ぐらっぱ亭の遊々素敵

2004年から、主に映画、音楽会、美術展、グルメなどをテーマに書いています。

「題名のない音楽会」公開収録

240513 初代の黛敏郎が司会をやっていた時代から現在6代目の石丸幹二まで、見続けていた番組です。放送開始は1964年8月、愚亭はイタリア留学中でした。その後も2度の海外駐在期間があるので、中抜けながら、付き合いも60年!すごい番組です!

その収録現場に立ち会うのは今回が初めてです。たまたま手配してくれた、かつての職場仲間がありがたいことに愚亭を誘ってくれました。しかもすごくいい席で、感謝、感謝!

会場ですが、普段は初台のオペラシティーコンサートホールが多いのですが、今回はなぜか東京文化会館です。こちらの方が我が家からのアクセスが圧倒的にいいので、この点でもラッキーでした。

テレビ番組ではよくあることですが、2週まとめて収録します。司会者やアナウンサーはもちろん、1部2部で衣装を替えます。開始前にアナウンサーの竹内絵美さんからスマホに関する注意が。もし音が鳴った場合は、取り直しますので、とかおっかないことをおっしゃいます。マナーモードだし、会場は無線が切られているので、絶対に鳴ることはないと思いつつ、電源を落としました。

1部では4曲演奏されましたが、知っていた曲は「月の寄せる歌」のみ。これは名曲で、しかも愚亭が最も好きな作曲家の一人であるドボルジャークですからね。これを歌った森野美咲さん、生で聴くのは今回初めてですが、すごいソプラノがまた出現しましたね。スケールが大きく、先が楽しみです。余談ながら、同姓同名で女優もいるのですね、森野はともかく美咲って、それほどポピュラーでもないと思うのですが。検索していて、ちょっと混乱。

1部のアンコールに、森野美咲さんのルサルカが演奏されて、もうけものでした。

2部は一転、ブルックナーですよ。生誕200年ということで、今年はあちこちで演奏される作曲家です。普段はそれほど頻繁に演奏されることはないです。愚亭もそれほど好きな方ではないですが、彼が生まれたオーストリア中部のリンツや、幼少時を過ごしたザンクト・フローリアンを訪ねているので、関心がないわけではありません。

それにしても、30分ほどマエストロと司会者、アナウンサーがしゃべりましたが、やはり嫌われやすいタイプの作曲家であるのは間違いないようです。やはり、そこでも出てましたが、メロディーラインが分かりにくい、重厚長大でとっつきにくいですからねぇ。でも、愚亭は金管の出番が多い彼の楽曲は結構好きな部類です。2部で演奏された5番がまさにそうした楽曲でした。

終演後、雨がほぼ上がり、助かりました。朝の時点では大雨予報でしたから。上野駅構内で、2杯ほど飲んで帰りました。

女声3部合唱を聴く@アプリコ小ホール

240512 愚亭が所属する地元の合唱団の女性団員が、自宅近くのいわゆるPTA合唱団で歌っていて、その初コンサートに、朝の練習の後、仲間たちと伺いました。

小ホールだけに満員の盛況。団員の家族・親戚だけで埋まりますからね。しかも入場無料ですから、失礼ながら、少々タカを括って間際に行ったら、空席を探すのに苦労するほどでした。

女声3部合唱はひさびさに聞きましたが、清らかなハーモニーがなかなか心地よく、混声とは別の趣をたっぷりと味わいました。

我が団所属でこちらに出演したアルトのOさんは、難病のような名の病に罹り、結構長く闘病していての出演だったので、以前通りの彼女の姿を舞台に見て、ちょっとした感動を覚えました。

大田フィル@アプリコ大ホール

240511 懇意にしている団長に誘われて、歌劇派の今季初練習前に、こちらの音楽会に。なにせ大田区の名前を冠した管弦楽団ですから、ありがたいことに、毎回近くのアプリコ大ホールでの演奏となります。

