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I am the heartgazer. ACの独り言

心理的虐待サバイバーの経験や考察を執筆していきます。

このブログと書いている人について

※最新記事はこの記事の下にあります。

 

<このブログについて>

このブログは毒親やアダルトチルドレン関係のことを中心に、中の人が考えていること・感じていることを経験を交え書いていくブログです。

記事内容には虐待経験等が含まれる場合もございますので、苦手な方はご注意ください。

 

<書いている人について>

大学で社会学を学んでいた心理的虐待サバイバーでセクシャルマイノリティです。鬱病でもあります。

普段は自助グループの運営をしつつ、時間のある時に毒親やアダルトチルドレンについて研究しています。いつかは論文に仕上げる予定です。

もし私に興味を持っていただいた方がいらっしゃいましたら、こちらをご覧ください。

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基本的にはTwitterに常駐していますので何かあったら。その他Twitterでは難しいご連絡はheartgazer.survivor@gmail.comまでお願いします。

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内面化された「毒親」

こんばんは、烏丸です。

今回は内面化された「毒親」についてお話したいと思います。

 

「イメージの親」:『不幸にする親』からの解放

この内面化された「毒親」という考え方ですが、ダン・ニューハースが『不幸にする親』の中で似たようなことについて言及しています。

私たちはだれでも、2種類の親を持っています。実在する人間の親と、心のなかに住む「イメージの親」です。(ダン・ニューハース, 玉置悟訳, 『不幸にする親:人生を奪われる子供』, 2012, 講談社

 ニューハースは本書の中で、親の支配から将来を解放するには実在の親との関係性はもちろん、「イメージの親」の正体を突き止めることが重要だと述べています。つまり、「イメージの親」がどのように自分に影響を与えているのかということを突き詰めることが必要だということです。

その詳しい内容は本に譲るとして、今回はその「イメージの親」、自分に内面化された「毒親」に注目して話を進めていきたいと思います。

毒親からの精神的な支配

ではまず「内面化」というのはどういう状態かを考えてみましょう。例えば家の外、親がいないところで何かをしようとしたときに「これをしたら毒親になんて言われるだろうか」や「毒親にどう思われるだろうか」などということを気にしてしまうことはないでしょうか。その「今ここにいない毒親」というのが内面化された「毒親」です。物理的距離があっても、その存在を気にしてしまう状態になることをここでは「内面化」と定義します。

この内面化された「毒親」というのは非常に厄介で、実際に毒親がいなくても子どもの首を絞めつけます。「毒親」が内面化された子どもは、常に内なる毒親の影に怯えながら行動することになります。その場にいない「毒親」に行動と精神を支配されているのです。

この精神的な支配は、以前から毒親に行われていた直接的支配によって確立されたと言えるでしょう。具体的には、幼い頃から行動を監視され文句をつけられていた場合、毒親から離れても行動するときに人の目を気にしてしまったり、内なる「毒親」を気にしてしまったりということが起こり得ます。

毒親に悩まされている人のうち、少なくない人がこの内面化された「毒親」に苦しめられているのではないかと思います。時には幻聴や幻覚、悪夢となって襲ってくることもあります。

毒親は「内面化」されやすい

親という存在は少なからずの子どもにとって身近で、それゆえに影響力のある存在になることが少なくありません。そして長い時間を一緒に過ごす場合も多いと思います。そのため、親は子どもにとって「内面化」しやすい対象と言うことができるでしょう。

それは子どもにとってよくない影響を与える存在である「毒親」にも共通して言えることです。多くの時間をともに過ごす分、自分にとって害を与える姿や抑圧する行動を脳内に刷り込んでしまうのです。そしてその結果、毒親から距離を置いても「毒親」の支配から逃れられないということが発生します。

毒親から脱却するには、この内面化された「毒親」の存在を上塗りしなければならないと考えています。そのための方法としては専門家のケアや親に代わる存在に頼ることなどが挙げられます。

また違う対象を内面化するというのも一つの方法です。「毒親」ではない、自分を肯定してくれる存在を内面化することによって、内なる「毒親」の影響を相殺することができます。

いずれにしても必要になることは、内面化された「毒親」の存在に気が付くことでしょう。その存在を自覚することによってはじめて、対抗したり存在を上塗りしたりという方法がとれるためです。

 

不幸にする親 人生を奪われる子供 (講談社+α文庫)

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愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

