神崎美柚の小説置き場。

新しいスマホにやっと慣れてきました……投稿頑張ります

《歪な》運命 第14.5話「人形造り」side.ヘンリー

「師匠、お手紙です」
「見せてくれ」
「はい」

 弟子のシェリルから手渡された手紙は上質な紙を使用していた。それも、魔力値が高い古代魔女が愛用していた紙だ。かなり高度な魔法を使用しても耐えれるようになっており、手紙を一瞬で届ける際に役立っていた。
 中身を開けると、見たくもない古代魔女の名前が書かれていた。今まで関わろうとしなかったのになぜ──? 疑問はつきないが、とりあえず内容は読んでおこう。

『ヘンリー=チャリオット様
機関からの召集命令を幾度も無視し、私の名前なんて見たくもない程恨んでるかと思います。それでも、今回の事件について考えてみてはくれないでしょうか。
事件で見つかった死体の一部欠損。しかし犯人は未だ不明。私はこれらを聞いてあなた方を思い出しました。死体の一部を持ち去るなんてあなた方人形師がかつて散々やってきたことですからね。
良い返答を期待しています テ・アードトップ ナディア』

 ──まさか。わたしは手紙を側にいる弟子に見せようかと考えたが、テ・アードなんて知られては困る。またわたしが追われてしまう。
 とりあえずかいつまんで話そう。

「なあ、シェリル」
「何でしょうか、師匠」
「王都の死体欠損事件、身に覚えはあるか」
「……まさか、ティカ様が」
「シェリルは違うのか? 」
「もちろんです! 実は最近、ティカ様がご機嫌なんです。ティカ様は材料が少ないからって大抵不機嫌なので……おかしいなとは思ってました」
「それを報告しろ!」
「でも、私も師匠もこの村からは動けないんですよ!? だから、杞憂だったら……と考えてしまって」
「……まあ、それもそうだな。一応、ティカの様子を見てきてくれないか? 」
「はい!! 」

 一人になり、わたしは返事を書く。

『きっと、ティカのしわざ』

 それだけ書くと、古代魔法で瞬時に送る。わたしは一応いつでも魔法で連絡が来ていいようにパスを開けておく。
 すると、慌てた感じのナディアの声が聞こえてきた。

〔何なの、嫌味? 嫌味なわけ? 〕
「いつもどおりだな、ナディア」
〔200年振りかしら〕
「正確に言うのなら──」
〔はいはい、悠長に話す余裕はないの。妹に感知されたら大事になるんだから。で? ティカが犯人という根拠は? 〕
「この村には人形師がわたしとシェリル、それにティカしかいない。村とも呼べない極限限界集落という状況だ。わたしは君の知ってのとおり足が悪いし、目もほぼ見えない。機関にもずっと追われているから王都には行けないんだ。だから弟子のシェリルに聞いたら、ティカがご機嫌だったのは事件で遺体の一部を手にいれたからだろう、って」
〔で、シェリルの情報から犯人はティカだと特定したのね。あー、まあ、確かに被害者は女性ばかりだもの……マリアには負けるけど、被害者はかなりの美人よ〕
「散々言ったんだがな。現代では実物を使うというのは法に反するみたいだ、と」
〔ティカに法律なんて関係ないわよ〕

 ナディアに鼻で笑われた。確かにそうだ。
ティカは現代魔女としては二番目に凄い称号を得たものの、国や機関には忠誠を誓わず、最終的には機関から勝手に出ていった。彼女は、大事なものをこの手に収めていたいの──と、わたしに弟子入りする際に笑って言った。
 大事なものとは何だろう、とわたしもシェリルも首を傾げた。だが、ティカはある日突然マリアを連れてきた。マリアが大事なものだというのには寒気を感じた。ティカは学生時代からマリアを良きライバルとして扱っていた、とシェリルから聞いた。──未だにもやもやする。いっそのこと、聞いてみるか。

「なあ、ナディア。一ついいか」
〔何? 〕
「わたしは現代魔女には詳しくない。ティカが凄いらしいというのもシェリルから聞かされたぐらいだ。ティカの良きライバルがマリアだというのも、な。だから教えてほしい。なぜ、ティカは歪んだ愛をマリアに向けるのかを」
〔……それは分からないわ。私は王都に長いこと住んでいるけれど、機関と協力関係を結んだのはティカがいなくなった後だもの。ティカが古代魔女を敵対視していたのは聞かされたけれども、あとは謎よ。アキナもそう言うと思うわ〕
「……そうか」
〔私は古代魔女よ? 現代魔女にはあまり関わりたくないし、それに、天才がかなりひねくれてるのは昔から変わらないだろうから余計に嫌なのよ。ティカやマリアに何かあったなんて、天才ならばきっと分かるはずよ。それじゃあ、また〕
「……ああ、また」

 ティカとマリア。この二人の関係性は数少ない純粋な古代魔女の生き残りであるナディアは知らなかった。いや、知りたくなかったから知らないのだ。
 そういえば彼女らを題材にした素晴らしい絵画の数々がこの国にはあると聞くが、本はどうなのだろうか。
 わたしは杖を用いてなんとか立ち上がり、シェリルの元に向かうことにした。
 わたしの最高傑作であり、古くから弟子としてわたしを支えてくれているシェリル。彼女ならば、マリアとティカの関係性を話してくれるだろう。

