事業化への道

1年近く前から、外国人に日本語を教えている。やるからには、彼らの成長に全力で貢献したいと思うと同時に、やはり私の教えるスキルというのはそれを専門としてきた人たちには到底及ばない。ただ、この仕事はすごくやりがいがあるし、日本語を教える人を必要としている人たちがいる。

 

あと、彼らの声を聞くと、将来は日本に行く予定があるから学びたいとか、日本で仕事を見つけたいから、日本に住みたいから、日本に旅行に行くから、といった割と興味の範囲を出て、自分の人生と日本が結びついている人が多いことに気がつく。

 

あとはすでに日本に住んでいて、会話力をもっと伸ばしたいという声もある。ここにはニーズがあるように思う。日本語学校に通うのは、荷が重いが、もっとカジュアルに学べるようになる、といった類の人。

 

完全ビギナーの人は旅行したいからとか、比較的若くて将来につながるきっかけを求めていたりする。

ビギナー以上の人は旅行するからとか、それで話せるようになりたいとか。

でももっと彼らのモチベーションを深掘りしたい。今のところあまり漫画とかアニメを理解したいからという層が多くはない。いやそういう層自体はたくさんいないが、あまりお金を払ってでもサービスを受けたいという人がいないように思う。あとは若すぎるとか。

興味があるという人たちもたくさんいる。それは自分のSNSの活動を通じて大いに感じる。そんな興味のある人たちがどうお金を払ってより価値あるサービスを受けながら成長してもらうか、そこを見出すのが事業をする上で考えなければいけないところ。

 

まとめると、自らの人生に日本が大いに関わるであろう人たち、及び日本に行きたいという願望に対して割と本気である人たちが今のところはマジョリティー

 

 

 

書くこと

普段は紙のノートに朝1番、ペンをつらつらと走らせて頭の中から湧き出る言葉を表現する、といった時間を設けているが、たまにはこうやってデジタルの方にも書きたい。

ジャーナリングをかれこれ15年くらい続けている。最初は1週間に一回とか、もっと頻度が少ないことがあったけど、歳をとるごとにほぼ毎日何かしらの言葉を紙やデジタル上に残す習慣ができていた。普段はほぼ紙のノートに書いているが、こうやってデジタルのブログという形で、特に誰かに見られることを目的とせずに、思いのままに書いていくのもいいと思う。

紙に書くのは朝がいいけれど、夜はこうやって手っ取り早くつらつらとかけるデジタルの方がいい。頭の中がいろんなもんでごっちゃごっちゃしているのは比較的夜の方が多いから。

朝紙に書くのは、頭を働かせるという意味もあるし、思いも寄らないことを書きながら思いついて、言葉にするということがしばしばあるからだ。

生きたい人生を生きられることは心底ラッキーなことだと思う。

例えば月に40万円の給与を自分の時間と交換することでもらえる契約があるとして、それも一つの生き方だと思う。だからそれが悪いとは俺は思わない。まるで起業することが正しいとでも言わんばかりの世の中の風潮だけど、そういう生き方も一つのオプション。なぜならそこで最低限生きていくためのお金の心配はなくなる。

 

ただ、契約は時間との交換であるから、その時間は会社のもの。つまり会社が求めることをやらなければいけない。そしてその中では契約者同士の人間関係を築いていくことも必要である。もしそういう雇用形態での生き方をするなら、絶対にブレることのない自分のアイデンティティーがあったほうが、成功しやすい。というか、これは会社に雇用されているだろうと、起業しているだろうとこのメンタリティーは必須だ。

 

俺のアイデンティティーは成長し続けること、永続した成長だ。少しずつ影響力をつけていき、共同体とともに成長し、より充実した生活を創っていくことだ。

 

大きなリスクをとったようにみえる。父は田舎のとある小売業者で雇用された形態で働き、母は専業主婦。お見合いで出会い、結婚。時代に反映されるいわゆるステレオタイプ的な家庭だった。子供は学校に行き、高校に行き、大学に行き、いい会社に就けば万歳。その考え方を疑いもしない、当たり前すぎて、それ以外の道は考えられないといったところ。それは今ではもう時代錯誤もいい加減にしてくれと言いたくなるような考え方ではあるが、当時はそれが彼らにとって普通であったし、世間にとってもそうだったんじゃないかと思う。