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「愛着」と「毒親」:『愛着障害』を読んで

こんにちは、烏丸です。
今回は岡田尊司氏著の『愛着障害』を読んだ上での、毒親についての考察について話したいと思います。

愛着スタイルの伝達とその影響:烏丸の場合

岡田氏はこの本の中で愛着スタイルと愛着パターンという概念に触れています。愛着スタイルというのは愛着パターンの派生であると考えられ、愛着パターンは幼児期に周囲の人との関係で発現する愛着の現れ方のことを示しています。
岡田氏は愛着スタイルが親から子へ伝達されやすいと言及しており、それは親子の関わり方と関係があるのではないかと考察しています。例えば、親が子どもに関心を持たない場合では子どもも親に対して関心を持ちにくいというようなことです。
この部分について、私は深く頷けるところがありました。同書の巻末にある「愛着スタイル診断テスト」で私は「恐れ-回避型(傷つくことに敏感で、疑り深くなりやすいタイプ)」と診断されました。このタイプは愛着パターンのうち「回避型(相手にあまり愛着を示さない)」と「抵抗/両価型(過剰に愛着を示すが、離れてしばらくすると相手を拒絶する)」の2つと関係があるとされています。私の母親は「抵抗/両価型」の性質を強く持っていると考えられます。
母親は過干渉で私の行動を全て把握しようとしました。しかしそれを拒否しようとすると、「心配だから」「~しないと…されて困るでしょ」といったような罪悪感や恐怖を植え付けるような発言をしました。また自分の意見や考えと異なることを私が発言・行動すると感情的に怒ることが少なからずありました。このことから私は表向きでは「母の機嫌を損ねないように」行動し、その実裏では母親の気に食わないことをするという二面性を持った人間になりました。
このことは現在も尾を引いています。母親がいないのにも関わらず、母親の意に添わないような行動をするときにパートナーに隠そうとするのが一つの例と言えるでしょう。パートナーはそういった行動の制限や抑圧をしないのですが、私の内側にいる母親が文句を言うような気がして罪悪感からそういった誤魔化しや嘘をつきそうになります。この状態は『愛着障害』の中で述べられているような「愛着スタイルの伝達」と言えます。つまり、母親の両価的な行動が私の裏表のある性質に影響したということです。

内面化された「毒親」と愛着障害

このように私の行動は、内面化された「母」の存在に支配されていると言って差し支えないでしょう。実際母親がいるかいないかに関わらず、過去の私が母親にされたことに現在の私が左右されているような状況です。このような「毒親の内面化」は、他の毒親持ちの人にも起こっている場合もあると考えます。
この本における「愛着障害」とこの「毒親の内面化」には深い関わりがあると言っていいでしょう。「毒親」という子どもにとっての「悪影響」が内面化されることによって、愛着が不安定なものになるからです。
毒親持ちの「愛着障害」を治すためには、内面化された「毒親」をいかに消していくかが大事な作業になってくると考えます。それを前提にして考えると、毒親問題は物理的距離の問題だけではなく心理的距離の問題もあるということがわかります。毒親から離れただけではゴールではない、心の内の「毒親」がいなくなることが真のゴールだと私は思います。

愛着障害 子ども時代を引きずる人々 (光文社新書)

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毒親のいない生活

こんばんは、烏丸遼です。

今回は毒親がいなくなってからの生活について話そうと思います。

 

私は大学4年生の時に毒親と離れて暮らし始めたのですが、やはり距離を置くことによって抑圧を感じることや過度な緊張をすることが格段に減りました。例えば、以前は毒親が夜遅くに帰ってきた際に眠っていても起きてしまったり、震えが止まらなかったりということがありました。また、大きな音に敏感で過剰に反応してしまうことが多かったのですが、一人で生活を始めてからは多少の大きな音では動じなくなりました。

ですが離れても抜けきらない「癖」のようなものもあります。私の母親は過干渉であったため、何かあったら常に報告するのが義務のようになっていました。そのため、何かするときはパートナーに対して「~してもいい?」のように許可を求めてしまうことが多々ありました。例えばそれがパートナーに関係ない私個人の予定でも、つい顔色を窺ってしまうのです。

 

