たべもののある風景

本の中で食事するひとびとのメモ帳2代目

「すごい仕事」『生活を創る(コロナ期)どくだみちゃんとふしばな9』(2)

「かっこいい焼き人」といえば、私にとっては尼崎のカウンターだけのお好み焼き屋さんだな。どれだけ多くの友人知人を連れていったか。こないだふと思い出して検索してみたら、少なくともまだあった。

少し前に、冷凍したイノシシの肉をしゃぶしゃぶでいただいたのですが、「冷凍してあるのだから、そんなに臭みも力もないのだろう」と思っていたのが大間違い、ちょっと獣くさいたった1キロの肉を成人男性3名と女性3名で食べたというのに、全員満腹になり、しかも満腹というよりは、「力がみなぎった」というのが正しいような感じでした。よく「精力が」という言い方をされるんだけれど、そのジャンルというよりも、むしろ生きものとしての全てがアップする感じ。眠くならないし、短時間でパッと起きられる。

ナスDがシピボ族の最奥の村に滞在した時、冷蔵庫がないところだから、何も獲れなければバナナを塩で煮たものを、獲物があったり祭りのときは捌きたての肉(しかもある程度までは狩りの現場ですぐ捌いて劣化を防ぐ)をその場で調理&すぐ食べる、そしてたくさん捕れたら他の村に分ける、という生活をしている村だったのですが、そこから山を降りて少し人里に近づいた食堂で定食を食べて、「この料理はあの最奥の村の味を目指しているんだろうし、確かにすごくおいしいけれど、今まであの捌きたての調理したてのものばかり食べていたので、力が全く違う」と言っていた、その気持ちのかけらがわかる気がしました。

昔うちの近所に宮崎居酒屋があり、毎日のように通っていた。
安くてそこそこおいしく、いつも混んでいて活気があり、
そして焼く人の技術が高かった。
彼は炭火の魔術師だった。
安い食材をおいしく変身させる気合と技があった。

名物は地鶏の炭火焼で、鉄板でジュージュー音をたてながら出てくる。
柚子胡椒をたっぷりと焼き油に溶かして鶏を食べ、最後にその油で小さいチャーハンを作ってくれる。
(中略)
あるとき、野田さんの地鶏の炭火焼を取り寄せてみた。
「こんなにちょっぴりしか入ってないの?」と最初思った。
でも、ホットプレートで焼いてみたら、まさにあのとき食べていたおいしいほうの地鶏の味がした。歯ごたえも、油も、おいしいほうの味よりもいっそうおいしかった。たくさん食べなくても大満足。
そして残った油であの頃のようにガーリックライスを作ってみた。
ああ、あの店の人たちがほんとうは作りたかったもの、言いたかったことはこれだったんだという味がした。これか! そういうことだったのか! と。
家だから贅沢に食べることができるし、そういうわけで材料もいい。


それにしてもうなぎ全体から漂ってくるこれまたハンパない川の匂いというかどぶっぽい匂い。くくく、これはどうしたものかと思いつつ、がむしゃらに下ゆでして血合いを洗って肝吸いを作る。そのへんの醬油とか酒とかほんだしで。
そうしている間にもりんたんがものすごい勢いでうなぎを蒸し、焼いている。
そしてやっぱり家中が川くさい。
しかしタレで焼いたら臭みは消えた。さらに肝吸いもおいしいレバーの味になった。
食べているあいだ、全く油の重みは感じなかったが、なんだかわからないけれど身体中が熱くなる。汗だくになる。部屋の温度は変わっていないので、うなぎ力と思われる。
(中略)

臭いなあと思いながら過ごしていたが、ふと気づくと全く眠くない。疲れもない。ハイなのでもない。ふつふつと体力が湧いてくる。これがうなぎのほんとうの力なのかとびっくりした。
明け方まで仕事をして、やっと眠くなって寝るが、目覚めもすっきりだ。さらに夕方まで全くお腹が減らない。そして悩みが一切なくなる。体に入っていたよけいなものが毛穴から尿からどんどん出ていくのが実感できた。
なんだこれ? 食べものってこんなにすごいものなのか?

焼肉屋さんで焼肉を食べるほうがおいしいし、チゲも頼みたいよね~、でもきっとあのお店のことだから、冷めてもおいしいはずだよねと思いながら待っていて、届いたものを見たら、汁がでないように完璧にシールドされたパックの中に整然と、「千里」特有のおいしい味付けのものが詰まっていて、気絶しそうになりました。

こんなとき神だと思う中華が一軒だけある。年中無休で23時まで開いているのだ。そこに飲みに行って、全てが冷凍でも、切っただけでも、炒めただけでも、台湾料理なのに絶対中国人がやっていても、焼酎のソーダ割りが鬼のように濃くても、もうなんでもかんでも許すしありがたい。

70年代風のインテリアもいいし、音楽はずっとビートルズだった。そこのホットサンドは私の人生でいちばんおいしいホットサンドだった。コーヒーもおいしかったので、何時間も座っておしゃべりをした。

死ぬ直前なのにお正月にむちゃくちゃかまぼこを食べていたのも忘れられない。最後の誕生日にコロッケを4個も食べていたからうっかり「まだ死なないな」と思ってしまったことも。

息子が深夜に「天下一品ラーメンを作って」と店まで指定して言うので、取り寄せておいたストックから作ってあげる。
食べ終わって彼が言う。
「すごくよくわかった。おいしいけれど、俺はやっぱり鶏の白湯よりもとんこつが好きだってことが」
作ってくれと言っておきながら!

敬老の日なので、おじいちゃんの家に行ってうなぎを食べる。
おじいちゃんはほとんど寝て過ごしているのに、うなぎはちゃんと食べるのがすごい。お鮨とうなぎは昭和の宝だわと思う。
でもおじいちゃんはうなぎをちょっと食べて寝てしまった。

「ここはなんでもおいしいし、飲みものはこれが特においしいんですよ、このレモンサワー。瀬戸内のレモンで最初から割ってあるんです。よかったら僕、まだ口をつけてないので、ひとくちいかがですか?」

初めて行く居酒屋にふらりと入る。
お通しの皿がねばねばしている。焼きはまぐりの下には小さな字で(ホンビノス)と書いてある。
深夜0時を越えたらいきなり労務者風のひとり客で席が埋まってくる。
これは……駅前だけどこういう感じの店か! と思いながら、パリパリチーズだけ食べていたら、尋常ならざる量の青のりがかかっていて、身も心も青のりだらけになる。

それまで動けない体で佐野らーめんのカップ麵を主食にして生き延びていたおじいちゃんは、持っていくものをとにかくよく食べた。
もしかしたらもう1回ひとり暮らしをエンジョイするんじゃ? というほどの勢いだった。
おやつ(おやつ!?)にと、産みたて卵の目玉焼きを2個作って、熱々のまま皿に乗せて歩いて持っていったら、ぺろりと食べたことをよく思い出す。(佐藤)初女さん式で作ったでっかいおむすびも毎回2個は軽く食べた。
ヘルパーさんが来てからはもう私が作ることは日曜日の汁物くらいだったし、それもだんだん食べられなくなっていったから、おじいちゃんが最後にもりもり食べたものは私の作ったものだった。そう思うとがんばってよかったと思う。
父の言葉を思い出して、高級過ぎないどら焼きやお団子(スーパーのレジ周りにありがちな)や、いただきものの高級なプリンや、チョコレートなどの娯楽を取り混ぜつつ、いい米、いい野菜、新鮮な果物だけを心がけた。
(中略)
亡くなる数ヶ月前に、奮発して「ウルフギャング」のヒレステーキ弁当を持っていったら、おいしかったのかペロリと食べたことも忘れられない。
そんな時間を持ててよかったけれど、食べるってすごいことなんだということが骨身にしみた。
これからもちゃんと食いしん坊でいつつ、家では粗食をこつこつ作ろうと思った。食べものには深い意味があることがよくわかった。
コンビニ弁当とラーメンじゃ絶対ダメ。それは娯楽であって、食事ではない。

「つゆ艸」でおじいちゃんのところから帰る夫を待ったり、「つゆ艸」の夜の部「CAFE KOYOI」でおじいちゃんちの帰りにパフェを食べたりちょっとお酒を飲んだり。
介護マンションの真ん前にあったそのお店たちは、希望の星だった。
店というものがどんなに大切なものかも、思い知った。
お店の人とちょっとだけ会話できればいい、ひと休みして甘いもの、温かいものを口に入れる。
それだけで人間ってどんな悲しみからも少し復活できるのだ。そんなすごい仕事をしていることを、お店の人たちは絶対的に知っていてほしい。

吉本ばなな著『生活を創る(コロナ期) どくだみちゃんとふしばな9』より

食べものに力がなくなっている『生活を創る(コロナ期)どくだみちゃんとふしばな9』(1)

『イヤシノウタ』にたまたま出会ってから氏のエッセイをつまみ食いしている。ちょいちょいQなにおいがする危ういことも書いてあるので、おそるおそる。パンデミック中の食べ物に対する気づきがたくさん書かれていて面白い。

to goの食べ物にもいろいろある。歩くとちょうどいい運動になる、家から徒歩10分くらいの「第三新生丸」のおいしすぎる持ち帰り(特に刺身)が我が家の生命線となっているのだが、今はあちこちでいろいろ売っているので、気まぐれにいろいろな場所でランチなど買ってみる。
今日は試しにとあるところでとってもオーガニックなお弁当を買ってみたけれど、自分の体調が悪いのでもコロナなのでもなく、味が漠然としていて、どのおかずも全体的に切れ味がジメッとしていてとにかく重い。食べたら体が重くなって立ち上がれなくなった。そこまでがんばって食うなよという説もあるけど、残したくなかったのでなるべく食べた。すると、なんというのだろう、糖尿病体質の人にはわかると思うのだが、だるいを超えて眠いあるいはどうしようもなく重いみたいなとてもよからぬ状態がやってきた。これは、人が死ぬような食べ物だなと思った。オーガニックで、材料もよくて、それを組み合わせて......と頭で考えたら最高なものを、体が拒絶するという。(中略)
ちなみに私は前も書いたが、生に近い卵とほうれん草とごま塩と玄米をいっぺんに食べるとすぐ吐ける。間違いなく強すぎて体が拒絶しているのだ。カツ丼と白米と豚汁をいっぺんに食べても全然大丈夫なのに。