 わたしの屋敷から十五分間ゆっくりと歩いて辿り着いた村の外れ。そこの小屋の中にティカは住んでいる。実はシェリルが共同で住むことを勧めたのだが、やんわりと断って小屋を自ら選んだのだ。わたしにはこれが未だに不思議だ。
 扉をノックをし、開ける。不気味な程静まり返っていた。それに、この臭いは──わたしが長いこと使用していないはずの本物の死体からしているように思われる。
もちろん、ティカにも死体はやめておけと散々忠告した。古代魔女を敵視しているのならば、尚更使いたがらないはずだ。
 なのに、なぜ──
 すると、笑い声と共に奥の方からティカが現れた。

「あら、師匠。珍しいですわねえ」
「……シェリルをここに向かわせたが、もう帰したのか? 」
「まあ、あの子は生身ではない継ぎ接ぎだらけの人形ですから、殺す価値もありません。人形を人形に【転換】するのは無理がありますから」
「ティカ! 話せ! 」
「あらあら、怒らないでくださいな。少し眠っているだけですから」

 ティカが足元に転がしていた『何か』にかけていた毛布をはがした。『何か』とはシェリルだった。関節部分から少し血が滲んでいる。

「私の人形造りに役立つわ。繋ぎ方が難しいから、参考にしました。はい、返すわ」

 ぶっきらぼうに言うと、シェリルを毛布に包んでわたしに手渡した。シェリルはほとんど人間に近いが、体重は軽い。片手で持てるぐらいだ。
 その様子を見てティカは驚くどころか、興味深そうに眺めているだけだった。

 わたしは再びゆっくりと家に帰り、今度は自らナディアに連絡を入れた。

「ナディア、大変なことになった」
〔……どうしたの? 〕
「ティカは完全に犯人だ。取り返しのつかないことになってしまった」
〔……つまり、遺体から欲しいパーツを剥ぎ取ったのはティカで、それをやるのは現代では狂人ぐらい、と? 〕
「ああ。黒の魔女が処刑される前ならば別に大丈夫だったが、段々とテ・アードに管理されるようになり、わたしらは生身を使わないと誓った」
〔もし、違反したら? 〕
「残酷な処刑が待っている」
〔……そう。真実が機関に伝われば、ティカは《偉大な》という称号を取り消されてしまいそうね〕
「ああ、間違いなくな」
〔困ったものねえ……〕

 珍しくナディアが現代魔女を気にかけている。古代魔女からすれば現代魔女なんて下等生物だし、一部を除いて逆らっても大丈夫な人間だ。ナディアだって、そう考えているはずだ。
 暫しの沈黙の後、ナディアは何も言わずに連絡を切ってしまった。そこまで悩むのだろうか。

「おっ、またか」

 こんどは手紙が直接わたしの手に収まった。それには、マリアとティカという文章が載っていた。

《歪な》運命 第14話「未解決事件」side.アキナ

 未だに特定ができていない誘拐事件や殺人事件の犯人を機関に探してほしい、と王国治安維持部隊の隊長が直々にお願いしに来た。私は驚いた。

「まさか、魔女の仕業だと? 」
「そんな、まさか! 捜査がこれ以上長引けば、貴族間での争いが激しくなる為仕方なくです」
「へえ。まあ、確かにそうかもしれないけれど……」

 そういえば4月には学院の女生徒が自殺した。無罪である兄を再び逮捕したことに反論したが、誰にも受け入れられなかったからだ。当の兄はその後、証拠が不十分だった為釈放されたものの、全てを失い、両親と共に国中を転々としているらしい。
 そしてこの事件も結局迷宮入りしてしまった。しかも似たような事件は最近では多発している。隊長に渡された資料に目を通す。今まで以上に真剣に読む。
 ──まさか。
 私が驚きのあまり資料を手から落とすと、お茶を飲んでいた隊長が顔をあげた。

「どうかされましたか? 」
「い、いえ……『死体の欠損』が気になりまして」
「ああ、それですか。いくつかの事件において死体の一部分が未だに見つかっていないのです。足だったり、腕だったり……。人間をおもちゃか何かと思っているのでしょうかね」
「いえ、人形のパーツと思っているのですよ」
「人形? 」
「かつてこの国には古代魔女と競争してきた人形師がいました。彼らは古代魔女と同様に残酷な考えの持ち主でした。人形師は古代魔女よりも優れていて、人のパーツを集めて新たな人を作ることが可能で、自分が望む、完璧な人間を──」
「……死体の欠損はまさか」
「そうかもしれないですわね」
「でも、古代魔女がいたのは200年前までですよ? 彼らはもう」
「それが生き延びているかもしれないでしょう? 」
「……まあ、普通の人間ならあり得ないですからね。そういうことにしましょう。それでは今日は帰りますね。今月末ぐらいにまた来ますから」
「分かりましたわ」

 私は彼を正面玄関まで見送った後、部屋に戻ってソファーに倒れこむ。
 今年は大変すぎる。いくつもの案件を機関が同時に抱え込むことになってしまっている。
 まず、異常気象。異常気象を国が対処しきれず、機関も関わることとなった。しかし、被害は拡大するばかりで私達は困り果てている。
 そして先程聞いた未解決の連続殺人事件。被害者の遺体に欠損があるとは驚いてしまった。こちらの方が対処が難しいだろう。

「……また彼らを頼るべきかしら」

 学院でも起きている連続殺人事件。それは未だに続いている。解決せずに放置すれば文句が出るだろう。
だが、学院を機関に取り込む際に旧学院管理機関(現在は解散している)と共に取り決めた青少年不干渉宣言というのがあるせいで機関が関われない。そこで仕方なく私は古代魔女の団体であるテ・アードに頼ったのだ。
 するとテ・アードのトップは事件現場に足を運びたいと申し出てきた。表世界では生きることが許されない彼らに学院に足を踏み入れさせるのはどうなのか、と私は考えた。しかし、新しい事件現場に警察が向かうと聞いて私は彼女に警察のふりをしてもらうことにした。
彼女は事件現場に行くなり顔をしかめ、古代魔法が使われた痕跡がある、と言ってのけた。犯人はほぼ特定されたも同然なのだ。
 今日はこの後、その報告をするためにテ・アードのトップがここを訪れる。その際に死体欠損の話もしよう。