 

苦しかったし、怖かったけれども、俺はその道から外れる決断を下した。大学の受験期の大きな成功体験が、自分はもっと何かできるんじゃないだろうか、と期待させた。大学合格が目的だったが故に案の定燃え尽き症候群に陥り、受験期当時の異常なエネルギーの注ぎ方や目標への執念というものはプッツリと消えて、日々をただ淡々と過ごすことに苦痛を感じ始め、救いを求めるようにして本をたくさん読むようになり、そこで数々の他人の人生の物語に触れることができた。

 

本の中で聞く企業家の人たちのストーリーに魅了され、そういえば受験期にともに戦友として切磋琢磨した仲間が起業したことを思い出し、自分も何かやりたいと思う気持ちを募らせた。それでも大学での専攻と、日々の生活が内側の世界とはかけ離れた世界であった。そのギャップをどう埋めていくのか、埋められるのか、何もわからなかった。それでもちょっとずつ、ちょっとずつ、志に生きる日々に近づく努力をしてきた。本当にちょっとずつだ。

 

就職活動の時期では、まだ自分に自信が持てず、周囲が当然だと考える価値観に従って大企業、なの知れた企業の面接を受けたりした。ありがたいことに、今も昔も常に就職したい企業ランキングのトップに君臨する会社から内定ももらった。迷った。これでいいのかと。大学時代、本の世界の向こう側で出会った数々の企業家の人たちのストーリー。それに魅了され続けていた。本の活字の向こう側の世界を信じるか?周囲には、同じ志を持つ人はいなかった。

 

結局大企業の内定を断り、自らの人生を生きると決めた。実はここには別のストーリーもある。悩みに悩んだ末に、一度道を外れるリスクを取ることの怖さに負けて、担当者に内定どおり会社に就職する旨を伝えようと電話をかけた。この電話に担当者が出なかった。ここで担当者が出ていたら、今の人生は全く異なったものになっていただろう。彼女が出なかったので、再び考え直して、折り返しの電話がかかってきたときに、内定を断ったのだ。

 

この出来事は2013年の秋頃の出来事だったと記憶している。あれから9年という月日が経ったわけだが、まだまだ志半ば。失敗を数々犯してきたが、だからこうやって成長を実感できている。人としての成長をさせてくれている。与えられたこのチャンスをありがたいことに得られているのだから、幸せなもんだなと思う。本当にまだまだ志半ばなんだけど、もっともっと事を成せると信じている。

 

とまあ、かっこよくつらつらと書いたけど、人間だから落ち込んだり気持ちがぶれたりすることがある。そんな時こそ、こういう初心に戻ってきたい。

とりあえず一発目

今更ながら、ブログという形で日記を書いていきたい。

誰かに見てもらうことは一切目的にしていない。

それでも、じゃあなぜ公に見てもらえるようなプラットフォームで日記を書こうかと思ったかというと、オープンな場で書くことそれ自体を目的にしたいと思ったから。

いつもはnotionとかevernoteとかで書いていたけれども、見るひとは自分しかいない。

当たり前だけど、誰にも見られることはない。つまりいつまで経ってもクローズド。

オープンな場で書く日記をやってみたかった。でもあんまり気負いすぎたくないから、誰かに見てもらうことそれ自体は目的にしない。そのほうが気楽だと思う。

 

正直書くことだってあらかじめ決めるわけじゃなくて、書いている間に出てくるジャストアイデアで書いているだけだし、きっとこれからもそう。

気楽に続けられるといいかなって思うけど、続く確証だってない。

 

でも人生を振り返って、evernoteとかそういうクローズドなノートにかれこれ12、3年くらい書き続けている。日記が続きていることということは、書くことにたくさん時間を使うことに躊躇しないということ。

でも何度かブログをやってみたことがあったが、続かなかった。原因を振り返ると全てにおいて、誰かに見られることが少なからず目的の一部になっていた。

でも今回はまた何度も言うような感じだけど、誰かに見てもらうことを一切気にすることなく書いていきたい。

何を書くかが、書くその時まで決まっていない、そんなスタイルで書きたい。