いつものスペイン料理屋さん「ラ・プラーヤ」がテイクアウトのとんかつをやっていると聞いて、顔も見たいし応援したいので、行ってみた。
おやじさんは、いつも通りにひたすら料理をしていた。
本なんて読む気にならない、お客さんが来ようと来まいとなにか作っていたい。
今は魚介が最高の時期だし、どうしても見過ごせない。いい材料でなにかを仕込んでいたい。それだけしかない、と言っていた。
しょうがないよ、食いものやはうまい食いもの作り続けていないと、と。

近所のスーパーで有名な「華けずり」という肉。そして「第三新生丸」の奥さんにおすすめだと教えてもらった「オーブンロースト用」という肉、牛も豚もある。1キロくらい買うのがコツだけれど、とにかく安い。それを求めて夫の車に乗せてもらっていくのが最近の日々のロマンである。
歩いていくにはちょっと遠いというのと、肉を1週間分何キロも買うから歩くと重くて泣きたくなるのだ。ついでにかぶとか重い根菜をつい買っちゃうし。

ついこのあいだまで子どもなんてほとんど外食で帰ってこなくって、夫とふたりだからシャケとみそ汁と目玉焼きでいいや的な超楽な日々だったのだ。今は下手すると1日2食4人分作っている。しかもそこに高校生が含まれているからハンパなく食べる。

ロバートの秋山さんがコントで高級食パン屋の店長をやっていて最高だったが、実際、私は心から飽きた。あの食パンたちに。たまにならいい。でも、いつも食べるものではない。湯種だろうがクリームだろうが、なにをどうやっても飽きてしまった。
パリで買い食いするクロワッサンとかバゲットって、やっぱり毎日食べるような味にちゃんとできてるんだな~、というのが実感だ。
そんなとき、GET WELL SOONのパンを取り寄せる。冷蔵庫でもバッチリ日持ちするし、それを霧吹きをかけて焼けば完璧に味が再現される、しみじみと粉がおいしいパンだ。
しみじみと地味でおいしいけど、自分では作れない技術がある。それが大切な感じがして、めぐりあいに感謝している。
時間指定どおりについた無骨な箱を開けると、飾り気のない姿の良いパンとパイがちょこんと入っている。おまけも入ってた。いちじくのパンだった。耐えきれずつまみぐいをして満腹になるも幸せを感じる。

ひとりでカウンター席に座ってなにか食べていると、「すみません! 鶏肉今売り切れちゃって、豚でもいいですか?」なんて言われて、「いいですよ」と言うと、「おいしく作りますから!」と言われたり。あるいは無愛想な板さんなんだけれど、「おいしい!」と言うとにっこりしたり。

薄~い肉をピーマンと組み合わせたりして、努力している。ちょっと油が古いけれど、揚げ方もそんなに悪くない。そして安くもないけど高くもない。
でも、素材含め全てが死んでいる。ああ、えび天のえびって死んだえびなんだなって生まれて初めてしみじみ思った。

これほどまでに白米が好きな私が、「むむ、玄米をよくかんで食べると調子がいいぞ」と思うような今日この頃、自分がおじいさんになって弱っているからもありますが、空気が汚れていて、かつ、他の食べものに力がなくなっているからだと思います。
昔は朝7時で味わえた空気が今はかろうじて5時くらいにちょろっと感じられる程度。ピーマンなんて10個くらい食べないと、昔のピーマン1個からもらえた力が出てこない。

数週間前にお弁当を買った「かまいキッチン」(玄米ごはんに優しいおかず、でもアドボとかも入っててすごくおいしい)のお姉さんが、「あ、先日も買ってくださいましたよね、いつもありがとうございます!」と笑ってくれて、「私自身はソーシャルディスタンスを取ってるのに、犬が近づいちゃってごめんなさい!」って言って、微笑みあって別れる。
これだけのことで、たたでさえおいしいお弁当が100倍おいしくなるのです。

青山に行く用事があったので紀ノ国屋におじいちゃんのうなぎ弁当を買いに行くも、ものすごく混んでいて、ほとんどの弁当が売り切れていた。なんとかしてひとつ手に入れる。あとはお惣菜だけ買って、米はうちで炊こうと決める。

久々に「つゆ艸(くさ)」に行ってケーキを食べてお茶を飲んで、植木を買って帰る。

そしてたとえば「丸鶏を経済的に買って、1週間で食べ尽くしたい」と思っても都会のスーパーには売ってないときがほとんどなのです。なので売っているパックのぶつ切りとささみと手羽とももとむねと砂肝を買って……パズルかい? と思います。昔「探偵!ナイトスクープ」でやっていましたね。ケンタッキーをいっぱい食べて鶏の骨格模型を作るの。できてましたよ。

山盛りのいんげんが届いて、まずは洗って。
茹でたり、ごまで和えたり、バターで炒めたり、素揚げにしてそうめんに添えたり、焼きそばに入れたり、ビルマ汁にしたり。
だんだん濃い味にしていくのが基本だ。

いんげんは姿を変えて、数日間テーブルに乗る。
その自然さが都会ではなかなか得られなかったことにびっくりする。
ひと箱の玉ねぎが親戚から届いて、毎日毎日食べる。飽きることはない、野菜だからいろいろ変身するし、懐かしいその感じ。

湯がいたばかりのいんげんを味見して、プリッと音がして、熱い汁が出てきて、その汁がなんだか甘くておいしいとき、命がギラっとなるのがわかる。
そういうことを忘れないでいたい。

お向かいにとうもろこしをおすそわけしたら、奥さんからはちみつと激うまのパンが、夕方には帰宅しただんなさんから有名なシュークリームがやってきた。こんなに? と思っていたら、ふたりはやりとりしてなくて、それぞれでお礼を持ってきてくれちゃったそう。うん! ずっとマメに連絡をし合わないでいいよ、と思った。

吉本ばなな著『生活を創る(コロナ期) どくだみちゃんとふしばな9』より

オックスフォード滞在中に『赤と青のガウン』

最近文庫化が話題になったが、どうも読んだことのあるような気がしてチェックしたらなんと2015年(10年近く前!)にKindleで買って途中から積読になっていた...。オックスフォード滞在前後に読み、帰りの機内で読了。

恐れながら三笠宮寬仁親王については、結婚会見での「いろいろな女性と付き合ってきたけど、結婚するのは彼女がいいと思ってね...」発言にドン引きしていたのだが、本書で印象が大きく好転した。

お宝発掘場所として言及のあったオックスファムに寄ってみた。特に何も買わなかったのだが、使用済みの絵葉書が売られていたのには驚いた。

かの有名なクライストチャーチの食堂の何がすばらしいか。この大学の古い建物のすべに言えることだが、今も使われていること。食べ物のにおいが漂い、脇にカトラリーやグラスが並び、入り口にはアレルギー表示などの最新情報の電光掲示板があり...。

到着した日は博物館の前にあったガザのジェノサイドに抗議するキャンプが滞在中に次々と広がっていった。

「ハイ・ストリートにある英国で最古のコーヒーハウス、グランド・カフェ」は観光客向けに走ったプレゼンテーションになっいてやや落胆(クリームティーは美味しかった)。女王が通ったころはもう少し学生も来るような雰囲気だったのかな。

起きるとまずは朝食。フロント・ファイブはキッチンの付いていない寮だったので、入学当初は三食コレッジの食堂で食べていた。しかし、トースト、果物、コーヒー、紅茶という選択肢の変わらない朝食にすぐに飽きてしまい、食堂での朝食から脱落したのは一週間ほどたったころのこと。朝は自分の部屋で食べることにして、部屋の小さな冷蔵庫に牛乳やジュース、ヨーグルトなどを保存し、パンやシリアルと一緒に食べていた。

守衛所では郵便物チェックのほかにもう一つすることがある。それは夕食の席の確保。コレッジで夕食を食べるときは、守衛所にある機械にカードを通して事前に予約をしなければならない。まず、普通食かベジタリアンかを選び、6時半からのカフェテリアスタイルのカジュアル・ディナーか、ガウンにジャケット、ネクタイ着用で出席する7時15分からのフォーマル・ディナーにするかを決める。5日くらい先まで予約ができるが、当日は朝の10時で予約が締め切られてしまう。予約するのを忘れて夕食を食べられなくなるのは、キッチンをもたない学生にとっては大きな事件なのだ。

ランチタイムは12時45分から。1時を過ぎるころには、学生が食堂の入り口から20mくらいの列をつくる。ミール・カードというプリペイド・カードを食堂の入り口にいるスタッフに渡し、昼食代を払う。メイン料理は3種類ほど。どれか一つを選び、その横に付け合わせの野菜を盛ってもらう。メインのほかにも、スープやデザート、取り放題のサラダバー、ヨーグルト、果物、チーズなどがある。組み合わせは自由で、フルコースで食べる人もいればサラダだけの人もいる。何を食べても料金は一律で1.5ポンド(300~400円)くらいだったと記憶している。

7時ごろには夕食である。朝食は一週間で脱落した私も、ひと月くらいは昼夜、食堂で食事をとっていた。しかし、英国料理はヘビーである。毎日二食も食べていたら胃がもたない。2カ月目くらいから昼夜どちらか一食は食堂に行き、一食はサンドイッチなどを買って軽く済ませるようになった。

時間になると、奥の扉からガウンを着た学長以下、先生方がぞろぞろと入場し、テーブルの周りに立つ。机に備え付けられている 木槌 を学長がドンドンと二回叩くと、全員が起立。その日出席しているなかでいちばんの優等生が進み出て、ラテン語でお祈りを述べる。お祈りの最後、学長が「アーメン」といったら、着席して食事が始まる。前菜、メインのあとにデザートという流れである。

オックスフォードで留学生活を始めて4カ月ほどたったある日、私が連絡をしそびれてしまっていたケルトの研究をしている学生さんからメールが来た。グッドマン先生から私のことを聞き、「よかったらお茶でもしませんか」と声をかけてくれたのである。そのときは私もだいぶ心に余裕が出てきていたので、「ぜひ」といってマートンの近く、ハイ・ストリートにある英国で最古のコーヒーハウス、グランド・カフェでお茶をする約束をした。

英国らしい家具だなぁなどと思っていると、ほどなく給仕の人が現れた。女王陛下の隣のテーブルにティーセットとお菓子の載った銀のお皿が置かれる。お茶をカップに注いでくれるのかと思ったら、なんとそのまま下がっていってしまった。大きな部屋に残されたのは、女王陛下と私、そして走り回るコーギー。さあ、どうしたものか。はたしてこのお茶を準備するのは誰の役目なのだろう。当然ながら私のほうが立場は下である。でもここでは、いちおう女王陛下がホストで私がゲストということになるのだろう。ティーポットに手を出すべきか、出さざるべきか。「日本だと給仕の人がお茶の入ったカップをもってきてくれるのに!」などと逡巡していると、女王陛下がさっとお茶を入れてくださり、お菓子を勧めてくださった。たいへん失礼ながら、お茶をお入れくださったそのお姿が、私の祖母と重なり、少しだけ緊張がほぐれた、
約1時間に及ぶ女王陛下と二人きりのアフタヌーン・ティー。