団長はハープ奏者です。ただ、ハープの出番のある曲って必ずしも多くはないのが残念です。でも、今回は最初の演目とアンコール「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲ではばっちりと出番がありました。

チャイ5の例の難所、ホルンの長いパッセージでは、若手の2番が吹いて、上々の滑り出しと思っていたら、中盤過ぎた頃、ややエネルギーが枯渇したのか、2度ほど音を外してしまったのが、残念でした。でも、かなりの若手をここで起用したマエストロ、なかなかの慧眼と言えるかも。終演後、まっさきにこの若いホルン奏者のところへ行って、その力演を讃えていましたから、期するところがあったんでしょう。

ロビーに彼の姿もあったので、賞賛と激励の言葉をお贈りしました。恥ずかしそうにする童顔が印象的でした。

アンコールはカヴァレリア・ルスティカーナから間奏曲でした。素敵な余韻を残して終演。

ところで、チャイ5の終楽部で、終わっていないのに一部聴衆からフライング拍手が湧き起こり、マエストロもちょっとだけ後ろを向いて軽くお辞儀をされていました。このあたり、感じがいいですね。一般的にはしらんぷりでそのまま演奏を続けるところです。なんとなく、この方の人柄が出ているように見えました。

終演後、楽屋へ行き、団長と、そしてロビーではマエストロとお話ができ、ついでにツーショットも。マエストロは1月のカルメンで、副指揮者としてバンダの指揮をしたり、裏方でご活躍されていました。まさか、その時はこんなに立派な指揮者とはつゆほども知りませんでした。

小池順子団長

Mo.中城 良と。ちゃんとタクトを振ってくれています。

 

国際フォーラム(C)で第九を

240509 先日世界初演(ウィーン)の日に第九を歌ったばかりですが、2日後にまた第九を歌うことになりました。

なんだか大仰な文言が並ぶちらしですが、プログラム↓はご覧のように、ちょっと詰め込みすぎの印象も拭えません。

これだけ出し物が多いと、待ち時間も半端ありません。覚悟はしていましたが、お昼から夜の9時まで。そこから打ち上げで、帰宅は午前様寸前でした。長い1日でした。

国際フォーラムの舞台に立つのは初めてですが、想像以上に立派なホールでした。立地も有楽町駅至近ですから、ベストポジション!このホールCの収容力は1500席弱です。今日は入りは6割ぐらいの印象でした。

午前中に、合唱団の並び順を決める作業が。我が大田区民第九合唱団のボイストレーナーでもある猪村先生がなんとこの日、スケジュールが空いているからと、スタッフ役を買ってでられ、この作業をされています。脇に立っているのはバリトンの村田さん。かれもアテンド役として立ち会っています。さすがいろいろといい助言をされていました。

さて、われわれの出番は8時過ぎです。舞台脇で、その前の出し物、シンガー・ソングライター佐藤ひらりさんの歌うアメージング・グレイスを聴きながらスタンバイ。その後、オケのチューニング中に入場します。愚亭は前から2列目の中央に陣取りました。譜持ちも暗譜で譜なしも自由ということで、一昨日同様、手ぶらで出ました。

「第九」の演奏は1楽章と4楽章のみの変則演奏。着席してから歌い出しまでオケ演奏を鑑賞したいところでしたが、目の前にファゴットなど低音木管が並び、とてもまともには聞けません。それはそれで面白いのですが。

バリトンの歌い出しに合わせて起立、そこから怒涛の十数分はアッという間です。終わって控室に引き返し、主催者、総合プロデューサーやマエストロが来られて挨拶と感謝の意が表明されて解散。地下1階の会場で打ち上げへと続きました。

合唱団の控室。ここで延々と過ごしました。着替えも食事も

1部の「卑弥呼」に出演した卑弥呼役の江口二美さんが
わざわざ上手側までご挨拶にこられたので、パチリ。

 

彩の国さいたま芸術劇場デビュー

240507 今からちょうど200年前、ウィーンで第九の初演が行われたという記念すべきこの日に歌えるのは望外の幸せ。ウチの合唱団の合唱マスターが情報をくれたおかげで急遽参加した次第。