 2時間後。昼食を食べ終えると、テ・アードのトップ、ナディアさんがやってきた。いつものごとくフードを目深にかぶり、まるで怪しい人物だ。

「報告をしに来たわ。犯人はユイ=シャランよ。但し、措置はとらないこと。そうすればユイの精神が崩壊しかねないわ」
「まあ、彼女が。分かりましたわ。あと、また頼み事をしてもよろしいでしょうか」
「ええ、構わないわよ。どうせやることないもの」
「未解決の連続殺人事件の死体欠損のことですが──」
「……」

 ナディアさんは唇を開きかけたが途中でやめ、固く閉じた。ああ、察しているのかしら。

「人形師の仕業だというのは分かっているわ。でも、無理なの」
「古代魔女でも、ですか? 」
「ええ、そうよ。だって、生き残っているのはヘンリー=チャリオット。両親が人形師で、魔力値は古代魔女の平均の五倍以上。ちなみに彼は誰からも恐れられ、弟子はかなりいたらしいわ。まあ、ほとんど死んだでしょうけれど」
「五倍……」

 古代魔女の平均魔力値。それは確か、現代魔女の平均魔力値の三倍とも言われている。
もし並の現代魔女がヘンリー立ち向かえば、彼らは消し炭にされるだろう。私もされかねない。
 そういえばナディアさんは一体魔力値はいくらなのだろうか。尋ねる前に自ら話してくれた。

「私はね、三倍よ。抑えられる前はもっとあったのだけれども……もう残ってないわ。ヘンリーみたいに人里離れて暮らしていたわけではないから、容赦なく奪われたのよ」
「……」
「しかも彼の弟子にはあのティカもいるのでしょう? 関わったらティカを取り戻すことが夢のまた夢になるわよ」
「……じゃあ、どうすれば」
「手紙を送ってみるわ。返事がなければ彼は私を拒んでいるということになるだろうし、あったとしても……ねえ」

 それほど気難しいのか、と私は落胆した。古代魔女に下手に関わって死ぬのはごめんだ。
 すると、ナディアさんは初めてフードを脱いで私に顔を見せた。その顔には、傷があった。

「私は一度、あることに深く関わりすぎて傷を負った。知り合いだからって油断して、こんなことになったのよ。笑えちゃうわよね」
「……つまり、油断するな、と? 」
「ええ。気を付けてね。治安維持部隊と同じくらい国に重宝されているのよ? あなた、いつ狙われてもおかしくないわよ」
「……」

 ナディアさんは再びフードを被り、魔法で姿を変化させ部屋から去っていった。

《歪な》運命 第13.5話「彼女という存在」

 彼女が意識を切ったことを確認し、私は目覚める。
 私が生前から愛していた殺人。それは、私が入っている体の持ち主である彼女が激昂したり、眠るなどして意識を切った際に行われる。そう、意識を切った後私が入るのだ。

「こんばんは」

 宿屋を出た後、誰かに話しかけられた。深夜だから誰もいないはずなのに。
 振り向くと、黒い服の女がいた。仮面を被っており顔の判別はつかないが、声からして昼間の女だ。

「あなた、少女を苦しめてまで殺人を行いたいのかしら」
「これは私とユイの契約の元よ? まあ、本人は忘れてしまっているけれど……」
「──それでも、あなたの存在は容認しがたいわ」

 女が持っていたナイフを私に振りかざす。ユイごと殺すつもりらしい。
 私は軽々と避けて森へ走る。こんな女に構っていられない。

──

 私は失敗した。悔しくて、悔しくてたまらない。
 姉に勝ちたい。その一心で、慣れないナイフを使ってユイの中にいる彼女をユイごと殺してしまおう、と私は計画した。ナイフを取り出したらきっと動揺する──という考えが甘かったのだ。
古代魔女の中でも最強だった彼女は殺人を生涯好んだ。だが、何者かの裏切りにより、彼女は処刑された。
 そんな彼女の意識を本に封じ込めたのが当時のシャラン家当主だった。その後の本の行方は誰も知らなかったが、シャラン家書庫になぜか保管されていたのを私は耳にした。書庫に潜入して彼女を殺そうと私は考えた。
 書庫に潜入する前の日、ユイ=シャランという女を街で見かけ、私は愕然とした。彼女が既にユイと契約していることが判明した。あまりにも魔力値が高いから驚いて中身を見たわけだが、あれも失敗だった。

「さて、これからどうしようかしら……」

 考えた末にもう彼女を追いかけるのを諦め、宿屋におとなしく戻ることにした。

──

 殺人を終え、私は宿屋に戻った。あの女は簡単に諦めたようだ。あの女の一番上の姉や母親は才能が素晴らしいと聞いたことがある。ユイが幼い頃、書庫で暇そうにしている私によく語ってくれた。

『きょうはね、テ・アードについてかたるね! 』
『テ・アード……? ──私が生きていた時代に発足したあれか。私を処刑すると決めたのも奴らだったな』
『そんなにひどいんだ……。でもね、テ・アードはいまから200年前にじゃくたいかしたからあんしんして! 』
『はは、それはよかった』
『ナディアというおねえちゃんが、いもうとのアリスをテ・アードからかいこしたのがはじまりだ、ってこのほんにあるよ』
『ほう。そうなのか』
『ナディア、アリス、ユキ。このさんにんは美しいセレナート三姉妹だったって! 』
『ふむ、そうか』

