保育園に落ちたんなら自分で保育園を作ればいいんじゃない?

前置きとして、私は結婚もしてませんし、子供もいません。

そしてついでに言うと、子どもを遠くから見ている分には面白い行動や言動をするので可愛いな、と感じることもありますが、近所にある保育園の親がけっこう迷惑行動をするので、子どもは嫌いじゃないけど、子どもの親が嫌いって感じに思っています。

 

では本題。

 

この時期になるとまたそれか、と湧いて出るのが保育園落ちた〜のアレ。

問題自体としては子どもがいない私には全く関係がないことですが、将来自分の老後を支える年金(まだ制度が生きていると信じて)を支払ってくれる人間としては必要です。なので、少子化は困るし、早く安倍さんどうにかしてよ!

とまぁ、年金のことは置いといて待機児童問題としてひとつ案。

 

保育園落ちたんでしょ、じゃあ自分で保育士の資格取って、保育園作って、自分の子どもを含めた保育園落ちちゃった子どもを入れたらどう?

 

そんなすぐにできることじゃないのは承知のうえ思いつきで言ってみました。

でもこれそんなに悪い考えじゃないと思うんだけど…

 

もしこういう親がいたら、国が協力して保育士の資格を取って保育園を作るまでの資金援助(補助金とか奨学みたいな)をする、その人はしっかり勉強して資格を取り保育園を作り開設する、実際こういうことをするのにどのくらいの期間が最短なのかわかんないけど、平均的な期間内に実現できたら援助したお金は返さなくていいけど、もし失敗したら返済する、みたいな。

誰でもできることではないだろうけど、ぷんすか怒ってるくらいなら何か自分ではじめた方がいいように思うよ。

 

それともあれかしら?

自分は他人に自分の子どもを預かって欲しいけれど、自分が他人の子どもを預かるのは嫌?

 

まあしかしそもそも待機児童の問題はここ数年かなり大きく取り上げられていることで、産む前から待機児童になるかもしれないのはわかっていたことなんだから、もし保育園に落ちても何年かは余裕で暮らせるくらいの貯金しておけばいいんじゃない?

無計画に子ども産んで、育てるお金がないから働きたくて、でも保育園落ちて…別に保育園に入れなかったのはあなたのせいではないけれど、先を見据えて行動しようね、って思うわ。

 

で、お金の問題ではなく、自分が仕事場に復職したいから保育園に入れたい、っていうのはちょっとよく意味がわからない。

0歳児から保育園に入れて他の子どもとの交流をすることで育まれることはあると思うけれど、子ども産んだのは何のため?自分の老後の世話をさせるため?ステータスとして?

両親とも働かなくても生活していけるレベルにあるのなら、どちらかが育児に専念してもいいんじゃないでしょうか?

子どもを育てるのが母親じゃなきゃいけないとは思わないので、父親が育児をして母親が稼ぐでもいいと思うよ。

もしくは夫婦で交代しながら家で子育てをする日を決めておくのでもありだと思う。

ずっと一人で世話をしていると疲れちゃったり、ノイローゼになってしまう人もいるようなので、そこら辺は夫婦で話し合って、子どものためには何が最良の判断なのかを考えて欲しい。

嫌いにさせないで

転職活動をしている人の大半はこんな経験をしていると思う。

 

書類選考の合否連絡が一向に来ない。

あんなに熱い想いを綴った志望動機を書いたのだから書類くらい通るとだろう。

でも待てど暮らせどなんの音沙汰もなく…

 

私も嫌というほど経験している(現在進行形)

数打ちゃ当たる戦法ではなく、やはり好きな会社、興味がある会社、やりがいがありそうな会社を選んではその会社のことを調べまくり御社でどうしても働きたいんです!と、千尋ほど可愛くはないし可愛くも言えないが、それなりに心をこめて書いた志望動機。

一度くらい面接してくれてもいいじゃないですか?

 

しかし何度パソコンメールの送受信を繰り返しても、何度スマホの着信を確認しても、身体の真ん中に空いた穴がどんどん深くなるような痛みを感じながらその無言を受け止める。

 

1日経ち、2日が経ち、まあそんなに早くは連絡できないよね、と自分に言い聞かせる。

3日目から徐々に焦りだし、絶望を意識する。

5日目ともなると諦めなよ、と頭の中の私が諭す。

週末が早く終わればいいのになんて思うことはこんなことでもないと絶対に思わないだろう。

 

軽く1週間が経ち、2週間目に入ったあたりでようやく待望の差出人と用件名。

この時点では9割は諦めているのだが、残りの1割にどうしても期待と希望を抱いてしまう。

 

残念ですが…

 

八つ当たりだし、筋違いだし、向こうには何の非もない(はず)だけど、倒産してしまえ、と思うよね?