そういうわけで英国での外食には少なからず危険が伴う。たとえば、英国で有名な某日本料理チェーン店(オーナーは日本人ではない)では、カレーライスを頼むとココナッツミルクが入っていたり、うどんを頼むとただ 茹でただけのうどん(つゆなし)が出てきたりする。それでも昼食時はそういった店に 長蛇 の列ができ、それを日本食であると信じてもりもり食べている人びとがいる(日本人はほとんどいない)。

厨司(宮家専属の料理人)のいる家庭で生まれ育ったけれど、料理は昔から好きだった。最初はお菓子作りが中心で、家族の誕生日にケーキをつくるのは私の役割。ヴァレンタイン・デーの前日は、職員や側衛たちに渡すお菓子を焼くために、厨房のオーブンを毎年占領したものである。夏休みで軽井沢の別荘に行っていたときなどは、ときどき私が料理を担当することもあった。とくに習ったわけではないのだけれど、厨房に出入りして料理ができあがっていく過程をみるのが好きだったせいか、いつの間にか見様見真似でそれなりのものはできるようになっていた。

食欲のないときによくつくっていたオリジナル料理がある。マッシュルームとプチトマトをオリーブオイルで炒め、希釈していない麺つゆで味付けをする。茹でて冷水でしめたうどんの上にそれを載せ、ルッコラやサラダ用のほうれん草などの緑の葉を周りに散らす。その上から黒コショウをがりがりっとかけ、最後にリンゴ酢を回しかけていただくサラダうどんである。うどんにオリーブオイルに黒コショウ? と思われるかもしれないが、意外と合う。先日久しぶりにつくってみようかと思ったが、日本に帰ってきてしまったいまではかえって高くつく料理になってしまった。

さて、オックスフォードにはカバード・マーケットというマーケットがある。(中略)用事がなくてもぶらぶらするだけで楽しい。勉強に行き詰まるとクッキー屋さんに焼きたてのクッキーをよく買いにいった。チョコレートがとろけて、頭がきーんとなるくらい甘いクッキーを食べると、脳に栄養が行き渡り、「よし、また頑張ろう!」という気持ちになれた。

一度カバード・マーケットで「トリュフ・ポテト」なる皮が真っ黒のじゃがいもを買ってみたことがある。理由は、なんだかいつも買わない食材を買って料理をしてみたくなったからである。ちょっとわくわくしながらまず水で洗い、半分に切ってみた。そこでみたのは予想外の光景。お芋の断面がなんと紫色だったのである。とりあえず一個だけ茹でてみることにして、鍋を火にかけたまま部屋に戻り、インターネットで「黒い じゃがいも 紫」という検索ワードを打ち込んで調べてみた。すると、北海道で採れるインカパープルなる紫のじゃがいもがあることが判明。
(中略)
しばらく悩んで恐る恐る口に入れてみると......とてもおいしかった。よくよく考えてみると当たり前だ。その見た目と茹でたときの色の変化でなんだか恐ろしい毒物のように思ってしまったけれど、もともとただのじゃがいもなんだもの。その日つくった紫色のポテトサラダは、とてもとてもおいしかった。

食材をいろいろ買っても、使いきれずに駄目にしてしまう場合が多い。仕方なく3種類くらいの野菜を1回の買い物で買い、3日ほどその野菜を使った料理をつくりつづける。洗い物をなるべく少なくするため、基本的にはワンプレートディッシュ。聞こえはいいけれど、要するに「適当」である。ひどいときは丼のご飯の上に野菜炒めを載せ、さらには納豆まで載せて食べたりもしていた(これが意外とおいしいのだけれど)。
(中略)
何人かで集まって持ち寄りパーティーをすることもあった。博士論文を抱えて苦労している仲間たちなので、気分転換と実益を兼ねた料理会は積極的に参加してくれる。(中略)そんなときに人気の日本料理といえば、カレーやお好み焼き、肉じゃがなどである。
一方、外国人に「伝わらない」料理というのも少なからずある。「スシが食べたい」と英国人の友人にいわれたのでちらし寿司をつくったときには、「これはスシじゃない」と否定された。白玉団子は「ん~、ガムみたい」といわれて不評。レシピをわざわざ調べてどら焼きをつくり、結構おいしくできたのに、日本人以外はノーコメント。多くの外国人は「甘い豆」が苦手なのを知ったのはそれからしばらくしてからのことである。

遊びにいったときのゴッドマザー彬子の役割は「夕食当番」である。(中略)ここぞとばかりに自分のためにはつくらないドリア、リゾット、ベルギー風のビーフシチューなどをつくる。煮込んでいるあいだに論文を書き、論文書きに発狂しそうになると、ななちゃんを突っつきにいく。

せっかく美食の国フランスにいたのに、その三日間でわれわれが口にできたものは、ピザ、マクドナルドのハンバーガー、スーパーで買ったお惣菜……などだった。

ディズニーついでに、もう一つ。あるとき「ジョーさんは料理ができるのか」という話になった。「ほとんどしないけれど、昔はよく娘のためにパンケーキを日曜日にはつくってあげていた」というジョーさん。パンケーキを焼いているジョー・プライス。なかなかイメージが難しい。「ジョーさんのパンケーキ食べてみたーい」とせがむと、なんと翌朝につくってくださるとのこと。
そして翌朝。側衛とご自宅にうかがう。そこには、エプロンをしたジョーさんがパンケーキミックスの入ったボウルを左手、お玉を右手に、真剣な表情でフライパンと対峙している。
(中略)
「ジョーさん、ほんとうに大丈夫?」
そんな言葉を心のなかでつぶやく私をよそに、ジョーさんはパンケーキを焼きはじめる。すごく小さな丸いパンケーキをつくり、そして、大きなパンケーキをつくる。どうやら不器用だからそうなっているわけではなさそうである。しばらくみていると、大小のパンケーキが合体して、なんとディズニーランドでみたあの世界一有名なネズミ君になったのである。
(中略)
世界広しといえども、ジョー・プライスの手料理を食べたのは、ご家族を除いては私だけだろうと自負している。

民宿「M&K」に泊まるときは、いつもマキさんのおいしい手料理をご馳走 になった。マキさんのお料理の腕はプロ級で、ケーキやパンはもちろんのこと、ロンドンに居ながらにしてごま豆腐やお豆腐、ヨーグルトまで手作りしてしまう。ガーナにいたときには納豆までつくっていたというつわものである。一緒にスーパーに買い出しにいき、ご近所のチャリティーショップをはしごして帰ってきて、お茶をしてほっこりすると、私は勉強。その間にマキさんがご飯をつくってくれ、ケイスケさんが帰ってくるのを二人で待ったりする。ほんとうに自分の家のようだった。
マキさんの料理でいちばん思い出に残っているのがお雑煮である。
(中略)
ちなみにわが家のお雑煮は、1日がぶり、2日が白味噌、3日が鶏肉と野菜である。でも、本来皇室ではお雑煮は頂かない。花びら餅というごぼうと白味噌餡、 小豆の御餅を求肥で包んだ和菓子をご存じの方は多いと思うが、あれの原型である「御菱葩」をお正月に頂くのである。白くて平らに延ばした丸い御餅の上に小豆の御餅、甘く煮たごぼうと白味噌が挟んである。白い御餅は「お盆」といって食べずに、中身だけ頂く。
(中略)
山形出身のケイスケさんと京都出身のマキさん。お互いの実家のお雑煮にこだわりがあるので、両方つくってくれるという。山形のずいき入りのおすましのお雑煮と京都の白味噌のお雑煮。さらに、マキさんのおばあさまのご実家である香川風までつくってくれた。それは、あんこ餅を白味噌雑煮に入れる食べ方で、甘しょっぱくて私は好きな味だった。人の家のお雑煮を食べる機会というのはなかなかないのに、3種類のお雑煮を食べさせてもらい大満足。初めて食べる、わが家の味ではないお雑煮。お腹いっぱいお雑煮を食べて、食後にちょっとごろごろ。

「英国のおいしいものといえば数限りない!」といいたいところであるが、残念ながら現実は正反対である。でも、数少ないおいしいものにスコーンがある。アフタヌーン・ティーでは、キュウリのサンドイッチやケーキと一緒に2~3段重ねのティースタンドに載せて供される、ずんぐりむっくりの丸い焼き菓子。紅茶と一緒に供するクリーム・ティーもポピュラーである。クリーム・ティーといっても紅茶にクリームを入れるわけではなく、スコーンにクロテッドクリームとジャムを添えることからこのように呼ばれるらしい。
英国の人たちは、いろいろなことで論争をする。紅茶にミルクを先に入れるか、あとに入れるかはとても代表的なテーマである。
そして、スコーンにクリームを先に塗るか、ジャムを先に塗るかというのもよくあるテーマで、皆自分の主張を絶対に曲げないのである。スコーンを横半分に切って、クリームを先に塗るのがデヴォン式。ジャムを先に塗るのがコーンウォール式である。私はジャムが塗りやすいので、コーンウォール式の食べ方が好きだ。
いろいろなところでスコーンを食べてきたけれど、私が世界一おいしいと思っているのが、オックスフォードの友人、ジェイミーのつくるスコーンである。ジェイミーは私の寮の真向かいにあるニュー・コレッジのチャペルで働いている。
(中略)
ある日ベネディクトが「ジェイミーのところでお茶をするからお腹をすかせておいで。とんでもなくおいしいスコーンが食べられるよ」と声をかけてくれた。スコーンは大好きなので、お昼を控えめにして、オックスフォード市街から20分くらい歩いたところにあるジェイミーの自宅に向かった。
そこでジェイミーが出してくれた焼きたてのスコーンは目が飛び出るくらいのおいしさだった。外はカリッと、中はしっとりしてほわほわ、ほんのりした甘さの加減も絶妙なのである。ベネディクトの友達たちはこのおいしさをよく知っているので、お昼を抜いてきて、10個以上食べた人もいるらしい。プレーン、シナモン味が基本で、ときどきリクエストに応じてチーズ味もつくってくれる。よくあるレーズン入りは「ジャムとの相性が悪い」という理由で頼まれてもつくらない方針らしい。