 ユイはわざとらしく年相応の少女のように振る舞いながら、語り続けた。
 テ・アードはユキが機関と新しい魔法を創ったことにより、あっという間に弱体化した。ユキが必要以上に姉を含めた古代魔女を嫌い、テ・アードから魔力値や魔法を奪い取ったのだという。逆らえば殺され、それを管理をしたのがシャラン家だった。だからこそ、あの書庫にはたくさん古代魔法の本があるのだ。
 私はそれらを思い出し、微笑む。

「おやすみなさい、ユイ」

 返事なんて返ってこないのに、私は無駄に呼び掛けた。

《歪な》運命 第13話「旅路」side.ユイ

 夏期休暇を利用して私は国中を巡る旅に出ることにした。連続殺人事件の不安感から多くの貴族が別荘へと行っているというのもあり、私も外に出よう、と考えたのだ。
本来ならいつものあの別荘に行くが、今年は何の気まぐれか両親が長いことそこに滞在するらしい。私はそこに居たくなかった。どうせ両親と私を可愛がってくれたおばあさまの口喧嘩が起こるだけだからだ。
 まずは一番北にあるノアークという町に行くことにした。そこには二週間滞在する。
 私の尊敬するあの方の出生地であり、王都から追い出された後はひっそりと住んでいた地。
 たどり着くまでに一週間近くかかるので、私は途中の町にももちろん泊まるが、あくまでもノアークが目的地だ。
 馬車用の馬とは言え、走るのは7時間が限界らしい。この王都から7時間かかる一番遠い北部の町はマラーゾ。かなり辺鄙な場所にあるのだが、歴史的価値が高いため、歴史好きの人は苦労しても行きたいとか。
 私はマラーゾ行きの馬車に乗り、持ってきた本を読み始める。実は距離的にはそう遠くないが、7時間かかるのは山岳地帯だからとか。
 ちなみに1日目はそれ以上北には行けない。小さな町であり山岳地帯にあるマラーゾは朝と昼以外には馬車がない。私が着くのと入れ違いになって昼の便が出るだろう。
 私が本に夢中になってると、声をかけられた。

「その身なり、貴族かしら? 先程からちらちら見える顔つきからして……学生でしょう、あなたは」
「──ええ、はい」
「大丈夫、大丈夫。お姉さんはルール理解してるし、貴族じゃないもの。私はノアークに行くのだけれども……あなたは? 」
「私も、ノアークに行きますわ」
「へえ。じゃあ、一緒ね」
「はい」

 私と彼女以外誰も乗っていない馬車。まあ、普通の人は昼の便でマラーゾに向かいマラーゾを楽しむからだろう。
 ──だから私は彼女を疑った。ノアークに行くにしても、昼の便でも構わないはずだ。私が朝早く出たのは、別荘に向かう貴族や同級生に遭遇しないため。しかし彼女は、なぜ……?
 ……私はあくまでも普通の貴族の娘で、学院の生徒。そう振る舞うことにした。

 時折おしゃべりをして過ごし、5時間程経過した頃。山岳の麓にあるラマという村で馬車は止まった。
 私が窓の外を見ると、大雨がいつの間にか振りだしていたらしく、大粒の雫がまどについていた。

「すまねえな。この雨だと、山岳地帯には行けねえ。だから、ラマ村から山岳地帯を避けて6時間でユユリタという町に行く便に乗ってくれ」
「いつ出ますか? 」
「15時だ。それまであの建物で休むといい」

 勧められるがままに建物に入り、中にあるソファーでくつろぐ。持っていた地図を見ると、確かにラマ村付近に僅かだが平地があり、うねってはいるがユユリタという町に続く道がある。
 私は正直言ってユユリタ行きには乗りたくない。貴族らしからぬ生活を送っていた私でも、あんな悪路に耐えきる自信はない。
 私が苦い顔をしていると、先程の女性がまた声をかけてきた。

「どうしたの? ユユリタ行きに乗るか悩んでいるの? 」
「ええ、まあ。悪路に耐えきる自信が無くて……」
「あらまあ、奇遇ね。私もよ。それに、ラマ村はお食事も美味しいし、マラーゾ町と違って物価も安いし、人も少ない。良いこと尽くしだからせっかくならと思って泊まることにしたの。──また後で会いましょう」

 早口で喋ったかと思えば、笑顔でいなくなっていた。変わった人だわ。
 変に同調する割には名前を名乗らない彼女に私は不信感を抱きつつあった。ノアークは狙われるような要人が今でも身を潜める町として有名だ。そこに用があり、尚且つ名乗らないとは……まさか……。
 私はラマ村から南に行くことにした。ここから馬車で30分程行ったところにトクナという小さな町がある。あの女性から離れるには明日はトクナからマラーゾ(2時間30分)、マラーゾからユユリタ(2時間)という感じに進もう。ユユリタから先は謎の女性次第だろう。

 トクナに着き、宿を探す。幸い一部屋空いていたので私はそこに泊まる。
 トクナはラマ村と同様に見所と言えば美味しい食事しかない、寂れた町。だから私はお昼からは都市にはない穏やかな風景を宿屋近くの丘でぼんやりと見ているしかなかった。
 こうして見ていると昔のことを思い出す。別荘のある村は緑豊かで、程よい静寂に包まれていた。読書するにはとても良い環境だった。私が傷ついていたあの時に──。

