雑記帳

リベラルでもフェミでもないただの愚痴

なぜ売れるか分からないから売れない

顧客はドリルでなく穴を必要としているのだけど多種多様なドリルで何十年もオンのときもオフの時間もひたすらそこらじゅうに穴を開けてきた私としてはいまさら穴が必要な人の気持ちなど分からない。高い金を払って穴一つ開けてもらうくらいならその金と時間でドリルを使う勉強をしたほうがいい。ほらカンタンだから!穴なんかすぐ開けれるようになるからやり方教えてあげるから!!

いやこれブランドバッグを買いに行ったらミシンと牛革を渡されてバッグ縫えと言われるようなものなのだろうけど、でも分からない。

私は私の商品を絶対買わない。だからこそ私の商品には価値がある。そこがよく分からなくて思考のデッドロックにはまっている。

 

私が高価なブランドバッグを買うなら縫製技術とか鞣し技術とか丈夫さとかそういうところに価値を感じるときだと思う。でも多くの人は縫製の見分けなんかついてないらしい。彼らは高いバッグと安いバッグの区別すらつかない。

じゃぁなんで買うんだよーー…

私の商品なんて縫製技術以外になんも価値なんか無いじゃん……価値が分からないならその辺に転がってる粗悪品でいいじゃん…………

 

 

 

 

上流階級の闇を垣間見る

奥様という人種がこの世には存在するらしい。

どうやら無能を飼うのがステータスな階級があって、その界隈ではまじで一度も社会に出たことが無いまま生きて死んでいく奥様がいる。

奥様は毎日忙しい。お花やお茶やダンスやヨガの予定が詰まっている。犬の散歩もしなければならないし部屋の掃除もしなければならない。だから毎週火曜日の午後3時しか時間が作れない、また家がどこそこにあるため目的地に向かうためにはまずタクシーに乗りそこから電車に乗り乗り換えてなんだかんだしなければならなくて大変である。

というのを1時間以上語り続けるくらいには暇、というのが奥様という人種である。

 

IQ80くらいの強めのアスペ、というのが一番分かりやすいかもしれない。

とにかく客観性が無い。私の仕事とお前のお稽古事がどちらの方が重いか分かってない。この世の全てが自分の為に整えられることに何の疑問も持っていない。そうやって全てが用意される人生をぼんやりと進んで生まれたことも死んだことも気づかないまま死ぬまで生きる。そんな生き方がこの世にある。

彼女らの人生にはデパートの外商と高級ホテルの従業員しかいない。恭しくかしずいて何もかも用意してくれる下僕だけしかいない。

 

しかもこれはおそらく後天性で、彼女ら全員が生まれつき「IQ80の強めのアスペ」であるとは考えにくい。環境によって人間はあそこまで駄目になれる。時分が駄目なことすら気づかないくらい駄目になれるのすごい。

私の知っている奥様は最近、ウクライナだがガザだかの惨状に心を痛めていらっしゃる。ニュースをコピーしてSNSでせっせと拡散して憂鬱になって、それで社会情勢が不安定でいつどうなるか分からないから備えないと、ということで家電を全て買い換えたそうで。自分ちの洗濯機や乾燥機や冷蔵庫や食洗機を買い換えたらしい。ついでに床暖房も入れたそうな。

思考回路が分からねぇ。。

それで周りの人がどれだけ苛立つか分かってないあたりまじで意味が分からんけど、そうやって周囲を敵に回したって外商がチヤホヤしてくれるから問題無いのだろう。

 

そういうのが普通な階級における私は確かに異質で特異でたいへん目立つ存在かもしれない。そう思ってみると、ここ最近のなんでもやってくれるおじさん戦国時代の理由もすこし分かってくるのかもしれない。

 

 

 

 

自分のハングリー精神について

最近己を見つめ直す機会が多かったので忘れないうちにいろいろ書き留めておく。

 

できれば働きたくないニート万歳不労所得万歳他人の金で毎日焼肉を食いたいのだが、もしかしたら私はものすごくハングリー精神が旺盛なのかもしれない。

なぜそんな私が曲りなりとも様々な仕事をしているかというと、やだなーやりたくないなーでもやらなきゃかなーーどうしようかなーとデモデモダッテしていると面倒くさいこと全部代わりにやってくれるおじさんが複数現れておじさん戦国時代になって生き残ったおじさんが面倒くさいこと全てやってくれた上で秘書も事務所もパソコンも福利厚生も用意してくれてしまうからで、さすがにそこまでお膳立てされたらやるしかないじゃんかもーー!!

