ハートから自分を愛するってこういう感じなのか

日々の暮らしの中で気づいたことや感じたことを書いています。

食欲の秋です

こんばんは。

お読みくださり、ありがとうございます。

 

秋ですね。

秋晴れがなんとも心地よいです。

 

読書の秋、スポーツの秋と言いますが、

最近の私はもっぱら食欲の秋です。

 

自分のために、食べたいものを、ひたすら作って食べる。

 

鬼のように、作っては食べる。笑

 

今までは、お店で食べていたようなものも、

自分で作ってみるのが、楽しいです。

 

フライドチキン、ポテト、クレープ。

 

ちょっとジャンキーなものが無性に食べたくなる時って、ありませんか?

 

材料を優しいものにして、自分で作ったら、なんとなく、気持ちもほっこり、お腹も満足。

 

体に良いものを、丁寧に作るのも好きです。

毎日、飲むお味噌汁のお出汁を、ちょっといい鰯の削り節でとってみる。

 

ざわざわしていた心の中が、不思議と落ち着いて軽くなっていくのを、感じます。

 

20代の頃は、全く料理なんてできなかったのに、甥っ子が誕生してから、家事力(及び育児力も少々)が各段に向上しました。

 

やはり、小さな子がいると、大人や養育者のマインドが育つみたいなのですね。

 

きっと一緒に暮らす親は、いつでも(いやなるべく早く)嫁に行ってくれ、とジリジリしていることを承知で、気付かぬフリを決め込む娘です。

 

 

あいしてるよー

こんにちは。

 

9月に入ったとはいえ、まだ暑いですが、

吹く風や、空気の気配が一層、秋らしくなってきました。

 

秋が一番好きなので、楽しみな季節です。

 

これを読んで下さる皆さまは、いかがお過ごしでしょうか。

 

一ヶ月ほど前、術後から一年の検診に行ってきました。

結果は問題なく、治療の影響により、ずっと低かった免疫系の数値も、

正常値に戻っていました。

感謝です。

 

最初に、診断を受けた時から、ずっと考えていました。

なんで、なったんだろーって。

私の身体は、私に何を伝えてくれているんだろうって。

 

答えは、シンプルで、

「自分を愛する」ということだったんだと思います。

 

そのシンプルで、本来ナチュラルであるはずのことが、

なかなかどうして、難しいんだなぁ~と感じます。

 

心理学に興味があったので、自分を愛することや、認めてあげることの

大切さはよく耳にしていたんです。

 

ほんとに、何度も何度もなーんども聞いて、

一応、分かっていたんです。

 

でもその実、分かってはいなかったんだなー、と思います。やはり。

 

病気になり、文字通り、それを痛感したわけです。

 

なので、それに気付いて、適切に対処していたら、この病気を経験する必要は、あるいはなかったのかもしれませんが、

このことを、ようやく理解し始めるために、

これだけの時間と経験が、

私には必要だった、ということだと思っています。

 

それから、コツコツと自分にできるケアを続けてきまして、

その甲斐もあってか、病気をする前より

「自分、元気だなぁ」と感じることが増えました。

 

病気をする前の私に、何か伝えてあげるとしたら、

「あいしてるよ」だし、

治療中の私にも、やっぱり

「愛してるー」だし、

今の私にももちろん

「愛してます」

と言ってあげたいです。まだ完ぺきにはできなくても。

(実際、声に出してぶつぶつ言っています。笑)

 

終始、順調に治療が進み、良好な治療結果が得られた私は、

幸運だったのだろうと思います。

 

今なお、困難の中におられる方に、敬意と祈りを込めて。

 

 

入院中、病室の窓から見た景色がとてもきれいでした。

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窓からの眺め


こんにちは。

 

暑くなってきましたね。雲が夏の雲になっていて、とてもきれいだな~と思います。

 

入院中のことをふと思い出しました。

 

初めての入院でしたので、どんな感じなのかなぁと想像しながら

あれやこれやを準備して、旅行に行く準備をしているみたいでした。

 

手術前でとても緊張していましたし、ずっと落ち着かない感じでしたが、

9階にある病室は、きれいに改装されていて、

大きな窓から見える眺めも、とても良かったので、

本当に旅行先のお宿についたような感覚になり、とても気持ちが楽になりました。

  

手術の前日に、主治医の先生から最終的な説明を両親と受けました。

 

それを話している時の、先生のかっこよさといったら。

ときめきました。笑

「何かあっても、手術室が一番安全ですから。」と先生が言えば、

それもそうですよねぇと思えました。

 

一方で、彼女はとても正直な方で、

さっきまで、理路整然と説明をされていたかと思えば

「先生が執刀されるんですか?」と父が尋ねると、

露骨にぎくっとしていました。

 

(先生、オペはあまり自信がないのですね。。。正直ですね。。笑)と心の中で私は呟き、

そういえば、と3本指オリジナル打法でキーボードを叩く、先生の指先を思い出しました。

 

私はキュートな気持ちになりました。

 

手術が無事に終わり、名前を呼ばれて目が覚めると

緊張から解放され、とてもほっとしたのと、

心の奥の方から湧き出す、静かな喜びを感じて

後から後から、涙が流れてきました。

 

まだ身体を動かすことができないので、

涙を看護師さんが拭いてくれました。

 

 静かで、とても穏やかな時間でした。

 