「……っ! 」

 最近、昔のことを思い出そうとすると頭痛がする。なぜだろう。何か、悪いものでも憑いているのだろうか。
 今夜は早めに寝よう──。

《歪な》運命 第12.5話「ウソとホント」side.ユイ

 テストなんてくだらない、と私は思った。だけれども、受けなければ私のお父様の名誉は丸潰れだろう。そのこともあり、仕方ないから受けた。
 それに、私は学年一位だ。学院に貢ぐお金も、成績も。
 二日目が終わり、私は門限まで王国の図書館に入り浸ろうと考えていた。あそこには、はるか昔に禁書となったダラン=バーク先生の書物が保存されている。
 学院の門から出るとき、ノアと遭遇した。ノアはどうやら外から帰って来たところらしい。

「ねえ、どこに行くのかしら? 」
「王国図書館。疲れたから本が読みたいの」
「……でも確かたくさん所有していたような」
「私にだって買えない高い本もあるのよ」
「へえ。暇だから一緒に行っても構わない? 」
「いいわよ」

 王国図書館は広いから、私の探す本までバレはしないはず。まあ、バレたら殺すだけなのだけれども。
 図書館に着くなりノアは私ら貴族の少女がよく読むような本を求め、探し始めた。嗜む程度なので、本と言ってもかなりの短編小説で、貴族の娘は普通にそれを1週間かけて読むという。だからこそ、学院の教科書もかなり薄い。初めて見たときは、信じられない、と言いたくなった。
 私は地下に繋がる階段を降りる。男性ばかりいるが、時折女性の姿も見られる。基本的にここにいるのは禁書扱いを受けた本の作者を研究する学者ばかり。私みたいに本気で尊敬する人は少ないだろう。

「あったわ」

 小さな声で呟く。ダラン先生の著書は150冊もあるが、禁書扱いを受けたのは70冊。最終的に王国から処刑を言い渡されるまで36年間で70冊を書き上げたという。有り得ない速さで出した本の中で王国やテ・アードを鋭く批判しているところに私は惹かれてしまう。
 幼い頃から読み続けているが、まだ25冊目。この本はどのようなものだろうか、と席に座り本を開く前に想像する。
 タイトルは──『テ・アードの意義』。書かれたのは300年前。内容がテ・アードの怒りに触れ、この本で初めて禁書扱いを受けたという。
 本を、めくる。

『私はテ・アードの意義について疑問を常日頃から感じている。最近世間を何かと騒がす異常気象。その原因を知りながらも未だに対策をとらないテ・アード。本当に、テ・アードに意義はあるのだろうか』

 私はうっとりとする。この鋭い批判。権力をも恐れない姿勢が素晴らしい。
 すると、視界の隅に本がどさりと置かれたのが見えた。どこぞやの研究者だろうか、とちらりと見る。

「!? 」

 私は焦る。その人の胸元には、機関の象徴マークである太陽が描かれたバッジが。しかも、六芒星付きである。髪は先程から揺れている。女性だ。
 ──もしや、この人は機関の総管理官・アキナ!? だとしたら、私は、バレたらおしまいだ。
 私はそっと本を閉じ、アキナが目を離している隙に本を棚に戻す。そして、螺旋階段の影で盗み聞きをする。

「あーもう! 図書館っていらつくわ。暑くてむしむしと……」
「仕方ありませんよ。ここは図書館ですから」

 ちらりと見ると、アキナ以外には8人いた。彼らは手元で禁書扱いから外された本に何か作業を施していた。──機関がなぜ、テ・アードと国の定めた禁書をまたいじるのだろうか?

「最近の事件はここの本に感化された人が起こしているらしいから、さっさと封じるのよ」
「にしては人数すくないですよね」
「大がかりにすると、ここの本の信者が邪魔するでしょう? この時間ならば信者──まあ、研究者だけど、彼らは本業で忙しいはずよ」

 迂闊だった。私は周りを見ていなかった。
 私はこれ以上はマズイ、と上に上がった。

「ノア? いる? 」

 階段は人気のない場所にある。私はそっとその場所を出て、つまらない現代の哲学の本の棚でノアに声をかけた。それは、この棚の向こうが貴族息女本の棚だからだ。
 案の定、ノアのとぼけた声が返ってきた。

「いるわよ。ねえ、ユイもどうかしら? 」
「私は分厚い本が好きだから結構よ。それよりも、そろそろ帰ろうかしらと思ったの。大丈夫かしら」
「ええ! 数冊借りたから大丈夫よ」

 数冊の本を抱えたノアがひょこっ、と現れた。どれも、興味を引く本ではない。しかも、かなりの短編集だ。貴族の少女はこんな本を読むのか、と私は感心してしまった。
 帰り道。ノアは私に何の本を読んだのか、とか、オススメの本はあるのか、とか聞いてきた。
 本当の事は言えないので、嘘をつくことになる。

「長編の物語よ。短編集ばかり読む人にオススメできる本は……ないわね」
「そっか。──ねえ、ユイ。あなたは短編集、読んだことないの? 」
「ええ。幼い頃から長編の物語ばかり読んでいたわ」
「本当に変わっているわね」

 私が貴族の娘らしくないのは知っている。私だって、少しは貴族の娘らしく育てて欲しいと思ったことはあった。でも、もう、あきらめた。あんな両親に期待するなんて出来ない。
 私を、ずっと放置していた両親になんて……。

《歪な》運命 第12話「テスト──貴族クラスの場合」side.エリザ

 私の父親は金の亡者だ。だからこそ、私はあまり好んではいない。しかし、幼い頃、病に倒れた母親はか弱かったけれども、私に寄り添ってくれていた。
 今、目の前にいるマスターもそうだ。