と思っていたのだけど、どうやらそうでもないらしい。

まず、これまで私の所属階級が低すぎて知らなかったのだけど、面倒臭いことを全部代わりにやってあけだくてウズウズしているおじさんおばさんというのは行くところに行くとわりと普通に生息しているらしい。

銀のスプーンを加えてお生まれになった方々は、生まれた時から肩代わりおじさん達に遭遇する。そして断る。

断る・だと…?!

そこまでお膳立てしてもらって、平然と断る??あとは行動するだけで手に入る約束された勝利を蹴って現状に甘んじる……???だったらなぜ会う度に不平不満を言ってくるのか。hedgehogxちゃんが羨ましいと事ある毎に嫌味を言ってくるのか。

 

私が行動できるのは恵まれているからだと思っていた。実際その通りなのだと思う。行動するには莫大なリソースが必要で、行動できない人は行動できない理由がある。傍からみてどんなに怠惰に見えても何かしらリソースが足りていないから行動出来ていないだけ。と思っていた。

なんだけど、あれだけ恵まれていて何十回でも失敗しても傾かない太い実家があって何もかもお膳立てされて失敗リスクが限りなくゼロにしてもらっても行動しない言い訳を探し続ける様子を見てさすがに考えを改めた。行動しない奴は絶対行動しない。現状に文句を言うのが好きなだけであって文句を言えなくなってしまったら困るからずっと貧困に甘んじている。すごい。あれが真の貴族の姿か。

源氏物語で落ちぶれた姫が荒れ果てた屋敷でなにもせずぼうっと過ごしているのをみたときと同じ感動。落ちぶれようが貧困wだろうが実家パワーで衣食住に困ることは無くなんだかんだでじいやばあやが生活の面倒をみてくれる。だから末摘花はどんなに屋敷が荒れても行動する必要が無い。

 

そう思うと、私の崖っぷち感すごいな。チャンスを掴まなかったら監禁餓死コースだったもんな。そりゃ藁でも掴むし有利だと判断すれば躊躇いなく即答するし、姫君しか知らない面倒みたい世話したいおじさんたちにとっては新鮮で「おもしれー女」だったろう。

そこで女衒とか変なのにひっかからずにちゃんと上流のジジババを引き当てた私の豪運とかもあるけどそもそも自分にサクセス願望やハングリー精神があるというのがまず発見だった。

 

 

 

 

 

 

 

自分もまた無能の一人であるという事実

仕事柄、最底辺の無能のやらかしをよく目にする。やつらはやさしいにほんごすら理解できず書類ひとつまともに提出できずとんでもない自己解釈で頼んでもない仕事を増やす

 

が、私もジャンルが変わればやつらと御同類なのであまり強く言いにくい。

ごめん生年月日わかんない住所知らない名前漢字で書けない。。自分のことですらそうなんだからましてや家族のことなんて。。私結婚してたっけ。。。婚姻履歴って戸籍見れば分かるんかな。。はて本籍とは。。。。

送ってもらった書類すぐ失くす。再送してもらった書類は猫にかじられてバラバラになったので窓口で直接もらってその場で教えてもらいながら書いた。提出したら窓口の人たちに拍手されたよ本当にすみません

もうやだだれか代わりにやって。

仕事なら税理士と秘書に依頼すればいいんだけど家庭のことは誰もやってくれないの難しすぎるしこんな難しいことを前提に社会がまわってるのやべぇ。

あとほんとに…やさしいにほんごで書いてくれ……それかプログラミング言語で書いて……いつまでに何をどこに提出するのか必要書類は何なのか簡潔にまとめてくれ……むり。。。

 

何が恐ろしいって、無能でも可愛げさえあればどうにかなる、逆に言えば可愛げを演出できないほどギリギリになると誰も助けてくれないというところ。

書類を何度無くしてもハンコがどれだか分からなくても名前が漢字で書けなくても、どうにかしたいという意思を持って窓口で泣きつけば無下にはされない。でも逆に、窓口に何度も行く時間と体力と言語能力と精神的余裕がなければどうにもならない。

 

だから私は研究と愛嬌に全振りして他は全て犠牲にするというかなりピーキーなチューンをして人生乗り切っているわけだけど、そこまで振り切るにはいくらでも失敗できる貴族か逆に失うもののない無敵の人でないと難しい。