ちょっと見にくいチラシですが、日独楽友協会というところが主催した公演です。下の方に小さく書いてありますが、「指揮者講習会」に絡めた演奏会ということで、通常の演奏会とはかなり様相が異なりました。

まず練習ですが、あくまでも主体は指揮者講習会であり、第九合唱はいわば実験台のような立ち位置、というと主宰者には少々辛口コメントになりますが、それが偽らざる実態でしょう。

5月の3〜6の4日間の練習で私は2回参加しました。私が参加した初回はテノールが1人だけという、かなり偏りのある編成でしたが、さすがに前日は逆にテノールの方が多かったほどで、それなりに充実した内容になりました。

指揮者講習の受講生は4,5人いらして、入れ替わり立ち替わり振って、講師であるウィーン国立音大教授、シメオン・ピロンコフ氏と日独楽友協会主宰者である杉山直樹氏が指示を出すという形式で講習が行われました。

指揮者講習の現場。左側に見える講師から指導が入ります。

ゲネの風景。振っているのは本番指揮者になる韓国人女性です。

今回、とくに運営スタッフのような仕切り役を置いておらず、何から何まで杉山氏の指示で進行していきました。奇妙なことに演奏会の宣伝もあまりしておらず、客の入りはかなり限定的だろうと想像されましたが、それをあまり気に留めてないようでした。

そんな状況のまま公演日を迎えました。当日まで本番の指揮が誰なのか発表されませんでしたが、ゲネでは受講生の一人である若く小柄な女性がきびきびしたタクト捌きで振っていたので、この人が本番指揮者と思っていたら、果たしてそういうことでした。当日のプログラムにもありますが、韓国出身の指揮者です。

本番演奏中(3楽章)にこっそり撮影しちゃいました。🙏

 

これが杉山さんお手製のプログラムです。予算的判断からプログラム作成は省略したのでしょう。この辺り、いろいろ苦心の跡が窺えます。

外来講師、シメオン・ピロンコフ ウィーン国立音大教授 ブルガリア

主任講師、杉山直樹氏、本番ではブルックナーを振りました。

われわれ合唱団員は客席でブルックナーをそぉって聞いても構わないと許可が出たので、三々五々、客席に散って聞かせてもらいました。相変わらず金管がとくに目立つ曲でした。ブルックナーは生誕200年ということで、今日の最初の演目に。

さて、いよいよ10分休憩の後、第九です。指揮は韓国人の張叡恩(ジャン イェウン)さんで、今回の講習会で最優秀者に選出されました。ゲネでの振り方に、あきらかに他の受講生と違うオーラを感じました。

合唱団員は3楽章までは客席前方に座って、3楽章終了と同時に舞台に上がるという流れでした。それにしても、噂以上だったのは、3楽章の超超高速演奏でした。気の毒だったのはホルン首席で、例の4回連続のパッセージでは、音が”転がらず”、空転してしまいました。あの速さでは、よほどの名手でないと無理かと素人判断した次第。

舞台上では合唱団はオケの前、つまり舞台最前列に並び、4楽章の前半は下手の女声陣、上手の男声陣がそれぞれ横向きに左右からマエストロの方を向き、いつも合唱団が立ち上がるタイミングで、客席側に向きを変えます。

合唱団と同じ列で中央に位置するソリスト陣、つまりマエストロと背中合わせで、バスの大澤健さんが歌い始めます。ソリスト陣では、他の3人の方々は存じ上げませんでしたが、どなたも見事な歌いっぷりでした。モルト・ブラーヴィです。

懸念されていたことですが、案の定、客席は空席が目立ちました。これだけの演奏、しかも記念すべき日の演奏なのに、もうすこし営業してもよかったのにと残念な気持ちでした。歌い終わったのが9時半近く。まっさきに会場を飛び出しましたが、帰宅は11時半。冷えたシャルドネが待っていました。