マートンではハイ・テーブルのディナーがあり、ガウンに身を包んだ教員たちが集まって食事をする。まずは前室に集まり、シェリーやオレンジジュースなどを飲みながら雑談をして待つ。開始の時間が来ると学長から順番に食堂に入り、自分の名前の置かれた席に着く。学生で一番の成績優秀者がお祈りの言葉をいい、そのあとに食事が始まる。前菜、メイン、デザートという構成は、一般学生の食事と同じだが、メニューは全然違う。教員用の食事はレベルが上で、食材もカモ、シカ、舌平目など、高級食材が使われるし、味も格段に良い。食事に合わせてワインも供される。学長が毎回席を決めることになっていて、普段あまり面識のない先生たちとお話ができるのも楽しい。
食事が終わるとお祈りがあり、いったんお開きとなる。そして、セカンド・デザート(文字どおり2回目のデザート)に行く人は自分の使っていたナプキンをもって別室に移動する。ガウンを脱ぎ、食事のときとは別の人たちと座る。テーブルの上には、チョコレートや果物が並んでおり、各自お皿を回して好きなものを取るのがルール。一緒にポートワインも回ってくるので、それらを自分の席で止めずに隣の席の人に渡しつづけなければならない。セカンド・デザートの席では、それらのお皿やお酒がぐるぐると4周くらい回ってくるのである。
(中略)
よい頃合いになると、三々五々席を離れる。そのまま帰る人もいれば、また席を移ってお茶やコーヒーを飲む人もいる。こうしてハイ・テーブルの夜は更けていくのである。

さらに、スイスといえばチーズ・フォンデュも大好きだといった。すると、スイス人でもヘビーだからあまり好きではないという人が増えてきたそうで、「日本人のアキコが好きだというのはとても嬉しい」と喜んでくれた。そして、それならばチーズ・フォンデュを食べる会を企画しようという話になったのだった。
ハイ・テーブルの会から約2カ月がたったころ、チーズ・フォンデュの会が開催される運びとなった。

アルプスの山々を背景に、日本では経験できない壮大なスキー、何百mもある崖を雪崩が落ちていく音、お散歩の途中で突然遭遇したアイベックスの群れ、バーバラが日曜日に焼いてくれる三つ編みのパン、庭に机と椅子を出してアルプスの大自然のなかでの論文書き。

昼食も夕食も人がキッチンに来ない時間帯にささっとつくり、自分の部屋に戻って食べる。執筆中の唯一の息抜きといえば食事なのだが、一人だと手のかかるものをつくらないので、いつもおうどんやどんぶりなどの簡単なものになる。食べるのも十五分もあれば終わってしまう。ご飯をつくっているときも、食べているときも、論文のことが頭を離れない。

私の行きつけだったのは、オックスフォードの目抜き通りにある十八世紀ごろの古い木造建築を改装したサンドイッチチェーン店。(中略)
ここのサンドイッチは、あまり食べ物のおいしくない英国にあって、比較的まともである。そして、サンドイッチもさることながら、コーヒーが安くておいしい。星形にココアパウダーを振ってくれるのが嬉しくて、注文していたのはいつもカプチーノ。たまたまベルギー人の友人がこのチェーン店のシステム・エンジニアをしていたので、コーヒーのおいしさについて聞いてみた。すると、その秘密は豆の量にあるのだという。一般的なコーヒーチェーン店が1杯のコーヒーに使う倍の量の豆を使っているらしい。

彬子女王著『赤と青のガウン オックスフォード留学記』より

ラ・ボエーム!『イヤシノウタ』

氏が次々に出している小説以外の本を見ていて、いろんなスピリチュアリストにがっぷりはまっていて節操ないなーと思っていた。「宇宙マッサージ」とか「引き寄せ」のヒトを手放しで絶賛しているのに白けていた。数のわりに特に印象に残っているものもない(言うてもそれだけ何冊も読んでいるのだ)。
が、たまたま時間つぶしで寄った図書館の日本語書架で見つけたこの本は生活にもとづくスピリチュアルな気付きにあふれ、とてもよかった。「インフルエンサー」の固有名詞が出てこないのが後の対談本とは違う。出半分までしか読めなかったので帰ってから電書を買った。奇跡の出会い。
ちなみに巻末収録の父娘対談に出てくる吉本隆明の発言は6割くらい同意できなかった。社会予想も外れてたし。

ところでこれ ↓ 私もいつも思っていることなのだが、悪の権化みたいなハイプロファイルな人々が意外と早死にしないのは不思議だ。プXチンとか、マXクとか、トラXプとか、ネタXヤフとか、目に見えない呪いだけでなくSNSの誹謗中傷を一身に受けて相当なストレスだろうに、あのレベルの人間だとある種のレセプターが機能していないのだろうか。

だれかが自分のことを熱心に憎んでいて、ことあるごとに思い出しては妬みをつのらせていたら、それが届くのは当然のことだ。非科学的でもなんでもないし、被害妄想でもない。そういうセンサーは人間にごく普通に備わっているし、鈍ければボディブローで効いてきて長く続いたら命取りになることもあるだろう。

赤ワインと、こってりしたチーズをちょっとだけつまむのが大好きだ。
酔っぱらわない程度なのが大切だ。チーズもお腹いっぱい食べてはもちろんいけない。
(中略)
全く関係ないけれど、アークヒルズのとなりのANAのホテルの3階のシャンパンバーでは、とんでもない高いシャンパンをグラスで飲めるのですばらしい。昔からそうだった。今でこそそういうお店は増えたが、昔はほんとうに貴重なことだった。
でも私にとっては残念なことに、そこのチーズは5人くらいいてちょうどいいくらい、ごはんに例えるなら丼ものくらいあり、ふたりで行ったらチーズで満腹になる。

仕事が終わるとよくそのオカマのママはカルボナーラの大盛りを食べていた。
スタイルを保つために一日一食しか食べない人だったから、それは大事な食事だ。
彼のお店の近くにあった「ラ・ボエーム」というお店に入ると、彼はいつも生き生きとした声で「カルボ、大盛りで!」と言った。そして大盛りのカルボナーラを、あっというまに、ほとんどしゃべらずにきれいに食べてしまうのだった。
あんなにおいしそうなカルボナーラを、私は一生見ることがないと思う。
あんたも食べなさいよ、と言われて、カルボナーラを頼んだこともあったし、確かに深夜の高カロリーのカルボナーラは禁断のおいしさだったけれど、きっと私は、一日なにも食べずに働いてお客さんとしゃべってへとへとになってお店を上がったときに彼の食べていたあのパスタの、ものすごい深い味わいを一生知ることはない、そんな気がする。

家族でおいしい点心を食べながら、たくさん来たお悔やみメールにこつこつと返事を書いていた。なにかが終わった打ち上げのような変な気持ちだった。

「うまいな、こういううまいコーヒー、久しぶりに飲んだな」
その声は私の家のリビングを染めるように美しく響いた。
私は嬉しかった。
もしかしてカフェをやっている人は、自分のいれたコーヒーをああいうふうに飲んでほしいのではないだろうか。その人の体の中に自分のいれたコーヒーの香りが入っていく速度まで気持ちがいいような、そんな飲み方。今ここで仕事が終わったから熱いコーヒーを飲む。迷いのない速度だった。

やがてちょっとお腹が減って、スープや 海苔 やおせんべいやチーズをつまんだりもする。

バールではバリスタたちがやはり颯爽ともはやエスプレッソマシンの一部になったかのように 完璧 なコーヒーを 淹 れまくっている。みんな長居はしない。さっと飲んで、ぱっと出かけていく。まるで給油するかのようにコーヒーを飲む。甘いパンをかじる。

それから一杯飲みに行った。もう今日はおしまい、生ビール、揚げたてのウニコロッケ。焼きおにぎり。十時間のプチ断食のあとなので、なにもかもが生まれ変わったみたいにおいしく感じられた。お店の人とちょっとしゃべって、夜道をてくてく帰る。

いったいなにをしていたっけ? と思ったとき、いちばんに思い出したのは、子どもがほしがったのでできたばかりの 流行りのポップコーンの店の行列に並んで、警備のおじさんとおしゃべりして、なんと六千円もポップコーンを買ったことだ。
いろいろな人に配ったりおみやげに持っていったりしながら、しばらくポップコーンばかり食べていた。
まだ生前のとても小さいうちに住んでいて、置くところがないから階段にポップコーンを置いていた。
そのポップコーンがなぜだか異様に重くて、必死で人ごみの中かついで歩いた。  そしてその足でネパールカレーの店に行き、家族でカレーを食べた。
(中略)
台湾のプール際をぺたぺたと歩いたことも、食堂で透明な柑橘のゼリーを鍋から山盛り食べたことも。そして重いポップコーンをかついで子どもと手をつないで歩いたことも。

朝起きて自分の家の庭に 生っているトマトを取ってきて、よく洗って、きらきらした水滴がついているたくさんのトマトを見ながら、好きな音楽をかけて、自分でドレッシングを作る。そしてよく切れる包丁でトマトを切って、バジルを和えて、サラダにしてドレッシングをかけて食べる。
その時間の流れみたいなもの。

コールドプレスのジューサーは家族の健康のために買ったので、私自身はふつうのミキサーでつぶしたドロドロの野菜でもいっこうにかまわない派。
だけど、きゅうりやブロッコリーを入れたときに出てくるほんとうに美しい薄緑の透明な雫の一滴を見たら、あの中につまっている野菜の精を感じたら、野菜に対する恋心がいっそうに狂おしく募るばかりになった。
世界を良くするためだけに存在しているとしか思えないほどのおいしさと美しさだからだ。

(引用者注:吉本隆明の言)彼の詩をよく読むと、 鯛焼きを買ってくるくだりがあるんですね。きっと、鯛焼きを 懐 に入れて家へ帰ってふかし直して、二人でご飯代わりに食べたりしていたんでしょう。

吉本ばなな著『イヤシノウタ』より

茎わかめラーメン『武道館』

人間は、何らかのアイコンを推す人と推さない人に分けられると思う。私のある友人は推す人であり、常にライブ通いとファンクラブ入会をする程度に芸能人にはまって課金している。他方私は推さない人である。これからはわからないけれど、彼女と同じレベルでキャッキャできるとはどうしても思えない。

