雑感 - シロクマの屑籠↓いやいや、忘れていた辛い記憶を取り戻して受容する物語だったでしょ。
2022/11/14 09:59
ここでの論点は、「過去を忘れる」と「過去と向き合う・受容する・乗り越える」は異なるか?ということだと思いますが、私としては同じことの言い換えでしかないと思います。
私は災害サバイバーになったり、近い家族を失ったりは幸運にしてまだ経験していないのですが、メンタル的な経験から、過去のつらい記憶から立ち直った、回復したといった経験は、程度の差こそあれ忘却の要素なしではありえないと思っています。つらさの只中では立ち止まることしかできないのが普通の人間でしょう。
『すずめの戸締まり』を通じて、私たち観客は、自然災害は避けることができないこと、しかしそれは自然の中でごく短い時間を生きている人間には不可避であり、つらくても忘れて(向き合い、受容し、乗り越えて)前向きに生きていかなければならないという感動的なメッセージを受け取ります。
しかし私はどうしてもそこで引っかかりを覚えてしまいました。
同じシロクマ先生感想へのブコメで的確なコメントがあったので引用します。
生きるって本当はこういうことだ──『すずめの戸締り』雑感 - シロクマの屑籠我々観客が、そうだ!辛かった過去を忘れて楽しく生きていこう!と思うのを、もしまだ悲しみの只中にいる方が観たら「自分たちの不幸をエンタメにして気持ちよくなるな!」と憤るかもしれない……。(ただ実際に被災された方はポジティブに受け止めている人が多いとも聞きます。しかしすべての関係者に確認することは不可能なほど、被害に遭われた方が多くいるということも理解できると思います)面白かったけど、自分は被災していないので面白がっていいのか悩む。当事者の気持ちを考えると手放しで褒める気にならないというか
2022/11/14 12:21
東日本大震災から10年以上が経過し、コロナという全人類共通の猛威との戦いを経て共存が叫ばれる時代において、『すずめの戸締まり』は実在の事件や災害をエンタメにすることの意義と暴力性を考えざるを得ない作品でした。
だからこそ今つくられるべき作品であり、ヒットするべき作品である、というのがいまの私の感想です。お読みいただいた方ありがとうございました。
マクドナルドのハッピーセットでもらえるおまけ絵本でめちゃくちゃ涙腺を刺激されたので、みんな読んだほうがいいぜ!(´;ω;`)
藤本タツキ先生の読み切り『ルックバック』読みましたか?読んでない?143ページだけど一瞬だから!すぐ読んで!!!
……読んだ?私はこの作品は紛れもない傑作だと思います。
その説明は別で書くとして、とりあえず「『ルックバック』で並行世界とかいうやつはアホ」であるという理由を説明します。
昔からのSFではおなじみの並行世界もかなり人口に膾炙したため、安易に並行世界という言葉を使う人が多い気がします。
ブックマークとかにもうじゃうじゃいますね。
並行世界もので重要なのは、基本的に交わらない世界同士が、どう関わりあうのか?ということです。
なぜなら「別の世界」なんてものはそもそも「妄想」の一言で済むものですから、そうではなく作中世界や我々の世界と同じくらいの存在の重さ、影響力がある、ということがあえてそれを物語のテーマにするには重要なのです。
その上で、『ルックバック』の作中描写を「並行世界」と呼ぶ人は下記を無視しています。
以上を踏まえて、藤野の「妄想」の一言で済むものを、わざわざ「並行世界」と呼ぶ人は、最近知った専門用語っぽいものを意味もわからずよく考えもせずとりあえず使ってみている“あほ”です。無視しましょう。
終
『ルックバック』
単行本もチェンソーマンアニメも楽しみ!!
シン・エヴァ未見だった奥さんのために、Twitterのミュートワード用にリストを作りました。
直接の用語と、匂わせで使われそうなのをだいたい時系列で列挙してみたので、作品の振り返りにもなって視聴済みの方はニヤニヤできるかもしれません。
未見の人に誰が登録してあげるのか?……さあ……
感想はまた別途……