「お嬢様にテストで目立つなと旦那様が忠告なされたのですか? 」
「ええ、そうなのよ。優秀でも、そうじゃなくてもダメなの。社交界に入る上で聡明な女性を父親は望んでいるの。この間婚約を破棄したと思ったら、休暇中に決めてしまうらしいわ」
「おやおや。やたらと長いこと話していたと思ったら、婚約の話ですか」

 墓参りの後、私は皆を慰めたいと思ってお茶会を考えていた。だけれども、父親はそれを止めた。冷たい目で、話がある、と私を呼びつけた。
 婚約を破棄してくれたのは嬉しかった。けれども、相手をまだ探すという。
 ──お前は夫の横で夫を支え続けていればいいんだ。いっそのこと、あの男の仕事を奪っても構わない。お金を手に入れてくれれば、我が家の恥にならない限り何でも良い。
 つまり、お前は大臣になるなと言っているようなものだった。

「お嬢様、明日のテストについて、自信はいかほどですか? 」
「ある、と言ったらダメなのよね」

 窮屈だわ、と私は呟く。今日のテストだって、手を抜いた。分かるけれども、あえてあちらこちらに間違いをちりばめた。
 マスターは私の苦労を分かっているのかいないのか、紅茶を更についでくれた。

 翌日のテストもそれなりに頑張った。私はこの疲れや愚痴を母親に聞いてほしくて、都市の南にある医療センターに向かった。
 あまり行くなと父親に言われているこの場所は、手前には医療センターや商人の子供のための学校といった公共施設があり、奥には商人の住宅街がある。
 貴族である私はとてもじゃないが、医療センター以外には立ち寄れないし、医療センターでも貴族専用の棟以外には行く気すらない。幼い頃から身に付いているから仕方ないとは言え、平民とお話できるようになりたいものだ。
 最上階にある広々とした個室。そこが母親の終の住みかだ。

「お母様、エリザですわ。会わなくなって、久しいですわね」
「……あらまあ、エリザ。どうしたの? 」

 丁度お昼御飯を食べさせてもらっていたようで、私は見たこともないお世話係に睨まれた。けれども、私はそんなことには負けない。
 制止しようとするお世話係の言葉も無視して近寄る。前会ったときに、視界がぼんやりしてきた、と悲しそうに語っていた母親は真新しいメガネをかけていた。
 黙ったまま母親のベッドの横に立つ私を尻目に、お世話係が食事を再開させたものの、数口食べて母親は弱々しく首を振った。お湯で柔らかくした貴族らしからぬ食事は、ほとんど口をつけていなかった。

「ごめんなさい、今日はこれが限界なの」
「いえ……。また明日同じ時間に来ますので」
「ええ、分かりましたわ」

 お世話係がいなくなると、椅子に座るように促された。私が座ると、母親は私の胸に顔から倒れこんできた。私の背中に弱々しいながらも、一応手を回しているので、抱きついているつもりなのだろう。
 しばらくして私から離れると、母親はベッドに横になった。よく見ると、食後にも関わらず顔面蒼白だ。

「ねえ、エリザ。もし、もしなのだけれども、私が死んだらあなたはどうするのかしら」
「え……もちろん、悲しむわ」
「ありがとう、エリザ。……私の命がもう長くないことは、先程の光景からも分かるかしら? 」
「ええ、なんとなく」
「そのことで私のお父様は夫と揉めているの。先にお父様が短命だと聞かされているし、昔から覚悟はあったでしょう? だけれども、夫には無いの。最近狂乱状態で、お父様にすがっているわ。頼むから、妻が亡くなっても縁は切らないで欲しい──って、泣き叫んでいたわ」
「……」

 お母様のお家は王家の分家で、かなりお金がある。お父様はそれ目当てで結婚したのだ。か弱いけれども、自分より先には決して命は落とさないであろうお母様と。
 ところが、私を生んでしばらくすると、異変が現れた。私を生む際にも、生んだ後も、細心の注意を払っていたのに、体調をまた崩した。
体内魔力値。(魔女でなくても、人々は魔力を持つ。その値。)それが異常に低いのが、お母様の欠点だった。30代前半まで生きれる保証はない、と言われてしまうぐらい低かった。
結婚したのが15歳の時、私を生んだのは17歳。今は、ギリギリのラインを越えていつ死ぬのかもわからない。
 お母様はため息をつく。

「私は今33歳。十分過ぎるくらい生きたわ。あなたには申し訳ないくらいなの」
「……でも、お母様」
「私が死んでしまったら、貴族でなくなるかもしれないわ。そうなったら、あなたは一人で、強く生きて」
「……分かったわ」

 包帯を変えるお時間ですよ、とこれまた別のお世話係がやって来た。目くじらをたてられる前に私は退散することにした。

 病院を後にして、中央エリアに向かう。私のお屋敷は東エリアにある。でも、戻る気はない。今日の目的は別にある。
 そのまま北エリアに繋がる唯一の細い道路を歩く。北エリアは手付かずの自然が残っており、尚且つあれがある。
 今では古代魔法と呼ばれている魔法を使う魔女の集まり、テ・アード。教科書では解体されたと書かれているけれども、それは表向きの話。実際、テ・アードはまだこの北エリアにある。

「こんにちは」
「あら、エリザさん」

 にこやかな顔で出迎えてくれたのは古代魔法管理部の代表であるマリーナだ。3年ほど前に貴族なのだけれども、家出をした。私と同い年だから余計に驚いた。そしてその3年後に、つまり今、なぜか代表にまでなった。
 彼女は私を招き入れ、お茶会にしましょう、と他のメンバーに声をかけた。すると、暗かった雰囲気が一気に明るくなった。ああ、なるほどね。この人柄で代表に……。
 マリーナは実家にいた時なら絶対しなかったお茶をいれるということを、自らした。凄い進歩だわ……。