ケーキやタルト類の「台」があまり好きではない派なのだが、大阪の行列ができるモンブランの台は薄いメレンゲでできていて感激した。

家に帰ったらケーキがある。だけど、それを食べ終えてしまえば、夏休みが完全に終わってしまう。
(中略)
「あいこはねえ、モンブラン! 大地は?」
「おれはチョコのやつ。あとで一口こうかんしようぜ」
(中略)
誕生日の夜は、ショッピングモールの中の一番広いレストランで夜ご飯を食べる。
(中略)
レストランでプレゼントをもらい、お店の人に写真を撮ってもらい、そのあとショッピングモールの一階にある洋菓子店でケーキを買って、どちらかの家に集まって食べる。
(中略)
「愛子ちゃんがモンブランで、大地がチョコレートムースだったよね」
大地の母親が、白い箱に入ったケーキを小皿に取り分けてくれる。この作業は、愛子も大地も自分ではやらない。買ったばかりのケーキは、まるで生まれたてのヒナのように、ほんの少しの衝撃で壊れてしまいそうに見える。もし、そんなケーキを自分の手で壊したなんてときは、きっと立ち直れないほど落ち込んでしまうから、大人にやってもらう。
「キャー、おいしそー!」
「あいこ、テーブルゆすんなって」
大地は、真剣な表情でケーキの周りのセロファンを取り外している。帰り道にふたりであんなに動いたのに、レストランで食べたハンバーグでぱんぱんにふくらんだお腹は全く萎んでいない。それでも、いま目の前にあるケーキならば、いくらでも食べられそうだ。
「ほら、おれきれいに取れたー」
セロファンについたクリームをうれしそうに舐める大地に向かって、大地の母親が言った。
「大地、食べすぎちゃダメだからね」
剣道が上手な大地は、「変なもので体が重く」ならないように、市販のお菓子やジュースを好きなように食べることができない、らしい。
(中略)
「よし、食おうぜえ!」
歌が終わったとたん、大地は、待ってましたとばかりにチョコレートケーキにフォークを突き刺した。スポンジとムースが何層も重なり合っているケーキ、その中をぐんぐんと進んでいくフォークの先、その尖った銀色はやがて、一番下に敷かれているビスケットの層を突き破り、白い皿まで辿り着く。

真由は、もごもごと口を動かしている。きっと、今のうちにできるだけ梅の味を堪能しているのだろう。いざ噛み始めてしまえば、ひとかけらの茎わかめなんてあっという間になくなってしまう。
今日はもともと仕事の予定がなかったので、学校の授業を終えたらまっすぐ家に帰るつもりだった。数日前からなんとなく食べたいと思っていた冷やし中華を、父の分もまとめて作るつもりだった。

事務所の会議室で食べたふたつのサンドウィッチが、お腹の底のほうにずっと残っている。改めて夕飯をきちんと食べる必要はなさそうだったので、愛子は冷やし中華をあきらめ、冷蔵庫の中から麦茶を取り出した。グラスの中に茶色い液体を注ぎながら、ちらりと時計を見る。

折りたたまれたタオルに、ぽすんと携帯が着地する。そしてその横に、口をつけていないドーナツを置いた。
真由はいつも、梅味の茎わかめばかり食べている。だけど、茎わかめと撮った写真をブログにアップすることは、絶対にしない。

茎わかめ、ノンフライ昆布、ねり梅、プルーン。コンビニのレジの近くにある棚には、小さな袋に入った低カロリーのおやつが揃っている。
「茎わかめ買うなら、梅味じゃなくてプレーンなやつにしようよ。塩味のやつ」
碧はそう言うと、真由がぼんやり握っていた梅味の茎わかめを取り上げた。その代わり、隣にある塩味の茎わかめをふたつ、手に取る。
「私の分と一緒に買っちゃうね」

「私が誘ったし、おごるから」
テーブルにはすでに、塩ラーメン、と書かれている小さなチケットが置かれている。(中略)
「券売機の一番左上のやつがその店のイチオシだって、よく言うよね」愛子は、券売機の一番右端が塩ラーメンだったことを思い出してそう言ったが、当の碧は、
「あ、そうなんだ?」
とどうでもよさそうだ。水のおかわりを受け取り、早速箸を割っている。早く食べたくて仕方がないらしい。
(中略)
夕飯時を過ぎても、店内はかなり混んでいる。カウンターの向こう側では、まるで生まれたての命のように、様々な具材がほかほかと輝いている。
(中略)
碧はそう言いながら、自由に食べてもいいもやしのナムルを、引き寄せた小皿に山盛りにした。
「は、はげ?」
真由の眉間にしわが寄る。
「そう、ハゲてきちゃって」碧が、しゃきしゃきと音を立ててもやしを噛み砕く。
(中略)
碧は、からになった小皿にもう一度もやしを盛り付ける。まだ食べるのか、と、思うと、「食べる?」と、その皿を愛子に差し出してきた。愛子は思わず、自分の箸を手に取る。
(中略)
「お待たせしましたー!」
カウンターの向こう側から突然、赤い器が三つ現れた。具材の少ないシンプルな塩ラーメンは、バツがひとつもないテストの答案用紙みたいだ。
「おいしそー!」
「いいにおい!」
愛子が感激しているうちに、碧はもうスープにれんげを沈めている。表面に浮かぶあぶらの輪が、シャボン玉みたいにきらきら光る。
(中略)
濃すぎなくておいしい、と冷静に評する碧に続いて、愛子もスープを一口飲む。口の中ぜんぶに染み渡る旨味が、思わず湧きでてきたよだれときれいに混ざり合う。
「おいしい!」
「ね、さすが検索トップの店」
(中略)
制止する真由を無視して、碧は、店員の目を気にしながらもその茎わかめの袋をさかさまにした。
「あっ」
落ちていく茎わかめを、やわらかい麺がやさしく受けとめる。
「ラーメンに入れるともっとおいしいんだよ、茎わかめって」
碧が器の中に突っ込んだ割り箸が、ぐるぐると円を描く。円がひとつ増えていくたび、乾燥していた茎わかめが瑞々しく波打ち始める。
「スープの中で、乾燥わかめが元のわかめに戻るの。普通のわかめよりこっちのほうが味がついてて最高」
碧はあっさり自分の席に戻ると、自分の分の茎わかめの袋を開けた。そして、そのうちの半分を愛子に差し出してくる。
「どうしても茎わかめしか食べないって決めてるんだったら、むりやり食べさせたりなんかしないけど」
碧は、自分の器の中でもくるくると箸をまわしている。
「だけど、たまに味変えたり食べ方変えたりしたら、気分転換にはなるんじゃないの」
愛子は、碧から半分もらった茎わかめを、自分のてのひらで転がしてみる。そしてそのまま、湯気の立ち上るスープの中に落とした。あつあつのスープを吸い込み、やわらかくふくらみはじめたわかめを、箸でそっとつまむ。
コンビニで勝手に買った、塩味の茎わかめ。券売機の中から勝手に選んでいた、塩ラーメンのチケット。
(中略)
「うん」
そう頷いた真由の持つれんげには、ぴかぴか光るわかめとスープ、そして、湯気に包まれた麺がきれいに収まっていた。

猫のようにむむむと睨み合うるりかと真由を制しながら、波奈がボウルの中の菜箸をくるくるとかき混ぜる。
「絶対食べものをこぼさないでよ、こたつぶとん洗濯したばっかなんだから」
990円で買った真っ赤なたこ焼き器を中心に据えたコタツテーブルには、さまざまな具材が並べられている。ここに来る前、みんなでカートを押し合いながらスーパーを隅々まで練り歩いた。5人合わせたところでそんなにお金があるわけではないので、食べたい具材を選ぶときはちょっとしたケンカも起きた。
(中略)
銀のボウルの中で混ぜられている、たこ焼き粉と牛乳。買ってきた紙皿それぞれに盛られた、タコ、ソーセージのかけらたち。年少コンビがとりあえずザクザク切ったため、具材はすべて不恰好なブツ切りだ。パックに入ったままのキムチ、袋に入ったままの一口チョコレート、発泡スチロールに乗ったままの明太子、カンヅメに入ったままのスパム、そして碧がどうしてもゆずらなかった、ひき肉を塩コショウでさっと炒めたものと、めんつゆ。
「めんつゆつけると、明石焼きってやつになるんだよ、超おいしいんだから」
スーパーの中でも先頭をひた走っていた碧は、材料選びでも実際の調理でも、やけにたこ焼きについて詳しかった。
(中略)
お玉でボウルの中のタネをすくいながら、碧がこちらに向かって顎をくいと動かした。たっぷりのあぶらが溜まった穴のひとつひとつに、きれいなクリーム色のタネが注がれていく。
(中略)
「はい、できてますよー」
ふとたこ焼き器に視線を戻すと、そこには、つるんとした小さな球体が並んでいた。形も色もきれいなので、まるで入学式に臨む新入生みたいに行儀よく見える。碧は、テレビを観ながらも華麗なつまようじさばきを繰り出し続けていたらしい。
「いい感じに食べごろ食べごろ。焦げるからスイッチ切って」
「やば、上手!」
るりが身を乗りだし、たこ焼き器のスイッチを切る。
(中略)
「あーもーなんかドキドキしたー! 食べよ食べよ!」
ど真ん中にあるたこ焼きに、真由が割り箸をぶすりと突き刺す。
「これ中身なに?」
「このへんは確かノーマルにタコかな」
(中略)
たこ焼きをふたつ同時に頬張ってみている真由、キムチをそのまま食べているるりか、結局一人でめんつゆを消費し続けている碧。
(中略)
「あれっ、そういえばチーズは!?」
るりかが突然、大きな声を出す。寝ていた真由が「うるさいなあ」とのっそり目を開けた。
「具、チョコとチーズで、チーズにしようって決まったじゃん! いま気づいたけど、なんでチョコ買ってんの!? チーズは!?」
るりかはどうやら、みんなで行った買い出しのことを話しているらしい。

木の棒に刺さったアイスは、外側をチョコレートでコーティングされており、その上には小さなナッツがまぶされている。
(中略)
頷くと、愛子は最後のアイスのかけらを頬張った。口の中の熱で甘いかたまりを溶かしながら、声に出さずに、ありがとう、とも言ってみた。
チョコレートとバニラの味が、熱くなった舌のまわりで混ざり合う。

真由は、パーキングエリアの自動販売機で買うフライドポテトが大好きだ。紙の箱に染み出ている油、揚げてからかなり時間が経ったことでくたくたになってしまったポテト、どちらもマイナスに働きそうな要素だけれど、真由に言わせると「そこがいい!」らしい。

一瞬、フルーツ牛乳やコーヒー牛乳に視線が泳ぐけれど、お腹まわりのぷにぷにした部分を手で触り、冷水でガマンすることを決める。
車での長距離移動の楽しみは、くたくたになったポテトだけではない。帰りに寄るパーキングエリアで入る温泉こそ、メンバー皆が心待ちにしているオアシスだ。