毒親がいなくなっても、私の心には「毒親の影」が住みついています。一人暮らしになったからと言って、そう易々と毒親は解放してくれないのが辛いところです。

「親離れ」という言葉がありますが、見方によっては私は「親離れ」できていないのかもしれません。けれど「親」というのは少なからずの人にとって「家庭環境の象徴」であり、「自分の根幹を作った存在」と言っても過言ではないと思います。そんな大きな存在だからこそ、何かしら負担を背負わされた場合には長く苦しむことになるのではないでしょうか。

実際問題、私は毒親によって行われた虐待によって鬱病になりました。こうして病として発症する人もいるでしょうし、また何か別の形で現れる人もいるかと思います。いずれにせよ親による負担をスーザン・フォワードが「毒」と表したのは言い得て妙だと感じます。

 

私に注ぎ込まれた毒はまだまだ抜けそうにはありません。

 

 

 

<筆>

烏丸遼:毒親育ちのAC(ヒーロー・ケアテイカー・ロストワン)でセクシャルマイノリティの23歳、ライター修行中。大学で社会学を学び、勢いに任せてAC自助グループ「ハートゲイザー」を結成。毒親やACを社会学的に分析できないか、日々模索中。

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お仕事依頼はこちら→heartgazer.survivor@gmail.com

ひとりの時間の過ごし方

お題「ひとりの時間の過ごし方」

 

普段、私は基本的に一人です(結構な頻度でパートナーが遊びに来るので、一般的な一人暮らしと比べると一人の時間は短いかもしれませんが)。

なのでひとりの時間の過ごし方となると、普段どのように生活しているかということになりますね。

普段(といってもここ最近)の生活ですが、

 

8:00 起床

9:00-10:00 朝ご飯とか色々

10:00-12:00 PCに向かって文章を打つ

12:00-13:00 お昼

13:00-18:00 PCに向かって作業or読書

18:00-21:00 ご飯食べたり色々

21:00-24:00 スマホでゲーム

24:00 就寝

 

って感じの生活を送っています。最近は起きて作業できる時間が増えたので、一日がぐっと充実するようになりました。それまでは基本ベッドの中で寝っぱなしだったので…

ひとりの時間、と言って特筆するものを一つ上げるとするなら、毎日のコーヒータイムでしょうか。

私は結構なコーヒー飲料好きで、カフェオレやカフェラテの類を常飲しています。なので一日に一度か二度、コーヒータイムを設けています。と言っても別段イギリスのティータイムのように形式ばったものではなく、一旦作業の手を置いてコーヒーを飲むという一種の休憩のようなものです。

特に最近は作業に没頭するようになったので、このコーヒータイムは今まで以上に重要な意味を持つようになりました。基本スイッチが入ると作業しっぱなしなので、気を付けないとオーバーワークになっちゃうんですよね。なのでコーヒータイムを入れることでそういった作業のし過ぎを防止しています。

文章を書く作業はすごく楽しいし、自分でも向いている方だと思うのですが、如何せん体調と相談しつつしないとまた反動が来てしまうなあ…と思いながら、日々こんな文章をつづっています。

 

 

 

<筆>

omelet〔烏丸遼〕:毒親持ちのAC(ヒーロー・ケアテイカー・ロストワン)でセクシャルマイノリティの23歳、研究家・文筆家志望。大学で社会学を学び、勢いに任せてAC自助グループ「ハートゲイザー」を結成。毒親やACを社会学的に分析できないか、日々模索中。

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虐待の構造と虐待相談件数のデータ分析

こんにちは、omelet改め烏丸遼です。

今回は虐待の構造についての考察と厚生労働省が後悔しているデータに基づいた分析をお話したいと思います。

 

まず「虐待」という言葉の意味を調べてみると、「むごい取り扱いをすること」(大辞林, アプリ)とあります。では虐待という行為はどういう相手に行われるのかと考えてみましょう。例えばイメージしやすいのは児童虐待でしょうか。他にも動物虐待や、捕虜に対する虐待などが例に挙げられます。これらの例から言えることは、虐待という行為は「権力強者から権力弱者へ行われるもの」であるということです。すなわち、虐待とは両者の間に権力勾配がある場合に行われる残酷な扱いということができるでしょう。

親子関係というのは上下関係・権力関係が非常に構築されやすい環境であるということができます。なぜかというと、親は子どもを養育し教育する立場にあるためです。親は子どもに衣食住を与え、また社会に生きるために必要なことを教えます。しかしこれは裏を返せば、衣食住を取り上げること、教える立場を利用して不当に何かを強制、あるいは禁止することもできるということです。虐待をする親はこのようなことを行うことによって子どもを支配下に置こうとしたり、また養育の義務を放棄することもあります。その発現の仕方は前回も示したようにおおよそ4種類に分類することが出来ます。

