孫が欲しい

週末の売り場では、お孫さんを連れた年配の方の姿をみかけることが多い。3階には私の担当の文具売り場の他に、食器売り場、寝具、子供服、そしておもちゃ売り場があるので、家族連れのお客様が多い。

 

日曜日、売り場に2才ぐらいの可愛らしい女の子がおじいちゃんと一緒にやってきた。「おじいちゃん!」と呼ぶ声があまりにも可愛らしいので、声のする方を見ると、シニアの男性が女の子の手を引いて歩いていた。その男性の顔ったら、顔の筋肉が溶けてしまったかしら、と思うほどの表情をしている。微笑ましい二人の姿を見たら、とても羨ましくなってしまった。

 

同じ日曜日、私の前に赤ちゃんを抱っこした若い男性が立ち、「こんにちは!」と挨拶された。4年ほど前に、野菜売り場でバイトをしていたF君だ。「あら、あなたいつパパになったの?」と聞くと、去年結婚したのだと言う。4年前は大学生で、卒業して就職した時も顔を見せてくれたことを思い出した。パパにそっくりな生後4か月の男の子は、新米パパの腕の中でにっこりと笑ってくれた。

 

孫が欲しい・・・子ども達はまだ誰も結婚していないのに、無性に孫が欲しくなってしまった。孫から「じぃじ!ばぁば!」と呼ばれる日はいつ来るのだろうか。

還暦クラス会

日曜日の夜のこと、iPhoneが鳴ったので職場からだろうと思い画面を見ると知らない番号だった。市外局番が見慣れた故郷のものだったので「もしもし?」と出たところ、中学の同級生だった。自宅の固定電話と違い、携帯やスマホにかかってくる電話は、個人に宛てたものであるから、未登録の番号の場合は出るべきかどうか迷うことが多い。今回は見慣れた市外局番だったので、躊躇せずに出た。同級生からの電話は、クラス会の連絡だった。

 

一週間ほど前、往復はがきが届いた。「還暦クラス会」が8月15日に開催されることが記されており、「待ってました!」とばかりに「出席」に丸をつけて投函したのだが、慌てていたのか、私は自分の名前を書かずに出してしまったのである。そう言えば、住所・電話番号・近況を書いた覚えはあるが、名前を書いた記憶がなかった。幹事の同級生は、困り果てて電話をかけてきたのである。

 

男性はどうなのか分からないが、クラス会となると、女性は「何を着て行こうかな?」だとか、「今から毎日顔のマッサージしよう」「すぐに効果のあるダイエットはないのかな?」とか考える。みんな同じ年なのだから、いいじゃない、と思う反面、何年も会っていない同級生に会うとなると、やっぱり少しでも若々しい姿で出席したい、と思う女心である。

 

去年はアメリカの高校のクラス会へ出席して、今年は日本の中学のクラス会。やはりこの年代になるとクラス会が楽しみになる。去年は夫と一緒に帰省したが、今年は私一人で実家へ帰ることにした。父のお墓参りをして、母とおしゃべりをすることの他に、中学の同級生との再会、という楽しみが増えた。

歯科医院のBGM

以前、BGMに関しての記事をふたつ書いたので、今回が3回目の記事になる。前に書いたのは、「BGMに速いテンポの曲が流れると、人間は速く行動し、ゆったりとした曲だとゆっくりと行動する」という内容のものだった。

 

現在通っている歯科医院は去年開院したばかりなので、外観もおしゃれな感じだが、内装も落ち着いていて、受け付けの女性がとても感じが良い。待合室の椅子に座って順番を待つ私の耳に聴こえてくるのはジャズである。ジャズをBGMに使っている歯医者は珍しいのではないだろうか。

 

恥ずかしい想い出だが、以前通っていた歯科医ではオルゴールのBGMが流れていて、待たされている間にいつの間にか眠ってしまい、自分のイビキで目を覚ましたことがある。しかし今の医院では、リクライニングの椅子に体を沈めて、ピアノのジャズを聴きながら目の前の液晶画面で世界の観光地の動画を楽しんでいる。ロールスクリーンがおしゃれな窓のそばには観葉植物が置かれ、これでコーヒーが運ばれてきたなら、さぞいい気分だろうと思う。

 

いい雰囲気に体の緊張がすっかりほぐれた頃、歯科医が登場・・・今日も右上の歯の治療でギュインギュイン、キィ~ンキィ~ンと削られて体が硬直してしまった。「体を楽にしてください」と言われて、深呼吸をする。BGMがずっと聴こえるように、イヤフォンをさせて欲しいな。

ウェブクーポン

iPhone5に機種変更してそろそろ1ヶ月が経つ。2年間使っていたiPhone4の時には、電話とメール、そしてインターネットは快適だったが、アプリは一切ダウンロードせずにいたが、iPhone5に変えてからはちょっと前進した。

 

まずは家計簿アプリや地震アラームなどのアプリをダウンロードした。買い物をしたレシートの写真を撮ると、それを読み取って計算する仕組みのアプリはけっこう便利に使っているが、地震アラームの設定を「震度3以上」にしたら、しょっちゅう鳴るので、「震度4以上」に変更した。

 