俺、ガキのころ、ばあちゃんちで初めて湯豆腐食べたとき、母ちゃんの料理みたいに味薄いって言ってみたら、なんかそれから母ちゃんの自然派が笑い話みたいになったことがあってさ。

余った弁当をひとつもらってきていたので、愛子はそれを夕食にする。付け合せのトマトも一緒に温めてしまったけれど、もうしかたない。
冷えた麦茶に、いつものグラス。チンしてもまだまだ固いごはんを割り箸でほぐして、一口、食べる。

朝井リョウ著『武道館』より

林屋!『野ばら』

昨今の宝塚のあれやこれやに触れて思い出したので再読し、なんだか感動してしまった。ダラダラと飴をしゃぶるような快楽を味わえるサービス満載の一級レジャー小説。斜陽を前にした桜の木の下のシーンなんて「細雪」だし...。
自分のメモによると実に17年ぶりに読んだらしい。信じられない。すごくいろんな場面を覚えていた。当時、日常的に宝塚線に乗り、京都へもしょっちゅう行っていたので、舞台をイメージしやすかったこともあるだろう。不倫相手のおっさんの「シャツの趣味が萌から見て微妙」というのが直接的な言葉を使わずに書き込んである2か所など「林屋!」と声をかけたくなる。京都のゴハンも実に美味しそうなのがこの小説家の矜持。

ところで京都に行くたび、花見小路を車が爆走するのをいかがなものかと思っていた。この小説の発表から20年以上たち事情は随分変わっただろうけど、こういうセレブがいる限り、地下道でも作らない限り、自動車進入禁止にはできないんだね。個人的には、こんど日本に行ったら宝塚ホテルを再訪したいなーと思った。

半蔵門のダイヤモンドホテルといえば、古くて地味なホテル、といった印象であったのだが、しばらく来ない間にリニューアルしていたらしい。いたるところに金をかけ、都会の洗練された隠れ家のようになった。コーヒーハウスも大層贅沢なつくりになり、インテリアも凝っている。高いけれども紅茶も大層おいしい。新井萌は紅茶党であったが、外でおいしい紅茶を飲むことをほぼあきらめていた。カフェや喫茶店はもちろん、どこのホテルのコーヒーラウンジもコーヒーと比べて紅茶はおざなりになっている。千円近くとるラウンジで、ポットにティーバッグを放り込んで平気で持ってくるのだ。
けれどもここの紅茶はいい葉を選び、丁寧に淹れてある。紅茶がこんなにおいしいのならばケーキもきっとかなりの水準のはずだけれども、少々苛立っている萌は、とても注文する気にはなれない。

「ねえ、その後のお食事はどうなってるの」
「『クランツ』の石山さんが、中国飯店の上海蟹にしようか、それともどこかイタリアンを予約しようかだって」
「そうねえ、久しぶりにイタリアンがいいかも。関西ってイタリアンは悲惨なんだもの」

小言を口にしながらも、娘のために手間をかけた朝食をつくってくれる。普段ひとり暮らしでは、ろくなものを食べていないだろうと言って、出てくるものは"旅館ごはん"と千花が呼ぶ和食だ。
丁寧にだしをとった味噌汁にだし巻き玉子、煮物に焼き魚といったものに、佃煮、海苔が食べきれないほど並べられる。佃煮、海苔の類いは、開業医の父親のところにきたものだ。
人にはあまり言ったことがないけれど、洋酒やビール、茶や佃煮などは、店で買うものではないと母の悠子も千花も思っている。それらはちょっとした貢ぎ物として、父の診察室の片隅に堆く積まれるものなのだ。
(中略)
「急に失くなっちゃって、このあいだ初めてお茶っ葉を買ったのよ」
と悠子がおかしそうに言う。けれども食後、これまた医者の貰い物の定番であるメロンを、大ぶりに切って置いた。

もう既にテーブルの上には、大きな重箱が三つ重ねられていた。サングラスをしたまま梨香は後輩たちに言う。
「これ、手の空いた時に食べて高杉さんが持ってきてくださったの」
「ありがとうございます」
高杉というのは、美容整形医の妻ではない。ファンクラブのひとりで、今日の梨香の、「お弁当をつくらせていただく」当番なのである。
出番の多いトップはたいていの場合、公演の前に食べ物を口にしない。だから豪華な弁当は、下級生たちに下げ渡されることになっている。外に食べ物を買いに行く余裕などない研究生たちにとって、これは本当に有難い。
最初はやや抵抗があったものの、気がつくと下がってきた弁当や菓子、果物をすごい早さで咀嚼する自分がいた。時々はずれることもあるが、弁当はたいていおいしい。憧れのスターに食べてもらおうと、徹夜して何十人分もの弁当をつくってくるのだ。手巻き寿司にひと口カツ、煮物、だし巻き玉子などが彩りよく並べられていた。
すっかり化粧を終えた千花は、夏帆と一緒に寿司を食べ始めた。かなり凝っていて、中にキャビアが入っていた。

二人の男はしばらくしゃれ合った後、運ばれてきた刺身に手を伸ばした。
インテリアだけ凝って、味はそこいらの居酒屋並みの和食屋が増えていく中、この店は有名料亭で修行を積んだ主人が包丁を握っていた。
ここの自慢料理はトロの氷盛りで、かき氷の鉢の上に、トロが紅白の脂肪の網を見せている。トロによほど自信がなければ、これは出せないだろう。
「こりゃうまいな」
この店は初めてだという森下が、感嘆の声をあげた。その声でかなりの食道楽だとわかる。

「(中略)ママがね、おかずを三品並べようもんならガミガミ言うのよ。考えても欲しいわ、あの綺麗な顔をした男が、高いタラコをどうしてこんなに無造作に切って出すんだって、本気で怒るんだから......」

「夏山先生が、ロマネ・コンティを飲む会をするんですって。といっても、全部ロマネで通すととんでもないことになるから、ロマネは二本ぐらいで、後はラ・ターシュかマルゴーにするらしいけど、とにかくすっごいものが出るらしいわよ」
(中略)
やがてこれまら夏山とっておきのシャトー・ディケムが出てディナーは終わった。
その前によく熟したチーズと、三種類のデザートを人々は口にしていた。
「本当にいっぱい食べちゃったわ。チカ、もうお腹がパンパンに張ってる......」

東銀座の方へ向かって、歌舞伎座横の文明堂に入った。ちょうど芝居の真最中で、客はほとんどいなかった。
萌はミルクティーを頼み、三ツ岡はコーヒーとカステラのセットを頼んだ。萌は彼から「問題外」と言い渡されたような気がする。多少気のある女の前で、男は甘いものなど絶対に食べない。(中略)
「三ツ岡さんって、甘いもの、お好きなんですか」
やや皮肉を込めて問うてみた。
「好きだねぇ......。前は、そんなでもなかったけど、この頃年のせいか、午後になると甘いものが欲しくってたまらない。羊かんでも、饅頭でも、ケーキでもむしゃむしゃやるね」
(中略)
やがてカステラが運ばれてきた。これをフォークでちまちま食べる三ツ岡の姿など、見たくないと思った。が、彼は三切れに切り、大きく頬ばる。三十秒ほどで食べてしまった。
「三ツ岡さんって、食べるの、早いんですね」

彼のロールスロイスは、京都の狭い路地をぎくしゃくと走っていく。そして止まったところは一軒の町屋である。
「あんたら、どこに連れてこと悩んだけど、若い人らに懐石もなあ......。あんなもんはほんまに若い人がおいしいかって言ったら、違うような気がするわ。ここは京都一、いや日本一うまい肉を食べさせるとこやからな」
(中略)
「ここのステーキは不思議なステーキやで。こげ目っていうものが、まるっきりあらへん。ぬるい温度で肉の旨味を閉じ込めるっちゅうことをしてはる。ふつうだったらまずくなるはずやけど、どういうわけかごっつううまいんや。いったいどういうわけやろと、いつも考えとるんやけど......」
(中略)
やがてワインとバカラのグラスが三つ置かれた。年代もののペトリュスである。町中の小さなステーキ屋の奥から、まるで手品のように高価なワインが出てきたのだ。
「ここは結構いいワイン出してくれるんやけど、デキャンタもテイスティングもなしという、滅法愛想のないとこでなあ......」
「仕方ありませんよ。全部ひとりでやっているんですから」
やがて白い布をかぶせたトレイが運ばれてきた。布をとると大きな肉の塊が、白と赤のマーブル模様の切り口を見せている。
「ヒレもありますけど、今日はやっぱりサーロインでしょうなあ」
「じゃ、それにしよ」
「お嬢さん方、焼き加減は......」
「私、ミディアム・レア......」
言いかけた萌を、亀岡が制した。
「そんなん言わんと、この大将にまかせとき。そりゃあうまく焼いてくれるわ」
三つに切られた肉が鉄板の上に置かれた。ジュウジュウと音をたてるわけでもない。ただ置いた、という感じである。その間に三人はワインを飲み始めた。
「ペトリュス、大好き」
千花がペロッと舌で、唇についたしずくをなめた。
(中略)
二人がそんな軽口を叩いているうちに、温野菜をのせた大皿が並べられ、その上にシェフは焼き上がったステーキをのせる。萌はこんな不思議なステーキを食べたことがなかった。焼き目というものがまるでない。熱によって赤黒く変色した肉塊だ。ひとくち口に入れる。
「おいしいわ」
先に言葉を発したのは千花だ。
「肉のジュースが、しっかり中に閉じ込められてて、それがブチュッと出てくるの。うんと焼いたステーキよりも、お肉がどこまでもやわらかいっていう感じ......」
「そうやろ、そうやろ」
亀岡は頷く。気に入った答案を目にする教師のようだ。
「ここは肉を焼く常識と全部反対のことをしとる。だけどこんなにうまい。誰かちゃんと研究せえへんかと思うけど、ここの大将は変わり者やさかい、テレビにも雑誌にもいっさい出えへんのや」
「勘弁してくださいよ。年寄りがひとりコツコツやってる店ですよ。マスコミなんか出たらえらいことになりますわ」
その後量は少ないけれども、ドレッシングが凝ったサラダが出、メロン、コーヒーという順で食事が終わった。
店を出ると、どこかで内部を見張っていたかのように、ロールスロイスがするすると近づいてきた。
(中略)
「お食事、どこへ行かはったん」
「『桃山』でステーキ食べてきた」
「いやあ、『桃山』やて。あんな高いとこ、私よう行かへんわァ」
「よう言うわ。あんただったら、どこ行きたい、あそこで食べたい、ってねだれば、みんな大喜びや」
「この不景気で、そないなお客はん、いてはりまへん。あ、社長さん、焼酎でよろしおすか」
「そうや、ここでワイン飲んだら、いくらふんだくられるかわからん」