私が、切るつもりがありません。と言ったとき、

「えっえっ。でも切ってみないと、ほんとにがんがなくなったかどうか、分からないんですよ?」

と、驚きながら、

「〇〇さん、攻めますね~笑」と笑った先生。

 

 

 

手術で取った部位は、病理検査に出され、がん細胞が全てなくなっていることが確認されました。 ほっとしました。

 

予後はいたって順調で、元気です。

 

皆様に愛をこめて。

主治医の先生

こんにちは。

 

お読みくださり、ありがとうございます。

 

今日は私の主治医の先生について、書きたいと思います。

 

専門の大きな病院でしたので、乳腺課の先生も8人程いらっしゃり、半分近くが女性だったと思います。

 

待合スペースに電子掲示板があり、そこにお医者様の名前がずらっと載っていました。

 

その中で、珍しいお名前の方がいて、私は「素敵なお名前、どんなお医者さんなんだろう」と思っていました。

 

そして、後に担当になったのが、その先生だったというわけです。

 

ショートカットで化粧気がなく、でもかわいい雰囲気の方でした。

  

診察の間、彼女は私が言った文言を、声に出して読み上げながら、一字一句、正確に電子カルテに入力していました。

 

私はいつも不安の中にいましたので、先生には大分甘えてしまったな、と思います。

 

治療自体は、とても順調に進みました。

 

様々な治療法が提唱される中、私が西洋医学的な標準治療を選択した理由は、

早期に発見し、かつ標準治療を受けた場合の治癒する可能性が統計的に高いこと、

それを選択するにあたって心理的な葛藤が他の方法より少ないこと、

などがありました。

 

結構、流れに任せた感もあります。

 

 

最終的にこれを創造した、自分の感情と、思考と、記憶に責任を持とう、と思ったこと。←ずっとできないと思ってたこと。

 

私は、今、以前よりはるかに自分を愛するようになりました。

今でもそれを学び直しています。

そして伝えたいことは、ただ一つ、愛しているということです。 

 

今、思い出したのですが、主治医はブラインドタッチではなく、親指~中指を使ったオリジナル打法でタイプしていて、私はそれを見ているのが好きでした。

 

想像する ハートの温かさ、それは記憶 

こんにちは。

お読みくださり、ありがとうございます。

今日は少しいつもと違う感じになりました(^-^)

記憶を想像する、というような感じです。

 

****

 

これは随分と昔のことだけれど、そこには美しい寺院があった。

その場所にはいつもたくさんの種類の美しい花々が咲いていて、静かに、その場所を訪れる人々を包み込んだ。

 

豊かで透明な水の流れる音がしていた。

 

その寺院の近くには森があって、多分、どこかに大きな湖があった。

私はその場所が大好きだった。

しん、と静まり返った湖面と周囲を囲む木々に私はよく溶け込んだ。

 

私は水になり、森になった。

光になり、鳥にもなった。

蝶になり、イルカになり、人間になった。

私は全てだった。

 

寺院にはティーチャー達がいて、新しくやってきた人達に光の言語を教えた。

すぐに思い出す者もいたし、時間のかかる者もいた。

人々はその全ての過程において、必要なだけの時と手助けを受け取ることを許された。

ティーチャー達はその完全性を愛し、人々に自らを捧げた。

 

私はその場所を愛していた。

 

ある日、仲間たちと外へ出かけた。その日は緑の森だった。

そこにはたくさんの種類の動物たちがいて、彼らは愛らしい性格をしていた。

私たちはただ、彼らとともに時を過ごした。それはとても楽しい時間だった。

 

ある日、海へ行くと、イルカたちが人魚と遊んでいるのが見えた。

彼らは互いの気持ちを理解していた。音やテレパシーによって。

彼らが生み出す調和した音色は、聞く者をこの上なく幸せな気持ちにさせた。

私たちはそこで、休憩をしたり、果物を食べたり、昼寝をした。

そんなときは、いつもティーチャーが私たちを調律してくれた。

するとハートが温かくなり、広がった。

 

時にユニコーンが現れることもあった。挨拶して別れることが多かったが、一緒に飛ぶこともあった。あなたの望むどんなところへも自由に行けるよ、と彼らは教えてくれた。とてもやさしい瞳をしていた。

 

桜 cherry blossoms

こんばんは。

 

お読みくださり、ありがとうございます。

 

河津桜は見頃を終え、もうじき桜が咲くそうですね。楽しみです。

 

私が20代の初めくらいに、好きではまっていた文筆家の池田晶子さんが、生前、

 

人が桜を見たいと思うのは、一回的な人生と永遠に巡る季節が交差するそこに、魂の永遠性、永遠の循環性を見るからだ。

 

と書いていました。

 

私が桜を見たいと思うのは、純粋で美しい感じがするからです。

  

愛を循環させたいと願っています。

 

私からあなたへ

こんにちは。

お読みくださりありがとうございます。

 

このブログはできる限り、最も純粋な意識で、書きたいと思っています。

 

私が感じた、そして今も感じているきらきらとした温かさや美しさを言葉にして書きたい、と願うとハートが開きます。

そして投稿すると、エゴがささやき始めてめっさ怖くなります。笑

 

そんな私ではありますが、リラックスして、自分で自分を励ましながら書き続けたいと思います。

 

今日もにっこり、楽しめたらいいですよね。

 

愛をこめて。