でも私くらいのやべぇやつはその辺にゴロゴロいて、愛嬌に全振りできず不機嫌を振りまく彼らは私よりずっと世渡りが下手そうで、彼らの人生はいったいどんな風景なのだろうと思いを馳せてみたりする。私は彼らに何ができるだろう。

そりゃもちろん彼らは私にとって金ヅルでしかなく絞り尽くしてファンネルとして肥やしにするわけなのだけど、その過程で彼らに何が返せるのだろうか。せめて幸せな夢をみせることはできるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

勉強しないやつら

例によって難しすぎる難解すぎるこんなんじゃ理解できないとさんざ文句を言われながら教材を作っている。

それでこれ、手芸だなと思った。

ドアノブカバーやコースターやポケットティッシュカバーや折り紙の薬玉などの使い所の無い微妙な物を量産する。お裁縫する奥様がやりたいのは簡単で飽きなくてすぐ終わる作業であって厳しい修行を積んでテーラードジャケットを作りたいわけではない。主眼は作業過程であって完成品を目指しているわけではない。そこにたぶん大きな齟齬がある。

 

テーラードジャケットが必要だがどこにも売ってないもう自分で作るしかないまたはテーラードジャケットを作って売ればウハウハ儲かるだろうという目論見のもと洋裁の技術を磨く、というのとはたぶん全く違う思考をしている。

彼らの主眼は作業過程にある。

つまり、飽きずに楽しく遊べるシンプルさと起伏を兼ね備えた作業をやりたい。彼らは映画を見る観客のような気分でいる。面白い部分だけつまみ食いしてつまらなくなったらブーイングする。

 

だったらドアノブカバーで満足してろよおぉぉぉぉ!!!

 

彼らの人生はドアノブカバーやゴムシャーリングスモックで埋め尽くされていて、どこかによりよいものがあることすら知らない。だからボタン付けすらめんどくさがるくせにハイブランドのジャケットを作りたいとか言い出す。

そういうのをだまくらかして金を巻き上げるのが私の仕事なのだけど、奴らはそれで本当にいいのか。きちんと学べる場を作ってあげれば救われる人もいるのでは

と思ってた時期が私にもあったけどそれやるとデモデモダッテの口だけ出して金は出さないかまってちゃんしか残らない。どんだけ!どんだけ勉強したくないのおまえらは!!

なのでどうせ厄介なら金を出す厄介のほうがよいなというところにいまのところ落ち着いている。

 

学習コストというのはどうやら多大な負荷なようで、私には理解が難しいそのあたりをもう少し考えていきたい。

 

人たらしで無双する方法

世の中のだいたいのことは「ありがとー」で解決する。すごーいさすがえっやってくれるの?ありがとう!だけ言っておけばなんか知らんが勝手に物事が都合のいいように進む。それくらいみんなヨシヨシに飢えている。だから私みたいなのにハックされていいように転がされてしまうんだぞしっかりしろ

伊達に何十年も聖女ムーブをしていないので、すごーいありがとうはもはや鳴き声と言っていいくらい自然に出てきて特に感慨も無い。相手は感慨ありまくりなようだが私としては適切な入力をすれば望んだ結果が帰ってくるプログラミングにすぎない。

聖女ムーブは覚えれば誰でもできる程度のことなんだからみんなやればいいのに何故かだれもやらない。やれないらしい。いやありがとうを言うくらいタダなんだから言えばいいじゃん。。

 

しかし何かが限界を超えると聖女ムーブができなくなる。

ウザ絡みしてくるババアであったり、冷笑することでしか参加できない低脳であったり、文章の読めないヤカラであったり、そういうのに笑顔で対応するのが突然無理になる臨界点がある。はーー無理。金にならないのに相手するの無理すぎる。死ねばいいのに

中長期的に見れば相手しておくほうが圧倒的に有利で、今ちょっと相手してやれば後はうまいこと進んでいくしむしろ今塩対応すると今後山ほど愛想を振りまかなくてはいけなくなるのだけど、そういうのが考えられなくなるくらい無理になる。

 

人間関係が無理になって、人の話が聞けなくなって、訳の分からない不安を聞いて欲しくなって、傷つくのが怖くて冷笑しかできなくて、余裕が無くなるから文章も読めなくなって、あれこれヨシヨシしてほしい愚民だね?!