三ツ岡が案内してくれたのは、北白川の通りにあるおばんざい料理の店だった。
「昨日はすごいご馳走を食べたそうだから、今日はこんなところでいいでしょう」
カウンターの上の大鉢に、何品かの料理が並んでいるが、それ以外にもいろいろと注文することが出来る。まず萌は大鉢から蛸と海老芋の煮つけ、三ツ岡は刺身と白和えを頼み、ビールで乾杯した。
(中略)
しかしそのために二人の会話は少なくなり、最後の松茸御飯を萌は黙って咀嚼したぐらいだ。

「(中略)あのさ、花見小路にものすごくおいしい店が出来たらしいよ。『喜蝶』の花板が独立して店持ったんだって」
子どもの時から一流の店の味を知っている彼は、食べものにとてもうるさい。一食でもまずいものにあたると、すぐに不機嫌になる。歌舞伎座や南座の楽屋を訪ねる時、千花はどれほど差し入れの品に心を砕いたことだろう。鮨だったら青山の紀ノ国屋スーパーの中に入っている「すし萬」。ここの大阪鮨は値段が倍ぐらいするが味がまるで違う。あなご鮨が路之介の好物なので大箱を持っていく。サンドウィッチならば、帝国ホテルの売店のものと決めていた。
それ以外にも、自分でせっせと菓子を焼いた。高校を中退して宝塚に入った千花は、他の同級生たちのように料理教室へ通った経験がない。だから本を見ての独学であったが、これが案外うまくいった。特にクルミとバナナの入ったパウンドケーキは、売り物にしてもいいぐらいだと食べた人は必ず言う。路之介もこれが気に入っていて、そんな細い体のどこに入るのだろうという勢いで、三切れ、四切れすぐ口に入れる。
けれどもそんな差し入れが出来るのも、自分が東京にいる時のことだ。宝塚にいて公演中ならば、手づくりのものはつくれないし、小遣いをねだる母もいない。

八時になった。千花は空腹のああり、ルームサービスを頼むことにした。この後どこかで食べるにしても、軽いサンドウィッチぐらいは支障ないだろう。運ばれてきたサンドウィッチをゆっくりと食べ、時間をかけて口紅を直した。テレビでは「ニュースステーション」が始まろうとしていた。

稽古場にある団員専用の「スミレ・キッチン」で、千花は甘めのカレーを食べていた。真向かいに座って「トリの唐揚げ」を食べているのは、今度のバウホール公演で主役をつとめる、男役の立風あまんである。

二人で和光のティールームに座っている。ここはよく萌が母と一緒に入るところだ。とても紅茶一杯とは思えない値段だが仕方ない。銀座といえばここしか知らないのだ。ケーキを勧めたけれども、映美は注文しなかった。ダイエット中と笑ったが、たぶん値段を見たからだろう。萌に払わせるのを気にしているのだ。本当によい子だと萌はますます映美が好きになる。

二人はいかにも父娘らしい会話をかわしながら、ビールを飲み干す。映美も父に似て、かなりいけるクチらしい。
前菜の盛り合わせの後、おつくりはフグであった。ほんの少量、美しい青磁の小皿に盛られている。
「私、これって初フグよ」
「よし、よし、学生らしい生活をおくってるみたいだな」

そんな他愛ないことを喋っているうちに、塗りの折敷の上に向付が置かれた。白磁の小鉢の中に入っているのは、伊勢海老の湯引きである。彩りにほんの少しキャビアがまかれている。
「僕はもうちょっとビールを飲むけど、君はどうする? ワインも置いてあるけど」
「日本酒をいただきます」
この店では小さなワイングラスに日本酒を注ぐ。「菊姫」が、ほんの少し黄色味を帯びて見える。

「シャンパンを抜いて。今日はこの人の誕生日パーティーだから」
「ほう、そりゃ、そりゃ」
隣りに座っていた初老の男が、それを聞いたからには声を発してもいいだろうといわんばかりに頷いた。
彼の前には、伊勢海老らしい刺身の皿が置かれている。
(中略)
「シャンパンは、ヴーヴ・クリコと、ドン・ペリニヨンしか置いておりませんが、どちらにしましょうか」
「クリコにして。ドンペリって、なんかオヤジっぽいじゃん」
路之介は千花の方を向き、ねえと笑いかけた。

デザートの菓子は、ふかしてたの薯蕷饅頭とプリンであった。染付の皿に盛られ、かすかに震えるプリンは黄色がとても濃い。
「和食のお店で、プリンが出るなんて珍しいわ」
「このお店の名物だよ。昔のやり方でつくってるんだそうだ」
三ツ岡は皿を萌の前に置いた。
「よかったら、僕の分も食べないか」
「三ツ岡さん、プリン嫌いなの」
「うーん、何て言えばいいのかなあ。プリンは大のおとなが、嬉々として食べるもんじゃないっていう気がするんだ。人前で食べるのは、ちょっと引いてしまうね」

差し入れの「しろたえ」のシュークリームや「千疋屋」のフルーツゼリーは、それこそ山のようにテーブルの上に置かれている。「キハチ」のクッキーを、ばりばり齧りながらメールを打ち続ける団員もいるし、ゲームに夢中になっている団員もいる。

後半まで千花の出番はない。化粧台前に座って、千花は「ウエスト」のクッキーをがりりと噛んだ。ありきたりだ、との声もあるが、千花はこの店の癖のない味が好きだ。幼い頃から、よくおやつに食べていたせいもある。

映美は前菜の仔豚のハムに半熟玉子をからめながら言った。
(中略)
「そんなこと、誰が言ったの」
驚きのあまり、息が荒くなった萌の前に、ウェイターが仔羊のソースをからめたラビオリの皿を置いていった。

最近の金持ちの例に漏れず、白石は大変なワイン好きである。中年までは下戸だったのが、ある日突然飲めるようになったのだ。
「それも高いワインほど、ぐいぐいいけるから困るで」
と笑う。今もぼんに頼んで、店の奥からとっておきを何本か出させたばかりである。
「よう、ラトゥールの九〇年なんかあったなあ。ぼんの好みやろ、さすがやな」
「おおきに。そら、白石はんみたいな人にお出しするんどすから、九〇年のラトゥールぐらい揃えておきまへんとなア」

二人で会場につくられた飲食のコーナーへ行き、カナッペをつまんだ。こうしたパーティーの定石どおり、料理は簡単なものばかりであるが、シャンパンとワインはかなり張り込んだ銘柄だ。

夏らしく前菜は茄子とキャビアを使った小さなサラダだ。やや神経質に茄子のマリネをナイフで切りながら、拓也が尋ねた。

ワインを四人で三本空け、長い食事が終わった。この店は絵里奈の父親の名前で予約してもらったため、彼女が誰だかわかっていたのだろう。店長がサービスで食後酒を何種類か運んできた。中に北イタリアの修道院でつくっているというリンゴの酒があった。
「ちょっと香りがきついですが、ぜひおためしください」
小さなアンティックのグラスで二杯ずつ飲んだら、みんなすっかり酔いがまわってしまった。

それを聞いたとたん、自分がとても空腹なことに千花は気づいた。午後すぐの新幹線の中で、サンドウィッチをつまんだだけだ。
路之介は慣れた様子で、店の奥にある小座敷に上がっていった。既に二人分の箸やコップが用意されている。
「はい、ビール。アサヒでしたわね」
(中略)
「おかみさん、熱燗頂戴」
やはりさっきの女は、妻だったのだ。鱧の皿を持ってきた女に、路之介はそう声をかけた。
「そうよね。今日みたいな日は熱燗よね」

ファンから差し入れられたシュークリームを食べながら女性雑誌をぱらぱらとめくっていた。この雑誌もまたファンからの差し入れである。

最近萌が気に入っているのは、一ノ橋に近いイタリアンレストランだ。地下に下りていくと、大きなワインセラーがあり、その陰にテーブルが置かれている。ここは上階の客たちには気づかれない席で、化粧を落とした女優が、女友だちとにぎやかにパスタを食べたりしていることもある。
(中略)
何を食べてもうまいが、特別に注文すると、焼き野菜たっぷりの皿や、豆の入ったリゾットをつくってくれる。つき合うようになってわかったことであるが、意外にも三ツ岡は大層肉が好きで、特に仔羊には目がない。この店の仔羊は香りが濃くてよいと、骨をしゃぶるようにして食べる。
(中略)
前菜のガスパッチョも半分も飲めず、すぐに皿を下げさせた。

ちょっと座ろうよと、千花はソファに誘った。その際シャンパングラスとチョコレートを持ってくることは忘れない。パーティーのために、洋服やバッグと同じロゴマークが入ったチョコレートが、ピラミッド型に積まれていたのだ。
(中略)
千花はチョコレートを口の中に入れた。ここで何か死者を悼む言葉を口にすることは、いかにも嘘っぽい感じがした。なにしろ一度も会ったことのない女なのだ。
けれどもこげ茶色のチョコひとかけらを口にしたとたん、苦く重々しいものが胸にこみあげてきた。
(中略)
二人は黙ってシャンパンとチョコレートをかわるがわる口にほうり込んだ。

「(中略)コーヒー淹れるけど飲む?」
「ありがとう」
二人分のコーヒーを淹れ、小皿には麹町にある老舗のクッキーを盛った。新井の祖父母の家は昔からこの店の会員になっている。由緒ある家だけが入会出来、会員になるとこの店のクッキーを買えるというシステムだ。ここの繊細なクッキーは萌の大好物で、それを知っている祖母が定期的に送ってくれているのである。
特に萌が目がないのが、薄緑色をしたチップだ。舌にのせると静かに溶けていく。このクッキーには紅茶が合うのだが、わざわざ湯を沸かすのはめんどうくさい。コーヒーメーカーはセットさえしておけばいいのでずっと簡単だ。
桂子は萌の差し出したコーヒーに、のろのろと砂糖とミルクを入れる。

寒気はまだ続き、心は別のところにあるのに、千花はいつもの習慣で冷蔵庫を開ける。牛乳に粉末を混ぜる手順も、手が勝手に動いていく。この粉末は、キナコに昆布の粉を混ぜた母の悠子のお手製だ。肌と健康にいいと聞いて、自分でつくり宅配便で送ってくる。
(中略)
あまりおいしくもないドリンクを飲み、次は先輩から勧められたサプリメントを四粒飲んだ。その後はインスタントコーヒーにミルクを入れ、昨日買ってきたあまり甘くない菓子パンを食べた。
そして自分がきちんと咀嚼していることに、千花はとても満足している。
「ほらね、私はあんまり傷ついていないのよ」