先日、夫と買い物に行き、ショッピングセンターのウェブサイトに接続したところ、「ウェブクーポン」というものを見つけた。それを提示すると特典がある、とのことだったので、食事の時に画面を見せたところ、なんと餃子6個がおまけについた。夫と3個ずつ食べながら、他にも何かないかと検索したところ、同じショッピングセンター内には会計が5%引きなどの特典があることを知った。せっかくの特典なのだから使わないと損だ、とばかりに、モバイルクーポンなるものを取りこみ、昨日は夫が好んで飲んでいる焼酎1本を90円引きで購入した。以前には新聞の折り込みチラシに印刷された「クーポン」を切り取っていたのだが、今はウェブクーポンが主流になってきているのかもしれない。

 

6月3日の夫の誕生日に、子ども達がお金を出し合って「父親にアイを」とばかりに、iPhone5をプレゼントした。それまで普通の携帯を使っていた夫は、最初は触るのも怖い、という状態だったが、夫よりも先にiPhoneを使い始めた私の指導のもと、なんとか少しずつ歩き始めたようだ。クーポンを使えるようになるのは、まだまだ先のことかな?

初年金

2月に還暦を迎え、年金受給の手続きが終わったのが4月だった。そして、昨日(15日)に初年金が支払われた。

 

15日は土曜日なので、前日の金曜日が支給日だと思い、確認のために仕事が終わってから郵便局ATMへ立ち寄った。ゆうちょ銀行に口座を持っていたのだが、ずいぶんと長い間使っていなかったので、暗証番号が曖昧だったが、とりあえず通帳を入れてみた。ジジジ~という音がして、出てきた通帳を見ると、「ネンキンキョクジギョウ」というカタカナの文字と振り込み金額が記載されていた。

 

とうとう年金受給者になったのだ、という思いと、臨時収入を得たような気持ちで少しばかり嬉しい気持ちが入り混じり複雑な心境ではあったが、今夜はすき焼きにしようと、前もって注文しておいた牛肉を取りに食品売り場へと戻った。すき焼きは久しぶりだから家族が喜ぶだろうと思うと、自然に笑みがこぼれる。

 

夫が息子を駅まで迎えに行く間、ご飯を炊いてすき焼きの準備をしながら、ちょっとばかり高い牛肉を見て、嬉しいため息が出た。二日早い「父の日」のお祝いの食卓は、湯気もご馳走に感じた。

 

 

あめる

今日は午後から少しばかり蒸し暑い気候になった。明日は雨になるらしい。いよいよ本格手な梅雨に入り、食べ物は常に冷蔵庫へ入れることになる。

 

私の故郷では、食べ物が腐敗してしまうことを「あめる」と言う。自然に腐るものではなく、調理した料理が時間が経って腐った状態を指して言う。梅雨時から真夏にかけて、父がこの言葉を連発するものだから、自分が使わなくても自然に覚えてしまった。父は匂いの微妙な変化に気づき、「これ、あめでる」(これは腐っている)と言い、そういう物には一切箸をつけなかった。炒め直したり味つけを変えても、匂いに敏感な父は気がつくのだった。

 

「あめる」という言葉は、梅雨時にはあちこちから聞こえてくるので、私は「雨」からくる言葉なのかと思ったのかもしれない。今でも梅雨時になると、この「あめる」を思い出す。朝、お弁当を作りながら「もうそろそろ保冷剤を入れないと、おかずがあめる」と、懐かしい言葉が胸によみがえり、寂しくなったりすることがある。

 

懐かしい方言を聞くと、心は遠い故郷を想い、出来る事なら時間を巻き戻してあの頃に戻りたいと思う。父が「これ、あめでる」と言いながら眉間にしわを寄せたあの日、あの時に戻りたい、と思う。

 

 

 

 

 

 

骨なし

魚の切り身から骨が消えた。「骨なし」と書かれた真空パックの袋の中には、骨を抜かれておとなしくなった切り身が入っている。増えたのは「骨なし人間」だけだと思っていたら、魚まで骨がなくなってしまったのかしら。

 

私は刺身は苦手だが、焼き魚は大好物である。シニアナビの吾喰楽さんのブログには、いつもお魚が登場するが、焼き魚の写真を見ただけでよだれが出てくる。以前、父が大の魚好きで食べ方が芸術的だったことを書いたが、昔は魚を一匹まるごと焼いたものが食卓に並んだものだった。「骨が喉に刺さった」と言うと、母から「ご飯を丸呑みしなさい」と言われたことも懐かしい。

 

この「骨なし魚」は、病院食や給食に使われているらしいが、今ではどこのスーパーの店頭にも並んでおり、一般家庭の食卓にも乗る。実は先週、初めて「骨なしサバ」を買って来た。網で焼こうと思ったが、骨がないものだから、だらしなくでれ~っとしている。仕方がないので、小麦粉をつけてフライパンで焼いてレモン汁をかけて食べた。

 

「骨なし魚」に関しては、「これを食べて育った子どもは、魚には骨がないと思う大人になる」という意見や、「食べ残しがなくなり生ごみが減る」という意見もあり、賛否両論である。今の私には丈夫な歯があり、何でも美味しく食べているが、歯がすべて抜けた時には、ありがたい食べ物になるのかもしれない。