思わない?

 

おおかた書類選考して数日もかからずに結果は出ていたはずでしょ?

どれだけ寝かせておけば満足なわけ?

すぐに不採用の返事出したら熟考してないんじゃないかと思うとか考えているわけ?

 

さっさと返事してよ!

下手な期待持たせるなよ!

 

好きな会社が一瞬にして憎悪の対象となり、何かこの会社の不穏なニュースでも入ってこないかとマイナスな興味を持ち、こんなとき紙で連絡してくれれば燃やして灰となっていく姿を楽しめるのに、現代の不採用連絡はメール。

パソコンをぶん殴ってもすぐに自分が後悔するからそんなことしませんよ。

 

半日くらいは真剣に呪いを学ぼうかと藁人形と五寸釘の通販を考える。

でも翌日が来ると、アホらし!私を採らないなんて世間が認めても私が認めん!と負け犬の遠吠えとわかりつつも、新たな求人情報の砂漠へと足を踏み出すのです。

 

踏み出さないと、未来はないからね。

 

 

と、まあ明るい未来に希望を抱いて締めたいんだけど、こういう流れになるのは稀でほとんどは今すぐにでも地球が滅びることを祈りながら眠れない夜を過ごすのでした。

穏やかに生きたい

怒ることは大変疲れることで

イライラすると忘れっぽくなるし

時間が足りなくてバンバン!とやりたくなるけれど

そんなことしても仕事は終わらないし

手も痛くなるだけ

 

だから怒ったり、焦ったり、イライラするのは嫌だ

 

景気が良いのか、悪いのか、そこら辺はよくわからない

自分が働いたことのある会社ではみんないっぱいいっぱいで

仕事が楽しい!って言ってる人はたぶん誰もいなかった

あまり景気の良い業界じゃない

でも好きじゃないとたいして給料も高くないのにわざわざ入ろうと思わない業界だ

 

私は好きな業界ではある

でも入ってみたら正社員の人はみんな楽しそうではない

完全に楽しくないわけじゃないが不満の方が大きい

給料に見合った仕事というのをどこを基準として考えればいいのかわからないが

心に余裕を持って生活できるかできないかギリギリのとこかなと私は感じた

 

仕事が必ずしも自分やりたいことになるとは限らない

むしろそうじゃない人の方が多いだろう

でも私はできれば好きなことを仕事にしたい

その上で好きをもっと好きになるような仕事にしたい

心の持ちようだったり、意識を変えるとかそういうのではなくて

同じ好きを持った人たちが集まった仕事なら

その好きを基準に仲良くしたい

好きなものを好きなままでいられるように

環境も、人間関係も、待遇も、満足したい

そんなの無理だよ、って思うけれど

心穏やかに生きたい

社内イベントの滅亡を願う

求人情報サイトで仕事内容、給与、等々が自分の希望に近い条件が並べられていて、スクロールを下げながら受けてみようかな、って気になりテンションも上がり、最後のPRで、

 

社内レクリエーションが充実しています!

月に1度社員みんなでバーベキューします!

国内、海外への社員旅行もあります!

 

和気あいあい、みんな仲良しアットホームだよを全面に出し、ほらほらすごいだろ!楽しい会社だろ〜!とこれでもかってくらい会社の人たちとのコミュニケーションをアピールしまくるこういうの、

 

いらないから!

 

おとーさんおかーさん世代の人たちがこういうのだったよね?

昭和なの?きみたち昭和に生きてるの?

朝活とか夕活とか、趣味に時間を注いでプライベートの充実!みたいな感じじゃないの?会社外の人たちとの接点を作って幅広い人間関係を作ろう、とかそういう時代じゃないの?

 

団体行動が得意だったとは言いません。

学校行事大嫌いでした。

社内の飲み会滅亡しろと思っています。

だって幹事にされる人大変でしょ?

社内のイベント塵となれと思っています。

だって総務の人たち大変でしょ?

 

仕事するからさ、普通に仕事するからさ、仕事のための勉強代を出してくれるのとかはいいよ。ありがたい。

 

でも社内の人たちとのコミュニケーションは仕事内でやるからお構いなく。

放っておいてくれ。

相談に対する返事をしないのは普通なの?