「お仕事はどう? 」
「古代魔法をいまだに無断で使う人がいるから忙しいわ。古代魔女はいいとしても、現代の人が身につけたら危ないというのは分かっているはずなのにね」
「でも、時にはスリルを求めてしまうのが人間だわ。魔力値がほんの少しでも高ければ、古代魔法を扱うことなんて大したことないもの」
「でも、学院の事件は不可解よ。封印したはずの古代魔法が使われているってトップが言っていたの」
「まあそれは……」

 機関がいくら青少年と関わろうとはしなくても、あんな大事件を放置するわけがないだろうと私は思っていた。まさか、テ・アードに頼むとは……。不可解な点が多すぎたからなのか、学院という青少年の学舎が事件現場となったからなのか。──きっと、どちらとも正しい理由だろう。
 それにしても、封印したはず、ということはユイのお家にある書物に封印した古代魔法が使われた痕跡でも見つけれたのだろうか。
 と、そこへ。トップであるナディアさんが現れた。手にはお茶菓子。構成員たちの顔が先程同様、笑顔になった。

「あら、トップ。こんにちは」
「お茶会しているかなって思ってね。ほら、あんた、未だにお菓子のセンスがおかしいから」
「え? そ、そうなのでしょうか? 」
「そうよ。ほら、食べましょう」

 マリーナのお菓子のセンス。私も貴族だから大分おかしいが、マリーナは私より階級が上で、確か王家の娘だ。(ただし継承権は持たない)だから、とんでもないお菓子ばかり出してくる。
 貴族の娘ですら滅多に食べられない珍しいお菓子だとか、年に一度レベルでしか貴族が食べられないお菓子だとか、そういうのをまとめてセンスが悪いとトップは言う。昔は貴族だったらしく、余計腹が立つとのこと。
 トップは私の横に座り、優雅に紅茶を味わいだした。そして、それを見つめる私に突然ぶっ飛んだことを言ってのけた。

「ああ、そうそう。学院の連続殺人事件の犯人分かったから」
「!? 」

 何を言ってるのかしらこの人は。長く生きすぎて頭のネジでも外れたのかしら。

「根拠はあるわよ。封印した本を触れるのは管理している一族のみ。例外として私も認めてほしかったけれども、どの魔女もそれを拒否した。それほど危険だとはその時知ったの。事件現場では寒気もしたし、吐き気もした。あの本が使われたの。それならば学年一位で一族の人間であるユイ=シャラン、彼女が犯人よ」
「……」
「親しいから驚いたでしょう? あの子は静かに狂っているわ。彼女が幼いときに会ったのだけれども、愛読書はかなり難しい理論書だった。当時の王様を侮辱するというあまりにも過激すぎてあっという間に封印されてしまった幻の理論書。それを読んでいたのよ。感想を尋ねたら──『かれはとてもすばらしいひとだわ。こんなにも、まっすぐにひはんしているなんて、なかなかできないことよ』。笑えちゃうわよね」
「……ユイが、」

 確かに彼女はおかしい。お墓参りの時も、冷静にナーシャの泣き顔を観察していた。もらい泣きなどせずに、そこにいた。そういえば、冷たい空気もまとっている気がする。
 シャラン家の人間だとは知っていた。だからと言って関わらないなんて、ありえない。私は貴族皆平等を目指しているのだから。

「まあ貴族だから知っていたかしら? 」
「はい。しかし、そこまで歪んでいたのは知りませんでしたわ」
「ふふ、そうよね」

 トップはそれ以降黙って紅茶を味わい、お茶菓子を時折頬張っていた。3杯程飲み、トップは去っていった。

 

《歪な》運命 第11.5話「優しい悪魔」side.セナ

『セナ、マナ。今からお母さん、大切なお話をするから、しっかり聞いてね』
『うん』『分かった』
『いい子ね、二人共。──二人の魔力特性が分かったらしいの』
『まりょく? 』『とくせー? 』
『魔法には様々な種類があるのだけれども、あなた達が使うのに一番適している魔法。それが魔力特性よ。はい、この紙を見て』
『マナは……まりょく、ぐい? 』
『セナもおなじだよ! 』
『……マナは自分の、セナは他人の魔力を好むの。厳密には違うわ』
『そうなのー? 』『むう』
『でも、今は知らなくていいのよ』

 あの日からもう12年になる。《破滅の》魔女と呼ばれる母親は私達を立派な魔女にしたかったのか、幼い頃から魔法について学ばせた。
 そして魔力特性。最近まであまり深くは考えなかったが、マナに言われ、私は愕然とした。
 ──私達、やっぱりダメみたいね
 どういうことなのかわからなかった。確かに、マナは私と距離をおいていた。それは嫌いだからだろうと少し諦めていた。だけど、違うらしい。
 ──私は人をいつかね、食べてしまうの。
 冗談だろうと私は思った。
 ──あの日、お母さんは私達を騙していた。幼いから傷つけたくなかったのかもしれないけど。あなたは人の魔力だけを、私はね、全てを好むの。
 訳がわからなかった。マナは、優しい顔で混乱する私の頭を撫でた。
 ──今まで、ごめんね、セナ。
 そのあと、マナは学院の外へ姿を消した。
 二度と、帰ってこなかった。
 私はずっと、ずっと、悔やんでいた。