 

私がヨシヨシ無双できるのはヨシヨシできる人が極小だからで、ではなぜヨシヨシできないかというと何らかの心理的臨界点を迎えるとヨシヨシムーブができなくなる。助けが必要な人ほど憎たらしいムーブをしてしまう。

 

ではなぜ私はヨシヨシ耐性がこんなに高いのか。何が無くなるとヨシヨシできなくなるのか。それはどうすれば補充できるのか。

おそらく私が人を人と思ってない、自分も他人も虫けらだと思っているあたりに答えがありそうなのでおいおい考えていく。

 

 

 

 

 

自意識過剰な人の頭の中がどうなっているのか分からない

メイクしてないから写真を撮るのは絶対イヤ明日にして!

て、カメラマン呼んでセッティングして役員含め全員で日程合わせて時間確保してるのに一人でゴネるのどういう精神構造なのか。はじっこに小さく写ってる末端事務員の顔面レベルが0.1から0.2になっても誰も気づかないのでその努力でショートカットキーの一つも覚えろいい加減controlSくらい覚えてください

メイクにかける努力を普通に勉強に向ければ多少は風当たりも良くなるだろうに。せめてまずダイエットしろデパコス買う前に毛玉だらけのセーターを買い換えろ

そんで「hedgehogxちゃんスッピンで恥ずかしくないの?!メンタル強いね羨ましいw」ですかそうですか私もあれだけゴネれるお前のメンタル羨ましくはないが凄いとは思うよ

 

なんなんだろうあの努力をドブに捨てて異臭を撒き散らす感じ。

ランダムに努力しているのなら半分は生産性の高い努力になるはず。全ての努力が無駄な方向へ行くのにはなんらかの方向性というか指向性があるはず。

スッピンで外には出られないがダイエットはしない、ネットで誰かを叩くが職安にも結婚相談所にも行かない、ソシャゲはするがアプリ開発はしない、夫に不満だが専業主婦はやめない、のような。それでいて他人には自分の基準を押し付けてくる。

スッピンなんて恥ずかしい毎日食器洗わないなんて信じられない、そりゃね、他の仕事全て丸投げしてメイクと家事だけやってれば出来るかもしれないけど私お前のやらない仕事やるのでいっぱいいっぱいなんだわ。

 

たぶんこれも情緒が未発達なのかもしれない。女子だったら前髪命で一重に人権無い、男子だったらケンカが強いちんちんでかい、とか言ってる中学生のまま大人になっている。この世にはお前の瞼よりはるかに大事なことが山ほどあるし他人にとってお前の前髪もちんちんも砂粒以外の価値しかないということが分かっていない。つまり他者が理解できていない。

そこをクリアするのが彼らが人間になる第一歩となるのでは。

 

 

 

しかし「hedgehogxちゃんなんでスッピンで平気なの?」に答えるのどうすればいいのか。

 

1会社の顧客は私の顔面ではなく技術に金を払っていて、私の価値は顔面ではないから。

2顔に色を塗った程度で好感度を上げ下げするやつとはミリも関わりたくないから

 

どちらにせよ、私はメイクなんかせずともボサボサシワシワなまま十分な価値があり求めてくれる人が周りにたくさんいる、または理解者がいなくても孤独に耐えられる鋼メンタルがある。なわけで、友達いない孤独でツラいと嘆いている奴にそれ言えるほど心臓が強くはない。

何十年もメイクを続けても友達できてないんだからこれから突然友達ができる可能性は極めて低い。だったらこれまでとは違う行動をすべきなのになぜ負け確な方法に固執するのか。

 

そういえば私は信じられないくらい行動的なのだそうで、誰もがhedgehogxのようにアグレッシブに行動はできないらしい。なんで?才能の部分は真似できなくてもpcdaぶんまわすことは誰でもできるじゃん?試行錯誤して適応の方法を探すのは生物としての基本。恥ずかしいとかリスクが嫌とか疲れるとか理由があるならその理由も織り込んで現実的な計画を立てればいいだけ。

事業計画なら採算や株主諸々事情があるけど、個人の範囲ならメイクしないでみるだとか資格とってみるだとかダイエットしてみるだとかソシャゲでハイスコア出してみるとかやれることは山ほどある。むしろ試行錯誤せず生きるには人生は長すぎる。

 

この辺に何が根源的な食い違いがありそうな予感がする。