おなかがすいていたのだ
わたしは文章にしないと気持ちの整理ができないし、言語化しないとなぜだか顔面が死にかけのラマみたいになるという特殊技能を持っているので、ついに始めてしまいました。
このブログは考えたことを自由気ままにありのままに綴っていくだけのものなので興味があるトピックがあったら目を通したり、わたしにアクションしたり、してみてください。
さて、わたしはツイッターを見ていただけるとわかると思うのですが、結構きつめの顔立ちというか、
パキッとした印象を持たれることも多く、人懐っこい性格でもあるのでかなりやり手のレズだと思われ、遊び人だと勘違いされて生きてきました。
顔の印象やopenで気さくな性格がそういう印象を作っていると思うのですが、わたしは本当に根が真面目で神経質で繊細かつ、
少し潔癖なところがあったり、関係ないけど実はぬいぐるみとかかわいいものが大好き、だけれどもなんかワイルドだったりします。
最近リア友や彼女に言われましたが、本当に勘違いされていたようです。
それも見た目やその場のノリで判断されていたので、こんなに悲しいことはないですよね。
ある意味、わたしは見た目で損をしてきました。
もちろん得なことも多いのですが、それと同じくらい損なことも多いので、人生ってわからないものです。
おかげさまで、自分が勘違いされやすいのも分かるから、パートナーに心配をかけない努力は精一杯できるようにはなったかなぁと思っています。
最近は、周りの人に自分の好きなものをあげたり、譲ったり、そういう機会が多かったように感じています。
それは目に見えるものもあったけど、目に見えないものもたくさんありました。
とても幸せな時間だったけれど、ふと内省したときに、自分の大好きなものたちは他人にあげるほど、今は手元にないことに気が付いて、
また、わたし自身もおなかがペコペコになっていました。
だからたくさん眠って、歌をうたって、余ってそうな周りの人に
「わたしは今、おなかがすいています。ひとくちちょうだいな」
と言っていました。
そうしたら、大好きな彼女はわたしを抱きしめて眠り、ある友人は自分の時間をわたしにくれて、
またとある友人は素敵な写真と美しい言葉を送ってくれました。
少しずつ少しずつ、わたしのおなかは満たされてきて、
またいっぱいになったら、おなかがすいている人に分けようと思っています。
これが人間の豊かさというものでしょうか。