「──セナ? 」

 ベッドでぼんやりしていると、メアリーが起こしに来た。私は起き上がる。
 遂に、テストの日だ。上位クラスには既に5名ほど欠員が出ているらしく、これはチャンスだ。

「さあ、頑張ろう」

 さすがに今日は朝食を食べた。いつもならば苦いお薬のせいで苦しいから食べないのだが、お昼まであまり休憩が無いと聞いたからだ。
 私が食堂で5種類の薬を出していると、横でメアリーが驚いた顔をした。

「すごいね、それ」
「そう、かな」
「まだ飲んでいたんだって思ったの。いつからなの、それ」
「母親の知り合いから勧められてから……気づいた時にはもう飲んでいたかな」
「ふうん」

 母親の知り合いは有名な薬剤師らしい。それも、私みたいに特殊な魔力特性を持つ人を治す専門の。(需要があるのか無いのか分からないのに不思議だ。)
 彼女が私に飲むようにと言ったのは、メアリーにははぐらかしたが、確か10歳ぐらいだ。それまで注射だけで大丈夫だと言っていたのに、急に変わったのだ。
私が薬を飲めるようになったからだろう。それに、薬の方が楽だと言われた。多分、子供心的に注射よりも薬の方がましだと思い込んだのだろう。

「そういえば、実家には連絡してるの? 」
「もちろん。お薬貰わないといけないからね。知り合いのお姉さんは私に合わせて実家に来てくれるのよ」
「へえ。じゃあ、マナとは会うの? 」
「……分かんない。会いづらいから」
「だよね。私は苦手だよ、正直。性格がね……」

 まただ。メアリーは私と再び仲良くなってからマナに対する不満ばかりだ。あの付きまといトリオから何を吹聴されたのだろうか。
 私とマナは双子だ。それを、忘れてしまったのだろうか。

 2日目まで何の問題もなく終わった。実技については実家であのお姉さんからアドバイスを貰わなきゃいけない。
 とりあえず昼食を軽く食べ、私は部屋に戻った。マナが持っていき忘れた荷物をまとめたかったからだ。
 だが、部屋に入ってみると、先にミシェルがいた。思わず目をぱちくりした後、私は笑顔になる。

「あのね、セナ」
「なあに、ミシェル」
「これ」

 渡されたのは封筒。とても、懐かしい香りがする。裏返してみると──マナ、とそっけなく書かれていた。嬉しくて、思わず涙ぐむ。
 だが、その内容は残酷だった。
『セナ、私はもう薬もダメみたい。異常気象は私のせいだよ。《災い》はもう始まっているの。私、このまま、死ぬかも。ナイフが、手放せないの

タスケテ、

知り合いのお姉さんより追記:マナは精神が死んでいると言っても過言ではないわ。読んだらすぐに帰ってくること』
 私は手紙をなおす。

「セナ? 」
「ごめん、ちょっと出かけるから。門限は守るから、多分! 」

 ミシェルにぶっきらぼうに告げ、私は学院を飛び出した。
 《破滅の》魔女である母親は人が嫌いだ。だからこそ、機関からはぐれて王都の端の方に住んでいる。久しぶりに帰ると、出迎えたのは知り合いのお姉さん、ナディアさんだった。

「あら、お帰りなさい」
「はい、ただいま。ところでお母さんやマナは? 」
「お母さんは出掛けているわ。マナは、先程寝たばかりよ」
「……」

 滅多に出掛けない母親が出掛けている。それだけで胸騒ぎがした。

 とりあえずマナに会いたい、と私は言った。だが、ナディアさんは頷かなかった。

「まずは現状を説明するわ。こっちにいらっしゃい」

 実家を出て歩くこと数分。お母さんも所属する、古代魔法管理機構テ・アードに着いた。──マナは、そこまでひどいのか、と私は残念に思った。
 中に入り、応接室で待つよう指示を受けた。誰かを連れてくるみたいだ。
 5分ほどして現れたのは、髪が長い男性。誰なのだろうか。

「初めまして。私は、テ・アードの《災い》研究部門代表であるアギナードと申す者です」
「初めまして」
「早速ですが、マナさんの現状をお知らせします。《災いの》年になって半年が過ぎようとしている今、マナさんの身体に染み付いた呪いがほぼ発動されている状態です。異常気象も、その呪いのせいです」
「……あれ、でも、ほぼっていうことは」
「300年前と違うのは、生まれ落ちた後、一度普通の生活をさせたことです。そのおかげか、理性がまだ抗おうとしています。だから、呪いは完遂されていません」
「あの、私はどうなのでしょうか」
「そうですね……マナさんの変化を見る限り、秋辺りには退学となるでしょうね」
「そんな……」
「これは《災いの》魔女が自分を裏切った国に対する復讐ですからね。年内が期限ですよ。覚悟は決めてください」
「……」

 やっと、分かった。お母さんのついた嘘は、私達を絶望させたくなかったからなんだ。理性を、壊さないためだったんだ。
 アギナードさんの説明を黙って聞いていたナディアさんがそこで口を挟む。古傷が痛むからという理由で笑顔をあまり見せないナディアさんが、珍しく笑顔だ。

「夏期休暇は思いっきり遊びなさい。9月になったらマナと同じように、収容するわ」
「それは早すぎませんか? 」
「アギナード、いくら最新のお薬でも、そろそろダメだと思うのよ。だから、秋になったら収容するべきだわ」
「……はい。了解しました」
「あのっ、帰る前にマナと──」

 立ち上がろうとした二人にマナに会いたいと言おうと思った。だが、途中で二人に睨まれた。

「それは無理だわ。片割れと片割れは呼応しあっているから、会ってしまえばこの世はおしまいよ」
「そんな」

 ナディアさんの言葉で、私はもうマナとは会えないのかと悲しみが溢れだした。