「ねえ、高級割烹店で食事っていうのもオジさんっぽいから、いっそのことイタリアンにしようよ」
「えー、京都に来てまでイタリアンかぁ」
謙一郎はあきらかに不満気な顔をした。
「あのね、京野菜を使ったイタリアンなの、水菜のサラダとか出てね。すっごくおいしかったの憶えてる」
幸い席が空いていて、タクシーで向かった。祇園町北側のこのあたりは、飲み屋街といってもビルが多く、京都の風情は薄い。レストランは、小さなビルの地下にあった。まずは京茄子とキャビアを冷菜仕立てにしたものが出され、二人は白いワインで乾杯した。
(中略)
彼の饒舌を封じ込めるかのように、松茸を使ったパスタが運ばれてきた。バターと松茸のにおいが混ざり合って、なんともいえぬこうばしさだ。
「これ、めちゃうま」
謙一郎は盛大にフォークに巻きつけ口に運んだが、全く音をたてない食べ方をした。

「本当にバッカみたい......」
思わず声に出して言い、隣りでパンを齧っていた女が、目を大きく見開いて萌の方を見た。

林真理子著『野ばら』より

最終回『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(24)

もう20年前だが、ドイツは、ペットボトル大国から出かけていくと、大都市でさえ手軽に買える飲み物が全然売られていなくてちょっと困った。もちろん、わかっていれば対策できることなので、今もエコ先進国であってほしい。

二度とも仕事で、ヴィスバーデン、デュッセルドルフ、ケルンと西ドイツの劇場に出演したのだが、合理的なドイツ人は、外国からきた芸能人に下宿の世話をしてくれ、無駄なお金をつかわせないように取りはからってくれる。(中略)
私がはじめに下宿した家は肉屋さんだった。肉屋さんが家の一室を貸したというのではなく、一階はそうとう大きな肉屋で、二階はアパートふうになっている肉屋兼下宿屋さんだった。
下宿第一日目の朝、太ったマダムが部屋にきて「何をたべるか」ときいているらしい。「卵とパン」と英語でいったが、パンはわかったが卵が通じない。仕方がないから指で丸いかっこうをしたら、「シンケ、シンケ」ときくので、めんどうだから「ヤーヤー」と答えておいたら、ソーセージが出てきた。
それからは毎朝ソーセージで、ことわりたくても、どうせ通じないと思えばめんどうなので、出されるままに朝から大形のソーセージをたべるはめとなった。相手は肉屋なのだから、店のものを喜んでたべるよい下宿人と思っていたことだろう。
店には、生肉のほかに、今日まで見たこともないようないろいろな種類の腸詰が、ところせましとならべてあった。ホットドッグにつかう細いソーセージはフランクフルトといい、ハンブルグふうというのは、長さは同じぐらいで、直径が五センチほどある太いソーセージだ。
このような柔かいソーセージは、中火でゆでて、ゆでたてにからしをつけて食べるのが一番おいしいたべ方で、バタや油でいためてはクドクなり、味もおちる。
(中略)
燻製になっているソーセージにも、いろいろ種類はあったが、サラミのようにかたく燻製にしたものより、半なまの燻製がおいしかった。シュヴァイン・ヴルストの端を切りおとし、サジでソーセージの中をすくい出して、黒パンにすりつけてたべる味は忘れられない。
半なまの燻製だから、みはうすい桃色で、あぶらみの白とまざって霜ふりだ。口あたりもやわらかい。押麦の入った黒パンはボソボソしているから、この柔かいあぶらみの多いソーセージをこってり塗ってたべれば、よくあうのだ。
ビールをのみながらこのオープンサンドをもう一度たべてみたいものだ。
そうそう、それときゅうりの酢づけ。
ピクルスも、小さいきゅうりの甘く漬けたのではなく、大きいきゅうりがあっさりと辛口につけてあり、かじるとガリガリかたい、家庭で作ったピクルスだ。お皿に品よく小口に切って盛ってあるなどというのではなく、一本ゴロッとのってるのを先の方からかじるのだ。
じゃがいも料理もいろいろあるが、よく食卓にのったのは、ゆでさましのじゃがいもをナイフでそぐようにうすく切り、玉ねぎのうす切りといっしょに、たっぷりのラードか油で、表面が狐色になるまでいため、塩コショーをした、フランス式にいえばリヨネーズふうのじゃがいも料理だった。これは中がやわらかく外側はこんがりやけていて、とてもおいしく、毎日たべてもあきなかった。

ドイツ人の一番よくたべるものでは、ザウエル・クラウツ、それにオクセン・シュヴァイン・ズッペというスープだ。
前のはアルザス料理としてパリのレストランのメニューにものっているし、またパリのおかず屋さんにはかならずザウエル・クラウツ用のすっぱいキャベツが売られていた。
(中略)
出来上ったちょっとすっぱい、油でつやの出た、柔かいキャベツの湯気の立っているのに、ソーセージやハムや豚肉のいためたのをのせて、しばらくあたため、皿に大盛りにのせていただくのが、ザウエル・クラウツという料理だ。
オクセン・シュヴァイン・ズッペというスープは、オクステイル(牛のしっぽ)をよく煮出し、ポタージュにしたこげ茶色のドロッとしたスープで、こってりしているが、味が濃いのであまり油っこい感じが残らず、あきのこない家庭的なスープだ。
この他にも、グリンピースを煮て大まかにつぶし、スープでドロドロにのばし、中にソーセージやベーコンのいためたのをのせて出す豆のスープも、非常にドイツ的な料理だ。
豚の胸肉や骨つきの足を煮こんだ料理もドイツ的とおもうが、要するにドイツ料理というものは、しゃれた小いきさは全然ないが、たっぷりした重量感と、田園ふうな味がまた食欲をそそるといえるだろう。

イタリアでは、めん類は前菜として、肉料理や魚料理の前にたべるのだから、大した食欲だ。それも、ほんのちょっとなどというものではなく、大皿に山盛りたっぷりよそったのに、チーズの粉をいっぱいふりかけてたべる。
一般的に一番よくたべられるのはスパゲティで、それもトマトソースやミートソースなどかけず、かためにゆでた白いのに、バタとチーズをまぜあわせてたべる。くるくるっとフォークの先にまきつけて、手ぎわよく、まるでうのみにしているように、ツルリ、ツルリとたべる様子は、日本人がおそばをたべているのによく似ていた。
日本ではうどんを煮たらすぐ食べなくてはのびるというが、イタリアのスパゲティも同じで、ゆで上った熱いところを、すぐ食べなくては、おいしくない。

名古屋のきしめんによく似たのにイタリアのラザーニがある。きしめんは花がつおをふりかけ、うすいだし汁であっさりたべたり、みそで煮こんでたべるが、このラザーニは、チーズ、バタ、トマトソースであえて、こってりしたグラタンにしてたべ、もとは似ていても、たべ方がずいぶん違ってしまう。
コンソメのスープに入れる細いヴェルミセルは、そうめんそのものだから、私はパリにいたころ、日本の方が訪ねてくると、ヴェルミセルで日本的な冷やむぎを作ったものだが、日本のそうめんだと思って食べるひとが多かった。
(中略)
ヨーロッパの諸国では食べないいかやたこもたべるし、スカンビという芝えびの揚げものは天ぷらと変らないし、リゾットというのはごはん料理で、お米もなかなかおいしいのがとれる。しかし、私たちの食欲では及びもつかぬ食欲を持った国民だから、すべてこってりした味だ。

イタリア人の前菜は、必ずしもめん類だけとはいい切れない。やはり、スープの場合もあるし、サラダ的な野菜や、ハムなどの場合もあり、またピツァ・パイの場合もある。
このピツァ・パイは、日本のイタリア料理店でもボツボツ出しているが、アメリカでも、またパリでも、ピツァ・ハウスと名乗り、ピツァを売りものにしているイタリア料理店がある。丸いお盆のようにひらたいパイの上に、トマト、ピーマン、マッシュルームなどの小ぶりに切ったのをのせ、油づけのちょっとすっぱいアンチョビー(ひしこいわしのカンづめ)を飾って、チーズの粉をかぶせるようにたっぷりふりかけて、天火でこんがり焼いたピツァ・パイは、とてもおいしい。
焼きたてを食べなくては駄目で、丸いのを六つか八つ切りにし、チーズがトロッととけてくるのを、たらさないように口でうけ、手づかみでたべる。
スープにももちろん、いろいろな種類はあるが、有名なのは「ミネストローネ」だ。玉ねぎ、人参、セロリの小さく切ったのに、いんげん豆などを入れて、ごとごと煮こんだ、ちょっとにごったスープだ。これにたっぷりのチーズ粉をふってたべると、そうとう胃にこたえるから、これも私たちにとっては、夜食むきであって、前菜としては荷が重い。
パリの劇場やナイトクラブで働いていたころは、夜食として、よく近所のレストランにこのミネストローネを食べに行ったものだった。
さて、私たちは、このスープなり、スパゲティまたはラザーニのようなめん類をたべたらもうお腹はいっぱいになり、後がつづかない。大皿のスパゲティを大いに楽しんでたべたあと、ゴッテリした肉料理が出てくるとギョッとしてしまって、ひとくち手をつけたら、もうもてあましてしまうのが常だ。だからといって、値段の安いめん類だけたべて止めたら、なんというケチな日本人かと、給仕にけいべつされるにきまっているから、そこが辛いところで、がまんして、めん類のほかに一皿たのむ。
オッソ・ブコなどという骨付き肉の煮こみや、エスカロピーノなどという犢のうす切りをトマトソースで煮こんだり、シャンピニオンと共にホワイトソースで煮こんだ料理など、しゃれた料理とはいえないが、なにか家庭的な匂いがして、おいしい料理だ。
パンもなかなかおいしいし、キャンティとよばれるこもかぶりの瓶に入ったブドー酒も、値段は安い上に口あたりがよい。チーズだって、パリのものにひけはとらない上に、安い。

私はつき合いのよい性質なので、一日二回山もりのスパゲティにチーズをたっぷりふりかけて食べたあげく、ケチな日本人とあなどられないため、愛国心を出して肉までたべたから、たった三週間のあいだに、二貫目も太ってしまったわけだ。

石井好子著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』より