児童虐待の現状」(厚生労働省, 2014)によると、これらの割合はそれぞれ

・身体的虐待:29.4%

心理的虐待:43.6%

育児放棄(ネグレクト):25.2%

性的虐待:1.7%

となっています。このデータから、子どもを支配しようとする親は心理的虐待を行っている場合が少なくない、ということができます。しかしこのデータには問題点が2つほどあると考えます。

1つ目として「2つ以上の虐待」に関しての言及がないことが言えます。例えば「身体的虐待」と「心理的虐待」が行われている場合でも、相談された虐待が「身体的虐待」飲みだった場合、その「心理的虐待」はこの統計の数に入れられていない可能性があるということです。

2つ目として、性的虐待のパーセンテージが著しく低いことが挙げられます。このことは性的虐待には暗数、つまり「児童相談所が認識できていないもの」が多いのではないかという可能性を示しています。

このことから言えるのは、現実に行われている虐待は児童相談所が認識しているものよりもかなり多い可能性があり、その内容も一種類だけではなく二種類以上の虐待が組み合わさっていることが考えられるということです。特に身体的虐待、心理的虐待は相互に関係しあっているのではないかと考えます。理由は、厚生労働省によると心理的虐待には「子どもの目の前で家族に対して暴力を振るう」「きょうだいに虐待行為を行う」というものが含まれているため、本人が直接的な暴力を受けていない場合でも違う形で「暴力」、すなわち「身体的虐待」が行われていることが少なくないと考えられるからです。

 

虐待の相談対応件数は年々増えており、厚生省によると平成26年度の相談対応件数は平成11年度の7.6倍となっているそうです。このことは単に「虐待が増えた」ということではなく「以前は虐待として認められなかったものも虐待として認められるケースが増えている」ということを表しています。1つでも多くの認識されない虐待が減り、子どもたちが生きやすい社会になることを願うばかりです。

 

 

 

<筆>

omelet〔烏丸遼〕:毒親育ちのAC(ヒーロー・ケアテイカー・ロストワン)でセクシャルマイノリティの23歳、研究家・文筆家志望。大学で社会学を学び、勢いに任せてAC自助グループ「ハートゲイザー」を結成。毒親やACを社会学的に分析できないか、日々模索中。

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ブログをはじめたきっかけ

お題「ブログをはじめたきっかけ」

 

初めてお題スロットを回してみたので、試しに…

私がブログをはじめたきっかけは「自分の考えていること、感じていることを文章にして誰かに見てほしかったから」。これに尽きます。

普段はTwitterでそのとき感じたことなどをぽつぽつと呟いているのですが、まとまった文章を書くことはそんなにないなあと思ったのがきっかけでした。

もちろんTwitterでもリプライツリーを使って長文を書くことはできるのですが、一つの「文章」として公開するという感覚が薄かったんですよね。

なのでブログという形をとることで、自分の主義主張、考察、感想を一目で見てわかりやすい形にまとめようと思ったんです。

 

あとは、文章を書く練習がしたいと思ったことがもう一つの大きな理由ですね。

昔から文章を書くことは好きでした。小学生の頃には小説を書いていたし、それは中学・高校になっても続いていました。

けれど大学になって、レポートが課題として出されるようになったとき、自分の意見を文章としてわかりやすく提示することと小説を書くこととは違うのだと思い知らされたんです。それまで文章を書くことにある程度自信は持っていたのですが、それはあくまで「小説」や「散文」の中での話で、何かを主張するということはそれらとは全く違っていました。

4年間の大学生活の中で、少しは上手く主張できるようになったとは思うのですが、まだまだ未熟なので研鑽をするという意味合いでこうしてブログで文章を書いています。

 

自分の能力を磨くために書いているブログなので、もしご意見やご感想、ご指摘等ございましたらお気軽にコメントに残していただければと思います♪

 

 

 

<筆>

omelet〔烏丸 遼〕(@milk832omelette):毒親持ちのAC(ヒーロー・ケアテイカー・ロストワン)でセクシャルマイノリティの23歳、研究家・文筆家志望。大学で社会学を学び、勢いに任せてAC自助グループ「ハートゲイザー」を結成。毒親やACを社会学的に分析できないか、日々模索中。

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