ずっと疑問と不満に思っていたことがある。

全ての上司や先輩がそうだとは思わないし、少なくとも私は後輩への対応は気をつけていたのだが、運が悪いのか、それともこれが普通なのか…

 

上司や先輩に相談ごとや要望を出したまま、何の返事もなく、なかったことにされることが多々ある。

そのほとんどは会社と自分、誰かと自分であることなのだが、時々顧客相手の話も。

 

いずれにしても、会社やその上司たちの不利益にはならないもので、私や下のものが我慢したり黙認すればいいことではあるが、我慢する理由や、解決できない理由を何かしら返事してくれればいいものを、投げかけたボールは川に落ちて流されて大海原へ飲み込まれて何事もなかったことのようになる。

 

それが会社なのだろうか。

それが上司なのだろうか。

それとも私の態度や言い方が悪かったのだろうか。

私が無理難題を言っていたのだろうか。

私が細かすぎたのだろうか。

 

 聞いてみればいいのでは?と思うでしょ。

もちろん聞いたことある。

前職での会話がこちら。

 

先日ご相談した件、どうなりましたか?

え、なんだっけ?

◯◯の件です。

そんなことよりお前◯◯終わったの?

ええ終わりましたけど、◯◯の件は?

じゃあ他の仕事終わらせて定時で帰って。

 

終了。

こんなようなことが数回ありまして、私は諦めたよね。

 

そして転職して現職。

前職の上司がこういう人だったんだな、と気持ち新たに今の職場でも雇用条件について相談したことがある。

特別無茶なことを言ったつもりはなかった。

他の人が絡むことだったから、その人と事前に話をし、お互いの希望が一致しての相談だった。

ウィンウィンな話だったのだ。

 

それについて何かをしている動きはあった。

ウィンウィンな関係になるはずだったその人が呼び出され、戻って来てからどういう話があったのかざっくりとだが聞いた。いずれ私も呼び出されて説明がなされるんだと思っていた。

 

だが、呼び出されることはなかった。

私の要望が通らなかったことだけは返事がないことでわかった。

状況からの回答だ。

ウィンウィンな関係になるはずだったその人もその後何も言うことはなかった。

それが普通なのだろうか。

 

希望が必ずしも通るとは思わない。

だが相談した件の回答は戴いても良いのではないだろうか。

10分くらいで済む話だと思う。

1分でも時間は貴重だが、信頼関係を築くためには必要なことのはず。

代わりのものなら幾らでもいるから、不満があれば辞めればいい、ということなのだろうか。

まあそうだろうな。

きっとそうなのだろう。

沸点の低いスケオタ

 

[スポーツナビ フィギュアスケート編集](以下スポナビ)は、フィギュアスケート(以下フィギュア)をメインに報道するアカウントで、フィギュアに関する様々な情報をツイートしてくれるから、私を含め多くのスケオタがフォローしている。

 

それでこのスポナビのツイート、私は何も疑問も不快感もなく、基本的に全てのスケーターを応援しているけど、特に好きな選手は海外選手だったためその他を選択して投票した。

 

しかし一部のスケオタはこれに対してキレた。

不愉快、選手に失礼etc

沸点の低さに私は驚いた。

 

海外ではどうか知らないが、日本ではわりとこういう投票が日常的に行われている思っていたからだ。

他の競技のことはよく知らないのだが、野球はファン投票で選ばれた選手たちで試合したりするでしょ。

サッカーでも試合があるかどうかはわからないけど、スポーツ雑誌だかスポーツサイトだかで好きな選手、応援してる選手の投票が行われているのを目にしたことがある。

 

それに対して炎上してる様子はなかった記憶している。今回の投票はこれらと同じようなことを質問しているニュアンスだと私は解釈したのだ。

 

そもそも国内のスポーツ報道サイト(アカウント)が国内の選手で、さらにその中でも国内で人気のある選手をピックアップしてあげるのは現状の社会の中ではさして変なことではないと思う。

平等に報道していても、人気のある選手や注目を浴びている選手のニュースは大きく取り上げるし、どんな些細な情報でも記事にしているはず。

それが自国の選手ならなおさら。

そういう傾向の中で、結弦(羽生結弦)と昌磨(宇野昌磨)とデカ(田中刑事)、そしてその他という選択肢を出してくるのは特に不思議でもなんでもない。

 

この投票をスケ連(スケート連盟)がやったらアウトだよ。

でも所詮スポーツ情報サイト、そんなに目くじら立てるもんでもないでしょ。

 

こんなようなことTwitterでは日常的に勃発しているし、スケクラ(フィギュアスケートクラスタ)の中でも炎上ってほどのものではない。

ただ、なんだかなーと思ったもんだからわざわざブログ立ち上げて吐き出したのでした。

素直な性格ですよ

普段はTwitterなどでだらだらとウワゴトを垂れ流しています。

でも140文字オーバーで自分宛リプでツイートを繋げて書くのは面倒くさいでしょ。

Twitterの長文用サービスを使うのも面倒くさいでしょ。

とはいえ今までそれでどうにかしてきたんだけど、急に思い立ってブログで吐き出してしまおうという次第でのスタート。